金曜日, 12月 9, 2022
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先崎千尋

新しい資本主義には新しい原発が必要? 《邑から日本を見る》119

【コラム・先﨑千尋】先月28日、ロシアが占拠しているウクライナのザポリジエ原発で、原子炉から約100メートルにある建屋が被弾した。原子炉本体が攻撃され、制御不能になれば、チェルノブイリ原発事故以上の被害が出ると言われており、間一髪という感じがする。ウクライナの原発だけでなく、わが国の原発だって、武力攻撃のリスクが高まっているという判断は今や常識だ。 それなのに、岸田総理は突然、次世代原発の開発を含む原発の新増設や原則40年の運転期間の延長、東海第2原発や柏崎刈羽原発の再稼働促進などの方針を示した。東京電力福島第1原発の事故後、歴代首相は国民感情を意識し、原発の新増設には触れないできたのに、国会や閣議などで検討することもなく、突然の方針転換。先の参院選でも争点にせず、故郷を奪われた被災者や原発の安全性に不安を抱く多くの国民の理解を得ていない。私は「岸田さん。あんた、マジか?」と言いたい。 この政府の方針転換に、県内の首長は戸惑いを見せる。大井川知事は「現場で抱えている課題を考えると、突然、来年の春とか夏とかいう話はちょっと難しい」、東海村の山田村長は「国の動向に左右されず地元として丁寧に対応していく」、水戸市の高橋市長は「実効性ある避難計画ができなければ再稼働は認めない」(いずれも8月26日の東京新聞)。 新聞の社説は、「足元の『危機克服』を理由に、長期的な国策を拙速に転換すれば、必ず禍根を残す。考えなおすべきだ」(朝日新聞)、「2011年に起きた東京電力福島第1原発事故の反省を、政府は忘れてしまったのか」(毎日新聞)、「これ以上、原発依存を続けることに国民の不安は大きく、持続可能な社会や脱炭素にも本当につながるとは思えない」(京都新聞)などと、政府の方針に疑問を投げかけている。 水戸では東海第2再稼働反対集会 たまたまだが、先月27日に東海第2原発の再稼働を止めようという集会が水戸市で開かれ、県内外から450人が参加した。鎌田慧さん(とめよう!東海第2原発首都圏連絡会)や海渡雄一さん(東海第2原発運転差止訴訟弁護団)、藤井学昭さん(東海村願船寺住職)などの挨拶、訴えなどがあり、「岸田首相は原発推進政策の『短絡的な号令』を撤回せよ」という抗議文を採択した。

安倍さんは旧統一教会の広告塔だった 《邑から日本を見る》118

【コラム・先﨑千尋】お盆の13日、テレビのニュース番組で、安倍元首相の顔が大きくクローズアップされて出てきた。韓国ソウルからだ。報道によれば、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の友好団体「天宙平和連合」が12日、ソウルで世界の平和などについて話し合う国際会議を開いた。その中で安倍さんの追悼が行われ、参加者が壇上に設けられたテーブルに花を手向けていた。 アメリカのトランプ前大統領もビデオメッセージを寄せ、「安倍氏は偉大な人物だった」と話していた。安倍さんは昨年、この団体の集会にビデオメッセージを送っており、銃撃事件の犯人もこの映像を見ていると伝えられている。 私はこのニュースを見て、安倍さんは統一教会の広告塔だった、持ちつ持たれつの関係だったんだ、と確信した。家庭連合の田中会長はその前々日の記者会見で、「私たちは共産主義と対峙(たいじ)しており、自民党の議員の方々とより多くの接点を持つ。より良き国づくりに向かって手を合わせてきた」と述べ、私の推測と符合する。 先月8日の奈良県内での山上某による安倍元首相銃撃事件は、我が国の社会を震撼させ、新聞、テレビ、雑誌などで連日報道され、それらは嫌でも耳目に届いてくる。そして、忘れていた統一教会や原理研究会、霊感商法、合同結婚式などの事柄を思い出させてくれている。 おびただしい報道の中で私が特に関心を持ったのは、週刊『AERA』にジャーナリストの青木理さんが寄せた記事だ。彼はテレビでも同じようなことを語っている。 「通信社の記者として公安警察を担当していた90年代、公安警察が統一教会への組織的捜査に乗り出すという情報を得たが、その動きがパタリと止まった。警察幹部に聞くと『政治の意向だ』と言われた。早い段階で教会に捜査のメスが入れば、被害は広がらなかったし、今回の事件も起きなかったかもしれない。統一教会と怪しげな蜜月を続けた政治の不作為、不適切な影響力の行使によって被害を拡大させた政治の責任が問われる」(8・15-22合併号)。そうだったんだ。

