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2023
大学生が作る小さなお風呂 筑波山の古民家宿泊施設に今秋完成
2023年6月29日
筑波山の南麓から関東平野を一望するロケーションに、法政大学デザイン工学部建築学科の学生が乗り込んで、小さいながらも解放感いっぱいのお風呂を作っている。築130年の古民家をリフォームした宿泊施設「旧小林邸ひととき」の前庭だ。約10平方メートルの広さだが、宿泊客やコワーキングスペース利用の滞在者のみならず、地元住民や観光客の利用も想定、ことし秋の完成を予定している。 旧小林家は江戸時代から続く米問屋で、明治時代に筑波山のケーブルカーや筑波鉄道を作ることに尽力した資産家という。空き家となっていた古民家をGoUp(野堀真哉社長)が買い取り、リノベーションして2020年にオープンした。2階建ての母屋で宿泊ができ、ハナレにはコワーキングスペースを置いている。 お風呂建設に携わるのは法政大学デザイン工学部建築学科、赤松研究室(赤松佳珠子教授)の学生で、ゼミの一環として作業を進めている。延べ人員は37人だが、1日に3、4人が代わるがわる筑波山に来て、工事に当たっている。大学の決まりで泊まることが出来ないので少し効率が悪いという。 お風呂には「ゆりゆら」と名前をつけた。現在、建屋の作成中で、枠組みが出来た段階。脱衣所と浴室の面積は約10平方メートルと小さめだが、浴室には3人が入れる。外気浴の出来る約11平方メートルの中庭を介して2棟に別れた構成とし、小さいながらも開放的なおふろ空間を作り出す。竹、筑波石、瓦屋根、竹あかりなど、つくばの地元ならではの素材を用い、地域産業に根付いた計画をした。 設計にあたり、研究室では2021年から1年かけて、7つのグループに分かれてプロポーザルを行い、設計・プレゼンをした。赤松教授や地元の専門家の意見を参考にし、議論した上で最優秀を決めた。最優秀になったプレゼン案は全員で細かいプランに落とし込み、具体的に進めていくことになった。22年度にはクラウドファウンディングを呼び掛け、50万円の目標に対し約75万円が集まり、建設の一部に充てられる。 建築の仕事は初体験「道具は重いし…」 赤松研究室では10年前から「つくばプロジェクト」と称し、筑波山の中腹、通称「西山道」と呼ばれる登山道周辺の地域おこしに取り組んできた。つくば道から分岐して直線的に中腹の筑波山神社直下まで上る急斜面の一帯だが、ここからの展望を好んだ資産家たちが建てた古民家が所在する。 旧小林邸を少し上ったところには古民家「大越邸」があり、1960年代以降、使われず廃れてしまっていた。子の杉原洋子さん、孫の由樹子さんの代から手を加えることで、新しく生まれ変わらせようという試みが始まった。由樹子さんは赤松研究室1期生で、改修工事を申し出て、学生が定期的に筑波を訪れるようになった。クラブハウスとして、春秋の筑波山神社御座替祭には休憩所として利用されるようになった。 つくば(旧豊里町)生まれの野堀さん(38)は2015年に、同神社参道入り口近くで「Cafe日升庵」の営業を始めた。さらに、日帰りしない観光地とされる筑波山にあって、ホテルに泊まり1日筑波山を楽しんで欲しいという意図から「旧小林邸ひととき」に取り組んだ。開業以降、赤松研究室の大越邸での活動を見ていた野堀さんから声を掛け、今回建設に賛同を得た。 実際に工事にあたっている、大学院1年の太田一誠さん(23)は「本来は設計が専門なのだが、建築の仕事は初体験だったので作業は大変だった。道具は重いし、扱い方も難しい、改めて職人の凄さを痛感した。現場の仕事を体験したことによって、将来必ず役に立つと思う。筑波山麓秋祭りでワークショップを開催するのでそれまでは完成したい」と述べる。(榎田智司)
税収予測の悩ましさ・融通むげ 《文京町便り》17
2023年6月29日
