月曜日, 3月 2, 2026
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「当事者との対話が重要」 精神障害を初のテーマに 土浦市が職員研修 

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土浦市役所で開かれた市職員向けの研修の様子

合理的配慮、民間義務付け前に

障害者差別解消法の改正に伴い、スロープ設置など障害への合理的配慮が4月1日から民間事業者にも義務付けられる。義務付けを前に土浦市役所で22日、市職員に向けて障害への理解を深めるための研修が実施された。2017年から年に一度、毎年開催されている。今年は初めて精神障害をテーマにし、すべての課や室から参加した約50人が当事者の話に耳を傾けた。

講師は、精神障害の当事者が運営する「精神障害当事者会ポルケ」(東京都大田区)代表理事の山田悠平さん(39)。同団体は2016年に発足した。「精神障害があることで経験する苦い経験や辛さも含めて、ひとりで抱え込まずに言葉にしていこう!」を合言葉に、当事者同士が交流する場づくりや、精神障害に関する調査、政策提言、学習会の開催など活発に活動している。

山田さんは21歳で精神科を受診し統合失調症と診断を受け、4度の入退院を繰り返してきた。精神障害があることで、言いたいことや抱えている悩みを周りと共有できなかったり、友人関係が途絶えてしまったりしたことがあった。当事者同士のつながりを作ろうと始めたのが「ポルケ」だった。見た目でわからない精神障害について、地域の人にも知ってもらおうと関連映画の上映や写真展を企画し障害への啓発活動もしている。

「障害当事者会ポルケ」代表理事の山田さん

対話通じ時間をずらした

講演の冒頭で山田さんは、研修が午後2時から始まったことを「合理的配慮」の具体例として語った。市は当初午前中の開催を依頼していたが、山田さんが時間変更を希望した。山田さんは「私には午前中は体調面で難しいことがある。電車のラッシュにあたると、いいパフォーマンスを発揮できず支障が出るかもしれない。そこで時間の変更を相談した。すると『会場が取れたので午後にしましょう』と言っていただけた。時間をずらすことも合理的配慮」と話す。山田さんから伝えられた特性に市が配慮を示し、当事者と実施者が互いの対話を通じて、より適切に研修が行われる状態をつくり上げたと指摘する。

事業者が障害のある人に対して、障害を理由に来店を拒否したり、サービスを提供する時間や場所を限定するなど条件をつけることは、障害者差別解消法では「差別」にあたると禁止している。山田さんの体調に応じて市が研修時間を変更したことも、障害の特性に応じて時間を調整するなどルール・慣行の柔軟な変更を行う合理的配慮に当たるのだという。

一方で、事業者にとって過度の費用負担や物理的に実現不可能な場合は提供義務に反しないとされる。個別の場面で判断が求められるが、「障害があるからと特別扱いはできない」「前例がない」と無碍(むげ)に拒むことは認められていない。そこで大事になることが「対話」だと山田さんは強調する。

「合意的配慮ではプロセスが大事になる。障害者からの申し出への対応が難しい場合でも、できるかできないかを一方的に決めるのではなく、互いが持つ情報や意見を伝え合い、代わりになる手段を見つけていくことが求められる。障害者と事業者がともに解決策を検討していくことが重要になる」

権力勾配を意識して

山田さんは、合理的配慮の民間事業所への義務化を控えたこの時期が「重要なタイミング」だと語る。「合理的配慮には、障害者の側から『障害とはどういうものか』『このような配慮が必要』だと明らかにする必要がある。しかし精神障害には、偏見・差別の問題や中途障害であることもあり、当事者から言いにくいし、言語化に長けている人ばかりではない。今回の義務化は、改めて自分の障害をどう伝えて、どのような配慮を望み伝えるか、私たちにとってエンパワーメントの機会だと思っている。過渡期ではあるが、障害のない人と一緒に育まなければと思っている」という。

「対話が必要だが、障害のある人の背景をしっかり理解してもらう必要がある。『権力勾配』という言葉がある。例えば、一緒に話しましょうと言っても、力関係があることで対等に話せないことがある。行政など力を持つ側に意識をしてもらえるといい。障害者団体を招いて勉強会をするということは他の自治体にも広がってほしい」

伝えやすい環境づくりへ

今回の研修について市障害福祉課の酒井史人係長は「職員にとっては、ほとんど知らない内容も多かったと思う。当事者の方から直接実体験を聞くことでより伝わることが多いのではと考えた。さらに理解が進む必要があると思う」と話す。同課の白田博規課長は「4月には合理的配慮の法的義務が民間事業者にも課せられる。社会全体での対応がより必要になってくる」とし「窓口に来る方は車椅子の方ばかりではない。見た目でわかりにくい障害のある方がいるという認識が共生社会を作る上で大事になる。当事者も見た目でわからない分、『障害がある』と言えない人もいると思う。自分のことを伝えやすい環境をつくっていければ」と語った。(柴田大輔)

糞かぶりの虫がいるけど、あれ何?《宍塚の里山》111

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左:ユリクビナガハムシ幼虫 右:ユリクビナガハムシ成虫

【コラム・中原直子】「なんか、糞(ふん)かぶりの虫がいるんだけど、あれ何だろう」。2023年5月下旬、宍塚の里山で一緒に活動をしていた会員の大浦さんからそう声を掛けられました。大浦さんは小さな動物や植物を見つけるのがとても上手で、いつも観察会でいろいろな生物を見せてくれます。

行って見ると、畑に植えられたスカシユリの葉の上に、糞をかぶった体長5ミリ以上はあるハムシの幼虫がたくさん止まっています。ユリにつく大型のハムシというと限られるので、すぐにユリクビナガハムシの幼虫だとわかりました。

これまで宍塚でこのハムシを見たことがありません。宍塚では初めての記録となる昆虫なので、甲虫の研究者である吉武啓さん、重藤裕彬さん、高野勉さんと共に報文(吉武啓・中原直子・重藤裕彬・高野勉(2024)茨城県南部におけるユリクビナガハムシの発生確認と生態覚書、月刊むし636号、12~18ページ)として発表することにしました。

中国地方や九州以外ではまれ

ユリクビナガハムシはハムシ科の甲虫です。成虫の体長は約1センチ、全身が鮮やかな赤色をしています。終齢幼虫の体長は約8ミリで糞を背負っています。世界に広く分布している種ですが、日本で普通に見られるのは中国地方や九州で、それ以外の地域ではまれです。ユリ科やそれに近縁な植物の葉や花蕾を食べ、園芸ユリの害虫として知られています。

まず、茨城県でこれまでに記録があるのかを調べました。博物館の報告書や地方同好会の出版物は重要な資料です。すると、2008年に水戸市と小美玉市で確認されていることがわかりました。また世界中の文献を調べたところ、日本で最初に確認されたのは1930年代に佐賀県で、外来種か在来種かは不明ということもわかりました。

その後、宍塚だけにいるのか、周辺にも広くいるのか、近くでユリがある所を見て回ったところ、つくば市内の2カ所で見つけました。調査範囲を広げれば、もっと多くの場所で見つかることでしょう。

分布調査と同時に、どのように育つのか、幼虫や蛹(さなぎ)はどんな形態をしているのか飼育観察しました。その結果、卵から1カ月~1カ月半で成虫になること、羽化した成虫は数日間食草を食べた後、いったん活動を止めることなどがわかりました。

小さな疑問が新たな知識に

野外で見つけた「これは何だろう?」を追求し、時には人々の協力を得て深掘りしていくことで、小さな疑問は新たな知識を得ることにつながっていきます。そして、それを多くの人に読まれる形にしたものが報文です。生物の学会・研究会や出版社は数多くあり、それらが刊行される雑誌に手順と規約を守って正しく投稿し、掲載されると科学的に認められた記録となります。

これは後世への貴重な共有財産です。今回私たちがたくさんの文献を調べたように、私たちの報文をこの先新たな疑問を抱いた誰かが参考資料として使ってくれるかもしれません。

