月曜日, 4月 6, 2026

与野党の一騎打ちに 茨城6区 衆院選あす公示

解散に伴う衆院選が19日公示される。つくば、土浦市などが選挙区の小選挙区茨城6区はいずれも前職で2期目を目指す医師の国光文乃氏(42)=自民=と、元県議の青山大人氏(42)=立憲=が立候補し、与野党の一騎打ちになるとみられる。 6区は前回の2017年、自民の国光氏、希望の党(当時)の青山氏、共産の古沢喜幸氏が立候補し、国光氏は10万2820票、青山氏は9万6987票、古沢氏は2万4227票を得票した。今回は共産の田谷武夫氏が立候補を取り下げ、青山氏を支援する。 国光氏は1期目の実績として、現役医師の知見を生かしたコロナ対策、国道6号バイパスの予算拡充、国立病院機構霞ケ浦医療センターの黒字化達成、農業用電力の価格上昇阻止、子育て支援に向けた妊娠・出産費用の負担減などを強調し、6号バイパスの早期完成、TX延伸、農家所得の拡大などを訴える。山口県出身、長崎大学医学部卒。病院勤務を経て、厚労省保険局医療課課長補佐などを務めた。2017年、丹羽雄哉元厚労相の後継者として初当選し、自民党新型コロナ対策本部プロジェクトチームの事務局次長などを務めコロナ対策に関わる。 一方、青山氏は、1期目の実績として、コロナ禍で需要を失った和牛食材の学校給食への提供、国会での国産ワクチン生産体制の予算強化、つくばの研究施設の老朽化対策や運営費交付金確保の訴えなどを強調し、幅広い業種への助成金や生活支援金の拡充など新型コロナ対策と経済の両立、消費税減税、原発からのエネルギー政策転換などを訴える。土浦市出身、土浦一高、慶応大学経済学部卒。国会議員秘書を経て、県議を2期務めた。2017年の衆院選は小選挙区で敗れたが比例復活当選した。立憲民主党政務調査会会長補佐などを務める。

つくば学園都市は公立高過疎地 《吾妻カガミ》118

【コラム・坂本栄】困った数字がこのサイトで紹介されています。教育環境が自慢の学園都市には県立の全日制高校が少なく、つくばは公立高の過疎市だというのです。平均的な学力の中学生を私立よりも学費が安い公立に入れたいと思っている親にとって、つくば市は「住みにくいまち」のようです。 詳しくは「つくば市に県立高校新設を 市民団体が市議会に請願」(9月29日掲載)と「付属中併設は泣きっ面にハチ」(9月30日掲載)をご覧ください。 ▼市内の県立高に進んだ中学生は18%に過ぎず、46%が市外の県立高に、36%が市内外の私立高に行った、▼以前は6つあった全日制高が、近隣市の県立高への併合、定時制への移行、中高一貫への衣替えによって半減した、▼この20年間に減った全日制学級数は、水戸が2%、日立が21%、土浦が20%だったのに、つくばは61%も減った―などがポイントです。 つくば市は県全体の流れとは逆に住民が増えているのに、県は少子化に伴う学校・学級の整理整頓という方針の下、実におかしな対応をしています。大井川知事の経歴(経産省キャリア→IT企業役員)も影響しているのか、県はエリート教育には熱心ですが、平均的な学生を抱えた平均的な家庭の事情に鈍感ではないでしょうか。 優秀な学生を育てることには賛成です。私は、今春に中高一貫を併設した県立土浦一高の評議員を10数年やっています。その議論の中で、中高一貫を導入するよう歴代の校長に進言、現知事の1期目にやっと実現しました。競争環境を整え、突出した学生を鍛えることが日本はもちろん世界に必要と思うからです。 「市設・県営」高校はどうか? しかし、経済政策の尖(とが)った成長志向が格差を生み、その見直しが必要になっているように、教育分野でも平均層に目配りをしなければなりません。 岸田さんは成長に傾いたアベノミクスに「分配」を加味するそうです。「共同富裕」を掲げて超金持ちに寄付を強要する習さんも同じ発想です。「米国ファースト」を連呼したトランプさんの政策も中間層を意識したものでした。世界の政治リーダーは平均層の乱を敏感に察知、尖った政策は内外で修正されつつあります。 話が大げさになりました。元に戻します。リンクを張った先の記事によると、つくば市の要望にもかかわらず、県はおカネがかかる全日制の新設には腰が引けているようです。でも、学園都市の教育環境の劣化を無視はできませんから、既存校の学級増を言ってくるかも知れません。 ここまで書いてきて、昨秋の市長選挙に立った富島純一さんの公約を思い出しました。彼は、平均的な市民の声を聞いていたのか、県の冷たい態度を知っていたのか、主要公約に「市立高校設置」を掲げていました。この案を少しいじり、「市設・県営」はどうでしょう。ハード(校舎)は市が造り、ソフト(授業)は県が動かすという折衷案です。おカネの面では県立or市立よりも両者の負担が軽く、教育効果は県立と同じになります。 世の流れに敏感な政治家の皆さん―市議さん、市長さん、県議さん、知事さん、この案を検討してみてください。平均的な市民の怒りを買ったら終わりですよ。(経済ジャーナリスト)

