土曜日, 7月 6, 2024

《電動車いすから見た景色》12 ちょっと失敗したさつまいもご飯

【コラム・川端舞】秋の味覚、さつまいも。近所の畑からたくさんもらい、どうしようか考えていたところ、誰かが「さつまいもご飯にしてもおいしいよ」と言っていたことを思い出し、作ってみることにした。 インターネットで検索したレシピをもとに、調理を開始。と言っても、私自身は台所に立つことはできないため、台所の床に座ったまま介助者に指示を出して、介助者に調理してもらう。 「さつまいもを洗って、切る」と私が指示を出すと、介助者が冷蔵庫からさつまいもを取り出し、台所で洗う。床に座っている私には、台所の上は見えないので、介助者はまな板と包丁を床に置き、私の見えるところでさつまいもを切る。さつまいもをどんな大きさで切るか、私が細かく伝えると、介助者がその通りに切っていく。 さつまいもが切り終わったら、介助者にお米をといでもらう。といだお米は釜に入れられ、私の目の前の床に置かれた。 「みりんを大さじ2杯入れて」。レシピを見ながら、介助者に指示を出し、介助者は私の指示通りに調味料を入れていく。最後に水をどのくらい入れるかを介助者に伝え、介助者がお釜に水を入れ、炊飯器にセットしたら、スイッチON。 失敗できる楽しさ 炊き上がったさつまいもご飯をさっそく食べてみると、思ったよりご飯がベチャベチャ。水を入れすぎた模様。でも、誰かに食べてもらうわけでもないし、自分で責任をもって食べれば問題なし。 今度作るときは、ちゃんと水の量もインターネットで調べてから、やってみよう。こんなふうに試行錯誤しながら料理をするのが、私は楽しい。 重度障害者は自分1人では何もできない。その代わり、障害者が介助者に指示を出して、介助者にやってもらったことは、障害者が自分でやったことと見なしてよいという考え方が自立生活センターにはある。裏を返せば、障害者側が誤った指示を出し、障害者の指示通りに介助者が動き、それが結果的に失敗に終わったら、失敗の責任は、介助者ではなく、誤った指示を出した障害者にある。 厳しい考え方のようだが、幼いころは、ささいな失敗でも、親に怒られないか、学校から追い出されないか、びくびくしていた私には、失敗しても、誰にも怒られることなく、どうしたらうまくいくか、自分で試行錯誤できることがうれしく感じる。(つくば自立生活センターほにゃらメンバー)

毎月20日は「減塩の日」 スーパー、飲食店と連携

【山崎実】茨城県は11月20日から毎月20日を「いばらき美味しおDay(減塩の日)」と定め、減塩県民運動に乗り出す。 脳血管疾患、心疾患、糖尿病など生活習慣病による死亡率が高く、要因の一つである塩分摂取量も全国平均より多いため、減塩による健康づくりを通し、生活習慣病に打ち勝つ「健康県」を実現するのが狙い。 塩分摂取量の国の標準値は、1日当たり男性7.5グラム、女性6.5グラムに対し、全国平均はそれぞれ10.8グラム、9.2グラムと高め。茨城県の場合はさらに多く、男性11.2グラム、女性9.4グラムと全国平均よりも上回っている。 このため県は、生活習慣病対策の一環として、「減塩」に取り組むこととし、県内のスーパーやコープ各店舗、飲食店などに協力を要請。「減塩の日」に併せたチラシなどによる減塩商品の販売促進、減塩商品特設コーナーの設置に加え、自治体など公共機関に「減塩の日」のポスター掲示を行い、消費者の積極的な参加を呼び掛けていく。 さらに塩分3グラム以下の献立(適塩メニュー)が1品以上あり、食材の一部に県産品を使用している店を「いばらき美味しおスタイル指定店」に指定。加えて飲食店は5品以上(うち適塩メニューは3品以上)、弁当店、宅配、スーパーは10品以上(うち適塩メニューは5品以上)など、より積極的な取り組みを行っている店舗を「プラチナ店」と指定する。 県の健康アプリ「元気アっぷり!いばらき」で周知するなど、減塩運動の輪を広げていく方針だ。 県健康・地域ケア推進課では「県内全域のスーパーなどの協力を得ながら、適塩レシピなど食生活に役立つ情報を提供し、実効性のある県民運動として定着させていきたい」と話している。 問い合わせは県健康・地域ケア推進課(電話029-301-3229)。

