金曜日, 10月 23, 2026
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世界初公開資料も デフリンピックの歴史知るパネル展 筑波技大

聴覚障害者による国際スポーツ大会「東京2025デフリンピック」が11月に開催されるのに先立ち、筑波技術大学(つくば市天久保 石原保志学長)の天久保キャンパスで、デフリンピックの歴史を紹介する特別パネル展「デフリンピックの歴史を知る」が7日から始まった。展示されているのは、大会最初期の記録などに基づき作成された歴史年表などパネルや動画作品約20点。会期は11日まで。

資料作成を担ったのは、企画を担当する同大教員で、デフリンピックの主催団体「国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)」副会長の大杉豊教授だ。大杉さんは今回の展示資料作成のために3月に渡米し、聴覚障害者の大学・ギャローデッド大学に保管される非公開資料などを調査した。

「100箱以上ある全てのボックスを開けて中身を確認した。これまで把握できなかった国際ろう者スポーツ委員会設立当時の議事録をはじめ、国際オリンピック委員会が初めて国際ろう者スポーツ委員会を認知した時の通知など貴重な資料が多数あった。今回の展示では、世界初公開となる資料も複数含まれている。聞こえない人が、時間をかけて大会を発展させてきた。デフリンピックを知ってもらう機会にしたい」と企画への思いを語る。

米国で発見した資料をもとに作成した展示パネル

「手話の復権」

デフリンピックの始まりは、1924年8月にフランス・パリで開かれた、ろう者による世界初となる国際スポーツ大会「国際サイレント大会」だ。以降、それぞれ4年に1度ずつ夏期と冬季にそれぞれ大会が開かれた。今回の東京大会は25回目の夏季大会。デフリンピック100周年の記念大会で、日本での開催は夏・冬通じて初めてとなる。

大杉さんが、今回の展示で伝えたい物語の一つに「手話の復権」があるという。第1回大会がパリで開かれた当時、世界的に手話は差別の対象となっていた。1880年にイタリア・ミラノで開かれた第2回国際ろう教育者会議(通称:ミラノ会議)で、ろう学校での手話が禁止され、言葉を声に出して話す「口話」がろう者のコミュニケーション手段として奨励された。日本でも1933年にろう学校での手話使用が禁止された。口語のみを認め、ろう者の言語である手話が否定されたことは、ろう者の尊厳を傷つけることにつながったという。

パリで第1回大会が開かれるひと月前、同じパリで、第8回夏季オリンピックが開かれていた。それを見た、ろうの当事者たちは「聞こえる人も、スポーツを楽しんでいる。聞こえない人たちも、同じように楽しみたい」と考えた。そして、「スポーツのために世界から人が集まるのなら、心置きなく世界中の人々がコミュニケーションを取り合い、精一杯スポーツを楽しもう。そのために手話が話されるのは悪くない」と話し合ったという。大杉さんは「第1回大会はいわば、手話にとっての『ルネサンス(復権)』」の機会となったのだと話す。

今回の展示では、大杉さんが米国で関係者から聞き取った「手話の復権」に関するインタビュー動画も上映する。国際手話で語られた内容に、日本語字幕と、日本語手話と字幕を載せた約20分の映像作品だ。期間中、毎日正午から午後1時までの間、リピート再生する。

一連の調査と資料作成を通じて大杉さんは「時代を超えて(国際スポーツ大会を始めた)当時の人々の気持ちとつながることができたのは感慨深かった」と語る。

11月16日から

手話で拍手をした手を前に突き出す「サインエール」は、デフリンピック東京大会のために開発された目で見える応援スタイルだ

11月16日から始まる「東京2025デフリンピック」は、東京体育館(渋谷区)や駒沢オリンピック公園総合運動場(世田谷区)など東京都内にある17会場のほか、静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター、福島県楢葉町のJビレッジなど19会場で全21競技が行われる。12日間の大会期間中、70から80の国と地域から約3000人の選手が参加する。

筑波技術大学・大学院からは、現在、産業技術学部に所属するテコンドー選手の星野萌さんら5人が代表に内定している。また、バドミントンの沼倉千紘さん・沼倉昌明さん、サッカーの岩渕亜依さん、柔道の蒲生和麻さんなど多数の卒業生も代表選手に選ばれている。大会のエンブレムをデザインしたのは、卒業生の多田伊吹さんだ。

