木曜日, 1月 27, 2022
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街の記憶 東京・つくば 《遊民通信》16

【コラム・田口哲郎】

前略

「木綿のハンカチーフ」などで知られる作詞家、松本隆さんは2012年に東京から神戸に移住したそうです。当時雑誌記事で読んで、衝撃を受けました。松本さんは生粋の東京人です。生まれ育ちは港区青山、慶應義塾に通い…と、シティ・ボーイの体現者です。のちの渋谷系につながる、いわゆるニューエイジの山手文化を生み出し、けん引してきたことはご存知の通りです。

都心文化を屈託なく表現できる人は、上京者の街でもある東京にはそれほど多くいません。その松本さんが東京を離れたことは、一個人が地方に引っ越したという事実以上の何かがあるに違いないと思わせられました。東京がかつての東京では無くなったという旨の発言をされていました。

コロナ前の東京は色々限界だったのかもしれません。諸々(もろもろ)が集中・蓄積しキャパシティ・オーバーとなり、はち切れる寸前でした。そんな東京をコロナ禍が襲いました。東京は破裂せず、しぼみ始めました。今後も東京は東京として続くでしょう。でも、かつての東京はもう戻ってこないでしょう。

恐らく、かつての東京、例えば第2次大戦前の東京は戦後の東京とは全く違う東京でした。戦前の東京を戦後に語ったところで、それはノスタルジーに過ぎないわけですが、街の記憶は人をなんとも言えない感覚に誘います。沈みゆく東京は、これから無数の記憶の華に飾られるでしょう。

つくばに陽は昇る

では、つくばはどうでしょうか? つくばの記憶…。つくばの記憶は、特に1985年のエキスポ以後、東京の栄華とは逆の衰退のものでしかありません。かつて、つくばセンター前の西武百貨店には高級スーパー・マーケットのザ・ガーデン自由が丘が入っていました。高級スーパーがあることが、その街の東京度を測る基準となります。例えば、六本木や横浜の青葉台には、明治屋ストアがあり、港区の魚藍坂には大丸ピーコックがありました。

昔のつくばは、茨城屈指の東京っぽい街でした。外国人が多い国際性は、さらに東京の港区っぽくもありました。でも、その西武が撤退し、官舎が取り壊され、つくばの中心から人がいなくなりました。東京圏に飲み込まれるにしては、遠い距離感がつくばを苦しめました。一極集中の歯止めが効かず、東京は巨大竜巻のように周辺の街の栄華を吸い取りました。つくばエクスプレス(TX)は格好のストローになりました。

しかし、コロナ禍によって、東京に向いていた流れがつくばに向かって流れています。つくばには東京と真逆のことが起きるでしょう。沈没する大都会を眺めながら、常に陽の当たる街は静かにそのエネルギーを回復すると思います。

新しい繁栄はこれまでの栄華とは違うことは確かです。人と物資を集中させることしかしてこなかった人類が、初めて分散をも目論(もくろん)んでいます。群れることなく楽しむ術は、類まれなる田園学研都市つくばの市民が得意とするところでしょう。

ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)

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