水曜日, 4月 8, 2026

私が普通学校で過ごしてきた証し 《電動車いすから見た景色》31

【コラム・川端舞】今年3月、私の故郷、群馬県で活動する某団体のオンラインイベントに参加した。その団体の活動自体にも興味があったが、高校時代の友人がそこで活動していることをSNSで知り、頑張っている姿を見て、刺激をもらいたかった。 もともと、その団体の活動についてあまり詳しく知らなかったし、他の参加者は群馬県内から参加しているようだったので、おとなしくイベントを聞いているつもりだった。イベント後半、参加者同士の交流が始まり、参加者1人1人が自己紹介をしていく。しかし、その時、私のそばには介助者がいなく、障害のある参加者は私だけのようだったので、「私が話しても、誰も聞き取れないよな」と思い、オンラインイベントから退出しようとした。 その瞬間、「かわばっちも何か話してよ」と友人の声がした。学生時代のあだ名で久しぶりに呼ばれ、ドキッとする。「だって、今、介助者がいないから」と答えると、友人は「わかった」と一言。「これで話さなくて済むかな」と思ったのもつかの間、なんと友人が他の参加者に「川端さんは私の高校の同級生で、脳性麻痺という障害があります。言語障害もありますが、何回か繰り返し聞けば、聞き取れるので…」と私の紹介を始めてしまった。 私を紹介し終えると、「…ということで、かわばっちも何か話してよ」と再び私に話しかけてくる。「これは逃げられないな」と思い、ドキドキしながら、私は自分の声で話し始めた。友人は私の話に相づちを打ちながら、時々、他の参加者に私の話を通訳する。高校卒業後、10年以上会っていなかったことがうそのように、友人は私の話を聞き取った。 「普通学校にいてよかったんだよ」 専門知識はないのに、私の障害のことを他の人にスラスラ説明できること。言語障害を気にして話さない私に、余計な気を遣わずに「話してよ」と言ってしまえること。おそらく高校3年間を同じ教室で過ごしたからこそ、できることなのだろう。 正直、普通学校に通っていた当時はつらいことのほうが多かった。障害のある自分が普通学校にいていいのかと、数え切れないほど悩んだ。今でも、障害児が普通学校に通うことを拒否されたり、普通学校で必要な支援を受けられない話を聞くと、普通学校に通っていた自分自身を否定された気分になる。 しかし、障害のある私を同級生として当たり前のように紹介する友人の姿に、「かわばっちは、確かに私たちと同じ教室で過ごしたんだよ。それでよかったんだよ」と言われた気がした。すべてが報われた気がして、涙が出るほどうれしかった。(障害当事者) 

最低制限価格書取り違えで入札中止 つくば市 小学校の空調設計

つくば市は15日、市立小学校の特別教室に空調設備を取り付けるための設計の入札で、同日、2件の開札を実施したところ、落札業者を決めるための最低制限価格書を、誤ってもう一方の開札案件の封筒に入れてしまったとして、2件の入札をいずれも中止したと発表した。 市教育局教育施設課によると、同日、竹園東小・松代小・茎崎第一小・茎崎第三小の4校の特別教室に空調を設置するための設計と、要小・沼崎小・柳橋小の3校の特別教室に空調を取り付けるための設計の計2件の開札を実施した。 最初に、竹園東小など4校の設計の開札を実施し、封筒を開けたところ、要小など3校の設計の最低制限価格書が入っており、取り違えが分かった。 入札中止を受けて同課は、入札参加業者に事情を説明し、今後速やかに再入札を実施するとしている。 2件の入札は名称が似ていることから、取り違えが発生してしまったとみられる。再発防止策として同課は、価格書を封筒に入れる前に、価格書作成者のほか、職員2人で案件名の確認を徹底するとしている。 特別教室に空調設備を取り付ける工事は、7校いずれも2022年度に設計、23年度に取り付け工事をする予定で、今回の入札中止が取り付け工事の進ちょくに影響することはないとしている。 2件の入札の参加業者数と最低制限価格については、近く再入札を実施することから非公表としている。

