日曜日, 4月 5, 2026

消費者トラブルに遭わないために《ハチドリ暮らし》17

【コラム・山口京子】今の社会は、商品やサービスを購入して、その商品やサービスを消費して暮らしを成り立たせています。そして、広告の誘引力はとても大きいものがあります。みなさんは、広告の文句にひかれて商品を購入したものの、実物とイメージの違いに落胆したことはありませんか。 消費者としてトラブルに遭わないための知識を得ようと、消費者講座に参加しました。2022年の消費者白書によると、21年の消費生活相談件数は85万件にもなっていました。これは相談があった件数なので、諦めてしまった人たちがいることを踏まえると、かなりのトラブルがあるのではないかと推測されます。 泣き寝入りしないためには、きちんと契約について知ること。契約に際しての規約や約款を確認すること。そもそも、その契約が自分に必要な契約なのか、じっくり考えること。こういったチェックが必要です。どの広告も「今すぐに」と呼び掛けますが、そういう宣伝こそ要注意だと思います。 私たちの暮らしのルールは民法が基本になっています。民法は対等な私人間の関係を前堤にした体系です。しかし、売る側の人たちと私たち消費者の間には、情報の質・量、交渉力などで大きな差があります。その差を前提に、売買の是正を考えたルールを作らないと、公正な取引はできないでしょう。 消費者契約法と特定商取引法を学ぶ その格差を是正するためのルールが、消費者関連法といわれる法律です。講座では特に、消費者契約法と特定商取引法を学びました。消費者契約も契約ですから、民法の契約を基本にしています。その上で、消費者契約の特殊性から、これら2つの法律ができたということです。 消費者契約法には3つの柱があります。1つは、契約の勧誘段階の規制で誤認類型と困惑類型をあげ、該当すれば取り消しができます。2つ目は、不当な契約条項を無効とするもので、実際にどういうことが無効になるのかを定義しています。3つ目は、消費者被害に遭ったときなどに、被害者である消費者に代わって消費者団体に訴訟する権利を認めたもので、消費者団体訴訟制度と呼ばれます。 特定商取引法は取引形態を7つに類型化し、それぞれの特徴に応じた規制や民事ルールを整理しています。みなさんは「クーリングオフ制度」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。頭を冷やしてじっくり考える期間を保障し、その結果いらないと判断したら、無条件に契約を撤回、解除できる制度です。 特定商取引法では、通信販売を除く6つの取引に適用があります。また通信販売では、返品特約の明記が義務づけられています。県内でも様々な消費者講座があると思います。みなさんもぜひ参加してほしいです。(消費生活アドバイザー)

稲刈りに戻ってきたよ つくばの田んぼに児童100人

稲刈りシーズン到来ー。つくば市小田の武平ファームの田んぼに13日、江戸川学園取手小(取手市野々井、鈴木克已校長)の児童約100人がやってきて、田のぬかるみと格闘しながら、初めての収穫体験をした。 県内初の小中高一貫教育校として、同学園が小学校を開校した2014年から続く恒例の校外学習。春に田植えをした2年生が、秋に再び訪れて稲刈りをする。9年目となる今回は、3クラスの児童約100人が、武平ファーム代表の大曽根隆さん(60)からカマの扱い方などの指導を受け、長靴に履き替えて田んぼに入った。前日来の雨でぬかるんだ田んぼに入り、神妙な表情で手ほどきを受け、恐る恐る稲穂にカマを当てていたチビっ子たち。次第に慣れて、鳴き声のするカエルの姿を探したり、刈り取った稲穂をかける「おだ」にぶらさがって「それは鉄棒ではありません」と注意を受ける姿も。約1時間にわたって収穫に取り組んだ。𠮷田浩副校長によれば「学校には東京、埼玉、千葉、茨城から児童が集まる。特に都内の子が多いので、田んぼに入るというのは貴重な体験。多くの気づきが得られる」行事という。無農薬の田んぼで収穫したお米は月2回、同校の米飯給食で使われるそうで、この日の昼食にもファームで取れたお米でつくったおにぎりが振る舞われた。大曽根さんは「100人分のおにぎりを用意したり、田んぼも事前に生えているヒエを刈っておかねばならないなど準備も大変だが、おにぎりをほおばる姿を見るとねえ。米作はもうからない大変な時代だけど、こればっかりは止められない」と目を細めた。(相澤冬樹)

