危機一髪の志賀原発《邑から日本を見る》152
【コラム・先﨑千尋】元日はいつものように子どもたちが集まり、私は酒飲み。いい気分でいる時、地震の予兆があり、次いでやや強い揺れ。子どものスマホが鳴り出し、だんだんに地震の全容が分かってきた。
これまでに分かった範囲では死者や避難者などは東日本大震災などよりも少ないが、地震の起きた所がわが国で最大の半島だけに「陸の孤島」と化し、道路は土砂崩れや陥没と亀裂。津波と隆起で港も使えず、交通網が寸断され、電気が止まり、水も出ない。輪島では大規模な火災も起きた。私が最初に心配したのは、半島中部の志賀町にある北陸電力志賀原発がどうなっているのか、だった。
どうしてなのか、原発に関する情報は少しずつ、だんだんにしか入ってこない。これまでに分かった範囲では、運転停止中だったために東京電力福島第1原発のようなひどい事故にはならなかったが、震源地にもっと近かったら、停止中でも危ないことになっていたかもしれない。
気象庁の情報では、揺れの大きさを示す加速度は原発の近くの志賀町香能で2826ガルだった。これは東日本大震災の最大値2934ガル(宮城県栗原市)に匹敵する大きさだ。同原発の原子炉建屋部分でも、1号機、2号機とも原子力規制庁が定めた上限を超えていた。日本地理学会災害対応チームの調査によれば、原発近くで内陸の活断層が動いたようだ。今後の詳しい調査が待たれる。
同原発は今回の地震で変圧器配管が破損し、約2万リットルの絶縁油が漏れ、一部は海に流出。使用済み燃料を冷やす貯蔵プールの水も飛散し、1号機では一時冷却ができなくなった。原発周辺の空間放射線量を測定するモニタリングポストも15カ所で測定できなくなった。この実測値で住民の屋内退避や避難開始などを決めるが、復旧の見通しは立っていないという。原発近くの海岸も3メートル隆起している。
原発災害の避難計画は各自治体が策定することになっている。志賀町ではどうなっているか。「志賀町原子力災害避難計画」によれば、主たる移動手段は自動車。自家用車で避難できない人はバスで運ぶ。避難ルートは国道、県道など。自衛隊車両や海上交通手段も活用する。警察・消防が避難誘導を行う、とされている。
地震はいつどこで起きるか分からない
今回の地震では原発事故は起きなかったのでこの避難計画は適用されなかったが、道路はズタズタになり、海路も使えない状態だった。避難しようにもできない地区があちこちにあったことが現地からのニュースで伝えられている。電波が届かなければ安否の確認すらできない。持病を抱えている人や人工透析を受けている人たちはどうだったのだろうか。
作文でどんな立派な計画を立てても、しょせん絵に描いた餅。実際には全く役に立たないものだったことが今回の地震で証明されたのではないか。宮城県の女川原発や愛媛県の伊方原発は半島上にある。原発の先に住む人たちは逃げようがない。原発災害の避難計画は原子力規制委員会の審査対象外であり、専門家のチェックは入らない。それでいいのだろうか。
断層のことをもっと調べろ、基準地震動が低すぎる、原子力規制委員会は新規制基準と原子力災害対策指針を見直すべきなど、専門家からもいろいろな提案が出ているが、地震学会も公式に地震の予知はできないと言っているのだから、地震はいつどこで起きるか分からない。「地震大国のこの国では、原発は危ないから止めよう」とすればいいのではないか。柏崎刈羽だって東海だって危ないのだ。(元瓜連町長)
野村花火の魅力(下)《見上げてごらん!》23
【コラム・小泉裕司】本コラム19「土浦の花火in大曲」で触れた通り、昨年10月7日(土)、大曲の花火秋の章・第2幕「土浦の花火物語」において、日本煙火協会茨城地区会が共同して、土浦全国花火競技大会の競技規定にそった作品を打ち上げた。特にスターマインの規定は、4号玉から2.5号玉まで400発以内と定めているが、その日の野村花火は、前年の土浦でスターマインの部優勝の「水無月(みなづき)のころ」をリメイクした「大曲バージョン」を持ち込んだ。