【コラム・原田博夫】岸田政権は、内閣支持率がなかなか好転しない中、重要な施策にも取り組んでいる。通常国会の会期末(2023年6月)だけでも、次元の異なる少子化対策、防衛財源確保法や骨太方針2023などがある。衆議院の解散風が吹いていたにしては、問題提起・頭出しだけでも重みのあるテーマである。 それを進めるうえで問題になるのは財源・税収の目途(めど)だが、これらの中長期施策では現時点では具体的ではない。そこで野党は、これらの施策の実現可能性には疑問を示している。 毎年度の次年度予算編成の流れは、以下のようである。経済財政諮問会議の骨太方針(6月)、財務省からの予算編成方針(初夏)、各省庁から夏過ぎに歳出に関する概算要求が出され、財務省主計局(および総務省)による予算査定の終盤に(晩秋)、財務省主税局(および総務省)から次年度の税収予測が明らかになる。その前提あるいはフィードバックとして、翌年度の経済成長(GDP成長率)の見通しがセットになる。 これらの予算案・見通しは三位一体の関係にある。どのような施策を行うかでGDPは変化する(施策⇒GDP)、そのGDP次第で税収見積もりは変動する(GDP⇒税収)。同時に、税制・税収いかんでGDPも変わってくる(税収⇒GDP)。 したがって、これらの作業は(翌年度予算編成の最終段階である)12月に同時に進行する。ここで重要になるGDPは名目値である(物価上昇率やGDPデフレーターを差し引いた実質値ではない)。なぜなら税収額が名目値だからである。マクロ計量経済モデル・予測で重視される実質値ベースとは、一線を画すゆえんである。 タナボタ税収はその年度で配分? 税収予測で悩ましいのは、税収の自然増収をどう見込むか、である。経済学の基本概念に税収の所得弾力性(税収の増加率を分子に、課税標準・GDPの増加率(税収の増加を分子に、課税標準・GDPの増加を分母にした割り算)があるが、これは一般的・標準的には1以上である(要するに、課税標準・GDPの伸び以上に税収は増える)。 例えば、法人税を筆頭に所得税や消費税などの主要税目は、税収の所得弾力性は1.1以上である。これは、税務当局にとっては自然体(作為の無い)の増収である。だが納税者にとっては、追加的な余分の税負担である。 しかし、作意が込められる可能性もある。税務当局としては次年度GDP成長率を慎重に見て、次年度税収見込み額を控えめにし、財務省全体で次年度歳出予算の膨張に歯止めをかけようとしているかもしれない。しかし、翌年度は想定上に景気が回復して税収は順調に伸びる(当初予算額を超える)かもしれない。 この増収分も自然増収というが、このタナボタ税収は当該年度で配分される(当初予算歳出額が増額される)可能性がある。 一般会計税収の当初予算と決算の食い違いを対前年度伸び率で比べると、2019年度6.6%増・3.2%減、2020年度1.6%増・4.1%増、2021年度9.5%減・10.2%増、2022年度13.6%増・6.1%増、・決算値は不確定、2023年度6.4%増・予算執行中、という実績である。したがって、一般会計税収の2020年度・21年度ではコロナ禍でも、いずれも、当初予算で想定した以上の決算額が実現していた。 この再現(当初予算額以上の税収額の見込み)を2022年度~24年度で狙っているとすれば、岸田政権の衣の下もおのずから透けてくる。2023年度予算の執行状況が見極められる23年末に、財源の目途をつけると言っているゆえんかもしれない。(専修大学名誉教授)
小中学校のHP再開12月に つくば市 不正アクセスで停止
2023年6月28日
不正アクセスにより今年1月から閲覧できない状態になっているつくば市内全ての公立小中学校と義務教育学校48校のホームページ(HP)について、再び閲覧できるのは今年12月になる見通しであることが分かった。停止期間は異例の11カ月間に及ぶ。 小中学校などの教育情報ネットワークを管理運営している市総合教育研究所(同市大形)によると、各学校のこれまでのHPは同教育研究所が管理していたが、24時間監視できないなどから、これまでのHPを廃止し、新たに専門業者に委託する。8月以降、各学校で新しいHPを作り直して、12月から再び閲覧できるようにする。 6月議会最終日の23日、2023年度から28年度まで5年間の業務を専門業者に委託する予算と債務負担行為合わせて約2300万円を計上した。