つくばFC 開幕戦でスター軍団に勝利
関東サッカーリーグ1部のジョイフル本田つくばFC(本拠地つくば市)は6日、ホームのつくば市山木、セキショウ・チャレンジスタジアムで開かれた開幕戦で、アマチュアサッカー界のスター軍団、南葛SC(東京都葛飾区)と対戦、1-0で勝利し順調な滑り出しとなった。
第58回関東サッカーリーグ1部 第1節(4月6日、セキショウ・チャレンジスタジアム)ジョイフル本田つくばFC 1-0 南葛SC前半1-0後半0-0
つくばは昨季関東1部リーグ5位、地域CL(全国地域サッカーチャンピオンリーグ)3位の成績を挙げ、JFL(日本フットボールリーグ)昇格へあと一歩のところまで迫った。今季こそ関東1部優勝とJFL昇格実現を目指す。
対する南葛SCは、漫画「キャプテン翼」の作者、高橋陽一さんが代表を務め、稲本潤一や大前元紀、今野泰幸ら元日本代表選手が多数在籍する。指導者は筑波大学蹴球部やJ1川﨑・名古屋などを歴任した風間八宏監督が今季から就任した。3月24日には東京都の社会人ナンバーワンを決める東京カップで優勝し、つくばに乗り込んできた。
試合前半、つくばの陣形は3-5-2。前線は恩塚幸之介と石橋オビオラの2トップ。昨季センターFWを務めた熊谷誠也はJFLのアトレチコ鈴鹿クラブへ移籍したが、1年間をJFLのブリオベッカ浦安で過ごした石橋が復帰。189センチの長身とフィジカルを生かし、南葛の高い守備ラインの裏に襲い掛かった。
ウイングバックは右の鍬田一雅が崩し、左の青木竣が刺す形だ。「鋤田らが試合をコントロールするところで自分が前へ入り、フィニッシャーとして狙っていった」と青木。その形が実ったのは前半37分。敵陣でのパスカットから鍬田がドリブルで中央へ持ち込みシュート。相手GKがはじいたところへ詰めていた青木がゴール右隅へ突き刺した。
「しっかり守備から入り、相手が攻撃的に来るところを狙おうというプラン。狙い通りの入りができた。チャンスは作れていたので、決めていればもう少し楽に勝てた」と副島秀治監督。
前半のシュート数はつくばの9本に対し南葛は2本。だが攻撃の回数では南葛に分があった印象がある。それだけつくばの守備陣が、相手の攻撃を跳ね返し続けた。副島監督は「日頃からゲーム形式の練習が多く、一人が抜かれても、もう一人が防ぐことを意識付けできている」と、チャレンジ&カバーの徹底を挙げる。
後半の立ち上がり、つくばは鍬田がドリブルなどで持ち込み、チャンスを作る場面が増えた。「前線の厚みを出そうと、頑張って走って前へ出た。守備のときもなるべく前に残り、相手の守備を下げさせられるよう心掛けた。苦しい時間帯にこそ、一人で2、3人はがして点を取ってこれるスーパーな選手になりたい」と鍬田。
だが時間の経過とともに相手に押し込まれ、守から攻への切り替えがきかなくなる。「体力的に落ちてきてしまった。もっとボールを保持する時間を作れれば気持ちの余裕もできる。セットプレーも突き詰めていきたい」と副島監督。
青木は「1点だけでなく2、3点取りに行く。守備でも抜け目なさを突き詰めたい。地域CLや全国社会人サッカー選手権でも1点の重みを味わってきたので、それをチームメートに伝え、厳しい要求をしていきたい」と、チームにさらなる奮起を促した。
次節は14日、柳島スポーツ公園総合競技場(神奈川県茅ケ崎市)で東邦チタニウムと対戦。17日には天皇杯県予選1回戦があり、RKUフットボールフィールド(龍ケ崎市)で流通経済大学体育局サッカー部と対戦する。(池田充雄)
「… in 宇部」後記①指輪と魚の話【続・平熱日記】155
【コラム・斉藤裕之】その日は春の嵐。3月も後半に入ろうというのに、山口県の山あいにある弟の家の窓の外は横殴りの雪。そんな中、空路東京からわざわざ個展会場にやって来てくれたのは教え子のF君(コラム150に登場)。