実はこれには裏話があった。土浦の実行委員会との事前打ち合わせの際、「4号玉より半廻り大きい5号玉を使い、しかも打ち上げ幅もワイドにしたい」と野村社長から申し入れがあったという。これに対し、実行委員会事務局は当初、「?」状態。社長の意図を理解することはできないながらも提案を受け入れたというが、単なる思い付きではないことを、現地で知ることになった。
つまり、こういうことだ。野村花火の打ち上げ前、土浦の規定通りに打ち上げた筑北火工堀米煙火店のスターマインは、全体的に小ぢんまり感が否めなかったのだ。
それもそのはず。開花時の最大高度約160メートルの4号玉と、約200メートルの5号玉とでは上空での広がりが違うと同時に、大曲の会場は、そもそも土浦とは比較にならないほどの広大な夜空が広がっている。正しくは、花火を見上げる角度、つまり仰角の違い。
土浦の場合は、打ち上げ場所と観覧席の近接さゆえ、プラネタリウムのように「見上げる」感覚となることに加えて、作品としての見え方を損なわない水平視野角も狭いのだ。一方の大曲は、観覧席の奥行きが深く、映画館のワイドスクリーンを後ろ席から観るような感覚と言えばわかりやすいかも知れない。
これらの違いを熟知した野村花火の「したたか」な提案であったことに、同行者一同脱帽した。この会場で1カ月前、内閣総理大臣賞を受賞した野村花火は、案の定、目の肥えた大曲の観客を魅了するに十分な作品に仕上げて、拍手喝采は鳴り止まず、「野村」のかけ声が響いた。
花火はカタルシスである
「花火はカタルシスである」。大曲の直後、こう私に話してくれた野村社長。カタルシスは、「心の洗濯」と訳すらしい。花火を見ている瞬間は何も考えないことで、感情の開放につながり、前向きな気持ちが湧いてくるという。この話を聞いて、野村花火を千波湖畔で観た女性2人の会話を思い出した(本コラム10「1年の計は初花火にあり」に掲載)。
「今日は無理につきあわせちゃって、ごめんね」「うーんん、最高の週末になったね。来週もがんばれそーかも」。
花火は、人生に必ずしも必要なものではないのかも知れないが、花火師は、見る人に元気や笑顔、希望を送り届けたいと、渾身(こんしん)の思いを込めて打ち上げる。まさに、あしたを生きるためのサプリメント。
水戸黄門まつりの一環として、毎夏、千波湖畔で開催される「水戸偕楽園花火」は、明治39年(1906)に始まった「沼開き花火」に由来。発案したのは、野村花火創業者の野村為重氏。以来、打ち上げは、野村花火が担っている。ちなみに、為重氏は、希代のアイデアマンで、「水戸観梅」(現在の梅まつり)の創始者の1人でもあった。
本日は、この辺で「打ち止めー」。「ヒュー パッパッパッ ドーン!」。(花火鑑賞士、元土浦市副市長)
<参考書>「水府綺談」(新いばらきタイムス社刊、1992年)
そろばん界にDXを つくばの中学生が練習用ウェブサービスを開発
英語読み上げ算
プログラミングの知識を活かし、そろばん界のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を実現しようする中学生がいる。つくば市立竹園東中学2年の杉本直継さん(14)だ。開発したのは、そろばんの「英語読み上げ算」を練習したい人や、読み上げの質を高めたい先生に向けて、正しい発音ができているかどうかを確認するウェブサービス「YOMIRU(ヨミル)」で、音声認識機能を用いて作られている。現在無料版が公開されており、今後機能を追加した有料版も公開予定だ。
ばらつきを改善したい
そろばんには「願いましては」「~円也」など独特の掛け声を使って読み上げられた数字を計算する「読み上げ算」という競技がある。この読み上げ算を英語で行うのが英語読み上げ算で、「願いましては」は「Start with」になる。英語の読み上げは高速で行われるため、高度なリスニング能力と計算力を同時に養うことができるという。
