月曜日, 4月 12, 2021
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相沢冬樹

《土着通信部》40 根本健一さんのつくばスタイル

【コラム・相澤冬樹】音楽はクラシック党、名画を求めてエルミタージュやフィレンツェの美術館を訪ねたりしていたから、こと芸術に関しては本格志向だった。それでいて新奇さや前衛に傾倒する新しもの好きで、学生や若いアーティストにパトロンじみた支援も行うなど、鄙(ひな)には稀(まれ)な人物だった。鄙―つくば市吉瀬の田園を「ルーラル」と呼んで、筑波研究学園都市の「アーバン」と対置する取り組みを行ってきた根本健一さんが4日、亡くなった。66歳だった。 今の筑波都市整備の前身、第3セクターの筑波新都市開発で竹園や天久保のショッピングセンター開発に取り組んでいた根本さんが退職し、吉瀬の自宅の長屋門で画廊を始めたのは30歳前後、80年代の初めだったと思う。鄙に戻って家業の農家を本格的に継ぐのかと思えば、口にしたのは「農村業」への転身だった。 3セクはデベロッパーだったから、身に着けた不動産業の知識を農村に合った形で事業化する展開を考えた。長屋門を構えるほどの旧家の母屋はやがてレストランとなり、自宅周辺の小家屋は陶芸工房や貸しオフィス、美術学生のアパート兼作業場として提供された。 事業は科学万博のあった85年を契機に、吉瀬集落からつくば市周辺に及ぶ。吉瀬には林間のオートキャンプ場「フォンテーヌの森」を開設、「アウトドアライフ」やら「RV車」などがトレンドワードとして急浮上していた時期で、時代の先取り感はあった。「グリーンツーリズム」や「クラインガルテン」など農村業にまつわる横文字には即座に反応し、企業化を図ったが、イチゴの水耕ハウス栽培など空回りすることも少なくなかった。 農村のストックを付加価値の先頭に 高度経済成長が続いた80年代まで、農村の都市化は不可逆的で、学園都市周辺の農村部はいわゆる「混住社会」というとらえ方をされていた。しかし「混住」は過渡期の姿ではなく、地域社会の1つのありようであることが、まさにつくばで明確になってきた。根本さんは筑波大学をはじめとした都市計画、地域計画の専門家、芸術家たちと交流するなかで、手法や考え方を学び、地域のなかに具体的に落とし込む作業に没頭した。

《土着通信部》39 霞の向こうの赤い月 6月の天文暦

【コラム・相澤冬樹】写真はコロナではない。霞ケ浦から昇る月、夏至に一番近い満月を「ストロベリームーン」と呼ぶと聞いて、2年前の6月、土浦市蓮河原の湖畔まで行ってカメラに収めた。 しかし月はいつだって、赤く染まって地平から昇ってくるものだ。地平線近くにあるとき、月の光のうちの波長が長い赤い光が吸収されずに残ることで深紅に見える。6月の月に特有の色彩ではない。 霞ケ浦の土浦入りでは春以降、東方に低く雲が霞んでかかるようになるから、梅雨時に、これだけの月の出が見えることの方が貴重といえる。2年前は写真のシーンから1分後に、月は雲間に隠れてしまった。 月食も日食もある西の空 今年6月の満月は6日で、土浦では午後6時18分ごろが月の出の時間となるが、実は同じ日の早朝、半影月食が見えるとの予報がある。食の始まりは午前2時43分ごろで食の最大は同4時25分ごろ、月に地球の半影(真影ではない)がかかる半影月食だから、食が分かりにくい上、午前4時30分ぐらいには月没の時間となってしまうため、天体ショーとしては派手さに欠ける。 そして半月後の21日には、新月となった月が太陽を隠す日食が起こる。アフリカからアジアにかけての一部の地域で金環食となるが、日本では午後4時~6時ごろに部分食が見られる。最大食分は那覇で約0.84、東京で約0.47、東日本では半分も欠けない。

