火曜日, 4月 7, 2026

3万本のチューリップが見頃 霞ケ浦総合公園 土浦

霞ケ浦湖岸の土浦市大岩田、霞ケ浦総合公園のオランダ型風車前で、約3万本のチューリップが見頃を迎えている。 同公園は、面積46ヘクタール、ネイチャーセンター、水生植物園などがある。4月上旬、平日にも関わらず多くの人が訪れ、高さ25メートルの風車を背景に、チューリップの花をカメラに収める人の姿が見られた。 風車前の花壇は6段になっており、段ごとにそれぞれ異なる品種のチューリップが植えられている。隣接の土浦ネイチャーセンターによると、一番下の段に植えられた赤色の品種、バンエイクの開花が他の品種に先んじて3月29日から始まり、4月中旬には6種全てが咲きそろうとのことだ。 霞ケ浦総合公園は数多くの映画やドラマの舞台になっている。市広報広聴課シティプロモーション室の山口淳一さん(38)によると、オランダ型風車と満開のチューリップの姿は、昨年のテレビ番組で茨城県を代表する名所の一つとして紹介された。山口さんは「多種類のチューリップが順次咲くので、20日過ぎごろまで花を楽しめると思う。春の風景を堪能しにお越しください」と話す。 ネイチャーセンターに隣接する日帰り入浴施設、霞浦(かほ)の湯でカルチャー教室に通っているという土浦市の50代女性は「教室の後に、チューリップを見よう、と友達と誘い合って来た。毎年見に来ているが、今年は特にきれい。花に微妙なニュアンスが加わっていてとても美しく感じる」とにこやかに語った。(門脇七緒) ◆チューリップ開花に関する問い合わせは霞ケ浦総合公園 土浦ネイチャーセンター(電話029-826-4829)へ。

「ウッドショック」でぎっくり腰 《続・平熱日記》107

【コラム・斉藤裕之】ちょうど1年前に看板製作を頼まれた友人が経営する打ちっぱなしゴルフ場。今回の依頼は打席を仕切っている板の新調。打席数分40枚の板にトリマーという工具で数字を掘って色を塗る。まずはホームセンターへ材料の調達に。使うのは俗にツーバイ材という輸入材で、厚さ4センチ、幅25センチ、長さは3.6メートル。これが都合30枚ほど要る。 ところが、そこで見たものは目を疑うような値札。以前の倍ほどの値段かと思うほど。これがうわさの「ウッドショック」か! コロナ禍の影響、中国の買い占め、円安などが原因と聞いているが…。自分の腹が痛むわけではないので多少割高でもいいのだが、生まれ持っての貧乏性。結局、その日は買わずじまい。 次の日、別のホームセンターに。すると、昨日見たものよりも大分安い値段が付いている。やれやれと思って材料に手をかけた瞬間、いやな予感が。久しぶりの腰痛黄色信号だ。これはヤバいぞ。 結局、積み込みは手伝ってもらって、何とかなったものの、家に着いたころには赤信号が点滅し始め、軽トラから材料を降ろすころには完全に赤信号。ウッドショックで「及び腰」になったのがいけなかったのか、このタイミングで「ぎっくり腰」のダブルショック! 若いころの背負い投げの鍛錬がたたって始まった、腰痛と付き合う人生。症状が出るたびに、レントゲン写真で「第五腰椎剥離(ようついはくり)」「すべり症」と診断されて、日ごろから気を付けていたのだが…。今回は前触れなしに突然やられた。 西洋で「魔女の一撃」と言われていることもわかる気がした。しかしながら、そうそう寝ているわけにもいかない。いや寝ていても痛いので、時々グキッと激痛が走るのを我慢して作業に取り掛かることにした。 タラの木の「ウッドチェック」! ところで、文字通りウッドショックは業界に相当な打撃を与えているらしい。それなら国産材を使えばいいかというと、これがまたいろいろと根深い問題があるという。ただ、大工の弟が嘆くのは、現在使われる国産材のほとんどが人工乾燥によるスカスカの「腰抜け材」で、細工に耐えうる粘りが全くないということだ。 「どうせ金物でつなぎ留めるし、石膏ボードと壁紙で覆うから、関係ないけどね」と、やや投げやり気味に木造文化の行く末を案じる。 しかし、今回の腰痛もなかなかしつこい。それでもなんとか無事に作業を終えた。ついでに友人の言葉に甘えて、敷地内のナラやクヌギを何本か切ってまきを作ることにした。しかし、チェンソーで木を切り倒す時にはいつもドキドキする。危険な作業であることはもちろんだが、何十年か生きていた木を切るのだから。大げさに言えば「命」を感じる瞬間。 倒れ始めるときの木のきしむ音や、ドドーンという地響きは神聖にさえ感じる。ホームセンターのツーバイ材も、元は生きた1本の木だったことに改めて気づく。その時ふと、私の目に留まったのは…。立派なタラの芽! こういうときは腰が軽い。いざタラの木のウッドチェック!(画家)