「海を見たいですね、瀬戸内海を!」。彼のリクエストに応えて車を走らせること20分。海岸線が見え始めると、そうだ!マヨねえから借りた山下達郎のCDをかける。男2人のライドオンタイム。しかしながら、車から出た私たちを待っていたのは強烈な寒風。
遠くに九州の国東半島を望みながら、瀬戸内海を背景にスナップ写真を1枚撮って、そそくさと車に戻った。「おー寒い~」
ケンブツジャコ
個展会場に戻って作品を見終わったF君は「色の違う指輪」(コラム150に掲載)という作品をご所望だという。え?でもこれは私と亡き妻の指輪を描いたものだけど。当時私の指には金色の指輪が似合わず、結果的に同じデザインで妻はゴールド、私はプラチナという、色の違う指輪にしたのを昨年描いたものだ。そんな他人の指輪の絵をなぜ欲しがる?
「実は僕らの指輪もそうなんですよ」「え?」。彼の薬指のプラチナ色の指輪の一部分はゴールドで、奥様のはその逆だという。もちろん私はそんなことなど知らずに、彼の結婚式の話をコラム150に書いて指輪の絵を添えたわけだが、偶然とはいえF君にとっては何か因縁めいたものを感じたのかもしれない。
それにしても、わざわざ山口まで来てくれたF君にはおいしい魚ぐらいはご馳走してやりたい。ということで、ギャラリーオーナーの涼子さんにお勧めの店を聞くと「ケンブツジャコって食べたことある?」。
この宇部あたりでしか食べないというケンブツジャコ(テンジクダイ)という金魚ぐらいの大きさの小魚(私は偶然昨年この魚を食べる機会があった。頭は固いので落として、カラ揚げに)を食べさせる店があるというので行ってみることに。残念ながら、その日はこの珍味をお目にかかれなかったが、それでもおいしい瀬戸内の魚をたらふく食べてF君も満足して東京に帰って行った。
イリコ
余談だが、宇部近辺ではケンブツジャコと共に「レンチョウ」いわゆる舌平目をよく食べる習慣があって、宇部のソウルフードなどと呼ばれているらしい。同じ県内、瀬戸内海でも、その土地、土地で食習慣が違うんだなあ。
また、山口の魚は冬の間ひとりでずっと鍋を食べ続けた私にとっても、春を告げる御馳走(ごちそう)となった。今回も、アジ、メバル、のどぐろ、フグ、いか、かわはぎ、さざえ、ウニ、セグロイワシ、サヨリなど(ほとんどは義妹の手料理によるもの)、それから島の岸壁で獲ったナマコも食べた。
そうそう、魚といえば昔「いりこ」というあだ名だったという方がイリコの絵を買っていった(詳細は次回に)。
帰りの高速では、何とも美しい富士山が現れたが首都高手前から壮絶な渋滞に巻き込まれて辟易(へきえき)した。半月ぶりの茨城は季節が止まっていたかのように木々が寒々しい。それでも日差しは春のもので、パクはいつもの散歩道を懐かしそうに楽しんでいた。(画家)
カタクリが開花 筑波山山頂付近 見頃は4月半ば
筑波山山頂に近い御幸ケ原のカタクリの里で、春の訪れとともにカタクリの花が咲き始めた。「春のはかない命」(スプリング・エフェメラル)と呼ばれる春先に咲く草花の一つ。つくば観光コンベンション協会によると、今年は3月に積雪が3回あった影響で例年より開花が遅れ、見頃を迎えるのは4月中旬になる見通しだという。
筑波山はカタクリの群生地と知られ、標高約800メートルの御幸ケ原のほか男体山山頂周辺の自然研究路、ケーブルカー沿いなどに約3万株が自生している。カタクリ草はユリ科カタクリ属の多年生植物で、山野に群生して、薄紫色のかれんな花をうつむき加減に咲かせる。
