月曜日, 10月 12, 2026
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好きな「もの」や嫌いな「もの」とは何なのか《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》8

【コラム・1年 秋山節】好きなものと嫌いなものは誰にでもある。私にももちろんある。極端なぐらいに。私が嫌っているものが、誰かの好きなものでもある。好き嫌いとは他者を傷つけるものではないのだろうか。そんな懸念が浮かんだ。

嫌いなものがあるのはなぜか? そして乗り越えることはできるのか?

これらの疑問に、このコラムの分析を通じて解答することを試みたい。ただし、分析では「もの」(物や者を指す)に対する好き、嫌いのみを対象としている。人に向ける好き嫌いと「もの」に向ける好き嫌いは性質が異なるため、家族や友人などの対人関係の好き嫌いは扱わない。

1 私の好きな「もの」と嫌いな「もの」
好きなものと嫌いなものの分析をするために、私自身の例を出すことを許していただきたい。心理的な行動を観察しやすいからだ。

1.1 好きなものについて
実際にどんな「もの」を私は好きだと認識しているのだろうか。一部に過ぎないが、列挙してみよう。
 ・吉松隆氏(作曲家)
 ・現代音楽(音楽のジャンル)
 ・ウィッチウォッチ(漫画/アニメ)

音楽に偏っていて申し訳ないばかりだが、どうして私は好きになったのだろうか。その過程でどんなことを思ったのかを述べてみる。

まず吉松隆氏について。私は作曲を行っていて、彼は作曲を独学で学んだということが、今の私と共通している(といいが)。私は共感し、目標としているのだ。なお吉松氏は確かに人であるが、家族や友人などの対人関係とは異なるので、ここでは「もの=者」に対する好き嫌いとして扱うことができる。

続いて現代音楽について。現代音楽は大ざっぱに言うと、現代版クラシック音楽といったところだ。人によって現代音楽の定義やそもそも定義するのかということで、見解が分かれるところだが、むしろ私にとっては現代音楽の語は重要だ。理由はいくつかあるが、一つはコンサートに行く度に、録音を聞くたびに発見があり面白いということ。時間をかけて音楽のいろいろな部分を聞き込んでいけるのが魅力だ。また、型破りや常識破りが常識になっているので、作曲家がどんなことを考えて書いているのかやどういった構造になっているのかなど、考えるべきことがたくさんある。一歩足を踏み入れるとなかなか抜け出せないもので、是非ともその一歩を読者の皆様にも踏み入れていただきたいと思っている。最後の一つは、全くこれまでとは異なったもので、ある人とは違う音楽を聞きたかったということだ。ただ、誤解のないように申し上げると、音楽に優劣をつける気はないし、このネガティブな面は全て私の私見で、その上もはや克服されているということだ。つまり、出会い、内容、自分の置かれた環境が総合的に作用した結果、現代音楽が好きなものとして認識されるに至ったのだ。

そして、ウィッチウォッチについて。これは、週刊少年ジャンプで連載されている漫画で、アニメ化もされている作品である。私は偶然スマートフォンでこのアニメを見つけた。高校入学当初の不安定な心理において、この作品の笑いあり涙ありの内容が支えになった。特に、このアニメを見ている人が他にもいると知ったとき、非常にうれしかったことを覚えている。人との交流を実感できたのだ。特殊な条件下で救いとなった作品である。

1.2 嫌いなものについて
好きなものと違い、嫌いな「もの」といって浮かぶものは案外少ない。
 ・「ある音楽」
 ・蟹(かに)

「ある音楽」は嫌いなものとして認識されているが、実際に聞いてみると、むしろ好きなものに近いように思われることもある。このように矛盾した状況において、かつて嫌いな理由をこじつけたことがあったが、納得することはできなかった。実は、好きなものについてで述べたように、ある人が聞いていたから好きではなかったのだ。こう考えたとき、非常に腑に落ちる感覚があった。即ち、私が嫌いだったものは「ある音楽」そのものではなく、その人が聞いている音楽だったということだ。

蟹はかつては北海道から送ってもらうほど好きだったが、今では匂いや味を思い出すとどうしても食べる気が起こらない。

今挙げた二つの例では、接近を忌避したいという感情がいずれも生まれている。

1.3 好きなものと嫌いなものに共通する背景
こうして見たいくつかの例を、私が感じた感情を基に分類してみると、次のようになる。
 A 好き
  a 強い 現代音楽、ウィッチウォッチ
  b 弱い 吉松隆
 B 嫌い
  a 強い  「ある音楽」
  b 弱い 蟹