「真実が知りたい!」 赤木雅子さんが水戸で訴え 《邑から日本を見る》117

【コラム・先﨑千尋】森友学園問題に関する公文書改ざんを強いられ、それを苦に自死した元財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻、雅子さんらの講演会が7月30日、水戸駅前の駿優教育会館で開かれた。この講演会は、旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現日本原子力研究開発機構)の元職員6人が同機構に損害賠償を求めている訴訟で、原告を支援する団体が主催したもの。 雅子さんは、夫が自死した真相解明を求めて、国と、改ざんを指示したとされる元財務省理財局長の佐川宣寿氏を訴えてきた。この日は、雅子さんの裁判などを支援してきているジャーナリストで元NHK記者の相澤冬樹さんと対話する形で、別室からのオンラインで登壇した。私はそれを会場で聞いた。 雅子さんが起こした2つの裁判のうち、国は、昨年12月に雅子さんの賠償請求を全面的に認める「認諾」の手続を取り、改ざんが行われた経過などは不明のまま、いわば「肩透かし」の手法で国に対する請求を終結させた。残る佐川氏への訴訟は、氏への尋問は行わずに7月27日に大阪地裁で結審し、11月25日に判決が下される。 雅子さんはこの日、佐川氏に2度手紙を書いたが返事はなく、法廷にも姿を見せなかったことを非難し、「私は、夫がなぜ改ざんさせられたのかを知りたいから裁判を起こした。法廷で佐川さんにそのことを証言してもらいたかった。しかし佐川さんは姿を見せなかった。あまりにも悔しい。夫は日頃、公務員は権力を握っている人のためにではなく、国民のために仕事をするのだと言っていた。佐川さんは誇りを持って仕事をしてきたのか。佐川さんが本当のことをしゃべらない限り、私は幸せになれない」と怒りをあらわにした。 国、無慈悲、無機質な組織 この雅子さんの話を聞いて、相澤さんは「佐川さんはこの事件に関わったので、もうエラくなれない。ホントのことを話した方が、気持ちが楽になれるはずだ。ホントのことを話せない佐川さんはかわいそう。哀れだ」と語った。

