月曜日, 5月 13, 2024
ホームつくば土浦駅に決定 TX県内延伸先 県

土浦駅に決定 TX県内延伸先 県

つくばエクスプレス(TX)の県内延伸先を検討してきた県は23日、第3者委員会からの提言(3月31日付)と5月に実施したパブリックコメント(意見募集)の結果を踏まえ、延伸先を土浦方面に決定したと発表した。

JR常磐線と接続する駅は土浦駅とし、今後は県内延伸構想の具体化に向けた検討を進める。さらに土浦駅延伸が実現後、自衛隊との共用空港である茨城空港の着陸制限の緩和など空港を取り巻く状況が変化した場合、改めて茨城空港延伸について議論するとした。

5月1~30日に実施したパブリックコメントは個人と団体計283人(団体)から意見が寄せられ、県内延伸に賛成は82%、反対は12%だった。

延伸先については土浦方面が最も多く全体の44%で、理由としては「4方面の中で費用がかからず実現可能性が高い」「事故・災害時の代替交通の確保につながる」などの意見があった。

延伸先を茨城空港方面とする意見も全体の25%あったほか、水戸方面は7%、筑波山方面は5%あった。反対意見の中には「採算性に乏しく赤字となる延伸は必要ない」などの意見があった。

意見を寄せた283人(団体)の内訳は、土浦市在住者が25%と最も多く、次いで小美玉市が22%、つくば市が17%の順。年代別は50代が20%と最も多く、次いで40代が18%、60代が17%の順。

「採算性の懸念共有している」

意見募集の結果について県は、土浦や茨城空港も含めて、延伸に賛成する意見が圧倒的に多く大きな期待が確認できたとした。土浦と決定した理由について大井川和彦知事は23日の記者会見で「実現可能性のある延伸先であることがまず最も重要」だとした。

一方で大井川知事は「反対の主な理由が採算性に対する懸念で、延伸したはいいが、赤字をずっと出し続けるのであれば最終的には県財政の負担につながるだけ、というような趣旨だった。我々も懸念は共有している」と述べ、「今後、単なる運賃収入だけじゃなくて、周辺開発なども含め事業採算性をいかに向上させていくかの方策を練ることが、反対意見の不安を払拭する最大の答えになる」と述べた。

県は3月に、土浦駅に延伸する場合の概算事業費や需要予測について、事業費は約1400億円、つくば駅-土浦駅間の1日当たりの乗車人数は約8600人と見込まれ、建設コストを除き年間3億円の赤字が出ると予測される、鉄道事業の採算性を評価する指標の一つで、1以上が望ましいとされる費用便益比は0.6にとどまり、1を上回るためには11万人規模の沿線開発が必要だとする見通しを示している。

東京延伸と同時、28年の答申目指す

今後の進め方については第1段階として、土浦駅であっても赤字であることから、沿線開発なども含めてどうやって採算性を確保していくかを調査検討し、県としての叩き台(素案)をつくっていく。

第2段階として素案をもとに、国や、TX出資者の東京都、埼玉、千葉県、TXを運行する首都圏新都市鉄道などの事業者と調整をし、2028年の国の交通政策審議会の答申に位置付けていくことが大きなステップになるとした。最終の第3段階では路線計画、建設計画、事業資金などを決めていく。

大井川知事は事業費1400億円の負担について「県内延伸は茨城県が全部やれ、という竹内知事時代の覚書があって(20年12月22日付)、それを1回チャラにしてもらって、各都県に協力もいただいた上で、県内延伸と東京延伸を同時にやりましょうという構図に持っていきたい。マイナスですけれどもお願いします、は多分通らない。是が非でも知恵を絞らなきゃいけない」と述べた。

事業費負担の理解を得る見通しについては「一にも二にも採算性。採算性がマイナスの時点で周辺近隣都県に理解を求めることは非常に難しい。これからの検討において、いかに採算の見込みを向上させていくかということが次の鍵になる」と強調した。理解を得る鍵として「(土浦延伸により)首都圏を中心とした経済圏をバックアップする後背地が大きく広がることの経済的メリットと、首都直下型地震などの大きな災害時に、常磐線とTXがつながることによって交通の代替性が確保されること」の二つを挙げた。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

21 コメント

コメントをメールに通知
次のコメントを通知:
guest
最近NEWSつくばのコメント欄が荒れていると指摘を受けます。NEWSつくばはプライバシーポリシーで基準を明示した上で、誹謗中傷によって個人の名誉を侵害したり、営業を妨害したり、差別を助長する投稿を削除して参りました。
今回、削除機能をより強化するため、誹謗中傷等を繰り返した投稿者に対しては、NEWSつくばにコメントを投稿できないようにします。さらにコメント欄が荒れるのを防ぐため、1つの記事に投稿できる回数を1人3回までに制限します。ご協力をお願いします。

