火曜日, 4月 7, 2026

越冬ヒメトビウンカの防除を 田植え控える県西・県南に警告

田植えシーズンを控え、茨城県病害虫防除所(笠間市、農業総合センター病害虫防除部)は、県西、県南の一部地域で水稲被害のイネ縞葉枯病(いねしまはがれびょう)の多発傾向がみられると警告している。同病は発病してから治療方法がないため、田植え前のイネの苗に薬剤施用を行うことが重要だとしている。 イネ縞葉枯病は、ヒメトビウンカという体長約3~4ミリの害虫により媒介されるウイルス病。イネはこのウイルス(RSV)をもった保毒虫に吸汁されると同病に感染し、葉の緑色がかすり状に黄化したり、生育不良となったり、出穂期には穂が奇形となり実らなくなるなどから減収を余儀なくされる。 発病の警戒には、ウイルスを保有するヒメトビウンカの割合(保毒虫率)が大きく影響する。県では、ヒメトビウンカ越冬世代幼虫のRSV保毒虫率(ウイルスを持った虫の割合)5%以上を、葉剤の育苗箱施用による防除を推奨する目安にしているが、今年の調査では県西地域11地点中10地点、県南地域ではつくば市などを含む4地点中2地点で、5%以上の高い保毒率を示している。 ヒメトビウンカはRSVに感染したイネを吸汁すると保毒虫となり、死ぬまでウイルスを媒介し続け、また保毒虫が産卵した卵から生まれた幼虫はウイルスを保毒している。幼虫はイネ科の雑草などに生息して越冬するため、翌年も発生する可能性が高くなるという。 同防除所は、田植え期前のイネの薬剤施用に加え、6月中・下旬に水田に薬剤散布を行うと防除効果が期待できるとしている。 問い合わせは県病害虫防除所(電話0299ー45ー8200)。(山崎実)

正岡子規『水戸紀行』追歩(6) 《沃野一望》26

【コラム・広田文世】灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼我(わが)ひめ歌の限りきかせむ とて 明治22年(1889)、東京から水戸へ友人を訪ねて歩き出した正岡子規は、土浦市内をぬけ真鍋の急な石段を上がる。高台より霞ケ浦を俯瞰(ふかん)する。令和の時代の土浦市民としては、霞ケ浦を眺望していただいたことが、悪印象を残してしまった土浦の、せめてもの救いになる。 「この断崖に立ちて南の方を見れば果して広き湖あり。向ひの岸などは雨にて見えず。されど霞浦とは問わでも知られたり」 真鍋あたりの旧水戸街道は真鍋の町なかから急坂をあがり、土浦一高の手前で旧6号国道に合流する。子規は、石段を上がったとあり、善応寺の裏手あたりの道かとも推察されるが、判然としない。現在残されている旧水戸街道とは、いくぶん異なっているようだ。 土浦一高は、旧制土浦中学校。本館は明治37年竣工の重厚な建物で、重要文化財に指定されているが、子規が真鍋へ来訪した時点では、この本館はまだ建設されていない。子規が『水戸紀行』を歩いた時代は、それほど古い過去の出来事。 ところで文化財の旧本館、われわれの年代は卒業年度に実際に校舎として使用させてもらった。夏になると高い天井からダニが降ってきたり、冬は床板の隙間から寒風が吹きあげたりしたが、やはり味わいのある校舎だった。 と、甘辛い高校時代に思いは巡るが、感慨にひたってばかりはいられない。水戸は、まだ遠い。まだまだ土浦の範囲内だ。 土浦市から かすみがうら市へ 先へ進みます。子規も、そそくさと土浦を後にしている。 真鍋から先、旧水戸街道と6号国道とは、右に別れては再び合流し、左に分かれては再び合流を繰り返す。 両道は、からまりあうように、概ね北東へすすむ。若松町の歩道橋に「水戸41キロ」とある。ウーム、なかなかの距離。さて、歩けるか。板谷の旧道には、一里塚が残っている。 子規は、前泊地の藤代から土浦まで、雨のなかを歩き、さすがにくたびれ、車屋と料金交渉。法外な提示に、さらにご機嫌斜めとなる。 それならばと、「足のさきがすりきれん迄…歩(あゆ)までおかん」と、持ち前の意地っ張りを発揮して石岡まで歩いてしまった。それに比べ令和の歩みは、自宅でゆっくり寛いだ後の快晴好条件。この辺でへこたれてしまっては、子規先生に申し訳がたたない。令和版は、さらに先を目指す。 板谷、中貫宿、稲吉など旧水戸街道と頻繁にクロスするが、ひたすら6号国道をすすむ。いつしか、子規の意地っ張りが乗りうつってしまったようだ。 千代田町、ではなく、平成の大合併で改名した、かすみがうら市へ入る。 旧街道をのんびり歩いてみたいが、道幅が狭く、風情ある街道筋も車の疾走がおそろしい。(作家)

