水曜日, 11月 12, 2025
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地磁気観測所移転問題が再燃 県、対国交渉へ

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地磁気観測所=石岡市柿岡

一時は絶望視されていた気象庁地磁気観測所(石岡市柿岡)の移転問題が、再燃を見せ始めている。県議会第2回定例会(6月1-18日)でも議題に上り、大井川和彦知事は改めて対国交渉に取り組んでいく姿勢を表明した。

観測所は、東京での市内電車(直流電車)の開通に伴う観測業務への影響を考慮し、1913(大正2)年に柿岡に移転した。施設の半径35キロ圏内では直流電化が制限されるため、1985年にいわゆる常磐新線(現在のつくばエクスプレス)の整備が位置付けられた際にも、導入車両の電化方式や関連施設整備の面で大きな障害となっていた。

このため、県は1982年に新線整備計画の検討に合わせ、有識者などで構成する「地磁気観測所問題研究会」を設置し、学術、技術的な検討を加え、不可能とされていた施設移転に関し、一部機能については(施設移転が)可能であることなどを報告書として提示した。

これを受け、1984年には県、市町村、商工団体などによる「地磁気観測所移転促進協議会」を発足させ、官民一体となり気象庁などに働き掛けを行った。しかし移転費用の負担問題などから、1994年頃に働き掛けを事実上断念した。協議会の活動も、自然消滅の状態を余儀なくされた。

しかし大井川知事はあきらめきれない様子で、第2回定例会の答弁で、TX(つくばエクスプレス)が本県発展の重要なファクターであることを強調しながら、東京延伸だけでなく、県内延伸、さらには都心と県西地域を結ぶ地下鉄8号線の県内延伸など、東京方面との相互乗り入れの課題になっていると指摘した。

一昨年の2019年、知事自ら気象庁に移転の申し入れを行った。気象庁は直流電流による観測ノイズの除去方法などについて検証したが、昨年、これまで通り、「移転は困難」との見解が示されたという。

そこで県は「そもそもこの施設は国が東京から移転を進めたものであり、国の責任において県外へ移転を進めるか、出来ないのなら地元への補償を行うべき」との新しい視点から▽施設を早期に、県外へ移転すること▽交流直流両用方式車両の導入に伴う車両整備費などの十分な補償を行うーなどを主な骨子とする要望を改めて提示することにした。

県交通政策課は「一度は消滅しかけた政策課題だが、鉄道ネットワークの形成と確立は茨城県の発展に重要であり、要望による対国交渉など、新たな活動に踏み出したい」としている。(山崎実)

拡張現実下のまつりつくば8月開催 やらないパレードもスマホで見せる

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2019年の「まつりつくば」おはやしパレードの様子

つくば市きっての夏祭り「まつりつくば」は今年、8月7日から31日のロングラン開催となる。新型コロナ対策から、土浦学園線でのねぶた大パレードや、センター広場でのステージイベント、飲食の出店などは実施しない。その代わり、最新のデジタル技術を駆使するなどして、つくばらしい夏祭りの新スタイルを提案する。

つくば市とまつりつくば実行委員会が主催し、毎年8月下旬に約45万人が参加する一大フェスティバルも、昨年はコロナ禍から中止となった。市観光推進課は「2年連続で中止とするのではなく、新型コロナの影響下でも、市民が楽しみ、華やかな気持ちになれるような機会を提供できるように、新しい形でまつりつくばを開催する」と話す。

今回、導入されるAR(Augmented Reality、拡張現実)技術は、スマートフォンの画面越しに、ナビゲーションや3Dデータを現実世界に重ねて出現させることが出来る。つくばセンター広場や土浦学園線で、指定のQRコードを読み込むと、スマホ画面を通して、実在の風景にねぶたやみこしが重なって表示される。まつりつくばのにぎわいが繰り広げられているかのようなバーチャル世界が手軽に体験できるという。

コロナ禍であっても祭りを楽しむための工夫で、アプリなどのインストールは不要。市によると「QRコードが記載されたチラシを全戸配布する。そのQRコードをスマホで読み取ってもらうと、これまで祭りで演出されてきたようなものや演出がARで再現される仕組み」だという。

具体的には「ねぶたやみこし、花火の表示を想定している。例年通りとはいかないが、祭りの雰囲気が感じられるものを用意する。例えば、センター広場や土浦学園線で見ていただければ、これまでのパレードを再現できるような形」だという。さらに「自宅で花火の演出を見ていただくような形」も想定し準備している。

ねぶたパレードで盛り上がった2019年夏の「まつりつくば」

つくばセンター広場を中心に提灯や行灯による空間演出など、お祭りならではの雰囲気を盛り上げる計画もある。

ほかにも、オンラインステージやデジタルスタンプラリーが新たに導入される。オンラインステージでは、おはやしやよさこいパフォーマンスをインターネット上で生中継したり、過去のまつりつくばの映像のオンライン配信が行われる。

デジタルスタンプラリーでは、市内の参加店舗(現在、店舗数は未定)で電子スタンプを集めた人を対象に抽選で賞品をプレゼントする。(山口和紀)

詳細については決定次第「まつりつくば」ホームページで随時発表される。まつりつくばオフィシャルサイトはこちら

2年ぶり 制作意欲倍加で150点 ムサビ卒業生ら県つくば美術館で支部展

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県つくば美術館で始まった武蔵野美術大学校友会茨城支部展=つくば市吾妻

武蔵野美術大学(ムサビ、東京都小平市)の卒業生らでつくる校友会の第18回茨城支部展が県つくば美術館(つくば市吾妻)で始まった。7月4日まで、会員30人の絵画など、作品150点が展示されている。

校友会顧問、沼尻正芳さん(70)によると、支部展はこれまで同美術館の第1スペースだけを使い、展示数は80点程度だったという。しかし、新型コロナ感染拡大の影響で中止になった昨年の分も挽回しようと今年は第1、第2両スペースを使い、例年の倍近い150点の展示になった。

展示されているのは、技法も油絵や水彩画、墨絵など絵画を始め、張り子人形や刺繍バッグ、藍染めスカーフなどさまざま。絵画は100号の大作もあれば、ハガキサイズの小さな作品も。沼尻さんは、「150点という数は見応えがある。ジャンルにとらわれない展示なので楽しんでいただければ」と語った。

故・繪畑浩二さん作品「猫の集会」

特別展示として昨年他界した会員、繪畑浩二さんの作品の展示コーナーもある。8点の展示のひとつ、「猫の集会」は、温かみのある表情で色鮮やかな6体の張り子の猫たち。来館者らから「かわいい」という声が上がっていた。

会場を訪れていた鈴木亮寛さん(76)はつくばみらい市田村にある華蔵院の住職。寺に所蔵している江戸時代の阿弥陀如来像を、沼尻さんに半年かけて描いてもらったという。「100号サイズで迫力がある。後光が差しているような姿に感動した」と見入っていた。

沼尻さんが描いた華蔵院の阿弥陀如来像に見入る来場者

同支部は、武蔵野美術大学と前身の帝国美術学校や武蔵野美術学校、短期大学、大学院などを卒業した茨城県出身者、在住者ら約80人が在籍している。大学卒業後も美術家として活動している人をはじめ、主婦、会社員や元教員などで、50代から70代が多いという。