カタクリの里は筑波山ケーブルカー筑波山頂駅から、山頂連絡路を女体山方向へ約100メートルほど進んだところに位置し、3月25日から5月19日まで「筑波山頂カタクリの花まつり」が催される。4月下旬には白色のニリンソウも咲き、二つのかれんな花のコントラストを楽しむことができる。
4日午前、カタクリの里で、50輪ほどが開花しているのが確認できた。観光客はまだまばらだった。
同協会観光推進課の本間良太さん(39)は「2月は暖かかったが、3月に雪が降ったため、ソメイヨシノと同じようにカタクリも開花が遅れ、見頃を迎えるのも遅れると思う。山頂付近は整備されているので、これからも多くの人に訪れてほしい」と話している。(榎田智司)
◆問い合わせは電話029-869-8333(つくば観光コンベンション協会)へ。
阿見町の「たけのこ料理」フェア《日本一の湖のほとりにある街の話》22
【コラム・若田部哲】茨城県の阿見町は、総面積に対する竹林の面積が県内トップクラス。農林水産省が行っている農業状況調査の指標「農林業センサス」の直近のデータでは、同町の竹林の面積は102.4ヘクタールで、町総面積に対する割合は1.43%。県内44市町村の平均は0.39%であり、他市町村の約3.6倍の割合となっています。
このため、県内でも春のたけのこ生産が盛んであり、地元の直売所には季節になると新鮮なたけのこが並びます。さらに毎年4月には、たけのこ料理フェア「たけのこほっぺ」を開催。今回はこのイベントについて、同町商工観光課の井手さんにお話を伺いました。
農家の協力で「たけのこ」掘り体験
今回で12回目となる「たけのこほっぺ」では、町内6店舗の飲食店が、特産のタケノコを用いたメニューを提供しています。たけのこご飯や青椒肉絲(チンジャオロース)、てんぷらなど、お店ごとに工夫を凝らしたメニューはどれも美味!
また、同イベントで毎回好評なのが、たけのこ農家さんのご協力による「たけのこ掘り体験」。今回3カ所の竹林での開催が予定されているこの体験イベントは、毎年訪れる熱心なリピーターもおられるそうです。
お子さん連れや、都心からのお客さんも多いというたけのこ掘りの魅力を井手さんに伺うと「整備された竹林の中を歩く非日常的なさわやかさと、宝探し的なワクワク感に魅力を感じていただいているようです」とのこと。
整備された竹林は、目で鮮やかな緑を楽しめ、足裏で積もる葉の感触を楽しめる、とてもさわやかな体験です。また、良いたけのこは地面からまだ出ておらず、わずかに地面が隆起しているのを、上に積もった葉が少し浮いているのを足で踏んで探すのがポイントで、この点が宝探し的でとても面白いそうです。
採りたて「たけのこ」刺身は美味
採りたてのごく新鮮なたけのこは、アク抜きをせず刺身で食べることも可能で、これも自分で収穫してこそのお楽しみ。また、質の良いものの見分け方として、芽の部分が緑になっておらず黄色いものを選ぶと、柔らかくておいしいそうです。
今年のフェアは4月6日から30日まで。産地ならではの新鮮な味わいと、五感で楽しめるさわやかな行楽・たけのこ掘りを、ぜひお楽しみください。(土浦市職員)
<注> 本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。
→これまで紹介した場所はこちら
日本国際学園大学が開学 1期生126人が入学 つくば
日本国際学園大学(橋本綱夫学長)が4月、つくば市吾妻の旧筑波学院大学に開学した。5日、開学式と入学式が催され、第1期生126人が入学した。筑波学院大の名称を変更して開学した。つくばと仙台に2つのキャンパスをもつ。初代学長に、同大を運営する学校法人日本国際学園の橋本綱夫理事長が就任した。
