月曜日, 5月 13, 2024

追悼 戸田広さん 霞ケ浦帆引き網漁の保存活動に尽力

霞ケ浦の伝統的な漁法である帆引き網漁を観光資源として継承し、後世に残したいと保存活動を続けていた戸田広さんが、4月15日に亡くなった。89歳だった。2001年から操船技術の継承と観光帆引き船の運航、PRなどに尽力してきた。帆引き網漁の技術は18年、県内初の国選択無形民俗文化財に指定された。告別式は5月11日に行われる。 戸田さんは、つくだ煮を製造・販売する出羽屋(かすみがうら市)の社長で、「霞ケ浦帆引き船・帆引き網漁法保存会」の会長を務めた。出羽屋で霞ケ浦の漁業者と取引していたことから、帆引き船の操業技術を継承する人材を育成する活動を続けた。 同保存会は2014年に設立。前身は「霞ケ浦帆引き船まつり実行委員会」で、かすみがうら市を盛り上げようと01年に発足した。同年にPRのため「帆引き船フォトコンテスト」を企画して以来、毎年継続し、昨年も県内外から400点以上の応募がある人気コンテストとなっている。観光帆引き船は現在、土浦、かすみがうら、行方の3市により毎年夏から秋に運航されている。 戸田さんは観光としてだけではなく、100年後も生業となる帆引き網漁を残したいとし、亡くなる直前まで精力的に活動した。同保存会事務局長の武田芳樹さん(74)は「何を提案しても『いいよ』と言って受け止めてくれる人だった。いつも前向きで、いろいろなアイデアを持っていた」と、大らかな人柄をしのぶ。帆引き網漁で捕獲した魚のブランド化も発案。引く力が強く、魚を網に押し込んでしまうトロール漁とは異なり、帆引き網漁は風の力を使って柔らかく網を引くため、魚に傷が付かないことから、帆引き網漁で捕れた魚に新たな商品価値を見出していた。保存会では戸田さんの遺志を継ぎ、帆引き船漁法の操船継承を推進する活動を続けていくという。 白く大きな帆を張り、横滑りしながら漁をする帆引き船は、夏から秋にかけて霞ヶ浦の風物詩となっている。1880年(明治13年)、漁師の折本良平氏によってシラウオ漁を目的に考案されたと言われ、約90年間、霞ケ浦のシラウオやワカサギ漁の主役として操業した。帆の大きさは高さ9メートル、幅16メートルにもなる。霞ケ浦の周囲には遮る山などがなく、四季を通して風が吹くため、風の力を利用する大きな帆の船が考え出され、独特の操業法が継承されてきた。 1963年に常陸川水門(逆水門)が完成し、漁獲量減少を心配していた漁業者への補償として、67年にトロール漁が解禁されると、帆引き船はいったん姿を消した。しかし復活を願う人々の声を受け71年、出島村(現かすみがうら市)が観光帆引き船として復活させた。現在はかすみがうら、土浦、行方3市の各保存会により帆引き網漁の継承が図られ6隻が運航している。(田中めぐみ) ◆通夜は10日(金)午後6時から、告別式は11日(土)午後1時から、いずれもかすみがうら市加茂5319-6 トモエホールで行われる。

