木曜日, 4月 16, 2026
ホームコラム好きな「もの」や嫌いな「もの」とは何なのか《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》8

好きな「もの」や嫌いな「もの」とは何なのか《土浦一高哲学部「放課後の哲学」》8

【コラム・1年 秋山節】好きなものと嫌いなものは誰にでもある。私にももちろんある。極端なぐらいに。私が嫌っているものが、誰かの好きなものでもある。好き嫌いとは他者を傷つけるものではないのだろうか。そんな懸念が浮かんだ。

嫌いなものがあるのはなぜか? そして乗り越えることはできるのか?

これらの疑問に、このコラムの分析を通じて解答することを試みたい。ただし、分析では「もの」(物や者を指す)に対する好き、嫌いのみを対象としている。人に向ける好き嫌いと「もの」に向ける好き嫌いは性質が異なるため、家族や友人などの対人関係の好き嫌いは扱わない。

1 私の好きな「もの」と嫌いな「もの」
好きなものと嫌いなものの分析をするために、私自身の例を出すことを許していただきたい。心理的な行動を観察しやすいからだ。

1.1 好きなものについて
実際にどんな「もの」を私は好きだと認識しているのだろうか。一部に過ぎないが、列挙してみよう。
 ・吉松隆氏(作曲家)
 ・現代音楽(音楽のジャンル)
 ・ウィッチウォッチ(漫画/アニメ)

音楽に偏っていて申し訳ないばかりだが、どうして私は好きになったのだろうか。その過程でどんなことを思ったのかを述べてみる。

まず吉松隆氏について。私は作曲を行っていて、彼は作曲を独学で学んだということが、今の私と共通している(といいが)。私は共感し、目標としているのだ。なお吉松氏は確かに人であるが、家族や友人などの対人関係とは異なるので、ここでは「もの=者」に対する好き嫌いとして扱うことができる。

続いて現代音楽について。現代音楽は大ざっぱに言うと、現代版クラシック音楽といったところだ。人によって現代音楽の定義やそもそも定義するのかということで、見解が分かれるところだが、むしろ私にとっては現代音楽の語は重要だ。理由はいくつかあるが、一つはコンサートに行く度に、録音を聞くたびに発見があり面白いということ。時間をかけて音楽のいろいろな部分を聞き込んでいけるのが魅力だ。また、型破りや常識破りが常識になっているので、作曲家がどんなことを考えて書いているのかやどういった構造になっているのかなど、考えるべきことがたくさんある。一歩足を踏み入れるとなかなか抜け出せないもので、是非ともその一歩を読者の皆様にも踏み入れていただきたいと思っている。最後の一つは、全くこれまでとは異なったもので、ある人とは違う音楽を聞きたかったということだ。ただ、誤解のないように申し上げると、音楽に優劣をつける気はないし、このネガティブな面は全て私の私見で、その上もはや克服されているということだ。つまり、出会い、内容、自分の置かれた環境が総合的に作用した結果、現代音楽が好きなものとして認識されるに至ったのだ。

そして、ウィッチウォッチについて。これは、週刊少年ジャンプで連載されている漫画で、アニメ化もされている作品である。私は偶然スマートフォンでこのアニメを見つけた。高校入学当初の不安定な心理において、この作品の笑いあり涙ありの内容が支えになった。特に、このアニメを見ている人が他にもいると知ったとき、非常にうれしかったことを覚えている。人との交流を実感できたのだ。特殊な条件下で救いとなった作品である。

1.2 嫌いなものについて
好きなものと違い、嫌いな「もの」といって浮かぶものは案外少ない。
 ・「ある音楽」
 ・蟹(かに)

「ある音楽」は嫌いなものとして認識されているが、実際に聞いてみると、むしろ好きなものに近いように思われることもある。このように矛盾した状況において、かつて嫌いな理由をこじつけたことがあったが、納得することはできなかった。実は、好きなものについてで述べたように、ある人が聞いていたから好きではなかったのだ。こう考えたとき、非常に腑に落ちる感覚があった。即ち、私が嫌いだったものは「ある音楽」そのものではなく、その人が聞いている音楽だったということだ。

