木曜日, 8月 27, 2026
ホーム暮らし「透明人間じゃない」学校での付き添い 母たちによるトークイベント

「透明人間じゃない」学校での付き添い 母たちによるトークイベント

20日 つくば

障害のある子どもが学校に通うとき、保護者に「付き添い」が求められることがある。役割は、学校生活に必要な介助。しかし実際には「待つだけ」の時間が長く、孤独や虚しさに押しつぶされることもあるという。

つくば市で20日、学校での「付き添い」を経験した保護者らによるトークイベント「『透明人間』になった私たちのお話」(つくば自立生活センターほにゃら主催)が開かれる。登壇するのは、写真集「透明人間 Invisible Mom(インビジブル・マム」を出版した都内在住の写真家、山本美里さん、つくば市内の小学校に通う娘を育てる堀玲さん、医療的ケア児の親の会「かけはしねっと」代表理事で市内に住む根本希美子さん。3人それぞれが障害のある子の保護者として孤独や葛藤に向き合ってきた。

教室の後ろで座り続けた

堀玲さん(左)と小学5年の長女のイラスト(堀さん提供)

「学校での役目は、子どものトイレと階段の上り下り、それから物が落ちた時に拾うこと。それ以外は、教室の後ろで座っているだけだった」と堀さんは言う。

堀さんの長女は市内の学校に通う小学5年生。脳性まひによる障害から日常生活に車いすが欠かせない。幼稚園では、障害児を支える「加配」の先生が付き、堀さんは送り迎えをするだけだった。多くの友達に恵まれ、多目的トイレを1人で利用できるようになるなど、日々できることが増えていく娘の姿に「親の方が励まされた」と振り返る。だからこそ、「小学校も、地域の学校で」との思いは強かった。

しかし、入学要件として求められたのは「保護者による付き添い」だった。学校には「加配」に代わる「特別支援教育支援員」が各学校に配置されるが、当時、入学予定の学校では支援学級の児童が優先されていた。自身でノートをとったり、友人とコミュニケーションをとることができる娘は、普通学級で学んだため支援員の対象から外れた。「付き添い」は堀さんにとって辛い日々の始まりだった。6、7時間、会話を交わすこともなく、朝から下校時間まで椅子に座り続けた。

「体はガチガチに硬くなるし、それ以上に心が沈んでいく。周りに迷惑をかけないよう気を張っていたけれど、何もしないまま時間だけが過ぎていく虚しさに、どうしても耐えられなくなった。ただただ悲しかった」と話す。

学校と保護者が話し合える関係を

娘が2年生に進級したある日の授業中、無意識に涙が流れ出し止まらなくなった。3年生になるころには重度のうつ病と診断され、「すぐに学校に行くのをやめて夫に代わってもらい、休んでください」と医師から告げられた。

「明日こそ頑張ろうと思うと夜眠れなくなり、朝が来ると、学校に行くのが嫌で嫌でたまらなかった。起き上がることもできなくなった。親の私が登校拒否になってしまった」

市に掛け合い、学校の体制も変化し状況が好転する。学校がこれまでの対応を謝罪し、支援員の増員を決定。さらに階段に昇降機がついたり、トイレが多目的用に改修されたりし、付き添い時間も徐々に減っていき、現在は登下校の送迎のみとなっている。

「子どもが幸せに学校で過ごせるように、学校が、保護者と一緒に考える場所であってほしい。『これに困ってるんですが、どうすればできますかね?』と、遠慮せず話し合える関係を築いていきたい」と堀さんは言う。

求められた「存在を消すこと」

山本美里さん(山本さん提供)

2023年に刊行された写真集「透明人間 Invisible Mom」。そこに写るのは写真家・山本美里さん自身だ。今年3月に亡くなった三男 瑞樹さんが通った特別支援学校に付き添った自身の日々を可視化した。

瑞樹さんは、生後間もなく先天性サイトメガロウイルス感染症と診断され、たん吸引や人工呼吸器を必要とした。入学した特別支援学校には看護師がいたが、当時、瑞樹さんが緊急時に使用する手動の人工呼吸器具「アンビューバッグ」は保護者しか学校で扱うことが認められなかったため、毎日学校に待機せざるを得なかった。「使用するのは年に一度あるかないか。いつあるかわからない緊急連絡をただ待つために、一日中、誰もいない部屋に待機していました」。学校で求められたのは「存在を消すこと」だったという。修学旅行には自費で付き添いながら、記録写真には写らないよう求められ、給食は出ないので弁当を持参した。つらい状況を変えようと、学校や教育委員会に相談するも、変化はない。次第に追い詰められて、適応障害を患った。