本庁舎職員全員PCR検査へ 4階は11月末まで閉鎖 土浦市役所

土浦市役所職員の新型コロナウイルス感染で、同市は18日、本庁舎と教育委員会に勤務する職員全員を対象にPCR検査を実施すると発表した。感染者が多い4階の窓口は30日まで閉鎖する。 新たにPCR検査を実施する職員は約500人で、18日から20日までに実施する。 同市ではこれまで4階の課に勤務する職員など約180人の検査を実施した。18日、新たに3人の感染が判明し、市役所関係の感染者は計18人になった。3人は、職員2人と、桜町の飲食店で会食した職員の家族1人。 16日午後から閉鎖している4階の建築指導課、都市計画課、公園街路課、下水道課、道路管理課、道路建設課、住宅営繕課の7課の窓口は、30日まで2週間、閉鎖する。市民からの問い合わせなどは電話で受け付けるが、書類の申請が必要な場合などは3階で職員が受け付け、4階の担当課とつなぐという。4階窓口の再開は12月1日の予定。 同市役所では18日夜、本庁舎各階と、隣接ビルにある教育委員会の消毒を実施した。 桜町は計18人の感染判明 一方、県の発表によると、桜町1~2丁目の飲食店を対象に実施しているPCR集中検査は、18日時点で808人から申し込みがあり、352人の検査を実施した結果、18人の感染が確認された。

《ご飯は世界を救う》29 伊で修行したシェフの「サクラカフェ」

【コラム・川浪せつ子】コロナが猛威を振るい始めて、恐々(こわごわ)の毎日です。ですが、オウチばかりにいると、他の病気になりそう。それで気分転換に、密にならない安心のテラス席の飲食店を求めて。この「サクラカフェ」さん(つくば市松代)にも、テラス席がありますよ。 こちらのお店は、1年少し前に開店。そして今年7月からはシェフが変わって、ますますグレードアップのお料理です。 実は、新しいシェフさんのこと、数年前からのファンでした。イタリアンのお店のオーナーシェフだったのですが、店舗契約更新のとき、お店を閉じることに。あっという間のことだったので、「どこに行っちゃった?」でした。それが、今回「サクラカフェ」さんでの再会。感激でした。 「ブラッドオレンジジューズ」 このシェフさんは、イタリアのコルシカ島に1年間、単身料理修行に。以前、私がイタリアに行ったときに飲んだ、「真っ赤な色の飲み物!」と思っていた液体の名前を教えてくれました。 「ブラッドオレンジジューズ」というものでした。ブラッドとは血という意味だそうです。これがね、超オイシイのです。そして栄養満点。元気出ます。 お店を始めた当初は、お客さんがあまりいなくて少々心配でしたが、行くたびに増えてきている感じで、身内のような喜びです。つくば市松代のスーパー横。車も止めやすいし、ぜひ食べに行ってみてくださいね。(イラストレーター)