式典の最初に橋本学長が開学を宣言した。新しい大学名について橋本学長は「国際的視野を持ち多文化と共生できるマインドをもった人材を育てる教育は重要。それだけでなく日本の産業や豊かな文化への造詣を深めることは国際的に活躍するためにも重要」と述べ「日本というローカルな視点と、国際というグローバルな視点を組み合わせた日本初の国際的人材を養成したい」と思いを話した。
新入生に向けては「皆さんは第1期生。日本への理解を深め、世界に視野を広げてほしい」と呼び掛けた。さらに、何度失敗しても挑戦し戦い続けた戦国武将、山中鹿之助を例に挙げ「人は成功よりも失敗からたくさん学ぶ。大学での学びもたくさんの壁に当たるかもしれないがチャンスだと思ってほしい。壁が高過ぎると乗り越えることはできないので、自分の力に合った小さな目標を立て、小さな目標を達成することを繰り返せば大きな目標を達成することができる」などと話した。
新大学は経営情報学部ビジネスデザイン学科の1学部1学科制で、カリキュラムに①グローバル企業や大学院進学を目指す「国際教養」(キャンパスはつくばと仙台)➁外資系総合職や英語学校講師を目指す「英語コミュニケーション」(つくば、仙台)➂企業総合職や営業職を目指す「現代ビジネス」(つくば、仙台)④キャビンアテンダント(CA)やグランドスタッフを目指す「国際エアライン」(仙台)⑤ホテルや旅館業界を目指す「国際ホテル」(仙台)⑥行政職や消防士、警察官を目指す「公務員」(つくば)⑦情報システムエンジニアやプログラマーを目指す「AI・情報」(つくば)⑧グラフィックデザイナーやアニメクリエイターを目指す「コンテンツデザイン」(つくば)と、⑨留学生対象の「日本文化・ビジネス」(つくば)の九つのモデルがある。
新入生は日本人学生86人と留学生40人。式典では一人一人の名前が読み上げられた。新入生を代表して初見大翔さんは「1期生として新たな歴史を刻むことができ、うれしい。コンテンツデザインモデルを選択しイラストレーションの勉強や制作をしたい。さまざまな講義や実習を通して自分でつくりあげたもので人の心を動かす体験をしたい。何ごとにも臆することなく挑戦し、さまざまな課題に立ち向かっていきたい」と決意を述べた。
在校生を代表して同大4年の佐藤碧さんは「私たちの大学は幅広い分野の学問を学ぶことができる素晴らしい場所。将来の道筋がなかなか決まらなかったり、悩んでしまう方もいると思うが、本学の最大の魅力は学生と教員の距離がとても近いこと。先生方はいつも親身に話を聞いてくださるので、不安なことや分からないことがあれば先生方に相談してください。きっと道を見つけることができる」と語った。
開学式と入学式には新入生のほか父母らも参加した。県立八千代高校出身の新入生、宮永一輝さん(18)は「1年生から公務員の勉強ができる大学はこの近辺にここしかない。公務員を目指して勉強に励みたい」などと話した。スリランカ出身の留学生、エブダ・マリワッタゲ・ディニティさん(21)は「就職活動をよくサポートしてくれる大学なので入学した。日本文化、ビジネス、英語を学びたい。将来についてはまだ決めてないが日本で就職したい」などと話していた。
建つか?筑波大恩師の銅像《看取り医者は見た!》16
【コラム・平野国美】数年前に北海道のある街に出掛けた時のこと。地元の方との話の中で我が恩師の地元が確かここだと思い出し、名前を挙げてみると、「おお、YZ先生のお知り合いですか?」と、相手が身を乗り出してきました。
先生は筑波大学時代の担任で、留年を繰り返した私は、何度も天久保の寿司屋で説教と励ましを受けました。恐れ多くて、知り合いなどとは言えません。その後、先生は母校の東京医科歯科大学に転籍され、トップに登り詰めました。医学界では伝説の方です。