子どものころ 土浦の遊び ① 《夢実行人》1

【コラム・秋元昭臣】下高津小学校への通学は、「あきおみちゃん、学校へイーきましょ」の声で始まりました。今のように親が出ることもなく、田んぼや畑の中を仲間同士で登下校するのは楽しいものでした。菜の花を摘んだり、チョウチョを追いかけたり。麦の穂を友だちの袖に奥に入れてしまうイタズラはしましたが、イジメではなく遊びでした。 このころ、大人はハーモニカを吹いてましたが、子供は麦笛を吹いていました。花見は親に連れられて桜川に行き、土手に座ってたくさんの貸しボートを眺め、お弁当を食べました。これがボートとの出会いです。 エビガニの穴を掘ったり、農作業する牛を見たり、散った桜の花びらで首飾りを作ったり。毒があると知らず、学校裏のお寺に青梅を盗みに行き見つかり、廊下に立たされたり。しかし、花祭りにはお寺さんに甘茶を振る舞ってもらい、秋はイチョウの大木から落ちた実を土に埋め、冬にたき火で焼いて食べました。 夏になると、田んぼにはホタルが飛び交い、捕まえて蚊帳の中に入れて楽しみました。大人と一緒に夜の田んぼに行き、カーバイトランプを灯した「ドジョウぶち」では、眠っているドジョウを串刺にし、カーバイトの匂いと、くねるドジョウに興奮しました。エビガニ、ドジョウ、釣った魚、食用ガエルが、たんぱく源として食された時代です。 泳ぎと言ってもプールなどなく、ガキ大将に連れられ、ため池「高津池」に行き、親にばれないようにパンツを脱いで水遊びをしました。雑木林の「ターザンごっこ」では、木から木へ渡り歩き、ロープにぶら下がって遊びました。転落やケガもありましたが、今と違い、「落ちたほうがドジ」の一言。問題にはならない時代でした。 霞ケ浦にあった大岩田水泳場 土浦駅の転車台(蒸気機関車の向きを変える装置)や貨車の連結代え、土浦港の船の荷揚げ作業、造船所の船大工さんなどが見たくて、片道40分以上かけ、仲間と駅周辺に出かけました。汽車が大好きで、通過する汽車に手を振ると機関士が汽笛を鳴らしてくれ、煙の匂いを胸一杯吸い込みました。汽車が来るかどうか、線路に耳を当て聴いたものです。 このころ、霞ケ浦の土浦沿岸に大岩田水泳場はありましたが、子供会では、水郷汽船の「さつき」(250人乗りの大型旅客船)に乗り、浮島水泳場(現稲敷市)に行きました。2時間かけて霞ケ浦を横断することが、どれほど楽しかったことか。土浦で一番の豊島百貨店には、水郷汽船の船長服や船長帽が展示されており、憧れたものでした。 夏休みのラジオ体操は、自宅前の広場までコードを伸ばしたラジオを聞いて行い、幼い兄弟も参加して、人数も多く和やかなものでした。 夏休みには、松林にムシロを敷いてちゃぶ台を置き、仲間と宿題をして遊びました。大洗や磯浜など海水浴場には、地区をあげて目印になる旗を立てて行きました。当時、大洗には竜宮城の形をした小さな水族館があり、真夏の太陽に透けて見える波、そして大海原は非日常の世界でした。(ラクスマリーナ前専務) 【あきもと・あきおみ】土浦一高卒。明治大工学部卒、京成電鉄系列のホテル会社に入社。奥那須、千葉、水戸、犬吠埼、白浜、土浦などのホテルに勤務。土浦京成ホテル閉鎖にともない、2008年からラクスマリーナ(株主は土浦市)専務。遊覧船運航、霞ケ浦湖上体験スクール、小型ヨット体験、ボート教室、足湯浴場、サイクリング事業などを展開。 2021年4月退職。1942年生まれ、土浦市在住。