経営者の怠慢を糾弾した東京地裁の判決 《邑から日本を見る》116

【コラム・先﨑千尋】専修大学名誉教授の原田博夫さんは24日の「文京町便り」で、原発は再開すべきか、脱・原発を目指すべきかを論じていて、2011年3月に起きた東京電力福島第1原発事故を巡る2つの裁判に触れている。私も前回のコラム(7月11日掲載)で、「最高裁の裁判官は結局国の番人?」を書いた。今回は13日の東京地裁判決について、そのあらましと私見を書く。 13日午後、東京地裁の朝倉佳秀裁判長は、東京電力の勝俣恒久元会長ら4人に13兆3210億円の支払いを命じる判決を出した。「ひとたび発生すれば『国そのものの崩壊』につながりかねないのが原発事故だ。ところが津波の襲来が予想されたにもかかわらず、担当役員は対策を先送りし、会長らもそれを是認した。そろって取締役としての注意義務を怠り、地域と社会に甚大な被害を与えた」 東電の株主は、同電力の福島第1原発事故を巡り、旧経営陣が津波対策を怠ったことで東電に巨額の損害が生じたとして、元会長らに22兆円の損害賠償を求めていた。今度の裁判の争点は2つ。「政府機関が2002年に公表した地震予測『長期評価』に基づき、巨大津波の予見が可能だったか」と「浸水対策などで事故を防げたかどうか」だ。 判決は、長期評価について「科学的信頼性を有する知見」と認めたうえで、旧経営陣の過失の有無を検討した。東電は08年、長期評価に基づき、福島第1原発に最大15.7メートルの津波が到来すると試算しており、「最低限の津波対策を速やかに指示すべき取締役としての注意義務を怠った」と指摘した。浸水対策については、「主要な建屋などで対策を実施していれば重大事故に至ることを避けられた可能性は十分にあった」としている。 長期評価の報告を受けながら津波対策をすぐに指示せず放置したことは不作為であり、対策を先送りしたものだ。政府機関には地震や津波のトップレベルの研究者が多く集められ、段階的な議論を経て取りまとめられた地震の長期評価には信頼性がある、という判断だ。 そして、「02年以降の東電経営陣の対応は、安全確保の意識に基づいて行動するのではなく、いかに現状維持できるかで、そのために有識者の意見のうち都合のいい部分を利用し、悪い部分を無視することに腐心してきた」と断罪している。

最高裁の裁判官は結局国の番人? 《邑から日本を見る》115

【コラム・先﨑千尋】東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが、国に損害賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷は先月17日に「津波対策が講じられていても、事故が発生した可能性が相当ある」とし、国の賠償責任はないとする判断を示した。 この判決をテレビのニュースで聞き、新聞を読み、原告らの怒りと落胆、涙する姿を見て、最高裁の裁判官は国民の側に立つのではなく、国の番人なのではないか、と考え込んだ。 今回の判決は、福島、群馬、千葉、愛媛の各県で起こされ、福島、千葉、愛媛では高裁が国の責任を認め、群馬だけが国の責任を認めず、司法判断は割れていた。このため、最高裁が今回統一判断を示したもの。法務省によれば、今回の訴訟を含めて、国に対して賠償を求めたのは約30件あるという。 原発が立地する福島県からの避難者はピーク時には16万人を超え、この4月時点でも約3万人が避難生活を続けている。 判決の骨子は、「国が東電への規制権限を行使していれば、事故が起きなかったとは認められない。国が2002年に公表した地震予測の『長期評価』を前提とした津波対策を東電に命じても、津波の到来による大量の浸水は避けられなかった」など。今後の判決は、今回示された判例に沿って出されることになろう。 原発は典型的な「国策民営」の事業だ。国が方針を決め、民間企業の東電や関西電力などが発電所を持ち、運営する。福島の事故後に当時の東電の清水社長は「福島第1原発は、国に許可していただいている原発だ」と発言している。先日、北海道知床沖で観光船沈没事故を起こした知床観光の桂田社長も「許可していた国も悪い」と発言していた。それと同根か。

