火曜日, 4月 7, 2026

ワンちゃんがネコちゃんに負けた日《看取り医者は見た!》27

【コラム・平野国美】犬の訓練士の方から興味深い話を聞きました。今の時代風に言えば、犬の世界もジェンダーレスになってきたそうです。どういうことか?と聞くと「肉体的にはオスなのだが、しぐさがメスっぽいとか、同性に興味を示すオスが増えてきた」と言うのです。 食餌(しょくじ)や環境のせい?と尋ねると、「大昔、まだ野性だったころは、強くないと餌を獲れなかったのだろう。現代では、飼い主が安定して餌を与えるので、強くなくても生きていけるようになった。さらに、敵と戦う必要がなくなった」と話すのです。 さらに「今の時代、人懐っこくて、おとなしいワンちゃんが喜ばれる。獰猛(どうもう)にほえる犬は集合住宅で飼うには難しい。そういった『かわいい系』の犬が掛け合わされた結果、こういうワンちゃんが増えてきた。飼い主が高齢化して同居する若い家族がいないので、散歩に連れ出すのも厳しくなり、おとなし目の性格の子が好まれる」と。 こういった話を聞くと、独居高齢化時代のペットに望まれる形が見えてきます。22年前、私が訪問診療を始めたころ、ペットの世界は犬が優勢でした。ところが現在は、猫が圧倒的に多くなりました。統計を見ると、2016年ごろ、犬と猫の数は逆転しています。その後、犬は減り続け、猫は右肩上がりです。 高齢化時代の散歩や餌を考えると、猫の方が経済的です。それに散歩の必要がなく、飼うスペースも狭くて大丈夫。高齢者の体力にも優しいということが、この逆転劇の原因ではないでしょうか? 2016年に犬が猫に負けたのです。保健所などの尽力で野良犬、野良猫は見かけなくなりましたが、隠れ猫、迷い猫は、まだいそうな気がします。 仏壇の中のワンちゃん 犬派であったある患者さんの話。残念ながら飼い犬に先に逝かれ、ペットロスで傷心の日々、迷い猫がやって来て、ペットロスから離脱しました。猫とのスキンシップでも、あのオキシトシンは分泌されるそうです。時代が流れ、ペットの傾向も変わっていくのでしょう。 診察に行く夫婦のお宅の話。診察中、仕事に出かける前の娘が部屋にやって来て、私にあいさつした後、仏壇に線香を上げ、手を合わせてから出勤して行きました。「今時、仏壇にお祈りをするなんて感心ですね。お2人も御先祖様も安心ですね」と話すと、母親が「違います。亡くなったチャッピーちゃんに手を合わせたんです」 仏壇の中にワンちゃんの写真が飾られていました。今、ペットとの関係は家族以上なのです。(訪問診療医師)

選挙運動費用の上限額を誤って告示 4年前のつくば市長選・市議選

つくば市選挙管理委員会は18日、4年前の市長選・市議選で、各候補者の選挙運動費用の上限額(支出制限額)を誤って告示し、法で定められた金額を下回る額を、各候補者に通知していたと発表した。 市選管事務局によると、市長選については支出制限額を1829万2800円とすべきところを、誤って1550万円と告示していた。市議選については、555万6100円とすべきところを誤って440万円と告示していた。 一方、実際に選挙運動費用に使われたとして市選管に報告された費用は、3人が立候補した市長選は、最も少なかった候補者が105万200円、最も多かった候補者は288万6295円だった。41人が立候補した市議選は50万2832円から238万9465円で、いずれも選挙への影響は無かった。 昨年11月初旬、職員が誤りに気付き選管委員長と事務局長などに報告、当時は選挙への影響がなかったことから誤りを発表しなかった。その後今年9月2日、同じ職員から改めて話があり、内容を精査した結果、発表すべきものと認識を改め、18日、発表に至ったという。 選挙運動費用の支出制限額は、お金がかからない選挙をして、立候補の機会を均等化するために設けられた。選挙運動での自動車の使用、ビラの作成、ポスターの作成費用が公費で負担されることから、選挙公営制度ともいわれる。金額は、有権者数(選挙人登録者数)によって計算式に基づいて算出され、告示日に各候補者に通知される。 同選管事務局は金額を誤ってしまった原因について、計算方法及び選挙人登録者数のいずれにも誤りがあったにもかかわらず、事務局並びに選挙管理委員の確認が不足していたためとしている。 今後の対応として、4年前の市長選・市議選に立候補した人全員に謝罪するとし、再発防止策については、選挙管理委員及び事務局職員が計算方法を再確認し、それぞれ責任をもって計算を徹底するとしている。 同選管の南文男委員長は「民主主義の根幹である選挙執行において、このような不適正な事務処理と、報告が遅れたことにより、市民、有権者、立候補者の信頼を損ねることとなり深くお詫びし、今後このようなことが無いよう、深く反省し、さらに緊張感をもって取り組みます」などとするコメントを発表した。