土浦市役所でクラスター 桜町の飲食店が自主休業宣言 新型コロナ

土浦市役所職員の新型コロナウイルス感染で、同市は17日、市職員計15人の感染が判明したと発表した。一方、クラスターが発生し県によるPCR集中検査が実施されている同市の歓楽街、桜町1、2丁目では桜町飲食業振興協議会が17日、自主休業宣言を発表し、11月末まで休業する。 市の発表によると、16日に感染が分かった市道路管理課の男性職員と、今月6日に同市桜町1~2丁目の飲食店で会食した市職員5人全員の陽性が、17日確認された。 さらに、6日に会食した計6人と職場で接触があり、発熱などの症状があったため自宅療養中だった8人のうち、5人が感染していたことが分かった。 ほかに道路管理課職員の感染判明を受け、17日までに市職員計約181人のPCR検査を実施した結果、新たに4人の感染が分かった。これにより市職員の感染者は17日までに合わせて15人になった。市職員の検査は、残り10人の結果が18日に判明する。 感染者は市役所4階にある課の職員が多いことから、4階は18日も引き続き窓口が閉鎖され、部課長などを除く一般職員は自宅待機となっている。4階は17日までに市職員が消毒を実施したが、18日夜にさらに専門業者による消毒を実施する。 4階窓口をいつ再開するかは18日朝時点で未定だが、市は「安全を確認次第、速やかな解除に向け努める」としている。 桜町は334人中11人が陽性 一方、桜町1~2丁目の飲食店を対象に実施しているPCR集中検査について、大井川和彦知事は17日記者会見し、16日までに757人から申し込みがあり、そのうち334人(従業員154人、利用客180人)の検査を実施した結果、11人の陽性が確認されたと発表した。 検査の申し込みは当初20日までとしていたが、期間を延長し26日までとする。 大井川知事は「土浦関連のクラスターは今、ひじょうに数が増えてきており、ここを抑え込むことが目下の最大の課題」だとした。 桜町では、キャバクラなど接待を伴う飲食店で構成する桜町飲食業振興協議会(木川秀一会長、36店加盟)が17日から30日までの2週間、自主休業すると発表した。茂木加津雪副会長(39)は「これ以上クラスターを出さないために自主休業する。他の店にも自主休業を呼び掛けたい」と話している。 ◆桜町1~2丁目関連のPCR検査の申し込みは県のコールセンター(電話029-830-3355)へ。

《くずかごの唄》73 弟の初孫 奎ちゃんの俳句 

【コラム・奥井登美子】本屋さんと図書館は私の楽しみのポイント。読みたい本を探すささやかな興奮は何ものにも代えがたい。この間、本屋で角川文化振興財団が発行する『俳句』11月号の表紙を見つけてびっくり。「角川俳句賞受賞 岩田奎 38年ぶりに最年少受賞記録を更新」。うれしくて、3冊も買ってしまった。 コロナ禍もあって、加藤の家で父の代から続いていた「正月」「ひな祭り」「誕生日」など、年に4~5回の兄弟おしゃべり会が途絶えてしまっている。奎ちゃんに会えないのが何より寂しい。奎は私の実弟・加藤尚武の初孫。高校生になって以来、この集まりのリーダー的存在になっている。 奎の両親は2人とも数学者。京都から東京へ越して来て、どういう偶然か、私が青春を謳歌(おうか)した東京薬科大学の校舎跡地に建った住宅に住んでいる。 「赤い夢」 岩田奎 にはとりの骨煮たたする黄砂かな 煮るうちに腸詰裂けて春の暮 珈琲に氷の残る蜃気楼 餡を炊く焜炉三台藤の花 トマト切るたちまち種の溢れけり 夕日いま葱のうしろへかたむけり 葱を煮るどろりと泡を抱くところ 男の子なのに調理に関心があるのは尚武と似ている。尚武は哲学者のくせに「食いしん坊」。調理が好きでいろいろなものを探してきては料理して人に食べさせる。そういうところは加藤の父にそっくりだ。父もそれで電気冷蔵庫の仕事をしたのだと思う。 祖父の哲学と両親の数学。大学3年21歳の奎ちゃんが俳句をどう発展させるか。これからが見ものである。(随筆家、薬剤師)

土浦市職員がコロナ感染 市役所4階を閉鎖 150人がPCR検査

土浦市道路管理課職員が16日、新型コロナウイルスに感染していることが分かったとして、同市は同日午後から17日まで、同課がある市役所4階すべてを閉鎖したほか、16日、職員計約150人にPCR検査を実施した。 市や県の発表によると、感染が分かったのは同課に勤務するつくば市在住の40代男性職員。今月7日、発熱や全身倦怠感などの症状があった。14日にPCR検査を実施し、15日陽性が判明した。職員は8日まで勤務しており、現在、肺炎の症状があり中等症という。 職員は症状が出る前日の今月6日、道路建設課、公園街路課、都市計画課、スポーツ振興課、管財課に勤務する40~50代の男性職員計6人と、同市桜町1~2丁目の飲食店で会食をした。飲食店は、県がクラスターが発生したとして16日までに店名を公表している飲食店とは別という。 男性職員と飲食した5人の中にも、発熱などの症状が出て休んでいる職員がいるという。一方、6人はいずれも市民と直接、接触する業務には携わっていない。 市は16日、6人が勤務する課に所属する全職員と、6人と接触した可能性がある職員計約150人にPCR検査を実施した。さらに消毒のため、6人が勤務する課などがある4階を閉鎖した。 安藤真理子市長は「このことを重く受け止め、市民の皆様にご心配をお掛けしたことを大変憂慮しています」とのコメントを発表し、当分の間、職員同士の会食を自粛するよう指示したとしている。