土浦市消防団に「通訳隊」発足 県内初

大規模災害時、外国人に対応 大規模災害が発生した際、日本語が話せない被災者に通訳をする機能別消防団「通訳隊」の発足式が17日、同市田中の土浦市消防本部で開かれ、日本人5人、中国人2人の計7人が団員の辞令を受けた。 安藤真理子市長は「通訳隊は茨城県初であり、全国的にも数少ない。市内には約4400人もの外国人が住んでいる。皆様の通訳で土浦市の安心安全が守られる」とあいさつした。 通訳隊は避難所で通訳をしたり、り災証明書などの申請の際、窓口などで通訳を行う。英語、中国語、スペイン語、タイ語の4カ国語に対応できる。 機能別消防団は役割を特定して活動する消防団で、同市ではすでに設置されている「大規模災害対応隊」「ラッパ隊」に続いて3隊目となる。 川﨑隆義消防団長は「大規模災害が発生して避難所を開設した場合、日本語を話せない被災者が多数出ることが予想される。計画段階では、通訳隊に入団していただけるか心配だったが土浦市国際交流協会の協力もあり、7人の方に入団していだいた。有事の際は尽力してほしい」と話した。 団員の辞令を受けたリ・ヨウ(李榕)さん(31)は、中国・無錫(むしゃく)出身。2019年4月に来日し、現在、茨城大学大学院で英語教育を学ぶ。通訳隊では中国語と英語を担当するが、スペイン語やタイ語も少し話せるという。母国中国でも警察署でトラブルを起こした外国人の通訳ボランティアを行った経験があるという。 「外国人として土浦に住んでいる。災害のことがわからない外国人を、自分の力で助けたいと思って応募した。今後は防災に関する英語や中国語、日本語をもっと勉強したい」と意気込みを語った。(伊藤 悦子)

