火曜日, 7月 14, 2026
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高校3年生「大人の選択」できるよう つくばで県内初の合同企業説明会

7月に入り、企業からの求人票の公開が始まり、来年3月の新規高校卒業者の採用選考スケジュールが本格的に動き出した。学校から企業への生徒の応募書類の提出が始まる9月5日に向け、高校3年生に毎年繰り返される「勝負の夏」だが、18歳が成人となった今年は少し風向きが変わってきた。「大人の選択」ができるよう、企業と高校生が一堂に会し、直接対面によるコミュニケーションを図る合同企業説明会が14日、茨城県では初めてつくば市で開かれた。

「ジョブドラフト」と銘打った合同説明会は、高校生の就職支援を行っているジンジブ(本社・大阪)が全国の都道府県単位に開催している。県内初開催となる14日は、つくば国際会議場(つくば市竹園)に求人側は茨城県警を含む10事業者、求職の高校生は7校33人が集まった。

求人企業が会場に設けた個別ブースを高校生が自由に訪問し、説明を聞き、質問して研究する。高校生は企業の求人票を受け取ることができ、職場見学や応募したい企業を探すことができる。職業体験ができるようブースに準備する企業も多数あった。

「1人1社制」のルールに見直し機運

高卒採用の活動スケジュールは、大卒採用とは動き方が異なり、行政・主要経済団体・学校組織の3者による協定によってルール化されている。ほぼ戦後70年以上変わらないことから、「働き方改革」をはじめとする時流に合わなくなってきた側面もある。

よく指摘されるのは「1人1社制」の弊害。企業が自社への応募に際して高校生に単願を求め、学校側も応募の推薦を制限し、9月の応募解禁日から一定期間まで、一人の生徒が応募できる企業を1社とする制度が長年運用されている。

高校生にとっては早期に内定が得られ、企業には内定辞退者が出にくいなどのメリットがあったが、大卒と比較すると高校新卒者の1年目の離職率が高い傾向が見られることなどから、近年ルールの見直し機運が生じている。進路選択の段階で多くの企業情報に触れたり、接触の機会を増やすことが望まれる。

ジンジブは、高校生の求人・求職に関わるノウハウを蓄積して、企業、学校に提供しつつ、高校生自ら「キャリア形成」と「進路選択」の幅を広げられるよう支援する取り組みを行ってきたという。

茨城会場の担当者によれば「高校によっては就職について専門知識を持つ先生がおらず、企業も中小零細の規模だと採用は社長任せになっていることもあり、当社が入ることで互いのギャップを埋める。会場では、進学校に通っており学校には求人票はわずかしか届かず、先生も就職の知識がなくて困っているという生徒の話も聞けた」そうだ。

企業側からの参加者であるナオイオート(取手市)人事課の中山香織さんは「メカニックを担当する人材が欲しい。まだまだ人材が足りないので、高卒者に資格をとりながら仕事が出来るチャンスを伝えていきたい」。同社のブースで話を聞いた鹿島学園高竜ケ崎キャンパスの高野颯太君(17)は「バイクが好きなので、就職先として検討したい、説明を受けてとても良かった」と感想を語った。(榎田智司)

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県産農産物輸出に頑張る人たち《邑から日本を見る》196

【コラム・先﨑千尋】6月、茨城県営業戦略部は、昨年度の県産の農産物・加工食品の輸出実績が前年比127%増え、120億円を突破したと発表した。内訳は、農産物が48億円(青果物など33%増、米24%増、畜産物43%増)、加工食品が73億円で、いずれも過去最高。中でも甘藷(かんしょ)のアジア向けが堅調に増加し、常陸牛は3倍以上に伸びた。 私は、同月に「農業協同組合新聞」が水戸市で行った輸出関係者の座談会を傍聴し、苦労話などを聞く機会を得たので、そのエキス部分をお伝えする。出席者は、なめがたしおさい農協の金田富夫組合長(甘藷)、北つくば農協の川津修組合長(米)、県常陸牛振興協会の谷口勇事務局長、進行は県農協中央会農業政策アドバイザーの萩谷茂さん。 金田組合長は、なめがた農協職員の時、甘藷の需要を伸ばすためにスーパーの店頭で焼き芋販売を始めた。その苦労が実り、今では4000を超えるスーパーの店舗で通年販売している。海外進出を本格的に始めたのは2016年。東南アジアやカナダなどへ年間1000トン、約3億円を輸出している。2017年に農林水産祭での大賞、天皇杯を受賞したので、日本の食文化を海外に発信しようと考えた。 国内販売用の「焼き芋の話」というマニュアルを英語に翻訳し、品種の特性や焼き方、貯蔵の仕方などを現地の人に説明している。国際基準に対応した品質管理が求められるため、アジアGAP(農業生産の各工程の実施、記録、点検、評価を行い、食品の安全性向上、環境の保全などに役立てるためのガイドライン)を取得。生産者はその基準に沿った作付けをしている。 「国内では売れないから海外へという考えではなく、産地として日本の代表というプライドと自信を持って輸出することが大事」と金田組合長は強調した。 北つくば農協は、いち早く農家からの米の全量買い取りを始めたことで知られている。2014年に卸業者から米輸出の話があり、14トン輸出したのが始まりで、海外の日本食ブームにより和食の店が増えてきたことから輸出に力を入れてきた。農協では、生産者が継続し、責任を持って取り組むグループとして米輸出協議会を組織し、出荷者は200人を超え、2025年には2200トンを輸出した。 人気ある日本のお米 「海外ではジャパンライスはおいしいという評価が定着している。インバウンドで日本に来ておいしいおにぎりを食べ、回転寿司も人気がある。日本に来て、和食のおいしさが分かった人にはジャパン産の米を食べたい需要がある。またその土地、その地域、国民性に合った食べ方も含めて一緒に輸出することが必要だ」と話した。 常陸牛は牛肉の世界では後発のブランドだ。15年前の生産頭数は5000頭くらいだったが、昨年度は1万2000頭を超え、和牛に占めるシェアも上がってきている。牛肉の輸出は2014年にベトナムへの400キロがスタート。ベトナム、タイ、シンガポールを中心に輸出を始め、現在ではイスラム圏やアメリカ、カナダへと販路を拡大している。 谷口事務局長は「国内での必要な生産量を確保し、海外へは付加価値を付けて、生産者の経営が安定するような輸出をする。現在でも海外輸出の価格は国内の流通価格よりも高くしている」と今後の方向を示した。(元瓜連町長)

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