8月に委託業者の一般競争入札を実施し、契約後、各学校のHPを作り、12月再開を目指す。専門業者に委託することにより常に最新のセキュリティー情報を認識し不具体への対応を適切かつ迅速に実施するとしている。 不正アクセス後、同教育研究所が3月までに実施した調査によると、今年1月3日午後、香港のIPアドレスから侵入を受け、市内にある公立小中学校と義務教育学校計45校(当時)すべてのHPのログインIDとパスワードが書き換えられた。画面の改ざんなどはなかった。だれが、何の目的で不正アクセスし、ログインIDなどを書き換えたかは分からなったという。 不正アクセスを受け同教育研究所は1月5日、すべての小中学校HPを閲覧できないようにし、さらに11日、すべての学校のHPを停止した(1月11日付)。 HPが閲覧できなくなって以降、市教育局は各学校の必要な情報を市役所のHPに掲載しているほか、保護者にはデジタル連絡ツールを活用するなどして日々の連絡手段を確保しているという。 一方、卒業生や地域住民、新たに転入を希望する児童生徒や保護者には、学校生活の特色や現在の様子が分からないため、様子を知りたいなどの問い合わせがあるという。 同教育研究所の山田聡所長は「ご不便をお掛けしお詫びします。今後は安全で安心なセキュリティーを確保した上で再構築させていただきます」としている。(鈴木宏子)
眼鼻について 《写真だいすき》21
2023年6月28日
【コラム・オダギ秀】人を表すには、写真にせよ絵画にせよ、眼鼻の表現が大切だ。眼鼻が見えないと、どんなヤツかわからん。とくに眼が、どんなふうに表現されているかが、とにかく大切。こんな眼付きじゃ犯人みたいだぜ、なんて言われる。 「眼を開けている時に撮ってね」 仏像の場合は、眼の表現、つまり眼の形や造形方法によって、制作意図や時代などが推定されることが多い。多くはその仏像の持つ意味などが表わされる。だがボクが、好きで、しばしば撮影している石仏の場合は、一般の仏像より、何かと困ることがある。石仏は、そのほとんどが、開いているか半眼か、どちらかなのだ。 石仏は、まずほとんどは、仏像制作の専門家である仏師が彫ったものではなく、石屋さん、つまり石塀や庭石、墓石を扱う石切場の石工が彫っているし、頻繁に彫仏の仕事があるわけでもないから、それほど詳しい知識もなければ工法にも大きな差のある技術があるわけでもないことが多い。 いくつかのポイントを寺の僧侶などに教えてもらい、それによって彫ることが多かった。だから、地蔵さまなど、よく注文される仏さまの眼は、教えられたように半眼にする、となる。半眼とは、瞑想(めいそう)している眼で、開いていれば雑念が見え過ぎ、閉じていれば寝てしまったようだから、半眼ということなのだ。細く開いた、半分だけ開いた眼だ。 だから、眠っているようでなく、開いているようでなく撮る。ちゃんとそう彫ってあれば、撮影も難しいことではない。 むかし、「♬今日でお別れね」と歌った眼の細い歌手を撮った時は、「ボクはいつも眼を閉じた時に撮られちゃうの、眼を開けている時に撮ってね」と言われたが、半眼でない、ただ細い眼は、どうしても閉じたような眼になってしまう。だから、思いっきり開けて歌えよ、と思ったが、石仏の場合は、寝てないように、人間臭いギョロリ眼にならぬように撮る。 するとありがた味がきちんと写る。しかも動いていない。だから簡単な撮影と言われそうだが、そういうワケでもない。と言うのは…。 すごい眼を見せるモデルさん 仏像はもちろんだが、人の顔というのは、眼鼻をどう撮るかの表現で、大きく変わる。じつはカメラの位置が数センチ、ほんの5センチぐらい違うだけで、変わってしまう。魅力的にも嫌らしい顔にも撮れるのだ。その狙い通りのドンピシャの位置を見つけるのが大変。だが面白い。楽しい仕事とも言える。一般的には、眼鼻を撮る難しさなんてわからないから、勝手な言葉で評されている。 優れたモデルさんは、もちろん、眼の重要さはよくわかっていて、シャッターを切る瞬間がわかるらしい。今だ、とシャッターを切ろうとすると、その瞬間、それまで何でもなかった眼がキラリと光ったり、狙った眼になるのだ。