その中で始めたのが写真だった。通信制の大学に入り、卒業制作として取り組んだのが『透明人間』だ。教員や校長も被写体として巻き込みながら「付き添い」の現実を可視化した。

学校と保護者は一つのチーム

「本来、学校と保護者は一つのチームであるべき。お互いに話を聞き合って、歩み寄って、ウィンウィンの関係でいられることが大事。先生方が作品に参加してくださったことで、『この状況を一緒に変えられるかもしれない』と感じられたのは、大きな救いだった」と振り返る。

写真集にしたのは「障害のある子の親は外出すら難しい。本にすれば、必要な人に家の中で見てもらえる」からだ。読者からは「これは私の話かと思った」「自分だけじゃなかった」との声が寄せられた。「医療的ケア児の親は少ないし、付き添っている親も少ない。障害によって状況も異なる。周りに似た状況の人がいないと、不満を抱くのは私がおかしいんじゃないか? みんな受け入れてるのにできないのは私の問題なんじゃないか?などと考えてしまう。本音も言えずにいる人は多い。だから『透明人間』を見て、自分の思いを言葉にしてもいいんだと思ってもらえたらうれしい。そういう橋渡しをするのが今の私の役目なんじゃないかなと思っている」と話す。(柴田大輔)

◆トークイベント「『透明人間』になった私たちのお話」は、9月20日(土)午後1時から午後3時30分まで、つくば市研究学園のつくば市役所コミュニティ棟で開催。定員60人、手話通訳あり。参加申し込みは専用サイトへ。申込締め切りは15日(月)。会場では、山本さんによる写真展「透明人間 Invisible Mom」の写真展も開かれる。展示は同会場で午後6時まで。問合せは、「つくば自立生活センターほにゃら」電話:029-859-0590、ファックス:029-859-0594、メール:cil-tsukuba@cronos.ocn.ne.jpへ。

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

4 コメント

4 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho





spot_img

最新記事

地籍調査で土地所有者48人の個人情報を紛失 つくば市

つくば市は26日、市発注の地籍測量調査で、請負業者が現地調査を実施した際、市内の土地所有者48人の個人情報が書かれた図面を紛失してしまったと発表した。紛失したのはA1サイズ(84センチ×59センチ)の図面2枚で、土地の境界や地番、田畑など土地の用途(地目)が書かれた地図上に、それぞれの土地所有者48人の氏名が書かれていた。 市道路計画課によると、地籍調査を請け負った事業者が19日、旧谷田部地区の田畑や雑種地で、48人の個人情報が記されたA1サイズの図面2枚を画板に取り付けて、一筆ごとの土地の地目、境界の位置、面積などを測量する現地調査を行い、午後5時ごろ、社有車で会社に戻って車内を確認したところ、紛失に気付いた。 同課によると、現地調査をした社員は「図面を車に積み込んだ記憶はあるが、帰社して車内を確認したら無かった、現地に戻って探したが見つからなかった」などと説明しているという。翌20日午前9時ごろ、事業者から市に紛失の連絡があった。 この事業者は、今年7月から来年3月までの期間、地籍の未調査地区である旧谷田部地区計約29ヘクタールの地籍調査を請け負っていた。市は事業者に対し、調査資料の適切な管理と取り扱いを徹底するよう強く指導したとしている。 土地所有者48人に対しては、直接自宅を訪問したり電話するなどして41人に謝罪したとし、連絡が取れなかった残り7人についてはお詫びの通知を出すとしている。

