産業技術総合研究所つくばセンターの研究補助だった男性(46)が2021年、福島県郡山市の産総研福島再生可能エネルギー研究所に出張し、実験作業中、人体に有害な高濃度のアンモニアを吸い込み、気道などに損傷を受け後遺症を負ったなどとして今年7月、産総研を相手取って、水戸地裁土浦支部に、慰謝料など計約490万円の損害賠償を求め提訴していたことが分かった。
男性は2015年12月に同つくばセンターの省エネルギー技術研究部門(つくば市並木)に採用され、ひと月のうちの2週間は福島に出張。石炭や天然ガスに代わり二酸化炭素を出さないアンモニアを燃焼させて発電する次世代の燃焼技術を開発する実験の補助をしていた。
2021年7月14日、液化アンモニアを燃焼させる実験終了後、上司の指示を受けて配管内に残った液化アンモニアを取り除く作業中、出てきたアンモニアを吸い込み、強い頭痛と胸の痛みに襲われた。数カ月するとせき込むようになり、強いせきが何度も出てろっ骨を折ったほか、わずかな量の化学薬品にさらされるだけでせきが止まらなくなるなどの症状が出るようになった。男性は労災認定されたほか、後遺障害にも認定。事故後は実験補助の仕事から離れ、つくばセンターでパソコンを使った事務作業のみの仕事になった。その後2025年3月末、雇用する予算が無くなるとの理由で雇止めになった。
聞き入れてもらえず
アンモニアは吸引すると、皮膚や目を損傷し、呼吸器に障害が出るなどから、取り扱う場合は、労働安全衛生法などで保護具を着用することとされている。
男性によると、配管に残ったアンモニアを取り除く作業は、「除害槽」といわれるタンク内の水に配管のアンモニアを溶け込ませる。除害槽内の水は、アンモニアをこれ以上溶かし込むことができなくなる飽和状態になったことを確認したら、廃液回収業者に依頼して交換しなければならない。
事故のあった前日、男性は、前日までの実験により、除害槽の水がアンモニアで飽和状態となっているかもしれないと考え、上司に、除害槽の廃液回収の手配を依頼したが聞き入れてもらえなかった。事故当日、上司から作業の指示を受けた男性は、除害槽が飽和している可能性があると考えられたことなどから「危険」だと答えたが、上司から強い口調で「やってください」と命令があった。配管に残ったアンモニアを取り除く作業をする時は防毒マスクを着用しないよう指示されていたため、男性は防毒マスクを着用せずに現場に入った。そして事故に遭ったとする。
後遺症伝えると不採用に
事故により男性は通院治療を余儀なくされた。退職後、就職活動をする中、面接で「職場で化学薬品を使うとわずかな量でも反応し頭痛やせきの症状が出る」と伝えると不採用になった経験が複数あったなど、理不尽さをたびたび味わい「産総研の事故の影響で就職することがとても困難な体になったと思った」と話す。
男性は退職直前の2025年から弁護士を代理人とし、事故の責任について産総研と話し合いを始めた。しかし折り合わず、土浦簡易裁判所に調停を申し立てたが不調に終わり、今年7月、提訴に至った。
男性は「2021年の事故後も、私が退職する2025年3月末までの間に、福島に出張した職員が事故を起こし、実験が停止になる事案が5件発生している」と指摘。「アンモニア発電の研究は国が進めてきた水素社会の実現に向けた研究開発の流れの中で進められているが、このままでは、どのような事故が起こり、自分の身に何が起こったのかが知られることなく風化させられてしまうと思った。研究現場でどのような事故が起こり、私の体にどのような被害が出たのかを社会に知ってもらい、将来この技術を扱う人に同様の事故が起こることを防ぐため提訴した」と語る。男性の代理人でつくば市の飯塚皓弁護士は「粛々と裁判手続きを進めたい」とする。
これに対し産総研報道室は「裁判に関するコメントは差し控えさせていただきます」としている。(鈴木宏子)