支部展のほか、会員以外も参加できるクロッキー会やデッサン会などを牛久など県内で年3回ほど開催、地域住民とともに文化活動を創ることにも努めている。(伊藤悦子)

◇会期は4日まで。入場無料。午前9時30分~午後5時。最終日は午後3時で終了。

江戸時代の「酒」 《県南の食生活》26

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【コラム・古家晴美】前回、江戸前期に著された『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』(1697年)に記されていた、日本酒で作る「梅酒」について取り上げた。その後、江戸中期の類書『和漢三才図絵(わかんさんさいずえ)』(1712年)に基づき復元醸造された酒を入手し、飲んでみた。せっかくの機会なので、今回は「酒」つながりで、江戸の酒について述べることにしたい。

島根県の若林酒造が醸した「寛文の雫(かんぶんのしづく)」は、アルコール度14%、酸度4.4ミリリットル、アミノ酸度7.1ミリリットル、精米歩合90%、日本酒度(甘さと辛さを示す指標、マイナスになるほど甘くなる)マイナス78、酵母 生酛(きもと)―とラベルに記載されている。正直なところ、お酒というよりも味醂(みりん)に近い甘さだ。

現代の日本酒は、アルコール度数が大体16%、酸度1.5ミリリットル、アミノ酸度1.2ミリリットル、精米歩合70%前後、糖分4%―。日本酒度に関していえば、最近の超辛口がプラス25、大甘口がマイナス60というから、マイナス78がいかに甘いかがわかる。ちなみに、手元のプリズム式の糖度計で糖度を量ったところ、現代の某醸造元の甘口酒が11、超辛口が9、またウイスキーが14.5だったのに対し、「寛文の雫」は23.5であった(値が大きいほど糖度が高い)。

また、醸造学の小泉武夫氏によれば、江戸前期の『本朝食鑑』を復元した酒は、アルコール度数が17度で、酸度7本朝食鑑、アミノ酸度6本朝食鑑、糖分16%と、現代の酒の糖分の4倍だ。味が濃く、味醂のようにとろりとした酒で、「あんなに味の濃い酒、飲めるはずない」「酒に水増ししたものも結構、出回っていたのではないか」とのことだ。

酒の甘辛は世相を映す鏡

そもそも、少量の酒でも満足できる甘口の酒が好まれるのは、乱世や不景気、米不足の世で、飲み飽きない辛口は太平の世に好まれるとの説がある。

江戸後期になると、臼と杵(きね)の足踏み精米から水車精米へと移行し、高精白米が実現し、灘の辛口酒が人気を博す。1877~1990年の市販酒の平均値を示した資料によれば、明治は超辛口、大正はやや甘口、昭和は甘口。ところが昭和60年代以降は、肉食・油消費の増大により、さっぱりした辛口志向だそうだ。

さらに、小泉氏は『延喜式(えんぎしき)』にある古代の天皇や高官が嗜(たしな)む上級酒を再現した。アルコール度数は3%と低いが、酸度7ミリリットル、アミノ酸度9ミリリットル、糖分34%―。江戸の酒よりもさらに甘かった。しかし、このころの大甘口の酒は特権階級の飲みものであった。はちみつや大陸からもたらされた麦芽糖など、甘いものにアプローチできるのは、限られた人々だけだったのだ。下級官吏には、辛口の酒が給与の一部として現物支給されていた。

「たかが酒、されど酒」の甘辛について取り上げた。技術の発達も大きな影響を及ぼすが、味は時々の世相を映し出す鏡である同時に、時代の社会構造がそこに凝縮されているのだと考える。(筑波学院大学教授)

物材機構、製薬11社と共同研究スタート 世界に通じる標準化を目指す

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オープンラボが設置されるつくば(並木地区)の研究施設=物質・材料研究機構提供

物質・材料研究機構(NIMS、つくば市千現)が製薬企業11社とともに発足させたマテリアルズオープンプラットフォーム(MOP)が25日、医薬品に関する共同研究を開始した。参加企業はアステラス製薬、エーザイ、沢井製薬、塩野義製薬、第一三共、大鵬薬品工業、武田薬品工業、田辺三菱製薬、中外製薬工業、東和薬品、日本新薬。医薬品開発に関わる候補化合物の物性評価と製剤開発に関わる共同研究を企業の壁を越えて進め、研究開発の基盤力強化、開発技術の共有、開発手法の標準化を目指す。

MOPは産官学連携の新しい枠組みで、研究所と企業の個別な関係を各者の水平な連携に広げて構築し、国際競争力強化を図る。各企業が自前主義の発想から脱却し、保有技術を結集して共同で基礎技術力を磨くことが必須と考えられることから、NIMSが中心になってプラットフォームをまとめた。NIMS機能性材料研究拠点医療応用ソフトマターグループの川上亘作グループリーダーがプラットフォーム長を務める。

従来の医薬品は低分子化合物が中心だったが、近年は抗体、核酸、細胞など用いる材料が多様化しており、製薬企業には柔軟な対応力が求められている。新しい材料による医薬品は疾患予防や治療の可能性を大きく広げており、例えば新型コロナワクチンはm(メッセンジャー)RNA 技術によって開発されている。

国内製薬企業は、海外の大手製薬企業と比べると人員規模において大きく劣るのに加え、経営の効率化で研究所の部分分社化なども進み、新しい基礎技術の開発が難しくなっている。一方で、核酸医薬などの比較的歴史の浅い治療法においては評価手法が確定しておらず、その開発と標準化が急務となっていた。

つくば・並木地区にオープンラボ

当面の研究テーマは、①抗体医薬の分析法確立②抗体医薬の製剤化技術の開発③核酸医薬の物性評価法確立④低分子薬物の消化管吸収メカニズムの解明⑤非晶質医薬品の安定化⑥イオン液体の製剤利用-の6つをあげている。参加企業の約100人の研究者と共同研究を行い、国内製薬企業の物性評価・製剤開発に関する基礎技術力の向上と、製薬における開発手法において世界に通じる標準化を目指すという。

共同研究はコロナ禍で急速に普及したオンライン会議技術を利用することによって、企業間、研究グループ間の情報共有を頻繁に行って進める。また参加企業の研究者はNIMSが所有する最先端機器も利用でき、つくば(並木地区)に開設するオープンラボは、参加者が自由に出入りできる予定という。(如月啓)

「神様」寺内タケシを「伝説」の音職人がしのぶ 土浦三高下で追悼の夕べ

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「音屋セミナー」で寺内タケシさんを語る行方洋一さん=ノーチラスカフェ

18日に亡くなった「エレキの神様」、寺内タケシさんの葬儀・告別式が横浜市で営まれた26日、出身地の土浦で、ひそやかに、そして大きな音のロックンロールで故人をしのぶ追悼コンサートが催された。

在りし日の寺内タケシさん=実弟の寺内正夫さん提供

会場は阿見町のノーチラスカフェ(山本哲夫さん経営)。寺内さんの出身校である県立土浦三高(土浦市大岩田)が見下ろす道路沿いにあるコーヒーとジャズの店。近くに住む音響エンジニアの行方洋一さん(78)が2018年9月から、貴重な音源を持参して「音屋セミナー」を開いている。

セミナー19回目の26日は「シンフォニーオーケストラ」がテーマで、マーラーの交響楽などによるプログラムを用意していたが、急きょ前半部を「寺内タケシさん追悼の夕べ」に差し替えた。

