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2022
安売りカメラ店 《写真だいすき》9
2022年6月29日
【コラム・オダギ秀】また昔の話で、ゴメン。でも、店への愛を込めて書きたいのだ。とても若いころ、写真家仲間が頼りにしていた安売りカメラ店のことだ。 新宿の裏通りのその店は、間口が2、3間ほどだったろうか、住宅のような、お店とは思えないようなところだった。ガラスの引き戸を開けて入るとカウンターがあり、商品は並んでいない、カメラや写真の材料を売る店だった。近所にかつて浄水場があったので、その名前が付けてあった。 カウンターで「トライ、長巻き、2缶」のように言うと、無口な細っこいアンチャンが奥の棚から品物を持って来てくれた。貧しいカメラマンたちには、ありがたい安売り店だった。品物は並んでいないから、何というどんな商品か、価格はいくらならいいのか、わかる者だけが出入りする店だった。プロ機材ならまず手に入ったし、価格に不満なこともなかった。安かったのだ。 1年ぐらいしてからか、天井に穴を開け、2階の倉庫から品物をひもで吊り下げるようになって、品ぞろえとスピードが少し増し、店員も2人から5人くらいに増えたと思う。 昔、写真は、フィルムという感光シートか、それを細く巻いたロールで撮影していた。フィルムはパトローネという小さな金属ケースに巻き込まれていて、パトローネには36枚撮影分のフィルム入り、というのが普通だった。 プロやそのタマゴたちはパトローネ入りではなく、ずっと長くてコスパのいい100フィート入りの缶を買い、適当な長さにフィルムを切って、使用済みのパトローネに詰め、フィルム代を安くあげるようにしていた。 フィルムは真っ暗闇で作業しなければならないから、長巻きを両手で拡げて何枚撮りにするか、見ないでできるように、明室で目隠しして練習を繰り返した。 後には、店のDPEで出たものだろうか、使用済みのパトローネが捨てずに店の隅に置いてあり、ボクらはずいぶんそれをもらって使った。使用済みとはいえ、たいていは使えるものだったから、ありがたかった。 今では、あめだって売っている ある時、新宿近くでバスに乗っていたら、ボクが写真材料の袋を抱えていたからだろう、離れた席からどこかのオッチャンがわざわざボクの所にやって来て、うれしそうに、でもヒソヒソ声でいい店があるんだよと、その店を教えてくれた。ボクは、知ってるよと返事してから、仲間だねと言って2人で笑った。 その店はどんどん大きくなり、プロの写真の店ではなくなった。今では何店もあり、いろんなものを売っている。今朝、ボクはその店のネットで、キャラメルを買った。今では、あめだって売っているんだぜ。 夕方に届いたそのキャラメルを口に含み、安さと早さに「あのころと変わんねえな」と思いながら仕事を続けた。(写真家、日本写真家協会会員、土浦写真家協会会長)
つくばの坂路で実証実験 森林総研に電動四足歩行ロボット
2022年6月28日
森林総合研究所(つくば市松の里、浅野透所長)は28日、ソフトバンク(本社・東京都港区、宮川潤一社長)と取り組む「電動四足歩行ロボット」による実験を公開した。スマート林業の実現と脱炭素社会をめざし、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託を受け、21年度からロボットの歩行実験を行っていたもので、6月から研究所内の施設で実証実験を開始した。 取り組むのは「NEDO先導研究プログラム/農山村の森林整備に対応した脱炭素型電動ロボットの研究開発」。傾斜角度が30度までの斜面の上り下りが全自動で出来るアメリカ製の四足歩行ロボットを採用して、森林環境において、高精度な自動歩行がどこまで可能になるか、通信の改善をどのように実現するか、など実地に検証する。 造林作業向けに開発 従事者の高齢化や担い手不足から、わが国の木材自給率は40%程度に留まり、国産材の供給力の強化が林業の課題になっている。近年は特に木材を伐採した後、新たに苗木を植えての「再造林」が進まないことが悩みになっているそう。 抜根や下刈りなどに人手を要するうえ、傾斜地での作業となるため労働負荷が大きい。この「造林」作業にマッチした走行性能を有するモビリティーの開発を目指している。