火曜日, 4月 7, 2026

少年院でワイン向けブドウを収穫 牛久シャトーとプロジェクト

牛久市にある少年院「茨城農芸学院」(樋口光平院長)内で、ワイン向けブドウのメルロー種が栽培されている。同院に入所する15人の少年が26日、ブドウを収穫した。日本初の本格的なワイン醸造所「牛久シャトー」が、牛久市、茨城農芸学院と2020年から始めたプロジェクトで、入所者の更生と職業指導を兼ねている。収穫には牛久市の沼田和利市長、牛久シャトーの川口孝太郎社長らが参加し、若者たちと汗を流した。 ワインは、茨城農芸学院のハウスと牛久シャトーのブドウ畑で栽培されているメルロー種とブラッククーン種を原料に、牛久シャトーのワイナリーで醸造し、牛久シャトーが発売している。 26日、ハウス内で作業にあたった17歳の少年は、ブドウをうまくはさみで切り落せたことに喜びを感じたとし「暑かったが、楽しかった。自分たちが作ったものがたくさんの人に届くといい」と充実した表情を浮かべた。 作業を終えた19歳の少年は「自分たちが作ってきたものがワインとして人の手に届くと思うとやりがいを感じるし、最後まで愛を込めて作ってきて良かった」と話し、「ここにくる前はお金が絶対だと思っていた。作業を通じて人とのつながり、信頼が本当に大切だと学んだ。今の夢は、今日収穫したブドウのように、さまざまな人を幸せにすること。まだお酒は飲めないが、いつか、家族や友達と一緒にワインを飲んで、思いを共有したい」と話した。 沼田市長は「皆さんに教えてもらいながら収穫した。市の産品としてPRできる。栽培を通して今後の人生の糧にしてもらいたい」と話し、牛久シャトーの川口社長は「丁寧な作業で良いものができているし、皆さんが達成感を感じているように見えた。このワインは皆さんのブドウでできている。皆さんが社会の一員として作業できていると実感してほしい」と語った。 農芸学院職業指導主任の中橋文弥さん(48)は「ブドウ3房でボトル1本のワインができるので、子どもたちにとって、作業が仕事につながると実感しやすく、やる気につながる」とし、「製品化して消費者に届けるところまで取り組むことで、少年院の作業の一つだった農作業が、職業としての農業として理解できる」と話す。また「作業は同じことの繰り返しで面白みはないかもしれないが、繰り返すことでブドウの実に色が付くなど作物の成長を実感し、意味を確認できる。手を掛けた分だけ作物は応えてくれるし、学びが多い。彼らがワインを一緒に飲めるような仲間や、自分の過去を受け入れてくれるような人たちに囲まれるようになると良い」と思いを語った。 この日1日でメルロー種340株から約1.5トンが収穫できた。今後は職員による選果を経て、9月頃に収穫が見込まれる24株のブラッククイーン種とともに、牛久シャトーの醸造所で製品化される。来年5月には赤ワイン「牛久葡萄酒 Merlot(メルロー)2024」として牛久シャトーの店頭やオンライン通販で販売される予定だ。価格は1本(720ミリリットル)4000円(税込)。昨年収穫されたブドウで作った「牛久葡萄酒 Merlot2023」が現在販売中だ。 茨城農芸学院は13万平方メートルの敷地に、17、8歳を中心とした15歳から20歳未満の少年約80人が入所している。主な入所理由は、窃盗、特殊詐欺、暴行、傷害、薬物犯罪など。コミュニケーションに稚拙さがあるなど人との関係を苦手にする者も多いと担当者は話す。11カ月の入所期間の中で、それぞれの矯正教育の進度に合わせて、段階に応じた教育目標や内容が設定される。今回の収穫作業に臨んだ15人は、最も段階が進んだ1級に属する。(柴田大輔)