亡くなった寺内さんは1939年生まれだから没年は82歳、行方さんとは4つ違い。1960年代、激動の音楽シーンを共に駆け抜けた世代だ。

出会いは自動車学校

「実は出会いからしておかしくってねえ」。行方さんが20歳のとき、やはり三高近くの阿見町にある県の自動車学校へ免許取得に行った。いわゆる「一発試験」、そのときが初対面で「2人とも、学科は受かったのだけど実技で落ちてね。印象に残った」。

このころから寺内さんは有名人、土浦ではことに「やんちゃ」ぶりが知られていた。父親の寺内竜太郎さんは市議会議長を務めた親分肌の政治家だったが、タケシさんには手を焼き、三高に入学させると、当時の真船始校長の自宅に寄宿させたというエピソードがある。この真船校長宅が、行方さんの自宅と通り1本をはさむだけのご近所だった。

東京に通う常磐線で乗り合わせるようになると、「お前は何をやってるんだ」と聞かれ、東芝音楽工業(後の東芝EMI)に勤めるレコーディングエンジニアだと明かした。寺内さんはキングレコード専属だったが、構わず「俺の音を録(と)ってくれ」という話に発展した。

1965年ごろ、東芝には専用のスタジオがなく、博報堂が麹町(東京・千代田区)にもっていたスタジオを借りていた。ここに寺内さんは自身のバンド「ブルージーンズ」と、後にグループサウンズブームをけん引することになる「ブルーコメッツ」を率いて乗り込んできた。ボーカルは内田裕也と尾藤イサオの2人だった。

行方さんによれば「アンプを利かせて38センチの大径ウーハー(スピーカー)4つを鳴らすんだけど、動き出しちゃうからバンドの坊やを上に乗っけて重石にして演奏するわけ。スタジオは2階にあったから1階でナレーションを録っていたDJがクレームつけてきてね、仕方がないから今日はもう帰ってくれって」。

一発録りのよき時代

皆が「やんちゃ」してた。日本のロックンロール創成期。セミナーでは2バンド、ツインボーカルの「ツイストアンドシャウト」や「青い渚をぶっとばせ」など、行方さん録音の楽曲を6曲ほどかけた。

2人の共同作業はこの時期だけ。「いわゆる一発録りで、エフェクター(装置)も多重録音(技術)もなかった。寺内さんのアドリブ(即興演奏)が入ってくると、ちょっとした癖があって、その音を拾う。下手なボーカルだなあ、なんて考えてることまで分かった」

寺内さんはこの後、「レッツゴー運命」で1967年日本レコード大賞編曲賞、母校の土浦三高を訪ねて始めた「ハイスクールコンサート」で活動の幅を広げていく。行方さんも坂本九「見上げてごらん夜の星を」や欧陽菲菲「雨の御堂筋」などのヒット曲を数多く手掛けたほか、クラシック曲の録音などでも高く評価された。一線を退いても「伝説の音職人」と呼ばれるほどの存在で、今日でも後進の指導に当たっている。「お互い一番いい時期に仕事ができてよかったと思っている」と懐かしむ行方さんだった。(相澤冬樹)

7月5日に聖火リレー 土浦、つくばの夕暮れ時を走る

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土浦市役所周辺に張り出される交通規制案内

7月23日の東京オリンピック開会に向けて、聖火リレーが4日、5日に茨城県内を走る。県内16市町を176人のランナーが巡る。土浦、つくば両市に入るのは2日目の5日、夕暮れどきとなる。

土浦市では、市内出身の柔道家で、2009年世界選手権金メダリストの福見友子さんら13人が走者を務める。県立土浦一高(同市真鍋)旧本館前を午後5時40分にスタートし、亀城公園を経由、約30分かけて土浦駅前の市役所(同市大和町)を目指す。

つくば市の走者は、宇宙飛行士の毛利衛さん、野口聡一さんら21人。午後7時5分にノバホール(同市吾妻)前吾妻セントラル歩道橋をスタートし、センター地区を周回、県内最終地点となるTX研究学園駅前公園(同市学園南)を目指す。駅前公園では、各日最終聖火ランナーの到着時に、聖火を聖火皿へ点火する式典が予定されている。到着式の観覧には事前申し込みが必要で、21日に締め切られている。

つくば市の聖火リレースタート地点 吾妻セントラル歩道橋付近

東京2020聖火リレーメディア事務局によると、新型コロナウイルス感染防止の観点から、沿道観覧の混雑を避けるため、各ランナーの走行区間は各走者がスタートする30分前まで非公表となっている。

大井川知事は23日の定例会見で、公道での聖火リレー開催について、今後感染が急拡大する可能性もあるとし、状況に応じて臨機応変な方針変更をすると話した。現段階では密にならないよう対策をとるとした。

リレーは3月25日に福島県からスタート、茨城県は45番目。4日に鹿嶋市の鹿島神宮をスタートし、袋田の滝や竜神大吊橋、霞ケ浦などの名所を走り、聖火をつなぐ。ライブ中継は、NHKの特設サイトで観覧できる。(柴田大輔)

追悼・高橋伍郎さん 霞ケ浦横断遠泳の実行委員長

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天王崎に到着したスイマーたち=霞ケ浦横断遠泳10周年記念誌から接写

「霞ケ浦横断遠泳を楽しむ会」の実行委員長をしていた筑波大学名誉教授(体育学)の高橋伍郎さんが6月14日、亡くなった。84歳だった。稲敷市和田岬(旧桜川村)から行方市天王崎(旧麻生町)までの約2.5キロを泳ぐ夏の催し、1987年から2011年まで25回続き、毎回100~125人の泳ぎ自慢のスイマーが参加した。

高橋伍郎さん

ただ24回と最終回は、土浦市の田村町 -大岩田の約2キロに変更された。天王崎にあった国民宿舎白帆荘が閉鎖され、遠泳後の入浴、シャワー、懇親の場がなくなったからという。24回と25回が土浦コースになったのは、大岩田の国民宿舎水郷の施設を使うためだったが、同宿舎も閉鎖され、25回が最後になった。

高橋さんを悼み、遠泳イベントの「言い出しっぺ」鈴木明夫さん(元茨城県歯科医師会会長)、会の事務方を務めた糸山直文さん(元ジョイフルアスレティッククラブ社長)に、遠泳会を率いた「伍郎さん」「伍郎先生」の思い出を話してもらった。

ジョイフル本田会長との出会い

ホームセンター「ジョイフル本田」(本社・土浦市)が1985年、荒川沖店(同市北荒川沖町)のすぐそばに、「ジョイフルアスレティッククラブ(JAC)」をオープンさせた。同社の本田昌也会長(故人)はJACの目玉施設として50メートルプールをつくった。その設計について助言したのが伍郎さん。米国のスポーツクラブはどうなっているのか、本田会長と伍郎さんは米国まで調査に行った。

完成した本格プールで泳ぎを楽しむうち、クラブ会員の鈴木さん(かすみがうら市生まれ)が伍郎さんに「子どものころ遊んだ霞ケ浦で泳がないか」と提案。水質が懸念されたが、伍郎さんが「湖でとれたものを食べているのなら大丈夫」と遠泳会が生まれた。

