水曜日, 10月 21, 2026
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災害時の迅速な初動対応へドローン購入 土浦市新年度予算案

土浦市の安藤真理子市長は15日、2024年度当初予算案を発表した。一般会計は前年度当初比2.6%増の567億3000万円、特別会計などを含めた総額は同2.1%増の989億4000万円となる。主な新規事業は、水害や土砂災害発生時などに素早く初動対応ができるよう、俯瞰(ふかん)的な視点で情報を収集するため、消防本部がドローン1基を購入するほか操縦者の育成などを進める(2145万円)。

一般会計は過去4番目、総額は過去3番目に大きい額となる。3月5日開会の同市議会3月定例会に提案する。

モール505 歩行空間を再構築へ

中心市街地では、つくば科学万博が開催された1985年に高架道と併せて整備され、現在は空き店舗が目立つ土浦駅西口近くの川口ショッピングモール505について、街路空間を、人々が集い多様な活動を繰り広げる場にしていく「ウォーカブルシティ」の取り組みを国交省などが推進していることなどから、650万円を計上し、安全で魅力ある歩行空間の再構築に向け構想案を策定する。

つくばエクスプレス(TX)県内延伸構想の具体化に向け県が検討を始めたTX土浦駅延伸に向けては、昨年9月、国交省の準備段階調査箇所に採択された常磐道・土浦スマートインターチェンジ(IC)整備と併せ、交通ネットワークの形成を見据えて、約850万円を計上して沿線開発候補地となる可能性調査などを実施する。

常磐道・桜IC周辺の開発については、産業発展を促す拠点整備に向けて、23年度に地権者組織の発起人会が立ち上がったことから、24年度は6394万円を計上し、組合の前身となる準備委員会の設立に向けて地権者の合意形成を図るほか、詳細な事業化検討調査を実施する。

コミュニティバスの実証運行については8368万円を計上し、21年10月に運行を開始した中村南・西根南地区と22年10月運行開始の右籾地区に加えて、24年度は新たに乙戸南地区と並木・板谷地区で実証運行を開始する。

ヤングケアラーにヘルパー派遣

子育て支援は、病気や障害のある親などに代わって子供が家事やきょうだいの世話をしているヤングケアラーや支援が必要な子育て中の家庭に、食事の準備や掃除、洗濯などの家事援助をするヘルパーを派遣する子育て世帯訪問支援事業(約70万5000円)を実施する。

不登校児童生徒の支援は2700万円を計上、23年度に6つの中学校に設置した校内フリースクールを24年度はさらに2校増やし、市内8つの中学校すべてに校内フリースクールを設置する。

児童数が減少し学級数が適正規模に満たない小学校がある上大津地区については1億940万円を計上し、上大津地区統合小学校の28年4月の開校を目指し、新年度は基本・実施設計などを実施する。

昨年10月にスタートした小中学校の給食費無償化は新年度も継続する(約4億4500万円)。

道路交通法改正により昨年4月から着用が努力義務となった自転車利用者のヘルメットについて、小学生以下の着用率が73%、中学生は89%なのに対し、高校生は8%、65歳以上の高齢者は8.4%にとどまっていることから、高校生相当と65歳以上を対象にヘルメット購入費の2分の1を補助する(約80万円)。

文化財の保存と活用については、21年12月に土地・建物の寄贈を受けた登録有形文化財「一色家住宅主屋」について729万円を計上し、23年度に策定した市文化財保存活用地域計画に基づき保存活用に向け、耐震調査や利活用の市場調査などを実施する。

図書館、花火100年

ほかに、市立図書館は1924(大正13)年6月1日に開館してから今年で100周年を迎えることから、これまでの歩みを振り返り次の100年に向けて新たな一歩となるイベントを開催する(450万円)。

1925(大正14)に始まった土浦全国花火競技大会が来年の第94回大会で100年、7年後に第100回大会の節目を迎えることから、花火のまち土浦を発信していくため機構改革を実施し商工観光課の花火対策室を花火のまち推進室に改編する。