café struggle《続・平熱日記》164

【コラム・斉藤裕之】浅間山の麓から茨城に戻ってすぐに山口に向かう。何度目かになるパクを連れての車の旅も大分要領を得てきた。軽井沢ほどではないが、標高500メートルにある弟の家。エアコン要らずのはずだが、この夏はちょっと様子が違う。テレビでは連日「これまでに経験したことのない」という枕詞(まくらことば)の付いた暑さの予報が連日流れる。 それでもやっと朝晩は涼しくなったころ、弟の次女が夏休みで帰って来た。せっかくなので、みんなでどこかに出かけようということになって、日本海側の長門市にある「香月泰男美術館」を訪ねることにした。 香月泰男は山口県三隅町(現長門市)に生まれ、故郷を愛し住み続けた画家である。今年ちょうど没後50年ということで、県立美術館ではシベリア抑留の体験を題材にした代表作である「シベリアシリーズ」を公開展示していた。実は、私の高校の恩師は高校生の時に当時教師をしていた香月泰男に出会い、以来師と仰ぎながら画業に取り組まれた人だった。だから、香月泰男は私にとって最も身近な画家だった。 美術館は香月が愛した三隅の小高い丘にある。入ってすぐの工作室では、夏休みの子供たちが木っ端や枝を使った工作をしていた(木っ端や鉄くずで作る香月の作る動物や人はとても魅力的だ。また美術館の中でもそれらは重要な展示作品となっている)。 展示室に入ると、モノトーンに近い香月独特の絵画が待っていた。程よい数と質の高い展示に満足したところで、最後に待ち受けているのは何度見ても見入ってしまう再現された香月のアトリエ。それから中庭に出て、香月がシベリアから種を持ち帰って植えたというサン・ジュアンの木の前で記念の写真を撮った。 あぐねあぐね描く 美術館を後にして、雑誌で見たカフェで一休みしようということになった。建物全体が緑の蔦(つた)で覆われたキュービックな建物。中に入ると、とても高い天井のレトロモダンな雰囲気。弟が突き当りの壁に大きな金庫らしいものが埋まっているに気付いた。以前は銀行か何かだったのか。しかし、「café struggle(カフェ・ストラグル)」、直訳すると「苦闘するカフェ」とは、奇妙な店名だ。 ところで、私は先ほどからどうも腹の調子が悪い。いったん外に出て、古い真ちゅうの取手を握って開いたトイレは和式だった。私はしばらくぶりにとる姿勢と流れ落ちてくる汗に思った。「まさにstruggle!」 自家焙煎のコーヒーは薫り高く、外の暑さを忘れさせてくれた。店を出る時、とっさに私は姪に店名の意味を店主に尋ねさせに行かせた。扉を開けて出てきた姪の口からは、「試行錯誤だって!」という言葉が。 「あぐねあぐね描く」というフレーズを高校の恩師はよく口にした。方言のようにも思えるが「倦(あぐ)ねる」というれっきとした共通語であるらしく、つまり「絵には答えや方法などはなく、あぐねあぐね(struggle)描くものだ」ということだ。 私は「café struggle」の扉の前で姪と記念写真を撮った。夏の空は絵に描いたように青かった。(画家)