ロボッツ、ホーム初戦も B1開幕5連敗

男子プロバスケットボールBリーグ1部(B1)に昇格した茨城ロボッツは16日、今季のホーム初戦として、水戸市緑町のアダストリアみとアリーナに宇都宮ブレックスを迎えた。茨城は66-88で宇都宮に敗れ、いまだ白星なしの5連敗。 2021-22 B1リーグ戦(10月16日、アダストリアみとアリーナ)茨城ロボッツ 66-88 宇都宮ブレックス茨 城|11|15|17|23|=66宇都宮|21|22|28|17|=88 昨季準優勝の宇都宮は、B1リーグではトップ中のトップといえる強豪チーム。初昇格の茨城が挑むことで、上位とのレベル差を測る良い機会になると見られていた。結果としては大差での敗戦で、リチャード・クレスマンヘッドコーチは「自分たちの道のりはまだまだ長いと感じた。これまでの4試合もタフなゲームだったが、宇都宮は個々のプレーや、ハイレベルな守備、次々に交替できる選手層の厚さなど素晴らしいチーム。こういう相手に対し日々成長しながら前向きに戦っていきたい」と振り返った。 試合開始直後は茨城のアップテンポな攻撃が機能、平尾充庸やエリック・ジェイコブセンが3点シュートを決め、宇都宮と互角の戦いを進めていく。だが第1クオーター半ば、11-10のスコアから茨城の得点がぴたりと止まり、宇都宮に点差を広げられる展開になる。 宇都宮の安齋竜三ヘッドコーチは「立ち上がりは茨城の早い攻撃をつかまえられず、うちの流れをつくれなかった。(宇都宮は)気持ちよくつながせないことや、いい流れでシュートを打たせないことを徹底し、ゲームが進むにつれて強度も上がり、相手のやりたい攻撃をさせなくなった」。 茨城は宇都宮のタイトな守備とハードなコンタクトに苦しみ、インサイドはもちろんアウトサイドでも、良い形でシュートを打てるような余裕を持つことができない。対する宇都宮はアイザック・フォトゥやジョジュ・スコットのポストプレーを中心に、茨城を上回るスピードとスケールの大きなパス回しで、着実に得点を重ねていく。相手に攻撃権が移るターンオーバーの数でも宇都宮の5に対し茨城は18と大きく差をつけられた。 「一人一人の判断が全然違う。偶然できるようなスキも一つもない。交替で入ってくる選手も自分の役割を理解している。さすがトップを走っているチーム。自分たちのバスケの通用した部分、通用しなかった部分が明確になった。修正を繰り返しながら積み上げていきたい」と平尾主将は、この敗戦を今後の糧としていく構えだ。 この日はB1昇格後初めて迎えるホームゲームとあって、観客数2205人とにぎわいを見せた。コロナ禍により5000人の定員に対し50%の収容率制限をかけているため、ほぼ満席を達成したと言える。 会場にも新たな趣向が凝らされた。昨季からの最も大きな変更点としては、長辺15メートルというリーグ最大級の大型4面ビジョンや、横幅約50mのリボンビジョンが設置された。場内の懸垂幕やライティングは、茨城のチームカラーであるブルーとオレンジで統一されている。 オープニングセレモニーではつくば市出身のソプラノ歌手、冨永春菜さんが君が代を独唱した。冨永さんは水戸三高音楽科3年時に全日本学生音楽コンクール全国大会で1位を獲得、2018年甲子園選抜高校野球大会の開会式にも出演した経歴を持つ。 「甲子園のときと同様、すごくドキドキした。会場は360度お客さんに囲まれ、すごく温かさを感じた。ロボッツはつくばでも水戸でも身近にあった地域に根付いたプロチーム。大役を終え、しっかり試合を楽しんで帰りたい」と感想を語ってくれた。(池田充雄)