身近な生物でも、実は生態や分布がよくわかっていない種も少なくありません。野外でふと浮かんだ疑問を、もっと科学的に探求してみませんか。(宍塚の自然と歴史の会会員)

地域性配慮の地区別人数割に戻る 次期つくば市農業委員

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2023年度つくば市農業委員会委員候補者選考会第1回会合の様子=12月4日、市役所

つくば市農業委員会委員の任期満了(定数24、任期は5月18日までの3年間)に伴って、新しい農業委員を任命する議案が同市議会3月議会最終日の22日、本会議に提案された。同候補者選考会(会長・飯野哲雄副市長)の答申に基づいて五十嵐立青市長が提案した24人を次期農業委員に任命することについて、議会は全会一致で同意した。

注目された地区別人数割は、谷田部地区6人(候補者は11人)、筑波5人(同10人)、桜4人(同6人)、大穂4人(同4人)、豊里3人(同6人)、茎崎2人(同2人)となり、3年前の前回の改選時に、同候補者選考会に事務局案として最初に示された農地面積や農家戸数などを考慮した地区別人数割の考え方(谷田部6~7人、筑波4~6人、桜3~4人、大穂3人、豊里3人、茎崎2人)にほぼ収まる人数割となった。24人は現職15人、新人9人。男女別は男性22人、女性2人。

前回21年5月の改選時の地区別委員は、農地面積や農家戸数が市内で最も多く、農地転用や所有権移転などの農地法許可申請件数が最も多い谷田部地区が4人だったが、24年5月からは2人増え、18年5月時点と同じ6人に戻る。

市議の一人は「(地域制を考慮した)配置の考え方(前回の事務局案)を満たしているので今回、了承した」と話す。現職の農業委員の一人は新たな地区別人数について「本来の姿になったと思う」と話している。

前回3年前の改選時は、谷田部地区の委員が少なくなったなど地区別の人数割や農地法違反などをめぐって紛糾し(21年5月20日付同28日付)、会長選をめぐって警察の捜査が入り、農業委員の一人が贈賄申し込みの罪で罰金50万円の略式命令を受け辞任するなどの事件に発展した。

今回の選考では、前回、紛糾の種になった地区別人数割について、どうなるかが注目されていた。

選考にあたっては、昨年10月に公募を実施。39人の応募があり、同12月4日に次の農業委員の候補者を選考する同候補者選考会(会長・飯野哲雄副市長)をスタートさせた。地区別人数割の扱いについては「(法令では)市内全域が一つの選挙区になっているが、極端な差があると後の運営に差し障りが出るのではないかということもあるので、どうしていくか協議していく」(飯野会長)としていた(23年12月5日付)。

選考会では、選考委員9人がそれぞれ、候補者39人に対し、農業委員としての責務を理解し意欲があるか、農地法に違反する転用があるかなど、選考シートに基づいて17項目について評価し評点を付けた。市農業委員会事務局によると、評点を付けた結果「地区バランスがとれており、支障をきたすものではなく妥当」だとして、評点に基づいて24人を選考し、五十嵐市長に答申したという。

新しい農業委員は5月19日以降開かれる総会で辞令が交付され、新しい会長などが選任される。(鈴木宏子)

賛成多数、4月から30%引き上げ決まる つくば市議報酬

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つくば市議の報酬を引き上げる条例改正案の採決の様子=22日、つくば市議会本会議

つくば市議の報酬を今年4月から約30%引き上げる条例改正案(2月13日付)について、同市議会3月議会最終日の22日、採決が行われ、22対2の賛成多数で引き上げが決まった。

賛成した会派はつくば自民党・創生クラブ(黒田健祐代表)、自民党政清クラブ(飯岡宏之代表)、つくば・市民ネットワーク(皆川幸枝代表)、公明党つくば(小野泰宏代表)、新社会党つくば(金子和雄代表)、清郷会(木村清隆代表)、新緑会(中村重雄代表)、つくばチェンジチャレンジ(川久保皆実代表)の22人。

反対した会派は共産党市議団(橋本佳子代表)の2人だけだった。山中八策の会の塩田尚市議は退席した。

採決に当たって市民ネットの4人が、引き上げ率を約18%に圧縮し、引き上げ時期を改選後とする修正案を提案し、皆川市議が「ある程度の引き上げは必要だが、一方で市民からの批判の声もある」などと提案理由を述べた。

これに対し「(引き上げの答申を出した)市特別職報酬審議会で慎重な審議を重ねた」(神谷大蔵市議=創生クラブ=)などの反対意見が出て、修正案は賛成少数で否決となった。

続いて4月から約30%引き上げる市長提案の条例改正案について採決が行われた。「十分な(報酬の)見直しが長期間行われなかったため仕事の重さに対し報酬が低かった」(小野泰宏市議)などの賛成意見が出された一方、反対意見として「今般の物価高で市民生活はひっ迫している。年200万円以上の報酬引き上げは市民感覚からかけ離れており、市民の理解が得られるとは思えない」(橋本佳子市議)などが出されたが、採決の結果、22対2で市長提案通り引き上げが決まった。

可決により、議長の報酬は現在の月額54万7000円から27.6%増の69万8000円、副議長は48万円から30.4%増の62万6000円、議員は44万7000円から30.6%増の58万4000円になる。

期末手当などを含む年間支給額は、議長が1102万4910円、副議長が988万7670円、議員が922万4280円になり、県内の市で水戸市に次いで2番目に高い額となる。つくば市議の報酬の引き上げは1994年以来30年ぶり。(鈴木宏子)

近くに、二所ノ関部屋ができて《遊民通信》85

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【コラム・田口哲郎】

前略

大相撲が盛り上がっていますね。2022年6月に阿見町にできた二所ノ関部屋所属の大の里の活躍も楽しみのひとつです。大の里関は石川県出身ということで、ますます応援したくなります。

二所ノ関部屋は阿見町にありながら、最寄り駅は常磐線の「ひたち野うしく駅」です。部屋ができてから、ひたち野うしく地区では力士など部屋の関係者に街でたびたび遭遇するようになりました。

力士は鬢(びん)付け油をつけているので、すれ違ったら、椿油のよい匂いがします。たまに、力士の姿は見えないのに、椿油の香りがして、お相撲さんが通ったのだろうな、と思うこともあります。

力士が行き交い、華やぐ街

いまは三月場所で、大阪でみなさん頑張っていますが、場所が終われば帰ってくるので、また、ひたち野うしくではお相撲さんを見ることができるでしょう。

相撲部屋ができることで、こんなに街の雰囲気が良くなるものかと思います。若い力士が歩いていたり、自転車で通り過ぎるだけで、街が華やぎます。阿見町と牛久市の境目にあり、新興住宅地であるひたち野うしくの端にある部屋は、ともすれば新しさと整然としたきれいさはあるけれども、どこか味気なかったひたち野うしくに、思わぬ魅力を与えてくれたと思います。

部屋ができたのはコロナ禍の真っ最中でしたので、コロナ禍が一応の収束をみたこれからは、部屋の見学や部屋と住民との交流が行われるものと期待したいと思います。

お相撲さんが行き交う街は華やぎ、いろいろな人が集まり、にぎやかになるとよいですね。部屋が長く続いてゆけば、たとえば部屋出身の元力士がちゃんこ鍋屋さんを開いたりすることもあるのでは…とか、楽しい想像がふくらみます。

二所ノ関部屋応援しています!

ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)

空飛ぶクルマ つくばにテストフィールド

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格納庫から引き出された「空飛ぶクルマ」EH216-Sの機体=つくば市上境

次世代の移動手段として注目される「空飛ぶクルマ」の技術実証をするテストフィールドが、つくば市上境のつくばヘリポートに開設された。21日には関係者を招きテープカットの後、県内では初公開となる電動自律型無人航空機のデモフライトが行われた。

施設は次世代エアモビリティーのインフラ構築をめざすAirX(エアーエックス、東京都千代田区、手塚究社長)がヘリポート運営のつくば航空(つくば市上境、中田俊之社長)と共同で設置した。無人航空機「EH216-S」は中国の旅客ドローンメーカーEHang(イーハン、コナー・ヤンCFO)による機体で、中国で型式認証を得ている。同ヘリポートに駐機して、国内での商用運行に向け操縦や修理などの技術開発が進められる。

機体は約4メートル四方のサイズで重さ約400キロのドローンの一種。8対16枚の回転翼により最大220キロの貨物を積んで運べる。人が乗り込めるよう座席はついているが、操縦はできない。運転は外部からのコントロールとオートパイロット機能による。

AirX社の手塚社長によれば、「空飛ぶクルマ」は都市域を超えた形での流通や生活を支えていくインフラとなるはずで、テストフィールドは飛行安全の検証、操縦や整備技術者の育成などに役立てる拠点を目指す。当面は1機のみの運用だが25年あたりから順次新機体を投入する予定という。

デモフライトでは高さ30メートルまで上昇し約350メートルを飛行した=左手山頂が宝篋山

つくばヘリポートは県の防災ヘリコプター「つくば」の基地になっており、施設自体は22年に県営からつくば航空に譲渡された。敷地面積約3.1ヘクタールの中に長さ35メートル、幅30メートルの滑走路と大型機、小型機の2バースが備わっており、施設全体がテストフィールドとなる。

AirX社では、VTOL機と呼ばれる垂直離着陸機能を有する航空機の発着や地上移動のための区域である「パーティポート」として整備、空飛ぶクルマの関東地域の拠点と位置付ける。つくば航空では、機体整備の基盤を整えつつ、ライセンス取得に向けたスクールの開設もめざしたいとしている。

セレモニーに出席した五十風市長は「市はサイエンスシティーに取り組んでいるものの、市民の間では依然『科学の街』の実感に乏しい。ヘリポートから機体の発着する姿が日常化すれば、社会実装が市民の目に見える形になってくる」と歓迎した。(相澤冬樹)

動画素材提供はAirX

人工知能で新しいつくばの地図を表現 大学院生 稲田和巳さんが個展

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稲田和巳さん。スクリーンには新作の映像作品が投影される

慣れ親しんだつくばの地図を、人間の活動をもとに人工知能を駆使して書き換える作品作りに、アーティストで筑波大大学院生の稲田和巳さん(26)が取り組んでいる。その作品展が20日からつくば市吾妻、つくば市民ギャラリーで始まった。作品は、スクリーンに投影される映像作品を含む3点。

「春日1丁目」から「研究学園6丁目」にかけて、地図上を青い線が何本も重なり合う。開発が進むつくばエクスプレス(TX)沿線上のつくば駅と研究学園駅を結ぶ「新都市中央通り」と重なる地域だ。青い線は、仮想空間を移動した人工知能の足跡で、線の濃さはそれが行き来した回数の多さを表している。稲田さんは、人工知能が移動した分だけ仮想空間上の地面が削られできた高低差を、まるで水流が侵食し生まれた「谷」のようなに地図上に等高線で描き出す。その結果、実際の地図とは異なる地形が現れる。その地図は人の活動を可視化したものになるのだという。

人工知能の行動のもとになるのが人間の活動だ。作品制作は「人間を演じてください」という唯一の指示を人工知能に出すことから始まる。次につくばの地図を読み込ませ、経緯度を打ち込み仮想空間上の現在地を指定する。その位置から現実世界で見えるであろう周囲の情報を入力すると、平均的な人間が選ぶ行き先を人工知能が選び取り、地図上の道を歩き出す。分岐に差し掛かると立ち止まるので、また周辺情報を入力して歩かせる。スタート地点を変えながら、何度も一連の作業を繰り返す。

「人工知能が出す回答は、様々な人間の考えを平均化したもの。その特性により、人間の典型的な振る舞いも表現できるのではと考えた」と稲田さんは話す。行き先の選択も、周囲の情報の中から最も一般的な人が選ぶであろう道順が選ばれるはず。その結果、人工知能が何度も行き来し仮想空間を侵食してできた高低差を伴う地形は、人間の平均的な活動を可視化したものになるという。

人工知能を使い人間の活動を可視化する

主観を排した世界を見たい

稲田さんが作品を通じて表現したいのは「主観を徹底的に排除したときに見える風景」だ。稲田さん自身、意見が異なる相手と向き合ったとき「自分が正しい」という自我から抜け出し相手の正しさを認める寛容さを持つことの難しさを感じるという。「自分が見ている世界から、それまでの経験などからくる『バイアス(先入観)』を取り除くことは難しい。コンピューターでプログラムを書くと、自分の思考がコンピューター内で肉体を離れて勝手に動きだし、圧倒的な客観性を得られるのではと考えた。

それを試すために色々な作品を作ってきた。コンピューターを使えば自分では見られない世界が見えるのでは」。「自分の肉体では絶対に得られない視点」への思いが作品作りにつながったと話す。過去にはX(旧ツイッター)のデータをリアルタイムで抜き出して、ネットの社会を可視化する作品を作ったこともある。

未来的だが老朽化 重層的構造を可視化へ

稲田さんが、地元の大阪からつくばに来たのは2017年。筑波大への進学がきっかけだ。小学生からプログラミングに親しみ、芸術と工学に興味を持っていた。筑波大進学は「どっちも取れる」のが動機だった。現在、同大情報学学位プログラム博士後期課程グラフィックスデザイン研究室に在籍する。

「つくばはサイエンスシティ、先進的、未来的というイメージだったが、住み始めると他の面に気づく。実際の研究学園都市は50年経って古くなり、大学も老朽化している。センター地区の中心部がスポッと抜けて研究学園地区に移り、新しく開発される地域がある。住んだことで解像度が上がった自分の感覚を実際の状況と確かめたい思いもあった」。

1970年代から開発された筑波研究学園都市、85年に科学万博が開かれ、2005年のTX開業とその後の活発な都市開発。稲田さんの作品は、つくばがたどった歴史的な経過が生み出す重層的な街の構造を、仮想空間に表現した「地形」で、人間の活動をもとに可視化したいという試みでもある。

「地域性の強い作品。普段見ている世界と違う世界が見えるというのが面白いと思っている。ぜひ、地元の方に見ていただきたい」と話す。

つくばに住んで8年が経つ。「つくばは便利で居心地がいいまち」だという。自然が好きで宝篋山によく行っている。(柴田大輔)

◆「稲田和巳 潮 重なり隣り合う世界」は24日(日)まで、つくば市吾妻2-7-5 中央公園レストハウス内 つくば市民ギャラリーで開催。開館時間は正午から午後5時まで。最終日は午後3時。入場無料。問い合わせはメールで。

土浦港のラクスマリーナ《ご近所スケッチ》9

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霞ケ浦の遊覧船に群がってくるカモメ(イラストは筆者)

【コラム・川浪せつ子】桜の開花が近づいてきましたね。一昨年、友人から「土浦の桜川を船で桜見ながらのクルーズに行ってきたよ。すごく良かったから来年行って」と聞いたものの、昨年はうっかり忘れ、桜の季節が過ぎてしまいました。

今年は取材を兼ね、絶対、桜川クルーズ(土浦港のラクスマリーナ=土浦市川口=が運航)に行きたい! その前に、下見に土浦港まで行ってみよう。スケッチ出来たらもうけもん。

初めて土浦港に行ったのは、思い起こせば20年前。元旦の「日の出クルーズ」というのを見つけて。連れ合いと3番目の息子は「そんな寒い時期に、朝早く起きて、日の出なんて! それも船で?」。でも、長男と次男が付き合ってくれました。

船には、結構な人が乗っていましたが、なんせ真冬の湖の上。風もあるし、「寒いのなんの」でした。ですが船内には、暖かい麦茶と甘酒などが用意されていました。空にはお月さま、そして筑波山。初日の出もよく見えました。