杉本さんは小学1年のころからそろばんを習い始め、小学4年の時に英語読み上げ算に取り組み始めた。練習するうちに、先生によって英語の読み上げの質にばらつきがあることに気付き、改善できるツールを作れないかと考えてYOMIRUを企画した。
現在公開している無料版はプログラミング言語「JavaScript(ジャバスクリプト)」を使用して作ったもので、英語を読み上げて入力すると文字が出力され、正しい発音ができているかどうかを確認することができる。今後公開予定の有料版では、AIの音声認識システムを用いることにより、さらに精度の高い認識が可能という。また、全国の先生たちによる様々な読み上げを聞くことができるサービスも提供予定だ。
プログラミングの知識生かす
図形やイラストでプログラミングする「ビジュアルプログラミング」を小学2年から始め、小学6年から「テキストプログラミング」を始めた。つくば市内のプログラミングサークル「CoderDojoTsukuba(コーダー道場つくば)」に所属するほか、中学1年の時には、情報セキュリティ人材の発掘、育成事業「セキュリティ・キャンプ」(情報処理推進機構主催)のジュニア開発ゼミを修了するなどして、プログラミングの基礎を学んだ。プログラミング言語「Python(パイソン)」や「JavaScript(ジャバスクリプト)」の書き方、ソフトウェア開発のプラットフォーム「GitHub(ギットハブ)」の使い方などを勉強し、その知識をYOMIRUの開発に活かしているという。
昨年12月に埼玉で開催された国内最大規模のそろばん競技大会「全国珠算競技大会 そろばんクリスマスカップ2023」(日本珠算協会主催)では、英語読み上げ算中学生の部で15位入賞という成績を収めた。同大会では競技に出場するだけでなく、YOMIRUのチラシを作り、企業ブースと並んでブース出展。全国のそろばん教室に向けてPRした。ブースにはそろばんの先生だけでなく、競技に出場した生徒の保護者らも訪れ、興味を持っていたという。
「自分で一から作ることができるのがプログラミングの魅力。自分で作るからこそ、作る人の苦しいところ、大変なところも分かるようになる」と語る杉本さん。プログラミングを勉強することで「ものを作る人はこういうことを考えて作っている」と知ることができ、論理的な思考も身に付いたという。今後の目標は「YOMIRUで成果を上げること、YOMIRUの更新を続けていくこと」と話す。有料版を3月末に公開できればと、開発にいそしんでいる。(田中めぐみ)
街角に残る建物遺産《看取り医者は見た!》11
【コラム・平野国美】歴史的な建物を眺めていると、私など飽きっぽい性格の者には別の刺激が必要になってくるのです。あんなに好きだった白壁の町などには目が引かれなくなるのです。そして、古い看板建築、商店建築、医院建築、理容店などを探して歩くのです。
しばらく街歩きが止まった時期がありました。また歩き始めると、まったく別なものが視界に入ってくるのです。昔嫌いだった飲み屋街とかトタンで出来たバラック小屋などが、ある時期から愛(いと)おしく見えてきました。
私の目が肥えたのか劣化したのかはわかりません。昔、旅の途中で、ある写真家の講演を聞きました。東南アジアの生活や街角の風景を撮っている方でした。その作品を見ながら、まとまらぬ頭をまとめるために質問をしてみました。
「歴史的な寺社仏閣、城、蔵、白壁の街は、年を重ねるごとに保存さえうまくいけば、その価値を増していくと思いますが、昭和や平成の建造物などはいずれガラクタになっていくのでしょうか?」
写真家の先生は「コンクリートやトタンの建物も、きっといい味わいを出してくると思いますよ」と答えてくれました。そうなるかなと疑心暗鬼でしたが、あるときから、そういった建物が愛おしく見えるようになったのです。