香取市の「伊能忠敬記念館」《日本一の湖のほとりにある街の話》23

【コラム・若田部哲】初めての実測による日本地図「大日本沿海輿地全図(だいにほんえんかいよちぜんず)」、通称「伊能図」を作った香取市の偉人・伊能忠敬(いのう ただたか)。今回は、忠敬の人生の結晶である伊能図のほか、測量で用いられた様々な器具や記録などを紹介している「伊能忠敬記念館」のご紹介です。同館学芸員の石井さんに、忠敬の人生と展示についてお話を伺いました。 入館するとまず目に入るのが、一定時間で2つの日本地図が切り替わって表示されている縦3.5メートル×横約4.5メートルの巨大なモニター。表示されているのは伊能図と現代のランドサットによる衛星写真であり、それらはほとんど重なり合っています。伊能図が200年以上前の江戸時代に作製されたということに、驚嘆の念を禁じえません。 次に驚くのが、忠敬が地図作りに取り組み始めた年齢です。もともと天文学や算術に強い興味を抱いていた忠敬でしたが、婿養子入りした伊能家を経営しなければなりませんでした。その商才で財産を築き家督を譲り隠居した後、測量に取り組み始めましたが、その時、なんと御年実に55歳! ところで、伊能忠敬というと「初めて日本地図を作った人」というイメージがありますが、最初から日本地図を作ったのではないそうです。その測量人生の最初の目的は、正確な暦を知るために子午線一度の距離を求め、地球の大きさを知ること。この際は江戸から蝦夷(当時の北海道)までを測量しました。 酒を飲まないが測量隊の条件 その後、71歳に至るまで10回にわたり全国を巡ることになりますが、測量は「導線法(どうせんほう)」という技術を基本とし、地図の補正や測点の位置の確認、地図上の山や島などの位置の特定する「交会法(こうかいほう)」という技術もあわせて用いました。それらに加え「象限儀(しょうげんぎ)」で測った星の高度から緯度を求め精度を高めたそうですが、これは地図作製の分野で忠敬が初めて採用した技術だったそうです。 展示されている様々な測量器具も人気とのことで、代表的なものに測量の際の目印となる「梵天(ぼんてん)」、距離を測る「鉄鎖(てっさ)」などがあります。また、忠敬が最も用いた方位を測る「杖先方位盤(わんからしん)」は、常に水平が測れるよう真ちゅう製の万能関節を用い、軸受けには水晶が使われるなど、当時の最先端技術の粋を集めた特別製とのこと。 並べられた数々の資料からも、忠敬の几帳面(きちょうめん)さと厳格さはうかがい知れるところですが、象限儀での天体観測においても、その性質が発揮されているのだそうです。測量中は晴れの晩に正確な観測を行う必要があるため、「酒を飲まないこと」を測量隊の条件としていたにもかかわらず、ある時その禁を破り飲酒騒動を起こした者たちがいました。すると忠敬は、その弟子たちを2名破門、3名謹慎にしたそうです。 人生、何か始めるのに遅いはない 最後に、石井さんに注目すべき点について伺うと、当時としては大変珍しい真鍮を用いた測量器具を用い精度を高めた点や、現代では見られない、星の高度を用いて測量しているという点に、歴史的価値を感じてほしいとのことです。また、ともすれば忠敬個人の才能が語られがちですが、測量隊をまとめる手腕もまた、全国測量を成し遂げるための優れた資質であった点に注目すると、より展示への理解が深まるとのアドバイスをいただきました。 生涯に歩いた距離は実に4万キロ、地球1周分にも及ぶとされる、情熱と信念の人・伊能忠敬。その業績を見るにつけ、人生、何かを始めるのに遅いということはないと、勇気づけられる思いがします。(土浦市職員) <注> 本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。 ➡これまで紹介した場所はこちら