川エビ捕り、漁協が料理教室【桜川と共に】12

季節ごとシリーズ化目指す つくば市内を流れる桜川で捕れた川エビを使った料理体験会が17日、つくば市栗原の栗原交流センター調理室で開かれた。桜川漁業協同組合(鈴木清次組合長)が主催した。桜川への関心を広げたいと、在来魚を用いた「親子料理教室」に向けたもので、来年度以降は川エビをはじめ、フナやコイ、ハゼ類のゴロなど、季節ごとに桜川で捕れる魚介類を材料にしてシリーズ化を目指す。この日は同漁協の鈴木清次組合長(82)が講師を務めた。 地域住民にとってかつて貴重なタンパク源だったが、漁獲量が減り今では作る家庭も少なくなった。出来上がった川エビのつくだ煮を口にすると参加者からは、「美味しい、絶品」「楽しくて普段の仕事を忘れられる」などの歓声が上がった。参加者は地元の女性5人。鈴木組合長が会長を務めるつくば市水質浄化対策推進協議会のメンバーで、日ごろ河川敷でごみ拾いや花壇の整備などに取り組んでいる。 この日のために用意したのは、鈴木組合長が桜川で採った1.5キロほどの大ぶりの川エビ。これから11月にかけて旬を迎えるという。鈴木組合長は、活動の幅を広げようと60歳で調理師免許を取得し、漁協などの活動の中で、川エビやコイなど、桜川の魚介類で作った手料理を参加者に振る舞っている。 この日作った川エビのつくだ煮も鈴木組合長の自信作。エビの量に見合った鍋を選び、砂糖、塩、みりん、醤油を適量混ぜ合わせ、沸騰したところにエビを入れていく。弱火で2時間煮込むと完成だ。ポイントはたっぷりの砂糖と、少量の塩。塩味が砂糖の甘さを引き立てる。 桜川への関心広げたい 今回の活動は、桜川が流れる地域住民に、川への関心を持ってもらうことだと鈴木組合長は話す。背景にあるのが、水質悪化や川辺の荒地化、増加する外来種と減少する在来種などだ。かつて桜川はきれいな水と豊かな漁業資源に恵まれていた。霞ケ浦を代表する在来魚のワカサギは、桜川など流入河川を産卵場にするが、桜川に遡上するワカサギも激減し、漁獲量はピーク時の1パーセント未満にまで減っている。 さらに漁協が抱える課題が組合員の高齢化だ。現在71人いる組合員の平均年齢は80歳を超えている。同漁協では、稚魚や卵の放流、川辺の整備・清掃等を通じた河川管理をしてきた。今後は多様な市民とのつながりの中で、地域住民の関心を得るとともに、次世代を担う若い世代の参加が必要だと考える。 桜川漁協では、子どもたちに伝統漁法の投網を教えたり、地域イベントにブースを出展したりするなど地域に向けた啓発活動を行ってきた。最近では、桜川で増えるアメリカナマズのほか、ブラックバス、ブルーギルなど特定外来魚の駆除をイベント化した「特定外来魚釣り大会」を開催すると、市内の中華料理店が霞ケ浦のアメリカナマズを料理した新メニューを開発するなど、桜川を通じて市民との新しいつながりが生まれつつある。今年5月からは、市民団体やNEWSつくばと漁協が協力し、伝統漁法など漁協の活動を参加者が学びながら、川の環境保全への関心を高めるための「桜川川守養成プログラム」が始まった。 鈴木組合長は「料理教室も、桜川への啓発につながれば」と期待を込める。(柴田大輔) ➡「桜川と共に」の過去記事はこちら