展示車両に乗り込める!  ポルシェのアートカー、つくばにお目見え

ドイツの高級スポーツカー、ポルシェをキャンバスに、企業コラボレーションで知られるアーティストのSHUN SUDO(シュン・スドウ)さんが、独自のポップなデザインを全面に施したアートカーを作り上げた。19日まで、ポルシェセンターつくば(つくば市学園の森)に展示されている。グラフィティアートやアメリカンコミック、水墨画などの要素を取り入れた1台だ。 ポルシェが昨年12月からスタートさせた、夢を追い続けている人たちを応援するプログラム「Dreamers.On.(ドリーマーズ オン)」の国内展開の一環。アーティストには、日本とニューヨークに拠点を置き、世界的な評価を受けるSUDOさんを迎えた。世界を放浪しながら独学でアートを学んだ異色の経歴をもち、アップルやナイキ、ソニーなどの企業とのコラボレーションや壁画制作などで活躍し、様々な作品を発表している。 展示は、全国のポルシェセンターのうち大都市圏にある8拠点を巡回し、関東ではつくばとみなとみらい(神奈川県横浜市)だけ。他の拠点ではホテルのラウンジなどを会場としているが、つくばではショールームに展示し、見学者はアートカーに乗り込んでシートやステアリングの感触を楽しむこともできる。初日となった13日は多くの来客があり、「こういうアートが似合うのもポルシェならでは。見ていると元気が出る」などの感想が聞かれたという。 ポルシェセンターつくばの磯洋平店長は「ポルシェのオーナーには、人に譲れない夢や目標を持ち、なおかつそれを実現された方が多い。これを機会に、大志を抱く方々に興味を持っていただければうれしい」という。 アートカーのベースは、ポルシェ初のフル電動スポーツカー「タイカン」。磯さんは試乗しての印象を「新しい技術に挑戦する技術者の思いが詰まったクルマ。曲がる、止まるといった基本性能の高さはもちろん、電動でもポルシェならではの走りが味わえ、アクセルを踏んだ瞬間に欲しいパワーを引き出せるレスポンスの良さは、いままでになかった感覚」と語る。 電動車ならではの低振動性や静音性、それに起因するオーディオ性能の高さも、実際に走ってみるとまざまざと実感できるという。ポルシェセンターつくばでは、先週末デビューしたばかりの「タイカンGTS」など新旧14車種を展示し、試乗車も豊富に取り揃えているそうだ。 問い合わせは電話029-858-0911(ポルシェセンターつくば)

洞峰公園の隣「ウエストハウス本店」 《ご飯は世界を救う》48

【コラム・川浪せつ子】つくば市二の宮の「ウエストハウス」と言えば、誰でもご存知の老舗洋食屋さん。洞峰公園の駐車場に隣接。1982年創業、なんと40周年だそうです。昔ながらの、皆さんに愛される洋食もですが、なんといっても、スイーツがすごい! 季節のフルーツを、ふんだんに使って。 バナナ、イチゴ、マンゴー、メロン、スイカ。そして、秋にはクリ。今までに、いくつ食べたかしら。それに、すんご~い、パフェもあります。 それが、「ビックリサンダーマウンテン」。これ、2回食したことがあります。高さ60センチ。10人前で、テレビでも何度か紹介されました。最近は、それを超えちゃう「シンデレラパフェ」というパフェも、出現したそうな。高さ120センチ! 10数年ほど前には、いろんな、パフェ、スィーツを、食べて、食べて…、描いて、描いて…。その結果は…。今は、泣く泣く封印しています。 「NEWSつくば」の前身、常陽新聞の2011年8月4日付に、「ビックリサンダーマウンテン」の絵とコラムを掲載したこともありました。 平和に食事ができることに感謝 ご無沙汰していたなぁ~と、最近、久しぶりに、ランチに寄ってみました。懐かしい味。洞峰公園+ランチの雰囲気にピッタリの家族連れ。我が家のドタバタ息子たちとは違い、どの子もお利口さんに食べています。 若いご夫婦、ちょっと大変そうだけど、幸せ感イッパイ。こうやって、家族で平和に食事ができることに感謝。いつまでも、この平穏な暮らしが続きますように。(イラストレーター)