「資金調達 現在進めている」改修工事費用でまちづくり会社 つくばセンタービル

つくば市が出資するまちづくり会社「つくばまちなかデザイン」(同市吾妻、内山博文社長)が18日から工事を実施すると告知しているつくばセンタービル1階アイアイモールの解体と改修工事のうち、貸しオフィスなどにするための改修工事資金について、同社が現在も、資金調達を進めている最中であることが15日分かった。 同日開催された市議会全員協議会で、まちなかデザインの小林遼平専務が「資金調達を現在進めている」と答弁した。改修工事費がいくらになるかや資金調達の見通しなどについて複数の議員から質問が出たが、小林専務は「この場ではお答えを控えさせていただきたい。細かいデータがないのでお答えできない」「金融機関と守秘義務契約を結んでいる」などと繰り返した。 同社の工事スケジュールによると、アイアイモールの解体工事を18日から12月半ばまで実施し、貸しオフィスなどに改修する工事を12月初めから来年3月末まで続けて実施するとしている。解体工事の費用については「(元の借り主の)筑波都市整備からいただく」という。 小林専務は「(18日から)解体工事に着手する。新設(改修)工事は着手してない」とし、改修工事は「資金調達ができない限り着手しない」「資金調達が決定したらつくば市と協議しながら報告したい」などと答弁した。 同社の現在の資本金は当初の想定より2900万円少ない1億2100円。一方、市は昨年12月と今年3月に市議会に示した資料で、初期投資として改修費などに約2億7300円かかるとする見通しを示している。同じ資料の事業収支見通しでは、資本金を2億万円とし7000万円を借り入れる収支計画を示している。新たな収支見通しに対する質問も出たが、小林専務の答弁はなかった。 「資金工面の見通し説明ない」 工事を拙速に進めない決議否決 18日から始まるつくばセンタービル1階アイアイモールの解体・改修工事に対し、設計の中身や工事資金が工面できる見通しがついているのかなどについて十分な説明がないまま進められようとしているとして、全員協議会に先立って15日開かれた市議会臨時議会で、山中真弓市議(共産)ら4人から、1階の工事を議会や市民に説明なしに拙速に進めないことなどを求める決議が議員提案されたが、賛成少数で否決された。 提案された決議への賛成意見として橋本佳子市議(共産)から「(8月26日の)委員会で出てきた疑問に対する説明がない。議会がどうチェック機能を果たすかが問われている」とする意見が出た。 一方反対意見として、黒田健祐市議(自民・新しい風)から「(決議が可決されると)事業進ちょくの大きなブレーキになる。説明を求める仕組みは特別委員会で整えられている。執行部を委縮させる決議は反対」、皆川幸枝市議(市民ネット)から「(臨時議会後の)全協で説明があるということ。(決議に)賛成することで工事が遅れてしまう可能性がある。まちなかデザインの運営にも大きく影響する可能性がある」とする反対意見が出された。 工事着工に対する説明不足の意見は全員協議会でも出され「特別委員会は何をやっていたのかという叱責を市民から受けかねない。議会に情報共有の配慮があってもよかった」などの意見が出された。(鈴木宏子)