筑波山とエキスポセンターのロケット《ご近所スケッチ》12

【コラム・川浪せつ子】この絵は10年くらい前に描きました。今では見ることのできない風景です。 理由は3つ。この風景を見た場所は吾妻の公務員宿舎。かつては誰でも敷地内に簡単に入れました。階段の踊り場から描いた風景です。私は高所恐怖症にもかかわらず、高い場所から地域を眺めるのが大好き。いま人は住まず、敷地に入ることもできません。 2つ目は、樹木が大きくなり、筑波山などが臨めなくなったということ。3つ目は、手前に見える小学校と駐車場だった場所にはビルが建ちました。数年前、その横の立体駐車場の屋上から同じ方向を見たのですが、木が大きくなり、期待した風景は見えませんでした。 「X」でつながる新々住民 私は42年前、今はつくば市になった旧谷田部町に移ってきました。1985年に科学万博があり、引っ越してきたころ閑散としていた所は大きく変わりました。街はどうやって変貌するか興味があり、建設中の西武百貨店(今のトナリエ)をスケッチしたりしました。 都内で建築パース(未完成建物などの完成予想図)の仕事をしていたとき、磯崎新さんが設計した「つくばセンタービル」の下描きをしたこともあります。そのときは、まさかつくば市に引っ越して来るとは思いもしませんでした。 最近、つくば周辺のことをもっと知りたくて「X」を始めました。そうしたら、東京から移って来た方々に出会い、ビックリ。コロナ禍の数年間、若い方、働き盛りの方、リモートでお仕事の方、たくさん移って来たようです。こういった新々住民の方々が街に活力を与えていくように思います。 いろいろな意味で、私も背中を押され、頑張りたいと思います。(イラストレーター) <ご案内>9月23日(月)~29日(日)、つくば市桜が丘15-4のギャラリー「アート・スペース・コリーヌ」で「つくば水彩画会」4人展を開催します。絵やレプリカ、ハガキ、カレンダーの販売もします。