新入行員がアジサイを植樹 筑波銀行あゆみの森

筑波銀行(土浦市・生田雅彦頭取)の2022年度新入行員46人が11日、つくば市六斗、筑波銀行あゆみの森でアジサイの記念植樹をした。 桜の花びらが舞う中で行われた式典の冒頭、生田頭取は、植樹するアジサイの花言葉を引用しながら「アジサイのように成長し、筑波銀行の行員として、社会人1年生として、自分の中の変革に取り組んでほしい」と新入行員に呼び掛けた。 筑波銀行では、東日本大震災以降、震災復興支援計画「あゆみ」を策定し、地域社会・経済の復興に取り組んできた。その後、地域を持続的に発展させる取り組みを強化するため、国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)の趣旨に賛同し、「筑波銀行SDGs宣言」を新たに制定した。今回の植樹はこれらの取り組みの一環として実施された。 会場となったあゆみの森は、東日本大震災を機に、ボランティア活動を組織的に支援しようと立ち上げた「筑波ボランティアクラブ」の活動の一環としてつくられた。つくば市内に約1万3530平方メートルの広さの森がある。 アジサイの植樹は2012年から始まり、今年で11回目を迎えた。2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった。 新入行員として事前に同行のSDGsセミナーを受けて臨んだ石岡市出身の新入行員・神代宏明さん(22)は「SDGsについて事前研修で理解を深めることができ、いい経験になった。これからは同期のみんなと協力して頑張っていきたい」と意気込みを語った。 古河市出身の小泉瞳(22)さんは「不安はあるが、今日植えたアジサイの成長とともに、信頼される行員になれるよう頑張りたい。将来は、後輩に目標とされるよう頑張りたい」と語った。(柴田大輔)

