火曜日, 10月 6, 2026
ホームつくばキャンパスの風景変える開放系のファサード【つくば建築散歩】2

キャンパスの風景変える開放系のファサード【つくば建築散歩】2

筑波大学 総合研究棟D

2000年代初頭、筑波大では部分的なキャンパスリニューアルを進め、次世代研究や授業の拠点となる施設を新築した。中でも、従前の大学施設に見られる茶褐色系の落ちついた意匠から離れ、メタル系の外装とガラスカーテンウオールを駆使した斬新な建物として2004年に完成したのが総合研究棟Dだ。本連載のコメンテーターである筑波大学名誉教授の鵜沢隆さんの設計作品でもある。

視点の移動で表情が変化

【鵜沢名誉教授コメント】「学内を環状に循環するループ幹線道路の南端の敷地に、新たな大学院教育・研究施設を設計するにあたり、道路に沿って湾曲した建築のボリューム計画が、その必然的なスタートラインであった。それに対して大学施設部からは、他の大学施設との連続性から、キュービックなボリュームの建築が強く求められたが、最終的にはデザインに対する全面的な理解と支持を獲得して実現した。

総合研究棟D(同)

主要な設計意図は、緩くカーブする開放的で、柔らかな外観の表現と、連続的に変化する道路からの視点に応じて表情が変化する、建築の外観の実現にあった。

そこで採用されたファサード(正面の外観)の素材が、開放的なガラスとFRP(繊維強化プラスチック)のグレーチング(格子状の構造材)であった。FRPのグレーチングは、視点の移動による表情の変化が意図されただけでなく、直射日光や西日のコントロールのためにも採用された素材であった。その結果、教育・研究施設としての開放的な空間を実現したばかりか、筑波大学の新しい建築のシンボルとして学内外から受け入れられることにもなった。

建築の外観のみならず、各階のインテリアには様々なデザイン的仕掛けが施されているが、教員や学生たちには、それらのデザインはすでに日常的な風景となっているようだ」

総合研究棟Dの内部。各階のインテリアには様々なデザイン的仕掛けが施されている(同)

次世代のイメージを実現

【建築散歩】この建築プロジェクトで、名誉教授で建築家の鵜沢隆さんと出会った。

当時、芸術学系教授であった鵜沢さんは、学生が通って快適さを感じる開放的な建物を提案した。建物はキャンパス内をループする周回道路沿いの建設敷地で、周回道路に沿った外観を特徴とするような配置計画を描き、実際の研究棟も道路側ではけやき通りからかえで通りに連なる道の、アールに寄り添うような曲面で建設されている。

このファザードが、今ではスタンダードとなった金属製ルーバー(細長い板を平行に複数並べたもの)による意匠表現を与えられ、研究棟本体がコンクリートの塊である様子を感じさせない。ルーバーの内側はサッシュ(窓枠)を含めたガラスのカーテンウオールが見え隠れしており、質実剛健な印象を与えた他の総合研究棟に対して、並木道と融合した次世代のキャンパスイメージを実現させた。

設計は、東京ビッグサイトの設計で有名な佐藤総合計画が協力している。佐藤総合計画は、土浦市役所旧庁舎(2020年5月17日付)や改修以前の土浦市民会館(20年5月16日付)を手がけた佐藤武夫建築設計事務所が前身だ。(鴨志田隆之)

筑波大学大学会館にある、もう一つの鵜沢隆名誉教授設計の「総合交流会館」夕景。開学30周年記念として2006年に竣工した。鵜沢名誉教授は「学内外の交流と大学の情報発信の象徴的な拠点として、大学会館の閉鎖的な空間とは対照的に、開放的な『ガラスボックス』を大学会館に貫入させる意匠となった。この施設の実現によって、学外からの車による直截的なアクセスが視覚化された」とコメントしている(同)

続く

➡つくば建築散歩1 槇文彦、筑波大学大学会館はこちら  
➡つくば建築散歩3 坂倉建築研究所、つくば国際会議場はこちら 
➡つくば建築散歩4 谷口吉生、つくばカピオはこちら 
➡つくば建築散歩5 伊東豊雄、南3駐車場はこちら 
➡つくば建築散歩6 妹島和世、ひたち野リフレはこちら 
➡つくば建築散歩7 磯崎新、つくばセンタービルはこちら (敬称略)

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