天皇賜杯、全日本、国体出場選手・監督が決意 筑波銀行で壮行会

天皇賜杯に出場する筑波銀行軟式野球部員と、全日本選手権水泳飛び込み競技に出場する同行石岡支店勤務の北村夢選手、国民スポーツ大会(国体)セーリング競技に監督として出場する同行リテールソリューション部勤務の木村俊介さんの壮行会が25日、つくば市竹園の筑波銀行本部ビルで開かれ、生田雅彦頭取と役員らを前に意気込みを語った。いずれも9月に開催される。 天皇賜杯で初勝利目指す 軟式野球部 軟式野球部は7月に行われた全日本軟式野球茨城大会決勝戦で常陽銀行を13ー1(6回コールド)で破り、3年ぶり3度目の出場を果たした。小松祐輔監督は「毎週土日、厳しい練習を積み重ねた結果、全国大会出場の切符を手にすることが出来た。全国大会では茨城県の代表、筑波銀行の代表として、プライドを持って一戦必勝で頑張る」と意気込みを話し、星駿斗主将は「3年振りの全国大会で、選手も入れ替わり若い選手が多くなっている中で、勢いのあるチームになっている。まずは天皇賜杯で初勝利し、ベスト8を目指し全力で勝ち抜く」と力強く語った。 野球部部長の岡野信裕常務は「天皇賜杯では勝ったことがないので、初勝利を目指し、筑波銀行の看板を背負って野球をやっていることを肝に銘じてしっかり戦う」と話した。天皇賜杯は9月18〜23日、奈良県で開催される。 ナショナルチーム入り目指す 水泳 北村夢選手 水泳飛び込み競技に出場する北村夢選手は、関西選手権と関東選手権の両方に出場し、基準となる200点を突破、見事に全日本選手権の切符を手に入れた。 「3メートルと1メートルの飛び板競技に出場する。255点を目標に、ナショナルチーム入りと、最終的には表彰台に立ちたい」と意気込みを語った。全日本選手権は9月2〜6日、滋賀県草津市で開催される。  国体の表彰台に セーリング 木村俊介監督 セーリング競技の木村俊介監督は、監督としては4回目の出場。選手として現役最後の2022年に団体優勝し、日本一を経験している。「次は監督として表彰台に上りたい。選手のほとんどは霞ケ浦高校出身者が多く、霞ケ浦高校で日本一になって、大学に進学してセーリングの部活を続け、県代表選手として起用しているので、知っている選手ばかり。コミュニケーション、チームワークが出来ているのでとても良い環境。日本一を目標に頑張る」と決意表明した。 国体セーリング競技は9月4〜7日、青森県むつ市で開催される。 「悔いなくやり切って」 生田雅彦頭取は「筑波銀行の名を背負い、自覚と誇りを胸にこれまで頑張って培ってきた実力を、平常心で存分に発揮して、健康と安全を第一に、競技を楽しむ気持ちを忘れずに頑張っていただきたい。皆さんがそれぞれの舞台で悔いなくやり切ったと胸を張って言えることが、我々の最大の喜び。勝っても負けても、その過程で得た経験や成長が皆さんの財産になり、職場、銀行全体の力にもなって、職員たちの良い刺激になってくれる」と激励の言葉を伝えた。(高橋浩一)

見える人、見えない人 《短いおはなし》54

【ノベル・伊東葎花】 我が家はいわゆる「見える」家系だ。パパもママも私も、生まれたときから幽霊が見える。ただ、どういう訳かお姉ちゃんだけは「見えない」人だ。霊感が全くない。だからといって困ることなど何ひとつない。霊なんて、見えないに越したことはないのだ。そんな我が家に、ちょっと困ったことが起きた。お姉ちゃんが、幽霊を連れてきてしまったのだ。青白い顔の男の霊が、お姉ちゃんの肩に乗っている。「どうする? パパ、ママ、教えてあげた方がいいかな?」 「あの子は怖がりだから、きっとパニックになるよ」 「悪い霊じゃなさそうだし、明日にはいなくなるでしょ」お姉ちゃんはまるで気づかない。 「ああ、肩が重い。誰かもんでくれない?」 「お姉ちゃん、もんだくらいじゃ治らないよ」 「そうか。疲れがたまってるのかな。明日マッサージ行こう」 (マッサージでも治らないけどね)翌日、お姉ちゃんに取りついた霊は、いなくなるどころか2人に増えた。しかもまた男の霊だ。そして日を追うごとに、男の霊が増えていく。 「お姉ちゃん、会社で何かあった?」 「何かって?」 「男の人がいっぱい死んだとか」 「あるわけないでしょ」 「じゃあ、最近変わったことは?」 「何もないわよ。占いでモテ期到来って言われたけど全然だめよ。婚活はハズレばかり。私のモテ期はいつ来るの?」 いつもの愚痴が始まっちゃった。退散しよう。とはいえ、放ってはおけないので、知り合いの霊媒師に来てもらった。 「おばば様、うちの長女はものすごい怖がりなんです。霊がついたと知ったら大騒ぎです。どうか寝ているうちに除霊してください」 「ふむ、見える家系に生まれたのに、見えない上に怖がりとは、ふびんなことじゃ」お姉ちゃんの部屋に行くと、ベッドの周りに霊たちがふわふわ浮いている。何も感じないお姉ちゃんは、すやすやと寝ている。 「悪い霊ではないな。どれ、話を聞こう」 おばばが、霊たちひとりひとりに話しかけた。私たちには霊は見えるけど、声は聞こえない。ここはおばばに任せて、隣の部屋で除霊が終わるのを待った。30分後、おばばがお姉ちゃんの部屋から出てきた。 「終わったぞ。もう大丈夫じゃ」 「なぜ、あんなにたくさんの霊が姉に?」 「恋じゃ。あの霊たちは、あの子に恋をしたそうじゃ。しかし、しょせん、幽霊と人間の恋。かなわないと知って、みんな離れた。切ないのう。罪な女じゃ」翌日、お姉ちゃんはすっきりした顔で起きてきた。 「今日は肩が軽いわ~」 「よかったね」 「次の婚活はうまくいくような気がする。私にもやっとモテ期が来るかも」 …お姉ちゃん、モテ期、来たよ。生きてる男じゃないけどね。 (作家)

