月曜日, 4月 6, 2026

科学のまち つくばで教養について考える 《遊民通信》36

【コラム・田口哲郎】前略 つくば駅前の中央公園を散歩していたら、男性と猫が並んで歩く銅像が目に留まりました。近づいてみると、それは「朝永振一郎博士と愛猫」像でした。ノーベル物理学賞を受賞した博士は筑波大学の前身、東京教育大学の学長でした。朝永博士はつくば市に住んだことはなさそうですが、研究学園都市・つくばに縁がある偉人ということになるのでしょう。 つくば市は科学のまちで、科学をウリにできるのは素晴らしいことです。科学技術は社会の発展に実際に役立ちますから、たたえられるのは当然ですね。 それに引き換え、文学は飯を食えるようになった後、暇があったらやるような、趣味の世界のことと思われがちですから、社会的地位を科学技術に譲らざるを得ないのは仕方ないのかもしれません。 でも、人類は石けんを発明するよりもずっと前に詩を作っていた―なんて言葉もありますから、科学技術も文学、どちらも必要なのは間違いないようです。 ホメロス『イリアス』を朗誦する英首相 先日、You Tubeで面白い動画を見つけました。英国のボリス・ジョンソン首相がロンドン市長時代、あるトークショーに出演したものです。ジョンソン氏はウィットに富んだ話で会場や司会者を笑わせます。 そして、ふいに「メーニナエイデテアペーイアデオーアキレイオス」と唱え始めます。それは古典ギリシア語で、ホメロスの叙事詩『イリアス』の冒頭なのです。その後の40行を3分間、ろうろうと朗唱します。2700年ほど前の詩を原語で。ジョンソン氏の強弱の付け方が独特なので、会場からはまた笑い声が起こる。 シェイクスピア作『ジュリアス・シーザー』のセリフに「it was Greek to me」というのがあり、直訳は「それは私にとってギリシア語だった」ですが、慣用句的に「それは私にはちんぷんかんぷんだった」という意味になります。 古典ギリシア語の文法はとても複雑で難しく、西洋人にとってもラテン語と並んで難しい言葉なのです。タモリがでたらめの外国語のマネをして、人を笑わせる芸に近い感じです。しかし、ジョンソン氏のギリシア語はでたらめどころか、教養の正統中の正統なのです。 古代ギリシア文化はヨーロッパ文化の根源のひとつです。ですから、ヨーロッパの人々は古典ギリシア語を学ぶことを重視して、ギリシアの哲学・文学を読む古典学が生まれました。古典学は中等教育にも取り入れられ、近年まで教養の基本になっていました。 この古典学をリードしてきたのは、独ボン大学、仏ソルボンヌ大学、英オックスフォード大学です。ジョンソン氏はそのオックスフォード大学で古典学を修めました。 過激な言動で世間を騒がせ、トランプ前米大統領の同類のように映るジョンソン氏。おどけたり失言したりするのはただのフリなんじゃないと思わせるほど、『イリアス』朗唱はすごさを感じさせます。教養とは何なのかを改めて考えさせられる動画でした。ごきげんよう。 草々(散歩好きの文明批評家)