霞ケ浦=水質の悪い湖のイメージを修正するのにピッタリと、会の発起人グループが竹内藤男知事(当時、故人)を訪ね、茨城県の支援を要請。知事は即決で初回100万円の補助を約束。その後も毎回60~100万円を予算化。1回目は、竹内知事がスタートのピストル合図を担当した。

「水は想像ほど汚くなかった」

遠泳会は競技ではなく、参加費3000円の「楽しむ会」。25人が1組になり、隊形を維持し、各2メートルの距離を取り、対岸天王崎を目指した。最大5班編成と決め、各班に和船が随伴した。報道船、救急船、カヌーも続いた。実行委員長の伍郎さんも一緒に泳ぎ、各班を回って泳者を励まし、安全をチェックした。

遠泳スタートは和田岬から=同

7月下旬~8月上旬に開かれたイベントを両岸の自治体も支援。出発地・和田岬では、出発を天王崎に知らせるために花火を打ち上げた。到着地・天王崎では、泳ぎ手の目標になるようにと連ダコを揚げた。

旧常陽新聞は第8回の様子を「参加者は県内全域から千葉県や東京都などにも及び、年齢も15歳から69歳までと幅広く、親子やカップルの参加者も見られた」「初出場の和知恵子さんは『完泳できてほっとしている。水は想像していたほど汚くなかったが、浄化が進んで魚や水草などが見える状態で泳ぐことができれば、素晴らしいと思う』と語り…」とリポートしている。

プールで水泳マラソン

台風で霞ケ浦横断が無理のときは、JACプールを使う遠泳会に切り替えた。クラブ内に設けられた「筑波スポーツ科学研究所」の所長もしていた伍郎さんは、水球もできる本格プールで、1万メートル、5000メートルの水泳マラソンも開いた。1月1日の正午から2日正午(JAC休館日)まで、6人の泳者が30分交代で泳ぐ「24時間スイム」も企画した。

伍郎さんの泳ぎ好きは半端でなく、猪苗代湖、田沢湖、浜名湖、洞爺湖など、全国の湖に出向いた。那珂川、四万十川などの川上りにもトライ。毎年、ワールドマスターズゲームにも参加した。

「いつも笑顔を絶やさなかった」

掲載写真を接写した「霞ケ浦横断遠泳10周年記念誌」(1997年刊)の編集を担当した亀田優子さん(不動産会社勤務)が、LINEで回覧された筑波大後輩の追悼文を送ってくれた。

「伍郎先生は、どんなときでも笑顔を絶やさなかった。色黒で立派な顎ひげをたくわえた面構えに、初対面の人は面食らう場合もあるだろうが、次の瞬間、人懐っこそうな満面の笑みに触れると、そのギャップもあってか、パッと人の心を開かせる不思議な魅力をお持ちであった」

合掌(岩田大志)

つくば工科高校サポートクラブ 《塞翁が馬》2

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復元したサポートクラブのチラシ(部分)

【コラム・三浦一憲】音楽祭プロデュースのボランティア活動はいきなり始めたわけではなく、きっかけになることがありました。1999年、娘が県立つくば工科高校・建築科に入学したことが、その「始まりの始まり」です。

学校から帰ってきた娘に「建築の授業どうだった」と聞くと、「つまらなかった。みんな寝ていた」。この返事には笑うしかないのだが、何がつまらなかったのか聞いてみると、何も知らない高校生に、いきなり構造・工法の授業だった、と。大学とは違うと思っていたから、まず建築に興味を持たせるのではなく、最初の授業から構造・工法に入るのかと、驚きました。これで、何とかしないとの気持ちが湧きあがってきたのです。

目の前に何とかしないとのことが起きている。どうしたらいいのか思案した結果、建築の持っている面白さとか、可能性みたいなことを高校生に見せ、体験させることが一番ではないか思い、当時の助川校長に掛け合いました。ボランティア活動では、これが一番大事なことです。

「高校生をサポートさせてください」と校長に話したら、「面白い! 応援するからやってください」ということになり、「つくば工科高校サポートクラブ」が立ち上がります。重要なことは、学校のテリトリーに入り何かするのではなく、外から有益なプログラムを提供することです。プロデユーサーとしての私のスイッチが入った瞬間でした。当時のつくば市は公共建築ラッシュ。これを利用しない手はないと、いろいろ企画しました。

当時のワープロ(フロッピーに保存)で書いた案内は印刷することができず、文字が薄くなったチラシをデジタル処理してなんと判読できる状態にまでしました。それでも分からない箇所は撮影したネガフィルムなどから記憶をたどり、苦労して復元したのがコラム写真です。

サポートクラブの記録(19992001

  • 1回 1999年7月17日  友部で建設中のショッピングセンター見学
  • 2回 1999年8月 3日  国際会議場、カピオホール、ノバホール見学
  • 3回 1999年9月18日  ウェディングドレスできるまで(学内教室)
  • 4回 1999年9月23日  アメリカン2×4住宅見学
  • 5回 2000年2月19日  外国人宿舎「二の宮ハウス」見学1回目
  • 6回 2000年2月26日  エポカルつくば「フランクロイドと日本」講演会
  • 7回 2000年3月18日  クラッシックフレッシュコンサート(学内音楽室)
  • 8回 2000年8月 3日  科学技術未来館~ビーナスフォート~東京国際フォーラム見学
  • 9回 2000年11月27日 外国人宿舎「二の宮ハウス」見学2回目
  • 10回 2001年3月27日  外国人宿舎「二の宮ハウス」見学3回目
  • 11回 2001年10月18日 竹中工務店・技術研究所見学

(まちかど音楽市場代表)

お米にオカヒジキも配る 筑波大学構内で150人に食料支援

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午前11時30分ごろの会場の様子。「密を防ぐため30分間隔で50人ずつ学生が来る」と富山代表。出口ではボランティアが困りごとや要望などをヒアリングする=筑波大学平砂宿舎

筑波大学(つくば市天王台)の平砂学生宿舎で26日、食料や生活必需品の無料配布が行われ、筑波大生150人が支援品を受け取った。「学生応援プロジェクト@つくばPEACE」(冨山香織代表)が毎月行っている食料支援活動によるもので、今回初めて筑波大学構内が会場となった。

今回、配布の受付をオンライン上で行ったところ、申し込み開始時刻から20分で150人の定員に達した。「ここまで早く埋まってしまうとは考えていなかった。私たちは昨年12月から活動を始めた団体で規模も小さい。配布する食料や生活必需品などの購入費はすべて寄付で賄っており、150人がやっとの状況」と富山代表は話す。

会場の設営や食料の配布をするスタッフの中には筑波大生のボランティアも参加している。プロジェクトが情報を発信しているSNSに「お手伝いしたい」と声をかけてきた学生や、前回の食料配布の際に「プロジェクトに参加したい」と答えた学生らだ。

物資を受け取った人文・文化学群3年の学生は「金銭的に困窮しているというレベルではないが、飲食店のアルバイトにこれまで通り入れなくなってしまった。精神的にも落ち込んでしまっていた時期があった」と話した。

会場を筑波大学に移し実施

昨年12月から月1回の無料配布を松見公園(つくば市天久保)で行ってきたが、今回から会場を大学構内に移した。「暑くなってきたので松見公園では熱中症のリスクなどが危険だと判断した。先月から屋内で会場を探していたが、なかなか見つからなかった。大学の学生課に相談したところ快諾して頂き、このような形になった」と富山代表。