具体的には、シカの食害対策のため設置する防鹿柵の点検、苗木の運搬、森林資源の調査・計測などの作業を想定している。 21年度は森林総研と連携協定を結ぶ北海道下川町で、造林地や急傾斜地、積雪などの環境下で電動四足歩行ロボットの歩行能力について調査・検討を行った。一定の条件下であれば斜面や障害物などがあっても安定した歩行ができることが分かった。 今年度は作業が可能な地表面の凹凸や柔らかさ、傾斜などを明らかにする。また、設定したルートを自動で歩行する機能や、複数台のロボットで協調作業を行うためのシステムの開発に取り組む。造林地の多くは携帯電話の電波が届かない場所だが、ロボットを運用するために衛星通信や長距離・広範囲をカバーするWi-Fiなどの複数の通信手段を用いて、ロボットが自動で歩行するための通信環境の構築や検証を行うとしている。 https://youtu.be/1r0HfcudHtY 森林総研には傾斜角が10度、17.5度、25度などのスロープを持つ「築山」と呼ばれる屋外実験施設があり、28日には四足歩行ロボットが12キロほどの荷物を背に、上り下りを繰り返してみせた。ここでプログラムを組み替えながら模擬的な実験を行い、順次筑波山や下川町の実証フィールドで個別検証する形になるという。 森林総研の宇津木玄研究ディレクターは、再造林が進まない理由に、伐採の収益が経費を下回る構造をあげる。アメリカ製ロボットは価格こそ明かされなかったが、軍事用から民生用に転用された高スペックの高額商品という。宇津木ディレクターは「実際にロボットが導入されるとしたら、全く別のものになるはずだ。将来的には、できるだけ国産の技術でロボット開発を進めたい」との考えでいる。(相澤冬樹)
500号の大作も 県つくば美術館で「茨城の美術セレクション」展
2022年6月28日
茨城県で活躍中の作家たちの作品を展覧する「茨城の美術セレクション」展が28日、県つくば美術館(つくば市吾妻)で始まった。県の美術界を代表する27人の作家による日本画6点、洋画16点、彫刻5点を展示する。 今年1月に県近代美術館(水戸市)で開かれた「第12回現代茨城作家美術展」に出品した100人の中から27人、27点の作品を選抜して展示する。19日までの県陶芸美術館(笠間市)に続く移動展覧会で、来年3月1日から12日には県天心記念五浦美術館(北茨城市)開催と、それぞれ異なる作品の展示となる。 昨年の開催では約1400人が来場した。作家自身が来場者に技法や制作への思いを話す「ギャラリートーク」が毎回好評だが、今回は来場者との対面スタイルでは実施せず、会期終了後にYouTubeでトークの動画を配信予定だという。 会派やジャンルの垣根を越えた大作が一堂に会する。展示された作品の中には、500号の大きさの絵画2つで構成された筑波大学名誉教授、玉川信一さんの作品「愚者の階梯(かいてい)」や筑波大教授、仏山輝美さんが自らの顔や手をモチーフとして描いた作品「月光」など、生と死を感じさせるような作品が並ぶ。 県美術展覧会事務局(水戸市千波町)の学芸員、天羽かおるさんは「生と死のテーマは作家が生きていく中で突き当たる必然。現役の作家が今まさに感じていることを表現している。コロナ禍以後は、作品にじっくり対面し丁寧に見られている方が多くなった。肌感覚だが、以前より特に男性で、お一人で来場される方が増えているように感じる」と話す。 市内から訪れた男性は「図書館に寄ったついでに見に来た。近代的な感じの作品が多く、おもしろい展覧会」と話した。(田中めぐみ) ◆「茨城の美術セレクション」展は7月10日まで。開館時間は午前9時30分~午後5時(月曜休館。最終日は正午まで)。入場無料。
病院はそろそろ建て替え? 霞ケ浦医療センターの鈴木さん【キーパーソン】
2022年6月28日