学習塾と不登校の居場所共存に疑問符 つくば市議会で意見相次ぐ

つくば市議会文教福祉委員会(木村清隆委員長)が7日開かれ、市が4月から新たに委託事業として実施する不登校の学習支援事業をめぐって質問が相次いだ。 トライグループ(本社・大阪市、平田友里恵社長)が研究学園駅前の学習塾「トライ研究学園駅前校」で、塾の利用がない日中の時間帯に不登校学習支援事業を実施するとする市の方向づけ(3月3日付)に対し、「(空間や環境づくりで)昼と夜の入れ替えは無理がある。場合によっては場所を変えることも含めて進めてほしい」(木村委員長)などの意見が出された。 不登校学習支援事業を学習塾で実施する方針に対しては「学習効率を上げ、受験を成功させるための環境に、通学できない子どもたちが通えるか。学力を上げていくための雰囲気が確実にある塾と、不登校の子供たちの居場所の両方が共存する環境がつくれるのか疑問だ」(山本美和市議)などとする意見が出された。 これに対し市教育局学び推進課の横田康浩課長は、公募型プロポーザルで次点となったNPOリヴォルヴ学校教育研究所(同市二の宮、本山裕子理事長)が同市吾妻の市産業振興センターで運営している学習支援拠点「むすびつくば」の扱いにも触れた。「(同じ場所で不登校学習支援事業を継続できないかなど)一連の流れの中で検討した結果、こういった形となった。(環境づくりの)重要性は認識しているので引き続き検討したい」と答えるにとどまった。 新規事業者(トライ)は研究学園駅前の教室で40人を支援する。「ニーズがあるか」などの質問に、横田課長は「学校には行けないがフリースクールには行けるという児童生徒は2020年の調査で100人以上いる。休みが多くなっている児童生徒への周知方法を模索している」とした。 トライの支援拠点に「トライ」の名称を入れるかという質問があった。トライグループが東京都練馬区から委託を受けて不登校生徒の学習支援を行っている教室の名称が「中学生対象適応指導教室トライ」のためだ。横田課長は「つくばでは名称に使わない方向で検討していく」とした。 横田課長はまた「オンラインでつながる手立ては必要で、トライにはオンライン学習への対応を期待している。むすびつくばに通所している保護者と意思の疎通を欠き、説明不足で陳情に至った反省に立ち、学び推進課が中心となって連携していく」とも述べた。 ほかに「不登校支援の事業者を選択するための公募に受験業者が入ることは慎重にするべき。今回の公募で道をつけてしまった」(橋本佳子市議)との意見も出た。  木村委員長は「むすびつくばは、人と交わりたくない子どもが1人になれるフリースペースを用意している。トライの学習拠点を駅前校から別の場所に移すことができないか検討する一方、学び推進課は密接な連携をとってほしい」と提言した。さまざまな意見が出されたことで、文教福祉委員会での不登校の学習支援は採決されず、議長以外の市議会議員が招集される17日の予算決算委員会で審議が続けられ、3月定例議会最終日の23日に採決される。(橋立多美)

県教育長「受け皿は整っている」 つくばの県立高問題で県会答弁

茨城県議会は8日、定例会本会議を開き、つくば市内に県立高校が少ないとされる問題について、山中泰子議員(日本共産党、つくば市区)が一般質問した。答弁に立った小泉元伸県教育長は、市内の中学生にとって「進学先の受け皿がない状況とは考えてない」と答弁。その理由として県立高等学校改革プランに基づく適正配置をあげた。この問題が今回の本会議で取り上げられるのは4日の星田弘司議員の一般質問に次いで2回目。 山中議員は、昨年3月の市内の中学卒業者1958人のうち竹園、つくば工科、筑波高校への入学者は311人。6人に1人しか市内県立高校に入学できていない状況に加え、県が適正とするエリア内での入学者も県平均を下回っており、平均まで引き上げるには定員が600人不足していることをあげ、TX沿線などの交通利便性のよい場所に県立普通高校を新設すべきと主張。 小泉教育長は、今年度の市内の中学卒業生は、県立高等学校改革プランで定められたつくばエリア(つくば市、つくばみらい市、守谷市、常総市)や隣接エリアなど、私立高校を含む多様な選択肢の中から進学先を選び、通学していると話し、受け皿は整っていると答弁。さらに、エリア内の進学率を県平均と同じ水準にという要求については、各エリアの特性などを踏まえて広域的に配置を考えており、市内から通学可能な県立高校で募集定員増など必要な対応をとると話すにとどまった。新設についても、定員に満たない学校があることから、既存の県立高校の魅力化を優先すべきと答え、市内に新たに高校を作ることは現段階ではほぼないことをうかがわせた。 「つくば市の県立高校不足は8万人を呼び込むTX沿線開発のもとで起きていること。教育行政の問題というよりむしろ県政の責任であると思っている」と山中議員。県立高等学校改革プランが現状に即しているのかを含め今後も追及していく構えだ。(花島実枝子)

