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レトロな加速器舞台にアート&サイエンス 9月7日 高エネ機構一般公開

高エネルギー加速器研究機構(KEK、つくば市大穂、浅井祥仁機構長)は9月7日(土)、宇宙や物質の成り立ちに迫る最先端の実験装置など16施設を一般公開する。目玉企画として、地階に眠る形だった「コッククロフト・ウォルトン型加速器」のほこりを払い、アート&サイエンスプロジェクトの舞台装置としてお披露目する。

コッククロフト・ウォルトン型は1972年に初運転したレトロな加速器。1976年から2005年まで稼働した「12GeV陽子シンクロトン」という加速器に、高電圧をかけた負水素イオンを送り込むための前段加速器として活躍した。

その形状がユニーク。高電圧を得るため、コンデンサーと整流器を何段かに重ねた回路構造が形作られ、整流器がはしごのように見えている。絶縁体の碍子(がいし)周りには丸みを持ったつばのような放電防止の装置「コロナリング」があり、天辺には巨大な立方体のような箱があって周囲を圧している。

装置は陽子シンクロトン加速器準備棟の地階にあり、部屋は大気圧の放電に耐えるため、銀色の金属壁で囲われて、神殿のようにも見える独特の雰囲気を醸している。同型の加速器は2基あり、1基は解体されたが、もう1基は往時のまま残され、過去のKEK一般公開でもインスタ映えするスポットとして人気があった。

これに目を付け、アート&サイエンスプロジェクトの舞台演出を仕掛けたのが多摩美術大学(東京都世田谷区)の森脇裕之教授。1971年設立のKEK50周年に、同加速器を舞台にしたパフォーマンスを行った。タイトルは「テンプラム・フレクエンティア(周波数の神殿)」。LEDライトで幻想的に染められた金属壁の空間で3人のダンサーが、4人のコーラスに合わせて踊った。

2021年11月の50周年記念式典に向けた企画だったが、折からのコロナ禍で一般公開は断念、収録したパフォーマンス映像をYoutubeなどで公開するにとどまった(リンク先はこちら)。

今回の一般公開ではタイトルはそのままに、同じ照明を再現して展示する。一般公開のポスターやチラシでもコッククロフト・ウォルトン型を前面に押し出したデザインを採用している。

森脇教授によれば、解体されたもう1基もKEK内に保管されており、「屋外でアート&サイエンスを展開する際の科学遺産として活用を考えていきたい。今回を資金の公募などを考えるきっかけにしたい」と語っている。

昨年の一般公開の様子

今回は次世代型の試験加速器であるERL(Energy Recovery Linac、エネルギー回収型線形加速器)も公開され、研究者らによる解説が聞ける。大強度で高品質の電子ビーム生成を目指しながら、加速とは逆の減速のエネルギーを再利用する、SDGsな加速器ということだ。

開設当初からの恒例行事だったKEKの一般公開はコロナ禍での中断、オンライン開催を経て4年ぶりに復活した昨年は、約3700人の参加者を集めた。今回も研究成果を紹介するブース展示や体験コーナー、研究者によるトークイベントなど実施する。(相澤冬樹)

◆「高エネルギー加速器研究機構一般公開2024」は9月7日(土)午前9時~午後4時30分、つくば市大穂KEKつくばキャンパスで開催。入場無料。TXつくば駅から往復する無料のシャトルバスと、構内を10分間隔で循環する無料バスが運行する。駐車場あり。暑さ対策として構内17カ所に給水スポットを設置。正門近くで食堂・喫茶室やキッチンカーが営業する。詳しくは特設ページへ。

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