「『軍都』を生きる」の著者、新書「軍都を歩く」を出版

「『軍都』を生きる」(2023年2月、岩波書店刊)で、旧海軍航空隊施設があった阿見町と隣接土浦市の戦前・戦中・戦後の生活史をまとめた清水亮さん(慶應大学環境情報学部専任講師)が、調査研究地域を全国に広げ、中公新書「軍都を歩く」(26年7月、中央公論新社刊)を出版した。副タイトルは「基地と住民の地域生活史」。前書「…生きる」の視点が貫かれている。 新刊書について、清水さんは「軍事基地の受容や葛藤の中で生きた人々の生活のリアリティに迫ろうという試み。等身大の経験を追体験し、現場で歴史が掘り起こされていく過程も垣間見えるような地域史の読み物を目指す―という志は「『軍都』を生きる」から通底している」と話す。 調査研究を全国の「軍都」に拡大 取り上げた地域は、神奈川県藤沢市辻堂(第1章:湘南海岸に眠る海軍と米軍の記憶)、東京都新宿区戸山ケ原(第2章:公園化する演習場)、茨城県土浦市・阿見町(第3章:「空都」と自衛隊のスペクタクル)、広島県呉市・江田島(第4章:旧軍都の平和都市と海軍・自衛隊の街)、沖縄県八重山・与那国島(第5章:過疎化のなかの自衛隊誘致)の5箇所。 阿見と土浦は「『軍都』を生きる」(23年3月22日付)の調査対象だったが、新刊書でも一つの章が割り当てられた。「…生きる」との違いは「前の本の土浦関連記述を基礎に大幅加筆した第3章は、新たなトピックスを盛り込んだ分、紙幅の都合で省略した部分もある」としており、前書よりもコンパクトながら内容が濃くなった。 霞月楼、ツェッペリン、陸上自衛隊 第3章には、霞ケ浦航空隊の将士が利用した保立食堂(てんぷら屋)、吾妻庵(そば屋)、霞月楼(料亭)など、今でも土浦市内に残る有名店も登場。将校たちが利用した霞月楼のくだりを読むと、海軍さんと戦前・戦中の遊興街の関係がよく分かる。独巨大飛行船「ツェッペリン号」の飛来(1929年8月)、大西洋横断機「リンドバーグ号」の飛来(1931年8月)の際には、霞月楼で大歓迎宴会が開かれたという。 清水さんの「歴史のフィールドワーク」はきめが細かい。古老や識者からの聞き取りをベースにしながら、図書館の蔵書・新聞や古本屋の郷土資料のほか、街の看板や記念碑の文言まで読み込む。NEWSつくばの池田充雄記者が連載した「霞月楼コレクション」1~12(20年6月7日~12月20日連載)も参考文献として巻末に記載されている。1948年創刊の地方紙、常陽新聞も丹念に読み、戦後、陸上自衛隊が旧海軍跡地を引き継いだ結果、地域に「軍都」が戻ったことを歓迎する経済界の記事を引用している。 「軍都」化が進む沖縄県与那国島 第1章~第4章は旧陸海軍・占領米軍・自衛隊と各地域の関わり合いが描かれているが、第5章は中国の脅威に備えて「軍都」化が進む与那国島が対象になり、一転、現地ルポ風になった。先の大戦中は特攻機が不時着する島、戦後も中国の動きを監視するレーダー塔しかなかった島が、今では対艦・対空ミサイルも備えた自衛隊の前線基地になりつつある。 「自衛隊誘致は過疎化対策の一環。それに代わるには、大企業を誘致しないと島が抱える問題の解決は難しい」といった歓迎論、「電子部隊までは聞いていたけど、ミサイル部隊までとは。どんどん基地が広がっていく可能性があって恐ろしい」といった懸念論を地元の誌紙から紹介、「軍都」化に揺れる同島の今を伝えている。(坂本栄)