地域の日常に溶け込んだ小建築
ネットで調べると、このジャンル「街角遺産」の愛好家がいるのです。2011年グッドデザイン賞受賞時のセカンドブレイン(secondbrain)代表の多田裕之さんの言葉を紹介しておきます。
「『街角遺産』には文化財のような価値は無いが、地域の景観と日常に溶け込んだ小建築のことで、私たちの造語です。崩れかけた土塀だったり、錆びたトタン小屋だったり、通り沿いの空き家だったり。地域に溶け込んだ建物たちが紡いできた地域独自の風景を次の時代へ伝えたいと考えています」
「この活動は、地域に残る『街角遺産』をリストアップして、企業や個人によるリノベーション&コンバージョンにより、街角遺産の活用を促進することが主目的です。『街角遺産』という新たなカテゴリーを創出して、街の記憶づくりを展開したいと思います」
形あるものはいつか壊れていく。しかし、リノベーションをしながら、本来の目的とは異なるものにコンバージョンして、建物などを残していくべきだと思うのです。こういったものに気づける感性が、街づくりや街の維持に必要と思うのです。今回掲げた写真は私が生まれた龍ケ崎に残るトタンに描かれた看板です。Technicsの文字が入っていますが、何でしょう?(訪問診療医師)
自動運転バス実証実験開始 1日6便、筑波大を周回
筑波大学(つくば市天王台)で19日、自動運転バスの実証実験が始まった。30日まで平日の8日間、同大キャンパスの6つの停留所に停車し、一周約4キロのコースを1日当たり6便、時速20キロ未満で30分程度かけて走行する。
車体には、障害物を感知するセンサーや遠隔監視、物体や信号を検知するカメラ数台と、位置測定を行う衛星測位システムなどが搭載されている。現段階では、部分的な手動運転と自動運転の切り替えによって走る「レベル2」の小型バス(定員10人)による走行だが、2025年度までに運転手不在でも走行可能な「レベル4」で公道を走る大型の自動運転バスの実現を目指す。
同市は現在「つくばスーパーサイエンスシティ構想」のもと、先端的技術の社会実装に向けた取り組みを進めている。今回は「2024年問題」と言われるバス運転手の時間外労働の規制や、深刻なバス運転手不足による減便、高齢化など、同市が抱える公共交通問題を次世代の技術を用いて解決する狙いがある。
自動運転バスがつくば市内を走行するのは初めて。県内では境町が20年11月から路線バスとして運行を開始している。
筑波大での実証実験は、同大とつくば市、関東鉄道、KDDIなど8者による取り組み。初日の19日はキャンパス内のデモコース(天久保池前〜第一エリア前)約1.6キロを右回りで走行した。
自転車や歩行者が多く行き交い、死角が発生しやすいカスミ筑波大学店付近では、「路車間協調システム」を採用し、道路に設置した4Kカメラにより、広範囲の周辺道路の状況を即時に解析し、バスに提供することで危険を察知する。
またプロジェクトの一環として、位置情報専用スマートフォンアプリ「つくロケ」を利用し、運賃を支払う動作なしに乗り降りできるシステムの実証実験も行われる。バス停と「つくロケ」アプリの両方によるブルートゥース信号の情報が組み合わさることで、乗客の位置や状態を把握し、乗降判定に役立てられる。
自動運転バスは、環境にやさしく電動のグリーンスローモビリティ車両を使用する。土日は運行しない。乗車料金は無料で、事前予約によりだれでも乗車可能。先着順により定員が空いていれば当日予約なしで乗車もできる。
同市顧問で、同大システム情報系の鈴木健嗣教授は、「つくロケ」アプリ運用に関して、「自分の現在位置に合わせて、人々を見守るシステム。人を中心としたデータ活用社会を実現させたい」と述べた。KDDI事業創造本部の松田慧さんは「スーパーサイエンスシティのつくば市で、新しいテクノロジーを掛け合わせて、実証実験に取り組むことに意義がある」と話した。(上田侑子)