蟹はかつては北海道から送ってもらうほど好きだったが、今では匂いや味を思い出すとどうしても食べる気が起こらない。

今挙げた二つの例では、接近を忌避したいという感情がいずれも生まれている。

1.3 好きなものと嫌いなものに共通する背景
こうして見たいくつかの例を、私が感じた感情を基に分類してみると、次のようになる。
 A 好き
  a 強い 現代音楽、ウィッチウォッチ
  b 弱い 吉松隆
 B 嫌い
  a 強い  「ある音楽」
  b 弱い 蟹

何がこの違いを生んでいるのだろうか? その原因について次の章で考察を進めていこう

2 人間関係と好き嫌いの関係について

2.1 好きでも嫌いでもない「もの」
私はアマゾンの密林の名前も知らない果物が好きだろうか? そんなことはない。知らないものを好きになることも嫌いになることもできない。つまり、知らない状態から知っている状態への遷移が、好きと嫌いの境界を調べるうえで必要なことになる。

好きなものと嫌いなものが生まれるまでの段階は次に掲げる図のようなものだと考えられる。

何らかのきっかけで知らない「もの」が知っている「もの」に変化する。契機は私の例を見て分かるように、どんなものであってもよい。そして、その「もの」に対する接触時間によって好き・嫌いが明確に定まるか、好き嫌いがほとんどない(好き嫌いが明確に定まらない)かに分離する。もちろん知らないものは知らないままで、好き嫌いは存在しない。

ただここで注意しなければならないのは、接触時間によって好き嫌いが明確に定まるかが決まるということである。心理学では単純接触効果と呼ばれ、日本心理学会によると「ある刺激に触れれば触れるほど,それを好きになっていく現象」(*脚注)である。接触時間が長ければ、ある物事の情報が常に入ってくるので、好きか嫌いかが明確に定まるという意味での関心が持続し、短ければ反対の結果をもたらす。つまり、接触時間が変化するとそれに伴って好き嫌いが明確に定まるかどうかも変化するということである。接触時間によって関心が変化した私の例をあげてみよう。私はかつてハリーポッターシリーズを何度も読み返していたが、今や設定もあまり覚えていないほどである。

ここで問題になるのは、どうして一瞬の邂逅(かいこう)から、長い接触時間が得られるのかということだ。私はその原因を人間関係に求められると考えている。まずは人間関係の考察から始め、続いて好きと嫌いとその程度を人間関係と関連づけて考えることにする。

2.2 人間関係の強度と種類
人間関係は様々だが、どれだけ相手との強いつながりがあるかという観点では異なっている。相手とのつながりの度合い、言い換えると人間関係の強度は、相手と会っている時間によって数値的に考えると良い。強度が最も高いのは、家族や友人だ。反対に、通学バスで会う人々は、その時間が極めて短く、強度は低い。

一方で人間関係は、どのようなことを感じるかによって、異なる二つに類型化しうる。
 1. ポジティブ
 2. ネガティブ
 x. 流動的

この定義は大枠を示したに過ぎず、なぜポジティブやネガティブだと感じるのかは人によって異なる。私の場合は、相手との関係が対等だと認識したときにポジティブな関係と感じ、相手との関係が対等ではない、つまりは上下関係を感じたときにはネガティブな関係と感じる。また、二つの型の他に流動的という例外を設けた。それは、初めて会ったばかりの相手の場合は、人間関係が構築されるのに時間を要するため、その間は人間関係の分類は定まらないからである。

2.3 人間関係と好き嫌いの関係
私は好きと嫌いが生まれる要因は、「もの」の背後にある人間関係がその人物にとってどのようなものなのかに依存すると考えている。

まずは人間関係の強度と好き嫌いの度合いについて見てみよう。図1で示したように、接触時間が短いと、好き嫌いはほとんどなくなる。そのため、好き嫌いそのものに踏み込む前に、接触時間と人間関係の関係を明確にする必要がある。 人間関係の強度が高ければ高いほど、つまり、よく会う相手との人間関係ほど、「もの」について、継続的に情報をもたらしやすくなる。長い接触時間が得られ、ある「もの」に「関心」があるままでいることができるのは人間関係の強度が高いからである。このことから、人間関係の強度と好き嫌いの度合いには、いわば比例関係があることになる。人間関係の強度を横軸に、好き嫌いの度合いを縦軸に取って、グラフで整理することができる。

