月曜日, 4月 6, 2026

暫定目標値2.9倍のPFAS検出 つくば市上大島の事業所井戸

汚染源は不明 周辺民家の井戸水調査へ 発がん性など健康への影響が懸念される有機フッ素化合物のPFAS(ピーファス)について、つくば市は30日、地下水を水源とする井戸水を飲用に使用している市内の民間事業所を対象にPFASの一種であるPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)について調査を依頼したところ、同市上大島の事業所の飲用井戸から、暫定目標値の2.9倍のPFOSとPFOAの合算値が検出されたと発表した。 市内の飲用水から暫定目標値を超えるPFASが検出されたのは初めて。市環境保全課によると、同事業所を含め周辺には過去にPFOS及びPFOAを製造または使用していた事業所はなく、現時点で汚染源は不明という。健康被害などは確認されていない。 市は今月27日、検出された井戸からおおむね半径500メートル以内の周辺住民30数軒に周知した。今後、周辺民家の井戸水調査を実施する。ただし調査箇所は調整中としている。同地区には公共水道が供給されているが、井戸水を飲用に利用している民家もあるという。 国が実施している「水道におけるPFOS及びPFOAに関する調査」に基づき、今年6月、地下水を飲用に利用している市内事業所38カ所を対象に市が検査を依頼した。そのうち14事業所が自ら検査し、7月18日、同市大島地区の事業所の井戸から、1リットル当たり暫定目標値の50ナノグラム(ナノは10億分の1)の2.9倍にあたる145ナノグラムが検出された。一方、同事業所が検査した近隣の井戸2カ所は暫定目標値以下だった。 その後9月20日、同事業所は蛇口から出る水を検査し、再び暫定目標値の2.1倍の105ナノグラムが検出された。蛇口に浄水フィルターを設置したところ不検出だったことから、今後、同事業所では活性炭入りの浄水フィルターを設置するという。 国は、全国の水道事業者などを対象に調査を実施。同日、県が発表した調査結果によると、県内ではつくば市のほか、筑西市内の事業所の計2カ所で暫定目標値を超える値が検出された。公共水道については暫定目標値を超える検出はなく、つくば・土浦市民が飲用する県企業局県南西広域水道の今年4~8月の検査結果は最大値が1リットル当たり8ナノグラムだった。 PFOSとPFOAは過去に泡消火剤や界面活性剤など幅広い用途で使用されていたが、現在は国内での製造や輸入は原則禁止されている。国は2020年に水質管理目標となる暫定目標値を設定したが、法的な規制対象となる基準値はまだ設定されていない。暫定基準値の見直しに向けては国の専門家会議で議論が実施されている。

