【コラム・山口絹記】前回記事では、ツール・ド・つくばを完走し、次の目的地を佐賀県に決めたところまで書いた。
大会後、オーバーホールに出していた自転車が帰ってきた。チェーンやワイヤーなどが交換され、すっかりきれいになっている。店長さんから整備内容の説明を受けたあと、私は切り出した。
「今度、佐賀に行くんですけど、このバイクを連れていきたいんです」
「飛行機輪行ですか?」
輪行というのは、自転車を分解して袋などに収納し、公共交通機関で運ぶことだ。飛行機の場合、運搬中に破損する危険もあるため、店長さんはあまりお勧めしないという。
「ちなみに出発はいつですか?」
「今月末です」
数秒の沈黙。
「ツール・ド・つくばもですけど、また時間がないですね」
なんかすいません。
それから出発まで、何度も自転車屋さんへ通うことになった。輪行袋に入れるために前輪やペダルを外し、ブレーキを保護し、さらにリアディレイラーという変速機まで取り外す練習をする。飛行機のサイズ制限に収めるため、シートポストまで切った。
家でも、ひたすら分解と組み立てを繰り返し、翌日、また店長さんに見てもらう。店の前で作業していると、来店したお客さんに店員と間違えられた。最初は訂正していたのだが、面倒になったので「受付は店内でやっています」と案内することにした。もういいや。
「茨城から、自転車で?」
そして出発当日。朝からバタバタしてしまい、成田空港に着いたのはチェックイン締め切りの9分前。自転車と荷物を抱えて空港を走り回り、なんとか3分前に手続きを終えた。
福岡空港に着くと土砂降りである。空港の外で自転車を組み立て、レインウェアを着て出発。まずは「牧のうどん」で腹ごしらえをした。甘い味付けが好みの私には、九州のうどんが実にうまい。
店員さんに「どちらから?」と聞かれ、「茨城です」と答える。
「自転車で?」
さすがに、そこまで冒険野郎ではない。
その後、雨の中を30キロほど走って博多駅へ。ここで高校時代の友人と、約10年ぶりに再会した。焼鳥屋で昔話をしながら、今回、九州に来た本当の目的や、自転車に乗り始めた理由についても話した。
10年ぶりだというのに、不思議と昨日も会っていたような気がする。17歳だった私たちが、20年後にこんな話をしているとは思わなかった。夜、友人にホテルまで送ってもらい、部屋に入ったところで力尽きた。
翌朝目を覚ますと、レインウェアを着たまま、靴も脱がずに寝ていた。お湯を注いだカップ麺は、すっかり伸びきっている。(言語研究者)