カーナビで「現在地」を知る 《続・気軽にSOS》95

【コラム・浅井和幸】カーナビゲーションシステム、いわゆるカーナビはとても便利なものですね。方向音痴な上に、物覚えの悪い私にとっては、茨城県内の相談依頼人のところに自動車で伺う時には、なくてはならないものです。 30年ほど前、ほとんどカーナビが普及していない時代には、数千円する地図を買って、前日に行き先を調べていました。大切な用事の時は、前日までに予行演習で目的地まで行って確かめることもしていましたね。20年前でも、インターネットの地図をプリントアウトして調べていました。 道順を赤ペンで書いて確かめていましたが、1回でもその道順から外れてしまうと、自分がどこにいるか分からなくなり、お店の人や道を歩く人に現在地を聞くしかありませんでした。 現在地が分かることが、カーナビの最大の利点だと思います。ナビの指示通りに行かず道を間違っても、またそこからの道順を再検索してくれます。 「どこまでできているか」を確認 悩み相談でも、全く同じことが言えます。いかに現在地が分かるかが大切です。不登校やひきこもりの子を持つ親御さんが相談に来た時に、お子さんがどのようなことができるのか、親御さんがどのようなことができるか、どのように関わることができるのかを洗い出していきます。 全くコミュニケーションがないとか、親の言うことは全く聞かないという悩みで来談される方もいますが、話を聞いてみると、ご飯やお風呂の呼びかけに返事はなくても応じていることもあります。これだけでも、親御さんが言っていることを子供さんは受け入れて行動しているということになります。 返事をしなければ全くコミュニケーションがないというわけでなく、意図をくんで行動に移すというやり取りができているのです。 そこまでができることと考えれば、もしかしたら簡単な掃除や洗濯などの手伝いをお願いすることができるかもしれません。すぐに家事の手伝いをしなくとも、いつもと違い、さらに一歩進めた言葉がけができる可能性があるということです。 どのような言葉がけをするかは、「目的地」により変わります。いつも頑張りすぎて疲れてしまっているお子さんであれば、リラックスできるような、休むことができるような働きがけをすることになるでしょう。仮にでもよいので、目的地はつくることが大切です。 支援者が相談に来られた方に質問をする時は、目的やニーズなどを聞き、現在地である「どこまでできているか?」を確認することが大切です。「どのように不幸であるか?」とか「どのカテゴリーに属するか?」などを大ざっぱに聞いていることが、現場で多いのではないかと私は感じるのです。 「筑波山の西側にいるから、東の方に向かえば海に着くかな?」で、うまくいくのならば、むしろ大ざっぱな方がよいのですが、それでうまくいかない時は、具体的な現在地を確認する試みが必要でしょう。(精神保健福祉士)