「モノクロ語り・新川」 石川多依子さん 10月8日から土浦で写真展

土浦市在住の写真家、石川多依子さんの写真展「モノクロ語り・新川」が、土浦駅前の土浦市民ギャラリーで10月8日から開催される。新川は同市の市街地を流れる。2004年からフィルムカメラやデジタルカメラで撮り続けた新川の、上流から河口までのさまざまな表情を厳選し、57枚のモノクロプリントで展示する。 カメラと共に、時代を下り川下り 新川は、同市虫掛と田中町の間を流れる用水路の合流点を起点とし、真鍋や立田町、城北町、東崎町などを通り、霞ケ浦に注ぐ全長3.4キロの1級河川。土浦の街を散歩しながら撮り歩いている石川さんの、大きな撮影テーマの一つでもある。石川さんは2020年に「新川の今昔」という手記を書いている。 手記をもとに川筋をたどると、上流の消防署前の通りを過ぎたところの田中橋から、6号国道を渡る真鍋橋までの間には、2つの木橋がある。近くに旧・常陽新聞の社屋があった5号橋(通称・常陽橋)と、土浦二高前に架かる立田橋だ。「どちらも現在は橋脚部分が鉄骨ですが、以前は橋から橋脚まで全て木製だったので、とてもひなびた風情があった」と石川さん。5号橋は2018年に欄干が倒れ、しばらく通行できなかったが、昨年ようやくヒノキ材で再建された。立田橋の方はスギ材なので、ちょっと表情が異なるという。 真鍋橋の先は、旧水戸街道・真鍋宿通りに架かる新川橋、つくば国際大学高校前の新地橋へ続く。「道路や川に垂れ下がっていた多くの桜の枝が大胆に切られてしまい、景観は悪くなったが、それでも土浦で新川と言えば、桜の名所に変わりはない。高校生が行うプロジェクトにより、桜並木の下に菜の花の咲く範囲が年毎に広がっており、手漕ぎ舟や貸しボートなども見られるようになった」 城北橋を過ぎると川は少し左へカーブし、川幅を広げながら、ケーズデンキのある国体道路に架かる神天橋へ。ここからは真っ直ぐな流れとなって水門へ向かう。「マンション・ホーユーパレスの対岸には、当時は何艘(そう)もの舟がつながれ、地面には雑然と多くの漁用の網が置かれていた。早朝老人が舟を漕ぎだす光景が思い出される」 常磐線の鉄橋をくぐると、駅東の大通りに架かる天王橋。この手前から新港橋までの南岸には、かつて船溜まりがあった。「当時、停泊した幾艘もの舟や漁に使う網が干される光景があったが、今ではすっかりその姿を消し、現在では新川での漁は消滅したと思われる。河口先端では、鎮座する水神宮の鳥居が極端に傾いていた」 この鳥居は今では完全に倒れ、夏草に覆われたまま。歳月の流れを感じさせたという。(池田充雄) ◆「石川多依子写真展 モノクロ語り・新川」は10月8日(火)~14日(月・祝)、土浦市大和町1-1アルカス土浦1階、土浦市民ギャラリーで開催。開館時間は午前10時~午後5時。初日は午後1時から、最終日は午後4時まで。入場無料、駐車料金は2時間無料(駐車券を事務室に提示)。問い合わせは電話029-846-2950(ギャラリー事務室)へ。 ➡石川多依子さんの過去記事はこちら

内部告発で分かったつくば市政の実態《吾妻カガミ》192

【コラム・坂本栄】つくば市の職員が、春まで属していた職場のいい加減な仕事振りを内部告発。新聞なども大きく報道する騒ぎになっている。この職員は、市管理部門への公益通報、市議会への請願、市監査委員への住民監査請求の3ルートを使い、実態解明と業務是正を求めている。 元社会福祉課の職員が議会に提出した請願書(下欄参照)を読むと、課内の様子がよく分かる。少し補足しながら引用すると、以下のような場面が出てくる。 現場のリアルな笑える場面 ▼課内業務に問題があると管理職に指摘したら、「逆ハラスメント(上司いじめ?)だ」と言われ、その問題が隠蔽(いんぺい)されてしまった。 ▼生活保護受給者の家を訪問したとき、担当者が暴行を受けるという事件が起きた。そのあと、市危機管理官(警察出身)による護身術講座があり、「間合いを取る、バインダーやペンで応戦する」と教わったが、現実的な対応とは思えない。 ▼難しい生活保護ケースを議論する場で、管理職は「これは感覚の問題」と法令に基づく対応を無視したり、一度決めた保護開始を「取り下げさせろ」と命令したり。これでは福祉行政の体を成していない。 ▼案件を法令通り処理したら、管理職から「法令通りにしか動けない職員は必要ない」と言われた。先輩からは「君も生活があるだろ。長いものには巻かれとけ」と、不適切処理に同調するよう諭された。 ▼管理職席の後ろにある金庫から現金を取り出し、生活保護受給者に支給していた。ケースワーカーによる現金支給はダメなことを管理職は知っていたから、「記録に書いてはいけない」と指示された。 ▼働いても、特殊勤務などの手当てがもらえない環境。暴行を受けても自分で身を守るしかない環境。法的正当性より管理職の感覚が勝つ環境。不正を指摘すると「村八分」を受ける環境。 ▼管理部門の総務部にも、市としての最終的な自浄作用を期待して(今春)公益通報をした。しかし、受理までに3カ月以上もかかり、その後も不適正事案は改善されていない。 ガバナンス力が足りない市長 こういった実態はこの課だけなのか。他の部署も似たり寄ったりなのか。役所や企業には組織に流れる文化があり、類似の事例が他部署にもあると考えるのが自然だろう。 しかし、五十嵐立青市長、議会の対応を見ていると、問題解明を先に延ばしたいようだ。公益通報に対する調査について市長はあと半年ぐらい(通報から起算すると1年)かかると言い、請願を受けた議会特別委員会(長塚俊宏委員長)は市の調査結果待ちの構え。市長も議会も、この問題が市長・市議選挙(10月27日投開票)で争点になるのを避けているようだ。 1部署の実態調査に告発から1年もかかるとは驚きだ。集中してやれば2~3週間もあれば十分だろう。議会も市の報告書待ちとは驚きだ。関係者から直接聴取する能力もないらしい。今回の騒ぎによって、市長のガバナンス(管理)力不足、市議会のチェック(監視)力不足が明らかになった。つくば市政はかなり深刻といえる。(経済ジャーナリスト) <資料と記事> 青字部をクリックすると表示されます。 ▼市職員による議会請願書(8月22日付) ▼市によるミスの公表関連 ・特殊勤務手当など未払い(5月9日掲載) ・生活保護受給者に過払い(7月20日掲載) ・過払い金、国に請求せず(8月21日掲載) ▼職員による内部告発関連 ・生活保護行政で議会請願(9月3日掲載) ・生活保護問題で監査請求(9月7日掲載) ・市職員請願は継続審査に(9月13日掲載)