つくばにはベンツとポルシェがよく似合う 関彰商事の関さん【キーパーソン】

つくば市研究学園のイーアスつくば前、研究学園交差点から国土地理院に向かう通り(取手つくば線)を走ると、輸入車販売店が多いことに驚く。国内で売られている輸入車は、ほぼこの一画で買うことができる。輸入高級車の代名詞ともいうべき、ベンツ(独)、ポルシェ(独)の店をこの区域に出している関彰商事の関正樹社長に、同社の経営戦略などを聞いた。 つくば学園都市をターゲットに 茨城全体をカバーするポルシェ店は、元々、ひたちなか市にあったが、2015年、研究学園駅に近い現在の場所に移した。「水戸市に近いところよりも、わが社が本社機能を置くつくば市の方がよい。それに、つくばの方が(高級車を求める)高所得層が多く住んでいると考えたからだ。もうひとつ、常磐高速を使い来店する首都圏のお客様にもつくばの方が便利になると判断した」という。 関さんによると、関彰が扱うポルシェの年間販売実績は140台ほど。一方のベンツは、つくば店で年間240台ぐらい販売している。平均的な販売価格は1000万円を超えるというから、つくばエリアには裕福な人が多い。 ベンツ店は1989年のオープン時から、ショールームが「つくば本社」(二の宮)の1階、整備工場が土浦市に置かれ、ユーザーにとっては不便だった。「研究学園駅近くによい土地を見つけ、2013年、ショールームと整備工場を今の場所に移転、統合した」。ベンツの新車を扱う店は、つくば市のほか、古河市、いわき市(福島県)、鴻巣市(埼玉県)にも置いている。 研究学園駅近くに5販売店配置 関彰が扱う輸入車はポルシェとベンツだけではない。プジョー(仏)の店も、2021年、土浦市から研究学園駅近くに移転、オープンした。国産車も扱っており、同駅近くにホンダの店を出している( 「セキショウホンダ」19店の1つ)。ポルシェ店に隣接するベンツのサーティファイドカーセンター(保証付き中古車店)を加えると、この区画に自動車販売店を5つも展開していることになる。 関彰の自動車販売額は年間約300億円に上る。グループの年商は約1600億円というから、モビリティ部門は2割ぐらい。シェアが大きいのは街のスタンドなどで販売するガソリンを中心としたエネルギー部門で、全売上高の半分の約800億円。3番目は事務機器などを扱う法人営業部門の約150億円。 いずれ、東京にも本社を設置? 「車にしてもガソリンにしても、要するに、150年前の『発明』や『発見』で食べている会社」と、笑う。そして「それはそれでやっていくが、次の世代は(これらの)モノを売るだけでは会社が成り立たなくなる。成り立っていく仕組みをつくっていかねばならない」と、現状に満足することを戒める。 具体的には、モビリティ部門、エネルギー部門、法人営業部門など、縦割りの仕事の進め方を改め、各部門の「自立」を維持しながら、部門間の「交流」を活発にしたいという。個人顧客や取引先企業のニーズなどの情報が共有されれば、既存の事業を拡大できるだけでなく、新たな事業分野を開拓できると考えているようだ。 インタビューの中で驚いたのは、「今後、東京にも本社を置く可能性はゼロではない」という発言。来年2023年に創業115年を迎える関彰は、今世紀はじめ、本社機能を下館市(現筑西市)からつくば市に移し、2016年には、下館本社、つくば本社の「2本社体制」に移行した(登記上の本社は筑西市)。事業の構成や仕事の仕方だけでなく、本社についても次のステップが頭にある? 【せき・まさき】1963年、下館市生まれ。1988年、成蹊大経済学部卒。1988~92年、セコム勤務。1992年、関彰商事に入り、取締役、常務、専務、副社長を経て、2006年から社長。現在、茨城県経営者協議会副会長、筑波大経営改革室メンバー、学校法人・茗渓学園理事、下館商工会議所副会頭など。つくば市在住。 【インタビュー後記】研究学園駅から車で5分以内のところに、ジープ(米)、ルノー(仏)、アウディ(独)、VW(独)、BMW(独)、ボルボ(瑞)、キャデラック・シボレー(米)などのディーラーも店を構えており、この区画は「輸入車の街」と言ってよい。「独製セダンから国産SUVに乗り換え若ぶっている」(FBでの自己紹介)私にとっても、面白いゾーンだ。(経済ジャーナリスト・坂本栄)

