土曜日, 10月 17, 2026
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駅の1時間《短いおはなし》48

【ノベル・伊東葎花】

みのりが、春のあぜ道を走っている。赤いカーデガンがかわいい。
畑仕事のおじいさんが、目を細めて話しかけた。

「みのりちゃん、どこに行の?」

「駅。ママを迎えに行くの」

みのりのママは都会の病院に入院していたが、今日退院して帰ってくる。

「そうか。ママが帰ってくるのか」

おじいさんは幼い背中を見送って、おばあさんに尋ねた。

「みのりちゃんは、いくつになったかな?」

「5歳ですよ」

「5歳か。かわいい盛りだ」

駅には、誰もいない。小さな無人駅だ。
ベンチに座ると、どこからか髪の長いおねえさんが来た。

「お嬢ちゃん、誰か待ってるの?」

「パパとママを待ってるの。入院したママが電車で帰ってくるから」

「そう」

「おねえさんは誰を待ってるの?」

「私は、時間が過ぎるのを待ってるの」

「ふうん。こんな暗い駅より、もっといいところで待てばいいのに」

「ここじゃなきゃだめなの」

「どうして?」

「だって、ここにいれば年をとらずに済むわ」

「えっ?」

「ここでの1時間は、外での1年。ほら、浦島太郎の竜宮城みたいにね」

竜宮城は知っているけど、みのりにはピンとこなかった。

「外に出てごらんなさい。ちょうど10分過ぎたわ」

みのりが外に出ると、蒸し暑かった。今にも雨が降りそうだ。紫陽花が咲いていた。

「ね、2カ月進んで、6月になっていたでしょう」

おねえさんは、何でもないような顔で言った。

「うそだよ。電車は? パパとママは?」

「春まで待てば電車が来るわ」

「そんなのうそだ」

みのりは、外に飛び出した。

セミが鳴いていた。太陽が容赦なく照りつけて、じりじりと肌を焼く。
8月だった。そして季節はすぐに秋に変わった。
みのりは怖くなった。おねえさんの言うことは、本当だ。

「いいじゃない。あなたにとっての1年なんて、大したことないわ」

「いやだ。電車いつ来るの? パパとママに会いたいよ」

泣き叫ぶみのりを横目に、おねえさんは時計を見た。ちょうど1時間が過ぎた。
「ああ、また春が来たわ。お嬢ちゃん、ありがとう。もういいわ」

「みのり、起きなさい」

みのりは、肩をゆすられて目を覚ました。目の前に、パパとママがいた。

「パパ、ママ」

「みのり、ひとりで迎えに来たんだね」

「待ちくたびれて眠っちゃったのね」

パパの大きな手が、みのりを抱き上げた。
「ただいま、みのり」とママが笑った。よかった。パパとママ、ちゃんと帰ってきた。
あれは怖い夢だった。おねえさんは、どこにもいない。

みのりは、パパとママと一緒に、あぜ道を歩いた。あれ?靴が少しきつい。
赤いカーデガンの袖も、短くなっている。
畑仕事のおじいさんが「退院おめでとう」と手を振った。
おじいさんは、幸せそうな親子を見送って、おばあさんに尋ねた。

「みのりちゃんは、いくつになったかな?」

「6歳ですよ。もうすぐ小学生です」

何も変わらないのに、春の駅で、みのりの1年だけが奪われた。

(作家)

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