土浦 霞月楼所蔵の海軍予備学生 寄せ書き屏風に「全国で唯一残る貴重な資料」 

作家 高野史緒さんと学者 清水亮さんがトーク 土浦の老舗料亭「霞月楼所蔵品展」(9月24日付)最終日の29日、作家の高野史緒さんと社会学者の清水亮さんによるトークセッション(9月9日付)が、土浦駅前のアルカス土浦1階 市民ギャラリーで催された。太平洋戦争末期の1944年、特攻に向かう海軍予備学生が霞月楼で催された送別の宴で、勇ましい言葉や芸者の名前などを寄せ書きした霞月楼所蔵の屏風(びょうふ)について、清水さんは「死と隣り合わせの兵士のいろいろな思いが書き込まれており、出征前の遺書にも書かない、20代前後の若者の、赤裸々な等身大の姿だ。(旧日本軍の基地があった全国のまちを調査した中で)土浦に唯一残されている貴重な資料」だと話した。 トークセッションはいずれも昨年、土浦を題材に本を出した高野さんと清水さんの2人が、「ツェッペリン伯号と湖都・土浦を語る」をテーマに異なる視点から土浦について語った。高野さんは昨年7月、土浦を舞台としたSF小説「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」(ハヤカワ文庫)を出版、清水さんは昨年2月、海軍航空隊があった戦前から戦後の阿見と土浦の地域史を紐解いた「『軍都』を生きるー霞ケ浦の生活史1919-1968」(岩波書店)を出版した。 何となく懐かしい感じがする 高野さんは、小説を書く上で自分が生まれる前の話である飛行船ツェッペリン伯号について詳しく調べたと言い、1929年に阿見町に寄港したツェッペリン伯号に同乗した大阪毎日新聞記者の円地与四松(えんち・よしまつ)の貴重な著書「空の驚異ツェッペリン号」を持参し、「高度400メートルから800メートルの低空を飛行し。東京上空を飛んで横浜の上空で旋回し土浦まで1時間で戻ってきた。結構な速さだった」などと話した。 ツェッペリン伯号の船長だったエッケナーについて「ナチス嫌いで、世界一周の後、社会的地位を追われた。円地与四松が『乗組員に手のない人、足のない人がいる』と書いているが、エッケナーは第一次大戦の傷痍軍人を積極的に雇っていた。ツェッペリンの会社は平和の会社だった」などと語った。 「グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船」に土浦のまちの景色が詳細に描かれていることについては「土浦のことを書いている小説はほとんどないので、土浦を全国に見せてやろうという気持ちだった」と言い、土浦も茨城も訪れたことがない読者から「何となく懐かしい気がする」という感想が寄せられたと明かした。司会者からアニメ映画化が似合っているのではないかという質問が出て、高野さんが「今、口外できない」と答えると、会場から拍手が起こり、期待するムードが高まった。 明るさと暗さがある 一方、清水さんは、かつてツェッペリン伯号の工場と基地があり、現在は新型のツェッペリンNT号が観光飛行するドイツのフリードリヒスハーフェン市を昨年訪れたと語り、「ボーデン湖があり、霞ケ浦がある土浦と似ている。土浦市と友好都市になっていて、『9500キロ先は土浦』という看板もあった」と話した。 自身の研究テーマの基地と地域との関わりについては「明るさと暗さがある」とし、明るい面として「1920年代に霞ケ浦航空隊ができて、土浦は潤い、航空隊が空の港として土浦が世界とつながっていった」と話した。さらに会場から出た質問に答え、住民が基地に対してもつ印象がポジティブかネガティブかについて「基地が出来た時期が重要なポイントになった。大半は戦争末期に土地を強制収容してできたためネガティブだが、土浦は第一次大戦と第二次大戦の間の一息つく時期に造られた」などと話した。 「芋掘り」の一種 霞月楼専務の堀越雄二さんが、レプリカが会場に展示されている海軍予備学生の寄せ書き屏風について説明すると、清水さんは「屏風の寄せ書きは『芋掘り』の一種だった」と説明した。芋掘りは海軍の隠語で、料亭の二次会、三次会で兵士が乱暴を働くこと。堀越さんは「料亭の畳をひっぺ返し、畳を天井近くまで積み上げて、天井の板をぶち抜いて、天井裏をドタドタしたり、わざと芸者の着物に醤油をぶっかけて暴れることがあったが、次の日に(航空隊が)弁償金をたっぷり持ってきた」などと話した。 トークセッションの冒頭、安藤真理子土浦市長があいさつ。会場には100人を超える参加者が集まった。飛行船の歴史や文化史研究の第一人者でドイツ文学者の天沼春樹さんも登壇した。司会は霞月楼所蔵展実行委員会の坂本栄委員長が務めた。会場前のアルカス土浦の広場では「屋台村」が催され、もつ煮込みやスイーツ、ドリンクなどのほか、土浦ツェッペリンカレーが販売され、ツェッペリン伯号の紙芝居も上演された。 美浦村から参加した西山洋さん(68)は「清水さんとは連絡を取り合っていて、清水さんに高野さんの小説を勧められて読んだ。元々SFは読んでいないが、『グラーフ・ツェッペリンー』はとても面白く、難しい科学用語も気にならなかった。今日はとても良い催しだった」と述べた。 ➡動画「トークセッション ツェッペリン伯号と湖都・土浦を語る」 https://youtu.be/GUOZ4_qRiVE