「ゴジラ-1.0」で戦跡巡り 霞ケ浦でロケ地ツアー開催

映画「ゴジラ-1.0(マイナスワン)」の主要ロケ地だった美浦村にある旧海軍の鹿島海軍航空隊跡と霞ケ浦を巡るツアー「ゴジラ-1.0霞ケ浦水上大作戦」(県観光物産協会主催)が14日から始まった。国内外の「ゴジラファン」を呼び込みながら、希少な戦争遺跡の継承につなげたいと関係者は言う。 水陸両用バスをラッピング 「入水します!」「オー!」ツアーガイドの呼び掛けに参加者たちが手を挙げて応じると、大型の水陸両用バスが水しぶきを上げて霞ケ浦に突入する−。ツアーでは、霞ケ浦に現れたゴジラを倒すため、ゴジラを太平洋へとおびき寄せるというストーリーに沿って、参加者たちが映画にも登場する戦争遺跡群と、霞ケ浦を水陸両用車に乗り巡っていく。 映画「ゴジラ-1.0」は2023年に公開されると、日本の作品として初めてアカデミー賞で視覚効果賞を受賞した。終戦間際から戦後が舞台の作品で、美浦村の鹿島海軍航空隊跡をはじめ、筑波海軍航空隊記念館(笠間市)、ヒロサワ運動公園本球場前(筑西市)など県内3カ所が主要ロケ地に選ばれた。茨城県は、都内からのアクセスの良さや広い敷地があるなどの理由から、映画やドラマ、CMなど多数の撮影が各地で行われている。県は2002年に「いばらきフィルムコミッション」を設置し、ロケ支援に力を入れ、誘致を進めてきた。 今回のツアーの舞台となる鹿島海軍航空隊跡地は美浦村の霞ケ浦湖畔に位置する。敷地内には、同航空隊の旧本部庁舎やボイラー室、自力発電所など、20施設以上の旧海軍史跡が残されている。同航空隊は1938年に水上機の練習航空隊として発足し、終戦後は東京医科歯科大学霞ケ浦分院の結核療養施設などに使われた。1997年に同院が閉院すると、長らく放置され、「心霊スポット」となるなど荒廃していた。2016年、美浦村が国から払い下げを受けて、一帯の史跡群を「大山湖畔公園」として整備し、一般公開されたのが昨年7月から。今回のツアー企画の共催団体「茨城プロジェクト」(金沢大介代表)が、指定管理者として公園を管理運営している。 「震電」コックピットを体感 ツアーでは、JR土浦駅から「特殊海防艇526号」と名付けられた水陸両用バスで陸路、同航空隊跡地を目指す。交通に不便を抱える美浦村への移動そのものを一つのコンテンツにしたもので、窓のない無骨な車両から霞ケ浦や広い田園風景を望むことができる。 現地に着くと、かつて荷揚港として利用された場所から霞ケ浦に入水し、霞ケ浦を約20分遊覧する。当時の姿を残す軽油庫内では暗闇の屋内に、「ゴジラ-1.0」制作関係者が監修した約6分間のオリジナル映像作品が投影され、映画にも登場する戦闘機「震電」をコックピットで操舵する気分を体感できる。その他、ロケ風景の写真、歴代ゴジラのポスター、実際の撮影に使われた「震電」のコックピット模型が展示されている。 インバウンド集客を期待 主催団体、県観光物産協会の鈴木友子DMO推進課長(53)は「インバウンドの集客を期待している。茨城は映画などロケが盛んで、それ自体が地域資源となっている。世界中で認知される『ゴジラ』をきっかけに、ロケ地と地域を関連づけた企画を通じて、地域の魅力を伝えたい」と話す。 「茨城プロジェクト」の金沢代表(53)は「全国に多数ある戦争遺構には壊されているものも多い。未来に残すためには、まず知ってもらうことが重要。映画をきっかけに、史跡への人の流れができ、人同士が結びつく場所になれば、存在する理由ができる。ここに対して多くの方に関心を持っていただき、考えてもらうきっかけになれば」と話すと、「(鹿島海軍航空隊跡の)軍事目的の使用は終わったが、これからどんな施設になるか、僕らが向き合うべきことだと思っている」と語った。(柴田大輔) ◆「ゴジラ-1.0霞ケ浦水上大作戦」は、12月22日までの土日祝日(一部金曜日)、午前と午後、1日2回実施する。土浦駅発着のバスツアーは、水陸両用バスでの霞ケ浦遊覧と映像による震電搭乗体験に、日本語と英語ガイド、8カ国語のパンフレットにオリジナルレインコートが付いて2万円(税込)。現地集合でのツアーは、水陸両用バスでの霞ケ浦遊覧と映像による震電搭乗体験のみで5000円(税込)。問い合わせは県観光物産協会(電話029-226-3800)へ。