そろそろ桜川の桜クルーズ

そのときの感動が20年過ぎても心に残っていて、まずは港の船をたくさんスケッチ。その後、日にちを代えて乗船。10月から翌年3月まで、カモメが遊覧船に群がってくる時期でした。

今回、3月なのに水辺の絵?と思いましたが、やはりこの時期ということが重要かな。このコラムが出るころ、まだカモメもいるそうです。船からパンの耳を投げる餌付け。襲ってくるようなことはないですが、「鳥」という映画を思い出しました。

桜川の桜クルーズも、そろそろ申込みしないとね。クルーズ船から見る桜も楽しいですが、桜並木の下を船が行き交う風情を絵にしたいと思います。(イラストレーター)

ラクスマリーナのホワイトアイリス号(同)

八田知家の「筑後氏」名乗り説は誤り《ひょうたんの眼》66

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特別展のパンフレット(左)と展示図録の一部=土浦市立博物館発行

【コラム・高橋恵一】土浦市立博物館が2022年春の特別展で、常陸国守護・八田知家は「筑後」に名字(名乗り)を変えたと解釈したことを、私はコラム47コラム58で誤りではないかと指摘しました。それから2年経ちましたが、博物館は依然として訂正する気配がありません。小田氏は、初代知家が守護になってから約70年間、3代にわたって小田(現つくば市)を本拠地にできず、小鶴荘(笠間市)や小田保(宮城県涌谷町)を彷徨(さまよ)っていたことになっています。

茨城県史(1986年、執筆分担・網野義彦)では、知家が常陸国守護となって小田に築館し、小田を名字の地にしたとしています。知家が小田を本拠地としたことは、小田の居舘址や知家が建立した極楽寺跡からの発掘品からも明らかですし、知家が極楽寺に寄贈した銅鍾のことも知られています。系図にも、2代目は知重「号小田」となっています。

特別展「常陸小田氏」で披露

小田氏が本拠地を置けず、名字を「筑後」と名乗ったとする説は、博物館長の糸賀茂男氏の論考(茨城県史研究61、1988年)から広まっているようです。①小田の地は、先に失脚して滅びた常陸平氏本宗・多気氏の影響力が強く、知家は多気(つくば市)に近い地域に入れなかった、②小田に本拠があったのならば、「筑後」と名乗らずに「小田」と名乗ったはずだ―という説は多気氏を贔屓(ひいき)する糸賀氏の思い込みです。

知家が「筑後」に名乗りを変えたという説は、特別展「八田知家と名門常陸小田氏」で大々的に披露されました。知家が「筑後守」に昇任したのを喜び、「八田氏」から「筑後氏」に名乗りを変えた―という解釈です。糸賀氏は、「吾妻鑑(あずまかがみ)」では知家の子供たちも「筑後」を名乗るようになったと記されている―としていますが、これは「吾妻鑑」の読み違いです。

漢文の吾妻鑑は読解が容易ではありませんが、近年、読み下し訳(監修・永原慶二)と現代語訳(編著・五味文彦、本郷和人ら)が発行され、専門家以外にも理解できるようになりました。同歴史書には人名記載のルールがあり、「名字+官位(官位のない場合は太郎などの通称)+実名」で記載され、位階が五位以上の者については、名字、通称を省略し、その子息は「親の官職の略称+子息の官位または通称」で記載されています。

NHK大河ドラマの主役・北条義時は任官後、「相模守あるいは相州」と記され、北条泰時(義時の嫡男)の場合、父義時が相模守に任官した後は「相模太郎あるいは相州太郎」と記されています。いずれも、吾妻鑑編纂者がルール通りに記載しているのであって、子供が「相模」と名乗った訳ではありません。当然、北条氏が名字を「相模氏」に変えた訳でもありません。

糸賀氏は、「八田氏」が名字を「筑後氏」に変えたと読んだとき、知家以外の高位の官職を得た御家人について、人名表記がどのような扱いになっているのか検証しなかったのでしょうか? 大江広元(大官令)や結城朝光(上野介)などの御家人は多数おり、すべて義時と同様に記載されています。類似例の検証はあらゆる研究の基本です。そうしていれば、「筑後」を名字(名乗り)と解釈する誤りもなかったでしょう。

刊行物や展示物は訂正が必要

ところで糸賀氏は、前述の論考発表のころから、市町村史や中世史本に積極的に関り、守護職の知家が小田に本拠を持てず、小鶴荘(笠間市)や小田保(宮城県)に拠点を求める説を展開しています。名字(名乗り)を「筑後」とする誤読を論拠として、間違った説を広めているわけです。

市町村史や自治体の刊行物、博物館の展示内容は、市民が最も信頼する情報です。郷土の歴史に関心を持つ子供たちは、こういった自治体史などから学習します。糸賀氏は、既刊の自治体の刊行物や博物館の展示内容を訂正すべきでしょう。(地歴好きの土浦人)

魂を打ち込む 土浦の能面師集団が作品展

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出展する師匠・菅原法房さんの作品を見つめる山口さん

土浦市の能面師、山口義法さん(68)が主宰する能面制作集団「法面会 能面工房」(土浦市並木)による作品展が、4月2日から土浦駅西口前の土浦市民ギャラリーで開かれる。同会で活動する作家6人と、山口さんが師事した故・菅原法房さんによる作品34点が展示される。

全身全霊で、自分の思いや魂をノミの先から木材に打ち込む−。能面制作で大切なことを山口さんはそう表現する。自宅に構える工房には、自身のこれまでの作品が壁に並ぶ。能の舞台では、それを身につけ演じる能楽師が、異なる表情の面を用いることなく、一つの面で全ての感情を表現する。ある演目では戦いの場面の後に、再会する我が子に向ける慈愛へと、同じ舞台の中で変化する表情を表現する。

「能楽師は、左右対称の面は舞台で使えないと言う。きれいな面が必ずしも舞台で力を持つわけでもない。だから作る時は、実際に舞台の距離まで離れて(面の)顔つきを見る。10メートル先に置いた時に本当に力が出るか確認しながら制作する。曲を学び、能楽師から意見も聞く。能楽師と面が一致した時、ものすごく良い舞台になる」。

木曽ヒノキにノミを打ち込み能面を作っていく

土浦市出身の山口さんが能面制作を始めたのは約30年前。会社員として赴任していた宮城県で出合った能面がきっかけだった。仕事の合間に家族と訪ねた同県栗原市の公民館に展示されていた作品だった。吸い込まれるような気持ちで見つめていると、「面が好きなんですね」と声を掛けられた。声の主は、後に師となる制作者の菅原法房さんだった。菅原さんは、大正から昭和にかけて活躍した能面師・入江美法に師事した同市の旧金成町出身の能面師だ。山口さんはその後、会社員として働きながら菅原さんの元を訪ねて技術を学んだ。菅原さんは山口さんに「この仕事は職人仕事。決まったことをコツコツやるのが大事」だと伝えた。

50歳で脱サラ

転勤が多い仕事だったため、途中から、学齢期を迎えた子どもと妻が地元の土浦に戻り、単身赴任をしながら制作を続けた。50歳を迎えた2005年に退職を決意。土浦で能面師としての活動に専念する。退職前に知人からの声掛けで始めた市民講座や、毎年開催を重ねてきた個展を通じて地域とのつながりもつくってきた。地元団体から神楽に使う面の修理を請け負うこともある。退職前の03年に、個展の来場者や教室の受講生らと開いたのが「法面会 能面工房」だ。現在は、土浦や周辺に住む70歳代を中心とした7人が所属し、都合の合う日に工房に集まり、作品制作にいそしんでいる。

形だけでなく、情熱を作品に込める

「稚拙でも、魂のこもったものが力を発揮すると、私は思っている」と山口さんは話す。最近は、AIが作る面の精巧さが能面師同士の議論に上がることもあるというが、「大切なのは、想像力。心の世界」だという。「小学生が初めてザリガニを見た時の感動で描いた絵や、失恋した人が気持ちを込めて歌うカラオケの歌に心を打たれることがある。形だけを写したものは感動しない。自分の思いを打ち込めば、見る人に伝わると信じている」と力を込める。