画業50周年の集大成 つくば美術館で斎藤茂男展

つくば市在住の洋画家、斎藤茂男さん(73)の画業50周年を記念した「画業五十周年記念―齋藤茂男展」(斎画舎主催)が同市吾妻、県つくば美術館で開かれている。油絵を描き始めた高校、大学時代から、渡欧しウイーンに拠点を置いた時代の作品、帰国後、安井賞展、白日会展、茨城県展芸術祭などに出展した作品など、画業50年の集大成となる油絵115点を一堂に展示している。 斎藤さんは同市安食生まれ。下妻一高、東京造形大学を卒業後、写実を標ぼうする公募・研究団体「白日会」に参加した。第2次世界大戦直後のオーストリア・ウイーンで興った幻想的レアリスム派と呼ばれる「ウイーン幻想派」をさらに学びたいと、1979年に渡欧し、ウイーンで制作活動をした。1982年に帰国後は、画壇の芥川賞ともいわれ新人洋画家の登竜門である「安井賞」に入選した。現在まで計27回、ヨーロッパ各国を取材旅行し、作品イメージの着想を得ながら、精力的に制作活動を続けている2020年から3年間は文科省の海外派遣で台湾に滞在しながら制作した。 作品は、ウイーン幻想派の影響を受け、細密な描写と鮮烈な色彩によって幻想的な世界を具象的なイメージで描いているのが特徴で、作品の背景に描かれた廃墟に、旧約聖書の創世記に登場するバベルの塔や、古代ギリシャやローマ建築の大理石の柱がモチーフとして登場する。 同展では、安井賞入選作品の「アポロンの丘」、1993年発行の単行本「ノストラダムス・メッセージⅡ」(角川書店)の表紙になった「久遠の預言者」など大型の作品を中心に展示している。ほかに、ワーグナーのオペラ「二―ベンリングの指環」から着想を得て、26年かけて制作した4部作や、地元の筑波山の山頂からふもとの景色を見て描いた6点の「古代賛歌Ⅰ」なども展示されている。 28日は会場で作者自身が作品について解説する「ギャラリートーク」が催され、斎藤さんは「取材旅行しながらイメージの着想を得ている。色を付け加えたり、色で遊ぶことによって、自分で考えていた以上の形ができる」などと話した。廃墟の中にモチーフの大理石が描かれ、中心に赤いザクロやリンゴが置かれている作品については「絵に緊張感を与えるもの。自分の位置であり、自分がなぜ存在しているのか、なぜ絵を描いているのかの問いかけでもある」などと語った。 斎藤さんは制作活動について「結局は自分の存在はどうなのかということになる。私は絵描きなので、絵を通して表現している。描き方としては、旅行をしながら、常に動いたり感じたりすることによって、それをイメージしながら作品をつくり上げていく。連想ゲームのような形で仕上げていくと自分を超える作品になる」などと話す。 市内から訪れた70代男性は「よくぞこれだけの作品を展示できたと、作品群に圧倒された」などと感想を話している。(鈴木宏子) ◆齋藤茂男展は10月6日(日)まで。開館時間は午前9時30分~午後5時。入場は午後4時30分まで。最終日は午後3時閉館。入場無料。月曜休館。