開店40年、二の宮の「エレガンス」 《ご飯は世界を救う》51

【コラム・川浪せつ子】今回は、今年で40周年のイタリアンダイニング「エレガンス」(つくば市二の宮)さんです。私が、つくば市(そのころは谷田部町)に来たときと同じ。ずいぶん昔々ですが、今なおステキなお店。コーディネートされたお花が、室内にたくさん飾られています。建物も素晴らしい洋館風。 私の建築関係の仕事仲間は、こちらでウエディングパーティーを開きました。また建築士会の女性部会主催のコンサートも。そんな催事もできてしまう広さとインテリアです。 コロナになったばかりのとき、外食を控えていました。そんなとき、エレガンスさんのテイクアウトをして、斜め前の公園で食しました。お弁当は良かったのですが、なんだかとてもわびしく、寂しい思いをしました。 お料理というのは、お味も大切ですが、どこで食べるか、そして居心地の良い場所なのか―というのが、重要なことだと感じました。 今回、思ったこと。以前はもっと混んでいたなぁ~、と。やはりコロナのせいですね。それと、最近感じることは、研究学園駅方面に新しいお店が増えて、時代の流れと、人の動向にも影響していること。これからも、末永く頑張ってほしいお店です。 最後に。気が付いたら、このコラム、前回ちょうど50回目でした。そんなに食べたの?わたし!でした。おいしくて、楽しくて、お絵かきもして…。このコラムを見て「行きました!」というお話もお聞きして、ニコニコ、ハッピーです。ありがとうございます。コメント、お待ちしております。(イラストレーター)

筑波大 バス停ベンチリニューアルへ 創基151年・開学50周年記念事業

筑波大学(つくば市天王台)構内の合宿所前バス停ベンチがリニューアルされ、12日、永田恭介学長らが参加して除幕式が催された。同大は来年、創基151年、開学50年を迎えることから、記念事業の一つ「フューチャーシップ・シート・プロジェクト」としてリニューアルが実施されている。 同大は1872(明治5)年に設立された東京師範学校(のちの東京教育大学)が起源で、前身の東京教育大がつくばに移転する形で1973年に開学した。同プロジェクトは創基151年にちなみ、企業などから1口151万円の寄付を受け、学内のベンチや教室のイスなどをリニューアルする。 「筑波大学の中にあるイスを通じて、学生を応援して下さる皆様と学生たちを繋げるためのプロジェクト」と同大。寄附をした企業は、会社名と学生に向けたメッセージを刻印したプレートをベンチやイスに取り付けることができる。 第一弾として昨年12月から、学内にあるバス停17カ所のベンチ59脚をリニューアルするための寄付の受け付けが始まった。現在までに16社から申し込みがあったという。今回ベンチに設置されたプレートは同大芸術学群の学生がデザインした。 12日の除幕式には同プロジェクトに寄付をした関彰商事から関正樹社長、岡本俊一常務、筑波大から永田恭介学長のほか金保安則副学長が出席した。  今回ベンチがリニューアルされた合宿所バス停近くには、関彰商事が2016年に人工芝敷設工事費用を寄付した「セキショウフィールド」があり、アメフトなどの練習・試合、授業で使用されている。除幕式のあいさつに立った同社社長の関社長はこうした経緯を踏まえて、プレートに「健全なる次世代のために」というメッセージを刻んだことを伝えるとともに「今後も筑波大と良い関係を築き、保って、世界で活躍できるような会社にしていきたい」と語った。 第2弾として、大学会館ホールや教室のイスも寄付を募りリニューアルしていく。寄付金はさらに、世界トップレベルの研究や国際交流推進とグローバル人材育成の支援に充てられる。(柴田大輔)