そして、このグラフは人間関係の強度と好き嫌いの度合いだけを示し、好きか嫌いかは示していないので、好きな「もの」と嫌いな「もの」は人間関係そのものやその捉え方によって、同じ度合いのまま入れ替わる可能性を示唆している。

続いて、人間関係の分類と好き嫌いはどのように関わっているのかを考察しよう。人間関係のそれぞれの分類について、好き嫌いと組み合わせて考えてみる。

まず、ポジティブな人間関係について。大原則は、相手の考えを受け入れるということである。相手の考えを受け入れるということは、相手の好きな「もの」を好きだと捉えるようになるということである。また、これは相手にも言えることで、人間関係という相互関係の中で好きな「もの」が構築されていくと考えられる。

一方、ネガティヴな人間関係では、相手の考えを否定しようとする。そのため、相手の好きな「もの」を嫌いになる。

流動的な人間関係では、上の二つのことの両方が生じるだろう。

以上の二つが組み合わさることで、曖昧に見えた好きと嫌いの境界線がいわば画定されるということである。先に述べた好きと嫌いの具体例を再掲する。
 A 好き
  a 強い 現代音楽、ウィッチウォッチ
  b 弱い 吉松隆
 B 嫌い
  a 強い 「ある音楽」
  b 弱い 蟹

これは、この2つの尺度を用いて次のように言い換えることができる。
 A 人間関係の種類がポジティブ
  a 人間関係の強度が高い 現代音楽、ウィッチウォッチ
  b 人間関係の強度が低い 吉松隆
 B 人間関係の種類がネガティブ
  a 人間関係の強度が高い 「ある音楽」
  b 人間関係の強度が低い 蟹

好き嫌いは、人間関係の縮図のようなもので、好きと嫌いの境界線は、人間関係そのものにあるのだ。

2.4 より現実的な人間関係と好き嫌いの考察

好き嫌いを分ける境界は、自分と相手(1人か複数かは問わない)との関係がポジティブかネガティブかという、明確なラインがある。ただし、流動的な人間関係においてはそのラインは常に引き直されている。一方で、好き嫌いの度合いは人間関係の強度によって定まる流動的なものだと言える。

しかし、この結論はいわば理想化されたモデルで、現実はより複雑である。現実では「もの」と関連付けられる人間関係は一つだけではない。複数の人間関係の複合的な作用によって、好きな「もの」や嫌いな「もの」が形作られていく。私の現代音楽の例を思い出してほしい。現代音楽は、ある人の聞いていた音楽とは異なる音楽を聞くためだけに選ばれたのだろうか。もしそうだとすれば、それは実のところ好きな「もの」ではなく、嫌いな「もの」へのカウンターに過ぎなかったと結論付けられてしまう。それは私の意識とは大きく異なる。実のところ、現代音楽には、私とある人との人間関係だけではなく、私と友人とのポジティブな人間関係も結びついている。これはウィッチウォッチの例と何ら変わりない。

さらに私のハリー・ポッターの例は、人間関係の強度のみによるものではなく、ポジティブな人間関係の「空気」の変化や私自身の人間関係の読み取り方の変化も理由となっていると思われるので、あくまでも人間関係の種類と強度は複合的である。図2のグラフは、かなり理想化されたもので実際はもっと無秩序だ。蛇足かつロマンティックだが、人間関係の「空気」に基づいて補正されたグラフは青春の心理とは言えないだろうか。

以上で好きな「もの」と嫌いな「もの」とは何なのかについて、ある一定の結論を示すことができたと思う。これが読者の皆様に興味深い視点を提供できたなら幸いである。そして、これが私にとってどんな意味を持つことになるのかは次の章に譲ることにしよう。

3 後書き

私はこの原稿の第1稿を書き上げた後、友人と遊びに行く機会があった。その機会を通して、「ある音楽」が嫌いであるという意識は見事に粉砕されたのである。私はその魅力を今や多少なりとも理解しているのである。