茨城の食材を使ってインドネシア料理《令和楽学ラボ》31

【コラム・川上美智子】公益財団法人茨城県国際交流協会の事業の一つに「世界の料理ミーティング」というプログラムがある。今年度第1回目はインドネシア編ということで、インドネシアの留学生が故郷の料理を作り、交流した。 当方は毎回、調理サポートとしてこの活動を楽しんでいる。今回は、県立産業技術短期大学の留学生2名と茨城大学大学院農学研究科農学専攻アジア展開コースの留学生4名の茨城県留学生親善大使が参加し、指導役の短大生ディアナさんの指示に従い、2時間かけて料理3品、飲み物1品を仕上げた。 このプログラムには、JICA茨城デスクとJA茨城中央会が協力をしており、JAの情報発信基地である「クオリテLab」(水戸市、JA会館1階)のキッチンが使われている。JAにとっては、茨城のおいしい野菜や農産物を発信する機会でもあり、県産品が異文化とコラボする機会にもなっている。 一緒に料理をしながら、ハラル認証の調味料の購入方法を教えてもらったり、普段は何を食べているのか、日本に留学した理由や卒業後の進路を聞いたり、学びの多い時間でもあった。 昔、母校、お茶の水女子大学食物学科の恩師の食品や調理の先生方とジャワ島を一周し、茶畑やジャスミンティー製造工場を見学し、大学などを訪問したことに思いをはせながら、留学生と時間を共有することができた。 Gado-gado、Nasi Goreng、… 出来上がった料理メニューは、ハラル店舗で購入したガドガドソースをかけた前菜「Gado-gado(ガド ガド)」。ゆでた野菜(トウモロコシ、もやし、白菜、さやいんげん、ジャガイモ)にソースをかけたものである。 2品目はインドネシアの焼き飯「Nasi Goreng(ナシ ゴレン)」。長粒米を真っ白に精白したジャスミン米をやや硬めに炊飯器で炊き、ゆでたエビ、小松菜、ネギと一緒にサラダ油で炒めて、ナシゴレン用の調味料を加え仕上げたおいしい焼き飯である。これに目玉焼、レタス、トマト、きゅうりを添えるのが定番のようである。 3品目は「Salad Buah(サラダ ブア)」。果物に加糖練乳をかけたものである。この日は、茨城の梨と巨峰を使ったが、どちらも皮付きのままで食べているとのことでビックリした。飲み物は「Asem Gula Jawa(アセム グラ ジャワ)」。とても酸味の強いタマリンド(マメ科の常緑樹の実)を使った飲み物である。黒糖と砂糖で適度に甘みを加え、ホットでもアイスでも飲める梅ジュースのような味であった。 故郷の料理に喜ぶ留学生を見て、ともにインドネシアを旅した気分になれた貴重な1日であった。多文化共生とか国際交流とか言いながら、まだまだこのような機会が少ないのが残念である。(茨城キリスト教大学名誉教授、関彰商事アドバイザー)