消費生活センターに関わって3年《ハチドリ暮らし》37

【コラム・山口京子】消費生活センターと関わるようになって3年近くたちます。ここは、消費生活全般についての問い合わせや苦情を扱う行政を支援する窓口です。消費者トラブルが起きた場合、事業者と消費者の情報や交渉力の格差を踏まえ、情報提供や交渉に当たって助言などを行います。 他にも、消費者教育、食品ロス削減、エコを意識した暮らし方など、消費者市民社会の構築に取り組んでいます。 消費者とは、生活のほぼ全般について、商品やサービスを購入する者というイメージでしょうか? 以前は「消費者」という言葉を意識することなく、そもそも商品を購入するとはどういうことかも、暮らしについても、しっかり考えたことがありませんでした。 しかし最近になって、「今の暮らし方、ライフスタイルを当たり前だととらえるのは危険かもしれない」と思うようになりました。今の便利な暮らしは、どういう仕組み・前提・条件で成り立っているのか? それらが変更されたり、機能しなくなったときにはどうなるのか? これからの変化は、どういったことが予想されそうか? … 心配性なので不安が募ります。 「根っこ」にある三つの依存症 そして、今の暮らしの「根っこ」には三つの依存症があると感じるようになりました。石油依存、お金依存、電化依存です。 石油に代表される化石燃料に依存して、簡単で便利な社会になったけれど、それらがもたらす副作用というか、外部不経済というか、環境汚染というか―生態系や人体にどう影響を及ぼすのでしょうか? 今はスイッチ一つで電気もガスも水道も至れり尽くせりですが、60年前はそうではありませんでした。自動車運転免許を取得してから、走行した距離と消費したガソリンと排出した二酸化炭素の量はどれくらいなのか? 車を1台作るのに、どのような資源とエネルギーと技術がいるのか? 思いを寄せたこともありませんでした。 これから晴耕雨読でいけたらと… 大半の消費者は働いてお金を得て、そのお金で商品を購入して、生活をやりくりします。実質賃金が下がっている状況で暮らしぶりが厳しくなり、投資やお金もうけの宣伝が目立ちます。経済の金融化が進行する中、製造業や農林水産業など、暮らしの足元を支える産業が危なくなっているのは、大きな問題だと思うのですが…。 暮らしを便利にする電気の力はすごいと感嘆するばかりです。道具が電気やコンピューターとつながって、自動の仕組みがハイスピードで広がり続けています。インターネットがない暮らしは想像できなくなっています。電化とテクノロジーの進化は何にをもたらすのでしょう。 自分のこれからの暮らしは、晴耕雨読でいけたらと願うのですが…。(消費生活アドバイザー)

円安・ドル高と日本銀行《雑記録》59

【コラム・瀧田薫】ここ1年、 極端な円安が続いている。4月29日、ドル・円相場は1ドル=158円をつけた。2023年4月ごろには130円だったから、1年間で30円近い円安・ドル高になったことになる。 この円安、アベノミクスによる円安誘導(日銀による異次元金融緩和)がもたらした結果であることは明らかで、円安自体について驚きはない。ただ世界銀行算定の購買力平価ベースのレートでは、1米ドルはおよそ100円だから、それと比べれば5割以上の行き過ぎた円安であり、国民生活の観点からすれば、到底容認できるものではない。 ところで、日銀はこの3月、黒田元総裁の後を継いだ植田新総裁がマイナス金利政策から離脱し、安倍元首相と黒田氏が主導してきた異次元金融緩和政策に終止符を打った。実に11年ぶりのことである。 ところが、4月26日、この大きな政策変更に付箋が付く。植田氏は記者会見で「足元の円安進行が物価上昇率に大きな影響は与えていない」と言い、「将来無視できない影響が出れば政策判断の材料とする」とした。つまり、異次元金融緩和策からの離脱に際し、急ハンドルは切らない、あるいは切れないという宣言である。 これは事実上、緩和的な金融環境を当面持続するということになるから、投機筋がこれをチャンスとみることは必定である。だが、植田氏はあえてこのリスクを受け入れた。円安是正のためには利上げが必要なことは分かっていても、利上げできない理由がある。 積極的な情報発信を期待 利上げが住宅ローンにどう跳ね返るか、また、長期金利の上昇を抑えるために購入してきた大量の国債にどう影響するか、予断を許さない。つまり、黒田元総裁から受け継いだ負の遺産から離脱する際に伴う、副作用への警戒を優先してのことである。そうなると、円安対策としては為替介入ぐらいしかなくなることになる。 もちろん、為替介入の効果が続くのはごく短期間でしかないし、異常な円安を是正する抜本的な対策からはほど遠いが、投機筋に対して何もしないわけにもいかないということだろう。 とにかく、異次元金融緩和の後始末だけでも大変なのに、超低金利に慣れ切った政府与党は裏金問題で迷走し、首相はほとんどレームダック化している。そんな状況下、植田新総裁には貧乏くじを引いたと後悔している表情はないし愚痴もない。現実を見据え、出来ること、出来ないことをはっきり区別するリアリズムに徹する、芯の強い人物なのだろう。 植田新総裁の就任によって、漂流を続けてきた日銀そして日本経済の先行きにようやく指針めいたものが設定されつつある。今後の日銀には、市場との丁寧な対話や日銀の外から寄せられる提言に対応した積極的な情報発信を期待したい。 それにしても、「異次元緩和の教訓は、金融政策だけで経済を復活させることは難しいという事実だ」という日本経済新聞の社説(3月9日付)が掲載されるまでに、10年以上の年月が必要だったことになる。(茨城キリスト教大学名誉教授)

