「『軍都』を生きる」(2023年2月、岩波書店刊)で、旧海軍航空隊施設があった阿見町と隣接土浦市の戦前・戦中・戦後の生活史をまとめた清水亮さん(慶應大学環境情報学部専任講師)が、調査研究地域を全国に広げ、中公新書「軍都を歩く」(26年7月、中央公論新社刊)を出版した。副タイトルは「基地と住民の地域生活史」。前書「…生きる」の視点が貫かれている。
新刊書について、清水さんは「軍事基地の受容や葛藤の中で生きた人々の生活のリアリティに迫ろうという試み。等身大の経験を追体験し、現場で歴史が掘り起こされていく過程も垣間見えるような地域史の読み物を目指す―という志は「『軍都』を生きる」から通底している」と話す。
調査研究を全国の「軍都」に拡大
取り上げた地域は、神奈川県藤沢市辻堂(第1章:湘南海岸に眠る海軍と米軍の記憶)、東京都新宿区戸山ケ原(第2章:公園化する演習場)、茨城県土浦市・阿見町(第3章:「空都」と自衛隊のスペクタクル)、広島県呉市・江田島(第4章:旧軍都の平和都市と海軍・自衛隊の街)、沖縄県八重山・与那国島(第5章:過疎化のなかの自衛隊誘致)の5箇所。
阿見と土浦は「『軍都』を生きる」(23年3月22日付)の調査対象だったが、新刊書でも一つの章が割り当てられた。「…生きる」との違いは「前の本の土浦関連記述を基礎に大幅加筆した第3章は、新たなトピックスを盛り込んだ分、紙幅の都合で省略した部分もある」としており、前書よりもコンパクトながら内容が濃くなった。
霞月楼、ツェッペリン、陸上自衛隊
第3章には、霞ケ浦航空隊の将士が利用した保立食堂(てんぷら屋)、吾妻庵(そば屋)、霞月楼(料亭)など、今でも土浦市内に残る有名店も登場。将校たちが利用した霞月楼のくだりを読むと、海軍さんと戦前・戦中の遊興街の関係がよく分かる。独巨大飛行船「ツェッペリン号」の飛来(1929年8月)、大西洋横断機「リンドバーグ号」の飛来(1931年8月)の際には、霞月楼で大歓迎宴会が開かれたという。
清水さんの「歴史のフィールドワーク」はきめが細かい。古老や識者からの聞き取りをベースにしながら、図書館の蔵書・新聞や古本屋の郷土資料のほか、街の看板や記念碑の文言まで読み込む。NEWSつくばの池田充雄記者が連載した「霞月楼コレクション」1~12(20年6月7日~12月20日連載)も参考文献として巻末に記載されている。1948年創刊の地方紙、常陽新聞も丹念に読み、戦後、陸上自衛隊が旧海軍跡地を引き継いだ結果、地域に「軍都」が戻ったことを歓迎する経済界の記事を引用している。
「軍都」化が進む沖縄県与那国島
第1章~第4章は旧陸海軍・占領米軍・自衛隊と各地域の関わり合いが描かれているが、第5章は中国の脅威に備えて「軍都」化が進む与那国島が対象になり、一転、現地ルポ風になった。先の大戦中は特攻機が不時着する島、戦後も中国の動きを監視するレーダー塔しかなかった島が、今では対艦・対空ミサイルも備えた自衛隊の前線基地になりつつある。
「自衛隊誘致は過疎化対策の一環。それに代わるには、大企業を誘致しないと島が抱える問題の解決は難しい」といった歓迎論、「電子部隊までは聞いていたけど、ミサイル部隊までとは。どんどん基地が広がっていく可能性があって恐ろしい」といった懸念論を地元の誌紙から紹介、「軍都」化に揺れる同島の今を伝えている。(坂本栄)






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