火曜日, 4月 7, 2026

戦争遺跡めぐる夏の宿題こなし 3、4日の土浦公演迫る

いっぱいの宿題を抱えた夏の終わり、「流れる雲よ2022茨城実行委員会」の委員長、石田和美さん(44)ら女性7人のメンバーは、9月3、4日クラフトシビックホール土浦(市民会館)で開く演劇公演の準備をようやく終えようとしている。 「記憶をつなぐ最後の世代かも」 「流れる雲よ」(脚本・草部文子、演出・田中寅雄)は、演劇集団アトリエッジ(東京)によって、2000年からミュージカル版やラジオドラマなどで上演されてきた作品。太平洋戦争末期の1945年夏、特攻(特別攻撃隊)基地で出撃を待つ若者たちの物語だ。 実行委員会をつくり、21年6月から公演準備を進めてきたのは、40代から50代の女性ばかり7人でつくる「えにしわぁくプロジェクト」のメンバー。「縁(えにし)と和」を茨城から未来でつなげていこうと立ち上げ、戦争遺跡を訪ねたり、軍関係者や遺族に話を聞くなどの体験を共有してきた。 「戦争の体験者がどんどん少なくなって、記憶を直接伝え聞けるのは私たちが最後の世代かもしれない」という石田さんは、土浦市在住の会社員。父親は元自衛官で、陸上自衛隊武器学校(土浦駐屯地、阿見町)に勤めていた時、連れていってもらった予科練記念館「雄翔館」をその後、何度も訪ねることになった。 多数の特攻隊員を戦地に送り出した予科練(海軍飛行予科練習生)の存在を忘れてはならないと思った。雄翔館を運営する公益財団法人「海原会」は昨年、事務局を東京から阿見町に移したが、事務局長を務める平野陽一郎さんは父親の同僚だった。 7人のメンバーは土浦市、神栖市、石岡市のほか東京在住の2人を含む。祖父や大叔父が戦死したりしており、多かれ少なかれ、こうした「縁」でつながっている。石田さん自身、大叔父が重巡洋艦、羽黒の副長を務めており、1945年5月16日のペナン沖海戦で撃沈された際、艦と運命を共にしたと聞かされていた。 羽黒の悲劇を舞台化していたのがアトリエッジで、「Peace in a Bottle(ピース・イン・ア・ボトル)」という作品があった。くしくも脚本の草部文子さんの叔父が、羽黒で航海長を務めていたことを知った。「縁」があった。 神栖市で海軍神之池基地の戦跡などを訪問していたメンバーの一人は10年来、同劇団の観劇を続けており、連絡をとったところ、「茨城・土浦なら、よりふさわしい作品がある」と「流れる雲よ」公演を持ち掛けられた。同劇団は、陸の「ぞめきの消えた夏」、海の「Peace in a Bottle」、空の「流れる雲よ」の3部作をレパートリーに、各地を公演していた。 土浦の会場を押さえ、1年以上先の9月公演の日程を決めたものの、イベントの開催には不慣れなメンバーばかり。コロナ禍による非常事態宣言や第6波、第7波の感染拡大で、集客に向けてのアピールにもブレーキがかかった。 鹿島・筑波、両海軍航空隊跡を訪ねる 海原会の協力を取り付けるなどの準備をしながら、メンバーは県内の戦跡などを訪ね、戦争の記憶を共有する作業にも取り組んだ。 この夏、クラウドファンディングで、廃墟と化した基地跡の保存と再生プロジェクトを始動させた鹿島海軍航空隊跡地(美浦村)を訪ねたり、総延長3キロ以上にわたって地下通路が張り巡らされていることが分かった筑波海軍航空隊旧司令部(笠間市)の遺跡発掘のボランティアに加わった。打ち合わせでも、海軍航空隊ゆかりの料亭、霞月楼(土浦市)を見学するなどしている。 「流れる雲よ」の出演者を招いて、予科練平和記念館(阿見町)の零戦レプリカ前で公演チラシ用の写真を撮った際にも、関係者から話を聞いた。今回の公演では、鑑賞チケット購入者には、同館の招待券が付けられる。 石田さんは「まずはたくさんの人に見てもらいたい。近代史は、実は学校教育できちんと習わないから戦争の背景とか、国家や家族への思いなどを知ると気づくことが多い。その思いに寄り添って、子供や孫たちに伝えたり、茨城から発信する、それが私たち世代の役割だと思う」と語っている。(相澤冬樹) ◆流れる雲よ茨城公演 9月3日(土)午後6時30分から、4日(日)午後1時30分からクラフトシビックホール土浦(土浦市東真鍋町)小ホール。指定席8000円、自由席6500円(税込み)。問い合わせ電話080-1018-1124(石田)