「聴こえるハザードマップ」土浦市が公開 視覚障害者や高齢者にも届く情報を 

土浦市が今月12日から、音声で伝える「聴こえるハザードマップ」を、市の公式YouTubeチャンネルで公開している。これまでは、被災想定区域や避難場所などを活字や地図などで示したハザードマップを印刷物や市ホームページで公開していた。今回、障害者や高齢者など目が不自由な人にも届くようにと、市として初めて、音声で情報を得られるハザードマップを作った。 市防災危機管理課は「ここ数年、各地で水害による被害が増えている。8本の河川と霞ケ浦がある土浦市でも、多くの方にハザードマップの内容を周知し、防災につなげたいという思いで作成した」と語る。 聴こえるハザードマップは、水害や土砂災害が発生した際に想定される被災想定区域の地区名、市内各地の避難場所や避難手順、緊急時に情報を入手できる情報発信元などを音声で発信している。「洪水ハザードマップ」と「土砂災害ハザードマップ」の2種類があり、「洪水」は水害時の心得、避難情報、浸水想定区域、避難場所、情報収集について、「土砂災害」は避難手順、危険箇所、避難場所について、それぞれ1分から5分程度の内容で五つの音声データに分け、わかりやすい言葉でゆっくりと人の声で情報を読み上げている。 すでに印刷物として配布している「土浦市洪水ハザードマップ」と「土浦市土砂災害ハザードマップ」の2種類を元に作成している。印刷物は、イラストや表、地図とともに、異なる大きさの文字や複数の色を使い分けることで、必要な情報を視覚的にわかりやすく表現している。今回作成した聴こえるハザードマップでは、既存の文字情報を読み上げながら、地図上に色分けされている浸水想定区域や土石流の発生、斜面の崩壊などが想定される区域について、河川ごとに地区名を細かく読み上げることで、聞くだけで位置が特定できるよう工夫をした。 同課は「視覚にハンデのある方にもわかりやすい情報をという要望が届いていた。視覚に障害のある方、高齢の方などにもわかりやすく情報を届けたいという思いで作成した。災害が起きてから危険な場所を知るのでは遅いので、視覚障害のある方、高齢の方、それぞれのご家族に是非、音声のハザードマップを利用し日頃からの備えにしていただければ」と呼び掛ける。(柴田大輔) ◆「聴こえるハザードマップ」は市の公式YouTubeチャンネルで無料で公開されている。今後、同じ内容を録音したCDを作成し、個人や団体に向けて貸し出しできるようにする。詳しくは同市のホームページへ。

農家と協働「田んぼさわやか隊」《宍塚の里山》117

【コラム・福井正人】今回は、私たちの会と地元農家との協働作業である「田んぼさわやか隊」について紹介します。この隊は、毎月第3日曜日の午前中に活動しています。活動エリアは宍塚大池を水源とし備前川に流れ込む、流長約2キロの農業水路流域にある水田(休耕田を含む)と水路になります。この農業水路については、一昨年春、フナののっこみとその水路で見られる魚たちについて書きました(22年3月25日掲載)。 上流域には里山の中心をなす谷津田が、中流域には耕地整備されたものの、貴重な土水路が残された水田が広がっています。 さわやか隊の活動の意義として、①地元農家と非農家の協働作業である、②活動のメインエリアである水路中流域の水田地帯が里山を守るように広がっている、③活動地域のほとんどの水路が土水路として残されており、たくさんの生き物を育む場所となっている、④休耕田を復田して、貴重な湿地を増やす―の4点が挙げられます。 なかでも、地元農家との協働作業であることが、田んぼさわやか隊の最も大きな活動意義です。ほとんどが非農家の当会会員にとって、さわやか隊は貴重な農作業を体験できる場であり、地元農家の側からは、高齢化や離農で人手不足が進みつつある現在、多少なりとも作業の軽減につながっています。 農家とWIN-WINの関係 このように、WIN-WIN(ウィン-ウィン)の関係が、里山における「人」を中心としたパートナーシップの構築に役に立っています。活動中の我々の姿を見て、「ありがとう」と言ってくださる地元の方に会うと、とてもうれしくなります。会員の中には、月1回のさわやか隊の活動に限らず、地元農家の方と、田植えや稲刈り、除草作業などを行う人もおり、活動の幅は広がっています。 また、さわやか隊の活動は、生物多様性の保全にも大きく寄与しています。特に農業水路が土水路として残されているため、デコボコができ、水の流れには緩急ができて、さらに植物も生えることから、生き物にとって過ごしやすい場を提供します。 もしこれが三面コンクリートの水路であったら、大雨の際には激流となって小さな生き物は隠れる場所もなく流されてしまいます。もちろん管理はコンクリートのほうが楽です。だからこそ、貴重な生き物の生息場所を守るための手間を、地元の農家だけに負担させるのではなく、保全団体の我々も積極的に関与しなくてはいけないと思っています。 最近では、当会が始めた里山体験プログラムにおいて、さわやか隊の活動が必修科目となり、大学生などの若い参加者も増えています。少しでもさわやか隊の活動にご興味を持たれた方は、活動に参加してみてください。(宍塚の自然と歴史の会 副理事長)