常総学院が2連覇 春季高校野球県大会

第76回春季関東地区高校野球県大会は6日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で決勝戦が行われ、常総学院が2年連続の優勝を果たした。決勝の相手は昨年の秋季大会と同じ鹿島学園。常総学院は投手4人の継投により相手の追撃をかわし逃げ切った。両校は18日から群馬県で開催される関東大会に出場する。 第76回春季関東地区高校野球茨城県大会 決勝(6日、J:COMスタジアム土浦)常総 102010000 4鹿島 100000200 3 常総は初回、3番・池田翔吾の中前打と、4番・武田勇哉の左翼線二塁打で1点を先制。その裏に同点とされるが、2回に8番・杉山陽大の左翼線二塁打と1番・丸山隼人のセーフティスクイズで2点を勝ち越した。4回には丸山がバントヒットで出塁後、牽制悪送球で二進し、三盗を仕掛けたところで相手投手が暴投。労せず1点を追加した。 「小技をからめて相手にダメージを与えるという、自分たちの目指す野球ができた。特に1回2死から得点できたことは大きい」と島田直也監督。勝ち越しの殊勲打を放った杉山は「相手の左投手のインコースへの直球を狙っていた。なかなか来なかったが追い込まれてもファールで粘り、来た球を一発で仕留めることができた」と振り返った。 投手陣は先発の平隼磨が2回1/3を投げて4安打1失点、3回に死球2つを出して満塁となったところで降板。「追い込んでからの投球ができなかった。自分の力を出しきれず悔しい」と反省の弁。その後は2番手の鍛冶壮志が6回までを3安打無失点で抑えた。「ピンチの場面でしっかりコースに投げきることができた。自分はストライク率の高さが武器。ただし4、5回は厳しくいこうとして狙いすぎ、球が荒れてしまった」と鍛冶の振り返り。 7回は3番手の大川慧が投げて3安打2失点。8、9回は小林芯汰が無安打で締めた。「5回以降は相手の粘りの野球が厳しかったが、しっかり守りきることができた。小林の投球は想定通りだったが、それに続く投手の活躍を求めている。夏に向けて調整したい」と島田監督。 関東大会で常総は19日の初戦、千葉県2位の中央学院と対戦する。「相手は選抜大会でベスト4に勝ち進んだ実力あるチーム。だが自分たちだってちょっとの間に成長を続けている。良い相手に思い切りぶつかって、しっかりと勝ちに行く」と若林佑真主将は意気込む。(池田充雄)   