土浦市の高台、下高津にある霞ケ浦医療センターは築53年になる。10数年前、勤務医が激減、それに伴い利用者が減り、廃院を取り沙汰されたこともあった。しかし、行政や大学を巻き込んだ病院改革が進み、医師の数は元に戻り、利用者も増えている。鈴木祥司院長に、どんな方法で危機を脱したのか?建て替えプランは?などについて聞いた。 霞ケ浦医療センターは「霞ケ浦海軍病院」に始まり、戦後まもなく「国立霞ケ浦病院」として出発。土浦市や近隣の人たちから「コクリツ」と呼ばれ、県南地域の医療を担ってきた。そして2004年に独立行政法人となり、「国立病院機構霞ケ浦医療センター」という長~い名の病院として再出発した。 存亡の危機→土浦市と筑波大の支援で再生 「存亡の危機に陥った」のは、「(国の)臨床研修制度の変更」(2004年)が主因。大学病院自体の研修医が減ったことから、それまで大学の病院から国立病院に派遣されていた医師が引き揚げられ、「50人近くいた医師が18人、内科はたった1人」に激減。総合病院の体を成さない、ほぼ産婦人科だけの病院となった。運営上は2008~2010年ごろが一番大変だったそうだ。 ここで土浦市が動く。2011年に市代表、県代表、機構代表、筑波大学代表などから成る「将来構想委員会」が発足。翌12年、「(当時の)中川市長と市議会の英断で」実現した寄付講座がテコとなり、病院内に「筑波大学付属病院・土浦市地域臨床教育ステーション」を設置。大学病院から教官3人が派遣され、筑波大の地域拠点病院になるとともに、地域医療の教育機関としての役割を担うこととなった。 現在、筑波大からの教官派遣は5人に増え、県内8カ所の地域臨床教育センター(当初の「ステーション」を改称)の1つとして、診療・教育・研究を行っている。これに伴い、筑波大から次々と医師が集まり、医師数は48人(2022年現在、筑波大出身がほとんど)に戻った。一時は減少した病院利用者も増え、「ずっと赤字だった収支は2017年から黒字となった」 建て替え、病院機構本部の優先順位は高い 黒字化に伴い、古くなった病院の建て替えも検討されたという。ところが、国の診療報酬引き下げにより、全国140病院を統括する病院機構本部の「経営」が悪化。赤字に転落したことから、全国すべての国立病院で、新規の病院建て替えなどの大型設備投資が凍結された。この投資ストップは今も続いている。 病院にとって大事なのは、患者を診る職員と医療機器であり、入れ物(建物)ではない。しかし、新しい建物は職員の志気を高め、利用者の病院への信頼も高める。鈴木さんは「建て替えには、機構本部の収支好転が必要。そして地域の信頼が最も大事。当センターは古いこともあり、建て替えの優先順位は高い」と読んでいる。 当面は、コロナ禍の経験も踏まえ、感染症対応など外来機能を強化する施設の改修を急ぐ。加えて、古くなった病棟(現在250病床)の改修に向け、約12万平方メートルの病院敷地の一部を老人介護施設などに貸し、その賃料を病院経営に回すことも検討している。 【すずき・しょうじ】1990年秋田大学医学部卒。同年、筑波大学臨床医学系内科・循環器内科レジデント。民間病院を経て、2000年国立循環器病センター・心臓血管内科スタッフ。2005年米シーダーズ・サイナイ メディカルセンター(加州)リサーチフェロー。2007年茨城県立病院・循環器内科部長。2011年霞ケ浦医療センター副院長。2013年から院長。ほかに、筑波大臨床教授、茨城県医師会副会長、日本循環器学会専門医など。千葉県生まれ、58歳。つくば市在住。 【インタビュー後記】霞ケ浦医療センターは、土浦市・筑波大と連携し、医師の教育・研究を支援しながら、地域医療を担う「市民病院」となった。鈴木さんは、病院医療、在宅医療、老人介護をつなげ、「土浦を医療・福祉のモデル地域に」と語る。行政と大学のコラボによる再生物語は新築病院で完結するわけでなく、その先も続く。(経済ジャーナリスト・坂本栄)
コーヒーの木を買って考えた ものの値段 《続・平熱日記》112
2022年6月28日
【コラム・斉藤裕之】草刈りのアルバイトから戻ったら、まずはシャワーを浴びて昼飯。午前中だけの作業とはいえ、炎天下の数時間の労働はこたえる。「おお、今日はソーメンか!」 すると、「ちょっと欲しいものがあるんだけど」。カミさんにしては珍しいおねだり?「コーヒーの木が欲しいんだけど」。「は?」。カミさんの口から出たのは、意外な言葉だった。「コーヒーの花ってどういうのか、知ってる? 白くてねえ、すごくいい香りがするんだって…」と、聞き返される前に説明を始めるカミさん。 要するに、コーヒーの花を見てみたいが、ある程度の大きさの木にならないと花は咲かない。