グッドマンと売買契約を締結 つくば市旧総合運動公園用地

つくば市が民間一括売却に向けて手続きを進めている同市大穂の旧総合運動公園用地(約46ヘクタール)について、同市は30日、「グッドマンジャパンつくば特定目的会社」(東京都渋谷区)と同日付けで売買契約を締結したと発表した。 土地所有者の市土地開発公社(理事長・飯野哲雄副市長)が約110億2900万円で一括売却する。売却にあたっては4社が応募し、評価点合計が最も高かったグッドマンが選定されていた(6月21日付)。全額が払い込まれた後、同用地は現状のまま、同法人に引き渡される。売買契約締結日から30日以内に全額払い込む契約になっている。 同特定目的会社は、外資系物流不動産会社「グッドマンジャパン」(東京都千代田区、グレゴリー・グッドマン社長)が、資産の流動化に関する法律に基づいて、特定資産を裏付けに有価証券を発行するなど資産の流動化に関わる業務を行うために設立した。 事業計画によると、約46ヘクタールのうち、道路予定地を除いた面積の5割をデータセンター、4割を物流施設、1割の約4.5ヘクタールを防災拠点施設とする。計画では、北側の高エネルギー加速器研究機構との間の道路に沿って、物流拠点を2棟建設し、データセンターを東側に4棟、西側に3棟の計7棟建設する。 防災拠点施設は住宅地に近い南側に整備し、防災備蓄倉庫、ヘリポート、救護施設、災害時がれき置き場などを設置する。駐車場は計200台を整備し、災害時は車中避難場所とする。ほかに、カフェや物販などのアメニティ施設、ドッグラン、フットサルコート、菜園、野外シアター、ジョギングコースなどを整備する。さらに防災備蓄倉庫やアメニティ施設などの上に大屋根を掛け、芝生広場とする計画。防災拠点施設については、今回の売買契約とは別に、市と特定目的会社との間で防災協定を締結するという。 今後の手続きは、現在、同用地は第2種住居地域や第2種文教地区になっていることから、来年4月の都市計画変更を目指し、用途地域を準工業地域に変更し、第2種文教地区から除外する手続きをする。現在茂っている樹木は、用地の引き渡しが済めば伐採はできるという。ただし伐根は市の開発許可が必要になる。 その後のデータセンターや物流施設の建設工事は、工区ごとに実施される。都市計画変更後の2023年4月ごろから3年以内を目標に一部施設が供用開始となる予定。その後も工区ごとに工事が順次実施される。 売却代金約110億円は、市が貸し付けた約68億円(用地購入費と利子)については市が市土地開発公社から返還してもらう。残り約42億円は市土地開発公社の所有になるが、使途については今後、検討するという。 一方、同用地をめぐっては市民団体「つくば市長リコール住民投票の会」(酒井泉代表)が市長リコール請求の署名集めを実施し断念した経緯がある(8月16日付)ほか、裁判でも争われている(7月13日付)。今回の売買契約締結に対し酒井泉さんは「今、大学が選択と集中で疲弊しているが、大学の枠を超えて新しい研究施設をつくらないと日本の科学技術の未来はない。そのためにあの土地は絶対必要。これからもやれることはやる」と話している。(鈴木宏子)

