「水害は天災だと思っていた。しかしこれは国交省の河川管理責任による人災。責任は国にある」。鬼怒川水害から10年、被災の責任を国に問う国賠訴訟の上告審を前に、住民原告団共同代表の片倉一美さん(72)が語る。
2015年9月10日、記録的な豪雨により鬼怒川が越水、堤防が決壊し、常総市一帯は大規模な水害に見舞われた。同市では災害関連死を含めて15人が犠牲になり、全壊・半壊した建物は5000棟以上に及んだ。
水害で、常総市の住民が甚大な被害に遭ったのは国交省の河川管理に落ち度があったためだなどとして、一、二審ともに、越水による水害被害を受けた若宮戸地区に関する住民の主張は認められた。自然堤防の役目を果たしていた砂丘林を、太陽光パネル設置のために民間事業者が採掘した結果、堤防の機能が失われた。国が同地域を「河川区域」に指定し、開発を制限すべきだったとし、国に賠償が命じられた。
一方で、越水し堤防が決壊した同市上三坂地区の被害については一、二審ともに住民側の訴えは退けられた。住民は「同地区は堤防の高さが低く、他の地域に優先して改修すべきだったのに、国が対応を怠ったことが水害につながった」などと主張した。控訴審で中村裁判長は「国の改修計画は不合理とは言えない」として国の責任を否定した。
二審判決を不服とした住民15人(法人1社を含む)が11日、最高裁に上告した。
東京高裁で開いた記者会見で上告への思いを語る片倉さん(中央)
みんな安心しきっていた
「まさか、ここが水没するなんて、だれも考えていなかったです」
水海道駅から程近い、常総市の旧水海道地区中心部に片倉さんの自宅がある。両親の代まで続いた老舗の製菓店を営んでいた。和菓子のほかパンやケーキも扱い、正月には赤飯、祝いごとには鯛の砂糖菓子を作っていた。片倉さんは大学卒業後、機械メーカーへ就職。関東、四国、大阪、東京と全国を転勤し、東京本社で定年を迎えた。水害発生当時は東京に単身赴任していた。
両親と妻が暮らす自宅は床上浸水し、3台の車はすべて水没した。市内に住む長男一家の自宅にも2階近くまで水が迫った。取り残された長男の妻と子ども2人が自衛隊のボートで救出された。片倉さんが初めて帰宅できたのは10日後だった。
「小貝川が切れることはあったが、鬼怒川が切れるなんて考えたこともなかった。みんな安心しきっていた」と振り返る。
常総市の自宅
「人災ではないか」
後日、市内で開かれた「被害者の会」の集会に参加した。当初は「天災だから仕方がない」と思っていたが、国の河川管理の不備が指摘されるのを聞き、疑念を抱くようになった。翌年1月には参加者とともに政府交渉に臨んだ。国の対応に怒りを覚えたという。
「国交省の担当者は、水害があったことは認めると言いながら、こちら側が何をいっても『私たちに責任はない』の一点張り。被害に遭った私たちをどう思っているのかと感じた」
その後、裁判の原告募集に応じ、2018年、水戸地裁下妻支部に提訴した。
裁判を通じて見えた「国の逃げ道」
裁判の焦点は「堤防改修計画の適否」だ。過去の最高裁判例では、改修計画に重大な欠陥がない限り、未改修部分からの氾濫に国の責任は問えないとされてきた。
片倉さんらは、堤防改修の優先順位を問題視する。決壊した上三坂地区の堤防は、高さや幅が不十分であったにもかかわらず、改修が後回しにされていたことが決壊につながったと主張する。
「危険度が最も高い場所から改修すべきなのに、放置された上三坂地区から決壊した。わかっていて放置したのは国の責任。当たり前のことが認められないのはおかしい」と憤る。
さらに片倉さんが強調するのは「堤防が決壊する原因の9割は、越流(水があふれること)」ということだ。堤防を超えた水が反対側の堤防斜面を削り、決壊を招くのだ。上三坂地区では10日午前11時ごろに越水が始まり、午後12時50分に堤防が決壊した。わずか2時間あまりのことだった。
「越流だけなら、水の流れは早くないから家が流されることはない。しかし決壊すれば、ものすごい速さで水が流れ込む。人も家もひとたまりもない。一番怖いのは堤防が決壊すること」だとし、「決壊させないためには越流を防ぐこと。常識的に考えれば堤防で問題になるのは幅より高さだ。低いところから改修するというのは、単純明快」と主張する。
資料を元に現場の説明をする
水害対策の常識を問う
片倉さんは、この裁判を「日本の水害対策の常識を問う闘い」だと位置づける。「当たり前のことが当たり前に認められない現状を変えたいのです」と言う。
「全国の河川流域には同様の危険地帯が数多く存在する。低い堤防から優先的に治す。それだけで水害は防げるのに、国はそれをしない。今は毎年のように水害が起きている。日本全国の河川の周りにいる人が、その危険性を背負って生きている。だから、一生懸命訴えて国に変わって欲しい。私だけじゃない。日本全国で変われば、わたしたちみたいな被害者は減るのだから」そう言うと、改めて強調した。
「越水して決壊する危険な場所を、優先的に直さなければならない。当たり前のことです」(柴田大輔)