いい眼だからシャッターなのではなく、シャッターを切ろうとする瞬間、さらにいい眼になるのだ。「だって、シャッター切る瞬間って、わかるわよ」なんて笑っていた。 もっとも、そのことがわからぬカメラマンもいるのだが、すごい眼を見せるモデルさんは、本能なのか、感覚が鋭いのか、はたまた努力なのか、すごいもんだと思う。「は〜い、チーズ」なんて声をかけられて写真を撮ってもらっているうちは、ちゃんとしたモデルにはなれないってことだよ。あなたは?(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)
「3年後、海外旅行に行こう」《続・平熱日記》136
2023年6月27日
【コラム・斉藤裕之】妻が亡くなってから次女とメールのやり取りをするようになった。それまではほとんど連絡を取ることがなかったのに…。とはいえ、何を食べたとかどこに行ったとかというような他愛もない内容で、でもそんなことのやり取りをしていたら、本当に突然に次女と海外旅行に行くことを思いついた。なんとなく3年後ぐらいに。 何年も先のことを考えて予定を立てるという能力がない。目の前のこと、とりあえず明日のことを考えて暮らすのが精いっぱいだったからだろう。例えば、割と年を取ってからも次のオリンピックが開かれる頃はどこで何をしているやら、などと考えていた。 しかしここにきて、そろそろ日雇い先生もお払い箱が近くなってきたし、3年後ぐらいには立派な年金受給者になっているはずだ。それから次女は妻と毎年旅行をしていたことも思い出した。果たして次女は私の旅のお供をしてくれるだろうか。 「海外旅行いこう」「なんで?どこに?」「理由はない。3年後。どこか行きたいところある?」「マルタ、フランス、イギリス、ギリシャ…」「わしはクロアチアと…、とりあえず全部行っとくか」 体力をつけておく―私は本気だ パスポート探してみた。懐かしい昔のでっかい赤いやつ。写真が若い。それから小ぶりになった10年パスポート。最後に行ったのはスウェーデン。もう20年以上前。そういえば、最近なにやらパスポート申請をしたら抽選で割引になるとか聞いた。 マイナポイントとかもそうだが、お上は最近こういうのが好きね。でもなんか、不公平な感じ。まあそれで文句もないけど。例えば旅館で机いっぱいに並べられた豪華な夕食が苦手。どこに入ったらいいかわかんないベッドがダメ。そば殻の枕派。もちろんパックツアーは無理。ゆえにゴートゥーナンチャラの恩恵も受けることもない。 風呂敷ひとつ持ってというのが理想。パンツ2枚シャツ2枚。幸い貧乏にも旅にも慣れている。ところで、今はどうやってお金払うのかな。カード? なにせトラベラーズチェックの時代だから。スマホがあれば地図や時刻表も要らないということか。まあその辺も含めて老いては子に従え、ってことか。 朝、SNSに妻の誕生日の通知が届いてちょっと戸惑う。アカウントを閉じた方がいいのだろうが…。その夜、というか翌朝?3時ごろ目が覚めてしまった。次女からメールが来ていて妻の誕生日だったことに触れていたので、返信したらすぐに返事が来た。「まだ起きている?」「これから寝るところ」。どうやら東京と茨城にも時差があるらしい。 さて今年の厄払い、胃カメラ様を飲み込む儀式が無事に終わり、結果は極めて健康体。ということで明日は草刈りのアルバイト。明後日は…、そして3年後は…。体力だけはつけておかないと。次女はどう思ったか知らないが、私は本気だ。(画家)
「いのちを生きる」会津・小林さんの写真集《邑から日本を見る》138
2023年6月26日
