【ノベル・伊東葎花】
もうすぐ夏休みが終わる。プールにかき氷に花火。
楽しい時間はあっという間。残っているのは憂うつだけだ。
宿題が終わらない。
絵と漢字ドリルと自由研究は、何とか終わった。
だけど苦手な算数ドリルと読書感想文が手つかずのままだ。
ああ~、どうしよう。
トントンと、窓をたたく音がした。
開けてみるとおばあさんが立っている。
「宿題屋だが、終わってない宿題はないかね」
「宿題屋?」
「1教科たったの千円だ。どうだい?」
宿題屋だって? そんな商売があるのか。詐欺じゃないのか?
「終わってるならいいよ。他の子どものところに行くからね。ああ、忙しい」
「待って。本当にやってくれるの?」
「もちろんさ。あたしは子どもの味方だよ」
にっこり笑った顔が優しい。
本当に、苦手な算数ドリルと読書感想文をやってもらえるならラッキーだ。
「ちょっとまって」とボクは、貯金箱をひっくり返した。
取っておいたお年玉が千円と、小銭が500円。
「算数ドリルと読書感想文をお願いしたいけど、1500円しかないんだ。まけてくれる?」
「そいつは困ったね。じゃあこうしよう。算数ドリルは全部やって、読書感想文は半分だ」
ボクは考えた。読書感想文なんて、決まった枚数があるわけじゃないし、半分書いてもらえたらあとは『おもしろかったです』と、適当にまとめればいい。
「うん。じゃあそれでお願いします」
「はいよ。じゃあ先払いね」
ボクは、1500円を払って、おばあさんに算数ドリルと課題図書と原稿用紙を渡した。
これで一安心。残りの夏休みはゲームざんまいだ。
おばあさんが来たのは、夏休み最後の日だった。
「おばあさん、遅いからヒヤヒヤしたよ」
「すまん、すまん。算数ドリルが思いのほか手こずってな。でもほら、ちゃんと終わったぞ。全問正解だと怪しまれるから、ところどころ間違えておいたぞ」
「サンキュー。気が利くね。さすが宿題屋だ。それで、読書感想文は?」
「ああ、ほい、これじゃ」
おばあさんは、何も書いてない原稿用紙をそのまま戻した。
「何も書いてないじゃないか。半分やってくれるって言っただろう」
「ああ、半分はやったよ」
「何も書いてないよ」
「読書感想文の半分は、本を読むことだ。あたしゃ、しっかり本を読んだからね、あとはあんたが書きなさい」
「そ、そんな~」
おばあさんは「ひひ」と笑った。
「毎度あり。また来年ね」
時計の針は午後5時半。
ヒグラシが、ボクを笑うみたいに鳴いている。
今から読書感想文を書くのか。
その前に、本を読まなきゃ。
あ~あ、終わるかな~。
ボクは泣きそうになりながら思った。
「来年のお年玉は、ちゃんと取っておこう」
(作家)