コロナ禍超えて「OB展」に馳せ参じ 土浦一高の16人

「あれから…ん年」と銘打ち、半世紀以上もの時を隔てた集まりとなる展覧会が、15日から土浦市民ギャラリー(土浦市大和町)で始まる。「第2回土浦一高OB展」で、19日までの会期に同窓の美術家16人が集結し、油彩、水彩、色鉛筆画、彫刻、陶芸などの作品を持ち寄った。 16人は、県立土浦一高(土浦市真鍋)卒業生というだけの共通項でつながる。高校時代美術部だった者もいれば、芸大出もいるけれど、プロの絵描きばかりでもない―そんなくくりの美術(愛好)家たちによる同窓会展だ。事務局長的立場でまとめ役を務める安東克典さん(74)によれば、「出展するのは87歳から69歳、平均年齢は76歳。卒業年度でいえば1954年から1971年の高齢者そろいなので、若い世代にも参加を呼び掛ける目的で」開く展覧会だそう。 現住所も東京周辺など土浦以外に広く散らばり、全員の相互交流があるわけでもないメンバーが、それぞれの知己をたどり、10人が集まったところで第1回展を開いた。2019年秋のこと。「絵でも何でも持ってこい。審査もコンセプトも何もない」(安東さん)との無手勝流さで盛り上がった。即座に第2回の開催話がまとまったが、新型コロナの感染拡大から早々にとん挫、事務局レベルでの会合も持てなかった。 以来2年半、今回は新メンバー6人を加えての再結集。「あれから…ん年」と銘打って、コロナ禍で集まりにくくなっていた旧友たちに同窓会気分での参集を呼びかけた。 作品搬入日の14日、土浦市民ギャラリーの展示室で、ようやく対面の機会を得た。同級生を中心に半世紀以上前の思い出話に花が咲く一方、土浦の街や母校の変容ぶりに驚きの声があがった。展示作業がなかなか進まないのは年齢のせいばかりではない。 地元土浦市から参加の堀内噎子(えつこ)さん(85)は、水郷公園を描写した日本画を出品する。「東京の美術展に出品しようと描いていたのだけど、コロナで展覧会じたいが中止になってしまった。公開の機会を持ててうれしい」 初対面の堀内さんに「Mixed Media(ミックスドメディア)って何ですか?」とたずねられたのは、つくば市から参加の山中宣明さん(69)。「油絵の具以外の画材もいろいろ使って表現する制作行為です」と大先輩への応答にたじたじ。今回は100号の油彩など3点を出品する。 小は絵手紙サイズから展示され、絵画だけで100点を超す出品数となる。安東さんは「僕らの時代、芸大に進学する者は少なかったが、今は(東京)芸大の取手キャンパスがあるし、筑波大にも芸術系がある。そんな時代の後輩たちに参加を呼び掛けて、土浦の芸術文化の振興に一役買いたい」と今後の広がりと継続に期待を込めた。(相澤冬樹)