車検切れ公用車を公務で使用 土浦市

土浦市は27日、車検が切れた公用車1台を5月9日から9月25日まで4カ月半、市農林水産課が公務で使用していたと発表した。 市によると4カ月半の間に、同課の職員6人が37日間、39回公務で運行していた。運行距離は計1376キロ。車検切れの間、事故などはなかった。 9月25日に同課の職員が車を使用した際、車検証の写しを確認し、車検切れであることが分かった。 同車の車検については、管財課が4月10日ごろ農林水産課に文書で通知していたが、農林水産課が車検の手続きを失念してしまったという。 判明後、市はただちに同車の使用を中止。さらに市が所有するすべての車両の車検期間について改めて調査を実施したところ、車検切れで運行している公用車はほかには無かった。 再発防止策として同市は、公用車を管理する各課に対し、管財課が文書で車検満了日を通知するだけでなく、新たに庁内ネットワークで周知し、各課の課長にメールで通知した上で、各課から管財課に車検予約日の報告を義務付けるとしている。さらに運転日誌の表紙に車検の有効期間を掲示し、運転者の意識を改善するとした。 安藤真理子市長は「市民の信頼を損なうことになってしまい深くお詫びします。今回の事態を真摯(しんし)に受け止め、二度と同様の事案が発生しないよう迅速に改善に取り組みます」などとするコメントを発表した。

