【コラム・小泉裕司】土浦の全国花火競技大会は1992年以降、新たな挑戦の歴史に入る。今回は、その主な動きを記しておきたい。
1992年:土浦と大曲の大会名の違い
秋田県大仙市の大曲の花火大会名は「全国花火競技大会」だが、土浦は「土浦」を冠している。同じ内閣総理大臣賞が授与される大会なのに、なぜ名称が違うのかと疑問に思う方もいるかもしれない。実は、かつては両大会とも「全国花火競技大会」の名称で開催されていた。1992年、両大会の区別を明確にするため、土浦が現在の名称に変更し、今では全国的に定着している。
2000年:審査基準の差別化
内閣総理大臣賞の創設に当たり、国から「明確な審査基準を設けなければ、賞を授与することはできない」との条件が示された。そこで、大曲の審査基準を参考にしながらも、土浦らしい基準を熟考。3部門の優勝者から、煙火技術の向上に寄与するとともに、観客に感動を与えた作品を総合的に判断して選ぶこととした。
一方、大仙市の大曲「全国花火競技大会」では、全4部門の総合評価(合計得点)が最も高かった花火業者に、内閣総理大臣賞が授与される。
2000年:土浦花火づくしの感動
この年に始まった「土浦花火づくし」(9月20日付コラム)は、当初一度限りの予定だったが、反響が大きかったことから継続開催が決まった。現在も日本煙火協会茨城地区会の6社が企画・打ち上げを担い、競技花火とともに観客に感動を届けている。
2011年:余韻に浸るエンディング花火
第80回記念大会では、来場者への感謝を伝えるとともに、花火の余韻に浸りながら帰路についてもらおうと、「エンディング花火」を企画した。7号玉80発を音楽に合わせて打ち上げた。この企画を機に、翌年以降も大会回数と同じ数の花火を打ち上げることとなった。
2014年:競技開始前にレクチャー花火
第83回大会からは、花火をより身近に感じ、競技大会を一層楽しんでもらうための取り組みも始まった。「レクチャー花火」は、花火の種類や星の開き方などを事前に解説し、理解を深めてもらう企画で、伝統的な菊花火から最新の点滅花火、人気の冠菊など10種類の5号花火を打ち上げる。

2014年:超人気の花火師登場
花火師たちを紹介するとともに、前大会の内閣総理大臣賞受賞者があいさつし、花火師たちの意気込みを伝えるものだ。当時、県外の花火大会では、打ち上げ終了後に花火師と観客がエールを交換する取り組みが始まっていた。堤塘(ていとう)など地形的な制約から同様の演出が難しい土浦が、知恵を絞って生み出した企画である。いずれも好評を博している。
2025年:規制退場待ちにアフタートーク
2025年の100周年記念第94回大会では、コロナ禍を経て導入された規制退場に協力し、退場を待つ来場者への「おもてなし」として、花火鑑賞士やラジオ解説者によるトークショーを場内放送した。当日の競技大会の感想や審査結果の予想などを語る企画は好評を博し、今年も実施に向けて準備を進めている。
営々と築かれた歴史に安住せず、「新しい挑戦」と「おもてなし」を追求する実行委員会。「お越しいただいた皆さんに楽しんでもらいたい」という一心で創り上げられる「土浦の花火」の進化は、これからも止まらない。
さあ、今年も土浦の夜空を舞台に、心を揺さぶる感動の時間が幕を開ける。本日はこれにて打ち留めー!(花火鑑賞士、元土浦市副市長)
<参考文献>
「花火と土浦」(土浦市、2018年)
「土浦と大曲の友情物語」(2023年製作)※YouTube動画(15分)配信中





