月曜日, 10月 12, 2026
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700種2000株のバラ栽培 つくばローズガーデン 一般公開始まる

つくばローズガーデン(つくば市古来)のバラが開花を迎え、11日一般公開が始まった。初日の朝から多くの人が園を訪れ、バラの写真を撮ったり、香りをかいだりしながら、花を話題に会話を弾ませていた。園主の藤沢仁子(まさこ)さんによると現在は一分咲きで、見ごろを迎えるのは18日ごろから25日のあたりまで。6月上旬まで開花を楽しめるという。

SNSの口コミで若者の来園増

約3000平方メートルの園内に、約700品種、2000株のバラを植えて育てている。一般公開はブログやインスタグラムで告知しているだけだが、昨年はシーズン中に約3000人が来園した。園主の仁子さんによると、SNSが普及し始めてから、来園者が園内の写真を投稿して広まるようになり、近年は20代、30代の若い来園者が多く訪れているという。

園は元つくば市長の藤沢順一さん(84)が作り、2005年から一般公開している。藤沢さんは入浴施設つくばユーワールド(同市下原)の代表。施設の風呂にバラの花びらを入れるというアイデアを聞き、「それなら自分がバラを作ってやるよと芝生広場に育て始めた」と話す。雑誌などで情報収集し、イギリスやフランスのバラ、オールドローズなど多品種を集めた。東京農大で農業を学んだ知識を生かして栽培に取り組み、今も毎日2時間程度せん定などの作業を行っているが「バラの手入れを大変と思ったことは一度もない」とのこと。中国で発見されたというつる性のバラ「リージャンロードクライマー」がお薦めと紹介する。

藤沢順一さんお薦めのつる性の「リージャンロードクライマー」=同

バラと宿根草の組み合わせでデザイン

園主の仁子さん(45)はピンク系の多いバラが引き立つよう、白や寒色系のクレマチスなど宿根草約140種類を栽培。立体感のある、絵画のような彩りのガーデンを作り上げた。お薦めは大輪の「ピエールドロンサール」。昨年は夏の酷暑で多くのバラと宿根草が枯れてしまい、植え替えを行った。今年に入ってからも気温の上がり下がりはあったものの、例年通りの花付きで、来週末には最盛期を迎える。「バラが満開になるとまた全く違った光景となる。宿根草とバラの組み合わせをぜひ見ていただきたい」と来園を呼び掛ける。

市内から訪れた男性は「バラが好きで毎年ここに見に来ている。自宅でも鉢で育てていて、冬の手入れは花もないしトゲはあるしで大変だが、花を咲かせてくれると大変さも忘れる」と話し、白いバラの苗を新たに購入していた。(田中めぐみ)

◆園内では18日(土)につくば市在住のピアニスト永田ジョージさんによるジャズライブ、25日(土)には県南で活動するビッグジャズバンド「スターライトオーケストラ」によるライブが開催される予定。また17日(金)からはつくば市や土浦市でヨガ教室を開く新井昌子さんが教えるガーデンヨガも開催される。

◆つくばローズガーデンは、つくば市古来458。今年の一般公開は5月7日(日)~6月2日(日)までの予定。開園時間は午前9時~午後5時(入園は午後4時半まで)。入園料は一般300円~500円(開花状況により変動)、小学生以下無料。同園のホームページはこちら。

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