何がこの違いを生んでいるのだろうか? その原因について次の章で考察を進めていこう

2 人間関係と好き嫌いの関係について

2.1 好きでも嫌いでもない「もの」
私はアマゾンの密林の名前も知らない果物が好きだろうか? そんなことはない。知らないものを好きになることも嫌いになることもできない。つまり、知らない状態から知っている状態への遷移が、好きと嫌いの境界を調べるうえで必要なことになる。

好きなものと嫌いなものが生まれるまでの段階は次に掲げる図のようなものだと考えられる。

何らかのきっかけで知らない「もの」が知っている「もの」に変化する。契機は私の例を見て分かるように、どんなものであってもよい。そして、その「もの」に対する接触時間によって好き・嫌いが明確に定まるか、好き嫌いがほとんどない(好き嫌いが明確に定まらない)かに分離する。もちろん知らないものは知らないままで、好き嫌いは存在しない。

ただここで注意しなければならないのは、接触時間によって好き嫌いが明確に定まるかが決まるということである。心理学では単純接触効果と呼ばれ、日本心理学会によると「ある刺激に触れれば触れるほど,それを好きになっていく現象」(*脚注)である。接触時間が長ければ、ある物事の情報が常に入ってくるので、好きか嫌いかが明確に定まるという意味での関心が持続し、短ければ反対の結果をもたらす。つまり、接触時間が変化するとそれに伴って好き嫌いが明確に定まるかどうかも変化するということである。接触時間によって関心が変化した私の例をあげてみよう。私はかつてハリーポッターシリーズを何度も読み返していたが、今や設定もあまり覚えていないほどである。

ここで問題になるのは、どうして一瞬の邂逅(かいこう)から、長い接触時間が得られるのかということだ。私はその原因を人間関係に求められると考えている。まずは人間関係の考察から始め、続いて好きと嫌いとその程度を人間関係と関連づけて考えることにする。

2.2 人間関係の強度と種類
人間関係は様々だが、どれだけ相手との強いつながりがあるかという観点では異なっている。相手とのつながりの度合い、言い換えると人間関係の強度は、相手と会っている時間によって数値的に考えると良い。強度が最も高いのは、家族や友人だ。反対に、通学バスで会う人々は、その時間が極めて短く、強度は低い。

一方で人間関係は、どのようなことを感じるかによって、異なる二つに類型化しうる。
 1. ポジティブ
 2. ネガティブ
 x. 流動的

この定義は大枠を示したに過ぎず、なぜポジティブやネガティブだと感じるのかは人によって異なる。私の場合は、相手との関係が対等だと認識したときにポジティブな関係と感じ、相手との関係が対等ではない、つまりは上下関係を感じたときにはネガティブな関係と感じる。また、二つの型の他に流動的という例外を設けた。それは、初めて会ったばかりの相手の場合は、人間関係が構築されるのに時間を要するため、その間は人間関係の分類は定まらないからである。

2.3 人間関係と好き嫌いの関係
私は好きと嫌いが生まれる要因は、「もの」の背後にある人間関係がその人物にとってどのようなものなのかに依存すると考えている。

まずは人間関係の強度と好き嫌いの度合いについて見てみよう。図1で示したように、接触時間が短いと、好き嫌いはほとんどなくなる。そのため、好き嫌いそのものに踏み込む前に、接触時間と人間関係の関係を明確にする必要がある。 人間関係の強度が高ければ高いほど、つまり、よく会う相手との人間関係ほど、「もの」について、継続的に情報をもたらしやすくなる。長い接触時間が得られ、ある「もの」に「関心」があるままでいることができるのは人間関係の強度が高いからである。このことから、人間関係の強度と好き嫌いの度合いには、いわば比例関係があることになる。人間関係の強度を横軸に、好き嫌いの度合いを縦軸に取って、グラフで整理することができる。

そして、このグラフは人間関係の強度と好き嫌いの度合いだけを示し、好きか嫌いかは示していないので、好きな「もの」と嫌いな「もの」は人間関係そのものやその捉え方によって、同じ度合いのまま入れ替わる可能性を示唆している。