巨人3軍と交流戦 茨城アストロプラネッツが「土浦デー」 

プロ野球独立リーグ、BCリーグの茨城アストロプラネッツ(本拠地・ひたちなか市)と読売巨人3軍の交流戦が16日、土浦市川口のJ:COMスタジアム土浦で開催された。土浦市と茨城アストロプラネッツは2月からフレンドリータウン協定を結んでおり、今回は締結後初の当地でのホームゲーム。「土浦デー」と称し、市内在住・在勤・在学者を無料招待した。入場者数は681人、ネット中継でも250人が試合を見守った。結果は1-2で茨城が惜敗した。 試合に先立って土浦出身の野木和馬、井上真幸の両選手があいさつ。井上は「小学生のときからこのグラウンドには愛着ある。戻って来られてうれしい」、野木は「井上や大場(駿太)は少年野球からの仲間。一緒に野球ができてうれしい。市の代表のつもりで頑張りたい」と話した。また安藤真理子土浦市長は「野球を愛する子どもたちも、この1年はコロナで苦労してきた。プロの試合を間近で見られ、こんなにうれしいことはないと思う」と、試合に寄せる感謝の思いを述べた。 茨城はこの試合7人の投手を起用し、短いイニングでつなぐ作戦に出た。「初球から自分のベストのボールを投げ、早め早めに抑えよう」というジョニー・セリス監督の策だ。結果は1試合を通して2失点、懸案だった四死球は4つとまずまずの成績。「バッテリーの息も合い、皆さんへのいいアピールになった」と監督。 野木は2人目として2・3回を担当。立ち上がりは「初球の入りと決め球が甘くなった」と2安打を浴び1点を失うが、3回は2死二・三塁の場面で、相手の4番を三振に取る堂々たるピッチング。「自分の良さはピンチに動じないこと。低めの変化球でスイングアウトを取れ、次につながるいいピッチングができた」と振り返った。 茨城の得点は2回裏。山中堯之が左前打で出塁し、パスボールで二塁へ進むと、宮本貴章が左中間への適時打。「ノースリーだが打ってもいいとベンチの指示。ストライクを取りに来ると思い、真ん中寄りのまっすぐを狙った。ちょっと詰まったが抜けると思った」との感想。 だが4回表、3人目のフェルナンデスが3四死球と乱れ、悪送球もからんでノーヒットで1点を失い、勝ち越される。茨城は6回裏、巨人2人目平井の立ち上がりに2四球とワンヒットを奪うが、盗塁失敗などで攻撃がつながらない。セリス監督は「カウント3-1からの甘い球を、アグレッシブに振れなかった」と指摘した。 最後のチャンスは9回裏。1死から吉本光甫が内野安打で出塁するが、続く宮本が三振、代打の片岡南樹はショートフライで倒れた。「つなげばチャンスだったが欲張ってしまった」と宮本、「初球は自分のスイングができたが、最後は当てに行ってしまった」と片岡。 片岡は今季オープン戦で負傷し、この試合がリハビリ明け。「最初の打席としては悪くない。相手の140キロオーバーの球に反応できていた。しっかりケアしながら、去年逃した3割超えを今年こそ達成したい」と目標を掲げた。(池田充雄)

良い天気 悪い天気 《続・気軽にSOS》83

【コラム・浅井和幸】Aさん「子どもに勉強しろと言っているのに、勉強しないので困っています」。浅井「では、しばらくの間、勉強しろと言わずに様子を見てみましょうか」。Aさん「それは私が、悪いというのですか? 私は間違ったことは言っていません」。 このような典型的なやり取りが、相談の中では起こります。双方の前提条件が食い違っているのです。Aさんは、正しい自分は変わる必要なく、勉強をしない悪い子どもの行動を変えてほしいので相談しているのです。行動を変えるのは間違ったことをしている人間で、正しいことをしている人間は行動を変える必要はないと考えます。この考え方は、むしろ常識的ですし、良識的です。 浅井は常識的な考えすべてをよしとは考えられない、ひねくれ者です。そのひねくれ者の考えは、一つ目:あまり物事を良いことと悪いことの二つに線引きしない。二つ目:物事を変えたいのであれば、何か現状と違う何かをする。三つ目:物事を変えたいと希望し、行動を変えられる人から変えて試してみる。ざっと挙げると、こんな感じです。 二つ目と三つ目は、ある程度の賛同を得られると思います。しかし、一つ目は、なかなか受け入れがたい考えかも知れません。悪いことをした人が行動を変えるべきで、罪を犯している人間が罰を与えられるのは当たり前である、悪が罰を受けることで、世の中は良くなっていくだろう—という考えが一般的だからです。 「正義や愛」にはちょっと警戒 そのすべてが間違いだとは言いませんが、良い方向に持っていきたいのであれば、良い材料を集めることの大切さも知って欲しいと常々考えています。悪者さえたたきつぶせばこの世は良くなるという「正義や愛」が、どれぐらいの悪を作り出しているかを想像すると、とても、怖いことだと私は感じています。(余談ですが、私は、「正義や愛」を掲げて寄ってくる人を、ちょっと警戒する癖があります) 「良い行動」「悪い行動」とは、どこにたどり着きたいかによるのです。前のAさんの話に戻し、仮に子どもに勉強をさせることが、たどり着きたい目標とします。そのときに、「勉強しなさい」が有効な手段ではないという結果が出ているのです。つまり、勉強をさせるには「悪い」働きかけと言えるでしょう。 むしろ、勉強道具を取り上げたほうが勉強をしたい気持ちになるかもしれませんし、大好きなカリスマの〇〇から「勉強しろ」と言われた方が勉強をするかもしれません。Aさんからお子さんに対して「勉強なんてしないでよいから、家の手伝いをしなさい」と言うのが、もしかしたら「良い」言葉がけになる可能性だって十分ありますよね? 良い天気とは、晴れでしょうか? 雨でしょうか? 一般的には、晴れですね。そんなことは普通ですし、当たり前の常識ですよね。さて、水不足でダムの貯水率が下がっています。そのとき、良い天気とは、晴れでしょうか? 雨でしょうか?(精神保健福祉士)