私は嫌いないものを乗り越えるためには自分自身の意識を自分自身で改革していく以外の方法はないと諦めていたが、このように自分と相手の相互作用によっても乗り越えることができるのかと感嘆したのである。

この文章で分かったことは、人間は社会的生物である以上、好きなものと嫌いなものは生まれるものだということだ。だから、好き嫌いがあるのは生きている証拠だとさえ言える。だがしかし、その上で、周囲の人々への目線を変え、好き嫌い、ひいてはものの見方をすら劇的に変化させようと努めること、そして相手と共に歩んでいくこと。それは、戦争は終わらず、分断は拡がり続ける、この混沌の世紀に暮らす私たちにとって重要なことであるのは間違いない。

*脚注 日本心理学会. “繰り返し接しているうちにどんどん好きになるのはなぜ?”. 公益社団法人 日本心理学会

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

ロボッツ、越谷に今季4連敗

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは15日、ホームのアダストリアみとアリーナ(水戸市緑町)で越谷アルファーズ(本拠地・越谷市)と対戦し70-87で敗れた。茨城は今季越谷に4戦全敗、通算成績は15勝38敗で東地区11位。次節は18・19日、西地区首位の長崎ヴェルカとホームで対戦する。 2025-26 B1リーグ戦(4月15日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 70-87 越谷アルファーズ茨城|15|15|22|18|=70越谷|26|26|16|19|=87 茨城は第1クオーター(Q)で越谷にいきなり11点の大差をつけられた。第2Qもこの流れを引きずり、前半終了時に点差は22にまで開いていた。「3ポイントを最初1、2本決められたとき、自分たちがアジャストして止めることができず、後半も続けられてしまい、攻撃のリズムがつくれなかった」と陣岡流羽の反省。「こういう試合では細かいディテールが重要になると思い、前半はいろいろ調整しながらやっていたが、やはり試合の最初からしっかりプレーしなくては」とクリス・ホルムヘッドコーチ(HC)。 序盤のターンオーバーやスチールで波に乗り損ねた部分もあるが、特に大きかったのは相手チームのジョーダン・ナタイに第1Q後半だけで4本の3点シュートを決められたこと。ナタイは現役ニュージーランド代表のフォワードで越谷には3月に加入したばかり。この日は8本の3点シュートと1本の2点シュートを沈め、シュート成功率は90%に達している。 対して茨城のチーム得点は、2点シュートでは26本中17本を決めたが、3点シュートは35本中9本、フリースローは15本中9本というホームアリーナとは思えない低調ぶり。ただし後半は修正し、ある程度持ち直すことができた。 「オープンな状況なのになぜか打たず、また何か別のことをしようとしてミスが増えたり悪い結果につながることが多い。攻撃に関してはオープンになったら積極的にシュートを打っていこうと話しており、アグレッシブに攻めれば決められるだけの力は持っている」とホルムHCの分析。 守備についても後半は盛り返し、ディフェンスリバウンドやスチールの数が目立って増えた。「よりフィジカルに戦うことを意識し、さまざまなプレーに対してしっかり守ることができた。水曜日のゲームで疲れが残っていても、守備では小さな精神的ミスも許されない。切り替えなど細かい部分をもっと大事にしながら取り組んでいきたい」 この日の観客数は4143人。2021-22シーズンにB1へ昇格して以来、通算40万人を突破した。「40万人もの方々に見に来ていただけたことはとてもうれしい。勝っていても負けていても時間やお金を費やして来て、常に応援してくれるブースターの皆さんには本当に感謝しかない。皆さんのために最後の最後まで戦い、高いパフォーマンスを見せ続けることが自分たちの義務。そういうチームを作り上げてきたことを証明できるよう、今季残り7試合も全力を尽くしたい」とホルムHCは誓う。(池田充雄)