ガザ侵攻から1年 パレスチナにルーツ持つ女性が第3回イベント

29日、つくばセンタービル 料理やアート、映画の上映を通じてパレスチナを知るイベント「パレスチナ・デイ」(パレスチナ・デイ・つくば主催)が29日、つくば駅前のつくばセンタービルにある市民活動拠点「コリドイオ」で開かれる。主催するのは、パレスチナ人の父を持つ、つくば市在住のラクマン来良さん(35)ら市民有志。今回で3回目の開催になる。 3月のイベント(2月27日付)には県内外から100人を超える来場者があった。「ガザ侵攻から1年。関心が薄まりつつあるのを感じるが、現地では攻撃が今も続き、多くの子どもや大人が犠牲になっている。まずはパレスチナという場所があると知ってほしい。関心につなげられたら」とラクマンさんは思いを込める。 父親が西岸地区に ラクマンさんの父親は、パレスチナのヨルダン川西岸地区にあるカルキリアという街で自営業を営んでいる。父親とは昨日も電話で話をした。「カルキリアには一時的にイスラエル兵士が入り、住民を逮捕したり、殺害することもあった。今は比較的落ち着き、普通の生活ができているよう」だという。 ラクマンさんはパレスチナ人の父と日本人の母親のもとで1988年に埼玉県で生また。日本で育ち、15歳の時、初めてパレスチナを訪ねた。自身の文化を知ってほしいと願う父親の思いもあり、日本の中学を卒業後は、家族で5年間、隣国のヨルダンで過ごし、親族が暮らすパレスチナをしばしば訪ねた。そこで初めて見た風景に、ラクマンさんは衝撃を受けた。 現地はどこに行っても検問所があり、検問所を通過するたびに銃を持つイスラエル兵に身分を確認された。身分証のチェックだけでなく、家族の出自や職業、居住地、国籍の異なる両親がなぜ出会ったのかなどまで細かく詰問された。「イスラエルという国がパレスチナをコントロールしていた。これまで自分が生きてきた世界とは全然違う世界があった」と言い、「自分がパレスチナ人として扱われる中で、父から聞いていた『パレスチナ人には国がない』ということがどんな意味か実感した。自分たちは占領されている立場だと感じた」と振り返る。 20歳で日本に帰り、改めてパレスチナについて学んだ。入学した日本の大学ではパレスチナに関するサークルに入りイベント開催を通じて啓発活動を始めた。現在はドイツ人の夫とつくば市に暮らし、3人の子どもを育てている。 ママ友と声を上げる 今回、イベントを一緒に主催するつくば市の松﨑直美さん(54)は、子どもの学校を通じて知り合った「ママ友」だ。松﨑さんはラクマンさんとの出会いを通じてパレスチナへの関心を深め、昨年10月のガザ侵攻後は、都内で行われた抗議デモにラクマンさんと何度も参加した。今年1月には、駐日パレスチナ常駐総代表部(東京都港区)で開かれたパレスチナの伝統模様をあしらった刺しゅうのワークショップに参加した。最近はつくばで松﨑さん自身がパレスチナ刺しゅうを広める活動をするなど(7月1日付)文化活動を通じて現地のことを伝えている。 「パレスチナ・デイ」は「自分たちが暮らすつくば市でも何かしたかった」というラクマンさんの思いに松﨑さんが協力し、昨年12月に立ち上がった企画だ。第1回はラクマンさんの自宅で開いた。活動を続ける中でつながった人たちとプラカードを手に街頭に立ち、パレスチナへの連帯を表す「スタンディング・デモ」を市内で行っている。 自分の家族と重なる 昨年10月に始まったイスラエルの武力侵攻の直後、ラクマンさんは心に深い傷を負った。「子ども達が殺されているのを映像で見る。たくさんの大人も傷ついている。彼らが自分の家族と重なる。自分の子どもだったらと考えると仕事が手につかず、うつ状態になり、カウンセリングを受けた」と明かす。しかし「自分がうつになっても何も変わらないし、パレスチナのために何もできない。何ができるか考えたときに、日本の人にパレスチナのことを知ってもらうことをしようと思った」 その後の複数回、ラクマンさんは自身の子どもを連れて親族が暮らすパレスチナを訪れている。「子どもには現地を見せたかった。親戚もたくさんいる。特殊な状況でも人はとても温かい。皆、また行きたいと言ってくれている」と話す。 ラクマンさんは、自身がパレスチナにルーツを持つ人間だからこそできることがあると考える。「日本人の考え方もわかるし、パレスチナ人がこれまでどんな目に遭い、何を思うのかを家族を通じて知ることができている」と話し、「パレスチナで起きていることは、国同士の戦争ではない。民族浄化、ジェノサイドが起きている。パレスチナという場所があると知ってほしいし、関心を持ってほしい。これからも、できることをやっていきたい」と語る。(柴田大輔) ◆イベント「パレスチナ・デイ」は29日(日)午前11時から午後6時まで、つくば市吾妻1-10-1、つくばセンタービル内の市民活動拠点コリドイオで開催。午前11時からは、ジャーナリスト古居みずえさんがパレスチナで撮影したドキュメンタリー映画「ぼくたちは見た」の上映会が、午後1時からは、アーティストKENさんがパレスチナをテーマに絵を描きながら、参加者とのお話会を開く。午後3時30分からは、ガザ出身の女性らによるパレスチナ料理教室が共催団体により開かれる。そのほかパレスチナに関するパネル展、文化、書籍の紹介、雑貨や軽食の販売などがある。上映会とアーティストKENさんの企画は3階大会議室で、参加費はそれぞれ1000円と500円。パレスチナ料理教室は1階調理室で、参加費は3500円。一部の参加は事前予約制。問い合わせは「パレスチナ・デイ・つくば」のインスタグラムへ。

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