NEWSつくばは誹謗中傷等を防ぐためコメント投稿を1記事当たり3回までに制限して参りましたが、2月1日から新たに「認定コメンテーター」制度を創設し、登録者を募集します。認定コメンテーターには氏名と顔写真を表示してコメントしていただき、投稿の回数制限は設けません。希望者は氏名、住所を記載し、顔写真を添付の上、info@newstsukuba.jp宛て登録をお願いします。

21 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img
spot_img

最近のコメント

最新記事

加藤彌進彦翁逝く 内原の地で完治の志を継いで《邑から日本を見る》159

【コラム・先﨑千尋】茨城県水戸市内原町にある日本農業実践学園名誉学園長の加藤彌進彦(やすひこ)翁が、3月末に亡くなった。享年102。翁は、満蒙開拓に深く関わり、生涯を農村青少年教育に捧(ささ)げた加藤完治の3男として、1921(大正10)年、山形県に生まれた。 北海道大学農学部を卒業後、妻の実家の栃木県山前村(現真岡市)で農業に従事し、同村農協監事として農協再建に奔走した。52年、父完治が戦後に入植した福島県西郷村(現白河市)の白河報徳開拓地に移り、開拓農協の組合長に就任した。組合長として、道路網の整備、飲料水の確保、電気の導入など農業以前の諸問題の解決に努力し、農業面では酪農経営を柱とした。 58年に、ヨーロッパで農業実習をしたいという夢がかない、国際農友会から派欧農業実習生としてスイスに派遣された。配属された農家は首都ベルン市近郊にあり、酪農と畑作の混合経営。1年半、厳しい自然条件の中で、牧草刈りなど汗まみれになって働いた。 スイスは、2度の世界大戦に翻弄され、その苦い経験から、国民が必要とする食糧は国内で作るという方針を国是としてきた。「農産物価格は農家の生産費を補償する」ことになっており、山岳地帯の農業に対しては手厚い配慮がなされた。アルプスの景観は、国からの農家への直接補償がもたらしたものだ。 翁の長男で現日本農業実践学園理事長の達人さんは「スイスでの体験は父彌進彦の人生の土台になっている。農業に打ち込む生き方はこの時期に定まった」と語る。翁は「スイスは第2の故郷」と書き残している。 帰国後も翁は乳価の引き上げや東京への送乳など酪農組合の諸問題の解決に奔走し、白河の地に骨を埋める気持ちでいた。県議への出馬を要請されるなど、政治の世界への関心も持っていた。 戦後の農協運営や農村青年教育に貢献 しかし、64年春に、日本国民高等学校協会の那須皓理事長から呼ばれ、日本高等国民学校長就任を要請された。現在の実践学園は、当時は日本高等国民学校という名称だった。その後、日本実践大学校になり、91年に現在の校名になった。協会はその運営母体だ。翁は「校長だった80歳の父・完治にこれ以上の苦労はかけられない」という思いもあって、同年9月に校長に就任し、93年まで務めた。校長退任後も、95歳になるまで学生の指導に当たった。 就任に際して、校長自ら学生とともに農業の実践に取り組むこと、学校の経営基盤を確立すること、職員の待遇改善を図ることの3つを自らの任務とした。達人さんによれば、初代完治は立派な農民を育てる教育者であり、農業はカネもうけのためにあるのではないと考えていた。学校経営のことは考えずに、ひたすら教育のみ。学校経営の支援は、元農林大臣の石黒忠篤、財界の渋沢栄一らが担っていた。しかし、それらの人々が世を去り、支援は期待できなくなっていた。 翁が校長に就任して取り組んだのは、学校施設の農場中央への移転、酪農部の新設、栄養士養成課程の創設、外国人研修生の受け入れ、水田の改良と職員住宅の改善など多岐にわたる。初代の時には国からの補助金は入れてこなかったが、翁は積極的に農林省に働きかけ、施設の建設費や人件費に補助金を得ることができた。民間の支援が得られなくなったからでもある。同校の卒業生は累計で約6000人。全国の農村で活躍している。 戦後の農協運営や農村青年教育に深く関わってきた翁の逝去は、一つの時代が終わったことを私に知らせてくれた。今後は、バトンを受け継いだ次の世代が新しい農の未来を開いていってくれることを願うばかりだ。(元瓜連町長)