世界最大級のボタン・シャクヤク庭園 17日開園 つくば

800種6万株を植栽した世界最大級のボタンとシャクヤクの庭園「つくば牡丹園」(同市若栗、関浩一園長)が17日開園する。エリア全体で植物を共生させ、20年以上、農薬不使用・酵素農法を実践している。年に1度、ボタンとシャクヤクが開花する約1カ月間だけ開園となる。 コロナ禍の昨年は来園者が前年より7割減少した。今年は新たな鑑賞スタイルを模索する。 園内のカフェを模様替えし、新たにギャラリーをオープンする。東京・青山のインテリアショップ「はいいろオオカミ+花屋西別府商店」が、同園のボタンの花びらを使ったランプなどを展示するほか、無農薬栽培の同園のボタンを使った化粧品など様々なコラボ商品を展示する。 入園口ではフォトフレームを貸し出し、800種6万株あるボタンとシャクヤクの中から、好みの花を見つけてもらう新しい鑑賞スタイルなども提案する。さらに園内ファームも本格始動。グリーンメロンやトマト、ニンジン、サラダゴボウなどを栽培しており、時期が合えば収穫体験も実施する予定という。 今年は例年より数日、開花が早く、すでに300株ほどの早咲きボタンが開花している。ボタンの見頃は20日ごろから4月いっぱいまで。シャクヤクの見頃は5月10日ごろからという。 今年で3年目を迎えるシャクヤク「令和」や、大輪のボタン、水面に浮かぶ5000輪のシャクヤク、その池を訪れるカワセミなど美しい景観が広がり、この時期だけの貴重な風景を写真に収めることができる。(山崎実) ◆開園期間は4月17日から5月23日まで。開園時間は午前9時から午後5時。入園料は大人1000円、中学生以下無料。ペット入園可。問い合わせはつくば牡丹園(電話029-876-3660)。