圃場整備記念碑にも洪水の記述 つくば市池田【自然災害伝承碑の現在】㊥

登録された茨城県内の自然災害伝承碑のうち、2022年8月時点で最も新しいものは、常総市本石下に所在する「水害復興の碑」だ。18年1月に建立された。15年9月の関東・東北豪雨で受けた鬼怒川の溢水(いっすい)・浸水に端を発する水害と復旧工事の証だ。このように近年の建立碑であっても、それが災害と対峙した記憶を刻むものであれば、地域住民の意志によって自然災害伝承碑として登録することができる。 土浦市と桜川、霞ケ浦の水害は江戸時代から河川改修と治水との戦いが繰り返されている。それらは文献で知ることができる。興味を持って歩けば、埋もれている碑文を見つけることができる。つくば市の場合は、小貝川沿岸や桜川流域のような低地に足跡が刻まれている可能性がある。 1986年台風10号、水害記録の保有なし つくば市北条出身で、現在は笠間市在住の主婦に、1986年8月の台風10号を経験した話を聞くことができた。 「当時、筑波西中(現在は秀峰筑波義務教育学校に統廃合)に勤務していましたが、帰宅時に桜川を渡る国道125号の橋が、見たこともない水位と濁流になっていました。私は北条内町に住んでいましたが、泉の子育て観音(同市泉、慶龍寺)近くに家のあった親戚が避難してきました。(慶龍寺近くの)小泉の辺りは大半が床下浸水となったそうです。でも小貝川の決壊の方が大惨事だったようで、皆さんの記憶はそちらの方が強く残っているのではないでしょうか」 氾濫の記録や河川復旧を記した碑文のようなものは、あるのかどうかまではわからないということだった。つくば市の危機管理課に尋ねてみたが、「地域防災計画の策定時に、1938年水害、1986年台風の被害範囲が反映されていますが、当時の詳細な記録は保有していません。過去の水害情報に関する、伝承碑等の情報も把握しておりません」ということだった。 地域防災計画に反映されていながら水害記録の保有がない。危機管理に関して一抹の不安を感じるが、文献ならば存在するということだろう。市への訪問はあくまでも自然災害伝承碑となりうる碑文・石碑のあるなしを確認するものだったので、確認できない現実もひとつの現状だ。 桜川の堰「洪水のたびに流された」 同時に現地を訪ねてみたものの、これと思しき石碑を見つけるには至らなかった。偶然、筑波山に近い同市池田地区の用水路で「治水と豊穣」の記念碑と出合った。2006年に竣工したこの地区一帯の圃場(ほじょう)整備を記念したものだが、碑文の冒頭には明治以前の先人が桜川に堰を築いたが洪水の度に流されたという記述がある。カーナビゲーション上では、一般の石碑記号で掲載されている。 このような石碑には、自然災害伝承碑の可能性があるのだろうか。それについては国土地理院の廣瀬勝環境地理情報企画官が説明してくれた。 「自然災害伝承碑は『過去に発生した洪水、土砂災害、高潮、地震、津波、火山災害等による被災の教訓を後世に伝えようと、先人たちが残した独立した恒久的な石碑やモニュメントであることが基本条件です。自然災害に関する発生年月日、災害の種類や範囲、被害の内容や規模、教訓が記載されたものが伝承碑と位置づけてられます」 その上で「自然災害の伝承要素がない治水事業の完成・竣工記念碑、自然災害とは直接関係のない慰霊碑や事故の鎮魂碑、長期間にわたる降水量の不足によって起こった干ばつに関する石碑等、個人の業績をたたえることのみを目的とした顕彰碑、寺社、記念館等の施設は、伝承碑には該当しません」と廣瀬企画官は付け加える。 集められた先人の記憶は必ず役立つ この条件だと、池田地区の記念碑は伝承碑としての要素が薄いが、伝承碑登録申請の手引きには『石碑等に具体的な自然災害の伝承要素の記載がない場合、又は洪水や津波の水位が刻まれているだけで文章の記載に乏しい場合でも、恒久的な設置を意図した説明板が付随しており、この説明板に該当する具体的な自然災害の伝承要素の記載があれば伝承碑と判定する場合があります』と明記されており、工夫次第だと解釈できる。 「国土地理院では、関係機関等から得た情報があれば、随時市区町村へ提供しています。地域住民の防災意識の向上を図る等の理由から、地域等から声が寄せられ市区町村からの申請としていますが、集められた先人の記憶は必ず今後の防災対策に役立ちます」と廣瀬企画官。 今、自治体ごとに作成されるハザードマップが防災上の有効手段として将来へつなげられている。ハザードマップや地域防災計画という現代のツールは、災害伝承のために遺された碑文や石碑に端を発する。これからつくば市内のどこかで、先人の苦労の痕跡が発見されればと期待を感じる。(鴨志田隆之) 続く