工房に立つ山口さん

今回、作品を展示するメンバーは、それぞれ5年、10年、15年と制作に打ち込んできた作家たち。「人が集まることでより良いものができると思っている。私が教えるのではなく、一緒にやりましょうという思い。作ろうという情熱があれば誰にでも作ることができる。伝統文化は守っていかなければいけないもの。若い人にも是非、伝えていきたい」という。

◆「法面会 能面展」は4月2日(火)~7日(日)まで、土浦市大和町1-1、アルカス土浦1階、土浦市民ギャラリー内オープンギャラリー1で開催。開館時間は午前10時~午後6時。初日は正午から、最終日は午後4時まで。入場無料。

地域を「計画・提案」する《デザインについて考える》6

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イラストは筆者提供

【コラム・三橋俊雄】今回のテーマは「地域をデザインする」です。私は長年、地域を元気にするための活動を、福島、新潟、青森県、京都府などの過疎化・高齢化が進む町や村で行ってきました。それらの地域で、多くの方々から話を伺い、その地で出合った様々な魅力を肌で感じ、あるいは地域の課題を探りながら、その町や村の「これから」についてデザイン(計画・提案)させていただきました。

そうした地域づくりの基本姿勢として、地域が主人公になれるための「内発的」というベクトルを堅持してきたつもりです。

コラム4「南北問題と適正技術」 では、先進国による発展途上国への一方的な援助が、結果として当該地域の問題解決につながらず、そうした中からダグハマーショルド財団の「Que Faire ?(何をなすべきか)」により、「内発的」という概念が提唱されたことをお伝えしました。

日本でも、1900年代後半の過疎化・高齢化対策において、工場誘致や企業誘致などに頼る「外発的」な地域振興策が多くとられてきた中で、果たして住民や地域の自然、社会、文化などが主人公になれる「内発的」地域づくりにつながるのだろうかという疑念を持ちました。

そのような時期に出合ったのが、上のイラストに示した「JRの中吊りポスター」でした。

「内発的」な地域づくりを志向

ポスターには新幹線とホテルやスキー場で楽しむ都会の若者たちの姿が描かれ、キャッチコピーには「例えば新幹線とドッキングしたスキー場の開発」とありました。このポスターからは、目立った産業のない雪国に対して、スキー場を整備して新幹線とつながるリゾートホテルを誘致することで、都会から若者たちが集まり、経済的波及効果によって地域の活性化が図られるという、地域開発のシナリオが読みとれました。

しかし、このような手法によって、自然、歴史、生活文化が生かされ、住民が生き生きと働くことのできる社会を実現することができるでしょうか?

大切な森林が伐採され、若者はスキー場の管理人やホテルの従業員として雇用されるだけという結果にならないでしょうか? スキー場とホテルの完成によって、住民の地域に対する「誇り」や「生きがい」を生み出すことができるでしょうか?

人間は尊厳をもって一個の人格を形成し、自己のアイデンティティーを確立させていきます。同様に、地域づくりの過程においても、「地域格」を形成し、地域のアイデンティティーを確立させていくことが大切であると考えます。そのためには、いかに地域が主人公になり得るかが「鍵」となってきます。

その意味で、「地域をデザインする」というシナリオには、「内発的」な地域づくりを志向するデザイナーの姿勢が不可欠であると考えます。(ソーシャルデザイナー)

望月学長「何度も立ち上がりやり直す生き方こそ指針に」 筑波学院大で卒業式

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望月学長から学位記を受け取る卒業生代表の堀江紅音さん=つくば市吾妻、筑波学院大学

筑波学院大学(つくば市吾妻、望月義人学長)の2023年度卒業式が18日に催された。ビジネスデザイン学科の145人がスーツやはかまに身を包み、晴れやかな表情で式に臨んだ。卒業生代表の堀江紅音さんが望月義人学長から卒業証書を受け取った。

望月学長は、南米ウルグアイの前大統領ホセ・ムヒカ氏を尊敬する人物として挙げ、同氏が述べた言葉を引用し「(ホセ・ムヒカ氏の)貧しいけれども清い生き方は国内外の人々に共感を与えてきた。何度も立ち上がりやり直すという生き方こそ、これから社会の荒波に飛び込む皆さんの生き方の一つの指針となる。人生の価値はどれだけの富や地位を得たかではない。常に自らを磨くために努力を続け進化を遂げていく人の姿はまぶしく映る」と話して激励した。

橋本綱夫理事長は、卒業生が新型コロナウイルス感染拡大の時期に入学したことに触れ、さまざまな制約があったにもかかわらず、我慢して努力し卒業を迎えたことをねぎらった。また「卒業で学びは終わりではない。自分自身で学びたいことを見つけていくことが必要になる。主体的な学びの姿勢は重要で、ぜひ学び続けていってほしい。今の社会は変化に満ちており、さまざまな困難や課題から逃げないで取り組んでいくことが大切」とあいさつした。

卒業生代表として答辞を述べた飯島瑞樹さんは「大学に入学した最初の頃は新型コロナウイルスの影響によって友だちを作ることができず、孤独を感じながら授業を受けていたが、たくさんの友人や先輩と出会い一生の宝物となった。このような多くの友人との出会いによって、これまでの私であれば決してありえなかった経験をすることができた」と振り返り、支えてくれた友人や教職員、家族への感謝の気持ちを述べた。

「たくさんの人との出会いはかけがえのない財産」と答辞を述べた卒業生代表の飯島瑞樹さん

ビジネスマネジメントコースで中国出身のリュウ・ニヘイさんは「6年日本で暮らしたが、時間が短く感じる。卒業後は中国に帰る。まだ何をするか決めていないが、事業を起こしたい」と話した。情報デザインコースの斉藤優希奈さんは「卒業の日を迎えてうれしい。プログラミングやウェブデザインを学ぶことができた。卒業後は県内の製造業で働く」と笑顔を見せた。

同大は来年度から大学名を日本国際学園大学に変更し、仙台キャンパスが開学。つくばと仙台の2キャンパス体制となる。グループである東北外語学園(仙台市)の教育メソッドを取り入れ、語学教育に力を入れていく。(田中めぐみ)

◆日本国際学園大学のホームページはこちら

つくば市長の主公約 陸上競技場始末《吾妻カガミ》179

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つくば市役所正面玄関サイド

【コラム・坂本栄】つくば市の陸上競技場設計作業が来年度から始まります。3月議会に出された基本計画は2年前とほぼ同じで、人口や予算規模で水戸市に肩を並べる県内2番目の市の施設としては、他の県内施設に比べて見劣りするのが気になります。

県内の他施設に比べ地味

上郷高廃校跡に造られる陸上競技場(全天候型舗装8レーンの400メートルトラック)は、▼走路=第4種公認、▼観客席=2900(うち芝生席2000)、▼駐車場=700台(うちバス25台分)―といった計画です。

他の県内競技場を見ると、▼県営笠松:第1種、2万2000席、2700台、▼水戸市営:第2種、1万2200席、2000台、▼日立市営:第3種、8500席、1500台、▼ひたちなか市営:第3種、1万5000席、3000台、▼古河市営:第2種、3700席、1200台、▼龍ケ崎市営:第3種、2600席、174台、▼石岡市営:第3種、2500席、650台―となっています。

これら施設は記録公認に必要な種別が第1種~第3種なのに、つくば市営は第4種と「格落ち」です。これで市民のプライドは保てるでしょうか? 使い勝手を左右する観客席数や駐車台数も、他の施設に比べるとかなり控えめです。

市長は政治的判断を優先

どういった競技場を造るか議論されていたころ、私はコラム99「つくば市の2大案件」(2021年2月1日掲載)で、「県に掛け合って高規格(第1~2種)の競技場をつくば市内に造らせ、県南の各市にも建設費を分担してもらったらどうか」と提案しました。少なくとも水戸市営並み、できれば県営笠松並みを想定していたからです。