届かない家庭とどうつながるか コロナ禍の子ども支援㊦

学用品や給食費の一部を援助する「就学援助」を受けるなど、経済的困難を抱えるつくば市の小中学生は約1400人(2019年度時点)。このうち、小学4年生以上は青い羽根学習会で無料の学習支援などを受けることができる。しかし実際に学習会に通っている子どもは今年1月時点で約2割の278人(一部、高校生も含む)だけだ。 つくば市は年に3回、学習会の対象世帯に郵送や各学校を通して案内を送っているが、なかなか学習会の利用につながらない。経済的な困難を抱えているのに支援に結びつかない子どもにどう支援を届けるかが課題となっている。 「歩いて通える範囲にない」 市民団体「つくば子ども支援ネット」(山内ゆかり代表)では、昨年8月から今年3月までに計4回、経済的に困難を抱える子育て家庭を対象に食品や学用品の無料配布会を開催した。最初の2回は、市内の公営住宅1800軒にチラシを配布し、支援が必要な家庭に幅広く配布会の情報が届くようにした。公営住宅に入っている子育て家庭は少なく、地道な作業だったが、配布されたチラシを見た10数軒の家庭が1回目の配布会につながった。配布会に来た家庭には、青い羽根学習会や子ども食堂の案内をしたが、「歩いて通える範囲にない」「(低学年のため)青い羽根学習会の対象になっていない」という声も聞かれた。 今年3月の配布会では、SNSなどでの呼び掛けとともに、スーパーの店頭にポスターを掲示し、80世帯まで対応できるように準備していたが、実際に配布を希望したのは69世帯。「支援を必要とする人の中には、情報を集めたり、支援につながったりする力が弱い人もいる。彼らにつながれるような方法を模索する必要がある」と、同支援ネット代表の山内さん(49)は話す。 今年度も数カ月おきに配布会を開催する予定で、必要な家庭に情報が届くよう、公営住宅へのチラシ配布や、企業等に協力を求めながら、様々な場所にポスターを掲示したい考えだ。「食料配布会に来る家庭は、教育が貧困の連鎖を止めるために重要であることを認識し、子どもが勉強することを支えてあげたいという意欲のある家庭。その陰には、もっと大変な家庭もあるのではないか」と山内さんは心配する。 抵抗をなくしたい 生活困窮者への支援は、最低限の公的支援はあるが、民間の支援は少なく多様でもない。「町の中の様々な場所で経済的支援を受けられることが当たり前になれば、支援を受けることへの抵抗も少なくなるのではないか。食料配布を続けることで、そのような社会になるきっかけになれば」という思いから、食料配布会を続けているという。 繰り返し配布会を開催し、複数のメディアで取り上げられることで、配布会の情報が広まり、次第に、生活保護世帯など様々な事情を抱えた家庭からも問い合わせが来るようになった。昨年12月の食料配布会からは、車を所有できない、保護者が心身の病気で動けないなどの理由で、配布会に行くことができない家庭に向けて、食品等の配達も始めた。 3月の配布会では、初めて相談会も同時開催し、公的支援を受けるための情報提供などをおこなった。複数の問題を抱えている家庭には、詳しく話を聞きながら、どの支援制度を利用できるのか一緒に考えた。形態は変わるかもしれないが、今後、相談会も続けていく予定だ。 次回の配布会は6月ごろの予定。「私たちの食料配布会だけでは全く足りないと思うが、食料の寄付など、多くの人が協力してくれている。みんなが応援してくれているから、みんなで頑張ろうと伝えられれば」と山内さんは話す。(川端舞) 終わり

私の嫌いな言葉「頑張る」《電動車いすから見た景色》17

【コラム・川端舞】「頑張る」という言葉が好きではない。幼い頃から周囲に「頑張り屋さんだね」と言われるたびに、「自分は頑張らないと見捨てられるのだ」と無意識に思ってしまい、苦しかった。 もちろん、自分がやりたいことのために頑張ることは否定しない。それで夢をかなえることができたら素敵なことだ。しかし、私が純粋に自分の好きなことのために努力し始めたのは大学に入学してからだ。 「自分は障害があるから、勉強は誰よりもできないと、見捨てられる」。少なくとも中学時代までは、何も疑うことなく、本気でそう思っていた。だから頑張った。でも、どんなにいい点数を取っても、「これでまだ学校に通える」と一瞬安心できるだけで、また次のテストのために頑張ることしか頭になかった。自信が付いたり、自分をほめてあげることはできなかった。 どんなにいい点数を取っても、自分の障害はなくならないのだから、当然だ。当時の私は、自分の障害を学力で補おうとしたが、そもそも障害は勉強や個人の努力で補うものではない。校舎をバリアフリーにしたり、できない部分は周りが手伝ったりすることで解決できるものだ。環境を変えることで解決するべき問題を、私の努力だけに押し付ける言葉として「頑張り屋さん」が使われた。 もちろん、当時、そのような意図を持って、この言葉を私に投げかけた人は少なかっただろうが、幼かった私は「頑張り屋さん」という言葉にプレッシャーを感じてしまったのだろう。今でも「頑張る」という言葉にアレルギーがあるようだ。 休み方がわからない 中学時代、他の生徒と同じ量の課題を無理に終わらせて、体調を崩したことがあった。大人になっても、自分の体力を考えずに仕事に集中し、後日、反動で寝込むことも時々ある。 疲れたら、適度に休めばいい。頭ではわかっていながら、気づくと休まずに、限界までやってしまう。昔から、休み方や気分転換の方法が分からない。 障害があると、他の人と同じことをやろうとしても、何倍も時間がかかってしまうことが多い。バカ真面目な私は、時間をかけてでも完璧にやろうとしてしまいがちだが、それでは当然体調を崩す。自分の障害を努力で補うのではなく、周囲からサポートを受け、上手に休む方法を子どもの頃から身に付けたかったと、大人になって思う。(つくば自立生活センターほにゃらメンバー)