【コラム・先﨑千尋】「有機農業は生き方だ」。農協陣営での有機農業運動のカリスマだった小林芳正さんは日頃そう語り、宮沢賢治を人生の理想としていた。小林さんは、福島県熱塩加納村(あつしおかのうむら=現・喜多方市)農協の営農指導員として有機農業を、一個人としてではなく、地域ぐるみの取り組み(面的展開)として進めた。学校給食にも有機栽培の米や野菜を提供し続けた。 また、農業だけでなく、地域社会づくりや農村文化の向上にも力を尽くした。百合の一種である可憐なひめさゆりを植え、年中行事や伝統食・保存食を伝え、残すことに努力した。「ひめさゆり群生地」は、今では30数万本ものひめさゆりが咲きそろい、観光客を呼ぶ。農村の普通の景色や生き物の姿、人々の営みをカメラに収めることも好きだった。 その小林さんは昨年7月に88歳で亡くなった。膨大なネガフィルムが残されていた。小林さんの病状悪化が伝えられた昨年4月、同村の有機米を使い、酒にしてきた酒造会社や有機農産物販売会社など小林さんを慕う人たちが集まり、「小林芳正写真集刊行委員会」を立ち上げた。小林さんの生前には間に合わなかったが、今年2月に写真集が完成した。 写真集のタイトルは『いのちを生きる-小林芳正写真集』。「いのちの輝き」「有機の里熱塩加納」「子どもたちに伝える『農』の心」「この村で、ともに生きる」の4編構成。同村の学校給食に関わった坂内幸子さん、喜多方市大和川酒造の佐藤彌右衛門さんらの寄稿文、小林さんのプロフィールも入っている。 「子どもたちに安全な食材を」 ここで、「百姓」という肩書の名刺を持つ小林さんの業績を振り返ってみよう。 小林さんは1934年生まれ。福島県農事試験場で学んだあと農業に従事し、28歳の時に同村農協の営農指導員になった。日中は管内の田んぼを見回り、農協の事務所へは夕方に「出勤」したという話が伝わっている。 1980年に有機農業に取り組み、89年には同村の学校給食に、親たちと一緒になって、有機の米「さゆり米」と野菜の供給を始めた。「次の世代を担う子どもはかけがえのない地域の宝。その子どもたちに安全な食材を」という考えからだった。 92年に農協を定年で退職した時、NHKテレビは午後7時半から、小林さんの仕事を振り返る特別番組を放映した。NHKが1人の農協職員の歩みをこのように放映したことは、それまでにはなかった。 小林さんは農協にいる時から子どもたちに農業を教え、共に作業していた。これがのちに全国で初めて小学校に「農業科」が設置されるきっかけとなった。小林さんはそこで農業科支援員となり、子どもたちと田畑に立った。現在は喜多方市のすべての小学校で取り組まれており、2013年には、喜多方市小学校農業科が日本農業賞「食の架け橋の部」で大賞を受賞している。 私は40年以上前から小林さんのところに通い、有機農業や学校給食、地域づくりなどのことを学んできた。酒米の「五百万石」の種子を分けてもらったこともあった。写真集を見て当時のことを思い返している。ありがとう、小林さん。(元瓜連町長)
ゲンジとヘイケ一緒に 筑波山南麓にホタル舞う
2023年6月25日
筑波山南麓のつくば市神郡、細草川沿いや周辺では6月下旬、ゲンジボタルとヘイケボタルが同時に飛び交う姿が見られる。5月下旬からはゲンジボタル、6月半ばからはヘイケボタルが加わり、6月下旬には30匹ほどが乱舞する姿が見られた。 ルールを守った観賞を 今の時期、筑波山麓でホタルが見られるのはつくば市神郡、臼井、沼田、国松などの沢沿い。NPOつくば環境フォーラム(つくば市要、永谷真一代表)理事の大塚太郎さん(53)によると「6月中旬は、ゲンジボタルとヘイケボタルが交差する時期、農薬を使わない水田にはヘイケボタル、きれいな沢にはゲンジボタルが見られる。7月に入るとヘイケボタルが主流になる」と説明する。 細草川周辺は、筑波山や里山の環境保全に取り組む同フォーラムや、知的障害者と共同生活をしながら有機農業に取り組むNPO自然生クラブ(つくば市臼井、柳瀬幸子代表)らが農薬を使わずコメ作りをしている。筑波山本体の南部に位置しており、民家がなく、谷津田が広がり街灯もないなどの昔ながらの自然が残されており、ホタルが生息しやすい環境となっている。15年前ぐらいから、同フォーラムの「すそみの森」など、農薬を使わない米作りが広がってからホタルの数が増えていった。 コロナ前は6月に入ると、地元の小学校の児童やボーイスカウト、環境団体などがホタル観賞に訪れていた。地域の元PTA役員が中心となって出来た「田井エンジョイクラブ」が地域の子供たちを集めて、10年以上ホタル観賞会を続けてきた(2019年6月16日付)が、コロナ禍で途絶え、2020年以降は団体でのホタル狩りは少なくなった。