どこに造るかについては、「上郷高校跡(7ヘクタール)と総合運動公園計画(メーンは陸上競技場)用地跡(45ヘクタール)が候補に挙げられます。市は前者に誘導したいようですが、アクセス路の利便性や拡張の可能性などは明らかに後者が上です」と指摘、狭い市道に囲まれた上郷高跡よりも国道408号に近い運動公園用地跡を推しました。

しかし、市原前市長が策定した運動公園計画を市民運動で葬った五十嵐市長には、最初から運動公園用地跡を使う選択肢はなかったようです。しっかりした施設をアクセス性がよい場所に造るという判断よりも、前市長の計画を否定する政治的な判断を優先したと言え、行政が政治に引っ張られた形です。

市史に残る「歪んだ選択」

五十嵐市長にとって運動公園用地返還と陸上競技場建設は1期目の主要な公約でした。ところがUR都市整備への用地返還は失敗し、扱いに困って倉庫業者に売り飛ばしました。陸上競技場を造る場所の方は、政治的な思惑から運動公園用地跡を外して、規格、規模、利便性で劣後する上郷高跡を選択しました。政治的な思惑が施策を歪めた事例として市史に残るでしょう。(経済ジャーナリスト)

7位確定 サンガイア ホーム最終戦に敗れる

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第3セット、つくばの架谷也斗(白いユニフォーム)がスパイクを放つ(撮影/高橋浩一)

バレーボールVリーグ2部(V2)男子のつくばユナイテッドサンガイア(SunGAIA、本拠地つくば市)は16、17日、つくば市流星台の市桜総合体育館で2連戦を行った。16日は富士通カワサキレッドスピリッツ(本拠地川崎市)にセットカウント3-1で勝利、17日は埼玉アザレア(本拠地川越市)に同1-3で敗北。これでつくばは11勝15敗、10チーム中7位で今季最終順位が確定した。

2023-24 Vリーグ2部男子(3月17日、つくば市桜総合体育館)
つくば 1-3 埼玉アザレア
25-22
18-25
17-25
20-25

第1セット、速攻を決めて喜ぶ松林(中央)

今季ホーム最終節の2試合、16日は2位を走る富士通から今季初白星を挙げ、勢いに乗ったつくばだったが、17日はリーグ4位の埼玉に敗れ、今季埼玉に3連敗を喫することになった。

序盤は十文字龍翔や松林哲平らミドルブロッカーを軸とした攻撃がさえ、第1セットを奪った。だが第2セットは相手の威力あるサーブにレシーブが安定せず、最大9点差をつけられる展開となった。「簡単なミスが目立ち、自分たちのリズムがつくれなかった」と濱田英寿主将。加藤俊介監督は「ファーストボールがきちんとセッターに返らず、攻撃の形をつくれなかった」と振り返る。

第2セット、ブロックを成功させた于(中央)が川村とハイタッチを交わす

第3セットは両チームともブロックやバックアタックで見せ場をつくるが、ここでも精度で彼我の差があった。「スパイクをワンタッチされてつながれた。もう少し決めきりたかった」と濱田主将。「相手のブロックを外そうとバックアタックを取り入れ、昨日はそれが機能したが今日は外れてしまった」と加藤監督。

追い詰められたつくばは第4セット、見失いかけていた自分たちの形を思い出そうと、トータルディフェンスから建て直しを図るが、徐々に相手の勢いに押され、最後は押し切られた。

「ホームの声援のためにも勝ちたかったが負けて悔しい。次戦は今季の集大成として、みんなで勝利のための準備をし、ファンに楽しんでもらえるようにしたい」と濱田主将。最終戦は24日、川越運動公園総合体育館でアイシンティルマーレ(本拠地碧南市)と対決。これに勝てば12勝目となり、昨季の成績を上回ることができる。

セッター茂太、ホーム初登場

第4セット、ツーアタックを狙う茂太

今節、ホームに初登場となった選手がいる。セッターの茂太隆次郎だ。昨年3月、順天堂大を卒業し加入。22日で23歳の誕生日を迎える。努力家で、選手の個性に合わせたトスワークを心掛けているという。

昨年11月の今季開幕戦でスタメンデビューを飾ったが、硬くなって本来の力を発揮することができず、その後はサブに回っていた。だが正セッターの于垚辰の負傷などをきっかけにポジションをつかみ、3日のきんでん戦からは5試合連続スタメン出場を重ねている。「クイックやパイプ(ミドルブロッカーをおとりに使ったバックアタック)を出すのがうまく、レシーブもいい」と加藤監督の評。本人は「クイックを使ってサイドを楽にさせるのが自分のスタイル」と話す。

速攻の場面では、ワンハンドトスで相手の意表をつく場面も何度か見られた。ただしこれについては「本当はちゃんと両手で上げたい。片手ではクイックしか出せず、状況に応じた使い分けができない」と反省もあるようだ。

つくばではほかにも、アウトサイドヒッターの川村駿介やリベロの谷平倫樹ら、多くの若手選手が出番を待つ。「自分たちの力で、来季はまた違うサンガイアを見せたい」と茂太は意気込みを語る。

この日のMIPを受賞した濱田主将(右)

「世界のもと!」 ゲームやイラストで元素知る企画展 つくば

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アトラクションの説明をするつくばエキスポセンターの齋藤俊明さん

エキスポセンター

「水兵リーベ僕の船!」と、暗記のために理科の授業で声をそろえた元素記号。人間を含む宇宙にあるすべての素になる「元素」を、イラストやゲームを通じて楽しみながら知ることができる企画展「世界の“もと”はげんそ!?」が15日からつくば市吾妻、つくばエキスポセンターで開催されている。

「この世界にあるものは、どんなものでもたった118種類の元素をくみわせてできているんです」と、説明するのは、企画を担当する同館の齋藤俊明さん。企画では、地球の歴史をさかのぼり、人間が暮らす地球をはじめ、人間自身がどんな元素でできているのかという疑問に、ゲームを通じて知ることからスタートする。

電子パネルに人間の体が映る「人体元素スキャナー」では、足元の体重計に乗ると、酸素、炭素、窒素、カルシウム、リン、5つの元素がそれぞれ何キロその人の体に含まれているのかが画面に表示される。

自分の体がどんな元素でできているかを知ることができる

次に並ぶ「ミネラルバランスチャレンジ」は、飲んだり食べたりすることで人が取り込む、生きていくために必要な元素を知るためのアトラクションだ。大きさと色の異なる筒それぞれに、カルシウム、ナトリウム、鉄などの元素がプリントされ、お皿に崩れないよう積んでいく。うまく積み上げるためにはバランスが必要だ。その塩梅が、人が必要とする食事のバランスにつながっている。せっかく積み上げた筒が崩れて落ちないようにドキドキ楽しみながら、毎日の食事の大切さも感じることができる。

ほかに、冷蔵庫やパソコンを冷却するためのモーターや、コンピューターに組み込まれた基盤などの実物の展示では、どんな元素が暮らしのどこにあるのかや、鉄や金などを地中から掘り出すためにどのくらいの開発が必要になるかという地球環境を考える仕掛けも用意されている。

担当者の齋藤さんは「いろいろなゲームを通じて小さなお子さんでも遊びながら『元素』を体験できるものをそろえているし、イラスト付きの元素記号やバッチなどのお土産も用意して、家に帰ってからも楽しんでもらえたら」と話し、子供たちの理科離れに触れながら「小学生より上のお子さんには学校の勉強と重ね合わせながら学びを深めてほしい。その中で『(理科や科学は)難しい』という気持ちを少しでも変えていただければ」と来場を呼び掛ける。

今回の企画は4月15日から21日までの「科学技術週間」の前後をはさむ、3月15日から5月12日までの2カ月間。

◆企画展「世界の“もと”はげ・ん・そ!?」は、つくば市吾妻2-9、つくばエキスポセンター2階の多目的ホールで開催。入館料は大人500円(消費税込)、高校生までは250円(同)、3歳以下無料。4月20日には、日本で作られた元素「ニホニウム」を知るためのワークショップが小学生以上を対象に開催される。参加費300円。詳細はイベントホームページへ。