生理用品も一人につき2つまで配布された。スタッフの女性によると「女子学生は皆もらってくれる」という=同

会場になったのは平砂学生宿舎の共用棟。かつて学生食堂があった部屋だ。今年1月に筑波大学が行った食料支援(1月22日付)でも使われた一室で十分な広さがある。

会場では米、野菜、カップラーメン、インスタント食品、歯ブラシ、マスク、タオル類などが配布された。「ニンジンやジャガイモなどの野菜類はどれも人気だが、意外と長ネギが大人気。変わったところでは『オカヒジキ』も配布している」と配布の手伝いをしているボランティアの学生は笑った。(山口和紀)

「活性化はエスカレーターでは解決できない」 つくばセンタービル改修めぐり市民団体討論

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シンポジウムで発言する鵜沢隆筑波大学名誉教授(手前)ら=27日つくばイノベーションプラザ

プリツカー賞を受賞した磯崎新氏の代表作といわれるつくばセンタービルに、つくば市がエスカレーターを設置するなどの改修を計画している問題で、「緊急討論 つくばセンター広場にエスカレーターは必要か」と題した市民団体による講演とシンポジウムが27日、同ビル内のつくばイノベーションプラザで開かれた。講演した鵜沢隆筑波大学名誉教授は「広場の活性化はエスカレーターでは解決できない」などと指摘した。

市民団体「つくばセンター研究会」(冠木新市代表)主催し、約50人が参加した。センター広場にエスカレーターを2基つくる計画をめぐっては、市が22日、2基のうち1基をとりやめる方針を議会に示したばかり。

鵜沢名誉教授は、つくば市が計画しているリニューアルに対して「磯崎新氏の意匠を評価するとうたいながら、十分に評価したものになっていない」と批判した。

ポストモダン建築の代表作と世界的に評価されているつくばセンタービルの特徴を示した上で、センター広場について「広場に降りる目的がない人はあえて通る必要がない設計になっている」とし、「広場の活性化はエスカレーターをつくるかつくらないかの問題ではない」と指摘した。

磯崎氏の設計の意図については「1階の広場と2階のペデストリアンデッキの視線の交差、劇場広場のようなものとしてつくったと理解できる」とし、建設当初は、広場に引用されているミケランジェロ設計のカンピドリオ広場の床のパターンや流れる水、噴水などが、ペデストリアンデッキから見られる対象だったが、時間が経つと新鮮さがなくなって、主役が不在になっているという。

シンポジウムの様子=同

その上でセンター広場の活性化について「(現在のやり方は)まちづくり会社が提案し、実施して、市民が享受する図式になっているが、図式を変えて、コンペを開いて市民からアイデアを募り、つくば市やまちづくり会社が市民のアイデアを実践し、享受するのは市民としたらどうか」と提案した。

具体的には、欧米の各都市の取り組みを例に挙げ、段ボール迷路、ヘッドフォンを付けて楽しむ野外映画会やサイレントディスコなどを提案した。さらに「中央広場にクラシックカーを置いても日常と違う風景になる」とし、「改修計画では4メートル幅の通路が2メートルになるが、中央広場の活用のためにはルートの確保が重要だ」と強調した。

水戸芸術館にはキューレーター

続くシンポジウムでは、筑波大学の加藤研助教が、つくばセンタービル建設時の磯崎氏のコンペ案を紹介し、つくばセンター広場がローマのカンピドリオ広場を反転した空洞の形になっていることについて「国家がつくった都市の中心をあえて空洞にしたのは、痛烈な筑波研究学園都市批判があった」と話した。

神奈川大学の六角美瑠教授は、同じ磯崎氏が設計した水戸芸術館とつくばセンタービルを比較し「水戸はプログラムを運営する組織ができあがっている。つくばは市民のアイデアを引き上げるキュレーターが必要」だなどと話した。

主催者の冠木共同代表は「(市のリニューアル計画に対して)話し合う場がない、意見を言う場がないことが問題。本来、こういう場は、つくば市がつくるべき」だなどと述べた。

「市民の文化度に対する挑戦状」

参加者からは「体の不自由な人がいる。エスカレーターはあった方がいい」という意見が出て、鵜沢名誉教授は「体の不自由な人には、エスカレーターよりエレベーターの方が安全」と説明し、「屋外にエスカレーターを付ける場合、雨天時に滑らないよう屋根を付けることが必要になる。エスカレーターの屋根が現状の景観になじみにくい」などと話した。

市のリニューアル計画を磯崎氏がどう受け止めているのかの議論もあった。鵜沢名誉教授が「つくば市が公開している磯崎氏のインタビューをみると、ベラスケスの絵画『ラス・メニ―ナス』を引用するなど難解な話をあえてして、ノーともイエスともとれる言い方をしている」と話すと、参加者から「磯崎さんがはっきり言ってないのは、つくば市民の文化度に対する挑戦状だと思う」「拙速にリニューアルをやる必要があるのか」などの意見が出た。

鵜沢名誉教授はその上で「あと10年ほどで登録有形文化財になるのに、大がかりな改修をするとその資格すら手放すことになる」「筑波研究学園都市は世界的にもまれな国家プロジェクトがつくられ、研究機能が根付いている。1987年に世界遺産になったブラジリア(ブラジルの首都)は規模は大きいが、貧困や犯罪などの問題が内部にある。つくばセンタービルは筑波研究学園都市の中心にある象徴的な建物。その辺も射程に入れてリニューアルを考えるべき」だなどと話した。(鈴木宏子)

国登録文化財の古民家がアンティークモールに つくば市吉瀬

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つくば市内から来た親子連れは古布などをチェック=つくば市吉瀬「家​貨屋kakaya」

国有形文化財に登録された、つくば市吉瀬の古民家をリノベーションし、骨とう家具や雑貨を並べるアンティークモールが誕生、27日まで3日間、オープン記念のマルシェ開催でにぎわった。

オープンしたのは家​貨屋(かかや、本社・栃木県佐野市、小関広記代表)の店舗「kakaya」(飯島丸子店長)。国登録文化財、根本家住宅の主屋を改装し、吉瀬地内のキャンプ場に設けていた仮店舗を移転、拡張した。欧風・和風の家具数十点、食器など雑貨数千点を並べている。

同社は佐野市の本社に倉庫を置き、全国各地で骨とう関連のショップを集めた蚤(のみ)の市を開いてきた。オープン記念にはこれらのショップも参集、食器やアクセサリーなどの雑貨や飲食のマルシェを開いた。

売り場で笑顔を振りまく飯島店長=同

小関代表によれば、時節柄派手な宣伝告知ができず、これまでに積み上げたフェイスブックなどのネットワークに頼る集客となった。「骨とう関連のマルシェは最近、都内では人が集まりにくくなっているが、つくばではあまり開かれないために、骨とう好きな人たちが開催情報を探してやってきてくれる」という。

コロナ禍に伴う巣ごもり需要から、アンティーク家具の人気が高まっており、「比較的年齢層の高い世代には憧れだった欧風家具を手に入れるチャンスになっている。逆に若い世代は『おばあちゃんちにあったたんすだ』なと、郷愁から和風家具に人気が集まっている」そうだ。

今後、ショップを集めた定期的なマルシェのほか、古花市などの企画イベントを予定している。7月2日、3日にはワークショップ「あじさいの水皿アレンジ」を開催する。(相澤冬樹)