終わっていない水俣病だが… 《邑から日本を見る》114

【コラム・先﨑千尋】5月下旬、鹿児島市から熊本県水俣市に向かった。高速道路を使うと2時間余。山の中をひた走り。ここにも2人の朋(ほう)友がいる。1人は、水俣病患者支援のために水俣に入り、そのまま居ついてしまった大澤忠夫さん。もう1人は、市長として初めて水俣病患者に陳謝し、水俣病問題の解決に当たり、新しい水俣づくりに奔走した吉井正澄さん。 「公害の原点」と言われた水俣病が南九州の片隅で発見されたのは、経済白書が「もはや戦後ではない」と書いた1956年のこと。チッソが波静かな不知火(しらぬい)海の一部である水俣湾に猛毒のメチル水銀を垂れ流し、魚を通して周辺漁民や住民の人体を蝕(むしば)み、今なお被害に苦しむ人たちが大勢いる水俣。今回も、チッソ水俣工場の正門、毒を流した排水溝と埋立地、小さな漁港、水俣病歴史考証館などを1日歩いた。 大澤さんが京都にいた頃、水俣病患者に出逢い、1973年に水俣に移住した。水俣病患者たちは、海が有機水銀で汚染されていたため漁業ができず、陸に上がって山を切り開き、甘夏の栽培を始めた。当時の甘夏栽培には20回もの農薬を散布していたが、「他人に毒を盛られた者は、他人に毒を盛らない。加害者になりたくない」と、農薬や除草剤の散布を止めた。 そして、大澤さんは生産者たちと「反農薬水俣袋地区生産者連合」(反農連)を結成し、反農薬、有機栽培、自主販売を柱に、甘夏をはじめとする柑橘(かんきつ)類、野菜などの出荷を行うようになった。 こうして生産された甘夏は、表皮が“がさくれ”。見た目が悪く、売れない。大澤さんはその甘夏をリュックに詰め込み、つてを頼って売り歩いた。当時、私は『消費者レポート』で「ガサクレミカンを食べてください」という大澤さんの記事を読み、水戸市の友人たちと共同購入を始めた。それが私と水俣との出会いである。大澤さんには水戸まで来てもらったこともある。酒が回ると、カセットにスイッチを入れ踊り出す。座は一気にはじける。 今回、ミカン畑にも連れて行ってもらった。海が間近に見え、眺めはいいが、急斜面。高齢でミカンづくりを止める生産者が増えているという。大澤さんの家も、息子、娘の2代目に代わっている。

有機農業の輪で循環する暮らしを 《邑から日本を見る》113

【コラム・先﨑千尋】「農水省の事務次官は高校の後輩です」「えっ!」思わず息を飲んだ。 5月下旬、鹿児島市内と錦江湾、桜島を一望できるホテルの一室で、イモ焼酎を飲みながらの有機農業談義。相手は、「かごしま有機農業生産組合」代表の大和田世志人さんと、同組合直営店「地球畑」の代表大和田明江さん、鹿児島での農協運動の牽(けん)引者で二宮尊徳研究の泰斗、八幡正則さん。 今国会で、有機農業の農地を100万ヘクタールにするという「みどりの食料システム戦略」関連の法律と予算が通った。その先頭を走る枝元真徹農水事務次官を裏で支えてきたのが、鹿児島の有機農業生産者だったのだ。 世志人さんは現在、NPO法人全国有機農業推進協議会の理事長も務め、同協議会は昨年3月に「みどりの食料システム戦略に向けた提言書」を農水相に出している。提言には「森、里、川、海、自然環境を合わせた政策の統一を図る。充実した財政支援を押し出す。学校給食の有機化、無償化」などが掲げられている。そうだったのか。 「有機」は「勇気がいる」 鹿児島での有機農業研究会の発足は1978年。私たちも茨城の地で同じ頃に有機農業研究会を立ち上げている。当時、有機農業はまだ市民権を得ていなかった。私たちが「有機」という言葉を使うことに「勇気がいる」と言われていた時代だった。隔世の感がある。