コロナ特需で年商100億円突破 一誠商事の五十嵐さん【キーパーソン】

一昨年来のコロナ禍で東京から茨城に移る人が増え、つくば市の住宅需給は「バブル」状態と知り、県南を中心に不動産業を展開している一誠商事の五十嵐徹社長にその実態を聞いた。予想通り、今6月期決算は売り上げ・利益とも過去最高になり、売上高は初めて100億円(グループ4社合計)を突破するという。コロナは飲食業や観光業にはマイナス要因だったが、TX沿線の不動産業にはプラスに働いたようだ。 改修戸建てを相場以上の5000万円で販売 インタビューでは、好収益の背景にある数字を2つ例示してくれた。不動産ビジネスの柱ともいえる賃貸と売買に関する数字だ。 「コロナ特需」によって、コロナ前は10%だった賃貸アパートやマンションの空室率が、今期(2021年7月~2022年6月)は7%に下がったという。一誠が管理する部屋数は2万4000室あるから、空室率が3%ポイント改善すると、賃貸料が入る部屋が700室強増え、一誠の手数料収入がその分増える。 競売で落とした、地元相場では2千万円台の中古平屋(つくば市内、敷地330平方メートル、ガレージ付き建物150平方メートル)をリフォーム。5000万円で売りに出したところ、東京の会社員が飛び付いた。在宅の仕事が増え、つくば市への移住を考えていたこの人、それでも東京に比べ安い住宅に感激。「ああ安!」と言ったそうだ。 空室が埋まり、相場が強い背景について「TXに乗れば、つくばから東京まで1時間そこそこ。テレワークが進み、通勤時間や距離など住宅選びのこれまでの基準が、コロナで変わった。住まい選びで、プライベートで過ごす時間の優先順位が高くなり、自然環境や教育環境が好感されていることも大きい」と語る。 1億7千万円の駅前マンションも大人気 「バブル」は賃貸室や戸建てだけでない。つくば駅近くの旧西武裏手に建設中の分譲マンションは「即完売だったそうだ。最上階=広さ140平方メートル、バルコニー100平方メートル=は1億7000万円で売れ、それも10本以上の申し込みがあったと聞く」。その隣りに建設中のマンションの第Ⅰ期販売も即完売だったという。 つくば駅周辺の公務員宿舎跡の開発はこれから本格化する。人気マンションの買い手は、自分の居住用だけでなく、貸して家賃を稼ぐ投資用が20~30%。そういった空き室の借り手探しや、売りに出た部屋の買い手探しが増えると、地元物件に強い一誠の売買仲介の仕事も増えそうだ。 TX駅周辺には住宅用の土地がない つくばの住宅「バブル」の背景は、強い買い(需要増)だけでなく、物件の不足(供給減)にもある。「住宅用地もめちゃくちゃ売れており、最近、不動産業者が顔を合わせると、『売り物、何か出た?』が合い言葉になっている」。宅地が極端な供給不足になっているからだ。 TX沿線の土地は県あるいはUR都市整備が開発。それを住宅メーカーなどが払い下げてもらい、宅地用に分譲してきた。ところが、「駅周辺の分譲はほぼ終わり、区画整理区域に宅地がない」。コロナが収まり需要が落ち着いても、宅地不足は簡単に解決されそうにない。公務員宿舎跡の順次放出はあるものの、静かな「バブル」はまだ続きそうだ。 【いがらし・とおる】1975年、土浦市生まれ。県立土浦一高、法政大経済学部各卒。2003年、父が1979年に創業した一誠商事に入社。2011年から代表取締役。現在、(公社)土浦法人会・つくば地区青年部会長。つくば市在住。本社はつくば市竹園、グループ従業員は320人。 【インタビュー後記】営業店は県南10店+水戸1店。1年前、千代田区岩本町に東京支店を開設。都内や千葉に賃貸・売却用のビルを建設中。住宅の賃貸・売買を主とする「まちの不動産店チェーン」から、住宅のほかビル・工場・倉庫も扱う首都圏の「総合不動産会社」に変わりつつある。アグレッシブな2代目社長の話を聞くと、地域の不動産事情がよく分かる。(経済ジャーナリスト・坂本栄)