《法律かけこみ寺》24 いつつのかい

【コラム・浦本弘海】おかげさまで法律かけこみ寺の連載もついに24回。今回と次回では、過去11回分の連載を振り返りつつ、まとめと解題をしたいと思います。(<>内の青字部をクリックするとそのコラムに飛べます) <13 素顔の告白> 冒頭からですが、この回も連載第1回から第6回までを振り返った総集編。詐欺的商法から著作権まで、いろいろなトピックをまとめた、いわば幕の内弁当です。 見出しは三島由紀夫『仮面の告白』より。 ちなみにコラムのなかで特段の告白も告発も告訴もしておりません…。ところで告発は「被害者など以外の者が、犯罪事実を捜査機関に対して申告し、犯人の処罰を求めること」、告訴は「被害者などが、犯罪事実を捜査機関に対して申告し、犯人の処罰を求めること」で、両者は微妙に異なります。 <14 かけこみ寺の十二か月> この回も連載7回から12回までの総集編です。放置自転車から隣家から枝が伸びてきた場合の話まで、近隣トラブル関係が多くなっております。 見出しは福永令三『クレヨン王国の十二か月』より。 <15 最後から二番目の裁判> よくいただくご質問に「裁判に勝ったら、国が相手方から強制的にお金などを取り立ててくれるの?」というのがあります。その辺について詳しく(ちなみに、裁判に勝っただけでは国はなにもしてくれません)。 見出しはフィリップ・K・ディック『最後から二番目の真実』より。『最後から二番目の恋』ではありませんよ~。 <16 なぜ、クーリング・オフに頼らなかったのか?> 消費者保護のため、一定の期間であれば契約の申し込みを撤回したり、契約を解除したりできる場合があります。それがクーリング・オフ。そのご紹介です。 見出しはアガサ・クリスティ『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』より。 <17 善悪の此岸> 第16回に続き、消費者保護に関連して、送りつけ商法対策に特定商取引に関する法律を取り上げました。ちなみに、この時期はマスクを送りつけてくるトラブルが多発していました。国民生活センターについても紹介しています。 見出しはフリードリヒ・ニーチェ『善悪の彼岸』より。 以上、第13回から第17回までを簡単に振り返りました。(弁護士)

《吾妻カガミ》94 「NEWSつくば」は今秋で3周年

【コラム・坂本栄】本サイトはスタートから今秋で3年経ちました。スマホからのアクセスが多いことを踏まえ、今春、新しいデザインを導入して今の画面に一新。型にはまらない記事が多いこともあってか、アクセス数は大きく増えました。でも喜んでばかりはいられません、思わぬ事故が10月25日に起きました。 「有事」にはサーバー能力を強化 つくば市長選挙の最初の開票状況(21時30分)を伝えるタイミングで、サイトが動かなくなってしまったのです。ハッカーから悪さをされたかと思いましたが、技術担当者がチェックしたところ、21時半前後にアクセスが殺到、サーバーが閲覧を拒んだことが分かりました。短時間に数万のアクセスがあり、危険を察知してゲートを閉じてしまったようです。 本サイトはこの3年、平均1日3本の記事とコラムを朝昼晩に分けて発信してきたこともあり、特定の時刻にアクセスが集中することはありませんでした。ところが25日夜には、「21時半から開票速報します」と事前告知したことが効いたのか、ほぼ同時刻に想定外の読者が押し寄せました。 画面は30~40分で元に戻ったものの、この間多くの方々の期待に応えることができず、お詫び申し上げます。選挙後の編集制作会議では、「平時」は分散型の発信を維持しながら、今回のような「有事」にはサーバーの増強で対応することを確認しました。次の「有事」は大丈夫です。 「権力監視」の対象を拡大します スタート後1~2年と比べると、発信のルートも拡がりました。当初は本サイトだけでしたが、「Yahoo!ニュース」「Googleニュース」といった大手サイト経由での発信のほか、FM放送、ケーブルTV、フリーペーパーなどにニュース素材を提供するようになったからです。図らずも、「地域通信社」の機能も備えることになりました。 参加するライターも増えています。現在登録されている書き手は、常陽新聞の記者を経験したプロが5人、地域の問題に関心を持つ市民ライターが15人、一家言あるコラムニストが24人―です。こういったサイトを面白いと思ったのでしょうか、この1カ月の間に3人のライター希望者が来られました。 昨夏には朝日新聞、今春には毎日新聞から取材されました。朝日さんの記事の要点は「…全国紙が注目」(2019年8月5日掲載)、毎日さんの要点は「…また全国紙の話題に」(2020年2月3日掲載)をご覧ください。両紙とも本サイトの編集の柱の一つ「権力の監視」に注目しています。この方針に基づき、これまでは主につくば市の行政施策を監視してきましたが、これからは「市権力」の政治基盤や調達構造にも目配りしていきます。(NEWSつくば理事長)