初の地区優勝、土浦で決める アストロプラネッツ

プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの茨城アストロプラネッツは29日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で埼玉武蔵ヒートベアーズと対戦し、2-1で勝利。これによりルートインBCリーグ南地区(茨城、栃木、埼玉、神奈川)での優勝を決めた。茨城は球団創設4年目にして初のタイトル獲得となった。 【ルートインBCリーグ2022公式戦】茨城アストロプラネッツ-埼玉武蔵ヒートベアーズ埼玉 000000100 1茨城 00020000X 2(8月29日、J:COMスタジアム土浦) 2019年のBCリーグ加盟以来、3年連続で最下位に沈んできた茨城。だが今季は見違えるような活躍となった。開幕5連勝でスタートダッシュを決め、4月を6勝2敗で終えると、その後も5月は7勝2分4敗、6月は7勝8敗、7月は8勝3敗と好調を維持。8月はここまで6連勝を含む9勝5敗の成績で、16日に優勝マジック7が点灯してからは、順調にカウントダウンを続け、ついにこの日マジック1で埼玉戦を迎えた。 「前2試合は勝ちきれず足踏みしてしまったが、今日はホームなので絶対に勝って優勝を決めようと、みんな気持ちが出ていた」と土田佳武主将。先発投手は二宮衣沙貴。ここまでハーラーダービートップの9勝を挙げ、7、8月は登板した8試合全てでチームに勝利をもたらしてきた。「チームとして大事な試合を任され、いつもより集中力が上がり、直球も変化球も思った通りにコントロールできた」と、危なげないピッチング。 エースの好投に打線が応え、4回裏には先制点。イサベルの右前打を皮切りに、死球と牽制悪送球で無死二・三塁となり、大生竜万が適時打。「相手投手の緩急とコースの投げ分けにやられてきたが、自分のところでチャンスが来て、何とかくらいついていこうと。当たりは良くなかったがしっかり振り切ることができた」と、ボール気味の直球を中堅へ運んだ。さらに次打者の高橋竣は、狙い球の変化球をレフトフライ。タッチアップには十分な飛距離で、1点を追加し2-0とリードした。 二宮は1点を失いながらも7回を投げ切り、8回は渡辺明貴、9回は森祐樹がそれぞれ3人で切って取りゲームセット。セレモニーでは村山哲二BCリーグ代表から優勝盾が贈られ、松坂賢監督、土田主将、山根将大代表らが次々と胴上げされ宙を舞った。 「キャンプで描いたロードマップ通り、シーズン40勝と8月中の優勝がほぼ達成できた。明日からは次の目標であるリーグ優勝と、ドラフト会議への選手輩出に向けて進んでいく。まだ道のりは途中」と松坂監督。 今後の日程は、9月10、11日に常陸大宮市民球場で南地区2位のチームとプレーオフを戦い、勝てば北地区代表とのBCLチャンピオンシップ(9月17~25日、ホーム&アウェー方式)に出場できる。その先には四国・九州・北海道の各独立リーグ優勝チームと日本一を争う、日本独立リーググランドチャンピオンシップ(9月30日~10月2日、熊本県で開催予定)も待ち受けている。(池田充雄)