里山の暮らしを学ぶ(3)《デザインを考える》12

【コラム・三橋俊雄】今回は「ブリコラージュ(bricolage)」のお話をします。文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースの著書『野生の思考』に登場する「ありあわせの道具や材料を使い自らの手でモノをつくる」というフランス語で、日本では「器用仕事」「日曜大工」などと訳されています。 コラム11(8月21日掲載)で紹介した桶(おけ)職人のTさんは、まさに「ブリコラージュの名人」でした。彼は、生活に必要な道具をつくるとき、まず、その道具の機能的・形態的・構造的イメージと重ね合わせながら、それに使えそうな材料を身の周りの自然から探します。 そこには、自然物あるいは自然物の一部を、つくりたい道具のイメージと重ね合わせる「見立て」の技を通して、そのモノがもつ形状や構造を最大限に生かし、目的にかなう道具をつくり上げていく「ブリコラージュ」の手法を見ることができます。 上の左の写真は、農具置き場としてTさんが田んぼの脇に建てた納屋の写真です。この納屋の庇(ひさし)を支える方杖(ほうづえ)と呼ばれる部位は、雪の重さで曲がった杉の「根曲がり材」を利用したものです。この方杖からは、自然の造形を生かし構造的にも合理的で美しい、ものづくりの知恵を見ることができます。 右の写真は、農作業用の鎌などを研ぐために用いられる砥石(といし)の台です。後方は現在使われているもので、2本の角材を脚として釘(くぎ)で台座に打ちつけたものです。一方、手前は、Tさんが長らく愛用していた砥石の台です。これは、自然木の三つ股の部分を砥石台のイメージそのままに切り取り、わずかな加工を施しただけのものです。 こうした砥石の台座と脚部を一体としてとらえ、それに見合った自然物を探し利用するものづくりの手法は、ブリコラージュの好例と言えるでしょう。 曲がり具合がちょうどよい そのほかにも、Tさんのお宅には、Y字型の「イツキ」の枝を利用した物掛け棒や、奥さんのHさんが杉の下刈りに行ったときに「カッコガエエナー」と思って切り出してきた太さと曲がり具合がぴったりのご主人愛用の杖(つえ)、筵機(むしろばた)の足に使うため納屋の脇に逆V字型にしばらく立てかけてある太めの二股の原木など、枚挙にいとまがありません。 また、コラム10(7月16日掲載)に登場した「背負子(しょいこ)」の両端の「オヤギ」も、Tさんが「曲がり具合がちょうどよい」と山から切り出してきて保存し、必要なときに利用するブリコラージュの技に違いありません。 ひるがえって現代のものづくりは、自然が創り出してきた造形を無視して、加工の手間やエネルギーを浪費しながら、大量生産型、技術優先型のものづくりに邁進(まいしん)しているように思えます。上述のような、里山の暮らしの中から生み出されてきた「ブリコラージュ・デザイン」は、まさに、人と自然が共生していくための一つの「在り方」といえるのではないでしょうか。(ソーシャルデザイナー)

土浦で初 筑波大芸術系卒業制作展 市民作家減少、新たな萌芽に 

筑波大学芸術系の卒業制作作品のうち、特に優れた作品を展示する「筑波大学アート・コレクション展 TURNING POINT(ターニング・ポイント)」が土浦駅前の同市大和町、アルカス土浦1階市民ギャラリーで開かれ、絵画や造形など卒業生の力作16点が展示されている。同大アート・コレクション展の土浦市での開催は初めて。 決意表明の作品 日本画や彫塑(ちょうそ)、書、版画、総合造形など、14の領域を有する筑波大学ならではの多様なジャンルの作品が展示されている。第11回MOE創作絵本グランプリを受賞した絵本作家、塩満幸香さんの油彩画「Sit down, please.」や、多摩美術大学講師の陳芃宇さんの日本画「The End・Be Start」、宇都宮大学准教授の株田昌彦さんの油彩画「排気4000 Ⅰ,Ⅱ」など横幅2~4.5メートルの大作や、映像作家浅井佑子さんの映像作品「make-up」なども見ることができる。 いずれも同大で「芸術賞」と「茗渓賞」として1999年から2018年までに表彰された受賞作だ。「芸術賞」は1997年度、「茗渓会賞」は2006年度に始まった表彰制度で、これまで120点余りの作品が受賞している。受賞作品は毎年大学が買い上げ、「筑波大学アート・コレクション」として収蔵されている。卒業制作は、芸術を志す若者が、自身の今後の方向性を宣言する決意表明の作品でもある。 土浦市の友人と一緒につくば市から訪れた須藤スミ子さんは「これまでヨーロッパやアメリカなど16カ国の美術館を訪れているが、遜色なく、プロ並みの力作ぞろいで迫力があり、驚いた。若い人たちにがんばってほしい」と話し、展示された工芸作品などに見入っていた。 市民美術展、県内一の歴史 土浦市は、市民公募型の美術展「土浦市美術展覧会」が1947年に始まり、県内一の歴史ある美術展として知られるなど、県南の芸術文化の中心地となってきた。しかし少子高齢化が進む近年は、創作活動をする市民作家が減少しているという。若い感性で創り出された作品に触れることで土浦市の芸術文化振興の新たな萌芽のきっかけにしたいと同市が展示を企画した。 企画した同市文化振興課の若田部哲さんによると、ターニング・ポイントというタイトルには、展示された作品が学生の卒業後の方向性を決め、大きな転機となったという意味と、同展が土浦の芸術文化への意識を変える転換点になればという思いが込められているという。「芸術系を目指す若い人たちにぜひ見に来てほしい。土浦の高校生にも見てもらえたら」と来場を呼び掛ける。(田中めぐみ) ◆会期は10月20日(日)まで。開館時間は午前10時~午後6時。月曜日は休館(祝日を除く)。入場無料。土浦市民ギャラリーは、土浦市大和町1-1、土浦市立図書館1階。問い合わせは電話029-846-2950(同ギャラリー)。