介護施設の父と通所する母 《ハチドリ暮らし》11

【コラム・山口京子】父が現在の介護施設に入所して、ちょうど1年が経過。先月、ケアマネジャーさんから連絡がありました。父が軽い肺炎で、医師から酸素導入の処方があったという報告でした。継続的ではなく、肺の機能が回復すれば外せるとのこと。 しばらくして、また施設から電話がありました。父が酸素導入の管を嫌がって外し、大声で怒り出して困っているというのです。認知の低下があるのかもしれません。家族としては、本人が嫌がるなら外してくださいと、施設担当者と医師に伝えました。 家にいるときから、本人は「こんなに長生きしたんだから、早くお迎えがくればいい」と言っていました。介護が必要になってから5年目、今年89歳になります。自分のことが自分でできない不甲斐(ふがい)なさを持て余しているようです。冗談なのか本気なのか。本当にそう思っているのかもしれません。 施設の父とは、ガラス越しに対面はできますが、踏み込んだ会話は難しくなっています。入所するに当たって、いくつもの書面を作成しました。終末期医療については、痛みは取ってほしいが、延命治療は不要であると意思表示しました。 「とうちゃんは、死にたいとばかり言ってるよ」 でも実際の場面で、具体的な判断が求められる際の難しさに、戸惑っています。呼吸ができないで苦しいと感じたとき、酸素導入を望むのか、やっぱり嫌がるのか。これから父の体はどんなふうに変化していくのか。意識がなくなった後、医師の処方と家族の思いはどう折り合うのか。 「とうちゃんは、死にたいとばかり言ってるよ」と、母が言います。父が入っている施設にデイサービスで通っている母の話です。母はもう覚悟をしているのかもしれません。 「自分の方が早く逝くこともありえるのだから、そのときはよろしく頼む」とも言われています。「こんなに長生きするとは思わなかった」が口癖の母です。両親が結婚してから67年。だんだんと一つの家族の終わりが近づいているのかもしれません。 何かを成すには時間がいるということは事実でしょう。でも、人生は時間の長さではないかもしれません。でも、そう思えるのに随分時間がかかってしまいました。いつだって、「今」においてしか、生きることはできないのだもの。人は記憶や意識という機能を持つ、やっかいな生きものなのでしょうか。優れた生きものなのでしょうか。 今年もまた、ジャガイモの種を植え付けました。庭にはフクジュソウが咲いています。(消費生活アドバイザー)

民間一括売却へ10日公募開始 つくば市旧総合運動公園用地

つくば市が民間一括売却する方針を示している旧総合運動公園用地(同市大穂、46ヘクタール)について、市が10日に公募を開始することが分かった。市公有地利活用推進課によると、公募期間は6月10日までの3カ月間。選定方法はプロポーザル方式とし、候補者選定委員会で選定する。 3日、市議会に公募日程を示した。さらに同日、2021年度に市が実施したサウンディング型市場調査の申込事業者12者に対し、10日から公募を開始することなどを電子メールで知らせたとしている。 公募条件は10日に市ホームページで公表するが、今年1月に市が作成した土地利用方針に沿ったものになるとした。具体的には、売却価格は土地の購入価格と金利を合わせた68億5000万円を基準として同額を上回るよう競争性を確保する、現在の林の状態のまま売却する、土地購入事業者は国道408号に左折車線を新設し、高エネルギー加速器研究機構と隣接する県道を拡幅する。 建設できる施設は、市議会特別委員会が2021年6月議会で示した提言を踏まえ①つくばならではの資源や特性を十分生かせる②地域活性化に貢献する③災害に強いまちづくりに寄与する④市民のコミュニティ形成に寄与する⑤観光や産業の振興に寄与するーの5項目いずれかに則したものとし、敷地内全体で5項目すべてを満たすことが望ましい、など。 ほかに、防災備蓄倉庫(面積2400~2600平方メートル)、防災多目的利活用広場(4ヘクタール以上)を事業者が一体的に整備し、倉庫は市が賃料を払って、広場は無償で市や市民が利用できるようにする、などとしている。 市はさらに昨年12月実施した住民説明会や1月の議会全員協議会で、10年間は転売できないようにする買戻し特約を付けるなどと説明している。 一方、昨年11、12月に市が実施したパブリックコメント(市民意見募集)では、意見や提案を寄せた77人のうち、民間一括売却に明確に賛成としたのは2人だけ、昨年12月に計3回開いた住民説明会は延べ76人が参加し、大半が民間一括売却に反対する意見だったなど、市民の合意形成が図られたとはいえない中での売却強行となる。(鈴木宏子)