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賞味期限切れの調味料を使用 つくば市立保育所
つくば市は19日、市内の市立保育所1カ所が15日と16日に提供した給食に、賞味期限切れの調味料を使用していたと発表した。現時点で園児の健康被害はないという。
市幼児保育課によると、15日に提供したナムルと16日のサラダドレッシングの2品に使用した食酢の賞味期限が、昨年12月1日だった。市立保育所の給食は施設内で調理する自園方式で、それぞれ同保育所の0歳から5歳までの園児43人が食べた。
19日、食材の在庫確認を実施したところ、食酢の賞味期限が切れていたことが分かった。同保育所は同日、保護者に通知文を出してお詫びした。
今後の対応策として同課は、市内すべての保育所で調味料などの賞味期限を確認するほか、現在2カ月に1回実施している食材の在庫確認方法を見直すことも検討するとしている。
初の運賃値上げを検討 つくタク ネット予約導入と併せ来年4月から
つくば市が運行する乗合タクシー「つくタク」の運賃について、市が値上げを検討していることが分かった。旧町村区域などの地区内利用で現在1回300円(高齢者や障害者などは半額の150円)の運賃を3.3倍の1000円(同500円)に値上げする案が最有力だ。実施するのは2025年4月からで、インターネット予約の導入と合わせて値上げする方針。値上げされれば、つくタクの運行が始まった2011年以降、初めてとなる。
18日開かれた市公共交通活性化協議会で担当の市総合交通政策課が明らかにした。合併前の旧町村区域などを超えた地区外の駅、病院、大型商業施設、市役所など(共通ポイント)を利用する場合は、1回1300円(同650円)の運賃を1.5倍の2000円(同1000円)にする案が最有力という。
2022年度の実績で、市のコミュニティバス「つくバス」は利用者1人1回当たり357円の公費を投入して運行しているのに対し、つくタクは同3189円の公費を投入しているなどから、持続可能な地域公共交通サービスを継続するため値上げを検討する。
利用状況は22年度の実績で、地区内の利用が96%を占め、1回当たりの平均乗車距離は5.5キロ、運賃が半額になる高齢者の利用が9割を超えることから平均運賃は177円で、同じ距離をタクシーで移動した場合、2100円以上かかるとしている。
県南、県西の周辺11市との比較では、周辺市の運賃は1人1回当たり250~800円なのに対し、つくば市は実質177円で、乗合タクシーの運行経費に対する運賃収入は、土浦市が31.8%、牛久市が11.1%なのに対し、つくば市は5.5%と11市で最も低いとしている。
さらに23年度の一般市民アンケートでは、運賃の許容金額として500円が42.8%、300円が36.5%だったとしている。
その上で、最有力案で値上げした場合、年間運賃収入は現行の860万円から2600万円に増え、収支率は5.5%から16.6%に上がり、市の負担額は現在の1億4900万円から約1700万円減って1億3200万円になるとしている。
18日の同協議会では、値上げに対する異論は出なかった。
ネット予約、3分の1にとどまる
一方、現在、電話のみで受け付けている乗合タクシーの乗車予約については、予約が集中して電話がつながらない状況をなくすため、来年4月から全車両にネット予約を導入し、電話とネットの両方で予約できるようにする。AI(人工知能)で運行を最適化するAIオンデマンドシステムの機能を導入する方針で、導入にあたっては、事業者からプロポーザルでシステムの提案を受け、今年秋ごろ事業者を選定する予定だ。
導入に先立って昨年12月1日から今年2月末までの3カ月間、高齢化率が高い茎崎地区で実証実験が実施されている(23年12月28日付)が、昨年12月1カ月間の実績はネット予約の利用者が延べ73人で、電話予約と比べ3分の1にとどまっていることが18日の同協議会に報告された。