つくば市長における退職金問題の研究《吾妻カガミ》191

【コラム・坂本栄】コラム189(8月19日掲載)で「今度は退職金もらうの? つくば市長」と問うたら、要旨「もらうけど、金額は市民に決めてもらう」との答えが五十嵐市長から返ってきた。その仕組みは記事「ネット投票し市民評価で金額決定へ…」(8月26日掲載)に詳しい。 金額を操作できる仕組み ざっと説明すると、ネット投票(採点)で2期目の仕事振りについて市民に点数を付けてもらい、その平均が100点ならば規定額の2040万円を受け取り、市民の評価が50点ならば1020万円で我慢するというスキームだ。評点ゼロの場合は、受け取りを辞退した1期目の退職金と同じ22円(法律上の最少額)になる。 一見すると、仕事振りと退職金額を連動させるスマートな仕組みになっている。しかし、市民だれもが投票できるわけではなく、採点に参加できるのはマイナンバーカード取得を済ませた15歳以上の市民に限られ、しかも市が用意したスマホ上の参入アプリを使いこなせる人だけが対象になる。 つまり、マイナンバー嫌いとネット弱者は市長採点に参加できないから、この仕組みの公平性には疑問符が付く。市長ファンのマイナンバー好きとネット強者を動員して高い得点を演出することが可能だからだ。もちろん、逆動員をかけて低い平均点に誘導することもできる。 採点者無作為抽出を回避 市民採点を導入するのであれば、無作為に抽出した市民3000人ぐらいから何点付けるか聞き、その平均点を出して決めるべきだろう。新聞やテレビが世論調査に使う方法だ。これであれば、回答者がマイナンバー好きとネット強者に偏らず、いま市長が導入しようとしているスキームよりも公平性を担保できる。 たとえ五十嵐氏が考案した仕組みを使うにしても、市ホームページ(HP)上の市政広報(PR)だけを信じてはいけない。市長は「市長公約事業ロードマップ2020~2024」を採点の参考にしてほしいと言っているが、市政を厳しく監視している本サイトの記事も参考にしてもらいたい。 ハムレット並に悩んだ? コラム189では「(1期目の退職金を辞退したのは)おカネにこだわらない市長像を市民の間に広げたかったようだ。政治の世界ではこの種の受け狙いの政治手法をポピュリズム(大衆迎合主義)と呼ぶ」と、五十嵐氏の振る舞いを批判。「退職金はハードな仕事をこなす市長の報酬の一部だから…、堂々と受け取るべきと考える」と述べた。 市長の後援者からも「受け取るべきだ」と言われていたようで、2期目の退職金は受け取った方がいいか、1期目との整合性を保って2期目も受け取らない方がいいか、五十嵐氏は悩んだようだ。ハムレット並の煩悶(はんもん)の末、「もらうけど、金額は市民に決めてもらう」という仕組みをひねり出した。 退職金辞退=ポピュリズム=批判をかわし、秋の市長選挙に(資金面で?)備えたわけだが、ネット採点という市民受けを狙ったカラクリといえる。まだポピュリズム思考から脱していないようだ。(経済ジャーナリスト) <参考> 最近復刊され「つくば市民の声新聞」第7号も採点の参考になります。発行者の許可をもらいリンクを張りました。青字部をクリックすると読めます。