もうひとりの斉藤くん 《続・平熱日記》105

【コラム・斉藤裕之】4年生の時だったか、近所に同じ斉藤くんという名前の子が引っ越してきた。走るのが速く、バク転やバク宙さえも軽々とこなす彼は、すぐにクラスの人気者になり、同じ名字ということもあって私たちはすぐに友達になった。 当時、父は地方新聞を発行していて、小学校のころから、私と弟はわずかな件数ではあったが、放課後、その配達を手伝わされた。もちろんタダではなくて、1軒につき月20円をもらった。例えば20軒担当すると月に400円もらえる。小学生としてはいいお小遣い稼ぎだったのだろうが、雨の日も風の日も、決して休むことを許されないのは正直しんどかった。 しばらくたって、私は斉藤くんを新聞配達の助手にすることを思いついた。私たちは配達する新聞を半分に分けた。私はいつものルートを配り始める。そして、斉藤くんは配達ルートのゴール側からスタートする。ちょうど中間地点で鉢合わせれば、配達終了という寸法だ。 こうして2人で得た数カ月分の報酬をためて、いざデパートのおもちゃ売り場に買いに行ったモノ。それは「トランシーバー」だった。 トランシーバーをそれぞれ持ち帰った2人。私は興奮を抑えながら、あらかじめ決めた時間にスイッチを入れた。「応答せよ!応答せよ!」。ボタンを押して話をしても、返事がない。たかだか100メートルほどの距離だが、結局、斉藤くんの声が聞こえることはなかった。 今も元気にしているのだろうか トランシーバーにはトランジスターという当時最先端の半導体が使われていた。あれから半世紀。次々と進化を遂げた半導体は私たちの生活を一変させた。 ケイタイに興奮し、スマホに狂喜し、人々はWiFiに群がった。かつての「一心同体」は今や「一心半導体」となったわけだ。しかし、ある日ハタと気づいた。むしろ電話もメールも来ない日々のなんと穏やかなこと。スワイプするのはほどほどに。イイネの数に意味はない。自分は自分、人は人。小さいころから言われてきたことじゃないか。 ある日の夕方、「ピンポーン」。どうやら新聞屋さんのようだ。少し前に購読料も上がって、そろそろ新聞も止め時かと、カミさんとも話していたところだった。でも、新聞を止めると本当に文字を読まなくなる。かといって、7割方の記事は見出しだけしか読んでいないのだけれど。すると「新聞、もう1年契約したよ。ストーブのたき付けも要るしね」。洗剤を抱えたカミさんが言った。 斉藤くんは今も元気にしているのだろうか。多分ね。知らないでいる方が幸せなことだってある。何もかもが明らかな世界は案外つまらない。トランシーバーのザーという音が今も耳に残る。(画家)

サイクリングとキャンプに地元グルメ 12、13日に土浦 春のアウトドアフェス

水ぬるむ湖畔のアクティビティー、「土浦 春のアウトドアフェス」は12、13の両日、土浦市川口のりんりんポート土浦をメーン会場に開く。全国各地で自転車・サイクリングを活用した観光振興事業を展開するルーツ・スポーツ・ジャパン(東京都新宿区、中島祥元社長)が主催、土浦市が後援する。同市内の飲食店、菓子店に加え、レンコン生産者らが協力して、春の訪問者を歓迎する。 2日間の日程に「遊ぶ」「食べる」「泊る」のメニューが盛り込まれた。りんりんポート周辺の緑地はキャンプ場となり、駐車場ではマルシェが開設される。受付時に検温を行い、健康チェックシートを記入するなど新型コロナ感染対策を講じての開催となる。 「遊ぶ」はサイクリングから芝生でのドッグランまで、各種アクティビティーが用意される。レンタサイクルによる「ロードトリップツアー」はガイド付きのサイクリングツアー。レンコンやどら焼きなど土浦のグルメを堪能できる。1人1日1万円(税込み)で事前予約受付中。約8キロのコース設定がされた市内のスポットを音声ガイド付きで巡る「ロードトリップラジオ」は、参加無料で予約も不要。 当日予約となる「ロードトリップBBQ」は、参加費1万円(同)。自転車で土浦市内を自由に巡り、登録されたスポットに寄るとポイントを獲得でき、ポイント数に応じて、地元で採れた野菜やお肉をゲットできる。キャンプ場でのBBQや自宅に持ち帰って料理に使えるという趣向だ。感染対策から、日帰り参加者はイベント会場でBBQを行えない。 「食べる」はマルシェのにぎわいが担う。前島製菓(真鍋)のかりんとう「九万五千石」、芋やす(沖新田)の焼き芋スイーツ、宿ごはん一粒(湖北)のビーフストロガノフ、小松屋(大和町)のうなぎ弁当、レストラン中台(桜町)のカレーなど、土浦の名店が軒を並べるという。 「泊る」のキャンプは、大人数のグループサイトは申し込みが締め切られたが、テント持ち込みのソロサイト(3500円/組)、キャンピングカーサイト(テント持ち込み5000円/組)はまだ空きがあるそうなのでメールで問い合わせを。宿泊予約はじゃらん受付となる。 土浦JCの自転車イベントも 交流人口、関係人口の拡大を促進する土浦市が後援する。同市発祥のアクティビティーコンテンツ、「JMKスケート」(モーター不要で坂道もスイスイ進むフリースケート)、「メカベー」(メカニカルベーゴマ)が会場に持ち込まれ体験会を開く。 12日には土浦青年会議所(JC)主催で「自転車を通して地域の魅力に触れ合おう」イベントが同時開催、午前と午後の2回、霞ケ浦サイクルラリー2022が催される。小学校3年生以上対象で、参加費500円(各回定員25人)。 りんりんポート土浦は、つくば霞ケ浦りんりんロードを利用するサイクリスト向けの湖畔の交流拠点。会期中、ポート前の駐車場は使えず、エス・バイ・エルマンション前に臨時駐車場が開設される。