小出裕章さんが常陸太田市で講演 《邑から日本を見る》112

【コラム・先﨑千尋】「日本は世界一の地震国。避難計画とは、ふるさと喪失計画だ。東海第2原発を再稼働させてはならない」。 5月7日、常陸太田市のパルティホールで開かれた講演会で、元京都大学原子炉実験所助教の小出裕章さんが熱っぽく訴えた。この講演会は同講演会実行委員会が主催。最初に記録映画「地震・津波・原発事故」が上映され、東日本大震災による津波と東京電力福島第1原発の事故、飯舘村で事故に遭い昨年10月に甲状腺がんで亡くなった長谷川健一さんらの話などが紹介された。講演会には県内外から420人が参加した。 小出さんの講演のタイトルは「日本の原子力開発と東海第2原発の再稼働」。小出さんは最初に原子力開発が東海村に誘致された経過を話し、「どんな機械でも故障し、事故も起こす。人間は神ではない。必ず誤りを犯す。原子力発電所も機械であり、事故から無縁ではない」と、事故が起きるのは必然だと述べた。そのことを国も電力会社も知っており、それ故に東電は自分の電力供給範囲から原発を追い出し、福島や新潟に作った。 その福島。事故から11年経っても放射線量が高く、現場に行けない。溶け落ちた炉心がどこにあるのかさえ分からないでいる。原子炉を冷やすために水を注入し続け、放射能汚染水が増え続けている。3月現在で汚染水の貯留量は約130万トンになり、国と東電は昨年4月、汚染水を海に流すことを決めた。「地球は水の惑星であり、水を汚すことは究極の自然破壊だ」と、小出さんは危機感を表す。 また、復興の掛け声のもとで住宅支援の打ち切りなど被害者たちが押しつぶされ、汚染があることを口にすると「復興の邪魔だ」と非難されると言う。  「子供たちを被曝から守るのが大人の責任」

ウクライナ人が書いた「プーチン幻想」を読む 《邑から日本を見る》111

【コラム・先﨑千尋】ロシアのウクライナ侵攻(侵略)から2カ月以上経つ。プーチンが当初考えていた数日間での占領はかなわず、いつどのような形でこの戦争が終わるのかに焦点が移った。今日(5月9日)はロシアの対独戦勝記念日だそうだが、プーチンはどのような演説をするのだろうか。 ロシアのウクライナ侵略開始前から不思議に思っていたことの一つに、アメリカのバイデン大統領が「プーチンがウクライナへの侵攻を決断したと確信している」という類の情報を流し続けてきたことがある。米政府は、侵略後も、ロシアの攻撃状況や兵力、後方支援の問題などの機密事項と思えることを、それこそリアルタイムで刻々公開してきている。さらに、ミサイルや新兵器などを次々にウクライナに提供し続けている。 実質的にロシアとアメリカの代理戦争ではないかとすら思える。もうかるのはアメリカなどの「死の商人」だけだ。国連は無力であることも証明された。 先日、脱原発を目指す首長会議に出席した折、世話人の1人、三上元・元静岡県湖西市長から「この本が面白いよ」と、グレンコ・アンドリー「プーチン幻想」(PHP新書)を紹介された。著者はウクライナ人。翻訳ものではなく、著者が日本語で直接書いている。本の帯には「かつてウクライナは、世界三位の核保有国だった。しかし『非核三原則』を掲げ、あげくはクリミアをロシアに奪われた。日本在住のウクライナ人が、平和ボケ日本人に贈る警告の書。プーチンに騙(だま)されるな!」とある。 なるほど面白い。小説を読むときの面白さではなく、初めて知るロシアとプーチンの世界。新書だから一気に読める。3年前、安倍首相の在任中に出版された本だから最新の情報はないが、本書は「日本人が知らないプーチンの正体」「ロシアは『約束を破るために約束をする』」「ウクライナの教訓-平和ボケと友好国への妄信が悲劇を招く」から成り、読めば、プーチンとはこういう人なのだということが分かる。 侵略前のプーチン像は100%ウソ

桜と日本人 《邑から日本を見る》110

【コラム・先﨑千尋】 ねがはくは花のもとにて春死なん その如月のもちづきのころ(西行法師) 世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし(在原業平) 私は、桜の花が咲くとこの2首が頭に浮かぶ。これだけではなく、桜を詠み込んだ歌は無数にある。桜に関する本を見ると、平安時代の頃から日本人は桜に浮かれていたようだ。「桜の樹の下には屍体が埋まってゐる!」という梶井基次郎の小説の一文も刺激的な表現だ。 桜は不思議な花だ。1週間前には枯れ木同然の木のつぼみが急にふくらみ、魔法使いの手にかかったように、木全体が無数の花びらでぱっと覆われてしまう。咲いたと思ったら、10日もたたずに散ってしまう。 