ついては、先日立ち寄ったコーヒーの専門店で、花を咲かせそうなコーヒーの木を見かけたので、是非買い求めたい、ということのようだ。 はて、これまでもコーヒーの木を目にすることはあったはずだが…。確かに花を見たことはないし、そもそも日本の気候には合ってないんじゃ…。ビニールハウスで栽培しているとか、沖縄でどうのこうのというのは聞いたことはあるけど…。 とにかく、その店でコーヒーの木にひとめぼれをしたということだと理解した。「それで、そのコーヒーの木はいくらすんの?」って聞いたら、「〇〇円。でも安いと思うの!」。カミさんはネットで調べていたらしいが、その金額に少しひるんだ私。 「それにもうすぐ誕生日だし…」というダメ押しの一言。そういえば、このところ特にプレゼントもしていないなあと思って、ソーメンを流し込んでその店に向かった。 草を刈って草を買うとは… 店に着くと、お目当ての木が見当たらない。店員さんに尋ねてみると、風が強いので裏の倉庫に入れてあるという。「これをください」。元気そうな葉を身に着けた木は、ぎりぎり軽のバンに乗るほどの高さだった。その店のシンボルツリーのような存在だったのか、店員さんも名残惜しそうに見送ってくれた。 カミさんは以前園芸店で働いていたことがあって、植物のことは一通り詳しい。だから、日当たりだの水やりだのは口を出さにことにしている。結果、2階に置くのがいいだろうということになった。大きさといい葉の緑といい、なかなかいい感じだ。うまく育てれば花も期待できるし、店員さん曰く、実もなるかもしれないということだった。 こうして我が家にやってきたコーヒーの木。せこい話だが、はじめはその値段が随分と高いものに思えた。貧乏性の私としては、何かと比較してなんとか納得しようとした。食べ物、洋服、電化製品…。 しかし、実用的なものの値段と比べてもしっくりこない。何でもかんでも安いのが当たり前の、消費文化に麻痺(まひ)させられていた自分に気づかされた。例えば、自分がこの木をこの大きさまで育てるとして、その手間や年数を考えると、その値段は妥当なものに思えた。 そして結局、私の基本的な金銭感覚は肉体労働の時給だと理解した。草刈り3日分の日当で、カミさんにお誕生日プレゼントを買ってやれたわけだ。草を刈って草を買うとは…。実は、カミさんは挿し木も得意で、増やしたコーヒーの木を娘たちにもプレゼントしてやりたいという。梅雨のころが挿し木にいいのだそうだ。(画家)
つくば市に脅迫メール
2022年6月27日
つくば市は27日、市役所に対し「28日に幼稚園児及び女子学生を誘拐する。市役所及び市施設のスプリンクラーにつながるタンクに薬物を混入した」などとする脅迫メールが届いたと発表した。 24日に市のホームページにメールが届いた。市はつくば警察署に連絡し、市内の保育施設や幼稚園、小中学校、保護者に注意喚起の通知をした。 さらに庁舎内の給水設備を点検し、各施設にも点検や注意喚起を実施した。27日までに給水設備に異状はないという。 28日は各学校で職員などの見回りを強化し、登下校時の安全確認を行うとしている。 同様の内容の脅迫メールは全国各地に送られている。被害は出ていないという。
63人に誤った投票用紙渡す 参院選期日前投票でつくば市
2022年6月27日
参院選の期日前投票で、つくば市は27日、誤った投票用紙を63人に渡したと発表した。比例代表選挙の投票の際、茨城選挙区の用紙を渡してしまい、63人はそのまま誤った用紙で投票した。 63人の比例票が有効か無効かについて市は、県を通じて総務省と相談している。県選挙管理委員会は、所定の投票用紙で投票しなければならないと公選法で定められており、投票は無効票となってしまう可能性が高いとしている。 市選挙管理委員会(南文男委員長)によると、26日午前10時からイオンモールつくば3階で実施された期日前投票で、茨城選挙区の投票の後、比例代表の投票をする際、比例代表の白い投票用紙を渡すべきところ、誤って選挙区のクリーム色の投票用紙を渡してしまったとされる。 同日午後0時20分ごろ、その日64人目の有権者から指摘があり、投票用紙が違うことが分かった。 投票用紙は選挙区と比例代表の2種類あるが、朝、投票用紙の準備をする際、投票事務の担当職員が、保管庫から選挙区の投票用紙だけを取り出し、比例代表の投票用紙を取り出さなかった。