戦後77年の日本の8月《ひょうたんの眼》52

【コラム・高橋恵一】戦後77年の広島・長崎原爆忌、終戦記念日の8月が過ぎようとしている。ロシアのウクライナ侵攻や旧統一教会関連の安倍元首相銃撃など、さらに暑い夏であった。過去の日本の戦争の愚かさ、恐ろしさを改めて思い知るとともに、現在のプーチンのウクライナ侵攻が、旧日本軍の行動を再現しているように見えて仕方がない。 ウクライナ侵攻を受けて、日本の防衛力強化が主張されている。侵略戦争で逆に惨敗し、相手国だけでなく、自国の兵士や民間人も無駄に死なせてしまった国。いまだに自虐史観などと言って、侵略破滅戦争の責任も認められない日本は、軍事力を強化し、軍事同盟を強化したら、また加害者になる心配はないのか? 本来日本が果たすべき役割は、平和憲法を掲げた、核廃絶と戦争停止・廃止だ。東京裁判で有罪になるも、その後釈放された政府幹部や軍指導部の中には、無謀な侵略戦争に突入し、敗北が確実なのに多数の同胞を無残な死に追いやった無策の責任も認めず、ほとぼりが冷めたと、また旧大日本帝国復興を妄想するやからが健在だ。 自虐史観とか、教育勅語の容認、平和憲法の改悪などを公然と主張する勢力を組織化し、保守政治に植え付けた。それが岸元首相であり、それを受け継いで、解釈改憲で安保法制や特定秘密保護法を立法化し、武器輸出3原則の無効化やジェンダーフリーなどの人権擁護課題を妨害し、憲法9条あるいは憲法前文にまで手を付けようとしていたのが、安倍元首相である。 元首相と統一教会の不可思議な共鳴 一方、元々、日本の植民地支配への復讐を動機に、世界支配を進めるカルト集団、旧統一教会の日本での活動を立ち上げから支援したのが、岸元首相である。教会の関連組織の勝共連合や原理研究会などの反共活動に共感したとしても、岸元首相と統一教会の行動規範は相いれないと思うのだが、不可思議な共鳴だ。この旧統一教会と保守政治との協力関係を引き継いだのも安倍元首相である。 この関係は、報道で知る限りでも深刻だ。多数の政治家が、集会であいさつしたり、選挙活動の人的支援を受けている。旧統一教会は、政策主張として、日本国憲法や教育基本法の改正、選択的夫婦別姓制度やジェンダーフリー・人権擁護法案への反対。専守防衛・非核3原則・武器輸出3原則の破棄などを提唱している。集会へのメッセージは見過ごせない。 出席した政治家は、教会におもねる意図も込めて、これらの政策提唱に賛同する発言をしていることは十分に想像できる。つまり、霊感商法や多額の寄付金で稼いだ活動資金で、与党の政治家の発言・行動に影響力を行使しているわけだ。 報道では、過去の選挙でも得票に大きく関与し、ほぼ丸抱えで当選した国会議員もいた。自民党など各政党は、所属議員と旧統一教会との関係を明らかにして、公表するという。都合の悪いことはすぐ忘れ、身内をかばうことが得意な政治家は信用できない。今度こそ、マスコミが取材力を発揮して、安倍元首相を含め、異常な関係を、徹底的に明らかにすべきだ。(地図好きの土浦人)

全国1500基登録間近 スタートは地域の機運【自然災害伝承碑の現在】㊤

つくば市北郷の国土地理院が、2019年からウェブ地図「地理院地図」で公開している「自然災害伝承碑」の登録数が、今年8月時点で全国1500基に近づいている。東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨、北海道胆振(いぶり)東部地震といった大地震、大津波、土砂災害、河川氾濫に対して、過去の知見を見直そうという各地域の人々の関心が高まってのことだ。9月1日の防災の日を前に、自然災害伝承碑の地図記号制定(19年3月)から3年の土浦、つくば地域の現在を取材した。 土浦、つくばは登録なし 茨城県内においては、10市で35基が登録・公開されている。桜川と霞ケ浦の氾濫の歴史を持つ土浦市や、小貝川、桜川といった一級河川の流域に面したつくば市でも、水害の経験伝承は行われているはずだが、現時点では自然災害伝承碑の登録がない。ただ、地理院への打診はなされており、今後登録される可能性がある。 自然災害伝承碑の概略は、国土地理院が公開を始めた直後にNEWSつくばでも紹介している(2019年6月20日付)。どのような仕組みで登録や公開がなされるのか、国土地理院応用地理部に聞いた。 「伝承碑の情報収集は全国の地方公共団体等の関係機関に協力していただき、それに該当する石碑、モニュメントについて、国土地理院が策定した『自然災害伝承碑に係る調査業務実施の手引き』に基づき市区町村より申請を行ってもらうプロセスをとっています。国土地理院と各市区町村は、それぞれの地域住民から伝承碑になりえるのかどうかの相談を受け、条件に合致すれば正式に申請へと動きます」 国土地理院応用地理部地理情報処理課の宮下妙香課長補佐は「すべてのスタートラインは、地域の人々による自然災害記憶の継承機運が高まるところから始まるのです」と付け加える。 自然災害伝承碑は、それ自体が過去に被災した人々が後世に向けて記録を遺すという機運によって、何かしらの形で碑文を刻んだもの。国や自治体の指示指導によるものではないという。この過去からのメッセージが活かされたケースもあれば、存在自体が知られていても関心が薄く再発した災害の犠牲になった事例もある。 国土地理院が、埋もれた碑文に自然災害伝承碑という新しい価値観を見出し、地図記号もその他の記念碑とは分けて新規デザインした目的は、自然災害の記憶を現代につなぐことで、教訓を踏まえた的確な防災行動による被害の軽減や将来の避難計画策定に役立てることにあり、情報のデータベース運用や提供にある。事実、全国レベルで見れば3年間で1500基近くの相談・申請・登録が行われており、先人の記録を活かそうとする動きは活発だ。 土浦、つくばでは現時点で伝承碑の登録がないことは想像していなかったが、宮下補佐は「現時点で伝承碑が掲載されていない地域では、市区町村から掲載希望の連絡を受け申請の手続きをしている場合や伝承碑として採用できるかどうかの条件を満たさない場合もありますし、可能性がある碑そのものが、さまざまな事情で立ち入り禁止とされている場所に眠っていることも考えられます。また、その石碑が何を記しているのかがわからなくなってしまっている場合もあると思われます」と説明する。 現代において、災害伝承は速報から始まるニュース情報と、それを記録したアーカイブという仕組みになり替わっている。あるいは地域の口伝で事足りていたのかもしれない。(鴨志田隆之) 続く