実証実験のために同地区では、運行している乗合タクシー3台のうち1台をネット予約専用、2台を電話予約専用に当てている。1台をネット予約専用にしたことで、電話予約専用の2台の利用が実証実験前と比べ17~19%増えたなど、最初の1カ月間についてはネット予約が浸透していないことが浮き彫りになった。
市は実証実験の開催にあたり、同地区に回覧でちらしを全戸配布したり、スマホアプリの使い方説明会を4カ所で開催したり、スマホ相談会4回開催したなど周知に努めてきた。
ネット予約の利用者が少ないことについて市総合交通政策課は「説明会では、スマートフォンに専用アプリをダウンロードすること自体、難しいという高齢者がいたが、24時間365日予約できるネット予約の方が、電話予約よりも早くて便利だということが浸透すれば利用は増えると思う」としている。(鈴木宏子)
つくバス減便を決定 4月から 土日祝日、最大で半減も
今年4月から運行本数が大きく削減されるつくば市のコミュニティバス「つくバス」について(23年11月8日付)、第3回市公共交通活性化協議会(会長・岡本直久筑波大教授)が18日開かれ、減便する便や時刻表の改正などを決定した。
減便の考え方としては、通勤や通学で利用されている平日の朝便と夜便を維持することを優先し、平日の昼間と土日祝日を減便するとしている。
現在は、平日と土日祝日いずれも共通の時刻表により10路線で317便を運行しているのに対し、4月からは時刻表を平日と土日祝日に分け、平日は全体で13.6%(43便)減便、土日祝日は32.8%(104便)減便とする。
4月から、バス運転手などの時間外労働の上限が規制されること、バス運転手不足の深刻化により規制を補う新たな運転手が確保できないことが減便の理由。
路線別では、平日で最も減便割合が大きいのは小田シャトルで26.7%減、最も小さいのは吉沼シャトルと茎崎シャトルでいずれも9.1%減となる。土日祝日ダイヤは最も減便割合が多いのは西部シャトルで50%減、最も減便の割合が少ないのは谷田部シャトルで26.7%減便となる。
始発便と最終便は、平日の始発便はほぼ維持されるが、最終便が繰り上がる便もあり、最大で小田シャトルと自由ケ丘シャトルは55分繰り上がる。土日祝日の始発便もほぼ維持されるが、最大で始発は西部シャトルが1時間30分遅くなり、最終便は最大で西部シャトルが3時間25分繰り上がる。
減便の実施により、つくバスの運転手は現在の1日53人体制から、4月以降は平日46人体制、土日祝日は34人体制になる。
今年度のつくバスの運行費用は年間約5億5000万円、運賃収入は約1億7500万円を見込んでいるが、減便により4月以降の運行費用は減額となる見込みという。
今後については、運行を委託している関東鉄道との運行契約が2026年3月末までとなっており、運転手不足が解消されなければ26年4月以降、さらなる減便を余儀なくされる見通しであることから、24、25年度2カ年かけて、関東鉄道と協議し、つくバスと路線バスが重複している路線の見直しなどを実施したいとしている。
常総、下妻と接続
ほかに、1日当たり平均利用者数が0.5人に満たないバス停留所が20カ所ある西部シャトルについて今年10月から、路線をみどりの駅発と万博記念公園発の二つに分割し、それぞれ道の駅常総とやすらぎの里しもつまに接続するほか、吉沼シャトルはやすらぎの里しもつまに接続することを検討していることが明らかにされた。
これに対し委員から「西部シャトルは利用者が極端に少ない。考えられる要因は何か。常総市と下妻市の道の駅などに接続するということだが、行った先の足を考えると常総線の駅を行き先にした方がいいのではないか」などの質問が出た。市は「西部シャトルは市の西側がバス空白地域だったことから2019年のダイヤ改編で走らせた。周辺の自治体からはつくば市内の病院に通院する人がいるという話もあり、周辺自治体との広域連携で新たな需要が確保できると思う。常総線の駅に接続する方がいいという話もあるが、ルートが伸びるので便数が減ってしまう」と答えていた。