50年ぶりに「出稼ぎの村」へ 《邑から日本を見る》109

【コラム・先﨑千尋】『出稼ぎ—農村はどこへ行く』『出稼ぎの村』『出稼ぎのうた』『お父をかえせ』『村の女は眠れない』『出稼ぎとハタ織り』。久しぶりに出稼ぎ関連の本を書棚から取り出した。中でも草野比佐男の『村の女は眠れない』という詩にある「村の女は眠れない。どんなに腕をのばしても夫に届かない。どんなに乳房が熱くみのっても夫に示せない。どんなに腰を悶えさせても夫は応じない」などのフレーズは、今読んでも衝撃的だ。 江戸時代から、富山の薬売りや、新潟、岩手の杜氏(とじ)など冬場の出稼ぎは全国各地にあった。私の住む那珂市にも、江戸時代末期に越後から来て行き倒れになった人の墓がある。 それが社会問題となったのは、最初の東京オリンピックが開かれた1960年代の頃だ。雪の多い水田単作地帯では冬場の仕事がない。戦後の高度経済成長は農村の生活を一変させ、農業面でも暮らしでもカネがかかるようになった。米価は相対的に安く、コメを作るだけでは暮らしていけない。耕作は牛馬からトラクターなどの機械に代わっていって、カネが足りない。ではどうするか。東京などの大都市周辺では建設ラッシュ。多くの人手が必要だった。両者がうまくかみ合ったのが出稼ぎだった。 しかし、村社会根こそぎの出稼ぎは家庭生活を壊し、集落の人間関係も変えていった。 私は学生時代、農村問題研究会というサークルで山形県最上町に入り、2年間、出稼ぎの調査を行ったことがある。私たちは公民館に寝泊まりし、手分けして農家を回り、農業経営や出稼ぎの実態などを聞き歩いた。子供たちを集めて遊んだり勉強をみたりした。婦人会や若妻会の人たちから話を聞き、青年団の人たちと酒を酌み交わしながら、村の将来を語ったりもした。 雪の最上町

読書文化の復権を願って―水戸の佐川文庫 《邑から日本を見る》108

【コラム・先﨑千尋】3月19日、水戸市の郊外、河和田町にある佐川文庫の木城館で行われたピアノ・リサイタルに足を運んだ。文庫を主宰する千鶴さんのお誘い。ここでのコンサートは若手の音楽家がメイン。この日は、東京芸大卒業後、ベルリン芸術大学でピアノを学んだ北村朋幹さんの晩年のベートーベンのピアノソナタ3曲。静かな、時には体全体を鍵盤にたたきつける動きに魅了され、ベートーベンを堪能した。 佐川文庫は、1984年から1993年まで水戸市長を務めた佐川一信さんの姉千鶴さんが「ぼくの好きな本や音楽を集めて一般に公開したい」という一信さんの夢を実現させて、2000年に開館した。3万冊の書籍と1万枚のクラシックCDでスタートし、現在は書籍が5万冊、CDが2万5千枚になっている。 佐川文庫は、生前に彼が集めた蔵書を自宅の後ろに小屋を建て、児童書も置いて、近所の子供たちに公開したことに始まる。彼が市長の時に建設した西部図書館はドーム形のデザインが特徴。周囲に大回廊があり、芝生の上でも本が読める。音響もよく、ここでCDを聴くとコンサート会場にいるような気分に浸ることができる。この図書館にも法律関係の専門書と洋書5千冊が寄贈され、佐川文庫という一室に収まっている。 「若い子が本を読むのには開放感がある方がいい」 一信さんは学生時代、図書館が開館すると入り込み、閉館になるまで本を読んでいるという読書三昧の生活を送っていて、図書館には強いこだわりがあった。その時の思い出が「読書文化の復権」という理念につながり、水戸芸術館とともに佐川市政の柱の一つになった。それを千鶴さんが引き継ぎ、読書と音楽の城=一信さんのメモリアルホールとしての「佐川文庫」に結晶したということだ。 ゆったりとした書棚。本を読むテーブルは庭に面し、ガラス張り。とても明るく開放感がある。座るスペースも一つ一つ広く作られていて、周りを気にしないでいい。「若い子が本を読むのには開放感がある方がいい。土日には子どもたちが勉強に来る」と千鶴さんは言う。絶えず静かな音楽が流れている。公共の図書館にはない雰囲気に浸れる。私はここでお茶をいただきながら、千鶴さんとしばしのおしゃべりを楽しむ。