やさしい日本語で外国人にも分かりやすく 防災イベント 28日つくばで

9月商品化の「防災かるた」も登場 やさしい日本語を使ったゲームを通じて外国人に防災意識を高めてもらおうと、つくば市の市民団体「にほんごでおしゃべりプロジェクトチーム」(山口寛子代表)が28日、同市吾妻、つくばセンタービル内の市民活動拠点コリドイオと同センター広場で「やさしいにほんごで にげろ!たすけろ!防災脱出ゲーム」を開く。参加者は、施設各所に置かれた防災がテーマの課題を解きながら、施設からの脱出を目指す。今年で4回目で、昨年は筑波大で開かれ約80人が参加した。 イベントでは、市内在住の防災士で主催団体にも関わる水谷寛子さん(64)が、イラストや文面を自作し、9月に商品化された防災かるた「やさしいにほんごで ぼうさいかるた」(白泉社製作)も使われる。水谷さんは第1回から企画に参加する中で、防災についてどうしたら外国人により分かりやすく伝えられるか考えたのが、かるた製作につながった。「災害の多い日本で安心して暮らすためには、自分の防災力を上げることが大切。かるたはルールが簡単。大人も子どもも楽しみながらできる」と話す。 やさしい日本語で月2回おしゃべり会 主催する同チームは、外国人を対象とするおしゃべり会を2021年から月2回開催し、8月で91回を数えた。ベトナムやスリランカなどつくば在住の外国人や日本人らが参加し、外国人が日々の暮らしで感じる疑問を語り合う。代表の山口さん(40)は「『やさしい日本語』というのがあることを、外国の方だけでなく日本人にも知ってもらえたら、英語ができなくても、いざという時に、必要なことを外国の方に伝えるのに役立つ」と話す。 今年1月の能登半島地震では、避難所に身を寄せた外国人が、言葉がわからないことから「勝手に手をつけたら怒られるのでは」と思い込み、支援物資の食糧や毛布を手にできなかったことが報道された。防災かるたを制作した水谷さんは「決してそこにいた人が冷たかったり、意地悪だったりしたわけでない。混乱の中でも外国人に分かりやすい言葉で伝えられたなら状況が違っていたはず」と言う。 同チームで活動する日本語教師の鬼木尚子さん(56)は「一つの文を短くすることで伝わりやすくなる。『備蓄』といっても難しいので『ようい(用意)』にするなど、難しい日本語や漢語を使わないのが大切」だと言い、発音が日本語読みになってしまった「カタカナ語」も通じにくいと話す。 身を守る方法 楽しみながら知って 山口さんは「過去のイベントには子どもから大人まで、家族連れや1人での参加もあったし、日本人も参加している。防災のことは、災害がないと忘れるし、見直しを怠ってしまいがち。ジャッキを使った救出や模擬消火器体験、本物の消防士とのやりとりなど、普段はなかなかできない体験ができるので、是非、多くの方に参加していただければ」と言い、共催する市国際交流協会の中村貴之さん(52)は、「災害時に必要な情報をどのように外国の方に伝えられるか考えてきた。身を守る方法を楽しみながら知ってもらえたら」と参加を呼び掛ける。 イベントでは、屋外のつくばセンター広場で、つくば中央消防署の協力を得て水を使った模擬消火器を使ったり、施設内では車の車体を持ち上げるジャッキを使って障害物の下敷きになった人形を助け出したりする。その他に、会場にいる消防士に電話を架け、火事、病気、けがの3パターンの状況を日本語で的確に伝えたり、防災バッグの中身を当てたりする。調理室では非常食のアルファ米を実際に調理して試食体験もできる。 各所には、消防士の意見をもとに作った、緊急時の電話の会話例文や、けがや病気の症状を伝える際に必要になる体の部位名などを、外国人にも分かるように配慮した「やさしい日本語」で記した冊子が用意され、参加者は持ち帰ることができる。(柴田大輔) ◆「やさしいにほんごで にげろ!たすけろ!防災脱出ゲーム」は、9月28日(土)午後1時から4時まで、つくばセンタービル内コリドイオとつくばセンター広場で開催される。参加費は無料。事前申込制。申し込みは専用サイトへ。問い合わせはメール(oshaberinihongo@gmail.com)へ。