市の事務要領では本来、投票用紙の準備は複数で確認するとされているが、もう一人の職員がその場を離れていたなどから、単独で投票用紙の準備を行ったのが原因という。 同会場での期日前投票は午前10時から始まり、計4人の職員が選挙事務に当たったが、午後0時20分に指摘を受けるまで、だれも誤りに気付かなかったという。 誤った投票用紙を渡してしまった63人に対しては今後、市選挙管理委員会委員と市幹部が自宅を訪問し、謝罪するとしている。再発防止策として市は、投票用紙準備のチェック表を作成し、28日から、複数で投票用紙を確認するよう徹底するとしている。 南委員長は「選挙事務の執行に関し、信頼を損ねる結果となってしまったことに対し深くお詫びします」としている。
規模縮小し研究学園駅周辺に変更 まつりつくば2022
2022年6月27日
つくば市最大の夏祭り「まつりつくば2022」(まつりつくば大会本部主催)について、同市は27日、今年は規模を縮小し、会場を変更して、8月27日と28日の2日間、TX研究学園駅近くの研究学園駅前公園と周辺道路で開催すると発表した。 まつりつくばは41年前の1981年に初めて開催されて以来、つくば駅周辺で催されてきた。会場が研究学園駅周辺に変更されるのは初めて。新型コロナウイルス感染拡大の影響で2020年と21年は中止となっており、今年は3年ぶりの開催となる。 市観光推進課によると、詳細はまだ固まってないが、ねぶたやみこしの一部が同駅前公園の周辺道路をパレードするほか、公園内ではステージイベント、バザー、スポーツイベント、ふれあい広場などを開催する予定だ。 ねぶたパレードは例年、つくば駅近くの土浦学園線を通行止めにして10基ほどが練り歩いたが、今年、何基出るかは現時点で未定という。 まつりの開催時間は、例年午後9時までとしていたが、今年は両日とも午後8時までと1時間繰り上げる。 会場変更について、まつりつくば事務局の市観光推進課は「今年は規模を縮小するので、土浦学園線という大通りを通行止めにすることは難しかった」とする。 会場の変更は、今月22日の本部会議で正式決定したが、異論などは出なかったという。 今年のまつりつくばについて同課は「新型コロナの状況下で何ができるか、今年は新しい形の祭りを試すことになる」とし、来年以降については「来年に向けてどうするのか、つくば駅周辺も含めて、今年のまつりつくばが終わってから、改めて協議したい」としている。 「まつりつくば2022」のプログラムについては、内容が決まり次第、順次、大会本部のホームページなどに掲載するとしている。
筑波大出身の代表監督 U-23アジア杯3位を報告
2022年6月27日
19日までウズベキスタンで開かれたサッカーのU-23「アジアカップ2022」(アジアサッカー連盟=AFC=主催)に出場していた21歳以下日本代表を率いた大岩剛監督(50)が27日、つくば市二の宮の関彰商事(関正樹社長)つくばオフィスを訪れ、3位入賞を報告した。大岩監督は同社スポーツアドバイザーを務めている。 次はパリ五輪予選 大会には16カ国が参加。23歳以下のチームが闘う大会で日本代表は、2024年に開催されるパリオリンピックを念頭に、21歳以下のチームで臨み、3位決定戦でオーストラリアに快勝した。日本代表は3位となったことで、パリ五輪予選となる次回大会で、グループリーグを分ける際に有利となる「ポット1」の獲得が確実となった。 大岩監督は大会を振り返り、「優勝を目指していたし、そのチャンスがあっただけに悔しいが、(オリンピック最終予選に向けて)最低限の結果を持ち帰ることができた」とした上で、「他国は23歳以下。その中で(21歳以下で)闘うことはタフだった。この結果は評価できると思う」と話した。オリンピック予選に向けた今後の強化ポイントについては、「アジアでは通用してもヨーロッパや世界で通じないことはある。全体的に個人の能力をあげていかなければ」とした。 静岡県出身の大岩監督は、1991年に入学した筑波大学で蹴球部主将を務めた。その後、名古屋グランパス、ジュビロ磐田でプレーし、2003年から鹿島アントラーズに移籍し、鹿島のリーグ三連覇に貢献するなど中心選手として活躍した。2011年に選手を引退後はアントラーズでコーチ、監督を歴任し、2021年4月U-21日本代表監督に就いた。関彰商事のスポーツアドバイザーには2020年就任し、同社のスポーツ支援活動や運動部活動などをサポートしている。 学生時代を過ごしたつくば市に対して「学生として暮らしていた街。愛着がある」と話す大岩監督。筑波大のOBが監督を務めるチームとして、U-21日本代表に「つくばや茨城のみなさんに関心を持ってもらい、応援していただけたらとてもうれしい」と語った。(柴田大輔)