行動制限がなくなった今年は家族や友人同士で訪れている姿が見られる。 六所地区にある「ホタルの里」の石碑は、2008年頃近くの工事をしていた建設業者がホタルがたくさんいることに感動、地域への感謝の気持ちをこめて寄付したものだそう。 23日、つくば市谷田部から訪れた男性(48)は「昨年知人から教えられ、この地区でホタルを観賞するようになった。市内にも豊かな自然が残されている場所があるのは感動でした。環境を守り、いつまでもホタルが見られるようにしていきたい」と述べた。 六所地区の元区長でホタルパトロールなどを提唱していた森田源美さん(87)は「ホタルを見に来る人は歓迎したい。六所地区には六所大仏の前に市営駐車場があるので、そこから歩いて私有地などには入らずに、ルールを守った観賞会を実施して欲しい」と語る。 大塚さんは「ホタルに興味を持ち自然とふれあうことは良いことだが、ルールを守らない観賞者もいる。ホタルを持ち帰ったり、狭い道の中まで車が入ってきて、車のライトでホタルの『こんかつ』を邪魔したり、貴重な水生動物をネットオークションで売ったりする人もいる。『すそみの田んぼとその周辺の森』という環境フォーラムの活動拠点には絶対に無断で入らないで欲しい」と訴える。 「すそみの田んぼ」(環境省のページ)は生物多様性保全上重要な里地里山に選定されている。(榎田智司)
対岸の家 《短いおはなし》16
2023年6月25日
【ノベル・伊東葎花】歩くことが困難になり、施設のお世話になっています。施設の前には大きな湖があります。湖の向こう側は、私が生まれ育った町です。晴れた日は高台の小学校が見えます。その先が私の家です。誰も住んでいません。両親はとうに亡くなり、独り身なので家族もいません。残された家が不憫(ふびん)でなりません。 「そろそろ戻りましょう」 職員さんが来ました。陽が暮れて、向こう岸にチラチラ灯りが揺れています。 「ねえ、湖の向こう側に行くには、車椅子でどのくらいの時間がかかるかしら」 「丸一日かかりますよ。ここからまっすぐ、橋でも架かっているなら別だけど」 職員さんは笑いながら車椅子を押してくれました。本当に橋が架かっていたら、どんなに近いでことでしょう。 それから私は、湖のほとりに行くたびに想像しました。ここからまっすぐ、向こう岸まで延びている橋を思い浮かべました。透明な硝子で出来ている橋はどうかしら。まるで湖の上を歩いているみたいで素敵(すてき)。そんな夢みたいなことを考えていると、寂しさや不安が消えていきます。 ある日のことです。日暮れまで、湖のほとりで対岸の町を眺めていました。夕凪(なぎ)の中に、誰かの声がしました。目を凝らすと、向こう岸から誰かが叫んでいます。「ごはんだよー」と言っています。母の声です。母が私に向かって叫んでいます。きっと帰りたい気持ちが、幻を見せているのです。 目が眩(くら)むほどの強い光が湖の上を走りました。次の瞬間、私の足元から向こう岸まで、橋が架かっていたのです。それは、私が夢見た硝子(ガラス)の橋でした。私は立ち上がりました。自分でも驚くほど自然に立てたのです。あれほど重かった身体が、走り出すほど軽やかです。橋に足を乗せました。すっかり藍色になった湖の上を、ゆっくり歩き出しました。時おり魚が跳ねて、小さな水音を立てます。楽しくて、踊るように橋を渡りました。 対岸の町に着くと、一気に坂道を駆け上がりました。毎日のように上っていた坂です。とうに閉店したはずの駄菓子屋が、店先でラムネを売っています。 「早く帰らないと叱られるよ」 とっくに死んだはずの店のおばちゃんが、笑いながらラムネをくれました。青い瓶に映った私は、おかっぱ頭の小さな子供になっていました。家の前に母がいて、「いつまで遊んでるの」と私を叱ります。夕餉(ゆうげ)のいい匂いがします。 私は振り返り、向こう岸を見ました。湖のほとりに、空の車椅子がポツンと置かれています。硝子の橋は、跡形もなく消えていました。もうあの場所に戻ることはありません。私は扉を開けて、「ただいま」と大きな声で言いました。(作家)
見学者5倍、熱心に説明聞く 重要文化財の旧矢中家住宅を公開