700種2000株のバラ栽培 つくばローズガーデン 一般公開始まる

つくばローズガーデン(つくば市古来)のバラが開花を迎え、11日一般公開が始まった。初日の朝から多くの人が園を訪れ、バラの写真を撮ったり、香りをかいだりしながら、花を話題に会話を弾ませていた。園主の藤沢仁子(まさこ)さんによると現在は一分咲きで、見ごろを迎えるのは18日ごろから25日のあたりまで。6月上旬まで開花を楽しめるという。 SNSの口コミで若者の来園増 約3000平方メートルの園内に、約700品種、2000株のバラを植えて育てている。一般公開はブログやインスタグラムで告知しているだけだが、昨年はシーズン中に約3000人が来園した。園主の仁子さんによると、SNSが普及し始めてから、来園者が園内の写真を投稿して広まるようになり、近年は20代、30代の若い来園者が多く訪れているという。 園は元つくば市長の藤沢順一さん(84)が作り、2005年から一般公開している。藤沢さんは入浴施設つくばユーワールド(同市下原)の代表。施設の風呂にバラの花びらを入れるというアイデアを聞き、「それなら自分がバラを作ってやるよと芝生広場に育て始めた」と話す。雑誌などで情報収集し、イギリスやフランスのバラ、オールドローズなど多品種を集めた。東京農大で農業を学んだ知識を生かして栽培に取り組み、今も毎日2時間程度せん定などの作業を行っているが「バラの手入れを大変と思ったことは一度もない」とのこと。中国で発見されたというつる性のバラ「リージャンロードクライマー」がお薦めと紹介する。 バラと宿根草の組み合わせでデザイン 園主の仁子さん(45)はピンク系の多いバラが引き立つよう、白や寒色系のクレマチスなど宿根草約140種類を栽培。立体感のある、絵画のような彩りのガーデンを作り上げた。お薦めは大輪の「ピエールドロンサール」。昨年は夏の酷暑で多くのバラと宿根草が枯れてしまい、植え替えを行った。今年に入ってからも気温の上がり下がりはあったものの、例年通りの花付きで、来週末には最盛期を迎える。「バラが満開になるとまた全く違った光景となる。宿根草とバラの組み合わせをぜひ見ていただきたい」と来園を呼び掛ける。 市内から訪れた男性は「バラが好きで毎年ここに見に来ている。自宅でも鉢で育てていて、冬の手入れは花もないしトゲはあるしで大変だが、花を咲かせてくれると大変さも忘れる」と話し、白いバラの苗を新たに購入していた。(田中めぐみ) ◆園内では18日(土)につくば市在住のピアニスト永田ジョージさんによるジャズライブ、25日(土)には県南で活動するビッグジャズバンド「スターライトオーケストラ」によるライブが開催される予定。また17日(金)からはつくば市や土浦市でヨガ教室を開く新井昌子さんが教えるガーデンヨガも開催される。 ◆つくばローズガーデンは、つくば市古来458。今年の一般公開は5月7日(日)~6月2日(日)までの予定。開園時間は午前9時~午後5時(入園は午後4時半まで)。入園料は一般300円~500円(開花状況により変動)、小学生以下無料。同園のホームページはこちら。 https://youtu.be/HR_TeEhAT1s

庭の巣箱にやって来たシジュウカラ《続・平熱日記》157

【コラム・斉藤裕之】廃材で作った巣箱を庭のカツラの木にかけたのは冬のこと。母屋からの距離わずか3メートルのところ。居間の掃き出しのガラス窓からは手の届きそうな位置だ。 4月初旬。春眠暁を覚えず、処々に啼鳥(ていちょう)を聞く。「ツピッ、ツピッ」という鳴き声はシジュウカラだ。巣箱をのぞいている。シジュウカラはたいてい夫婦でやってくる。「どう?」「うーん、いいかもしんない!」と会話をしているようにさえずっている。 まあ、よくご覧になってお決めください。もしかしてと思ってググると、ゴジュウカラというのもいるそうで、してみるとサンジュウカラやロクジュウカラはいるのかと思いきや、これがいないらしい。 しばらくしてまたやってきた。同じ夫婦なのかどうかはわからない。よく見ると、1羽が何か巣の材料になるようなものをくわえているのが見えた。どうやら本格的に巣作りを始めたようだ。本能とはいえ、とても甲斐甲斐(かいがい)しく巣に戻っては飛び立っていく姿はとてもかわいらしい。それにしても実に器用に5百円玉ほどの穴から出入りする。 四季豊かなこの国では… ところで、茨城県の鳥はひばりだそうで、確かにこの家を建てたころは周りが野原で、ひばりがホバリングして鳴いているのを見ると、春が来たという実感があったのを思い出す。 だけど、住宅が隙間なく立ち並んだ今、気が付けばひばりの声はしない。それから、先日孫と井の頭公園に行ったらインコが電線にとまっていて、やっぱり違和感あったな。「電線にスズメが3羽とまって…」という歌もあったが、最近都会でスズメが減っているとか。 以前スペイン語を習っていた時に先生をしていたコスタリカの女性によると、彼の地では鳥は鳥であって、特にシジュウカラだのひばりだのという種類は気にしないらしい。ついでに、食卓の魚も魚であってアジとかサンマといったことも言わないという。 そこへいくと、四季豊かなこの国では「花鳥風月」といったいわゆる風流な感性が古(いにしえ)より受け継がれている。とはいえ、このところの調子っぱずれな気候や、バエるだのインバウンドだので、風情などといったものを感じることもままならない。 連休中に遊びに来た孫は… さて、シジュウカラ家の巣箱のほぼ正面の軒下、いわばお向かいさんというところには山鳩が巣をかけている。こちらはドタバタ、クルクルと重量感があって騒がしい。その壁一枚隔てた家の中には、パクがすやすやと寝ている。 もうすぐ愛鳥週間なんだそうだ。ほかに愛〇週間なんて聞かないことを考えると、やはり鳥は人の暮らしに近い生き物なんだろう。連休中に遊びに来た孫も、飽きずに巣箱に出入りするシジュカラを眺めていた。(画家)