◆家​貨屋 営業時間は午前11時~午後5時(月曜定休)。問い合わせ電話080-4407-8512

筑波山系のハイキング登山の薦め 《ひょうたんの眼》33

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【コラム・高橋恵一】オリンピックが最上級のスポーツイベントなら、高齢化時代の庶民が気楽に取り組めるスポーツに軽登山がある。日本で一番登山人数が多いのは、八王子市の高尾山だそうだが、地元びいきで言えば、筑波山も十分に魅力的だ。

加えて、近年は、筑波山の尾根伝いの宝篋山(ほうきょうざん、小田山)や朝日峠へのハイキングも人気があり、週末は各駐車場が混み合う状態のようだ。この南山麓沿いに、宝篋山、東城寺、小野の小町の里、清滝観音(坂東33観音霊場の26番札所)、雪入山ふれあいの里など、家族で楽しめる「名所」「古刹(こさつ)」が連なっている。朝日峠を越えた石岡市八郷地区も、大変魅力的な地域なのだが、それぞれの魅力の紹介は次の機会にしたい。

筑波山や稜線(りょうせん)に連なる各山、峠などからは、360度の眺望景観が自慢で、関東平野や霞ケ浦はもちろん、東京の高層ビル群や富士山、太平洋まで望めるのだが、眼下の常総の地が、日本の武士社会を生み出し、武士社会の発展、確立に大きな役割を担った壮大な歴史ロマンの舞台でもあるのだ。

自然と歴史のロマンの地

武士が朝廷や貴族の警護・軍事のために雇われていた存在から、自ら土地を開墾・占有し、支配する武士・武士団登場の象徴的な存在が、平高望(たいらのたかもち)だ。桓武天皇のひ孫の高望王が、臣下の道を選び、平姓を与えられ、筑波山を仰ぐ常陸国真壁郡石田の地(現在の筑西市東石田)に本拠を置いて私有地を開いた。

長男・平国香(くにか)には石田、二男には羽鳥(桜川市)、三男には豊田郷(常総市)、四男には水守郷(みもりごう、つくば市)を分け与え、さらに、その領域は、常陸、下総、上総の国まで広がった。

平国香と甥の領地争いから平将門の乱が起こり、関東全域を巻き込んだ5年にわたる騒乱は、国香の長男・平貞盛(さだもり)と藤原秀郷(ひでさと、下野国)によって平定されたが、大乱を起こしたのも、平定したのも武士であり、武士の存在が大きくなった事件と言われている。その後、平貞盛は中央に出て、最初の武士政権・平清盛に至る伊勢平氏の祖となっている。

平貞盛の弟が常陸国の領地を受け継ぎ、水守郷を経て筑波の多気(たき)山を本拠とし、常陸国の那珂川以南に広く一族(常陸平氏)を配置して、主に常陸国の大掾職(だいじょうしょく、国司の守、介の次の順位の職)を世襲した。

源頼朝が鎌倉幕府を開いたとき、筑西市を本拠としていた八田知家(はった・ともいえ)が常陸の南西部に進出、多気氏(たきし、常陸大掾)に代わり、筑波山麓を領して、小田氏(つくば市)の祖となり、鎌倉時代から戦国時代まで統治した。南北朝時代に、北畠親房を迎え激しい戦いの舞台になるなど、盛衰約400年の歴史が繰り広げられた。

筑波山から眺める霞ケ浦流域の地は、自然災害も少なく、気候も温暖で、常陸国風土記では「常世の国」とはこの地のことではないかと称えられた地でもある。一方で、日本の未来を描き出す研究学園都市には、桓武平氏発祥の地・水守郷があるのだ。筑波山系の峰々から、自然と歴史のロマンの地を眺めてほしい。(地図好きの土浦人)

市議会が中間報告 市は年度内に土地利用計画策定 旧総合運動公園用地

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6月議会最終日の24日、中間報告を提言する市議会高エネ研南側未利用地調査特別委員会の浜中勝美委員長(右)=つくば市役所

住民投票で計画が白紙撤回になったつくば市の旧総合運動公園用地(同市大穂、約46ヘクタール)の利活用について調査検討する市議会調査特別委員会(浜中勝美委員長)は25日、利活用に関する中間報告をまとめ、同日開かれた6月議会最終日の本会議で提言した。公的利用か、民間売却か、一部公的利用かなどの具体的な判断は示さなかった。

一方、五十嵐立青市長は2期目スタート直後に一部公的利用を含めた民間活用の方針をいち早く示し、議会の中間報告が出される前に、民間企業などを対象にした利活用の意向調査を実施した。今回、議会が具体的な判断を示さなかったことで、五十嵐氏の民間活用の意向を容認したことになる。

議会の中間報告を受け、五十嵐市長は25日の会見で「年度内に土地利用計画を策定して、議会や市民に説明する」などとした。議会の提言、民間の意向調査結果(6月4日付)などを総合的に判断して、土地利用方針や造成の区割り、周辺道路の整備計画などの方針をまとめるという。

民間活用に向けた公募などは、土地利用計画策定後、来年度にも実施されるとみられる。

五つの役割や機能を提言

市議会の中間報告は、望ましい施設について①つくばならではの資源・特性を十分生かせるもの②市民ニーズに対応し地域活性化に貢献するもの③災害に強いまちづくりに寄与するもの④市民のコミュニティ形成に寄与するもの⑤観光や産業振興に寄与するものーの五つの役割や機能を提言した。

公的利用か民間売却かについては「一括売却ではなく、一部公共もしくは全部公共活用で検討すべきとの結論に至った。ただし民間の提案を妨げるようなものになってはいけないという意見もある」など、両論を併記する形にとどまった。

基本的な方向性として、周辺の大穂地区の市街地や庁舎、医療機関、研究所、商業施設など周辺環境に影響を及ぼさないことという制限を付けた。

同特別委は今後も継続して調査検討を続ける。

今年度中に62億円を返済

旧総合運動公園用地をめぐっては、2019年3月、五十嵐立青市長が、用地を一括売却する方針を出し、66億円で購入された用地を、事業者1社が40億円以上で一括購入し物流倉庫などを建設する案が出された。しかし、住民説明会で異論が噴出、市議会が調査特別委員会を設置し、民間売却案はいったん凍結となった。

その後五十嵐市長は、2期目スタート直後の20年12月、一部を防災倉庫にして残りを民間売却したいとテレビ番組で発言。今年2月、3分の1を防災拠点として公共利用し、残り3分の2を民間活用したい意向を市議会に示した。続けて4、5月には2回目の民間企業意向調査を実施し、12社(団体)から、物流・倉庫施設、産業団地・工業団地、データセンター。太陽光発電施設など17件の利活用申し込みや提案があった(6月4日付)。

一方、土地購入費66億円と利子2億円の計68億円の返済については、市土地開発公社が金融機関から借り入れて購入し、2024年3月が返済期限となることから、市は今年3月補正で約53億円、今年度当初予算で約9億円を計上し、市が公社に無利子貸し付けをして計62億円を今年度中に金融機関に返済する。残り約6億円については22年度と23年度にそれぞれ約3億円ずつ返済し、1年前倒しで完済する方針を今年2月に発表している=2月4日付。(鈴木宏子)