先生の業績で理解しやすいものは、東京工業大学と東京医科歯科大学統合(2024年10月発足)の地ならしがあります。20年以上前、ある空港でお会いしたとき、2大学だけでなく、4大学連合(東京医科歯科大、東京外国語大、東京工業大、一橋大)を唱えておられました。各大学の人材や単位の流動性を図るのだと。
銅像は街の歴史を刻む
地元の方は「立ち消えになりましたが、駅前に先生の銅像を建てようという計画案があったのです」と言っていました。この話を聞き、駅前広場に青空を指差して立つ先生のブロンズ像を想像しました。見た目は、俳優の國村隼さんと「こち亀」の両さんを足して二で割ったような感じです。
学生時代、なぜ東京医科歯科大を目指したのか、先生に聞いたことがあります。「俺、田舎が比布でよ。子供の頃に地元代議士の息子がよ、東京の大学に合格してよ。入学するとき、なまら、わんさの人が駅のホームに集まってよ。札幌に向かう電車に向かって、万歳三唱したの見てよ。俺も、いつか東京に行かなきゃって思ったわけよ。だから、冠(かんむり)に東京って書いてある大学を狙ったわけ」と、話されていました。
地元の人が言う駅前が、比布町なのか旭川市なのか分かりませんが、いつか銅像が実現してほしいものです。もう先生は80代に入り、穏やかな日々を過ごされていると思います。空港で最後にお会いしたときの言葉は「今からハーバードに行ってくる」でした。
銅像は芸術的な意味もあると思いますが、街の歴史を刻むものもあります。私が見てみたいのはロッキー・バルボア像(フィラデルフィア)です。今回の写真の右は別府駅前の別府観光の生みの親、油屋熊八さんの像、そして左の写真は石垣港にある具志堅用高さんの銅像です。(訪問診療医師)
「片足跳びでバランス力を」 アスリート社員が走り方教室 関彰商事
関彰商事(本社・筑西市、つくば市、関正樹社長)主催の「セキショウ走り方教室」が4日、つくば市天久保、筑波大学中央体育館で開かれ、仕事をしながら競技に打ち込むアスリート社員が子供たちに、速く、楽しく、かっこよく走る方法を指導した。
講師は2022年に現役を引退した短距離の魚里勇介さん(同社ヒューマンケア部)、セキショウアスリートクラブ「ONE」所属で400mハードルの高橋塁さん(同)、競歩の熊谷菜美さん(経理部)、中距離の平野綾子さん(総務部)。
グループ企業の社員と子供を対象とした走り方教室で、昨年に続き2回目。手書きの名札を胸に付けた子供たち13人が参加した。
ストレッチで体をほぐした後、片足跳びを軸に教室は進行。プログラムの内容は講師の4人で考えた。講師の高橋さんは「一歩一歩の連続が走る動作につながっている。一歩を支えるために必要なバランス力や地面に重心を伝える力を身に付けるために片足跳びは有効」と言い、しっかりひじを曲げて大きく手を振ることが早く走るポイントだと児童らに伝えた。段階的に負荷をかけながら体を動かし、最後は体育館を全力疾走して1時間の教室は終了した。
昨年に続いて2回目の参加という栗原結衣さん(10)は「普段はあまり走らないけどたまに走るのもいい。家にトランポリンがあるから片足跳びをやろうと思う」と話し、走ることが好きだという中村優花さん(7)は「片足けんけん飛びをして早く走れた」と笑顔を見せた。
指導した高橋さんは「教育実習で中高生に指導したことはあるが小学生は昨年に続いて2回目。子どもたちから無限のパワーを感じた。少し抑え目なトレーニングにしたので物足りなかったかも知れない。機会があれば来年以降も続けたい」と感想を述べた。
11日は水戸市内でも開催する予定で、100mハードルの相馬絵里子さん(広報部)、やり投の村澤雄平さん(総合企画部)らが講師として参加する。
同社は、身体的、精神的、社会的に満たされた状態を表す「ウェルビーイング」の向上を目指す取り組みを展開しており、その一環として開催した。3月には、芸術に親しみながら社員とその家族の交流を促すことを目的に陶芸ワークショップと展覧会観覧ツアーを開催している。