ネット投票し市民評価で金額決定へ つくば市長2期目退職金

市議会9月会議に条例提案 つくば市長2期目の退職金2039万4000円について、五十嵐立青市長は26日記者会見し、インターネット投票を実施し、投票者が下した評価の平均点で、受け取る金額を決める条例案を9月3日開会の市議会9月定例会議に提案すると発表した。1期目は「市長特権の退職金廃止」を公約に掲げ、受け取り額を22円としており、2期目はどうするか注目されていた。 市議会で可決されれば、同市長選・市議選終了後の11月1~11日に、ネット投票ができるよう開発された同市の市政情報発信アプリ「つくスマ」を使って、2期目の市政運営評価を市民に改めて投票してもらう。 ネット投票ができるのは、マイナンバーカードの交付を受けていて、電子的に本人確認ができる15歳以上の市民で、同市のアプリ「つくスマ」をダウンロードしていることが必要。現時点で、人口約25万8700人のうち、マイナンバーカードの交付を受けている15歳以上は約13万人、アプリ「つくスマ」をダウンロードしているのは約2万人という。一方、ネット投票に参加しない市民の評価は、退職金算定評価には加味されない。 評価点は、2期目の市政運営について、0点から100点まで10点間隔で何点かを選んでもらい、投票した人の平均点をパーセンテージにして退職金の支給割合とする。例えば投票者の平均点が50点だった場合、50%の1019万7000円の支給を受けるという。 ネット投票の実施時期については、市の顧問弁護士に相談したところ、公選法で禁じている人気投票の公表にならないよう、市長選・市議選の終了後に実施する。 五十嵐市長は、実質的に受け取りを辞退した1期目の退職金について「賛否があった」とし、2期目については「適切に市民の声を反映させるためネット投票を方法を行う」としている。ただしネット投票による市民評価で金額を決める今回の条例は、2024年度の退職金1回限りのものとなる。 市民評価で決めるやり方は、大阪府寝屋川市が昨年、市長給与に対して導入した。給与の3割分を無作為抽出した市民3500人の市民意識調査の評価と連動させ、「評価しない」が「評価する」を上回った場合、給与を3割カットする仕組みを作った。昨年の意識調査では「評価する」が「評価しない」を上回ったため、カットせず満額の支給となっている。一方、退職金については広島県呉市長が、市民の評価を退職金に反映させる退職金市民評価制度を公約に掲げたが、コロナ禍だったなどから実施を見送った。五十嵐つくば市長によると、同市がネット投票による市民評価で退職金の金額を決めるのは全国で初めてという。 一方、五十嵐市長が1期目に退職金を22 円としたことをめぐって、市が市長退職金の原資として県市町村総合事務組合に支出した負担金約600万円が市に返還されないことから、元大学教授の酒井泉さんが、市の財政に約600万円の損失を与えたなどとして住民訴訟を起こした経緯がある。判決は住民側敗訴で確定している。 五十嵐立青後援会 青風会の政治資金収支報告書によると、同後援会は、退職金を実質的に辞退した2020年9月に、水戸市とつくば市内で計3回「感謝のつどい」を開き計2350万円を集めた。昨年3月提出の22年分同収支報告書によると、同後援会は22年末で約1858万円の翌年への繰越金がある。市長選を控えた今年、政治資金パーティーを実施するか否かについて五十嵐市長は、実施しないとしている。(鈴木宏子)

かや葺き屋根の家で老子を学ぶ《邑から日本を見る》166

【コラム・先﨑千尋】石岡市八郷地区在住の中島紀一さんから、「7月にかや葺(ぶ)き屋根の民家で古代中国の思想家・老子の勉強会(懇話会)を開くので、参加しませんか」と声がかかった。中島さんは有機農業研究の第一人者。しかもご自分で実践しておられる。私の同志の一人だ。 このかや葺き屋根の所有者は、2017年に八郷地区で新規就農した山田晃太郎・麻衣子さん夫妻。山田さんたちは自然と共にある農業を志し、「いのち育む水辺を目指す田んぼ」「草原を目指す畑」「里山復活を目指す落ち葉集め」「人がつながる農園へ」を柱とし、4年前に譲り受けた築百年のかや葺き屋根の家を拠点として「やまだ農園」を開き、有機農業に取り組んでいる。 中島さんは山田さんたちの茨城大学での恩師に当たり、中島さんが主導した耕作放棄地での農と自然の再生活動に参加したことが有機農業への道につながった。この茅葺き屋根の家は「八郷・かや屋根みんなの広場」として、いろいろな集まりに利用されている。 老子は、古代中国、春秋戦国時代の思想家。中国が秦に統一される前だから、約2500年前の人。孔子や孟子などと並ぶ思想家だ。インドではブッダが生きていて、仏教のもとを開いた。西洋のギリシャ・ローマ文明の時代も同じころで、キリストはその少し後の人。老子は、宇宙の根源を「道」や「無」と名づけ、これに適合する「無為自然」への復帰を人間のあるべき姿、と説く。 中島さんによると、老子の時代の古代中国は経済も社会も政治も既に成熟していた。しかし、暮らしの基盤は田んぼだった。山田さんや中島さんたちが昔ながらの手植えで田植えをしながら、ふと老子のことを考えた。老子の思想と生き方が、ひょっとしたら山田農園のやっていることとつながるのではないか。そういうことで今度の勉強会が企画されたようだ。 といっても、参加者は10人。筑波大学で中国古代文学を研究されていた松本肇さんの話を聞きながら、老子の時代に思いをはせた。 「いいね、老子」 この日に開かれた懇話会は、松本さんが用意した「老子の人生観」という『老子』(岩波文庫版などがある)から引いた15の言葉の説明を受けながら進められた。その言葉は「上善水の如し」「無の効用」「(孔子の)儒教道徳反対」「あるがままに生きる。欲を減らす。文明を否定し、自然に帰る」「ほどほどで満足する。ちょっと立ち止まってみる」「人間万事塞翁(さいおう)が馬」、「生への執着を捨てるのが養生の秘訣」など。 松本さんの話を一通り聞いたあとで、それぞれが感想を述べ合った。私は、「老子が言っていることは現代社会の真逆。政治も経済もすべて『今だけ、カネだけ、自分だけ』の考えがまかり通っている。山田さん夫妻がしなやかにこの地で実践していることはまさに老子の思想に通じるのではないか」と話した。 この日、私の頭の中をさわやかな風が通り過ぎていった。(元瓜連町長)

