【コラム・原田博夫】専修大学社会科学研究所による「紀州と奈良の産地にみる伝統と革新」をテーマとする春季実態調査が2月下旬に2泊3日で行われ、同研究所の研究参与を務めている私も参加した。
醬油醸造と有田みかん
1日目午後は、和歌山県湯浅町で1841(天保12)年から営業している醸造蔵・角長(かどちょう)を訪ね、江戸時代から続く伝統的な醬油醸造製法を見学した。展示館での高齢女性従業員の熱のこもった説明に圧倒されたが、かつての繁栄にもかかわらず、同地では今や1社のみで営業している危機感を感じた。
2日目午前は、有田市で「有田(ありだ)みかんの生産・加工・販売(6次産業)」に取り組んでいる早和(そうわ)果樹園を訪ね、秋武新吾会長のお話をうかがった。全国のみかん生産量が360万トン(1970年代半ば)から60万トンに激減している中、450年の歴史を誇る有田みかんも、愛媛県などからの挑戦もあって、豊作貧乏に苦しんでいた。
秋武会長は1979年、7戸の農家で早和共撰組合を設立、ハウスみかんに取り組んだという。その後、各種の革新的な取り組みにチャレンジし、2000年には法人化した。今や、直営栽培農場10ヘクタールに及び、出荷量(生果500トン、加工1200トン)、売上高16.2億円(2025年6月期)に達している。
こうした順調な事業もあり、ここ10数年、約5名の大学新卒者を採用し、農林水産大臣賞を3回受賞、経済産業省「地域未来牽引企業」にも選定(2018年1月)されたそうだ。創業者の秋武氏(80歳ぐらい?)の沈着な状況判断と前向きな精神、加えて温厚な人柄が魅力的で、6次産業化の成功事例と拝察した。
マフラーや化粧用パフ
2日目午後は、橋本市高野口の妙中パイル織物を訪問した。1947年創業の同社は、同地に相当な規模・棟数の工場を立地しているが、現在稼働しているのはそのごく一部という。
社長(3代目)さんによると、川島織物グループ企業として、自動車・鉄道・バスなどの車両用モケット(ビロード状の織物)を生産していたころは、工場もフル稼働だったが、いまやその用途・商品は消滅し、衣料マフラーや化粧用パフなどへの商品転換を迫られているが、売り上げ規模があまりにも違い過ぎる。
この場合、商品それ自体に瑕疵(かし)があるというより、既存の販路が消滅したことからの業態転換が難しい事例とお見受けした。この日の宿泊ホテルには、高市早苗首相の似顔絵入りタオルが展示されていたが、残念(あるいは当然)ながら在庫は品切れだった。
3日目午前は、世界遺産でもある元興寺と「なら工藝館」を訪ね、「ならまち」をぶらついた。本企画教員(大阪市立大学勤務経験あり)推薦の白玉屋栄壽(えいじゅ)で名物「みむろ最中」を購入し、日本酒発祥の地・奈良の今西清兵衛商店で「春鹿」の利き酒をさせていただいた。
奈良には今西姓が多い
予定の行程はここまでだったが、近鉄奈良駅に向かうべく乗り込んだタクシーで、運転手さんの名前が今西だったことから、話が連想ゲームよろしく展開した。運転手さんの話では、奈良には今西姓は多い。そのわけは、藤原氏の先祖とされる中臣氏やその従者が鹿島神宮をたつとき、「チョット西に行ってくる」と言ったからだ、という眉唾物を披露してくれた。
私が茨城県から来たと言うと、「何かの縁ですね」と返してくれたので、私もイバラキ弁で「いや、どうも」と応じた。お後がよろしいようで…。(専修大学名誉教授)






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