新年度の土浦の花火は?《見上げてごらん!》25

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第11回土浦の花火フォトコンテストの入賞作品展示(土浦市役所)

【コラム・小泉裕司】記事「土浦市新年度予算」(2月15日掲載)によると、市は、4月1日実施の機構改革において、花火大会に関する情報発信の強化充実を図るために、「花火対策室」を「花火のまち推進室」に改編するとのこと。

1925(大正14)年の第1回大会から数えて、来年の第94回大会で100年、7年後には第100回大会を迎えるが、新年度は大会以外にどのような企画があるのか、実行委員会事務局に聞いた。

開口一番、新年度も「前年度並みの限られた予算規模の中でのやりくり」と釘を刺された。ちなみに、花火対策室の職員数は、昨年10月、1人減員の状態から3人体制に回復したが、大会に向けた準備に専念、新事業への取り組みはないという。

組織の名称変更についても、100年や100回のアニバーサリーに向けた特別な思いを込めたというよりも、連続した花火事故やコロナ禍を経た後の2大会の無事開催を踏まえ、「対策」という対処療法的イメージからの脱却が主たる理由らしい。

それであっても、「100年」「100回」は、遭遇することなど滅多にない希有(けう)な機会だ。何とかみんなで祝いたいと思う。次年度予算への反映に向けて、知恵を絞りたいものだ。

次の100年に向けて

過去、土浦市は、花火を歴史・文化資産としてとらえてこなかったことで、丁寧な資料の保存などが行われず、図録「花火と土浦」(2018年土浦市発行)の編集に際し、資料調査など苦労があったという。

この機会に、県紙である茨城新聞や地域紙であった旧常陽新聞などの記事や広告、大会運営に関わった市民や煙火業者などのエピソードの数々を、図録を補完するアーカイブとして集約し、次の100年に引き継いでいくことが大切ではないか。周囲の関係者に提唱しているところだ。

3月末に、いわゆる役職定年を迎える佐藤亨産業経済部長は、大会本部長を兼ねる。「本職に就いて、初めて花火の奥深さを知ることができた。若い時期に花火の業務を経験していれば、もっと花火の魅力を究めることができたのかも知れない」と、3年の在職を振り返った。

大会が万端整った後は、大会まで、事務所内に祭った気象神社(東京高円寺)のお札に好天を祈る毎日で、無事終了した後、お礼に参詣したとのこと。歴代の本部長が背負う宿命、最大の憂いごとである。ご慰労申し上げると同時に、今後は、現場を経験した「語り部」として、「土浦の花火」の魅力を拡散していこうぜ。

本日は、この辺で「打ち留めー」。「シュー ドドーン!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)

古書店主、岡田富朗さん 創業70周年記念し色紙展 つくば

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古書店「ブックセンター・キャンパス」入り口に立つ岡田さん=つくば市吾妻

つくば市吾妻にある古書店「ブックセンター・キャンパス」を経営する岡田富朗さん(88)さんが、都内で古書店を始めて昨年70周年を迎えた。記念展示として同店で「色紙展」を開催し、岡田さんが収集した著名人の色紙を展示している。

「君は必ず古本屋になる」

岡田さんは東京都出身。高校2年の時に小説家丹波文雄原作の映画「恋文横丁」を見て、映画の中に登場する若い古本屋が商売をする姿に憧れ、高校を中退して、神保町の国語・国文学専門古書店「日本書房」で働き始めた。

しかし「学者の先生がいらっしゃって本の名前を言われるが、知らない言葉は聞き取れない。専門用語が分からず、恥ずかしいことに20日で辞めてしまった」と話す。岡田さんが辞めたいと申し出ると、当時「日本書房」店主だった西秋松男さんが「君は将来必ず古本屋になる」と言い、怒りもせず辞めるのを許してくれた。

岡田さんはその後、1953年に18歳の若さで駒込に古書店を開いた。

「(西秋さんは)本当に迷惑だったと思うが、店を辞めてからもよく面倒をみてくれた。『若くてお客さんにばかにされるといけないから、神保町の日本書房にいたと言いなさい』と言って、その後もずっと助けてくれた」と当時を振り返り感謝する。

多くの文化人と交流、出版事業も

本を通じ、学者など多くの文化人との交流もあった。「日本書房」にいた時、当時阿佐ケ谷にあった言語学者、金田一京助さんの自宅に本を届けたこともある。夏目漱石の研究をしていた文芸評論家、荒正人(あら・まさひと)さんは岡田さんの古書店の常連だった。荒さんが、当時資料として無価値と考えられていた大正時代の電話帳や時刻表に着目していたことや、漱石の足跡をたどってロンドンに行ったことなども覚えている。

岡田さんは1966年に豊島書房名義で、古書蒐集家の斎藤夜居著「伝記伊藤晴雨」を出版。これを皮切りに出版事業も手掛け、作家、井上光晴編集の文芸雑誌「辺境」や雑誌「るうじん」などを世に送り出した。「るうじん」で特集を組んだことから漫画家のつげ義春さんとも交流し、穏やかな人柄を覚えていると振り返る。

豊島書房から創刊した雑誌「辺境」と「伝記伊藤晴雨」を紹介する岡田さん。右は色紙が展示してあるショーケース

科学万博前年につくばに移転

駒込の後、店を巣鴨、赤羽西口、旧軽井沢と移転し、つくば科学万博前年の1984年につくば市天久保に店を構えた。つくばへの移転を勧めたのはフランス文学者で慶應義塾大の義塾長を務めた佐藤朔さんだった。岡田さんは当時つくばに行ったこともなかったが、佐藤さんから「これからはつくばがおもしろいかも」と言われて移転を決めた。「当時は筑波大の先生たちが長靴で歩いていたくらい。遊ぶところも何もなかった」と笑う。筑波大の教授らが「古本屋があるから応援してやってくれ」と岡田さんの店を紹介し、学生にも愛されてきた。

当時、天久保には文系、理系、美術系の古書店5店が軒を並べ、古書店街と呼ばれた。その後天久保の店を閉店、古書店街も姿を消した。現在の吾妻には、天久保の店を閉じて20年ぶりとなる2019年に移転した。

岡田さんは「古本屋を通じていろんな人に出会え、いろんな話を聞けて勉強させてもらった。とにかく一流の人たちはすごい。話を聞くのが楽しかった」と70年を振り返る。

著名人の色紙60点以上を展示

店内展示は、人通りの少ない道に面する同店に人を呼び込みたいと2019年から始め、今回の展示は19回目。岡田さんが長年買い集めた著名人の色紙60点以上を展示している。音楽・文学・映画・スポーツなど幅広いジャンルを集め、今年亡くなった世界的指揮者、小澤征爾さんや映画監督の大島渚さん、俳人の水原秋桜子、河東碧梧桐、野球の長嶋茂雄さんなどの直筆を見ることができる。(田中めぐみ)

◆会期は4月28日まで。店内のショーケースに展示している。入場無料。同店は不定休だが急に開店時間が変更になることがある。問い合わせは電話029-851-8100。同店のホームページはこちら

メロンなんて昔は食べたことなかった《写真だいすき》30

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産地のハウス内。活発にメロン畑の手入れがなされている。写真は本文とは関係ありません。撮影は筆者

【コラム・オダギ秀】ボクは農業関係の撮影が多く、そのため農協さんとの付き合いが多かった。今はもうはるか昔の話だが、その頃は、農協がらみの研修旅行がよくあった。研修というのは名ばかりで、実質は慰安旅行、宴会がらみの遊興旅行だった。ボクも関係者ということで、よくそれに同行した。

どこに行った時だったか、宴会の席で、形ばかりの研修をした。よその農協さんが、こちらは茨城なので他県のことなど聞いてはいないのだが、あまり関係のない作物の作柄など適当に報告する。「研修」ということを名目にするための、形作りのものだった。