古本回収しネット販売 つくばの障害者施設 売上の一部を工賃に

つくば市の福祉機器製造会社、幸和義肢研究所(同市大白硲、横張巧社長)が運営する障害者就労支援事業所ワーク・イノベーションセンターで、障害のある通所者が、不要になった古本を回収、クリーニングしてネット出品し、購入者に発送する活動を行っている。本の売上金の一部は通所者の工賃になる。 古本は、つくば市内や近隣市の企業10数カ所に回収ボックスを設置して回収しているほか、つくば市内の小中学校にも協力を依頼している。古本は無料で提供を受ける。竹園東中学校ではPTAの活動の一環として、回収ボックスを設置し、約150冊の寄付があった。 古本の回収・ネット出品は、障害者の雇用創出などに取り組むワーキングバリアフリー(東京都千代田区)が運営する「ジョブボン(job+本)プロジェクト」によるもので、業務を通じて障害者の就労支援や自立支援を行うことを目的としている。全国で22の施設や団体がプロジェクトに提携しており、同研究所のワーク・イノベーションセンターも提携施設の一つだ。 同センターでは、昨年6月から同プロジェクトの活動を始め、これまでに約3200冊の古本を集めた。集めた本は、通所者が書き込みの有無など本の状態を調べて査定し、商品として販売できるものは表紙をアルコール消毒したり本の間のほこりをはけで払ったりしてクリーニングし、本にビニールをかける。さらに本のバーコードを利用した出品システムを用いてこれまで2500冊を出品、インターネット通販大手、アマゾンのネットショップ「早稲田ブックス」で販売している。 これまで売れた本は約340冊、売り上げは合わせて十数万ほど。通所者の工賃は現在、他の仕事も含めて月数万円程度という。今後は本の回収を積極的に進めてジョブボン事業の拡大を図る。 宛名の貼り付けや梱包作業を担当している通所者は「お客様の情報を扱って発送するので間違いがないよう注意を払っている。その日に何件注文があり、発送するのかを確認し、必要な道具を準備してから作業を始める。本の重さや大きさによって発送方法が変わるが、梱包作業は好きな方なのでやりがいがある」と話す。 同研究所就労支援部の志賀智史さんは「黙々と作業ができ、パソコンを使った作業やクリーニング、梱包や重い本の持ち運びなど様々な工程があるので、障害の種類に応じて分業しやすい。メーンで作業している通所者は本が好きなので、やりがいもあると思う。ただ、本がなければ作業もできないので、活動を知ってもらい、もっと本を集めたい」と話す。「全国ナンバーワンの工賃を払える事業所を目指したい」と語る。(田中めぐみ) ◆問い合わせは同ワーク・イノベーションセンター(電話029-875-3351)へ。

50年ぶりに「出稼ぎの村」へ 《邑から日本を見る》109

【コラム・先﨑千尋】『出稼ぎ—農村はどこへ行く』『出稼ぎの村』『出稼ぎのうた』『お父をかえせ』『村の女は眠れない』『出稼ぎとハタ織り』。久しぶりに出稼ぎ関連の本を書棚から取り出した。中でも草野比佐男の『村の女は眠れない』という詩にある「村の女は眠れない。どんなに腕をのばしても夫に届かない。どんなに乳房が熱くみのっても夫に示せない。どんなに腰を悶えさせても夫は応じない」などのフレーズは、今読んでも衝撃的だ。 江戸時代から、富山の薬売りや、新潟、岩手の杜氏(とじ)など冬場の出稼ぎは全国各地にあった。私の住む那珂市にも、江戸時代末期に越後から来て行き倒れになった人の墓がある。 それが社会問題となったのは、最初の東京オリンピックが開かれた1960年代の頃だ。雪の多い水田単作地帯では冬場の仕事がない。戦後の高度経済成長は農村の生活を一変させ、農業面でも暮らしでもカネがかかるようになった。米価は相対的に安く、コメを作るだけでは暮らしていけない。耕作は牛馬からトラクターなどの機械に代わっていって、カネが足りない。ではどうするか。東京などの大都市周辺では建設ラッシュ。多くの人手が必要だった。両者がうまくかみ合ったのが出稼ぎだった。 しかし、村社会根こそぎの出稼ぎは家庭生活を壊し、集落の人間関係も変えていった。 私は学生時代、農村問題研究会というサークルで山形県最上町に入り、2年間、出稼ぎの調査を行ったことがある。私たちは公民館に寝泊まりし、手分けして農家を回り、農業経営や出稼ぎの実態などを聞き歩いた。子供たちを集めて遊んだり勉強をみたりした。婦人会や若妻会の人たちから話を聞き、青年団の人たちと酒を酌み交わしながら、村の将来を語ったりもした。 「年寄りばかりの家が増えた」 今年3月のある日、50年ぶりに雪深い最上町を訪れた。同町は県の北東部にあり、隣は宮城県鳴子町。町の人口は、50年前には1万8000人くらいいたが、今は8000人と半分以下にまで減っている。林野が町の面積の8割を超え、県平均よりも高い。最近はクマが人家近くに出没するという。今はもう出稼ぎはなく、農家の人たちは町内や近くの新庄に勤めに出ている。町の農業は、コメのほか、和牛を飼う人があり、リンドウやトルコギキョウ、アスパラガス、ニラ、しいたけ、タラの芽など、新規の農作物の栽培も盛んになっている。 今回訪れた中嶋富雄さんの家に私は新婚旅行のとき泊めてもらうという、今思い返してみれば図々しいことまでした。富雄さんの息子の聡さんは農協に勤めていたが、10年ほど前から、水田にビニールハウスを建て、1年通してリーフレタスを栽培している。スーパーやレストラン、農協などに出荷しており、近くの母さんたちも手伝っている。その中に合宿で一緒だった人が2人もいて、びっくりした。 悩みは冬場の雪。地下水を利用し、ハウスの周囲に絶えず水を張る消雪システムを導入し、冬場の農業を可能にした。富雄さんに村の悩みを聞いた。「若い人が家を出て、年寄りばかりの家が増えた。空き家もある。50歳代で結婚できない人が集落の2割くらいいる。これからどうなっちゃうのか、心配だ」。50年前とは違う難題に頭を抱える彼。50年の時空が一気に狭まった。(元瓜連町長)