休館中も駐車場で15分ずつ会う コロナ禍の子ども支援㊥

緊急事態宣言などでつくば市の公共施設が使えず、青い羽根学習会が開催できなかった期間も、子どもたちと直接会い続けた団体がある。屋外スペースを利用したり、公共施設とは別の場所を探したりしながら、子どもたちとつながり続けるための模索がおこなわれていた。 9人中8人が希望 Aさんが代表を務めるNPOは、県内7カ所で無料の学習支援塾を運営し、つくば市内でも青い羽根学習会を1カ所運営している。昨年4月、感染予防のために公共施設が使用できなくなり、学習会を開催できなかった。当時は学校の休校も続いていたため、子どもたちの心理面や、普段から学習することが難しい環境にいる子どもたちがもっと不利になることを心配した。 「何もしないと子どもたちが大変になる」と思ったAさんは、学生ボランティアにも協力してもらい、週に1回、普段使っている休館中の公共施設の駐車場で、子ども一人一人と15分ずつ会い、体を動かして遊んだり、子ども一人一人に合わせた課題を出したりしていた。学生ボランティアと遊んでいる時は、子どもたちもはしゃいでいた。「どうせやるなら、楽しいことをやりたかった」とAさんは話す。 オンライン授業を希望した子どもには週1回、小学生は30分、中学生は45分、SNSアプリを利用し学習指導をした。当時、学習会に通っていた子ども9人のうち8人が駐車場で会うことを希望し、1人がオンライン授業を希望した。 今年1月中旬からの3週間、県独自の緊急事態宣言のために公共施設が使用できなかった期間は、別の会場を探した。対面授業を希望した子どもを別の会場で、週に1回、1時間から1時間半、学習指導した。この時期は学校に通えていたため、精神的な支援よりも学習支援に力を入れた。 同時にオンラインでも学習指導を行った。当時の学習会参加者11人のうち、4人が対面授業を、4人がオンライン授業を受けた。 会い続けることで安心できた 学習会が開催できない期間、どのように授業を受けたいかは、子ども自身や、親子で相談して決めてもらった。「勉強する方法を自分で選んだ方がやる気になる」からだ。直接会うことで精神的な安定につながった子どももいれば、オンライン授業の方が集中できる子どももいた。 学習会では普段から、送迎の時などに保護者ともコミュニケーションをとり、子どもの学習状況を保護者と共有したり、保護者が子どもの進路や保護者自身の働き方について相談できる体制をつくっている。つくばの教室では、コロナの影響で経済的に厳しくなった等の具体的な相談はなかったが、学習会が開催できない間も子どもたちと会い続けることで、子どもたちだけでなく、保護者も安心できたのではないかと、Aさんは話す。

市立学校非常勤職員が新型コロナ つくば市

つくば市は14日、市立学校の非常勤職員1人が同日、新型コロナウイルスに感染していることが確認されたと発表した。 市教育局学び推進課によると、学校での、この職員の濃厚接触者はいないという。 学校は消毒をして、通常通り実施している。 職員の症状や、いつまで出勤していたかなどは公表しないとしている。

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