つくば市長の批判封圧は広報作戦の一環 《吾妻カガミ》128

【コラム・坂本栄】前回と前々回は五十嵐つくば市長の<元市議提訴~和解取り下げ>について検証しました。126「…市民提訴 その顛末を検証する」(2月7日掲載)では、杜撰(ずさん)な提訴など問題点を4つ指摘。127「…元市議の市政批判はウソだった?」(2月21日掲載)では、安易な目玉公約作りなど疑問点を3つ示しました。 こういった作業をしているうち、市長による元市議提訴が広報作戦の一環であったことに気付きました。今回はこの問題を取り上げます。 「発信の在り方を根本から検討」 2020年10月の選挙で再選された五十嵐市長は、選挙後最初の記者会見で「発信の在り方を根本から検討したい」と述べ、その理由として、①市の施策を知らない市民が多かった、②対抗候補も市政の基本を知らなかった、③市政について相当いい加減なことを書く人もいた―ことを挙げました。 詳しくは、記事「発信の在り方 根本から検討」(2020年11月5日掲載)、コラム95「つくば市長の『上から目線』」(2020年12月7日掲載)をご覧ください。 この会見は11月4日。元市議を名誉毀損で訴えたのが11月30日ですから、会見の時点で、ミニ紙「つくば市民の声新聞」(写真左)で五十嵐市政を批判した元市議(相当いい加減なことを書く人?)を提訴する準備が進んでいたようです。 2期目の市広報紙(写真右)を見ると、市民に市政情報を「PR色を抑え自然体」で提供するというよりも、「市民受けを意識した話題」が多く、割り引いて読むか、別の情報で補正する必要があります。市長は都合が悪い情報を隠すこともあり、コラム95(2020年12月7日掲載)、コラム126(2月7日掲載)の中で、その具体例を挙げておきました。 自慢話が多い市政広報。元市議提訴=批判封圧。五十嵐市長の広報強化と批判封圧はセットになっていたようです。コラム101「…市長の名誉毀損提訴を笑う」(2021年3月1日掲載)でも指摘したように、いずれも非民主国(中国やロシア)が好んで使う手法です。 広報紙と批判紙のセット配布を! 政策を批判されたら、「言論による名誉毀損にはまず言論で対抗すべき」という法理論に従い、言葉には言葉で応じるのが政治の作法だと、旧知の弁護士は言います。また、言葉で反論せず裁判に持ち込んだのは、批判者を萎縮させる狙いがあったのではないか、とも。 <元市議提訴~和解取り下げ>と<自慢話が多い市政広報>で、五十嵐市長の広報作戦は市民の信頼を失いつつあります。 そこで提案です。「対抗言論」の考え方を広報に導入し、市広報紙と市政批判紙(ミニ紙もその一つ)を一緒に市民に配ったらどうでしょうか。実現すれば、つくば市は民主市政のモデル都市「世界のあしたが見えるまち」になるでしょう。セット配布で、元市議提訴の失態を少し挽回できるかもしれません。(経済ジャーナリスト)