つくばのスリランカ人、一斉抗議行動 日本各地で母国に呼応

深刻な経済危機に見舞われているスリランカで、大統領退任を求める抗議行動が行われているのに呼応して、つくば市在住のスリランカ人約30人が10日午後、つくば駅前に集まり、プラカードや国旗を掲げて大統領退任を求める抗議行動を行った。この日は東京都渋谷区など日本各地で、在日スリランカ人が一斉に抗議行動を行った。つくばもその一つという。 10日午後、つくば駅前に集まった市内在住のスリランカ人らは、現職のゴタバヤ・ラジャパクサ大統領を名指しし、「大統領は辞任せよ」「大統領は憲法を守れ」「腐敗を止めろ」など、日本語と英語、シンハラ語で書かれたプラカードを掲げ、声を上げて抗議した。 集まったスリランカ人によると、現在スリランカは、中国から巨額の借金をしたことやウクライナ情勢の影響で、物資不足や物価高騰、長時間の停電などが起こっている。ゴタバヤ大統領は家族や親戚を閣僚に据えた政治を行っていたが、今月4日、閣僚ら26人と中央銀行総裁が経済危機の責任を取って一斉辞任した。しかし、ゴタバヤ大統領とその実兄であるマヒンダ首相は現職にとどまっており、スリランカ国内で抗議デモが過熱しているという。 筑波大学で農学の博士号を取得し、現在、市内の会社で農業コンサルティング業務に携わるアルナ・プラバートさん(42)は、市内在住の家族と共に抗議行動に参加した。「(スリランカでは)生活に必要なものがなく、物価が高い。ガソリンや子どものミルク、薬も不足している。エネルギー不足で1日に14時間停電することもある」と話し「自分はつくばに住んでいて不自由なく暮らしているが、父と母、親戚もスリランカにいるので心配でつらい。大統領には責任を取って辞めてほしい。私たちが日本でできることは抗議活動しかないが、この声が大使館などに伝わって、大統領に、国民のことをよく考えてくださいと言ってほしい」と訴える。 市内在住で下妻市内に勤務しているピカル・ハプワラーナさん(33)も家族と共に参加した。「スリランカは外貨不足になっていて海外から輸入ができず、国内に物資がなくなっている。2カ月ぐらい前から状況がかなり悪くなった。2、3カ月前に比べて物価が50パーセントも上がったと聞く。多くの会社が倒産し、みんなの仕事も大変なことになっている。スリランカに父と母がいるが、高齢なので心配している」と話す。 同日は、つくばから、東京都内で行われた抗議活動に向かった人たちもいるという。(田中めぐみ)