どさくさに紛れトンデモ法案が成立 《邑から日本を見る》90

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【コラム・先﨑千尋】テレビも新聞も、コロナワクチン注射とオリンピック・パラリンピックのオンパレード。国会で審議すべき大事な問題があっても、菅総理は野党の追及を恐れてか、国会を延長することなく、今月16日に店じまいしてしまった。しかし、そのどさくさに紛れ、自衛隊基地・原発など安全保障上重要な施設周辺や国境離島の土地利用規制法が16日未明に成立した。

この法律により、重要施設に指定された地域の土地が自由に取引できなくなるだけでなく、利用調査により、国民の思想・良心の自由が侵害されかねない。それなのに、衆参両院での審議時間は20数時間という短いもの。

政府は、この法律は、外国資本が土地を買収し施設の活動を妨害することで日本の安保環境が脅かされる事態に対処するためだと説明している。しかし、国会の審議では具体的な規制対象の区域や行為は明らかにしなかった。今後「規制方針」を決めると言う。

法律では、自衛隊や在日米軍基地、原発などの重要施設の周囲約1キロを「注視区域」に指定。重要性が高い所は「特別注視区域」とする。施設の機能を阻害する行為は処罰対象になる。どこを、何がということは、これから決める。しかしそれは政令などによるので、閣議決定だけ。政府がこうしたいと決めれば、それで通ってしまう。国会は関与できない仕組みだ。恣意的な運用が心配される。

どういう情報を集めるかも政令で定める。政府の裁量次第だ。この法の趣旨が「安全保障上」だから、政府がやろうと思えば何でも調査できるということ。これは憲法で保障されている思想信条の自由に反する危険性がある。

指定区域の候補地は全国で1000カ所以上に上ると言われているが、狙い撃ちされるのは米軍基地の島、沖縄であろう。沖縄本島を含め、すべてが国境離島だ。その気になれば沖縄県全域を区域に指定できる。県民全部を調査対象にすることができるということだ。名護市辺野古では新基地建設が進められている。「機材の搬入を阻止する行為は処罰の対象」になり得る。  

首相の首相による首相のための法案

原発の反対運動も対象にされる。なぜ原発が対象になるのかは国会では明らかにされなかった。原発では、周辺の住民は被害者であって、被害をもたらすのは原発そのものなのだ。東京電力福島第1原発の事故でそのことは証明されているではないか。

とにかく、それらの施設の周辺地域では、安全保障の名のもとに市民の行動が日常的に監視される。家族や交友関係にまで及ぶ可能性もある。戦前の治安維持法を思い出す。

6月14日の参議院での参考人質疑で、弁護士の馬奈木巌太郎さんは「取り返しのつかない法案。誰も止められず、事後検証もできない。沖縄を丸ごと監視下に置く発想。首相に限定のない権限を与えており、内閣総理大臣の内閣総理大臣による内閣総理大臣のための法案だ」と述べた。

ナチスドイツの全権委任法と同じではないか。それでも、この法案は国会を通ってしまった。今の国会は野党の勢力が弱いので、首相が「これを通す」と言えば法律ができてしまう。与党の中にまともな政治家はいないのだろうか。つい、ため息が出てしまう。(元瓜連町長)

旧筑波東中にBMXコース整備へ 自転車チーム「弱虫ペダル」提案

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グラウンドにBMXコースが整備される予定の旧筑波東中学校=つくば市北条

つくば市は25日、同市北条、旧筑波東中学校グラウンドに新たに、自転車競技の一つ、BMX(バイシクルモトクロス)コースを整備すると発表した。

市内に活動拠点があるプロの自転車チーム「弱虫ペダルサイクリングチーム」(5月18日付)から昨年、市に提案があったのを受けて、市が来年度、約7500万円でコースを造成する方針だ。2023年に完成予定で、完成後は弱虫ペダルチームがコースを管理運営する予定だという。

BMXは、いくつもの小高い大小のこぶや、曲がり角がつくられた土のコースを、専用の自転車で300~400メートル走り抜けてタイムを競う競技。同中のグラウンド約1.17ヘクタールに全日本大会なども開催可能な最大約380メートルのコースと、子供用コースなどをつくる。さらに300台以上収容できる駐車場も整備する。

同中は秀峰筑波義務教育学校の開校に伴い2018年3月に廃校となった。跡地活用として校舎の一部を、筑波山地域ジオパークの中核拠点施設とサイクリング拠点として整備するため、今年度それぞれ約2200万円と約290万円で設計が実施されている。サイクリング拠点としては1~2階の教室の一部を改修し、自転車修理スペースやシャワー室などを整備する計画だ。

同中は、自転車道「つくば霞ケ浦りんりんロード」の沿線にある。市は、シャワー室などを備えているだけでは短時間の利用が多くなってしまうが、BMXは滞在時間が長く、食事や宿泊など地域への波及効果が期待できると強調する。

弱虫ペダルチームはロードレースなどの選手が多く、BMXの選手は現在、在籍していない。一方、BMXは子供たちが遊び感覚で楽しむことができるため、BMXをきっかけに将来、自転車競技の道に進む選手が出ることが期待されるという。

市は弱虫ペダルチームと近く連携協定を締結し、BMXコースの運営のほか、同中に整備するサイクリング拠点の運営、自転車安全教室の開催協力などを実施してもらう方針だ。

弱虫ペダルチームは人気漫画「弱虫ペダル」の作者、渡辺航さんが立ち上げたチームであることから、市は、同チームと連携することを通して、人気漫画のキャラクターなどを利用し、サイクリング拠点としての集客力向上を図りたい狙いがある。(鈴木宏子)

「リュウグウ」の石、つくば着 KEKで分析始まる

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研究について説明する中村教授(KEK物質構造科学研究所提供)

日本の探査機「はやぶさ2」が採取した小惑星「リュウグウ」のサンプル分析が25日までに、つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)の実験施設で始まった。東北大学の中村智樹教授がリーダーを務める「石の物質分析チーム」が同日、記者会見し、実験の模様を生中継した。

はやぶさ2の採取サンプル容器が回収されたのは2020年12月。その後、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙研(神奈川県相模原市)で試料の計量や分類などが行われ、6月から1年間は、6チームからなる初期分析チームの研究に委ねられることになった。全国や海外から選抜された専門の異なる鉱物・有機物・化学分野の各2チームからなり、それぞれ独立に水の起源解明や化学分析などを行う。

小惑星リュウグウから採取され、地球に持ち帰ったサンプルの総量は約5.4グラム。このうち直径1ミリ以上の大きさの粒を「石」と呼び、分析に当たる「石の物質分析チーム」が編成された。国内57人、海外を含め総勢108人のチームが物質分析を行う。

集束イオンビーム加工用に準備されたリュウグウ試料(同)

KEK物質構造科学研究所の放射光実験施設「フォトンファクトリー(PF)」では、量子ビームが2つの手法で分析に用いられる。ひとつは、小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの分析でも使われた精密X線回折。もう一つは、軟X線によるX線顕微鏡STXMだ。PFでは比較的エネルギー強度の低いビームを扱えるため、炭素など軽元素の分析に有効という。

表面・内部を分析し、組成や化学状態などをとらえる。特に含水鉱物に着目し、リュウグウの形成過程をモデル化することなどを目的としている。初期段階の分析を「上流」と呼ぶが、上流で量子ビームを用いると微量の試料を非破壊で分析でき、下流の分析に影響を与えないのが利点。希少な試料を有効に活用する方策となっている。