ロボッツ来季もB1で 今季最終戦を終える

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)の茨城ロボッツは4日と5日、水戸市緑町のアダストリアみとアリーナで宇都宮ブレックスと対戦、4日は59-100、5日は64-88で連敗を喫した。茨城の最終成績は12勝48敗で東地区8位。B2降格をまぬがれ、来季もB1で戦うことが決まった。 2023-24 B1リーグ戦(5月5日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 64-88 宇都宮ブレックス茨 城|21|11|13|19|=64宇都宮|17|26|21|24|=88 「今季最後のホームゲームであり、選手のためにもブースターの皆さんのためにも、どうしても勝ちたい試合だった。だが宇都宮は本当に素晴らしいチームで、思うような結果を出すことはできなかった」と、茨城のリチャード・グレスマンヘッドコーチ(HC)。 昨日の大敗を受け、この日はアウトサイドで勝負をかけた。「相手は中へ収縮する守備をしてくる。そこで今日は積極的に3点シュートを打っていこうと考えた。守備のときも、相手にとにかく3点シュートを打たせることがわれわれのポイントだった」とグレスマンHC。試合の立ち上がりはこれがうまくいった。相手が3本のシュートを外す間に、茨城はルーク・メイが2本、中村功平が1本の3点シュートを決め、9-0の大差を付けてゲームをスタートさせることができた。 だが驚くべきは宇都宮の修正力だった。その後は3点シュートを精度よく決められ、第2クオーター半ばに逆転。逆に茨城は、思うように得点が伸びなくなる。「宇都宮はヘルプの寄りが速いので、寄ったところでキックアウトして、外のノーマークの選手がシュートを打つという作戦だった。だが相手の速くて洗練された守備に、ノーマークにさせてもらえなかった」と中村功平はいう。 前半は両チームともハーフコートで、じっくりとパスを回す攻撃が多く、後半は状況を打開するべく、茨城が乱戦を仕掛けた。だがこれは宇都宮の思うつぼだった。ビッグラインナップではインサイドをしっかりと固め、スモールラインナップでは鋭いドライブで得点を重ねる相手に、ますます茨城は身動きがとれなくなっていった。 こうして連敗で今季を終えた茨城だが、他地区のチームがさらに成績下位だったため(信州ブレイブウォリアーズ=10勝50敗、富山グラウジーズ=4勝56敗)、B2降格は免れることができた。 「昨年12月に私がHCとして復帰したときチームは2勝28敗で、いつあきらめてしまっても仕方のないような状況だった。それでも選手たちが本当に頑張って、B1継続という目標を成し遂げることができた。二度とこのようなシーズンを送らないためにも、ここから多くのことを学び、ロボッツのスタンダードを上げる必要があると思う」とグレスマンHC。 Bプレミアの要件達成見込み この日の入場者数は5055人で、立見席まで人が鈴なりとなった。この結果、今季のホームゲーム平均入場者数は4619人を達成。2026年から始まる新リーグ「B.LEAGUE PREMIER(Bプレミア)」参入要件の一つ、平均入場者数4000人以上を、大きく上回ることができた。 残る2つの要件は、売上高12億円以上と、ホームアリーナ基準の充足。このうち売上高については、詳細は6月の今季決算を待つことになるが、ほぼ達成されそうな見込みという。施設基準についても、アリーナ改修予算が水戸市議会で議決されたため一定の目処がついた。このため早ければ今年12月のBリーグ理事会で、Bプレミア参入が決定する可能性がある。 西村大介代表は「皆さんにはご心配をおかけしたが、最後は無事B1継続を達成することができ、胸を撫で下ろすシーズンとなった。来季はロボッツ10周年という節目の年でもあり、あと2年で始まるBプレミアを見据え、更なる進化をするシーズンにしなくてはならない」と話している。(池田充雄)

