金曜日, 1月 22, 2021
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《土着通信部》42 福島第1原発事故から10年が迫る町

【コラム・相澤冬樹】東京電力福島第1原発事故に伴う住民避難が続く福島県双葉町を先月末、約6年ぶりに訪ねた。環境省が現地で開いた「福島再生・未来志向シンポジウム」に参加を申し込んだ。原発の隣接地に設けられた「中間貯蔵施設」への現地見学を希望してのGoToだった。

東日本大震災から10年となる来春に向けての情報収集という意図が働いた。そのせいか、取材メモは数字を書きとる作業に終始しがちだった。

たとえば中間貯蔵施設では、毎日約2800台のダンプトラックを受け入れているという話を聞いた。「ペースカー」と呼ばれる10トントラックには1台6~7個のフレコンバッグが積まれているそうだ。

フレコンバッグには、福島県内の除染に伴い発生した土砂や廃棄物などが詰め込まれている。6年前には地表を剥ぎとられた田畑や原野に、膨大な量の土のう袋が野積みされていた。あの黒い袋の現時点の回収地点が、中間貯蔵施設ということになる。

施設は、原発を取り囲むように、双葉、大熊両町にまたがって6号国道から海側の約1600ヘクタールの地域を占めている。ここに汚染土を最終処分までの間、安全に集中的に貯蔵すべく、環境省が設置、中間貯蔵・環境安全事業(JESCO)が運営する事業が2015年から行われてきた。

輸送対象となる福島県内の汚染土は約1400万立方メートルに達するとされ、11月までに約7割の965万立方メートルが同施設に運びこまれた。21年度中には完了の見通しということである。

こんな数字ばかりをメモしていると、逆に現場にいることのリアリティーを失いかける。目の前では、集めてきた土を、放射線量の最も高い原発隣接地の地面の中に埋め立てるという風変わりな作業が展開されている。しかも、これはあくまで中間処理でしかない。法律では「45年3月12日までに同施設から全ての廃棄物を搬出し、県外最終処分しなければならない」と定められている。地中のアンダーコントロールを、どこまで信じたらいいのか。

まだだれ一人戻っていない

結局、2日間のシンポジウム日程で、一番印象に残った数字は双葉町の伊沢史朗町長による「町にはまだだれ一人戻っていない」だった。

県内自治体で唯一全町避難が続いていた双葉町だが、3月に一部の地域で避難指示が解除された。JR常磐線双葉駅周辺の帰還困難区域と、町北東部の避難指示解除準備区域。ただ、産業団地への企業誘致や住宅整備などを進めるための「先行解除」で、居住は想定していない。

町長は2022年春の特定復興再生拠点の解除を目指し、双葉駅周辺に役場や住宅、商業施設などを集約するコンパクトな町づくりを掲げる。住民が帰還した際の雇用の受け皿になるよう産業団地が整備され、県内外の12件17社と立地協定を結んだ。

3月に常磐双葉インターチェンジが供用開始、常磐線は全線での運転が再開され、町へのアクセスは向上した。9月には解除区域に飲食店が入る産業交流センターや東日本大震災・原子力災害伝承館がオープンした。農地再生を目指し、営農再開に向けた実証実験も始まった。

しかし町長の前には冷たい数字が横たわる。震災・原発事故以前の2011年2月末の人口7100人は、ことし11月30日現在5798人まで減少した。住民意向調査では、「戻りたいと考えている」との回答は約1割にとどまり、「戻らないと決めている」が6割を超える。住民帰還への道のりは険しい。(ブロガー)

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