「ナツワカ」うだる? 霞ケ浦ワカサギ漁21日解禁

【相澤冬樹】連日の猛暑から霞ケ浦の水温も上がって、21日解禁となるワカサギ漁への影響が気遣われている。今の時期のワカサギは、魚体は小さいものの脂がのり、栄養豊富な初物「ナツワカ」として珍重される。ところが梅雨明け後の気温の上昇で、水温も湖の表層部で軒並み30度を超えた。水温が高いとワカサギの食欲も減じて漁獲量に響く。試験操業の結果から、不漁だった昨季の挽回が期待された今シーズンだったが、いきなり暗雲が垂れ込めてきた。 霞ケ浦(北浦含む)で21日解禁となるのは、ワガサギ・シラウオひき網漁業(トロール)。漁期は12月末までで、昨年の解禁日には199隻が出漁した。このうちワカサギについては、ほぼ霞ケ浦産が占める茨城県内の漁獲量は全国3~4位で推移し、一時の低迷を脱した。2000年に51トンにまで落ち込んだが05年から16年までは12年連続100トン以上を記録した。 全国の産地で夏場に操業を行うのは霞ケ浦だけのため、県は霞ケ浦北浦水産振興協議会を通じ「ナツワカ」として売り出しを図ってきた。不飽和脂肪酸のEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)を多く含むのがウリだ。今季は「平成最後のナツワカ」と力を入れた。 ここで不安は天候不順。安定していた漁獲が2017年に92トンに減少したのも気象条件に左右された。県の水産試験場内水面支場(行方市)は、「冷夏と日照不足で記憶される昨年だが、実はワカサギの生長期である解禁前の7月までは日照時間が長く、降水量が少ない展開だった。エサとなるワムシなど湖内の動物プランクトンも減少して生育環境が整わなかった」のを不漁の原因とみる。 今季は同試験場が7月3日と4日に漁期前調査を行い、魚体のサイズは5.4センチ平均と小さめだが、エサの量は十分にあるため「100トン以上には回復しそうだ」との見通しを示した。ところがここに来て連日の猛暑、水温もウナギ上りで、表層の水温が軒並み30度を超えた。ワカサギは水温が27度を超えるとエサを食べなくなり、魚体が大きくならない。まだへい死など影響は出ていないが、天候不順に正直に反応するサカナなのだ。 21日にわかさぎ解禁市開催 解禁初日の漁は、霞ケ浦で21日午前3時30分から5時まで、北浦で同4時から8時まで。漁師らでつくる霞ケ浦水産研究会は同日午前11時から、行方市の道の駅たまつくりにある観光物産館「こいこい」で「わかさぎ解禁市」を開く。採れたてのナツワカを天ぷらなどにして販売する。売り切れ次第終了というから、出足の漁獲高が注目される。 ▷解禁市の問い合わせは、道の駅たまつくり観光物産館「こいこい」電話0299-36-2781

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なでしこ2部での初戦飾れず つくばFCレディース

プレナスなでしこリーグ2部、つくばFCレディース対バニーズ群馬FCホワイトスターの試合が11日、ひたちなか市新光町の市総合運動公園陸上競技場で開催された。つくばは0-2で敗れ、2部昇格の初陣を飾ることはできなかった。 プレナスなでしこリーグ2部、第1節つくばFCレディース 0-2 バニーズ群馬FCホワイトスター 今季、初のプロリーグ「WEリーグ」が創設されるなどドラスティックな動きを見せている女子サッカー。昨季なでしこチャレンジリーグに属していたつくばFCは、今季から、なでしこ2部に戦いの舞台を移した。 前半9分、左サイドからクロスを上げる高田莉緒(撮影/高橋浩一) 初戦の相手はバニーズ群馬FCホワイトスター。昨季なでしこ2部で活動していたバニーズ京都と、関東女子1部で活動していた群馬FCホワイトスターが一つになって再始動したチームだ。