筑波大近くの「薔薇絵亭」《ご飯は世界を救う》72

【コラム・川浪せつ子】数年ぶりに筑波大学近くのロシア料理店「薔薇絵亭(バラエテイ)」(つくば市天久保)を訪ねました。「ずいぶん前からあるお店ですね」とお聞きすると、今の場所では40数年になるそうです。その前は近くの建物にテナントで入っていたとか。筑波大は創立53年ですが、そのころ開店したお店は多かったようです。 「ナターシャプレート」を注文しました。ナターシャって?トルストイの長編小説「戦争と平和」の主役ナターリアの愛称ですね。「マーシャのつぼ焼きプレート」のマーシャはマリア(女性の名前)の愛称だそうです。「マーシャと熊」というロシアの人気アニメの名前が付いたプレートもあるんですね~! ロシア料理の代表は、寒いお国柄で、温かな煮込み料理ボルシチ、ビーフストロガノフ、つぼ焼き、ピロシキ。寒いからか、お酒はアルコール度の高いウオッカ。そのお国の食べ物を通して、気候、文化が見えてきます。 日本は海に囲まれているから、魚介類を使ったお料理、おだしの文化。そして湿度の関係から、発酵食品がいろいろあるのだと思います。でも、日本は南から北に長いので、ご当地のお料理に幅がありますね。 「百万本のバラ」? お店の名前「薔薇絵亭」。思い出したのが「百万本のバラ」という歌でした。ロシアの歌謡曲を日本語に訳して、加藤登紀子さんの持ち歌になっています。そこから店名を取ったのでしょうか。当て字が面白いですね。 ロシアで思い出すものもう一つ、「おおきなカブ」という、今でも読み継がれているロシア民話です。私が幼稚園に通っていたとき、このお話のおばあさん役をしたことを覚えています。最後に「やっと、カブは抜けました」でおしまい。みんなが一緒になってカブを抜くことができるというお話です。 そう、みんなで力を合わせたら、困難なことも解決できる。昔から言い伝えられてきたのではないかな。世界中、ケンカしないで、みんなで力を合わせたら、温暖化や紛争も解決できる…かもね。(イラストレーター)

46人の100作品を一堂に 「茨城現展」始まる 県つくば美術館

個性を尊重し自由な表現活動を行う美術家団体「現代美術家協会茨城支部」(佐々木量代支部長)の第42回茨城現展が14日から、つくば市吾妻、県つくば美術館で始まった。同支部会員など約46人の美術家による油絵、デザイン、立体作品、工芸、写真などさまざまなジャンルの作品計100点が一堂に展示されている。佐々木支部長は「具象よりも抽象の方が多くなっている。その中で若い人がどんどん伸びていっている」と話す。 同協会は1948年に創設され、全国で約400人の作家が所属している。「現展」は関西、名古屋でも移動展が開催されるほか、全国16支部で地域展が催されている 佐々木支部長の水彩画は「混沌からの飛び立ち」というタイトルで、F8号を2枚重ねた縦76センチ、横91センチの大きな作品。「現代は混沌とした状態が続いている。早く良い世界になって欲しい」という思いを込めた。絵は鳥をイメージしたものを切り張りなどしながら抽象画としてまとめた。完成まで1年を要した。 会場には本部賛助作品として、渡辺泰史さん、八幡一郎さんの作品が飾られ、ほかに前支部長の佐野幸子さん、元JAXA筑波宇宙センター地球観測研究センター長の福田徹さんの作品が飾られている。福田さんは、「光の競演」など宇宙をテーマにした写真などを出品した。初日の14日には元宇宙飛行士の若田光一さんも鑑賞に訪れた。 昨年に続き、つくば市の筑波山麓で有機農業をしながら絵を描いたり演劇活動をする障害者施設「自然生クラブ」の知的障害者が描いた作品も展示されている。「自然生クラブ」で絵画を担当する安部田奈緒美さんは「NHK Eテレの『あがるアート』という番組に出たことがきっかけで現代美術家協会からオファーをいただいた。(知的障害者たちの)色彩豊かな絵を見て、アカデミックな教育を受けた方はびっくりする。ぜひ皆にも見に来てほしい」と話す。 会場を訪れた市内に住む善里賢子さんは「知り合いが出展しているので、毎年来ている。絵は詳しくないけれど優しい感じがしてとても良い」と語った。(榎田智司) ◆同展は14日(火)~19日(日)まで、つくば市吾妻2-8、県つくば美術館で開催。開館時間は午前9時30分~午後5時(最終日は午後3時まで)。入場無料。問い合わせは電話029-876-0080(同茨城支部)へ。