《霞月楼コレクション》10 山本五十六 真珠湾攻撃直前に届いた手紙

【池田充雄】霞月楼2代目の堀越正雄・満寿子夫妻は、山本五十六の土浦での親代わりのような存在で、日頃から親身に世話し、転出後も交流が続いたという。 ある日2人の下に山本から手紙が届く。正雄が贈った成田山のお札への礼状だ。日付は昭和16年(1941年)12月5日。太平洋戦争開戦となる真珠湾攻撃の3日前で、北方航路では真珠湾に向けて機動部隊が進軍、山本が座乗する旗艦「長門」以下主力部隊は、退却支援のため山口県岩国市の柱島泊地に待機していた。 手紙にある「最後の御奉公に精進致し居り候」の文言が暗示的だ。もはや生きては帰らぬ覚悟を示したか。海外経験が豊富で彼我の国力の差を知る山本は、対米戦争にはもとより反対の立場だったとされる。1940(昭和15)年9月の近衛文麿首相との会談では「是非やれと言われれば半年や1年は随分暴れて御覧に入れるが、2年3年となれば全く確信は持てぬ」と答えていた。 航空軍備の重要性を認識 山本は1884(明治17)年、新潟県長岡市坂之上町に旧長岡藩士・高野貞吉の六男として誕生、当時の父親の年齢から五十六と命名された。日露戦争中の1904(明治37)年、海軍兵学校を卒業。翌年、装甲巡洋艦「日進」に配属され、5月27日の日本海海戦に参加した。砲弾の炸裂により左手の指2本を失い、左大腿部に重傷を負った。 その後は乗艦勤務を経て、海軍砲術学校教官や海軍省軍務局員などを務める。1916(大正5)年、旧長岡藩城代家老職の山本家を相続。1619(大正7)年、旧会津藩士の娘・三好礼子と結婚した。 1919(大正8)年4月から約2年間米国に駐在し、ハーバード大学で学ぶ。1923(大正12)年6月から9カ月間、ワシントン軍縮条約下の欧米各国の情勢を視察し、日本海軍の将来には航空戦力の充実が不可欠との信念を抱く。 断髪令で隊の風紀を刷新 1924(大正13)年9月1日、自らの強い希望により霞ケ浦海軍航空隊に赴任。12月1日に教頭兼副長(後に副長兼教頭)に就くと、初日の朝礼で号令台から総員を見渡し「下士官兵にして頭の毛を伸ばしている者は皆切れ。一週間の余裕を与える。終わり」と宣告した。 霞ケ浦航空隊は1922(大正11)年11月の創隊で、隊員の間では英国教官団の影響から長髪の者が多く、腕一本で空を駆ける職人気質と、命知らずのやくざ気質が表裏を成し、遅刻や脱営も日常茶飯事だったという。そこでまずは軍紀風紀の刷新に着手し、勘や名人芸に頼らぬ合理的な飛行技術の確立を目指した。 土浦在勤中の山本の住居は、「山本五十六伝」(朝日新聞社)によると長岡中学の後輩・大崎教信少佐が建てた家だそうだ。神龍寺(土浦市文京町)の参道右手、今は墓地がある辺りにあった。なお当時の参道は桜並木が覆っていたが、1938(昭和13)年の大洪水で枯死している。 神龍寺の秋元梅峯住職とは意気投合し、1925(大正14)年9月に土浦で最初の花火大会を2人の私費で開催した。目的は海軍航空殉難者の慰霊、2年前の関東大震災の犠牲者の追悼、不況にあえぐ土浦の商業振興、農業収穫への感謝など。これが現在の土浦全国花火競技大会の基礎となった。 