ウェルビーインググループ総務部の草野伸一課長は「イベントを通じて家族間はもちろん社員間の交流を深める機会にもつながっている」と取り組みの成果を話す一方、広報部の石井雅也さんは「就業時間中のイベント参加に二の足を踏む社員もおり、気兼ねなく参加できるよう周知したい」と語る。(泉水真紀)
条例違反を市長は自白 つくば市保健センター《投稿・鳥居徹夫》
2023年10月14日に茎崎地区で開かれたタウンミーティングで、つくば市の五十嵐市長は、つくば市保健センター条例をずっと(十数年間も)守っていないことを自白しました。
市ホームページには、昨年10月14日の茎崎地区タウンミーティング、および同日の谷田部地区タウンミーティングから5カ月以上も会議録が掲載されず、その概要がアップされたのは、年度末の3月27日でした。
タウンミーティングの司会者は、住民の発言は1人2分以内としながら、このときの市長の答弁はなんと10分前後でした。しかも五十嵐市長は「茎崎のことを、皆さんが思っている以上に考えている」とムキになって2度も繰り返しました。
市長の答弁は、ツッコミどころが多くありましたが、市ホームページの概要では多くが省略されていました。ぜひ本欄のコメント欄に、発言全文の文字おこしを掲載していただければうれしいです。
昨年10月のタウンミーティングで、私は五十嵐市長に対し、「つくば市保健センター条例が、ずっと守られていない。改善を求める」と要望しました。しかし五十嵐市長は「建物は存続するが、機能は廃止する」と発言。条例違反を追認したばかりか、逆に(条例違反の)現実に条例を合わせ、保健センター条例を改悪すると、強弁しました。開き直ったのです。
その時は、市長の顔が引きつり、市長が弁明する際、質問した私を凝視し、にらみつけるようでした。私も目をそらすわけにはいかず、にらめっこの状態が続きました。
しかし昨年の12月議会と今年3月の市議会には、条例改悪の議案は提出されていません。
放置し、追認し、居直る
つくば市保健センター条例によると、第2条で茎崎など4カ所の保健センターの名称と住所が明記され、第4条で(1)検診等(2)健康相談や健康教育(3)保健指導、栄養指導(4)機能回復訓練(5)衛生知識の普及等、を業務としており、第5条で、各保健センターに必要な職員を置くことになっています。
第4条(1)の検診等は、茎崎保健センターの建物を使いますが、貸し会議室のような存在になっています。さらに常駐の保健師がいないので、第4条(2)(3)(4)(5)は有名無実です。検診の結果が出ると、谷田部保健センターから保健師が来て、会場を借りて、相談希望者に対応しているのが現状です。また常駐の職員はおらず、明らかに第5条違反です。
今年秋に市長選挙がありますので、市長は発言を撤回し、条例を遵守すると明言され、市の幹部に指示されていいかがでしょうか。
市のホームページによると「保健センターは地域の皆さんにとって身近な存在です。専門スタッフが子育て支援から健康増進、生活習慣病予防、在宅療養等に関した活動を行っています」と記されています。
つまり「保健センターは、地域保健法第18条に基づき市町村が設置することができ、その目的は住民に対し健康相談、保健指導及び健康診査、その他地域保健に関して必要な事業を行う施設」なのです。
五十嵐市長は、つくば市保健センター条例の違反を長期間放置し、条例違反の現状に合わせ、威勢高に条例改悪を明言し、居直ったわけですから。
《参考》タウンミーティング(2023.10.14 開催 場所:ふれあいプラザ ) 懇談概要の7番目の質疑が、保健センターに関する市長と私のやりとりの概要です。