おばあさんの「宿題屋」《短いおはなし》6

【ノベル・伊東葎花】 もうすぐ夏休みが終わる。プールにかき氷に花火。 楽しい時間はあっという間。残っているのは憂うつだけだ。 宿題が終わらない。 絵と漢字ドリルと自由研究は、何とか終わった。 だけど苦手な算数ドリルと読書感想文が手つかずのままだ。 ああ~、どうしよう。 トントンと、窓をたたく音がした。 開けてみるとおばあさんが立っている。 「宿題屋だが、終わってない宿題はないかね」 「宿題屋?」 「1教科たったの千円だ。どうだい?」 宿題屋だって? そんな商売があるのか。詐欺じゃないのか? 「終わってるならいいよ。他の子どものところに行くからね。ああ、忙しい」 「待って。本当にやってくれるの?」 「もちろんさ。あたしは子どもの味方だよ」 にっこり笑った顔が優しい。 本当に、苦手な算数ドリルと読書感想文をやってもらえるならラッキーだ。 「ちょっとまって」とボクは、貯金箱をひっくり返した。 取っておいたお年玉が千円と、小銭が500円。 「算数ドリルと読書感想文をお願いしたいけど、1500円しかないんだ。まけてくれる?」 「そいつは困ったね。じゃあこうしよう。算数ドリルは全部やって、読書感想文は半分だ」 ボクは考えた。読書感想文なんて、決まった枚数があるわけじゃないし、半分書いてもらえたらあとは『おもしろかったです』と、適当にまとめればいい。 「うん。じゃあそれでお願いします」 「はいよ。じゃあ先払いね」 ボクは、1500円を払って、おばあさんに算数ドリルと課題図書と原稿用紙を渡した。 これで一安心。残りの夏休みはゲームざんまいだ。 おばあさんが来たのは、夏休み最後の日だった。 「おばあさん、遅いからヒヤヒヤしたよ」 「すまん、すまん。算数ドリルが思いのほか手こずってな。でもほら、ちゃんと終わったぞ。全問正解だと怪しまれるから、ところどころ間違えておいたぞ」 「サンキュー。気が利くね。さすが宿題屋だ。それで、読書感想文は?」 「ああ、ほい、これじゃ」 おばあさんは、何も書いてない原稿用紙をそのまま戻した。 「何も書いてないじゃないか。半分やってくれるって言っただろう」 「ああ、半分はやったよ」 「何も書いてないよ」 「読書感想文の半分は、本を読むことだ。あたしゃ、しっかり本を読んだからね、あとはあんたが書きなさい」 「そ、そんな~」 おばあさんは「ひひ」と笑った。 「毎度あり。また来年ね」 時計の針は午後5時半。 ヒグラシが、ボクを笑うみたいに鳴いている。 今から読書感想文を書くのか。 その前に、本を読まなきゃ。 あ~あ、終わるかな~。 ボクは泣きそうになりながら思った。 「来年のお年玉は、ちゃんと取っておこう」 (作家)