筑波地域を運行する支線バス「つくばね号」については今年4月から、神郡東と館の停留所の1区間をフリー乗降区間とし、バス停以外でも乗降できるようにする。(鈴木宏子)
◆つくバスの4月からの新たな時刻表はつくば市ホームページへ。
80年代の中森明菜とつくば《映画探偵団》72
【コラム・冠木新市】今年も、2月4日ホテルグランド東雲でやる『新春つくこい祭ツアー』(主催/国際美学院、つくば舞踊研究会)のプロデュースで幕を開ける。
演劇的な全3景の構成で、第1景はつくばセンター地区から筑波山に向かう「つくこい」バス車中での踊りの映画上映(実際に踊る)、第2景はゲスト歌手のショ一で、第3景は狸屋旅館の大宴会場で参加者が踊る。
第1景の日本舞踊とフラメンコの踊りには、毎回テ一マがある。2022年は筑波の歌を集めた「筑波組曲」。23年は生誕70周年を迎えた「アジアの歌姫テレサ・テン」の曲。そして、今年は「80年代の中森明菜」の曲にした。
昨年夏にはテ一マを決めていた。中森明菜の82年のデビュー曲『スローモーション』から91年の『二人静』まで、1年1曲で10曲踊る。
私には『二人静』が懐かしい。脚本家デビュー作、角川映画内田康夫・原作、榎木孝明・主演『天河伝説殺人事件』(監督市川崑)のイメージソングだったからだ。作曲家の関口誠人が歌うものと中森明菜が歌うものと、どちらも気に入りカセットテープに録音して繰り返し聞いた。
残念ながら映画の中では流れなかったが、市川監督がなぜ採用しなかったかは聞きそびれてしまった。
私が東京から来たのは1993年
10年間の中森明菜の歌声を10曲聞くうちに発見したことがある。中森明菜が歌姫になる過程と、つくばの街の成長がピッタリと重なるのだ。
デビュー翌年1983年、つくばセンタービルが完成したときは『禁区』。1985年、つくばエキスポセンターが完成し、ショッピングセンター「クレオ」がオ一プンし、国際科学技術博覧会が開幕したときは『ミ・アモーレ』。1987年、つくば市発足(大穂町、豊里町、桜村、谷田部町の4町村が対等合併)のときは『難破船』。
1988年、つくば市と筑波町が合併、つくば都市交通センターが設立されたときは『TATTOO』。1990年、つくば三井ビルがオ一プン、つくば市立中央図書館が開館したときは『水に挿した花』。1991年、つくば都市振興財団が設立され、常磐新線整備に関する基本計画を国が承認したときは『二人静』。
私が新新住民として東京から引っ越して来たのは1993年。つくば市が一段と落ち着いたときだった。30年が過ぎ今では、私もシン・旧住民となったが、できれば中森明菜のデビューした1982年に移転したかったと思う。
西部の荒野に忽然(こつぜん)と街が生まれ、形成されていく様子。また、そのときには中心地区だった谷田部や筑波町が、周辺地区と呼ばれるようになるプロセス。これらを見たかった気もするからだ。
今、中森明菜ブ一ムが起きている。そして、つくば市は「人口増加率全国1位」だ。シン・住民もドンドン越して来ている。そうそう、第2景では、キングレコード専属歌手の比気由美子さんに民謡版『少女A』を゙歌ってもらう。
もしかして、中森明菜デビュー当時と現在のつくばの状況は似ているのかもしれない。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)
学校に居づらかった経験生かし フリースクールで子どもと向き合う【ひと】
つくばの佐々木侑紀さん(26)
つくば市竹園在住の佐々木侑紀さん(26)は大学卒業後、不登校児童生徒の受け皿となっているフリースクールのスタッフとして充実した毎日を送っている。
