火曜日, 10月 13, 2026
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つくば市総合運動公園問題 市民軽視の連鎖《吾妻カガミ》186

【コラム・坂本栄】つくば市の総合運動公園用地問題に新たな展開がありました。市がUR都市機構から購入した広大な用地(46ヘクタール)を民間倉庫会社に売却したことに反対する市民グループの住民訴訟について、一連の裁判が終了したからです。

軽く扱われた市議会の議員

この訴訟は、市が実質所有する土地を議会の議決を経ずに処分するのは地方自治法と市の条例に反するから返却してもらえ、というものでした。これに対し市は、土地は市のものではなく土地開発公社(市の土地取得ペーパーカンパニー)のものだから議決は必要ないと、売却手法を正当化する理屈を展開しました。

この土地は前市長時代に66億円で購入したものです。議会はその資金手当てのために、公社が銀行から借りた購入費の返済を市に保証させる議決をし、市の一般会計から公社に返済資金を回してやる議案を何度も議決しました。このプロセスを見れば、売るときには議会の議決が要らないというのは変な理屈です。市民から選ばれた市議さんは軽く扱われたものです。

市民グループは、市の財産である土地を議会の了解を得ず勝手に処分するのは違法だと、住民訴訟を起こしました(2022年5月20日)。しかし、水戸地裁はこの訴えを却下(23年6月)⇒東京高裁は控訴を棄却(24年1月)⇒最高裁も上告を棄却(24年6月)、有志市民の説得力ある申し立ては退けられました。

最高裁が上告を受理しなかったことについて、市民側は「公社が抱える民主的コントロールの不全という問題に対して、目をつぶる決定を行った」(坂本博之弁護士)、「上告は決着したが、用地問題は決着していない。今後は政治の場で決着を目指す」(原告の酒井泉代表)とコメントしています。

司法は市側の理屈を容認したわけですが、法律的に問題ない=行政として正しい、とは言えません。たとえ議決が必要なくても、議会の議決を得るのが行政の正しい作法でしょう。市民グループの行動は市の無作法を可視化してくれました。

無視された市民のパブコメ

市はどうして議決回避(抜け道)に走ったのでしょうか? 市民の売却反対の声を汲(く)んだ議員の多くが土地売却に反対すると読んだのでしょう。ちなみに、当時の運動公園用地処分をめぐる市民の声は以下のようなものでした。

市はこの用地を民間に売り払う前、市民の意見を聞き取るパブリックコメントを実施しています。その意見分布は、意見を寄せた77人のうち売却賛成は2人だけで、残り75人は反対/対案提示/分類不可でした。賛成か否かに括(くく)れば、賛成した市民はたった3%だったということです。

パブコメで市民から示された対案は、陸上競技場、公園・緑地、キャンプ場、道の駅、カフェ・レストラン、テーマパーク、商業施設、学校、再エネルギー施設、研究所、防災施設などでした。用地の広さを考えると、これらを組み合わせて整備することも十分可能でした。ところが市は、倉庫業者に全用地を売り払い、市民の建設的な提案を無視しました。

コントロールされた有権者

運動公園用地問題の起こりは五十嵐市長の選挙公約です。最初の選挙で市長は運動公園用地返還を目玉公約に掲げましたが、用地売買契約書の中にURは土地の買い戻しを拒否できるとの条項があることが分かり、市長就任早々の返還交渉は失敗に終わりました。

現市長は前市長時代に結ばれた契約内容をよく調べず、1期目の目玉公約をセットしたわけです。この公約の実現可能性はほぼゼロですから、いわばフェイク(虚偽)公約でした。それを信じた有権者は自分の投票行動をコントロールされたことになります。地域の民主政治にとっては深刻な話です。

有権者操作⇒市民意見無視⇒市議会軽視。裁判が終わった時点で運動公園用地問題を整理してみて、つくば市政における市民軽視の連鎖が確認できました。五十嵐市長は失政の痕跡(運動公園用地の存在)をあの手この手で消し去りたかったようです。(経済ジャーナリスト)

<参考>運動公園問題の過去コラム:青字部をクリックしてください。

・152「まだまだ終わらない…」(23年3月6日掲載)

・145「…おかしな行政手順」(22年11月21日掲載)

・137「つくば市長の宿痾…」(22年7月18日掲載)

・135「…つくば市政の不思議」(22年6月20日掲載)

・129「…『逃げ』のつくば市長」(22年3月21日掲載)

・125「…つくば市の牽強付会」(22年1月31日掲載)

・122「…つくば市政の重荷」(21年12月20日掲載)

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