茨城の朝鮮人強制連行 慰霊塔管理委事務局長が講演 つくば

「歴史風化させず未来の教訓に」 戦前や戦中に、朝鮮半島から茨城県内の鉱山や炭鉱などに強制的に連行されたり、過酷な状況下で労働を強いられた朝鮮人の歴史を振り返る講演会「茨城における朝鮮人強制連行を知る8・25集会・デモ」(主催:戦時下の現在を考える講座)が25日、つくば市竹園、竹園交流センターで開かれ、県内外から約20人が参加した。 講師を務めたのは、茨城県朝鮮人戦争犠牲者慰霊塔管理委員会の事務局長で、実父が炭鉱労働者だった張永祚チャンヨンジョ(78)さん。強制連行された朝鮮人が働いていた日立鉱山をはじめ、県内各地の歴史を振り返りながら、「未来への教訓とするためにも、歴史は風化させてはいけない」と訴えた。講演会の後は主催者によるデモ行進が市内で行われ、約15人が「差別、排外主義を許さない」「ヘイトスピーチを許さない」などと声を上げた。 父は炭鉱労働者に 張さんは北茨城市関本町の炭鉱で生まれ育った在日朝鮮人2世。日本の植民地下にあった朝鮮で農家の長男だった父親は、植民地政府に土地を没収され、貧困の中で仕事を求めて日本に渡り、全国各地で仕事を求めた末に炭鉱のある北茨城市に来た。 地元の小学校に通った子ども時代、「臭い」「汚い」といった暴言を周囲から浴びせられた。差別を受ける苦しみから母親に対して「なんで俺を朝鮮人に産んだんだ」と叫んだこともあったという。日本の学校で「張田」を名乗っていた張さんは、中学から水戸の朝鮮学校に通うと、初めて朝鮮の名前で生活する同級生たちに出会った。文化や歴史など自身のルーツを学び、自身のアイデンティティーへの誇りを感じ、仲間との一体感に心を和ませることができたと話す。 現在は、日立鉱山(日立市)での犠牲者を追悼するため1979年に在日朝鮮人らによって建てられた茨城県朝鮮人納骨塔の管理委員会で事務局長を務めている。日立鉱山では約4000人の朝鮮人が劣悪な環境下で働き、多くが名前や出身地が分からず無縁仏となっている。慰霊祭を毎年9月に納骨塔のある日立平和霊園(日立市諏訪町)で開催し、歴史を語り継ぐために日立鉱山を巡るワークショップも随時行なっている。今年は9月28日に慰霊祭を催す。 張さんは「日本政府が『労務動員計画』を作成した1939年以降、(民間の)事業主による朝鮮人の『募集』が始まった。その後は官による『斡旋』、『徴用令』と三段階で国家権力による強制連行が行われた。炭鉱などの労働現場では環境の劣悪さから命を落とす人も多く、逃亡を防ぐために朝鮮の家族を一緒に住まわせるなどしていた」と説明した。さらに「誰が何のためにこういうことをしたのか。歴史を知ること、学ぶことで未来への教訓にし、歴史的事実を風化させてはいけないと胸に刻んでいる。戦争は絶対にダメだという思いでいる。二度と戦争は起こさないよう皆さんと共に頑張っていきたい」と語った。 群馬県の行政代執行きっかけ 神奈川から講演会とデモに参加した雨宮圭一郎さん(28)は、パレスチナ問題への関心が参加へのきっかけになったとし、「学校では深く教えてもらえなかったテーマで、関係者の生の声を聞く機会は貴重。知らなくても生きていけてしまうことが、知っていくことの重要性を感じた」と話した。 主催団体の藤田康元さん(58)は「今年1月29日に群馬県高崎市の県立公園にあった朝鮮人追悼碑が行政代執行により暴力的に破壊された。その報道などをきっかけに、若い世代も含めてなぜ追悼碑があるのかが知られるようになった。茨城でも日立鉱山を主に、それ以外にも羽田精機竜ケ崎工場、海軍西筑波飛行場、常磐南部炭田、日立製作所水戸工場、日本通運土浦などでも多くの朝鮮人が連れてこられたことが知られている」とした上で、「強制的に連行されたという歴史を否定する動きがある。自分たちが暮らす地域の歴史を自分たちで調べ直すことは、事実が修正されないためにも重要なこと。今回のイベントが、歴史に対する各地の動きにつながるきっかけになれば」と思いを語った。(柴田大輔)