キログラム原器が重要文化財に 産総研の地下金庫で保管 つくば

つくば市の産業技術総合研究所(産総研、石村和彦理事長)の地下室金庫に保管されているキログラム原器が重要文化財に指定される。文化庁の文化審議会文化財分科会(島谷弘幸会長)が15日、文科大臣に産総研所有のキログラム原器と関連の原器類を、重要文化財「メートル条約並度量衡(どりょうこう)法関係原器」に追加指定することを答申した。 1kgの重さ130年間伝える 質量の単位「キログラム(kg)」は、メートル法にもとづく最も基本的な単位の一つ。この定義のために、メートル条約の理事機関であるパリの国際度量衡委員会は、1キログラムの具体的な質量を定める「国際キログラム原器」を1880年代に製作した。白金90%、イリジウム10%の合金でできている。日本にはNo. 6と番号付けされた原器が割り当てられ、1890(明治23)年に到着している。 以来、明治、大正、昭和、平成、令和の5つの時代にわたり約130年間、質量の基準としての役割を担い、日本の近代化および産業発展に貢献した。戦時下の1944(昭和19)年には、空襲から逃れるため、東京・銀座の中央度量衡検定所から石岡市の中央気象台柿岡地磁気観測所(現在の気象庁地磁気観測所)に疎開させるなど、原器は先人たちの英知とたゆまぬ努力によって受け継がれてきた。 それでも物体の形では質量の変動が避けられないため、キログラムの定義は2019年、普遍的な物理定数「プランク定数」にもとづく定義に改定された。産総研の研究チームも参加する、国際プロジェクトによる改定作業だった。これにより国際キログラム原器としての役割を終えたが、お役ご免ではない。引き続き、非常に優秀な分銅(ふんどう)として、我が国の質量標準の維持・管理に役割を果たすことになった。 現在も1キログラムの分銅は、温度変化や空気中のほこりなどの影響を受けないように、二重のガラス容器に収められ、産総研計量標準普及センターが地下金庫で厳重に管理している。工学計測標準研究部門質量標準研究グループの倉本直樹グループ長は「先人から受け継いで大事に守ってきたもので、(重要文化財)指定は大変にうれしい」と語っている。当面一般公開の予定はないという。 今回、2019年のキログラム定義改定に伴うキログラム原器の役割変更をうけ、キログラム原器、キログラム副原器、貫原器および1889年に国際度量衡局が発行したキログラム原器に関する校正証明書についても、その歴史上および学術上の価値が評価され、「メートル条約並度量衡法関係原器」に追加指定されることになった。 メートル原器は2012年に重要文化財指定されている。県教育庁によれば、これまでに国指定文化財は県内に132件(国宝など含む)、つくば市内に8件を数えるが、産総研が所有する両原器ともこれに含まれていない。(相澤冬樹)