桜の開花と宇宙天気キャスタ 《食う寝る宇宙》83

【コラム・玉置晋】今年はコロナ禍だったこともあり、お花見は犬の「べんぞうさん」とのお散歩で終わってしまいました。茨城県では3月下旬に満開となり、4月上旬には葉桜になっております。最近の桜の開花は随分早くないですか? 僕が小学校に入学した時(1985年4月)の思い出は、入学式では桜はつぼみ、数日後に教室から見た校庭の満開の桜があまりにきれいで、よく覚えています。 気象庁のデータベースから茨城県水戸市の桜開花日グラフを作成しました。 僕が小学校に入学した1985年、水戸市の桜の開花日は4月7日でした。水戸市の小学校の入学式は4月6~8日となりますので、入学式の桜はつぼみだったという僕の記憶は確からしいことがわかりました。 また、年により開花日にはバラつきがあって、僕の一つ上の学年(1984年入学)は4月20日が開花日で、一つ下の学年(1986年入学)は4月10日が開花日でした。もしかしたら、入学年によって入学式の思い出の風景が異なるのかもしれませんね。

全国初 摂食嚥下障害の「特定認定」看護師を養成 県立医療大

茨城県立医療大学(阿見町阿見)は、これまで開講してきた摂食嚥下(えんげ)障害看護分野の認定看護師教育課程を4月から、厚労省認定による「特定行為を組み込んだ新たな認定看護師教育課程」(通称・B課程)に移行させた。 高度かつ専門的な知識、技能が必要とされる行為(特定行為)について、医師の補助を行ことができる「摂食嚥下障害看護分野における特定認定看護師」の育成に乗り出した。 食べ物などが食道でなく、気管に入ってしまうことを誤嚥という。これらの摂食嚥下障害は、脳卒中や神経難病だけでなく、咽頭部のがんをはじめとする疾患、術後などさまざまな病態でみられ、特に高齢者ではこの障害による誤嚥性肺炎が問題になっている。 猛スピードで到来する超高齢社会を想定するとき、この領域の認定看護師に対する期待は、病院だけではなく、在宅療養、在宅看護を行う家族をはじめ、地域社会で水準の高い看護(実践)が求められるようになる。 同大学の資料によると、今年度の受講生は11人。摂食嚥下障害看護分野におけるB課程開講(特定行為を組み込んだ新たな認定看護師教育課程)は全国初。 摂食嚥下障害看護認定看護師には、摂食・嚥下機能の改善のほか、嚥下性肺炎予防、化学療法、放射線治療中の口腔トラブル予防、改善などの役割が期待されている。(山崎実)

学童疎開の思い出 《くずかごの唄》83

【コラム・奥井登美子】私は土浦市立真鍋小学校の学校薬剤師を何年か勤めた。この学校には、校庭のまん真ん中に、昔寺子屋だったときの名残の桜の古木がある。入学式の日は、6年生が新入1年生をおんぶして満開の桜を一周する。 初めてこの光景をみたとき、私はどういうわけか、涙があふれて、あふれて、止まらなくなってしまった。私にとって小学6年生は生涯で一番忘れられない年なのである。 昭和19年の夏休み、私たち小学生は空襲時に備えて、3年生から6年生まで東京から強制疎開しなければならないことになった。縁故のある人は縁故疎開。ない人は学校ごとの学童集団疎開。成績順にクラス分けしていたので、1番組の男の子は3中(今の両国高校)、女の子は7女(今の小松川高校)を目指していた。 仲良しだったクラスメートとバラバラに別れてしまう。そのとき、皆で「3月12日の都立の受験日には帰ってくる」堅い約束をしてしまった。 父も母も京橋生まれで、田舎に親戚のない私と3年生の妹は、集団疎開を選ぶしかなかった。上野駅に送りに来た父は「困ったことがあったら、すぐ連絡してください。迎えに行くから」と言ってくれた。 山形から長野へ再疎開