3度目のモンゴルで《文京町便り》31

【コラム・原田博夫】モンゴルの専門家ではない私は、7月末から8月初めにかけ、同国に3度目の滞在をしてきました。最初は1996年10月末で、初雪・吹雪を体験しました。その時のことは、コラム15(2023年4月23日掲載)で述べましたので省略します。2度目(2017年8月)は、私が代表を務めていた専修大学ソーシャル・ウェルビーイングSWB研究センター(文部科学省の私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、2014年度~18年度)による現地調査でした。 この20年間、モンゴルの社会経済はすさまじい勢いで変化し、ウランバートル市内には相当数の高層ビルが林立するようになりました。しかし郊外は、ゲルや簡素な板囲いの家屋・集落が散在していて、日本人捕虜の集団墓地の近くまで住居群が押し寄せていました。そこで、現地の障害者支援の一環で、国際協力機構(JICA)から派遣されていた全盲の日本人女性の活動に接した時は、驚きと同時に頭が下がる思いでした。 3度目の今回は、専修大学SWB研究センターを継承した日本学術振興会JSPS研究拠点形成事業Core-to-Coreプログラム「若手研究者ECR(アジア8カ国)ワークショップ」が、モンゴル国立大学で開催され、私は2日目午前の国際公開シンポジウムの冒頭挨拶を、共催機関・独立モンゴル研究所(IRIM)会長のベヒバタ・カシュバツラ(フランス語研修組のキャリア外交官で最後は駐米大使)と共に務めました。 タクシーはライドシェア 今回滞在で感じたのは、モンゴルでも、グローバルな変化が同時進行している、ということです。第1に、気象状況・天候の変化です。1日目はそれこそ好天で、日差しがさんさんと降り注いでいました。しかし、2~3日目は、ものすごい豪雨で道路は(排水がままならず)水浸しで、雨具の用意のなかった私は、ホテル1階のコンビニで、急きょ、折りたたみ傘を求めました。 第2に、ホテルから会場までの移動(徒歩で約20分)をどうするかですが、タクシーを呼ぼうとしても見当たりません。現地の人に相談すると、彼らはスマホを使ってライドシェアを活用しているようです。彼らに立て替え払いで呼び出してもらうと、ものの数分で、目の前に当該車がやってきました。要するに、タクシーが無数に走行しているので、探す必要がないのです。 というわけで、最初のモンゴル訪問から30年近く経ったわけですが、その間に当方も年齢を重ね、胃腸は衰え、郊外の観光ゲルでも羊の肉・乳やウォッカをあまりたしなむことができませんでした。会議の合間の昼食時には、(私が土浦ロータリークラブ会長<2024年7月~2025年6月>だと分かると)IRIM出身の元気のいい(コンサルタント業務を営む)ローターアクトも駆けつけてくれました。なんと、私が初めてモンゴルを訪れた1996年の生まれでした。 20「…インドネシアで」(23年9月22日掲載)、21「…ベトナムで思ったこと」(23年10月22日掲載)、22「韓国事情…」(23年11月23日掲載)でも紹介したように、アジアは今や大変革期に入っています。今回はモンゴル出張の報告でした。(専修大学名誉教授)