地球大気に触れぬよう厳重に封印されたサンプルが、JAXAから中村教授の元に届いたのは6月1日。0.1ミリの微粒子をグローブボックス内で厚さ5ミクロンほどに切り分けたサンプルを大量につくり、KEKに持ち込んだ。X線回析実験用の試料だけで約50個になるという。

PFでは、これらを1試料ごとに角度を変えてX線撮影する。25日の生中継では、実験室で大気遮断したグローブボックス内で取り出し、窒素重点の撮影機材に入れ、X線回折装置にセットして真空化するまでの手順を公開した。

中村教授は「毎日のように石の表情に向き合っていると、一つひとつに色つやの違いなど感じる。それらの直観が分析でどう表現されるか大変楽しみにしている」という。

物質構造科学研究所は東海村にあるJ-PARCで物質・生命科学実験施設(MLF)を運用しており、今回初めて負ミュオンによる元素分析も行う。こちらは27日にスタートの予定だ。

リュウグウのような小惑星は、約47億年前の太陽系にあった物質の痕跡を残している。過去に地球に降り注いで地球上に水や有機物をもたらしたのではないかとも考えられている。初期分析チームそれぞれの分析結果を総合することで、地球に生命が誕生した謎の解明に近づく期待がもたれている。(相澤冬樹)

「大気の窓」と3ミリの宇宙服 《食う寝る宇宙》88

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【コラム・玉置晋】どうも最近、日に当たると手の甲が腫れるのです。インターネットで検索してみると、日光アレルギーというものがあるそうです。じゃあ日焼け止めを塗ってみなさいよと言われ、奥様の日焼け止めを借りてみたものの、腫れは治まらず。

さらに調べてみると、日光アレルギーの原因となる光の波長は可視光が多いとのこと。日焼け止めは紫外線を防ぐもので、可視光には防御力が限定的であるとのこと。宇宙天気防災研究を志しているのに、太陽からの攻撃に脆弱(ぜいじゃく)とは困ったなあ。とりあえず長袖を着ることにして、ひどいようなら病院に行こうと思います。

地球の大気は、厳しい日光から僕たちを優しく守ってくれています。人体に有害な波長の日光は、地球の大気がその大部分を吸収してくれています。大気に吸収されずに地表に到達しやすい波長領域が可視光や近赤外線で、「大気の窓」と呼ばれています。僕たち地上の生命は、この窓を通して降り注ぐ日光に適応した進化をしてきたわけです。

一方、地球は表面から、大気の窓を通して宇宙空間に赤外線の形でエネルギーを放射しています。二酸化炭素といった温暖化物質が増えてくると、大気の窓を塞ぐ効果があります。これが温暖化問題です。

地球はいかに幸せな場所か

大気の中でも特に僕たちを守ってくれているのは、高度10~50キロの成層圏にあるオゾン層です。紫外線は、エネルギーが高い順にUV-C、UV-B、UV-Aと分類されます。オゾン層は、エネルギーの高い320nm(ナノメートル)以下の波長であるUV-C、UV-Bを吸収してくれます。

だから、オゾン層は「厚さ3ミリメートルの宇宙服」とも呼ばれています。オゾン層の上の宇宙空間では、UV-CやUV-Bを直接浴びることになります。これらの紫外線は目の障害や皮膚がんを誘発させる恐れがあります。宇宙の中で地球がいかに幸せな場所なのか、ヒトは宇宙を知って初めて気が付くのかもしれませんね。

それにしても日光アレルギーの件はマズイなあ。このままだと、大好きなハワイに行っても外に出られないぞ。実にマズイ。(宇宙天気防災研究者)

「話せる英語どう学ぶか」大西泰斗教授が講演 筑波学院大ILAコース開設記念

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記念講演する、NHKラジオ英会話講師として知られる大西泰斗東洋学園大教授

筑波学院大学(つくば市吾妻)に今年度、英語力を高度な水準に高めるILA(国際教養)コースが開設されたのを記念した特別講演が24日、同大学で催された。筑波大出身でNHKラジオ英会話講師として知られる大西泰斗東洋学園大教授が「話せる英語をどう学ぶのか」と題して記念講演し熱弁を振るった。

今年4月、同大に新設された21世紀型教育研究所(所長・望月義人学長)が主催した。県内外の高校生や大学生、英語教育関係者など計約300人が対面とオンラインで聴講した。

大西教授は「中学、高校の英語教育は英語を読むためのもの。読む教育に慣れてしまって、話すためのベーシックを学習してない」と現在の英語教育を批判し、「英語が話せないのは私たちのせいではない。学習したらしゃべれるようになる」と強調した。

さらに、前置詞や完了形、語順などを例に、英語の体系やルールを理論的に解説し、「日本語と英語で決定的に違うのは語順。語順の違いを乗り越えなくてはいけない」などと語った。

話せる英語を学ぶ方法として、英文を何度も何度も口に出して読み、頭の中に入れることの重要性を強調し、「気楽な聞き流しでは頭の中に残らない。しっかり何度も何度も意識して暗唱する、苦手な英文にターゲットを絞って頭の中にたたき込むことが必要」などと話した。

参加した高校の英語教員からは「生徒から『将来、英語は使わないのになぜ勉強するのか』と聞かれる。それにどう答えたらいいのか」などの質問が出て、大西教授は「英語は自分の世界に壁をつくらないために勉強する。心の中に(英語がしゃべれないという)傷を持ち続ける必要はない。半年ぐらいの努力があれば何とか話せるようになる」と述べた。

筑波学院大に今春開設されたILAコースは、1年次に週10コマ以上の集中プラグラムで英語のシャワーを浴びる。2年次には米国の名門大、カリフォルニア大学デービス校に留学するなど、英語でディスカッションやプレゼンテーションができる、世界で活躍する人材を育成する。

21世紀型教育研究所は、英語力、思考力、コミュニケーション力、ICTリテラシーの四つの力を磨く教育を実践し、高校生や一般向けセミナーを開いたり、研究成果を発表したり、学内教員の研修を実施する研究所として今春、同大に設置された。

ワクチン84回分を廃棄 冷蔵庫半開きに つくば市内医療機関

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つくば市役所

つくば市は24日、新型コロナウイルスのワクチン接種を実施している市内の医療機関で、ワクチンを保管していた冷蔵庫の扉が半開きになっていたことから、ファイザー社製ワクチン14本、84回接種分を廃棄したと発表した。

市新型コロナウイルスワクチン接種対策室によると、24日朝出勤した医療機関のスタッフが、冷蔵庫が半開きになっていることに気付いた。各医療機関は、冷蔵庫で2~8度で保管することになっているが、冷蔵庫の温度は16度になっていた。

前日に扉を閉め忘れたためとみられる。なぜ閉め忘れたのか原因は不明という。

廃棄したのは医療機関が今週接種する予定のワクチン。廃棄分は市が新たに提供したため、接種を受ける市民への影響はないという。

ファイザー社製のワクチンは、つくば市がマイナス70度前後で保管し、その後医療機関が2~8度で保管して5日間に接種することになっている。

五十嵐立青市長は「今回の事案を受け、改めて医療機関に注意喚起し、市の保管についても細心の注意を払うよう指示した。今後このような事案が起こらないよう、再発防止の徹底に努めます」などとするコメントを発表した。