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無償譲渡受け市管理も選択肢の一つ 洞峰公園問題でつくば市長

つくば市長定例会見が8日開かれ、同市二の宮にある県営の都市公園、洞峰公園(約20ヘクタール)にグランピング施設をつくるなどのパークPFI事業について、五十嵐立青市長は「グランピング施設とバーベキュー施設は望ましくないという考えに変わりはない」と述べ、県から無償で公園の譲渡を受け市が管理することも選択肢の一つだとする考えを述べた。 洞峰公園のパークPFI事業をめぐっては、大井川和彦知事が1日の定例会見で、年明けにもグランピング施設などの建設許可の事前協議を開始したいと発言し、さらに、つくば市が自ら管理するのであれば洞峰公園を無償で市に移管したいなどと述べている(12月2日付)。8日の市長会見では、知事発言について記者から質問が出て、五十嵐市長が答えた。 一方で五十嵐市長は、無償譲渡について「簡単に『はい』と言えるものではない」とも述べ「(市として維持管理費などを)精査しているわけではないので、そもそも維持管理費がいくらかかるか分からない。市の他の公園規模と比べてどうかなど、検討するにしても細かい情報は必要になる。無償移管を検討するのであれば(県から)細かいデータをいただかないと市民にも議会にも説明できないし、今の段階で何をどうするかはまだまだ分からない」とも話した。 県は8月の説明会などで、洞峰公園の維持管理費用として、指定管理料が年約1億5000万円、来年度から2027年度までの大規模修繕費用として3億5600万円かかるとしている。 五十嵐市長はさらに、プールやテニスコートなどの利用料金値上げ要望に対し、大井川知事が1日の会見で「利用者の中の一部にだけ負担を押し付けるやり方でバランスが非常に悪い」と否定し、さらに協議会設置要望についても「協議会の位置付けや性格が不透明」だと市の要望をいずれも否定したことについて、「値上げ案は県が当初より代替案として示していたもの。そういう代替案に対して『バランスが悪い案だ』というのは、いささかとまどっている」と不快感を示し、さらに「(県は)『協議会の必要性が分からない』という話だが、(協議会は)話し合っていく素地を作るためには必要なものと思っている」と反論した。 その上で五十嵐市長は「つくば市への回答をちゃんと文書で示していただいた方が、お互いのミスコミュニケーションはないと思っている。はっきりと県の方向性が決まったら文書でお示しいただいて、それをもとに県と協議していきたい。協議が整わない中で(グランピング施設建設の事前協議が)申請されることはないと思っている」と改めて述べた。