今年も盛大に まつりつくば2024

つくば市最大の祭り「まつりつくば」(同大会本部主催)が24日、つくば駅周辺で始まった。車両通行止めとなった同駅近くの土浦学園線では午後4時から、つくば音頭などのオープニングパレードが実施され、午後5時40分過ぎ、大ねぶた4基と中小ねぶた5基が登場した。万博山車のほか、市内各地区のみこしも掛け声と共に通りをパレード。午後6時、ねぶたの照明が点灯すると、降りしきる雨の中、祭りは最高潮に達した。 まつりは25日までの2日間、つくば駅周辺の土浦学園線や、つくばセンター広場、中央公園、竹園公園などを会場に、みこしや山車のパレードのほか、大道芸フェスティバル、コンサートなどがにぎやかに催される。 24日のつくば市の最高気温は平年より3.8度高い33.9度に達し、湿度も高かったが、まつりパレードが催される土浦学園線の歩道には同日夕方、大勢の市民が集まり、ねぶたが登場すると歓声が上がった。 13年前からつくばに住んでいるという同市研究学園に住む中国出身の雨虹(ゆいおん)さん(50)は「つくばに来て、まつりつくばを見てとても感動したので、毎年見に来ている。中国にも似たような祭りがある。この祭りがずっと続いてくれればうれしい」と語り、昨年バングラディッシュから来日した筑波大学の留学生、サイドさん(43)は「去年も見に来た。来年国に帰るので思い出の一つにしたい。昨年も今年も感動した。たくさん写真に収めたい」と話した。 つくばセンター広場と大清水公園の「まんぷく広場」には、市内のグルメや特産品が勢ぞろいし、並んで買い求める市民らでごった返した。中央図書館からつくばエキスポセンター前のつくば公園通りでは「アートタウンつくば 大道芸フェスティバル」が開催され、大道芸のパフォーマンスに人だかりができた。(榎田智司)