キャンプとケロリン屋 《続・平熱日記》111

【コラム・斉藤裕之】久しぶりに、瀬戸内海に浮かぶ粭(すくも)島からの便り。橋で陸続きのこの小さな島の「ホーランエー食堂」を切り盛りするのは、自らを「タコ店主」と呼ぶご主人。昨年ここで作品を並べようかと思っていたのだけれど、コロナ禍で延期になってしまって…。 お店の急な階段で、屋根裏のような2階に上がると、穏やかな鼓ヶ浦(つづみがうら)、そして山の頂に立つ精蝋(せいろう)会社のレンガの煙突が見える座敷がある。ここに近ごろ、タコ店主さんの高校生の息子さんの友人たちが泊まりに来ると言う。 ところで、昨今人気の高まるキャンプ。かび臭いテントの時代を知る私としては、至れり尽くせりの道具や施設の、言ってみれば道楽ぶりにやや呆れているのだが、果たしてこれが文化として根付くのだろうか。 粭島の手前に黒髪(くろかみ)島という島がある。御影石の採石場があって、大阪城の石垣にも使われたそうだ。 小学校のとき、実家の2階に若いご夫婦が住んでいた。おじさん(ご主人)はこの採石場で働いていて、小さなモーターボートを持っていた。ある日、おじさんは弟と私を黒髪島でのキャンプに誘った。素潜(すもぐ)りで獲ったサザエを焼いて食べたり、ロープにベニヤ板をつけたものにつかまり立ちをして、それをモーターボートで引っ張ってもらう水上スキー?は最高に楽しかった。 小さな入り江にテントを張って寝ていたら、「起きろ!」と言われて、気が付いたら波がテントのすぐそばまで来ていて、夜中に慌ててテントを移動したっけ。それから「買い物行ってくる」と言って、おじさんはボートではるか向かいに見える大津島まで出かけて行ったのを覚えている。 「Wi-FiもTVもないのがええ」 この大津島には巡航船が出ていて、友達とよく釣りに出かけた。人間魚雷「回天」の基地があったことでも知られているが、船着き場には大きなクロダイが悠々と泳いでいるのが見え、川エビをえさに岸壁を探ると、メバルが面白いように釣れた。 ある時、この波止場のすぐ近くに、1軒の店があるのに気付いた。店の名前は「ケロリン屋」。「ラーメン百円」とあったので注文すると、インスタントの袋麺にお湯を注いで渡された。子供心に「恐るべし、ケロリン屋」と思った。そして、あの日モーターボートでおじさんが買い物に来たのも、ケロリン屋だったのだと確信した。 さて、粭島のすぐ東隣には細長い大きな島。水戸一高を舞台にした「夜のピクニック」を撮った、長澤雅彦監督の最新作「凪(なぎ)の島」のロケ地になったという「笠戸島」だ。この島のキャンプ場に、海パンとヤス(魚を突く道具)を持って、自転車で親友の小池君と向かったのは、そういえば高校生の時だったか。 タコ店主さん曰く「Wi-Fiもテレビもないのがええみたい」。ホーランエー食堂の2階への階段は、高校生にとって大人の階段? 波の音しかしない夜、多分、話していることは私が高校生のころと何も変わりないと思うが…。(画家)