2023年6月24日
国の重要文化財として指定するよう答申があったつくば市北条、旧矢中家住宅(6月23日付)が24日、一般公開され、通常の公開日の5倍の約150人が見学に訪れた。新聞報道などで指定を知り、ボランティアによるガイドツアーに参加して熱心に説明を聞いたり、建物内を見て回る様子が見られた。 ボランティアで同住宅を管理し、定期的に一般公開しているNPO法人矢中の杜”の守り人の井上美菜子理事長や中村泰子事務局長、所有者の森洋さんなども集まった。 ガイドツアーは午前と午後の2回催された。共に二手に分かれ各10人ぐらいのグループになって、詳しい説明を聞きながら約1時間かけて住宅内を見て回った。本館(居住棟)の表玄関から入り、別館(迎賓棟)に移動。本館では居間、座敷、書斎などのほか、風呂や台所、女中部屋なども見て回った。居間や書斎などの各部屋には時代を意識させる調度品などがあり、参加者は、別館の最上級のふすま絵、ふんだんに設置された通気口など、細かなところまでこだわった豪華絢爛で実験的といわれる造りに興味深く見入った。 2011年の東日本大震災と12年の北条竜巻の二つの災害で受けた被害の説明もあり、窓が破壊された痕跡もあった。 地元の北条から見学に訪れた70代男性は「旧矢中家住宅がかつて空き家だった頃は小学生で、子供の遊び場だった。今回改めて地元の財産を知ることになった」と話した。 所有者の森さんは「購入した時は本当の価値が分からず途方にくれるようなことがあったが、多くの人の協力で、素晴らしい栄誉をいただけることになった。本当にうれしい。これを機にもっと来場者が増えるといい」と話した。 北条在住で同住宅の保存活動にも関わってきた北条街づくり振興会の坂入英幸会長(73)は「重要文化財の指定は大変喜ばしいことで、『地元ももっとがんばれよ』と言われた感じがした。これからも地域の財産として活用していき、北条地区振興に役立てたい」と語った。(榎田智司)
24日から海外出張 五十嵐つくば市長
2023年6月24日
つくば市の五十嵐立青市長が24日、海外出張に出発した。7月1日まで7泊8日の日程でフランスとルクセンブルクを訪問するという。 今年3月31日、OECD(経済協力開発機構)の先進的市長(チャンピオン・メイヤー)に選ばれ、同先進的市長会議に参加したことから、27日にパリで関係者に面会する。29日にはルクセンブルクで、世界各国のICT(情報通信技術)業界関係者が集まる「ICTスプリング」に登壇し、つくば市の取り組みを紹介する。 市市長公室によると、24日から27日までパリに滞在し、新しい働き方として注目されている労働者協同組合の関係者と面会し視察や意見交換をしたり、文化芸術財団と意見交換する。さらにパリ市役所を訪れ労働者協同組合や文化芸術について話を聞く。27日はOECD先進的市長会議の関係者と面会する。 同先進的市長会議は、2016年にOECDが呼び掛けて立ち上げた先進的な取り組みを進める首長の会議で、格差や不平等をなくし、国連が掲げる誰一人取り残さない包摂的な都市の実現を目指す。約60の首長が参加し、日本からは小池百合子東京都知事、高島宗一郎福岡市長、福島県広野町長らが参加している。五十嵐つくば市長は、誰一人取り残さない包摂的で持続可能な社会の実現に向けた様々な施策を推進しているとして選ばれたという。 その後28日からルクセンブルクに移動し、29日にICTスプリングに参加する。世界約70カ国から5000人以上が集まるイベントで29、30日の2日間開かれ、企業によるブース展示やワークショップなどのほか、最新のデジタル技術とイノベーションをテーマに閣僚や著名人による講演やパネルディスカッションなどが催される。五十嵐市長は登壇者の一人という。 海外出張には市職員2人が同行するほか、つくばスーパーサイエンスシティ構想の全体統括者を務める市顧問の鈴木健嗣筑波大教授も同行する。 市長公室によると、海外出張費用は現時点で未確定だとしている。(鈴木宏子)
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