あるインド人家庭の菜園野菜 《菜園の輪》7

【コラム・古家晴美】台風が上陸するかもしれない、という天気予報を尻目に、曇天の中、つくば市在住のインド人女性、カッパム・ビーディル・サジナさんご一家の菜園を訪ねた。4月に続き、2回目の訪問だ。今年は猛暑と大雨の異常気象もあってか、サジナさんの菜園の野菜は、昨年ほど豊作ではなかったと言う。 1メートル以上の長さになるsnake gourd(へび瓜)は、昨年、近くのスーパーで苗を購入して育て、たくさん収穫して食べたが、今年はうまく育たなかった。菜園仲間(先輩)の日本人のおばあさんに昨年、分けてあげた種を逆にもらい、それで再度、挑戦している。失敗しても、このような種返しをしてもらえるのは、菜園ネットワークの強みだ。 日本人にとっては珍しいへび瓜だが、ダール(レンズ豆のカレー)に入れてチャパティやロティと食べたり、ターメリック(うこん)と塩の味つけスープに入れて、ご飯と一緒に食べる。 白ゴーヤも昨年はたくさん食べたが、今年はあまりできなかった。しかし、昨年、大量に乾燥させたので、今年になってもそれは食べられる。塩とターメリックをまぶして日干しにしておく。そのまま食べてもよいし、炒めてもよい。白ゴーヤは緑のゴーヤよりも苦みが少ない。 トマトも、芽キャベツ、ケール、サフラン、ほうれん草も、場所を替えて何回も植えたが、ダメだった。 逆に、今年豊作だったのは、キュウリとベリー類だ。キュウリはピクルスにして保存した。同じものが続くと、飽きてしまうので、保存食や冷凍・乾燥するなどして、工夫している。ラズベリー、グーズベリー、いちごも、今回はカゴいっぱいにできて、畑でそのまま食べるのが最高においしい。 日本人では思いもつかぬ活用法 秋になって、里芋ができるのを楽しみにしている。ゆでてから、そのまま食べるか、少しつぶしてヨーグルトと少量のクミンを混ぜて食べる。 あるいは、ゆでたものを賽(さい)の目に切って、black mustard(クロガラシ:辛くない。これを入れると味が劇的に変わりおいしくなる、とのこと)と、カレーリーフを入れ、ココナッツオイルで、塩味で炒める。これは辛くないので、子どももよく食べる。日本のゴマあえなどの副菜に相当するらしい。 また、今年はターメリックを植えた。成功するかどうかわからないが、葉っぱが枯れたころに根を引き抜き、すりおろす。料理には使用せず、ペースト状にしてから肌にパックしようと考えている。乾燥肌の修復に効果があり、保湿性を高めると言う。 今夏の畑仕事は、必ずしもうまくいったとはいえなかったが、周囲の方々に支えられながら、再度、挑戦したいと張り切っているサジナさん。畑の収穫物である里芋を炒めたり、ターメリックをパックにしたりと、日本人では思いもつかぬ活用法は、インドの食文化、生活習慣を反映している。(筑波学院大学教授)