一方歳入は、経済の改善などにより個人と法人の住民税が増加し、市税全体で前年度比3.0%増加すると見込む。歳出の増加に伴って財源不足が生じることから、財政調整基金から23年度と同額の15億円を繰り入れる。これにより24年度末の基金残高は135億円になる見込み。

安藤市長は「厳しい財政状況だが『夢のある、元気のある土浦』に向けて、給食費の無償化を継続し、認定こども園での英語教室など特色ある保育を実施するなど子育て支援をさらに充実させる。常磐道スマートインターチェンジの1日も早い整備や、TXの土浦延伸に向け県と連携するなど、選択と集中を図る予算を編成した」などとしている。(鈴木宏子)

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米価格の高騰と反落を語る JA水郷つくばの油原組合長【キーパーソン】

1年前は米の小売価格が高騰し、店頭に並ぶ標準米の5キロ入りが4000円台半ばになった。ところが今年は反落し、最近では3000円以下で推移している。消費者にとって「昨年は困惑、今年は歓迎」の構図だが、日本人の主食が1年の間に1袋1500円も動くのは尋常でない。そこで、4カ月前にJA水郷つくば(本部土浦市小岩田西)の代表理事組合長に就任した油原正明さんに、生産者の立場から米の価格問題を語ってもらった。今年の急落の原因をつくった農林行政に対する苦言はかなり厳しい。 咋年米が残り新米が倉庫に入らず ―今年産米の価格が下落しているが、その現状と背景は? 「最近、商社系の米集荷業者が撤退あるいは廃業しているとの記事を目にした。事実、高値で買い集めた2025年産米の在庫が重荷になり、事業撤退や廃業に追い込まれた業者も少なくない。仕事を続けている集荷業者も、26年産新米の集荷に二の足を踏み、今年は農家が生産した新米が行き場を失っている状態だ。 JAは予約契約を結んでいる稲作農家の米は例年通り集荷しているものの、価格交渉は厳しく、苦戦している。消費者にとって価格が安いことはうれしいと思うが、今後の稲作農家の経営を考えると頭が痛い。 価格が高騰した昨年は、政府から『JAもリスクを取って買い取りなさい』との指導があった。昨年は集荷業者との高値買い取り競争もあり、1俵(60キロ)3万5000円まで高騰したが、今年は1俵2万円以下でも、需要先に売るのが難しい状態だ。咋年産米が倉庫に山積みになり、今年産の新米が倉庫に入らないといった事態も発生している。 価格上下の責任は、米の需給を見誤り、政府備蓄米を大量に放出した政府にある。当時の小泉農相は『米をジャブジャブにする』と発言し、備蓄米の追加放出を断行した。こうした政策のしわ寄せが、今、生産農家にきている。生産者が安心して生産ができ、消費者は安定して購入できる―政府はそういった価格体系に持っていかねばならない」 生産者と消費者が納得できる農政を ―米価の安定、価格の平準化に向け、どうしたらよいか? 「JAは農家組合員で構成される団体だから、当然、生産者米価を意識している。ここ数年の資材高騰で、今後も農業経営が継続できるか、米農家は心配している。肥料や農薬など原料を海外に依存しているものが多く、中東情勢や米大統領の行動がもたらす悪影響に一喜一憂している。 田んぼ1~3ヘクタールを耕作する農家の1俵当たり生産費は2万535円と、公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構は先に発表している。JAは1俵2万円台の価格で農家から買い上げ、消費者に届けたいと考えている。しかし、咋年産の売れない在庫米が多く残っており、今年の価格はJAが目標とするレベルになっていない。 昨年、当時の小泉農相が『米の適性価格は消費者の購入価格だ』と発言したが、これには頭をガーンと叩かれたような思いだった。消費者だけでなく、生産者も納得がいく―そういった落としどころを探るのが政府の役割ではないか。国の安全保障が大切なように、国は主食である米の安定生産・供給、つまり食料安保も図らなければならない」 【ゆはら・まさあき】1981年、東京農業大学卒、茨城県経済連(現JA全農)に入る。2016年、水戸中央青果(株)常務。2020年、JA水郷つくば常務理事。同代表理事専務を経て、2026年6月から代表理事組合長(前組合長の池田正さんはJAグループ茨城5連会長に就任)。高校野球、プロ野球、米大リーグのファン。1958年、龍ケ崎市の農家に生まれ、現在も同市在住。 【インタビューを終えて】昨年のトンデモ米価は、商社系の集荷会社が米は不足すると読んで買い集め、その動きが流通経路に広がり形成されたと聞く。つまり、流通経路で起きた経済事件だった。原油由来のエネルギーや製品素材、米のような価格は流布情報に影響される。政府備蓄米操作は価格平準化の一策だが、うまく運用しないと需給バランスを崩す。消費者物価に連動するぐらいにコントロールする賢さが必要だろう。(坂本栄)