5点差から逆転勝利 土浦デーの茨城アストロプラネッツ

プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの茨城アストロプラネッツは12日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で埼玉ヒートベアーズと対戦。市内在住・在勤・在学者は入場無料の「土浦市デー」を逆転で勝利した。 土浦デーの日曜日、安藤真理子市長も会場を訪れ「市民にプロのプレーを見る機会を与えていただきありがたい。私たちも応援しているので茨城を、また野球を大いに盛り上げ、子どもたちに夢をもたらしてほしい」とあいさつした。 茨城アストロプラネッツは県全域を本拠地とし、県内各地の野球場でホームゲームを開いている。その中で今季は、日本プロ野球(NPB)のオリックス2軍と、巨人3軍との交流戦2試合を含む3試合が土浦開催となった。 「土浦は野球ファンが多く、駅から歩いて来られるアクセスの良い球場。なるべく多く開催したいが、高校野球や学童野球をはじめ市の行事なども多く、調整が難しい。それでも一番盛り上がる試合を土浦でやらせていただけた」と球団代表代理の金澤裕史さん。 小学生をホームゲームに無料招待する「夢チケット」や、新入生に入学祝いとしてプレゼントしている「茨城アストロプラネッツ自由帳」も好評で、子どものファンも増えているという。「野球などスポーツに身近に触れることで、心と体の健全育成を図り、夢や目標を持つきっかけとなってほしい」との趣旨だ。 試合の前後や合間には目隠しバッティングなどの体験イベントや、選手によるお見送りなどのファンサービスもある。「みんなで走ろう!ベースランニング」に参加した土浦市の大野平さん(9)は「塁間は意外と遠い。選手とハイタッチして楽しかった」との感想。父・義晃さんは「BCリーグは地域密着で親しみやすい。身近なプロ野球として、あちこちの球場へ応援に行っている」と話した。 南地区首位をキープ この日のゲームは、序盤の5点差をコツコツと取り返し逆転勝ちを収めた。 茨城は2回表、先発の福田夏央が先頭打者をストレートの四球で出塁させると、投球リズムを乱し、3連打や走者一掃の三塁打などで一挙5点を失った。だが追い掛ける展開から打線が勝負強さを見せ、10安打と犠飛、敵失などで7回には逆転に成功。そのまま1点差で逃げ切った。 逆転打を放ったのは7番ショートの高橋拓也。7回裏2死一・二塁から左前へ適時打を放った。「チャンスは何度かあったが凡退が続いていたので、意地でも1本出してやろうと。打ったのは変化球でジャストミートではなかったが良いところへ転がった。自分の持ち味は勝負強さ。ここぞという場面で、ワンプレーで試合を動かす自信がある」と話す。 今月はここまで2勝4敗と黒星が先行していたが、前日の全員ミーティングの効果で、チームの雰囲気は良かったという。「勝ちきれない試合が続いていたが、投手陣の頑張りが流れを運んできてくれた。5点差をひっくり返したのも久しぶり。ここからまた良い流れをつかみ、一気に優勝を目指したい」 これで茨城は16勝10敗2分、2位の栃木に1.5ゲーム差をつけ、南地区首位をキープ。次節は6月14日、牛久運動公園野球場(牛久市下根町)で神奈川フューチャードリームスと対戦する。試合開始は午後5時の予定。(池田充雄)

「伝説の音職人」偲ぶ 土浦の録音エンジニア、行方洋一さん

先月4日に亡くなった土浦市在住の録音エンジニア、行方洋一(なめかた・よういち)さんを偲ぶ会が12日夜、阿見町の「ノーチラスカフェ」で開かれた。 同級生やセミナー生など県内外から18人が集まり、献花と黙とうが行われた。行方さんの遺影を囲んでそれぞれの思い出話が語られ、エピソードにちなんだ楽曲や録音の音源も流された。 享年79歳。会場のノーチラスカフェ(山本哲夫さん経営)は、行方さんが音源持参で講義する「音屋セミナー」を20回以上開いた晩年の活動拠点。亡くなる5日前のセミナーにも元気な姿を見せていたといい、行方さんを慕う“弟子”たちが肉声を聞く最後の機会となった。 行方さんは1943年生まれ。元の東芝音楽工業(後の東芝EMI)のレコーディング・エンジニアでオーディオ評論家。坂本九や弘田三枝子、欧陽菲菲、ザ・ドリフターズなど、日本のポップス史を代表する作品の録音を手掛けた。川口真や筒美京平ら作編曲家からの信頼を集めた「伝説のエンジニア」と称されている。 2018年には名盤といわれるレコードの制作秘話をつづった『音職人・行方洋一の仕事 伝説のエンジニアが語る日本ポップス録音史』(DU BOOKS、税別2200円)を出版。ノーチラスカフェや筑波学院大学(つくば市吾妻)で録音の歴史を語るセミナーの講師も務めていた。 阿見町の永吉和成さんは「オーディオ好きで、中学の時から行方さんの名前を知っていた。ノーチラスカフェでセミナーをやっていることを知り、月1回参加させていただいていた。雲の上のような存在の方で、まさかここで会えるとは思っていなかった」と思い出を語った。 東京都から参加したドラマーの束田大介さんは、行方さんが亡くなる1年ほど前から録音の技術について習っていたという。「行方さんのお仕事にはナラティブを感じる。ナラティブとは文化、世界、物語のこと。作品が面で感じられるエンジニアさんで、ここ(土浦)にいらっしゃると聞いて、会わなくてはいけないと車を飛ばして来た。日本が積み重ねてきた音楽の歴史の中のお一人だと思う。他の人から学べるものではなく、何度でも教わりに来ようと思っていた。一生分の勉強をさせていただいた」と感謝の気持ちを話した。(田中めぐみ)