終わっていない水俣病だが… 《邑から日本を見る》114
2022年6月27日
【コラム・先﨑千尋】5月下旬、鹿児島市から熊本県水俣市に向かった。高速道路を使うと2時間余。山の中をひた走り。ここにも2人の朋(ほう)友がいる。1人は、水俣病患者支援のために水俣に入り、そのまま居ついてしまった大澤忠夫さん。もう1人は、市長として初めて水俣病患者に陳謝し、水俣病問題の解決に当たり、新しい水俣づくりに奔走した吉井正澄さん。 「公害の原点」と言われた水俣病が南九州の片隅で発見されたのは、経済白書が「もはや戦後ではない」と書いた1956年のこと。チッソが波静かな不知火(しらぬい)海の一部である水俣湾に猛毒のメチル水銀を垂れ流し、魚を通して周辺漁民や住民の人体を蝕(むしば)み、今なお被害に苦しむ人たちが大勢いる水俣。今回も、チッソ水俣工場の正門、毒を流した排水溝と埋立地、小さな漁港、水俣病歴史考証館などを1日歩いた。 大澤さんが京都にいた頃、水俣病患者に出逢い、1973年に水俣に移住した。水俣病患者たちは、海が有機水銀で汚染されていたため漁業ができず、陸に上がって山を切り開き、甘夏の栽培を始めた。当時の甘夏栽培には20回もの農薬を散布していたが、「他人に毒を盛られた者は、他人に毒を盛らない。加害者になりたくない」と、農薬や除草剤の散布を止めた。 そして、大澤さんは生産者たちと「反農薬水俣袋地区生産者連合」(反農連)を結成し、反農薬、有機栽培、自主販売を柱に、甘夏をはじめとする柑橘(かんきつ)類、野菜などの出荷を行うようになった。 こうして生産された甘夏は、表皮が“がさくれ”。見た目が悪く、売れない。大澤さんはその甘夏をリュックに詰め込み、つてを頼って売り歩いた。当時、私は『消費者レポート』で「ガサクレミカンを食べてください」という大澤さんの記事を読み、水戸市の友人たちと共同購入を始めた。それが私と水俣との出会いである。大澤さんには水戸まで来てもらったこともある。酒が回ると、カセットにスイッチを入れ踊り出す。座は一気にはじける。 今回、ミカン畑にも連れて行ってもらった。海が間近に見え、眺めはいいが、急斜面。高齢でミカンづくりを止める生産者が増えているという。大澤さんの家も、息子、娘の2代目に代わっている。 記憶を呼び覚ますものが消えている 吉井さんは市内の山奥に住んでおり、90歳になる。1994年に水俣市長に当選し、水俣病患者の精神的な救済を優先課題とし、市民の意識革命に取り組んだ。「環境モデル都市」をめざし環境学習に力を入れ、22分類のごみ収集、リサイクル工場の誘致など、行政だけでなく、市民が参加する活動を展開した。出身が市街地や海岸沿いではないため、客観的な見方、考え方ができたのだと思える。 私には、2000年に同市で開かれた「環境自治体会議」が忘れられない。私が司会を担当した分科会には、吉井市長のほか、岐阜県御嵩町長の柳川義郎さん、鎌倉市長の竹内謙さん、東海村の村上達也さんが出席したが、たまたま直前に柳川町長が暴漢に襲われるという事件が起こり、岐阜、熊本両県警の警備の人たちが会場をぐるりと取り囲んだのだ。 吉井さんの住まいの周辺は皆、棚田。石積みの田んぼを見ると先人の苦労がしのばれる。今でもトラクターに乗ると言う吉井さんは、がんが再発したそうだが、若々しい。田畑を上ったり下りたりだから、足腰が鍛え抜かれている。文章を書き続けているので、頭もさえている。 水俣は進化し続ける町。そう思いながら水俣通いをしてきたが、今回は市内では水俣病の記憶を呼び覚ますものが消えている。なぜなのだろうかと考えながら、水俣をあとにした。(元瓜連町長)
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