【とりい・てつお】政治・労働問題研究者。日本労働ペンクラブ会員。1950年生まれ。茨城大学人文学部卒、労組役員を経て国会議員政策秘書。民主党政権では文部科学大臣秘書官。つくば市在住。
医療通訳養成学校の卒業試験《医療通訳のつぶやき》7
【コラム・松永悠】3月末に私が講師を務める医療通訳養成学校の卒業試験がありました。筆記試験にロールプレイ、両方とも良い点数を取らないと合格できません。医療通訳は、通訳という職業の中でニッチな存在でありながら、一番難しいとも言われています。
毎年、うちの学校にたくさんの受講生が入ってきます。勉強のきっかけはいろいろですが、皆さんに共通しているのは、医療知識を学んで、通訳テクニックを身につけて、医療現場で人助けをしたいという気持ちです。
しかし一方で、現実はかなり厳しいものです。私は長年講師を務め、一貫して「数より質」という考えで受講生を見てきました。熱意があるのは大変素晴らしいことですが、医療通訳になれるかどうか、条件があります。さあ、それはなんだと思いますか。
語学力と黒子意識
「医療」の専門知識はもちろん必須ですが、これは努力すれば大抵クリアできます。ある意味、一番楽な部分とも言えます。私が考える大変な部分は二つあります。
一つ目、語学力です。日本語/中国語ができるから通訳できるとは限りません。受講生は全員、大きな支障もなく日常生活できる人たちです。しかし、母国語じゃない方の言語に変えた途端、語彙(ごい)が足りないとか、細かい文法の間違いとか、様々な問題点が現れてきます。これらは、長年の癖だったり、勉強不足だったりするので、簡単に直すことも、上達することも難しいです。
このレベルだと仮に最後なんとか意思疎通できたとしても、聞き手がとても疲れてきます。ただでさえ忙しい病院の外来で、こんな通訳に耐えられる医師はほとんどいません。特に文法のミスが多いと、一体何を言いたいのか分からなくなるので、医師の苛立ちは容易に想像できます。
つまり、医療通訳になるには、まず「きちんとした」語学力が必須です。「通じればいい」は、病院では通用しません。残念ながら、受講生の半分くらいはこのレベルに達していないのが現状です。
二つ目、黒子意識です。よく通訳のことを「黒子」に例えます。自己意識を抹消(まっしょう)して、相手の口になることに徹する必要があります。分かりきっていることでも、代わりに答えたり、勝手に話の内容を変えたりしてはいけないのです。我々の世界では「内容を変えない、足さない、減らさない」が鉄則です。
原石を見つけ磨き送り出す
これがいかに難しいことか、卒業試験のロールプレイを見れば良くわかります。どう訳したらいいか分からないとき、数秒間沈黙して考えるのは実は問題ありません。しかし、何かを話さなきゃと焦りだす受講生が必ず出てきます。すると、一部の方がセリフの元々の意味を大きく曲げて訳してしまいます。
この悪い癖をしっかり認識して、意識的に取り除かないと、医療現場でとんでもないミスにつながります。しかし、これもなかなか抜けられないものです。
医療通訳の難しさについて、少しばかり理解していただけましたでしょうか? 講師の仕事は、原石を見つけ、磨き、現場に送り出すということです。4月から新クラスが始まります。さあ、今度どんな受講生と出会えるのでしょうか。(医療通訳)
<参考> 医療通訳の相談は松永rencongkuan@icloud.comまで。
みどりの南小・中学校開校 つくば TX沿線
駅近くの義務教育学校から分離