学校生活の悩み話そう 障害児の保護者に向け教育座談会 つくばの当事者団体

25日、自立生活センターで 障害児を持つ保護者を対象に、学校生活の悩みを共有するための座談会「障害があると違う学校に行かなきゃダメなの?先輩の経験談から考えるインクルーシブ教育座談会」が25日、つくば市内で開かれる、障害者の地域生活を支援する当事者団体「つくば自立生活センターほにゃら」(川島映利奈代表)が主催する。同団体は障害児の将来の自立をサポートする「ほにゃらキッズ」という活動に取り組んでおり、今回の企画はその一環となる。 座談会では、小中学校時代に市内の普通学校に車いすで通い、現在は寮で生活しながら県外の大学に通う子を持つ女性と、小学校から高校まで普通学級で学んだ障害当事者で、ほにゃらメンバーの川端舞さんが登壇し、介助を必要とする子供が学校で直面した課題と向き合い方、その後の歩みについて具体的な事例をもとに話す。後半には参加者からの質疑と座談会が予定される。 共有できる機会少ない ほにゃら代表の川島さんは(40)は開催のきっかけを「学校で適切なサポートを受けられず悩む、普通学校に通う障害児の保護者たちから相談があった」と話す。市内外の保護者から、支援不足から親が学校生活に付き添わなくてはならない、子供が周囲と馴染めず疎外感を覚える、授業についていけない、学校生活に必要な情報不足などが寄せられているという。 「友達と同じ学校に行きたいという子供の思いを受け、通学できるよう頑張るお母さんがいる。でも、いざ学校に通うと、親も子も様々な悩みを抱えてしまう。通いたいはずの学校で傷つく子供の姿に、自分を責めてしまう母親もいる」とし「障害児の母親は学校で少数派。悩みを共有できる機会は少ない」と川島さんは話す。 支援員 足りてない 学校には、食事、排せつ、教室の移動や授業など、個別の支援が必要な児童・生徒を支援する特別教育支援員がいる。つくば市では「教育補助員」として2000年度より小中学校に配置を始めた。市によると5日現在、小学校は29校すべて、中学校は12校中6校、義務教育学校は4校すべてに、計144人が配置されている。 国全体では2006年の学校教育法等改正により、特別支援学校や小・中学校の特別支援学級だけでなく、普通学級においても障害などにより支援を必要とする子どもに対し適切な教育を行うことが明確化された。しかし「茨城に障害のある人の権利条例をつくる会」(事務局・水戸市)の20年調査によると、全44市町村の教育委員会に「支援員が足りているか」と質問したところ、6割超の27市町村が「足りていない」と回答し、保護者が学校に付き添っている自治体は8市町村あった。 一方、16年に施行された障害者差別解消法により、障害児も他の子供たちと対等に学校生活を送れるよう合理的な配慮をすることが公立学校での法的義務となった。教育現場での「合理的配慮」は、日本が14年に批准した障害者権利条約で「障害者が健常者と同様にあらゆる教育を受けられる」権利として定められている。 川島さんは「当事者同士、互いの生の声を聞ける機会を大事にしていきたい」とし、「情報が少ないことで一人で悩む保護者もいる。体験談を聞くことで、一人じゃないと思ってもらいたいし、必要な支援を受け地域で暮らしていくために、何が必要か共に考えていきたい」と話し、「現在困っている方に参加してもらいたい」と呼び掛ける。(柴田大輔) ◆同教育座談会は25日(日)午後1~3時、つくば市天久保2-12-7 アウスレーゼ1階 つくば自立生活センターほにゃら事務所で。対象は普通学校に通っている、または通うことに関心のある障害児童生徒の保護者。参加費無料。定員10人(先着順)。申込締切は18日(日)。申込方法はインターネットから申し込む。問い合わせは電話029-859-0590またはメールcil-tsukuba@cronos.ocn.ne.jp (ほにゃら)で。