続いて、人間関係の分類と好き嫌いはどのように関わっているのかを考察しよう。人間関係のそれぞれの分類について、好き嫌いと組み合わせて考えてみる。

まず、ポジティブな人間関係について。大原則は、相手の考えを受け入れるということである。相手の考えを受け入れるということは、相手の好きな「もの」を好きだと捉えるようになるということである。また、これは相手にも言えることで、人間関係という相互関係の中で好きな「もの」が構築されていくと考えられる。

一方、ネガティヴな人間関係では、相手の考えを否定しようとする。そのため、相手の好きな「もの」を嫌いになる。

流動的な人間関係では、上の二つのことの両方が生じるだろう。

以上の二つが組み合わさることで、曖昧に見えた好きと嫌いの境界線がいわば画定されるということである。先に述べた好きと嫌いの具体例を再掲する。
 A 好き
  a 強い 現代音楽、ウィッチウォッチ
  b 弱い 吉松隆
 B 嫌い
  a 強い 「ある音楽」
  b 弱い 蟹

これは、この2つの尺度を用いて次のように言い換えることができる。
 A 人間関係の種類がポジティブ
  a 人間関係の強度が高い 現代音楽、ウィッチウォッチ
  b 人間関係の強度が低い 吉松隆
 B 人間関係の種類がネガティブ
  a 人間関係の強度が高い 「ある音楽」
  b 人間関係の強度が低い 蟹

好き嫌いは、人間関係の縮図のようなもので、好きと嫌いの境界線は、人間関係そのものにあるのだ。

2.4 より現実的な人間関係と好き嫌いの考察

好き嫌いを分ける境界は、自分と相手(1人か複数かは問わない)との関係がポジティブかネガティブかという、明確なラインがある。ただし、流動的な人間関係においてはそのラインは常に引き直されている。一方で、好き嫌いの度合いは人間関係の強度によって定まる流動的なものだと言える。

しかし、この結論はいわば理想化されたモデルで、現実はより複雑である。現実では「もの」と関連付けられる人間関係は一つだけではない。複数の人間関係の複合的な作用によって、好きな「もの」や嫌いな「もの」が形作られていく。私の現代音楽の例を思い出してほしい。現代音楽は、ある人の聞いていた音楽とは異なる音楽を聞くためだけに選ばれたのだろうか。もしそうだとすれば、それは実のところ好きな「もの」ではなく、嫌いな「もの」へのカウンターに過ぎなかったと結論付けられてしまう。それは私の意識とは大きく異なる。実のところ、現代音楽には、私とある人との人間関係だけではなく、私と友人とのポジティブな人間関係も結びついている。これはウィッチウォッチの例と何ら変わりない。

さらに私のハリー・ポッターの例は、人間関係の強度のみによるものではなく、ポジティブな人間関係の「空気」の変化や私自身の人間関係の読み取り方の変化も理由となっていると思われるので、あくまでも人間関係の種類と強度は複合的である。図2のグラフは、かなり理想化されたもので実際はもっと無秩序だ。蛇足かつロマンティックだが、人間関係の「空気」に基づいて補正されたグラフは青春の心理とは言えないだろうか。

以上で好きな「もの」と嫌いな「もの」とは何なのかについて、ある一定の結論を示すことができたと思う。これが読者の皆様に興味深い視点を提供できたなら幸いである。そして、これが私にとってどんな意味を持つことになるのかは次の章に譲ることにしよう。

3 後書き

私はこの原稿の第1稿を書き上げた後、友人と遊びに行く機会があった。その機会を通して、「ある音楽」が嫌いであるという意識は見事に粉砕されたのである。私はその魅力を今や多少なりとも理解しているのである。

私は嫌いないものを乗り越えるためには自分自身の意識を自分自身で改革していく以外の方法はないと諦めていたが、このように自分と相手の相互作用によっても乗り越えることができるのかと感嘆したのである。

この文章で分かったことは、人間は社会的生物である以上、好きなものと嫌いなものは生まれるものだということだ。だから、好き嫌いがあるのは生きている証拠だとさえ言える。だがしかし、その上で、周囲の人々への目線を変え、好き嫌い、ひいてはものの見方をすら劇的に変化させようと努めること、そして相手と共に歩んでいくこと。それは、戦争は終わらず、分断は拡がり続ける、この混沌の世紀に暮らす私たちにとって重要なことであるのは間違いない。

*脚注 日本心理学会. “繰り返し接しているうちにどんどん好きになるのはなぜ?”. 公益社団法人 日本心理学会

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