詩劇「憎しみは愛によって止む」《映画探偵団》99

【コラム・冠木新市】現在、詩劇コンサート・つくばシルクロード2026「憎しみは愛によって止む」(5月16日)の準備をしている。 1月25日、つくば市北条・宮清大蔵での「北条芸者ロマンの唄が聞こえる」終演後、観客のスリランカ人から話があると言われ、その夜、台湾料理店で会った。スリランカを代表する歌手クリシャンタ・エランダカさんが来日するので、コンサートをプロデュースしてほしいということだった。「4月に開催したい。ぜひに」と懇願され、了承してしまった。 ところが、5月連休まで会場がどこも空いていなかった。結局、昨年「雨情からのメッセージⅲ/空の真上のお天道さまへの旅」でお世話になったサンスイグループの東郷治久代表に相談し、山水亭(つくば市小野崎)の宴会場が借りられることになった。 「北条芸者〜」の後始末をしながら、このコンサートの企画を練った。クリシャンタさんはスリランカでは有名な方だが、日本では知られていない。さて、どうしたものかと考えた。以前、コロナで公演を中止した金色姫伝説をスリランカのチャンナウプリ舞踊団で企画したとき、スリランカのことを調べたことがある。日本にとって大恩のある国なのだ。 終戦後の1951年、日本が五つの戦勝国に分割統治されそうになったとき、国連で、セイロン(当時)の財務大臣ジャヤワルダナ氏が「憎しみは憎しみによって止まず、愛によって止む」とのブッタの言葉を引用し演説したところ、参加者が感動し、分割構想が廃案となり、日本は独立することができた。 さらにセイロンは対日賠償放棄までしてくれた。ふと、今年がサンフランシスコ講和条約75周年目に当たることに気が付き、「これと関連付け、良いものができないか」と思った。 「憎しみは愛によって止む」は、ブッタの言葉をテ一マにした2部形式の詩劇コンサート。第1部「終わりの始まり」は、講和条約の話を舞踊と映像で構成する。第2部「平和の里を訪ねて」は、スリランカ共和国になった翌年1973年に生まれたクリシャンタさんの人生と同国の現代史を重ねて歌で構成する。 『…ハリウッドに最も嫌われた男』 構想を練りながら、憎しみと愛について考えていたとき、伝記映画『トランボ ハリウッドに最も嫌らわれた男』(2015年)を思い出した。 脚本家ダルトン・トランボは、1950年代に共産党員だったため赤狩りに遭い、映画界から干されてしまう。観客からコ一ラをぶっかけられたり、引っ越した家のプ一ルに隣人からゴミを投げ込まれたり、数々の嫌がらせを受ける。しかし、市民や業界人から憎まれても、トランボは怒りにまかせて対応したりはしない。 B級映画会社に売り込み、安い値段で脚本を引き受け、変名で次々と脚本を書き上げる。赤狩りされた仲間にも仕事をあっせんし、脚本の直しまで引き受け、抵抗を続ける。誰も憎まず、知恵と粘りで困難に立ち向う。トランボが怒り出すのは、バスタブにつかり脚本を書いているところに娘が入って邪魔した時だけだ。 「ローマの休日」「スパルタカス」「栄光への脱出」「フィクサ一」「パピヨン」「ジョニ一は戦場に行った」。トランポの描く主人公は実にたくましく忍耐強い。 「憎しみは愛によって止む」の愛とは、知恵、勇気、忍耐から来るものではないだろうか。予算も人材も時間も足りないイベントだが、トランボを見習って取り組んでいる。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <お知らせ>朗読者養成講座「つくつくつくばの七不思議」(参加費無料)講師:冬木周一(朗読家)日時:4月25日(土)午後1〜3時場所:カピオ小会議室1対象:朗読芝居に興味ある方主催:一般社団法人スマイルアップ推進委員会