新しい資本主義には新しい原発が必要? 《邑から日本を見る》119

【コラム・先﨑千尋】先月28日、ロシアが占拠しているウクライナのザポリジエ原発で、原子炉から約100メートルにある建屋が被弾した。原子炉本体が攻撃され、制御不能になれば、チェルノブイリ原発事故以上の被害が出ると言われており、間一髪という感じがする。ウクライナの原発だけでなく、わが国の原発だって、武力攻撃のリスクが高まっているという判断は今や常識だ。 それなのに、岸田総理は突然、次世代原発の開発を含む原発の新増設や原則40年の運転期間の延長、東海第2原発や柏崎刈羽原発の再稼働促進などの方針を示した。東京電力福島第1原発の事故後、歴代首相は国民感情を意識し、原発の新増設には触れないできたのに、国会や閣議などで検討することもなく、突然の方針転換。先の参院選でも争点にせず、故郷を奪われた被災者や原発の安全性に不安を抱く多くの国民の理解を得ていない。私は「岸田さん。あんた、マジか?」と言いたい。 この政府の方針転換に、県内の首長は戸惑いを見せる。大井川知事は「現場で抱えている課題を考えると、突然、来年の春とか夏とかいう話はちょっと難しい」、東海村の山田村長は「国の動向に左右されず地元として丁寧に対応していく」、水戸市の高橋市長は「実効性ある避難計画ができなければ再稼働は認めない」(いずれも8月26日の東京新聞)。 新聞の社説は、「足元の『危機克服』を理由に、長期的な国策を拙速に転換すれば、必ず禍根を残す。考えなおすべきだ」(朝日新聞)、「2011年に起きた東京電力福島第1原発事故の反省を、政府は忘れてしまったのか」(毎日新聞)、「これ以上、原発依存を続けることに国民の不安は大きく、持続可能な社会や脱炭素にも本当につながるとは思えない」(京都新聞)などと、政府の方針に疑問を投げかけている。 水戸では東海第2再稼働反対集会 たまたまだが、先月27日に東海第2原発の再稼働を止めようという集会が水戸市で開かれ、県内外から450人が参加した。鎌田慧さん(とめよう!東海第2原発首都圏連絡会)や海渡雄一さん(東海第2原発運転差止訴訟弁護団)、藤井学昭さん(東海村願船寺住職)などの挨拶、訴えなどがあり、「岸田首相は原発推進政策の『短絡的な号令』を撤回せよ」という抗議文を採択した。 この集会には、福島県新地町の漁師小野春雄さんも参加し、汚染水を海洋放出するという政府と東京電力の方針を厳しく糾弾した。「海は人間の命であり、宝物だ。また我々の仕事場であり、我々が海を守っている。そこをなぜ汚すのか。日本は法治国家のはずだ。東電は我々の承諾がなければ、汚染水を海に流さないと文書で約束しているのに、一方的に反故(ほご)にしようとしている。勝手に決めないでくれ。ハラワタが煮えくり返っている」と訴えた。 今回の集会には、五十嵐立青つくば市長や中島栄美浦村長らの多くの賛同人があったが、私は飯島清光水戸農協組合長や秋山豊常陸農協組合長ら農業関係者が賛同人に入っていることに注目した。福島の事故でも、第1次産業と言われている農林漁業が取り返しのつかない被害を受けている。茨城でも、東海第2原発が再稼働になり事故が起きれば、多くの人が避難しなければならなくなり、農林漁業関係者のダメージは計り知れないことが予測される。(元瓜連町長)