26日に起点側1.3km開通 牛久土浦バイパス 先行き視界不透明

牛久市遠山町から土浦市中(なか)までの延長15.3キロ区間で計画されている国道6号の牛久土浦バイパスで、起点となる牛久市遠山町~城中町の延長1.3キロ区間が26日開通する。国土交通省関東地方整備局常総国道事務所(土浦市)が3日発表した。 1992年度の事業化(都市計画決定は94年度)から30年かかったが、圏央道(首都圏中央連絡自動車道)つくば牛久ICにアクセスする第1期3.9キロが暫定2車線で供用開始している以外、残る延長約10キロ区間は開通の見通しが立っていない。 同バイパスは、藤代バイパス、土浦バイパスに挟まれボトルネックとなっている区間で、牛久市や土浦市周辺市街地の交通混雑緩和を図るほか、圏央道へのアクセス道路として整備が進められている。 26日午後2時に開通するのは、牛久沼付近の牛久市遠山町で6号国道から西に分岐する延長1.3キロ区間。当日は起点の根古屋川第1橋で開通式典が行われる予定。同市内では一部未整備だった市道23号線が9日全面開通し、バイパスの接続道路となる。市街地を抜ける6号国道の混雑緩和につながる期待はあるが、圏央道をはじめとする広域交通のアクセス向上までの道のりは遠そうだ。 ボトルネックの解消は、第2期、第3期の事業進展にかかってくる。第2期は、つくば市の高崎-西大井と土浦市の中村西根-中の両区間で計画される総延長4.6キロで、18年に事業化されているが、用地買収が一部難航し、見通しが立っていない。同事務所は県や両市の協力を得ながら用地取得を進めるとしている。 第3期の牛久市城中町-つくば市高崎間延長5.5キロは今回開通区間につながる道路。都市計画の変更手続き(20年2月22日付)に入っているが、事業決定以降、先行きのロードマップは示されていない。(相澤冬樹)

ウクライナ子供のつぶやき 《くずかごの唄》103

【コラム・奥井登美子】「空が光って、変な大きな音がして、怖かった」。テレビニュースで、ロシア軍に攻撃され、地下壕に逃げたウクライナの子供のつぶやきを聞き、涙が出そうになってしまった。77年前の日本でも、同じようなことが起こった。今はみんな忘れて、まるで違う世界の出来事みたいに思っている。 私が小学校6年生のときだった。夏休みの間に、東京の小学3~6年生はどこかに疎開しなければいけないという命令が下りた。親戚の家に疎開するのが縁故疎開。学校ぐるみ疎開するのが学童疎開。クラスはバラバラになってしまう。 私が通っていた小学校は成績順にクラス分けされ、1番組の男子は都立3中(今の両国高校)、同女子は都立7女(今の小松川高校)を目指して勉強していた。「クラスはバラバラになるけれど、来年3月の受験日には帰ってくるから、そのよき皆で会おう」。誰かが言い出して、再会を約束して別れた。 東京大空襲に遭った学友たち 私は学童疎開で湯の浜温泉(山形県)に疎開したが、食べる物がなくてお腹が空いて、お手玉の中のアズキを食べていた。父に「縁故疎開に切り替えてほしい。迎えに来て」と手紙を書いたが、先生の検閲に引っかかり、取り上げられてしまった。 友だちが熱を出したが、医者に薬を取りに行く人がいない。先生に頼まれて、薬を取りに行くとき、父への手紙をポストに投函した。昭和19年の秋、私は父の友だちのご縁で、長野県の下伊那に疎開できた。 さて、翌20年3月の受験は12日。疎開の人たちはその3日前に東京に帰るという。私も帰って都立中を受験したかったが、父が許してくれなかった。 3月10日。東京大空襲。6年生の受験者は9~10日に東京に帰った。偶然だが、まるで大空襲に遭うために帰るような形になった。現両国高・小松川高の範囲、錦糸町駅~亀戸駅の辺りに、家は一軒も残っていなかった。(随筆家、薬剤師)

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