「5時に夢中」の岩下さんの見せる「文化」《遊民通信》54

【コラム・田口哲郎】 前略 東京メトロポリタンテレビジョンの月~金曜日夕方5時からの番組「5時に夢中」を楽しく視聴していることは、以前書きました。「5時に夢中」は東京ローカルのワイドショーという感じですが、コメンテーターが多彩で、サブカルチャーの殿堂のようです。 私が好きなのは、木曜日の中瀬ゆかりさんと火曜日の岩下尚史さんです。中瀬さんは新潮社出版部部長で、文壇のこぼれ話を巧みな話術で披露して笑わせてくれます。岩下さんは新橋演舞場勤務から作家になった方で、東京のいわゆるハイ・カルチャーをよくご存じの方で、こちらも話術が巧みで笑わせてくれますが、ひとつひとつのお話に含蓄があるというか、うなずくことが多いです。 岩下さんの小説『見出された恋 「金閣寺」への船出』の文体は流麗で、引き込まれます。岩下さんは國學院大学ご出身ですが、國學院の偉大な民俗学者にして作家の折口信夫の小説『死者の書』などの文体を思わせる傑作だと思います。 さて、岩下さんのインスタグラムの話題が出ていて、美食家としての一面が見られるというので、見てみました。岩下さんらしい、ハイソな生活を垣間見られるのでおすすめです。シティ・ホテルでのパーティーや会食、料亭とおぼしきところでの高級料理など、きらびやかな世界が広がっています。

TX県内延伸に賛成?反対?【県議選’22つくば候補者アンケート】3

県議選候補者アンケート最終回は、つくばエクスプレス(TX)県内延伸構想の是非と、旧統一教会と接点をもったことはあるかについて、つくば市区の立候補者8人に聞いた。 TX東京延伸については11月25日、東京都が「都心部・臨海地域地下鉄構想」の事業計画案を発表。まず臨海地下鉄を単独で整備し、将来的に、TX東京延伸(秋葉原-東京)との接続や、羽田空港との接続を今後検討すると発表したばかり。 一方、県内延伸をめぐっては、県が今年度、初めて調査費を計上し、今年度中に①筑波山方面②水戸方面③茨城空港方面④土浦駅方面-の4方面案の中から1本に絞り込むと発表し、県内各地で誘致合戦が繰り広げられた。延伸に必要な事業費、需要予測、費用対効果も調査が行われている。一方つくば市は東京延伸を優先するとし、県内延伸の誘致合戦には加わらなかった。 NEWSつくばは告示前、8候補者に対し「TX県内延伸ルートを絞り込む調査費を県が計上し、県内延伸を求める運動がつくば市以外で盛り上がっています。県内延伸計画に賛成ですか、反対ですか」と質問した。賛成、反対、どちらでもないの3つのいずれかに〇を付けてもらい、50字程度で理由を書いてもらった。 各候補者の回答は以下の通り。 ▽佐々木里加氏 賛成「県内延伸には反対しないが、土浦ではなく、本来はつくばエクスプレスの名の通り筑波山を経由し県庁のある水戸へ、あるいは空の玄関茨城空港を経由し水戸へ伸ばすべき」

筑波山が初冠雪

筑波山頂に6日朝、この冬初めて雪が降り、初冠雪となった。標高877メートルの山頂付近は午前中、雲に覆われたが、雲が薄くなったところは、雪が薄く積もっているのが麓からも見えた。 山麓の住民によると、平均的な初冠雪は12月中旬頃で、例年より少し早い初冠雪となる。 昨晩、南岸低気圧が通過、冷たい空気が大陸から流れ込み、気温が低い山頂は雪になったとみられる。この気圧配置は関東地方に雪を降らす典型的なパターンだ。 つくば市館野の6日の最低気温は11月下旬並みの3.1度。筑波山頂近くの御幸ケ原の気温は午前6時半時点でマイナス0.1度だった。気温は標高が100メートル上がるごとに0.6度下がるといわれており、標高877メートルの筑波山は、地上より約5度低いことになる。 南岸低気圧は2~3月によく発生し、大雪になることもある。雪の降る範囲は標高500メートル辺りまでのことが多い。「逆転層」という中腹付近の気温が高くなる独特の気象現象があるからだといわれる。(榎田智司) ◆筑波山の気象状況はライブカメラで確認することが出来る。