「みんなを元気に」 宝来館跡地で8回目の野外映画祭 常総水害から7年

「待ってました!」。映画の上映が始まると、会場から大きな声援が飛び交った。常総市で10日夕、野外上映会「一夜限りの復活映画祭 第8回 懐かシネマ」(懐かシネマ実行委員会、東郷治久会長)が開かれた。会場は、かつて旧水海道市の中心にあった映画館「宝来館」(常総市水海道宝町)跡地の駐車場。会場に立てられた大スクリーンで上映される映画「二宮金次郎」(五十嵐匠監督)を楽しもうと、約200人が市内外から訪れた。上映前には、ウクライナから避難し、今年6月から常総市内で暮らすシンガーのヴィテリアック・イリータさんのミニコンサートが開催された。 始まりは水害1年前 この日は、2015年の鬼怒川水害から7年。常総市では、関東・東北豪雨により鬼怒川堤防が決壊。市内の3分の1が浸水し災害関連死を含め15人が亡くなった。上映会場のある水海道駅前一帯も、膝まで水に浸かった。イベント開始に先立ち、映画祭発起人で実行委員の羽富都史彰さんが呼び掛け、1分間の黙とうが捧げられた。 「この映画祭は1回限りの予定で、水害の1年前に開催したのが始まりでした。しかし、翌年に水害があり、みんなを元気付けようと2回目の開催を決意したことが今につながりました」 そう話すのは、懐かシネマ実行委員会会長で、つくば市でホテルや料亭、専門学校などを経営するサンスイグループ代表の東郷治久さん(74)。上映会場にあった「宝来館」は、東郷さんの両親が1946年から1983年にかけ営んでいた映画館で、東郷さんの生家だった。 「父は映画館技師。入り口で切符を売る母親の背中に私はいました」と当時を振り返る。明治の芝居小屋を改装して作られた映画館には、延べ100万人以上が訪れたという。映画一筋だった父親からの「多角的な事業をしなさい」という教えが、その後の教訓になり、日本語学校、動物学校、ホテル事業などをつくば市を中心に展開してきた。「映画屋の息子である私にとって、故郷であるこの街が原点」と東郷さんは話す。 タイムスリップできる 「懐かシネマ」は、「街に活気を」と2014年、常総市の千姫祭のときにスタートした。水害後の開催時にアンケートをとると「また来年もやってほしい」という声が圧倒的だった。「世の中、損得だけで動いているわけでない。故郷への恩返し」だと東郷さんは当時を振り返る。上映会を繰り返す度に「ここでデートした」「ここで亭主に手を握られた」「ここに来ると昔にタイムスリップ」など、宝来館での思い出を懐かしむ地域の声が寄せられた。 「ここに来ると、みんながタイムスリップできる。昔を思い出す場所。イベントがそのきっかけになっている」と東郷さんがイベント開催の喜びを語る。他の、もっとに広い会場での開催を求める声もあるというが「ここでやることに意味があるんですよね」。 一昨年はコロナ禍で開催を見送った。「毎年楽しみにしている市民がいます。今年はコロナが心配だったが、落ち着いてきたのでよかった」。今後については、「そう簡単にやめられません。私は宝来館の楽屋で育った。水海道に元気になってもらいたいという思いは常にあります。あと2回で10回。それまではなんとか頑張ります」と語った。(柴田大輔)