オッペンハイマーとサム・アルトマン 【吾妻カガミ】182

【コラム・坂本栄】何かと話題になっている映画「オッペンハイマー」を見てきました。主筋は、米国の原爆開発を主導した理論物理学者オッペンハイマーが水爆開発には反対、ソ連のスパイの疑いまでかけられ、戦後には冷たい扱いを受けるという史実ですが、当時の米政府の情報管理や学者間の確執もふんだんに盛り込まれており、面白い映画でした。 ナチスとの原爆開発競争 実験成功後に彼を講堂に迎え、関係者と家族たちが足を鳴らして成功を祝う場面では、これで日本を降伏に追い込めるという米国民の高揚感が伝わってきます。真逆の場面=トルーマンが大統領執務室でオッペンハイマーと会ったとき、彼が水爆開発には消極的と知り、退室後に「あの泣き虫には二度と会いたくない」とこき下ろす場面=もあり、このコントラストは秀逸でした。 米国の原爆開発は、ナチス・ドイツの原爆開発に負けてはならないと始まったものでした。ところが、ドイツが早めに降伏したため、対日戦を終わらせる決定兵器になります。また、米国は戦後の仮想敵国としてソ連を想定するようになり、開発情報の対ソ漏えいを極度に警戒します。こういった米国の政略・戦略の変化も描かれています。 原爆開発を引き受けた動機が「ヒットラー憎し」であったオッペンハイマーは、国際政治に翻弄(ほんろう)されるだけでなく、ソ連のスパイ組織と見られていた米共産党との関係にも翻弄されます。これらに原爆開発を主導したという倫理上の自責の念が加わり、見応えある長尺3時間の映画に仕上がりました。 私は、165「酷暑日に核廃絶と核抑止について考えた」(2023年8月21日掲載)の中で、対日原爆投下を決断した米政府・軍部の心中を、①その破壊力を日本に実感させて降伏に持ち込みたい、②巨額の開発費を使った原爆の力を確認してみたい、③大戦後に敵国になるソ連の諸活動を抑制したい―と整理しました。 戦後、原爆は戦争を抑止する装置として使われるようになり、オッペンハイマーは国際政治の枠組みに大きな影響を与えました。 人工知能は世界を滅ぼす? 「オッペンハイマー」を見ながら、頭の中ではサム・アルトマンの顔がチラついていました。対話型人工知能(AI)「チャットGPT」の開発を主導した「米オープンAI」の最高経営責任者(CEO)です。AIは原水爆に匹敵するような影響を人類に及ぼすのではないか…と。 チャットGPTについては、156「大乗仏教の空と相対性理論の空の関係」(23年5月1日掲載)の中で、「ネット上に格納された情報を超速で探し出し、それらを取捨選択、整理整頓し、文法的に正しい回答を作文してくれる」ツールと私なりに定義しました。扱い方を間違えると人間に思考の放棄を促し、破壊の恐怖=原水爆を上回る力を持つでしょう。人類支配力(破壊力?)としてはAIの方が大きくなるかもしれません。 「米オープンAI」の倫理派役員たちは、商業開発に突っ走るアルトマンを一度追放したものの、同法人に巨額の資金を提供している米マイクロソフトがこの人事に介入し、アルトマンをCEOに復帰させました。この経緯を報じた米ウォ―ル・ストリート・ジャーナル紙(23年11月24日付)は、倫理派役員の考え方(思想運動)を「Effective Altruism(効果的利他主義)」と呼び、以下のように伝えています。 「この運動では、AIが人間としての正しい価値観を植え付けられて注意深く作り上げられれば黄金時代を生み出すが、そうしたものにならなければ世界の終わりのような結果を招く恐れがあると信じられている」 (経済ジャーナリスト、戦史研究者)