レトロな加速器舞台にアート&サイエンス 9月7日 高エネ機構一般公開

高エネルギー加速器研究機構(KEK、つくば市大穂、浅井祥仁機構長)は9月7日(土)、宇宙や物質の成り立ちに迫る最先端の実験装置など16施設を一般公開する。目玉企画として、地階に眠る形だった「コッククロフト・ウォルトン型加速器」のほこりを払い、アート&サイエンスプロジェクトの舞台装置としてお披露目する。コッククロフト・ウォルトン型は1972年に初運転したレトロな加速器。1976年から2005年まで稼働した「12GeV陽子シンクロトン」という加速器に、高電圧をかけた負水素イオンを送り込むための前段加速器として活躍した。その形状がユニーク。高電圧を得るため、コンデンサーと整流器を何段かに重ねた回路構造が形作られ、整流器がはしごのように見えている。絶縁体の碍子(がいし)周りには丸みを持ったつばのような放電防止の装置「コロナリング」があり、天辺には巨大な立方体のような箱があって周囲を圧している。装置は陽子シンクロトン加速器準備棟の地階にあり、部屋は大気圧の放電に耐えるため、銀色の金属壁で囲われて、神殿のようにも見える独特の雰囲気を醸している。同型の加速器は2基あり、1基は解体されたが、もう1基は往時のまま残され、過去のKEK一般公開でもインスタ映えするスポットとして人気があった。これに目を付け、アート&サイエンスプロジェクトの舞台演出を仕掛けたのが多摩美術大学(東京都世田谷区)の森脇裕之教授。1971年設立のKEK50周年に、同加速器を舞台にしたパフォーマンスを行った。タイトルは「テンプラム・フレクエンティア(周波数の神殿)」。LEDライトで幻想的に染められた金属壁の空間で3人のダンサーが、4人のコーラスに合わせて踊った。2021年11月の50周年記念式典に向けた企画だったが、折からのコロナ禍で一般公開は断念、収録したパフォーマンス映像をYoutubeなどで公開するにとどまった(リンク先はこちら)。今回の一般公開ではタイトルはそのままに、同じ照明を再現して展示する。一般公開のポスターやチラシでもコッククロフト・ウォルトン型を前面に押し出したデザインを採用している。森脇教授によれば、解体されたもう1基もKEK内に保管されており、「屋外でアート&サイエンスを展開する際の科学遺産として活用を考えていきたい。今回を資金の公募などを考えるきっかけにしたい」と語っている。 今回は次世代型の試験加速器であるERL(Energy Recovery Linac、エネルギー回収型線形加速器)も公開され、研究者らによる解説が聞ける。大強度で高品質の電子ビーム生成を目指しながら、加速とは逆の減速のエネルギーを再利用する、SDGsな加速器ということだ。開設当初からの恒例行事だったKEKの一般公開はコロナ禍での中断、オンライン開催を経て4年ぶりに復活した昨年は、約3700人の参加者を集めた。今回も研究成果を紹介するブース展示や体験コーナー、研究者によるトークイベントなど実施する。(相澤冬樹)◆「高エネルギー加速器研究機構一般公開2024」は9月7日(土)午前9時~午後4時30分、つくば市大穂KEKつくばキャンパスで開催。入場無料。TXつくば駅から往復する無料のシャトルバスと、構内を10分間隔で循環する無料バスが運行する。駐車場あり。暑さ対策として構内17カ所に給水スポットを設置。正門近くで食堂・喫茶室やキッチンカーが営業する。詳しくは特設ページへ。

なぜ宍塚にマツムシとクツワムシがいないのか 《宍塚の里山》116

【コラム・中原直子】枕草子に代表されるように、日本には古くから秋の風物詩として鳴く虫を愛(め)でる文化があります。明治時代に作られた「蟲のこゑ(むしのこえ)」という唱歌もその一つで、今も多くの人に歌い継がれています。 この歌には、マツムシ、スズムシ、コオロギ、クツワムシ、ウマオイの5種の秋に鳴く虫が登場します。歌が作られた当時、彼らは人々の身近に普通にいる鳴く虫だったのでしょう。しかし今では、この5種類の虫の声を同時に聞ける場所は非常に少なくなっています。 宍塚の里山では、スズムシとコオロギ(エンマコオロギなど)、ウマオイ(ハヤシノウマオイ)の3種類の声が聞こえますが、マツムシとクツワムシの声は確認できません。どうして、マツムシとクツワムシがいないのでしょうか。 その前に、秋の鳴く虫とはいったいどのような虫か説明しましょう。秋の鳴く虫の多くは、雄が前翅(ぜんし)に発音器を持っています。その構造や発せられる音は種によって異なり、雌への求愛や雄に対する威嚇、他の種との識別、時には天敵への威嚇など、様々な情報を伝達する役割があります。 そのため、音を受け取る器官も発達しており、コオロギやキリギリスでは前脚に音=空気の振動を伝える鼓膜器官があります。私たちが愛でている虫の声は、彼らの種の維持のためのツールの一つなのです。 多くの種は飛べますが、その能力は種によってまちまちです。宍塚にいるスズムシやコオロギ類、ハヤシノウマオイは、どれも飛ぶ能力が高く長距離を移動できる種です。一方、宍塚にいないマツムシとクツワムシは飛んで移動することが少なく、生息するために良好な環境が無くなると、姿を消してしまいます。そのため、宍塚ばかりでなく、茨城県全域で数を減らしています。 普通種が普通種でなくなる時代 マツムシは、チガヤやススキが生育する風通しの良い明るい草地を好みます。クツワムシは、クズが絡む明るい林の縁を好みます。どちらの環境も、人の手が入らなくなったり開発されたりして、無くなっていく一方です。 宍塚にはこの2種が生息できるような環境はあるのですが、なぜか確認できません。昔はいたのか調べようにも記録が残されていないので、過去生息していたのか、それとも分布の空白地帯であったのか謎のままです。しかし、周辺市町村にこの2種がかろうじて生息している場所があることから、おそらく、宍塚にもいたのではないかと考えています。 一度環境が変わって絶え、環境が回復しても都市化や道路によって生息地が分断され、緑の島となっている宍塚に再び入ることができなかったのではないかと推察しています。 生息地が分断されてしまうと、移動能力が低い生物種は生息地が消失しそうになった時にどこかへ逃げることもできないまま、その地域からいなくなってしまいます。近年、これまで普通に見られた生物種が地域絶滅の危機にひんしています。普通種が普通種でなくなる時代となっているのです。 スズムシも全国で見ると減少傾向にある種ですが、移動能力が比較的高いため、つくばや土浦の都市部や住宅地でも、好適な環境が点在していれば生息しており、きれいな鈴の音を聞くことができます。野外で聞くスズムシの声音は、飼育されているものと違い、角がなくまろやかで聞き心地が良く感じられます。 この秋、涼しくなった夜に虫の声を聞きに来ませんか。(宍塚の自然と歴史の会 会員) <宍塚月例テーマ観察会「鳴く虫」>9月14日(土)18:30~20:30。9月2~8日にHPで申込み受け付け。