「怪人二十面相」と2・26の時代 《映画探偵団》48

【コラム・冠木新市】昭和7(1932)年から昭和11年にかけ農村の貧困と陸軍の内部闘争を描いた高倉健主演の『動乱』(1980)、陸軍若手将校の4日間のクーデターを追った三浦友和出演の『226』(1989)、海軍と陸軍の攻防と昭和天皇の動きに迫ったNHK『全貌 二・二六事件 完全版』(2020)―これらを見直した。 江戸川乱歩の『少年探偵』シリーズ第1作『怪人二十面相』は、昭和11年(1936)、『少年倶楽部』1月号から連載が始まり人気を呼んだ。だが、2月には2・26事件が起き、東京に戒厳令が出された。当時の少年たちはどのような思いで読んでいたのだろうか。その気分を感じるため、2・26関係の作品を見てみたのだ。 乱歩との出会いは東映『少年探偵団/首なし男』(1958)である。シルクハットをかぶり、二十面相にふんした伊藤雄之助は、大人の演技を見せ真実味を感じさせた。その後、小学校の図書館で光文社版『少年探偵』を次々と読み、独特な世界に魅了されていく。私は長い間、このシリーズは戦後の作品だと信じて疑わなかった。 しかし、『怪人二十面相』『少年探偵団』『妖怪博士』『大金塊』の4作は「大東亜戦争亅へ突き進む戦前に執筆されたものだった。多分、戦前の少年たちにとって、『怪人二十面相』は強烈なリアリティを感じたように思える。 明智小五郎は第1作後半に、黒の背広、黒の外套、黒のソフ ト帽という、全身黒のいでたちでオシャレに登場する。満洲国(戦後版は某国)の依頼で新京に行き、重大な事件を解決し帰国したとの設定である。満洲国の背後には関東軍がいたのだから、明智は関東軍とつながりがあったと見るのが自然である。一体何を解決したのだろうか。 主人公の小林芳雄少年は、明智の助手で一緒に暮らしているが、両親をなくしている様子である。明智との関係はどこで結ばれたのだろうか。明るく理想的な少年として描かれるため、心中や自殺、東北農村での身売りがあった時代とは真逆である。 二十面相が狙うダイヤを所有する羽柴壮太郎は、麻布に屋敷を構える大実業家だが、なぜか長男の壮一が10年前に家出をしている。次男の壮二は二十面相に誘拐されるが、小林少年の活躍で助かる。壮二は少年探偵団の結成を提案する。探偵団を計画したのは裕福な少年なのである。羽柴家には何で財をなしたのかを含め謎が多い。 怪人二十面相は一層謎めいている。宝石や美術品を好み、現金に興味がなく、人を傷つけたり殺したり残酷なふるまいはせず、血がきらいなのだ。盗みを除けば、時代に逆流する極めて平和的な怪人で、悪役ではない。 謎だらけのセンタービル改造問題 いま『怪人二十面相』のような謎めいた世界が、つくば市に広がりを見せている。センタービル改造問題で、誰が要望を出したかも分からないまま広場に屋根やエスカレータが計画されたり、市民団体が2度にわたって要望書を出しても5カ月間も返事はなかったり、解体工事を進めながら意見を募集したり、プリツカー賞の意匠を可能な限り保存するといいながら、外壁と窓ガラスを壊すことはいまだ隠されたままだ。 昔は今で今は昔である。2・26のようなクーデターが起きたらどうするのだろうか。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家) <つくばセンタービル謎解きツアー>参加者募集▽内容:センタービルに隠された建築の謎を解きながらビルを回る▽日時:第1回=11月3日(水)、第2回=同13日(土)、第3回=同23日(火)、13時から約1時間、参加費無料▽定員:10名、小中高生大歓迎▽予約先:090-5579-5726( 冠木)

ベンチャーのつくば×ものづくりの大田区 25日企業交流イベント

つくばのベンチャー企業と東京・大田区のものづくり企業が交流する「ミートアップ」が25日、つくば研究支援センター(つくば市千現、箕輪浩徳社長)で開かれる。両地域から医療・ヘルスケア機器開発に携わる計10社が参加し、対面とオンラインでプレゼンテーションを行う。Zoom(ズーム)配信で500人規模の聴講参加を見込んでおり、参加無料で事前登録を受け付けている。 オンラインで商機拡大 支援センターが今年度新設した事業企画「多地域との連携イベント」による第2弾。ものづくり「オンリーワン」の中小企業が集積する町として知られる大田区産業振興協会(川野正博理事長)との共催となる。傾斜のある道でも軽い力で直進できる車いす「COLORS(カラーズ)」を開発したカラーズ社の田尻久美子社長らが発表する。 つくば市側からは、▽車いす利用者(下肢機能障害者)の日常や訓練に「立ち上がる」力を提供する製品を開発、ことし筑波大学発ベンチャーに認定されたQolo(コロ)社の江口洋丞社長▽嚥下(えんげ、飲み込み)障害に対処するシステム開発を行っているPLIMES(プライムス)社の下柿元智也副社長▽人工知能による簡便・高速・高精度の睡眠計測を取り入れ睡眠医療の変革をめざすS’UIMIN(スイミン)社の藤原正明社長▽まぶしくない近赤外線カラー眼底カメラに生活習慣病の早期発見を可能にしたナノルクス社の祖父江基史社長▽外科用マイクロ手術支援ロボット開発にリニアモーター技術の応用を図るクロノファング社の渡邊浩司社長-の発表が予定されている。 支援センターには産総研や筑波大学などと培った異業種交流やビジネスマッチングのイベント実績があるが、ベンチャー支援部の石塚万里部長によれば、「つくばに増えてきたベンチャー企業は、扱う分野が多面的で、特定テーマだと少数企業でしか集まれなかった」という。共同研究や開発につながる協業関係を築くために、多地域連携が模索された。 6月に開催の第1弾では、「ライフサイエンス」をテーマに、川崎市(神奈川)の国際戦略拠点キングスカイフロント企業との交流が行われた。創薬・医療系のスタートアップ企業が機器や技術の「シーズ」をプレゼンした。「ミートアップ」は興味を持った企業が、名刺交換や懇親会など対面で距離を縮めるのが基本だが、コロナ禍からオンラインでの開催を余儀なくされた。 しかし結果的に、交流の範囲は広くなった。特に「ニーズ」を持つ企業の関心を引きやすくなったそう。石塚部長は「名前は明かせないが大手創薬メーカーやベンチャーキャピタルからの聴講もあり、手応えを感じた」という。多地域交流イベントは、今年度もう1回程度の開催を検討している。(相澤冬樹) ◆つくば×大田区 医療・ヘルスケア機器~ベンチャー企業とものづくり企業の挑戦~Meetup 25日(月)午後2時からつくば研究支援センター(リアル50人)、オンラインZoom配信(500人定員)。参加費無料。オンライン参加はこちらから。問い合わせは電話029-858-6000(つくば研究支援センター)