つくばのファッションアイコン目指す 筑波大生の古着店、再オープン

11日、キュート1階 筑波大生が運営する古着店「リリー・オブ・ザ・バレイ(Lily of the valley)」が11日、つくば駅前の商業施設キュート1階に再オープンする。昨年12月から今年2月、同市のチャレンジショップ事業(21年12月3日付)で出店したのに続き2度目の出店となる。 筑波大学理工学群社会工学類3年の岡本萌実さん(20)が代表を務める。「昨日より、ちょっぴりおしゃれに」をビジョンに掲げる。 再オープンに向けて「リリバレのブランド価値を高めたい」と岡本さんは語る。SNSでの宣伝方法、特に写真投稿アプリ、インスタグラムの活用を図る。週に1回、洋服アイテムのトレンド情報を特集し投稿する。「スタッフがお薦めの古着アイテムでコーディネートを組み、短い動画に収めて発信を行う」とし、「リリバレがつくばのファッションアイコンとして成長できるように取り組んでいきたい」と意気込みを話す。 新たな店舗は、前回の出店時よりも「リリバレスタッフ一人ひとりの個性をもっと大切にし、お客さまとスタッフとの信頼できる人間関係をつくりたい」という。接客の際、スタッフが来店客の好みの色やアイテム、髪色に合わせたコーディネートを提案できるように心がける。「スタッフのことも好きになってもらえたら」と語る。 さらに、店舗とSNSの投稿に一貫性を持たせる。例えば、週ごとにアイテムに関するテーマを決め、ジーンズをテーマにする際は、店内広告、装飾はもちろん、SNS投稿でもジーンズを前面に押し出す。 前回の出店では、約90平方メートルの店舗に、ジーンズやジャケット、シャツ、スカート、ワンピースなど1着3000円から6000円の普段着約300点を並べ、3カ月間で約400人が購入した。再出店する店舗は約66平方メートルの面積に250点ほどの商品を並べ、1日あたり30人の来店者を見込む。 カフェで1日限定店 11日の再開店に先駆けて3月28日、つくば市天久保のカフェ「ひととつむぐカフェ縁counter(カウンター)」で、1日限定で開店するリリバレのポップアップストアがオープンした。今回のポップアップでは同店スタッフ8人で運営を行なった。春らしいジャケット、スウェット、シャツ、デニム、スカート、ワンピース、ハットやスカーフといった幅広いアイテムを取りそろえた。 来店客に商品をわかりやすく伝えるために、マネキンに洋服を着させてイメージをわかせる、古着を来た着用画像を店内の壁に貼るなど、写真をより多く用意することを心がけたという。そして、前回の出店からのこだわりとして、引き続き、商品名や用途、価格などを手書きしたポップ広告を多く使用し、来店客に大きく文字で伝える工夫を行った。 11日の再オープンに向けて、岡本さんは、わくわくしている気持ちが大きいと語る。(ドットジェイピー茨城エリアつくば支部インターン生 筑波大学1年 上田侑子) ◆古着店「リリー・オブ・ザ・バレイ」は11日、つくば市吾妻1-6-1、つくば駅前、トナリエキュート1階フードコート近くに再オープン。公式インスタグラムやTwitterで随時、情報発信している。