原子力のメッカ、東海第2原発の未来は《黄昏の原子力》1

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つくばの記憶 1970年代の竹園と千現《デザインを考える》37

【コラム・三橋俊雄】京都では「先の戦い」と⾔えば、「応仁の乱のこと」だといいます。そこには、⻑い歴史の延⻑線上に今の⾃分がいるという感覚があるのかもしれません。では、つくばに暮らす私たちは、このまちの歴史と今の⾃分とを、どこかで重ね合わせて感じることがあるでしょうか。 私は以前から「つくばの根っこ」を知りたいと思い、つくばの語り部の⽅々から話をうかがってきました。今回は、研究学園都市の建設が始まった1970年代の⽵園や千現での暮らしについてのお話です。 道路はぐちゃぐちゃだよ つくばに移ってこられた人たちが、どのように買い物をし、⼦どもたちはどこで遊び、住⺠同⼠はどのような関係を築いていたのか。そこには、今では⾒ることのできない⾵景や暮らしがありました。その1ページを、EHさんの記憶からたどってみたいと思います。 EHさん⼀家は1972年、⽵園の公務員宿舎101棟に⼊居しました。翌年、108棟に移り、1978年には千現に家を建てました。この分譲地に家を建てたのは、EHさん⼀家が最初だったといいます。 前年の1971年、初めて現地を訪れたときのことを、EHさんはよく覚えています。⼟浦から来て「倉掛」でバスを降りたものの、周囲には何もありません。遠くに公務員宿舎らしき建物が⾒え、⾏き⽅を尋ねると、「奥さん気をつけな、道路はぐちゃぐちゃだよ」と⾔われました。農道のようなぬかるんだ道を歩いて⽵園までたどり着きました。当時、まだつくば市は存在せず、市が誕⽣するのは1987年のことです。 1972年に⼊居したころも、101棟にはまだ2家族ほどしか住んでいませんでした。街灯もなく、夜になると真っ暗でした。造成中の東⼤通りでは、住⺠の⼥性たちが⾃転⾞の練習をしていました。⾵が吹けば⼯事現場の埃が舞い、初夏にはカエルの声が聞こえました。 買い物も不便でした。研究所から⼟浦へ買い物⽤のマイクロバスが週に2回ほど出たほか、現在も銀⾏の建物が残る付近には、⼟浦から⾁屋などが出張販売に来ていました。倉掛にあった吉⽥商店も貴重な店でした。 じゃあここに住もうか しかし、不便だったからこそ、住⺠同⼠のつながりは強かったといいます。農協から野菜や鶏をまとめて買い、みんなで分けました。洗濯物を干している家には「⾬が降ってきたわよ」と知らせたり、「たくさん買ったから半分分けるわよ」と声を掛け合ったりしました。⼦どもたちは棟の前に出したビニールプールで⼀緒に遊び、⺟親たちは習字やピアノ、英語など、⾃分のできることを近所の⼦どもたちに教えました。 保育所がなかったため、住⺠たちは桜村の村⻑に掛け合い、保育所をつくってもらいました。⽣活に必要なものを、住⺠⾃⾝が声を上げながら、ひとつずつ実現していった時代でもありました。 EHさん⼀家が千現に住むことになったきっかけも、当時のつくばの様⼦をよく伝えています。⽵園に住んでいたころ、息⼦を二の宮のプールへ連れて行く途中、辺りには松林が広がり、ウグイスが鳴いていました。息⼦が「とってもいいところだね」と⾔い、その⼀⾔をきっかけに「じゃあここに住もうか」と、千現に家を建てることを決めたといいます。 まちは変わり、それを覚えている⼈たちの記憶もやがて失われていきます。⼀⼈ひとりが⼼に刻む「つくばの暮らしや⾵景の1ページ」を集め、未来へ⼿渡していく。それもまた、今を⽣きる私たちだからこそできる、わがまちの歴史を紡ぐ営みではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)