コロナ禍乗り越え鉄道人気の復活に 撮影会に「撮り鉄」集まる 土浦

「ドレミファソラシド~」と発車時に独特のメロディーを奏でたJR常磐線E501系15両編成が17年ぶりに土浦に姿を現し、11日、同市の真鍋跨線橋下で撮影会が行われた。北海道や大阪など県内外から集まった60人余りの鉄道ファンからは、熱いシャッター音とともに「懐かしい」「貴重だ」などの声が上がった。 2万円チケットが3分で完売 今回のイベントは、発売開始3分で2万円のチケットが売り切れた。この日の列車を準備したひたちなか市にあるJR東日本勝田車両センターに勤務する大楽寿樹さん(34)は「E501系を見たいというお客様からのアンケート結果が以前から届いていた。15両編成の501系といえば、土浦がメッカ。土浦で実現できてよかった」と笑顔を浮かべる。 E501系は、東京への通勤圏の拡大を背景に、東京・上野と土浦を結ぶ通勤車両として1995年12月から運行が始まった。通勤形電車としては国内初となる交流・直流両用の車両だった。採用した機器の関係で、当初は発車・停車時に音階のような独特の音色を奏でるのが特徴だった。2007年3月のダイヤ改正後は、土浦以北で10両、5両編成のみが運用され、上野ー土浦間を走行していた15両編成を見る機会はなくなった。今回は07年以来、17年ぶりの15両編成の復活となった。 撮影会を企画したJR水戸支社では他にも、現役の電気機関車や、特急として利用される車両を限定カラーも含めて全色並べるなどした撮影会を、主に勝田車両センターで開催してきた。数万円するチケットは毎回、発売開始とほぼ同時に完売すると、同支社の広報担当者は話す。 コロナ禍で乗客減少、イベントで人気回復を 広報担当者によると、今回の企画を含めてJR水戸支社内では、アンケートなどを通じて利用者からの声を集めると共に、従業員が積極的にイベント企画を出し合い実現化させているという。昨年11月には勝田駅前で地元企業やパン店と協力して県内の栗を用いたパンを商品化し販売した。同社の運転士からの発案だった。また今年4月には「いわき駅ナイトサウンドツアー」と題して、最終列車終了後のJRいわき駅構内で、駅のアナウンスや発車メロディー、列車の自動放送、チャイム音などを聞くイベントを開催した。全国から「音鉄」と呼ばれる鉄道や周辺環境の音を聞いて楽しみ分析研究する鉄道ファンが多数集まった。 広報担当者によると、鉄道ファンに向けたイベントを活発に開くようになったのは新型コロナがきっかけだった。コロナ禍で鉄道利用者が減少する中、再び鉄道に目を向けてもらうためにも社内で自由にアイデアを出し合い、実現化する動きが活発になったと話す。 E501系の撮影会は、勝田車両センターで過去に2度、5両と10両編成の車両を用いて行われた。「15両も是非」という過去を懐かしむファンの声を実現させたのが、今回の開催だった。 大阪から前泊して訪れたという石山裕隆さん(31)は「出身が千葉なので、子どもの時に(E501系を)見ていた。行き先が表示される字幕が現在は使われていない『黒幕』だったり、車両下部の『スカート』に当時の形状のものが使われていたりなど、とても懐かしかった」と語った。千葉県松戸市から参加した永野智大さん(29)は「子供の時に乗っていた懐かしい車両。発車する時のメロディーが好きすぎて、上野ー土浦間での運行がなくなった後も、千葉から茨城に乗りに来ていた。今日は本当に楽しめた」と喜びを語った。 勝田車両センターの大楽さんは「今回の企画は列車を懐かしんだり、見るのを楽しみにされるお客様の声が元になった。私も学生時代に乗っていた懐かしい車両で、企画を実現できてホッとしている。是非、これからも多くの方に鉄道を楽しんでもらえたら」と思いを語った。(柴田大輔)