火曜日, 10月 6, 2026
ホームつくば出資会社作りクレオ全部取得を提案 子供向け科学体験型商業施設に再生 つくば市負担34億

出資会社作りクレオ全部取得を提案 子供向け科学体験型商業施設に再生 つくば市負担34億

【鈴木宏子】百貨店などが撤退し今年2月から閉鎖されているつくば駅前の商業施設クレオ(筑波都市整備所有)について、同市の五十嵐立青市長は28日、市が出資するまちづくり会社をつくってクレオの土地と建物全部を約38億円で購入する案を発表した。子どもたちが遊びながら科学を学べる体験型商業施設に再生し、出資会社が運営する。市が負担する費用は20年間の賃料なども含め総額約34億3000万円になるという。同日開かれた市議会全員協議会に示した。

新たな商業施設は、1、2階に食品スーパー、百貨店、地元の飲食店や物販店のほか、温浴・健康施設、自転車・アウトドアスポーツ拠点施設などを配置する。目玉となる3~5階は、子ども向け科学体験教育施設、世界のおもちゃ体験施設、書店などを入居させる。市は5階に子供や科学に関する本を集めた子ども科学図書館と市役所窓口を出店する。

各階の配置案(つくば市作成)

体験施設の具体的な中身やどのようなテナントが入居するかについては現在、打診中でまだ決まっていないという。ただし東京・お台場と豊洲に新しいデジタルアートミュージアムを開設して話題のデジタルコンテンツ制作会社「チームラボ」、ロボットスーツを開発・販売する筑波大発ベンチャー企業の「サイバーダイン」、廃校になった小学校で世界のおもちゃに触れて遊べる体験型ミュージアムを運営する「東京おもちゃ美術館」など、注目を集める会社などと協議していると強調している。

商業施設を運営するまちづくり会社は、市が20億円、民間事業者が30億円を出資し資本金50億円とする。民間の出資会社はまだ確定してないがサイバーダインなどと協議中という。さらに金融機関から21億円を借りて計約71億円の資金を元に、約38億円でクレオを購入、約29億円で改修し、約4億円を初期の運転資金に充てるという。入居するテナントの賃料は、クレオの周辺相場が1坪(3.3平方㍍)当たり1~2万円程度なのに対し、3~7割安い7500円程度とし、開業2年目から約1億円の黒字になると試算している。

マンション建てるべきでない

クレオはつくば科学博が開催された1985年に建築。地下2階、地上8階建てで、面積は約1万5000平方㍍、延床面積約5万6000平方㍍。

クレオの再生をめぐって五十嵐市長は6月、約22億円で5、6階に図書館など公共施設を入居させることを検討していることを明らかにした。その後、所有者の筑波都市整備が、年内にも売却を行いたい意向を示したことを受け、今回、新たな案が提示された。

年内に売却の場合、商業施設と併設して14階建てマンションが建設予定であることから、マンション建設をすべきでないとして、全部購入する案としたという。さらに6月時点では標準耐用年数を超えている施設をすべて更新した場合、51億6200万円かかると試算されていたが、あと20、30年は使えるとして長期改修を15億円程度にとどめる。

市の新たな案について筑波都市整備は「市の案が出たということなので、中身を見て確認したい」としている。

10月16日まで市民の意見を募集

市は今回の案を市ホームページで公表、さらに10月7日ごろに市広報臨時号を新聞折り込みなどで配布して、29日から10月16日まで市民の意見を募集する。市民説明会は10月14日午前10時から市役所2階で開く。

アンケートなどで市民の合意が得られれば、10月下旬に市議会臨時議会を開き、20億円の出資の是非について諮る。議会で可決されれば11月中にまちづくり会社を設立、12月中旬にクレオを購入するという。

一方、市議会全員協議会では「さまざまな課題がある中、なぜクレオを優先するのか」「周辺部にどれだけ波及効果があるのか」「公共性があまりにも少ない」「テナントが埋まらないというリスクはないのか」「拙速に進めるべきでない」などの質問や意見が相次いだ。

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