「是非、聴覚障害者が活躍する大会があるということを知ってほしい」と、同大広報担当の折笠紀恵さんも期待を込める。(柴田大輔)

◆特別パネル展「デフリンピックの歴史を知る」は7日(月)~11日(金)、つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学天久保キャンパス「大学会館1階OnOffラウンジ」で開催。開館時間は午前9時から午後5時まで。最終日は午後2時まで。展示期間中、毎日正午から午後1時まで、大杉さんが手話による作品解説を行う。入場無料。

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原子力のメッカ、東海第2原発の未来は《黄昏の原子力》1

【コラム・披田信一郎】茨城県東海村にある東海第2原発は、48年前の1978年11月28日、沸騰水型(BWR)原子炉による110万キロワットの大型商業用原発として運転を開始した、この国でも極めて古い老朽原発だ。2011年の東日本大震災では津波をかぶって、「あわや」というところまで行った被災原発でもある。 その時から15年以上止まったままだが、事業者の日本原子力発電(日本原電)は再稼働させるとして、福島原発事故を受けた「新規制基準」への適合性審査を受けてきた。2018年に許認可を得て、その後「安全対策工事」が進められてきている。工事終了予定を今年12月としてきたが、8月末に4回目となる延期で「2028年下半期に」とした。 一部の審査や工事全体の遅れもあるものの、この間、3年以上も工事が止まってきた。原因は、安全対策の要である津波への防潮堤建設で欠陥工事を引き起こし、工事関係者による内部告発を受けてようやく公表したという問題だった。当初、コンクリートの未充填(じゅうてん)やら変形した鉄筋などを、補修で解決しようとしていた日本原電だが、原子力規制委員会・規制庁からはそれでは済ませられないと、その基礎部分の「設計および工事計画の認可」の取り直し、構造の変更申請となった。 3年に及ぶ審査で、8月末、ようやく「おおむね妥当」とされたが、未だに細部の審査は続き、正式な認可はまだだ。 欠陥工事となった地中の基礎を撤去しての作り直しも出来ず、出来てしまっている欠陥のある鉄筋コンクリートの地中壁を残したままにして、鋼管杭を追加し、さらに地盤の改良工事も加えることで、4600トンという鋼製の防護壁を支えて地震や津波に耐えられる構造設計となることが計算上認められるというのだが、審査にあたってきた規制庁の審査官にも不安が残っているように見受けられる審査過程だった。 防潮堤新設が安全対策工事の要 東海第2原発はそもそも50年以前の古い設計で、大規模な地震や津波対策が想定されていなかった。あの3.11の教訓から、高さ(標高)20メートルの防潮堤新設が安全対策工事の要とされていた。それにもかかわらず、既存の取水口をそのままに、津波を正面から受け止める防潮堤を作るとした設計から無理があったと思えている。 狭い敷地での難工事に、土木建設に不得手な原子力専業会社の日本原電が、工事監理しきれずに起きた問題を、この次は慎重に施工管理していくというのだが、私たち住民も、原子力規制委・規制庁も、それ以上に発注者の日本原電自身が不安を感じているのではないだろうか。 その結果を、実際の大地震・大津波が起きて検証するしかないのではたまらない。このコラムを《黄昏(たそがれ)の原子力》としたのは、今、再稼働を目指そうとしている東海第2原発自体が以上のような状況であり、原子力のメッカと自称すらした東海村・大洗町を抱える私たちの茨城県の原子力の未来は、すでに黄昏(たそがれ)に入っているという思いから、原発、再処理施設、新たに文献調査を受けてしまった常陸大宮市の最終処分地問題など、つれづれに報告をしていこうと考えている。(元龍ケ崎市議、東海第二原発差止訴訟原告) 【ひだ・しんいちろう】親の仕事で各地を転々とし、龍ケ崎市に住むようになって39年。原子力業界の専門紙の仕事をしていたこともあり、原発や再処理など原子力利用の危険性や住民運動に関心を持つ。現在、東海第二原発差止訴訟の原告。JCO臨界事故などを通して知らされた原子力利用の問題に茨城県民のひとりとして、関心を持ち続けている。1948年、東京生まれ。元龍ケ崎市議会議員。