有機農業の輪で循環する暮らしを 《邑から日本を見る》113

【コラム・先﨑千尋】「農水省の事務次官は高校の後輩です」「えっ!」思わず息を飲んだ。 5月下旬、鹿児島市内と錦江湾、桜島を一望できるホテルの一室で、イモ焼酎を飲みながらの有機農業談義。相手は、「かごしま有機農業生産組合」代表の大和田世志人さんと、同組合直営店「地球畑」の代表大和田明江さん、鹿児島での農協運動の牽(けん)引者で二宮尊徳研究の泰斗、八幡正則さん。 今国会で、有機農業の農地を100万ヘクタールにするという「みどりの食料システム戦略」関連の法律と予算が通った。その先頭を走る枝元真徹農水事務次官を裏で支えてきたのが、鹿児島の有機農業生産者だったのだ。 世志人さんは現在、NPO法人全国有機農業推進協議会の理事長も務め、同協議会は昨年3月に「みどりの食料システム戦略に向けた提言書」を農水相に出している。提言には「森、里、川、海、自然環境を合わせた政策の統一を図る。充実した財政支援を押し出す。学校給食の有機化、無償化」などが掲げられている。そうだったのか。 「有機」は「勇気がいる」 鹿児島での有機農業研究会の発足は1978年。私たちも茨城の地で同じ頃に有機農業研究会を立ち上げている。当時、有機農業はまだ市民権を得ていなかった。私たちが「有機」という言葉を使うことに「勇気がいる」と言われていた時代だった。隔世の感がある。 大和田さんたちは、有機農業の仲間を増やし有機農業を広めていこうと、1984年に「かごしま有機農業生産組合」を結成し、地元の有機農産物を消費者に直接届けるために、持続可能な食料システムを構築した。8年後に「地球畑」を市内に開設し、現在は3店舗とカフェを持ち、ネット通販の楽天市場もある。 同組合に入っている生産農家は160人。栽培する野菜はおよそ100品目、果物は20。米、雑穀、茶も生産している。他に、組合では3か所に直営農場も持っている。生産者団体としては国内最大。生協や学校給食などへ出荷し、宅配事業も展開している。 「地球畑」の約束事は、鹿児島の生産者が作る旬の農産物を消費者に届ける、遺伝子組み換え、合成着色料などは使わない、加工品にはゼラチン、精製した砂糖を使用しないなど。 「地球畑」荒田店を見せてもらった。136平方メートルの店には、野菜、果物、日用品、調味料、米、雑穀、畜産物、卵、牛乳、茶、パン、魚などのほか、衣料品、せっけん、化粧品など日常の暮らしに必要なものが、所狭しと並んでいる。さながら有機食材と雑貨の百貨店だ。 「地球畑」の代表を務める明江さんは、岩手県陸前高田市の出身。私とは50年近い付き合いだ。学生時代に環境問題、有機農業に関心を持ち、“異郷”鹿児島の異邦人となり、夫の世志人さんと鹿児島の有機農業運動を引っ張ってきた。 自然と共生しながら命をつなぐ 「有機農業は『こだわりの農業』ではない。自然と共生しながら私たちの命をつなぐ食べ物を作るという、いわば『当たり前の農業』だ。有機農業の輪で循環する暮らしを目指したい」と語る。 6年前にがんにかかっていることが判明した。がんと向き合いながら、仕事に生かされる日々。「仕事を休んでも、がんは治らないでしょ」と開き直る彼女だ。 「朋(とも)有り遠方より来る。また楽しからずや」という孔子の言葉があるが、今回の久しぶりの語らいは、まさにそのようなものだった。八幡さんには生甘酒の作り方を教えてもらった。(元瓜連町長)

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