投網や釣り体験で交流 川守養成プログラム始まる 桜川

桜川に親しみ、川の環境を見守る人を養成する「桜川川守(かわもり)養成プログラム」(4月22日付)の第1回が5日、つくば市松塚、桜川漁業協同組合(鈴木清次組合長)の拠点広場で開催され、市内外から7組22人が参加した。中国やインド出身の参加者も訪れて投網や釣りを体験し、国籍や世代を超えて交流を深めた。 同プログラムは川の水質や生態系を見守る担い手を育てようと、川守養成プログラム実行委員会が企画した。桜川漁協や市民グループ「桜川ナマズプロジェクト」が協力し、NEWSつくばが後援している。 鈴木清次組合長(81)は参加者に、シジミやウナギなど多様な生き物が生息し、澄んだ流れだったという桜川の記憶や、近年アユやワカサギ、オイカワなど在来魚が急激に減少していることについて話した。桜川で伝統的に使われている漁具についても実物を見せながら紹介した。その後、参加者に投網の投げ方を教え、参加者は川沿いの広場で投網を何度も投げて練習した。桜川では遊漁者が投網を行うことは禁じられているが、漁協の組合員になれば投網を使用することができる。組合員によると、投網を正しく丸く広げられるようになるには10年の経験が必要だという。 投網体験のほか釣りの体験も行われ、体長60センチほどのアメリカナマズが次々と釣り上げられて歓声が上がった。15匹が釣れ、市外から参加した女子高校生が慣れた手つきでナマズをしめてさばいた。昼食時には市内の四川料理店「麻辣十食」(同市天久保)が、霞ケ浦のアメリカナマズを使ったメニュー2種類を提供し参加者が試食した。四川料理「ラーズーナマズ」は今年2月から同店でレギュラーメニュー化した一品(2月28日付)。市外から参加した中学生は「今日はアメリカナマズを釣り上げた。試食したナマズはすごくおいしい。人気になると思う」と話した。釣り体験で釣れたナマズは、その場でしめ、食用や骨格標本制作用として参加者がそれぞれ持ち帰った。昼食時には、鈴木組合長による投網の実演が行われ、外来魚のダントウボウやアメリカナマズ、オイカワなどが網にかかり、参加者から拍手が起こっていた。 在来魚が減少し、特定外来魚であるアメリカナマズが急激に増加するなど、近年桜川の生態系は大きく変化している。桜川はつくば市の水源である霞ケ浦に流れ込んでおり、川の水環境は市民の生活に密接に関係している。70年前、澄んだ水だった桜川で泳いで遊んだという鈴木清次組合長や組合員の鈴木孝之さん(81)は、当時の記憶を話し、かつての清らかな水質を取り戻したいと市民に向け発信を続けている。 市内在住の30代の男性は「NEWSつくばを見て、投網をやってみたいと思い参加した。子どもの時から桜川で釣りをして遊んできたので、桜川が好き。長く見ているので、桜川で釣れるものが変わってきたのを感じている」と変化についての実感を話した。同じく市内在住で北海道出身の30代男性は「桜川には観光としての魅力がある」と観光資源としての可能性を話した。 鈴木組合長は「いつでも遊びに来てください。楽しみながら川のことを知ってほしい。清らかな桜川を取り戻すのが私の願い」と参加者に話した。川の生態系の現状を知ってもらい、川を見守る担い手を増やしたい思いだ。 同プログラムは年5回実施の予定。4回以上プログラムに参加した人は、養成プログラム実行委員会が桜川の「川守」(桜川を見守るサポーター)に認定し、川の清掃活動などの情報を配信する。プログラムは1回のみの参加も可能で、来年度も実施を予定している。(田中めぐみ) https://youtu.be/3drK3Bmeol8 ◆次回、第2回プログラムは6月9日(日)開催の予定。NEWSつくばページで5月11日より参加を募集する。