各国で収めた人々の暮らし 石川多依子さん写真展「一期一会2」

土浦在住の写真家、石川多依子さんが海外で出会った人々や印象に残った光景を写真で表現する「一期一会2」展が、20日から土浦駅西口前の土浦市民ギャラリー(同市大和町)で開かれる。今回はグアテマラ、ポルトガル、オマーンの3カ国で撮影した写真が並ぶ。 カラフルな民族衣装に刺激 グアテマラ 石川さんの「一期一会」展は、旅先で出会った人たちの普通の姿や、その国の日常のありふれた様子を撮ったもので、年1回のシリーズを予定している。昨年の第1回では11の国と地域をそれぞれ4~5枚の組写真で紹介した。今回の第2回ではもっとじっくり見てほしいと、3カ国に絞り、各20枚ほどで構成する。 石川さんがグアテマラを訪れたのは2002年。メキシコ・グアナファート大学の文化祭でパッチワークキルト展を開催した際、せっかく来たのだからと、3週間の滞在期間のうち1週間を隣国のグアテマラへ足を延ばした。 「マヤ文明のピラミッド型神殿で知られるティカル遺跡付近の山中では、火を焚いて古いマヤの宗教儀礼が行われていた。高山地帯の美しいアティトラン湖畔の村々の女性の衣装は村ごとに異なっていて、少女からおばあさんまでが赤や藍色を基調とした同じ模様の民族服を着用。村でも街でも女性の民族衣装のカラフルで独特な色遣いにとても刺激を受けた」と石川さん。 迷路のような街並みを歩く ポルトガル ポルトガルの旅は2018年。リスボンの旧市街アルファマは丘の中腹にあり、迷路のような路地や坂道が続く趣のある街。ただでさえ狭い道に自動車も路面電車も走り、車に路上駐車されると電車は通れないので、運転手は電車から降りて車の持ち主を探しに行くという。 ここでの石川さんの目当ての一つは、伝統的装飾タイルのアズレージョ。「首都リスボンでも建物の外壁や床、天井など至るところに飾られている。古い時代のものは青一色の幾何学模様だが、フリータッチの筆遣いや子供が好きなメルヘンチックなアズレージョにも遭遇した」 もう一つの目当てはファド。「ポルトガルギターの伴奏で情感たっぷりに歌う伝統歌謡で、アルファマはファド発祥の地としても知られ、夜になるとあちこちのバーやレストランからファドの生演奏が漏れ聞こえる」 廃墟と灌漑に魅せられる オマーン オマーンのオアシスの街、ビルカット・アル・マウズを訪ねたのは2019年。ここにファラージと呼ばれる灌漑システムがある。紀元前にはすでに使われていたといい、山から湧き出た水が水路を勢いよく流れ、人々の生活用水になったり、デーツ(ナツメヤシ)林を潤している。ビルカット・アル・マウズから車で20分ほど離れた二ズワの街は、ファラージが世界遺産になっている。 「ビルカット・アル・マウズには3つの廃墟がある。ここを拠点としていた人たちは、1950年代の内乱のとき空爆を受けて村を離れたのだそうだ。廃墟の中を歩いてみると、ドアが取り付けてあったり洗濯物が干されていたりなど、今でもあちこちに生活の気配がある。時代が経ても利用され、住んでいる人がいることに驚かされた。二ズワの廃墟も同様に再利用されていた」 (池田充雄) ◆石川多依子写真展「一期一会2」は20日(火)~25日(日)、土浦市大和町1-1、アルカス土浦1階、土浦市民ギャラリーで開催。開館時間は午前10時~午後5時(初日は午後1時から、最終日は午後4時まで)。入場無料、駐車料金は2時間無料(駐車券を事務室に提示)。問い合わせは電話029-846-2950(同ギャラリー事務室)