船齢42年のクルーザーヨットを大修復 《夢実行人》7

【コラム・秋元昭臣】昨年春、船齢42年のSK-25 (船長25フィート)のクルーザーヨットを譲り受け、知り合い2人と私の3人で共同所有しています。旧船名「AURORA(オーロラ)」はそのまま引き継ぎました。レストア(修復)は大変でしたが、仲間の協力によって楽しみながらできました。 まずは霞ケ浦に浮かべた状態での作業。昨秋、出入港に使うエンジンを洗浄し、5ノットで機走(エンジンで走ること)できるようにしました(それまでは3ノット)。一部腐っていたチラー(かじの柄)は、新しいものに交換。また、車いすの人でも乗り移りできるようにと、専用の移乗板も造りました。 今年1月には、土浦港に上架(陸上げ)して船台に乗せ、本格的な作業入り。まずはクレーンで吊り上げた状態で高圧洗浄。10年浮かしっぱなしの間に付いた汚れを洗いました。それから、船底塗装、推進プロペラ・舵・キール(横流れ防止と転倒防止の鋳鉄製1トンの重り)、船体木部修復、木製ブルワーク(デッキ周囲の波除け・落水防止枠)更新―など。 スタンション(支柱)の腐った木台座も交換。風雨で傷んでいたウインチ(帆綱用)取付ボードも新調。キャビン(船室)入口屋根の「スライドドア」が割れて雨漏りするため、ドアの割れ目に細い木材を入れ、ウレタンニスで固めました。 3月12日に「レストア進水式」 このほか、キャビン屋根左右の手すりやキャビン周囲の飾りも修復。木部にワックスをかけたところ、見違えるように輝き出しました。デッキは、滑り止め「つや無し」の白が素晴らしい仕上がりに。深いグリーンに金色のラインが入っているハル(船体)は、2度ワックスをかけて磨いたところ、作業者の顔が映るまでに。 下架前には、プロペラシャフト止水装置のグランドパッキンを交換。キャビン側と狭い機関室にもぐり込み、新しいパッキンをシャフトに巻きつけ、水漏れ対策を施しました。 修復が終わり、いよいよ進水式。3月12日(土)、シャンペンで「レストア進水式」を行いました。国籍、性別、年齢、障害の有無に関係なく、誰でも乗ってもらえればと思っています。もちろん子どもたちにも。また、クルーザーの訓練艇として利用することを考えています。(元ラクスマリーナ専務) <私たちの「AURORA」に乗りませんか>▽4月中に乗船体験会を2回予定▽定員は1回5人まで(12歳以下の子供は2人で大人1人分)▽1人500円の保険料をいただきます▽乗船時間は60~90分▽乗船場所は土浦港「ラクスマリーナ」▽問い合わせは秋元akimotoakiomi@gmail.comまで

「大好きな動物に関わる仕事への第一歩」 つくば国際ペット専門学校入学式

つくば国際ペット専門学校(つくば市沼田、高橋仁校長)の入学式が9日、つくば国際会議場(同市竹園)で行われた。入学したのは2年制のドッグトリマーコース、ドッグトレーナーコース、ペットケアコース、動物看護福祉コースと、3年制の愛玩動物看護士コースの218人。ペット業界で働く夢を持つ新入生たちがスーツに身を包み、式典に臨んだ。 髙橋仁校長は、生徒一人が一頭の犬を担当し、24時間一緒に過ごしながら勉強する同校独自の「パートナードッグシステム」について触れ、「常に動物たちと触れ合い、感じ、考えることのできる最高の環境で学生生活を存分に楽しんでください」と話した。また、「人生の決定に時間をかけてほしい。焦る必要はなく、時間をかけて自分の成長に合わせて決めていけばよい。専門学校での2年間、3年間は自分の成長や変化を楽しみ、将来を考える時間にしてほしい。幼いころからの夢や希望を大切にしながら挑戦してほしい」と式辞を述べた。 東郷治久理事長は「動物に関する技能は教科書を読むだけでは決して身につかない。実際に動物たちに触れて感じて初めて本物の知識になる」と述べた。また、同校がトリマー養成機関として認定を受けたことや、全国初となる通信制学科をスタートさせたことを話した。コロナ禍についても振り返り、「今年度もさまざまな制約や想定外の事態を余儀なくされるかもしれない。そのような中でも皆さんの夢を叶えるために教職員一同尽力していく」と祝いの言葉を送った。 新入生代表の長濱采加(ながはま・あやか)さんは、「幼いころから大好きだった動物にかかわる仕事に就くための第一歩をたくさんの人に支えられ踏み出せたこと、この感謝の気持ちをしっかりとかみしめ日々精進していきたい。新型コロナの影響により、今までとは違う環境の中でとまどいや不安はあるが、私たちがそれぞれ思い描く夢の実現に向け、これから始まる学校生活を通して動物について学び、仲間と共に支え合い成長し、様々な経験を生かしてたくさんの方々の役に立てるよう努めていきたい」と入学の決意を述べた。 昨年12月からはペット専門学校として日本初となる3年生の通信制学科「通信制ペット学科」が開設された。また、今年度から一般社団法人ジャパンケネルクラブ(東京都千代田区)が認定する「公認トリマーB級」試験の受験資格を得られるトリマー養成機関として認定された。茨城県では同校のみだという。(田中めぐみ)