教員免許を取得した同期の多くが公立や私立の教員の道を選んだが、収入は低くても子ども一人ひとりと向き合うフリースクールの現場に立とうと、2020年6月、NPOリヴォルヴ学校教育研究所(小野村哲理事長)が運営する「ライズ学園」(現在はむすびつくばライズ学園)に就職した。
佐々木さんには学校で傷ついた経験がある。小学校ではぜんそくやアトピー、アレルギーで休みがちな上に食物アレルギーで給食が食べられず、弁当持参で教室に居づらかった。その上勉強について行けず、自分は頭が悪いと自信が持てずに惨めだった。
中学では成績の良し悪しで発言の機会に差があったり、クラスメートの7、8割が塾通いが当たり前で、授業でいきなり高校レベルの問題が出されたりすることを理不尽に感じていた。「僕も学校に居ると声を出すことができず、机に伏せて寝たふりをしたり、わざと的外れの答えをしたりと反抗した」。
そば店の壁に名言
中学2年のある日、父親と訪れたそば店の壁に、幕末の思想家、吉田松陰の名言が掛かっていた。「過ちがないことではなく、過ちを改めることを重んじよ」という言葉に、間違えてもいいんだと気持ちが楽になった。松陰の言葉との出会いが人生の分岐点となった。「松下村塾」を主催し塾生一人ひとりの得意分野を見抜いて能力を伸ばすことに尽力した松陰に憧れ、憧れは自らの目標になった。
かすみがうら市の東風高校を経て二松学舎大学(東京都千代田区)に進み、高校の公民の免許を取得した。
大学在学中は不登校児童生徒の居場所として、フリースクールの存在感が高まっていた。卒業後、自身の経験もあり、フリースクールの現場に立ちたいとインターネットでフリースクールを検索した。目を引いたのが、当時、同市谷田部でフリースクールを運営していたライズ学園の記事だった(2019年5月29日付)。
「教員を辞めた人がライズ学園を設立し、子ども一人ひとりのつまずきを理解しながら学習支援に取り組んで学ぶ意欲を引き出している。これは、塾生の得意分野を見抜いて能力を伸ばした『松下村塾』と同じ。ここしかないと思った」
みんな花開くからきっと大丈夫
スタッフになって3年半が過ぎた。「通い始めた頃の子どもたちは、学校での嫌な経験から抜け出せずに表情は硬い。徐々に打ち解けて心からの笑顔が見えたときにやりがいを感じる」
現在、同学園は同市吾妻の市産業振興センターで運営され、市内の小中学生が1日20人ほど登園している。スタッフは15人おり、社会科担当の佐々木さんは子どもたちから「ささきん」と呼ばれている。
「社会科の教え方の基礎は、3年間マンツーマンで向き合い信頼関係を築けた男子生徒とのやりとりで養った。資料はどう作ったら見やすいか、どうしたら学ぶことが面白い社会科になるか、たくさんのことを気付かせてくれた。ニックネームの『ささきん』はこの男子生徒がつけてくれたもので、とても気に入っている」
子どもたちとの共通の話題は漫画やアニメ、音楽、お笑いと幅広い。好きなアニメのキャラクターなどの雑談を通して距離が縮まり、本音で話してくれる関係性が出来てきた。
「大人に不信感があって口調の荒い子どもと雑談をしていた時、唐突に『誰からも問題児と言われる僕は本当に問題児ですか』と直球が飛んでくることがあった。大事なものが投げ込まれたら、いつでもその子のこれからを考えてアドバイスしていこうと思う。相談できずにいる子どもはいないか、楽しそうに登園してくる子どもは元気なふりをしていないか。よく見てよく話を聞き、安心して過ごせるようサポートしていきたい」
受験シーズンを迎えた。同園から今春9人が巣立つ。中学3年になると高校入試を控えて迷い、悩み、子どもたちの間で「もう自分の人生は終わる」「高校には行かないと」「中卒ではやばいよね」といった会話が交わされる。近年は進路に通信制高校を選択する子も多い。佐々木さんは「みんな生まれ持った良いところがあって花開くからきっと大丈夫。10年後、20年後にまた会おう」とエールを送る。 (橋立多美)