滝のほとりで28日に例祭 忘れられかけた筑波山中の神社

筑波山の白滝神社(つくば市臼井)で28日に例祭が行われる。付近には、つくばねの峰より落つる「白滝」があって、かつては観光名所でもあった。今は忘れられかけた山中の神社に、隣接の神社の総代たちが年に一度、清掃と除草を兼ねて集まり、筑波山神社の神官によるお祓いを受ける。 信仰の山、筑波山には古く、修験道(しゅげんどう)の時代から多くの登山道があり、要所要所に神社があった。臼井の飯名(いいな)神社、蔵王神社、沼田の月水石(がっすいせき)神社、さらに廃社となった六所(ろくしょ)神社、蚕影(こかげ)神社などが南麓に点在する。 白滝神社もそのひとつで、祭神は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、建立年は不明だが、由緒書きによれば「山に迷い込んだ時にこの地に白い鳥が現れ案内をしてくれた」とあり、別名「白鳥神社」と呼ばれていたそうだ。 毎年8月28日に行われる祭礼は、宮司と飯名神社の総代8人だけの参列で、一般の参加者、見物客はいない。あたりは、巨石と急斜面が多いが、催事の行えるぐらいの空間があり、そこに全員が集まる。足場の悪い小さな神社があり、宮司が五穀豊穣を願い祝詞(のりと)をあげ、一人ひとりが二礼二拍手一礼、参拝をする。 白滝神社は「茨城県神社誌」(県神社庁、1973年)には氏子150戸と記載されるが、一個人に管理が任されていて荒廃し、継続が困難になったため、同じ臼井地区にある飯名神社が奉仕するようになったらしい。 かつての登山道は、六所方面から白滝林道を通り、白滝、桜ケ丘キャンプ場、つつじが丘までまっすぐ登るルート、そこから女体山山頂を目指した。山すそから歩いて登るこのルートは人気で、戦後しばらくまで大いに賑わった。 白滝は南中腹「筑波ふれあいの里」のほぼ真上にあり、標高は300メートルぐらい。修験者が滝に打たれ行(ぎょう)をする場所でもあったらしい。鬱蒼(うっそう)とした空間に、巨岩がひしめき、そこから蛇行するように沢が流れ、いくつもの小さな滝が落ちている。竹で出来た人工物からも滝は落ち、最大で10メートルぐらい。かなりの水量があったというが、最近はかなり枯れ気味のようだ。登山道の一つとして賑わったころは、茶店などもあったが、現在はガイドブックにも載っていない。 つくば市臼井の六所地区の元区長、木村嘉一郎さん(93)さんに話を聞くと、1965年、筑波スカイラインが完成、つつじが丘まで車で行けるようになったあたりから、徒歩での登山客がすっかり減ってしまった。翌66年、女体山側の中腹で土石流が発生、白滝一帯が飲み込まれた。けが人を多数出した災害で、復旧までかなりの時間がかかったという。木村さんは、当時「山津波」と呼ばれた土石流の体験者だった。 今はこのルートを使う人も少なく、かつての登山道はヤブとなっている。木村さんは「もっと白滝について知ってもらいたい。魅力的な場所なので登山道としても復活してもらえばうれしい」と語った。(榎田智司)

「百年亭再生プロジェクト」に着手 《宍塚の里山》92

【コラム・佐々木哲美】私たち「宍塚の自然と歴史の会」は、関東平野有数の規模と質を誇る「宍塚の里山」の保全、ここを活用した環境教育・自然調査などを、多様な主体に参加してもらい実施してきました。具体的には、観察路の整備、小川・林・湿地の保全、自然農田んぼの体験、里山内にある池の外来生物駆除などです。 ところが、これらの活動に参加する子供、母親、女子学生の着替える場所やトイレの確保が切実な問題でした。このため、3年前、里山に隣接した築百年以上の住宅を購入し、手を加えて、そういった場所として使うことにしました。 傷みが激しいですが、古民家に詳しい一級建築士に調べてもらったところ、里山の歴史や文化を伝える価値のある建物であることが分かり、「百年亭」と名付けました。そして、「百年亭再生プロジェクト」を立ち上げ、修復計画、資金調達、活用計画を立てています。修復はできるだけボランティアを募って行います。その活動は本サイトの記事、古民家「百年亭」再生プロジェクトがスタート(3月28日掲載)で紹介されています。 クラウドファンディングで300万円募集 今回、その資金集めの方法として、クラウドファンディングを活用することにしました。「インターネットを介して不特定多数の人々から少額ずつ資金を調達する」方法で、新たな資金調達の仕組みとして注目されています。期間は9月5日~10月21日、第1期目標額は300万円です。 クラウドファンディングに並行して、助成金申し込みも受け付けます。建物の完成には800万円程度が必要ですが、様々な手法で宍塚の里山の重要性を伝えながら進めます。 我々の目標はあくまでも、緑豊かな里山を次世代に良い形で引き継ぐことであり、現在行っている保全活動はそのためのものです。そして古民家修復プロジェクトは、活動を楽しく効率的に進めるためのものです。このプロジェクトを通じ、新たな若者たちに加わってもらいたいと思います。 将来的には、私たちの会員が利用するだけでなく、広く市民に開放された「ミニ・ネーチャー・センター」として、地域の交流拠点になればと思っています。(宍塚の自然と歴史の会 副理事長) <クラウドファンディングのリンク先はこちら> 募集は9月5日午前0時から開始

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