土曜日, 10月 10, 2026
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世界初公開資料も デフリンピックの歴史知るパネル展 筑波技大

聴覚障害者による国際スポーツ大会「東京2025デフリンピック」が11月に開催されるのに先立ち、筑波技術大学(つくば市天久保 石原保志学長)の天久保キャンパスで、デフリンピックの歴史を紹介する特別パネル展「デフリンピックの歴史を知る」が7日から始まった。展示されているのは、大会最初期の記録などに基づき作成された歴史年表などパネルや動画作品約20点。会期は11日まで。

資料作成を担ったのは、企画を担当する同大教員で、デフリンピックの主催団体「国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)」副会長の大杉豊教授だ。大杉さんは今回の展示資料作成のために3月に渡米し、聴覚障害者の大学・ギャローデッド大学に保管される非公開資料などを調査した。

「100箱以上ある全てのボックスを開けて中身を確認した。これまで把握できなかった国際ろう者スポーツ委員会設立当時の議事録をはじめ、国際オリンピック委員会が初めて国際ろう者スポーツ委員会を認知した時の通知など貴重な資料が多数あった。今回の展示では、世界初公開となる資料も複数含まれている。聞こえない人が、時間をかけて大会を発展させてきた。デフリンピックを知ってもらう機会にしたい」と企画への思いを語る。

米国で発見した資料をもとに作成した展示パネル

「手話の復権」

デフリンピックの始まりは、1924年8月にフランス・パリで開かれた、ろう者による世界初となる国際スポーツ大会「国際サイレント大会」だ。以降、それぞれ4年に1度ずつ夏期と冬季にそれぞれ大会が開かれた。今回の東京大会は25回目の夏季大会。デフリンピック100周年の記念大会で、日本での開催は夏・冬通じて初めてとなる。

大杉さんが、今回の展示で伝えたい物語の一つに「手話の復権」があるという。第1回大会がパリで開かれた当時、世界的に手話は差別の対象となっていた。1880年にイタリア・ミラノで開かれた第2回国際ろう教育者会議(通称:ミラノ会議)で、ろう学校での手話が禁止され、言葉を声に出して話す「口話」がろう者のコミュニケーション手段として奨励された。日本でも1933年にろう学校での手話使用が禁止された。口語のみを認め、ろう者の言語である手話が否定されたことは、ろう者の尊厳を傷つけることにつながったという。

パリで第1回大会が開かれるひと月前、同じパリで、第8回夏季オリンピックが開かれていた。それを見た、ろうの当事者たちは「聞こえる人も、スポーツを楽しんでいる。聞こえない人たちも、同じように楽しみたい」と考えた。そして、「スポーツのために世界から人が集まるのなら、心置きなく世界中の人々がコミュニケーションを取り合い、精一杯スポーツを楽しもう。そのために手話が話されるのは悪くない」と話し合ったという。大杉さんは「第1回大会はいわば、手話にとっての『ルネサンス(復権)』」の機会となったのだと話す。

今回の展示では、大杉さんが米国で関係者から聞き取った「手話の復権」に関するインタビュー動画も上映する。国際手話で語られた内容に、日本語字幕と、日本語手話と字幕を載せた約20分の映像作品だ。期間中、毎日正午から午後1時までの間、リピート再生する。

一連の調査と資料作成を通じて大杉さんは「時代を超えて(国際スポーツ大会を始めた)当時の人々の気持ちとつながることができたのは感慨深かった」と語る。

11月16日から

手話で拍手をした手を前に突き出す「サインエール」は、デフリンピック東京大会のために開発された目で見える応援スタイルだ

11月16日から始まる「東京2025デフリンピック」は、東京体育館(渋谷区)や駒沢オリンピック公園総合運動場(世田谷区)など東京都内にある17会場のほか、静岡県伊豆市の日本サイクルスポーツセンター、福島県楢葉町のJビレッジなど19会場で全21競技が行われる。12日間の大会期間中、70から80の国と地域から約3000人の選手が参加する。

筑波技術大学・大学院からは、現在、産業技術学部に所属するテコンドー選手の星野萌さんら5人が代表に内定している。また、バドミントンの沼倉千紘さん・沼倉昌明さん、サッカーの岩渕亜依さん、柔道の蒲生和麻さんなど多数の卒業生も代表選手に選ばれている。大会のエンブレムをデザインしたのは、卒業生の多田伊吹さんだ。

「是非、聴覚障害者が活躍する大会があるということを知ってほしい」と、同大広報担当の折笠紀恵さんも期待を込める。(柴田大輔)

◆特別パネル展「デフリンピックの歴史を知る」は7日(月)~11日(金)、つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学天久保キャンパス「大学会館1階OnOffラウンジ」で開催。開館時間は午前9時から午後5時まで。最終日は午後2時まで。展示期間中、毎日正午から午後1時まで、大杉さんが手話による作品解説を行う。入場無料。

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