その時、茨城のとある小さな農協のひとりの男の人が、遠慮がちに色々質問をはじめ、ていねいにメモをとっていた。「ん? 関係ないのに、何しとる?」。ボクはかえって疑問が湧き、あとで彼に尋ねた。するとその人Aさんは、初対面のボクの言い掛かりのような問いかけに、ていねいに応えてくれた。

「農作物というのは、1年かけて育てるものです。どんな遠くのささいなことでも、長い年月の間には、自然はどんな影響を及ぼすかわからない。だから、他の地方の自分とは関係ないような作物のことでも、知っておいたほうがいいこともあるんですよ」と。

ボクは、その時から、そのAさんが大好きになり、何十年も過ぎた今も付き合い、心の支えにしている。仕事をするってことは、こんなことだと思わされた。今は鉾田市となっているが、当時は村と言っていたその村は、昭和が平成に替わったころ、日本一のメロン産地となった。そんなその村のメロンを支えて育てた人こそ、このAさんだったと思う。

いい加減な仕事はしない

茨城県は、メロン生産高日本一なのだが、1976(昭和51)年ごろはまだプリンスメロンが主流で、ネット模様のメロンは、庶民が口にすることは滅多にないものだった。そこに、売って安心、買って安心という「安(アン)心です(デス)」をネーミングにしたネット模様のアンデスメロンが生まれ、市場を席巻していった。

メロン生産農家は午後遅く、収穫したメロンを選果場に持ち込む。Aさんはそれを一つずつ手と眼で選果した。今のようにコンピューターやレーザーのない時代だったから、大変な情熱と労力が要った。選果するとメロンをトラックに積み、午前3時ごろ、東京の市場に間に合うように運んだという。

その厳しい選果をしてきたので、その村のメロンは評価が高まり、その村のメロンとしてブランドになった。Aさんは、寝ているのだろうか、と農家の人から聞いたことがある。「ありゃ寝てないよ」と農家の人は言ったが、それが本当と思えた。その努力があったから、その村のメロンは信頼され、高い評価を受けるようになった。

実直なAさんは地位を望むこともなく、農協の部長止まりだったらしい。だが、あきらかに、この地のメロン産地はAさんがいなければ、名産地とはなれなかった。いい加減な仕事はしない。ボクはAさんから、大切なことを学んだ。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)

遠い宇宙と地球つなぐ大型アンテナの秘密に迫る つくばエキスポセンターで特別展

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美笹深宇宙探査用地上局に立つ直径54メートルのパラボナアンテナ(提供:JAXA/GREAT2プロジェクト)

16、17日 JAXA美笹局プロジェクト完了記念

太陽系と宇宙の起源を解き明かそうと、地球から200万キロ以上離れた遠い宇宙を飛ぶ探査船と交信するための、直径56メートルの大型パラボナアンテナが長野県佐久市のJAXA(宇宙航空研究開発機構)美笹(みささ)深宇宙探査用地上局にある。性能をより向上させる「グレート2プロジェクト」がこのほど完了し、記念イベントが16、17日につくば市吾妻、つくばエキスポセンターで開かれる。「遠い宇宙と地上をつなぐ唯一の絆」だという大型アンテナの魅力と秘密をJAXA職員など専門家から直接聞く機会となる。主催はJAXA。

アンテナは、同じく佐久市にある臼田宇宙空間観測所で30年以上運用されてきた直径64メートルのアンテナの後継機。高度化する近年の宇宙探査に対応するために設計され2021年3月に完成した。今回完了した新プロジェクトは、信頼性と運用性のさらなる向上と、海外機関の探査機支援を柔軟に行うことが目的だ。

イベントでは、エントランスホールで開かれる大型アンテナに関する詳しい解説の他に、コンピュータグラフィックス(CG)による立体映像が上映される3DシアターでのJAXA職員によるミニ講演が催される。17日に開催される専門家による参加型のワークショップでは、パラボナアンテナがどのように宇宙の音を集めているのかを体感できる。

また2020年に小惑星リュウグウの物質を地球に持ち帰り、現在も宇宙空間を飛行し続ける小惑星探査機「はやぶさ2」の実物大模型と、火星衛星探査機「MMX」の50分の1模型が展示される。

エキスポセンターの企画担当者は「今回は、諸事情により大型パラボナアンテナの模型は未完成での展示になるが、実物大の探査機模型を間近で見ることができる。専門家による解説もあり、ぜひ、多くの方に参加していただければ」と来場を呼び掛ける。(柴田大輔)

◆「JAXA美笹深宇宙探査用地上局プロジェクト完了記念 特別展示『美笹局、できました。~深宇宙探査を支える大型パラボラアンテナ~』」は16日(土)、17日(日)の2日間、つくば市吾妻2-9、つくばエキスポセンターで開催。開館時間は午前9時50分~午後5時(入館は午後4時30分まで)、入館料(展示場のみ、プラネタリウムは別途必要)は18歳以上500円(消費税込)、4歳~高校生は250円(同)。
▽美笹局アンテナ解説は①16日午前11時〜➁同午後2時〜➂17日午前10時45分〜④同午後1時30分〜の4回
▽JAXA職員による3Dシアターでのミニ講演は①16日午後1時〜➁同午後4時30分〜➂17日午後2時30分〜④午後4時30分〜の4回
▽専門家によるアンテナ博士の実験教室は①17日午前11時30分〜➁同午後3時〜の2回。いずれも参加自由。

差別し、差別された子ども時代の私へ《電動車いすから見た景色》52

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筆者が作成した手紙のイラスト

【コラム・川端舞】ふと、あなたに話しかけたくなりました。私はあなたを誇りに思います。勉強を頑張っていることでも、毎日学校に通っていることでもなく、生き続けてくれていることに。

多くの学校が、障害のない子どもを前提につくられ、障害児はいないことにされています。今のあなたは、死にたいほど辛いのは、障害のある自分が普通学校にいるからだと思っていますね。でも、それは違います。どんな障害があっても、障害のない同級生と同じ学校に通うのは、国連が認めた権利であり、障害児でも過ごしやすいように環境を整える責任が学校にはあります。あなたは堂々と普通学校に通っていいのです。

私はあなたに、何があっても普通学校に行けとは言えません。一番大切なのは生き続けることだから。本当に苦しかったら、どうか学校を休んでください。でも、あなたが普通学校に通い続けてくれたおかげで、私は一生付き合える友人に高校で出会えました。本当に感謝しています。

自分の差別意識と向き合って

覚えていてほしいことがあります。この社会は「普通」と呼ばれる人ができるだけ過ごしやすいようにできていて、そこから外れた人たちは差別されやすくなっています。あなたも身体障害者という点では差別されることが多いですが、そのほかの点では誰かを差別してしまうこともあるでしょう。

例えば、あなたは同じ学校の特別支援学級にいる知的障害のある同級生を見て、「自分は勉強ができるから、あの子たちとは違うのだ」と思っていますね。または、人間は男女ではっきり分かれるものだとか、家庭にはお父さんとお母さんがいて当たり前だと思っていませんか。そんなあなたの言動が、無意識に周りの同級生を傷つけているかもしれません。

自分が差別していると気づくことは難しいし、痛みを伴います。これはあなただけが悪いのではなく、少数派とされる人たちをいないものとして学校や社会がつくられていることが問題なのです。一方、あなたは障害児としての経験から、差別される痛みを他の人よりは知っているはずです。だから、勇気を出して自分の中の差別意識と向き合い、少しずつ変えていってほしいのです。

社会は簡単には変わりません。でも、あなたの中の差別意識を変え、周囲にも伝えていく。そうすることで、共感してくれる人や、少しだけ考えを変えてくれる人、反対にあなた自身の凝り固まった価値観をほぐしてくれる人が現れます。彼らと対話を重ねていくことが、社会を変えることだと思います。私もそのように生きていきたいです。(障害当事者)