自立生活とは自分らしい生活 《電動車いすから見た景色》23

【コラム・川端舞】普段、障害者運動に関わっていると、「自立生活」という言葉をよく使う。最近、改めて「自立生活」とは何かを考え直す機会があった。 障害者運動における「自立生活」とは、必ずしも食事やトイレなどを自分1人ですることではなく、自分の生活を誰にどのように手伝ってもらうか、どこで誰と住むかを自分で決めながら、自分らしく生活することだ。自分1人で決めるのが難しい場合は、周囲の人と一緒に考えながら決めることもあるだろう。大切なのは、どんな生活がその人らしいのかということだ。 一方、「自立生活」は、障害者が介助者など必要な公的支援を受けながら、一人暮らしをするという意味で使われることがほとんどだ。家族と生活していると、どうしても家族の生活に合わせる必要が出てきて、障害者自身が心地よいリズムで生活するのが難しくなることが多いからだろう。私も「自立生活=1暮らし」と今まで思っていた。しかし、最近、家族と生活していても自立生活はできるのではないかという意見を聞いた。 家族と暮らしても自立生活はできるのか 私は大学進学を機に1人暮らしを始めるまで、家族と一緒に暮らしていた。当時は介助者を使っておらず、家の中ではほとんど母親から介助を受けていたため、入浴するのも外出するのも母親の生活リズムに合わせる必要があった。冷蔵庫から飲み物を出すのも家族にやってもらう必要があるため、喉が渇いたら、家族の誰かが台所にいるタイミングを見計らって、「お茶を取って」と言う必要があった。 家族はリビングで座っているときでも、私が頼むとお茶を持ってきてくれるのだが、家族には1人1人自分の生活があるため、私が何か家族に頼むことで、家族自身の生活を中断させるのが申し訳なかった。実家にいる間、私は常に家族の顔色を見ながら生活していたのだ。 一方、介助者は障害者の介助をするために障害者の家に来る。介助者に介助を頼むのに遠慮する必要はない。確かに、家族と暮らしていても、必要な時間は介助者のサポートを受け、家族に気を遣わなくても、自分のやりたいことができるなら、自分らしい生活はできるのかもしれない。 しかし、11年間介助者の介助を受けて1人暮らしをし、自分の心地よい生活リズムが分かってきた私でも、実家に帰ると無意識に、家族の生活リズムに合わせてしまう。ずっと家族から介助を受けてきた障害者は、なおさらどんな生活が自分らしいのか分からないだろう。家族と暮らしながら、自分らしい生活である自立生活をするのは本当に実現可能なのだろうか。(障害当事者)

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