パクちゃん 山口へ行く《続・平熱日記》117

【コラム・斉藤裕之】お盆に思い切って故郷山口に帰ってみることにした。鉢植えの水やりは「百均」のペットボトルを再利用したものでなんとか凌げそうだが、問題は犬のパク(ハクは随分前から「パク」という呼び名に代わってしまっている)をどうするか。預かってくれそうな先もいくつか思い当たったのだけれど、ここは一緒に車で帰ろうと決めた。 片道千キロ。しかも車嫌いのパクにとっては辛い旅になることはわかっていた。しかし、この先も車で2人?旅をするにあたっては、いずれ通らねばならない試練。思い立ったが吉日。渋滞を避けたつもりで出発してみたものの、すでに人々の移動は始まっていた。首都高通過に予想以上の時間がかかった上に、景色優先で選んだ中央道では名古屋の手前でホワイトアウト級の土砂降りに遭う。 やれやれ何とかたどり着いた。弟の家は山の中にあるほぼぽつんと一軒家だ。と、ちょっと目を離した隙にパクが山の中へと消えてしまった。「パクー!パクー!」と呼べども反応がない。「そのうち帰って来るよ」と弟夫妻。辺りはだんだん薄暗くなって、ヒグラシが寂しく鳴き始める。 山中にはイノシシの罠(わな)もかけてあるというし、かれこれ3時間が経つ。諦め半分の気持ちでふと外の縁側を覗くと、そこにパクが座っている。「パクー!」。顔と足が汚れていて、どうやら山の中の散策を楽しんだらしい。我が家に来て1年半。元はノラ公だったので、初めはなつくのか心配だったけれども、ちゃんと戻ってきてくれたぞ。 コーヒーの木は、なじみのカフェに 翌日。さして目的もないが、まずは粭島(すくもじま)に行き、弟の船で出航。アジ、タイ、カワハギの大漁。それから、件(くだん)のホーランエー食堂で冷たいそばをいただく。別の日には、瀬戸内海、日本海の道の駅を探訪。ビニール袋いっぱいの小ぶりのサザエが千円。 透き通るようにきれいな海に戸惑うパク。帰りの山道では、「何か落ちてる?」と思って車で近づいてみると、なんとウリ坊。死んでいるのかと思って、車で近づくと足をバタバタさせて、昼寝? それから、ずっと疑問に思っていたこと。小さい頃、裏の山に一家で出かけると、母が摘んでいた丸い葉っぱ。確かその葉っぱで、柏餅(かしわもち)を作っていたと思うのだけれど…。道の駅で買った柏餅。なんと、その葉っぱに包まれている。弟の奥さん、ユキちゃんによると、「この辺りでは柏の葉の代わりに、サルトリイバラを使うんよ」。 帰りは渋滞もなく、ほぼ予定通りの時間に自宅に着くことができた。着いてまずは2階に上がる。枯れはしないかと心配だったコーヒーの木。元気そうな姿に一安心。実は留守をしていた間に一考して、この木はなじみのカフェに寄贈することを決めた。 オーナーもこの申し出を喜んでくれたし、家で私1人が見ているよりも、多くの人に触れ合うことができて、その方が木もうれしいに違いない。私も会いに行くのが楽しみだ。いつか花を咲かせてくれるなんてことを思うのは、ちょっと虫が良すぎるかな。 長旅を終えたパクも、安堵(あんど)した様子で階段下の定位置に寝転んでいる。旅から帰ったときのお決まりの文句でも言いたそうだ。「やっぱり我が家が一番。住めば都ねー!」(画家)

十五夜に人だかり 月の出映える霞ケ浦畔 土浦 

十五夜の10日、絶好のお月見日和となった土浦市大岩田の霞ケ浦総合公園水生植物園前の広場は、多くの人出でにぎわった。 地平線・水平線から日の出、月の出を拝める同公園の湖畔域は近年、初日の出やスーパームーンなどの際に、人出が繰り出す格好のスポットになっている。今年の中秋の名月は土曜日、数日来の雨模様がすっかり晴れあがり、日中から好天だったこともあって、ファミリー客や若い二人連れの姿も目立ち、午後6時過ぎになって公園の駐車場が再び満車の混雑ぶりになった。 公園のネーチャーセンターからオランダ風車にかけての広場には、インスタ映えや天体写真を狙う一眼レフやスマホのカメラの列ができて、正面の霞ケ浦越しに上がってくる名月を待った。予定時刻は午後6時10分、ちょうど対岸の出島(かすみがうら市)、木原(美浦村)の両半島部が切れた湖面からの月の出が期待された。 日中からの好天は続いていたが、湖面近くの低空はもやがかかった状態で、予定時刻が過ぎても何も見えずやきもきさせた。やっと12分を過ぎたころ、円盤の赤い切れ端が虚空に浮かんだ。広場のあちこちから「見えた」「出たぞ」の歓声があがった。 日は沈んでいたが空はまだ青みを残しており、鮮やかな月の赤さに感嘆の声が続いた。空は急速に暗くなり、月は真円となり、黄色い輝きを強める。湖面への照り返しを楽しむ天体ショーは午後7時ごろまで続いた。 土浦市内から友達3人で来たという佐藤邦江さんは「80代になって、この先何回、十五夜が見られるか分からないから、毎年どっかで見ようねって、場所を探してきている。今夜は場所もお月様も最高だった」と喜んだ。

Most Read