猫を飼う人のための賃貸住宅 つくば・二の宮団地にお目見え URで全国初

9月14日から入居申込受け付け 猫を飼う人のための賃貸住宅を、UR都市機構がつくば・二の宮団地に新たに設け、9月14日から入居の申込受け付けを開始する。猫を飼う人専用の住宅はURで全国初。 「ねころぶ住宅」と名付けたペット共生住宅で、同団地5号棟1~4階の5戸を改修した。猫と暮らしたい人のニーズに応えるなど、くらしの多様化に柔軟に対応するのが目的。 室内は①リビングの壁一面に猫が天井近くまで上り下りできるステップやキャットウオークなどを設置してあるほか、②和室や洋室に、入居者がくぎやビスを打って猫用階段や爪とぎなどを自由に設置できるDIY壁を設けてある。 さらに➂リビングや洋室、廊下などの床は猫が滑りにくい耐衝撃に優れた床材を使用し、④和室の畳は耐久性の高い和紙畳を使用している。⑤部屋のドアには猫が行き来できるくぐり戸が設けてあるほか、⑥猫用トイレが設置できるスペースを確保、⑦台所の出入口には格子の侵入防止扉を設置し、猫が立ち入れない一方、飼い主が猫の様子を確認できるようにしている。 URはすでに、犬または猫をいずれか1匹まで飼育できるペット共生住宅をつくり、共有スペースに散歩で汚れた足を洗うことができる足洗い場などを設けた賃貸住宅を導入しているが、室内を立体的に動き回る猫の特性に特化した、猫を飼う人専用の賃貸住宅は初めて。ねころぶ住宅では猫を2匹まで飼うことができる。 ◆ねころぶ住宅は、つくば市二の宮4-8-3、つくば・二の宮団地5号棟(4階建て)で5戸の入居を受け付ける。2LDKが3戸、3LDKが2戸で、家賃は2LDKが月額8万200円~、3LDKが8万5400円~、共益費は月額3800円。家賃は二の宮団地の一般の同タイプより15%ほど高くなる。入居申込受け付けは、9月14日(土)午前10時から、つくば市吾妻1-8-10 Biviつくば2階 UR賃貸ショップつくば駅前の窓口で先着順に受け付けを開始する。事前に内覧することが条件。内覧日は9月5日(木)~8日(日)。詳しくは電話029-855-4045(同窓口)へ。

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