つくばエクスプレス(TX)沿線のつくば市みどりの南に、市立みどりの南小学校(市村毅校長)とみどりの南中学校(野村光弘校長)が新設され、3日開校式が開かれた。人口増加により、みどりの駅近くに2018年4月に開校した小中一貫のみどりの学園義務教育学校から分離し、新設された。
同南小には718人、南中は65人が入学する予定。同じ区画に小中学校が隣接して建つ。校舎は小学校が鉄筋コンクリート造り3階建て、延べ床面積約8500平方メートル、中学校は同3階建て、延べ床面積4200平方メートルで、小中の校舎は連絡通路でつながっている。高速道路に隣接していることから、騒音対策として校舎の建具に遮音性の高いものを使用している。
体育館は小中それぞれあり、グラウンドは小学生用の1周150メートルトラックと、中学生用の200メートルトラックがある。ほかに主に中学生が部活動で使用するサブグランドがある。プールはなく、4月に近くにオープンするみどりの学校プールを使用する。
休日は体育館、図書室、家庭科室、音楽室、多目的室などを地域住民に開放する予定だ。
新設計画がスタートした2020年時点では、みどりの学校プールがオープンする用地に小中学校を建設する予定で県有地を購入した。同用地はTXの線路をはさんでつくばみどりの工業団地に隣接し、近くに産業廃棄物施設が立地していることなどから、議会から「教育環境として問題があると心配の声が上がっている」などの指摘があり、建設用地を600メートル南の高速道路脇の県有地に移転した。その後も、みどりの地区に3カ所目の小中学校を建設する否かや、通学区をめぐって学区審議会などで議論が交わされた経緯がある。
通学区域は、同南小は同市中野、片田、西栗山、飯田、根崎、みどりの東、みどりの南。同南中は、南小と、隣り合う谷田部南小校区となる。一部の地域は、みどりの学園義務教育学校、谷田部南小学校と新設校との選択制となる。
一方、さらなる児童・生徒数の増加が見込まれることから、増築する計画がある。
開校式には学校関係者や県議、市議、市職員ら約100人が参加した。同小の市村校長は「9年間の学びを通して子どもたちが未来に向けて幸せな人生を築くための基盤となる学校を目指していく」とし、「小学校では一人一人の個性を大切にし、中学校では自立と共生という教育理念のもとで自ら考え行動し社会の一員として責任を果たせるような人材育成に努める」と理念を述べ、「地域と連携しながら、地域に愛され貢献できる学校づくりを目指す」と語った。
あいさつに立った五十嵐立青つくば市長は、23年につくば市が人口増加率で日本一になったことに触れ「人口が増えたからといって、ただ学校をつくればいいというわけではない。学校は子どもたちが学び、人と関わり成長してく居場所としての機能を持つところ」とし、「教えから学びへ、管理から自己決定へ、テスト重視ではなく子どもたちが協調する力を育める教育を目標とする市教育大綱に基づき、子ども達にとってどのような場所がいいのか、近代公教育の大きな転換を図っていくことを目指していく」と語った。また「先生たちの負担を少しでも軽くしながら、校内フリースクールやスクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーを置くなどし、学校が子ども達にとって安心した居場所になるよう努めていく。課題はあると思うが、みんなで新しい学校をつくっていきたい」と語った。
両校の校歌は、歌手・松田聖子の曲を多数手掛けてきたことで知られる、つくば市出身の作曲家、小倉良さんが手がけた。開校式に参加した小倉さんは「校歌を依頼されたことは大変名誉。何百年も歌われることに責任とこれまでにないプレッシャーを感じた。これまで450曲以上作ってきたが校歌は初めて。児童・生徒の皆さんが歌うところを思い描きながら作った」と笑顔を交えながら語った。(柴田大輔)