ブーゲンビルの空に散る 山本の霞ケ浦在任は1年3カ月で終わり、1926年(大正15年)1月から2年間、駐米大使館付武官を拝命。帰国後は空母「赤城」艦長などを経て、1929年(昭和4年)11月少将に進み、以後は海軍航空本部長や海軍次官などの要職を歴任。1939(昭和14)年に連合艦隊司令長官、1940(昭和15)年に大将となる。 1941年(昭和16年)10月に成立した東條英機内閣は、米英蘭3国に対する開戦方針を推し進め、11月26日に対米交渉が決裂すると、12月8日の真珠湾攻撃で戦端を開いた。山本率いる連合艦隊は、初期の南方作戦では良好な戦果を挙げたものの、翌年6月のミッドウェー海戦で大敗を喫し、以後戦況は悪化の一途をたどる。 1943(昭和18)年4月18日、東部ニューギニア・ソロモン群島での戦いの最中、山本は前線視察のためラバウル基地を飛び立つが、ブーゲンビル島上空で米軍機の待ち伏せに遭い撃墜された。享年59歳。 下半身像を56年ぶりに発見 山本には元帥の称号が遺贈され、同年6月5日に日比谷公園で国葬が執り行われた。また12月8日には土浦海軍航空隊(現陸上自衛隊武器学校、阿見町青宿)第1練兵場の号令台横に、コンクリート製の立像が建てられた。像の高さは3.6メートル、台座を含めると6.3メートルに達した。 1945(昭和20)年8月に終戦を迎えると、進駐軍の狼藉を恐れて、山本の像は胴から半分に切断され、霞ケ浦に沈められた。上半身は1948(昭和23)年に湖底から引き揚げて神龍寺に安置され、1952(昭和27)年に菊池朝三元少将らが海軍殉職者のための慰霊祭を開いた。菊池は山本の部下で終戦時の海軍総隊参謀副長。梅峯の長女と結婚し、1959(昭和34)年から12年間土浦市議を務めている。 上半身像は1958(昭和33)年に生家跡の山本記念公園に移されたが、風雨による傷みから1970(昭和45)年に青銅の複製像に置き換えられた。原像はいま海上自衛隊第1術科学校(旧海軍兵学校、広島県江田島市)の教育参考館にある。 下半身像も湖底にあるものと考えられてきたが、2002(平成14)年の調査で台座近くの地中に埋まっていると判明。56年ぶりに掘り出され、雄翔館前に新しく建てられた山本像の台座下部に収められた。号令台横の古い台座には今、山本の揮毫による「常在戦場」の碑が置かれている。 ●取材協力・参考資料陸上自衛隊武器学校▽陸上自衛隊霞ケ浦駐屯地▽土浦市立博物館▽神龍寺▽阿川弘之「山本五十六」(1994年新装版、新潮社)▽三和多美「海軍の家族」(2011年、文芸春秋)▽阿見町歴史調査委員「海軍航空隊ものがたり」(2014年、阿見町予科練平和祈念館)▽「霞月楼百年」(1988年、霞月楼)▽「阿見と予科練」(2002年、阿見町)▽阿見町民話調査班「爺さんの立ち話」(2003年、阿見町)▽「花火と土浦」(2018年、土浦市立博物館)▽常陽新聞2002年6月11日付▽長岡市山本五十六記念館ウェブサイト▽土浦商工会議所ウェブサイト▽ウィキペディア シリーズ協賛 土浦ロータリークラブ 土浦中央ロータリークラブ

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