TX延伸ルート選びに必要な視点 《茨城鉄道物語》22

【コラム・塚本一也】前回コラム(3月11日掲載)では、茨城県がTX県内延伸ルート調査費を今年度予算に計上したことを取り上げました。今回はその議論の進め方について、私が思うところを述べたいと思います。 県の総合計画では、現在つくば市止まりのTXの北部延伸について、①筑波山方面、②水戸方面、③茨城空港方面、④土浦方面―の4方面が「点線」で記されています。これら4候補を1つに案に絞り込むことが、県調査の使命です。各案に「一長一短」があり、関係者の思惑も加わり、1方面に絞り込むことは容易でないと思います。 鉄道建設のような大プロジェクトは、計画時と完成時で社会情勢が変化するために、その存在意義や方向性にどうしても迷いが生じます。しかし、鉄道インフラの必要性は普遍的であり、世の中がいかに変わろうとも、「社会の役に立つ財産」という位置付けは変わりません。 本州と北海道を結ぶ青函トンネルは、洞爺丸転覆事故(1954年)のような悲劇を繰り返さないために、国民的な議論の末に着工されました。工事の困難さゆえに、途中で不要論も出ましたが、完成によって現在の北海道新幹線へとつながりました。 多目的ダム・八ッ場(やんば)ダム(群馬県)は、民主党政権時代にその必要性が大議論になりましたが、2019年に来襲した台風19号のときは、その貯水能力によって利根川下流域の氾濫を防ぎました。 東北新幹線は、計画時に対ソ連関係が緊張していたこともあり、鉄橋などは米軍・三沢基地に戦車を運べる強度に設計されたと聞いています。その能力が発揮されたのは東日本大震災の時でした。時速300キロで走る車両は脱線こそしましたが、死傷者を1人も出さずに済んだからです。 大型インフラには「そもそも論」が大事 鉄道のようなインフラの存在意義に迷いが生じたときには、原点に帰ってその必要性を検証する「そもそも論」が重要であると、私は思っています。では、そもそも、TXはなぜ必要だったのでしょうか? 答えは「常磐線の混雑緩和対策」です。 1960年代、国鉄(現JR)は首都・東京への通勤混雑緩和対策として、プロジェクト「5方面作戦」に取り組みました。その過程で考えられたのが「第2常磐線構想」です。それが「常磐新線構想」に変化し、現在のTXの形で実現しました。つまり、通勤対策が当初目的だったのです。 鉄道ではありませんが、「筑波研究学園都市」も東京の過密対策が本来の目的でした。高度成長で東京が過密になり、いろいろな弊害が表面化。その対策として、首都機能の一部を移転させようと、筑波山麓に人工的な都市を造り、国の研究機関や大学を移転させたのです。 つまり、研究学園都市もTXも、首都・東京機能の保全・向上のために計画されました。私はTXの将来構想(県内延伸はその一部)を議論するときには、こういった「そもそも論」が重要と考えています。具体的な「そもそも論」は次回にします。(一級建築士)

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