産んでも男の子は兵士になって死ぬんでしょ《ひょうたんの眼》68

【コラム・高橋惠一】私は、毎年5月3日には日本国憲法を読むことにしている。国際社会は2度の世界大戦の人類絶滅危機を恐れ、日本は310万人もの犠牲者を出しながら、加害責任を追及される結果を踏まえ、国と国民が共有する決まりとして制定した憲法である。 「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」として、無知と偏見が、人種、性、言語または宗教上の差別を可能にし、愚かな戦争に至らしめていると警告する「ユネスコ憲章」と、国民主権を人類普遍の原理とうたい、人権尊重と戦争放棄を決意することによって国際社会に名誉ある地位を占めたいと宣言する「日本国憲法前文」を、座右の銘と思っている。 統一教会との癒着や、不正な裏金によって確保した議席の多数によって、民主主義をねじ曲げ、挙げ句は、平和憲法の「改悪」をはばからない現政権に嫌悪感を持たざるを得ない。その与党に何を期待するのか、すり寄る一部「野党」や一部「マスメディア」にも落胆している。裏金問題の改革は、企業団体献金の禁止しかないのに、何を躊躇(ちゅうちょ)しているのだろう。 防衛費負担は従来の2倍に 日本のGDP(国内総生産)がドイツに抜かれ世界4位に転落した。さらに3年後にはインドに抜かれる見通しだ。1人当たりのGDPは21位で、世界第2位を誇った30年前の見る影もない。経済政策の失態なのだが、特に近年の「アベノミクス」という理念の無い経済政策の結果であり、だらだらと現在も続いている。 アベノミクスでは、企業業績の拡大を最優先に据え、円安に進んだ。また、経済活動の効率化を図るとしながら、その手段をコスト抑制に求め、具体には人件費=賃金の抑制と、原材料調達費=下請け企業の収益削減に負担を押し付けた。 少子高齢化の進行や災害復興の財政需要の拡大は、元々予定されるところだが、財源不足を国債に求め、デフレ状況下でも好調な輸出部門やIT関連企業からの税負担は採用せず、むしろ内部留保への特別措置など、大企業優遇が続いている。 そこに安全保障環境の悪化によるとする、防衛費についてGDPの2%負担を首相が国際会議の場で約束してしまった。1%増やすだけではなくて、従来の2倍にするということだ。世界第4位の軍事費大国になるということだ。 安倍政権に次いで、現政権も国会で議論せず、与党だけで調整し閣議決定で通してしまう。まさに国会という主権者の判断を仰ぐ機会を無視しているのだ。 子育て支援などと言うが… 滅茶苦茶な国政の運営も、要約すると、大企業が今後の稼ぎ頭にしたい防衛産業を拡大するために、社会保障や格差解消のための財源を削って、大企業優先の財政運営をする。子育て支援などと言うが、今日のコラムの見出しは、2人の子育て中の若い女性の言葉である。日本という国に、何の期待もできないのだ。(地歴好きな土浦人)

70歳からの正しいわがまま《看取り医者は見た!》18

【コラム・平野国美】先日、つくば市内で開かれた市民団体の講演会に呼ばれました。演題は拙著のタイトル「70歳からの正しいわがまま」です。私の仕事「訪問診療」で出会った患者さんとのやり取りなどに、私なりの解釈などを加えて話しました。 今、回収されたアンケートを読んでいるところです。22年間もこの仕事をしていると、変わるもの、変わらないものがあります。病名はほとんど変わりません。新型コロナが増えたぐらいです。変わっているのは、患者さんを取り巻く環境です。 いずれ詳しく書きたいと思いますが、今、患者さんに寄り添うのは御家族であることが少なくなってきました。独居と思いきや、そこに現れるのは同級生だったりします。内縁や不倫の関係者も現れます。また、ペットの犬や猫が家族以上の関係になっています。 講演会場に来られた良識の塊のような紳士淑女の方々には、内縁や不倫を絡めた話は抵抗があるかと思ったのですが、多くの方は「うらやましい」と受け入れていたようです。同じ日本人であっても、時代が変わり、世代が変わると、常識や価値観が変わるものです。 患者さんと話をしていると、そこに気がつくのです。例えば、日本を代表するアニメ「サザエさん」の家族状況を今の子供が理解できるでしょうか? 家の間取り、卓袱(ちゃぶ)台、家族関係などは理解不能でしょう。今、昔のドラマの再放送がされていますが、時代劇や古典劇を見ているような気がします。 変わる、病や死に対する考え 小学校の頃に見た「俺たちの旅」では、やたらタバコを吸いますし、殴り合いになります。学生運動をしていたことが発覚して就職できなくなることなど、今の大学生には理解できないでしょう。 患者さんの御宅で親子げんかをしているのを眺めていると、どちらも間違ってはいない、価値観の違いであろうと思うのです。戦前に生まれた親の世代からすれば「家や墓は守るもの」なのに、息子の世代は「いらない」になります。この価値観の変遷に気が付かないと、けんかは終わりません。 同じように、病や死に対する概念も変わっていくのです。このコラムでは、これまで「消えてゆく街並み」を書いてきましたが、これからは私の仕事を通して患者さんから学んだことも書きたいと思います。少し斜に構えれば、「庶民的な死生観」となるでしょう。(訪問診療医師)

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