「青い眼の人形」と「赤い靴」の謎《映画探偵団》80

【コラム・冠木新市】2025年は、茨城県出身の詩人・野口雨情没後80年に当たる。また「筑波節」「筑波小唄」誕生95周年でもある。今、記念イベントを準備している。これまでは雨情の茨城県民謡14曲に絞り活動してきたが、今回は初めて童謡も取り上げることにした。 代表作「七つの子」「青い眼の人形」「赤い靴」は、なんと同じ1921(大正10年)、雨情40歳のときに作られた。しかも「青い眼」と「赤い靴」は同じ12月に発表されている。2つは独立した童謡だが、「青」と「赤」が同時期に作られているため、何か関連があるのではと想像してしまう。 それは、元は1つの詞を2つに分けた「筑波節」と「筑波小唄」の仕事があるからだ(映画探偵団22)。雨情の詞は極度にシンプルなため、謎めいていて想像力を刺激する。 青い眼の人形 青い眼をしたお人形はアメリカ生まれのセルロイド 日本の港についたとき一杯涙をうかべてた 「わたしは言葉がわからない迷子になったらなんとせう」 やさしい日本の嬢ちゃんよ仲よく遊んでやっとくれ 米国生まれのセルロイド人形を持った人が日本へやってくる。言葉が分からない人形に、優しい日本の嬢ちゃんよ、仲良く遊んでやっとくれと言う。この大人は女性だろうか。 赤い靴 赤い靴 はいてた女の子異人さんに つれられて行っちゃつた 横浜の 埠頭(はとば)から船に乘って異人さんに つれられて行っちゃつた 今では 青い目になっちゃつて異人さんのお国にいるんだらう 赤い靴 見るたび考へる異人さんに逢ふたび考える 赤い靴をはいた少女が異人さんに連れられ、外国に行ってしまう歌である。日本に来る「青い眼の」歌と、異国に行く「赤い靴」の歌。つながりはないのだろうか。 「サムライ」と「ある殺し屋」 1967年に作られた2つの映画がある。アラン・ドロン主演のフランス映画「サムライ」と市川雷蔵主演の日本映画「ある殺し屋」だ。2本とも殺し屋が主人公で、暗黒街のヤクザからの依頼で仕事を引き受ける。 「サムライ」はベッドと鳥かごがあるだけのガラ~ンとした室内に住み、殺しに出かける。車を盗み、仲間の所でナンバーを変え、銃を調達する。恋人のマンションとカ一ドゲーム場に寄り、アリバイをつくる。ほとんどセリフはなく淡々と行動を追っていく。 「ある殺し屋」の主人公は小料理屋を経営し、料理も作る独り身である。こちらは、針を使って相手の首を背後からブスッと刺す。後の池波正太郎作の必殺仕掛人シリーズは、この作品が基になっていると思われる。 2作品とも、なぜ殺し屋をやっているのかの説明はない。ただ「ある殺し屋」では、旅客機が飛ぶ真下で殺しを依頼される場面で、笑顔の主人公と戦闘機乗りの仲間との写真と、暗黒街のボスの写真が映る。戦争で散った純粋な若者と現代の腐敗した大人の対比に、何か主人公の怒りに満ちた思いが感じられる。 「サムライ」も、ナチスドイツとのレジスタンス体験を持つジャン・ピエール・メルビル監督なので、なんとなく戦争の匂いがする(映画探偵団44)。 私は、フランスと日本の殺し屋を描いた映画になぜか同じ空気を感じてしまう。 日本と米国の戦争を暗示? 雨情の2作品をこんなふうに読めないだろうか。昔、赤い靴をはいていた少女が、異人さんにもらわれていき、外国人と結婚して青い眼の娘を生む。赤い靴をはいていた女の子は外国人と離婚して、娘を連れて日本に帰国する。娘は日本語が話せない。故郷に戻り受け入れてもらえるか、不安と再び故郷で暮らせる期待感。 「青い眼の人形」と「赤い靴」。少女から母親となった1人女性を描いた話。さらにその後の日本と米国の戦争を暗示していたのかもしれない。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

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