火曜日, 12月 9, 2025
ホームコラム《ひょうたんの眼》33 今の唯一のコロナ対策

《ひょうたんの眼》33 今の唯一のコロナ対策

【コラム・高橋恵一】日本の役人やサラリーマンの悪い癖は、「やらない理由」を探すことだ。求められる仕事が、正当で必要なことであっても、やらない。バリアの除去を躊躇(ちゅうちょ)するだけでなく、さらなるバリアを見つけ出して、できない理由を強化することもいとわない。

なぜか? 前例がない、予算と計画がない、結果がよくない場合の責任を取れない、他人に指摘されてからやるのは嫌だ―などなど。新型コロナ対策の現状を見ると、小学生に判断してもらった方がよいのではないかと思われるほど、適切な対策の選択ができない。

第3波が来て、緊急事態宣言が出ても、感染者を救うための医療体制も用意できず、治療も受けられないまま、死亡する人もいる。この日本で、だ。

まず、PCR検査を最大化して、今からでも悉皆(しっかい)検査をして、無症状の感染者からの感染拡大を止め、無感染者の行動を開放すべきだ。検査を受けてないために、自分や接触者が感染しているかどうかが分からない。医療従事者、介護施設、学校、保育施設、その他の福祉施設などの従事者や関係者は、検査が陰性なら感染させる心配をせずに従事できるし、児童生徒や利用者は、安心して通学・通園、利用ができる。

医療体制が間に合わないので、検査数を抑えているという情報があるが、本末転倒も甚だしい。医者が多いと病人が増えて、医療費が増えるというのは、日本の厚生行政が堅持している基本姿勢だが、この事態に至って、人命軽視の非情な結末が明らかになっているのだ。

1年前、新型コロナ感染が起こったとき、中国の武漢やヨーロッパ各国では、臨時の大規模病院を設置して、感染者を収容する態勢をつくった。日本でも、帰国者の待機期間を受け入れた千葉県のホテルの英断があったし、オリンピック選手村を利用したり、つくば市にある某財団の広大な敷地を臨時施設用地として提供する提案もあった。

大量に感染者が出た場合、既存の医療機関だけでは、施設としても、スタッフの面でも足りなくなるのは明らかだったし、悲劇的なケースが大量に生じることも充分に予測できるはずだ。ノーベル賞受賞者の有志からも提案されている。臨時の大規模病院を設置して、基本的に自宅待機、自宅療養は避けるべきだ。

感染者と非感染者を区分せよ

PCR検査の検査方法についても、唾液を使った検査や検体数をまとめて検査するプール方式の検査も、早い時期から提案されている。感染拡大初期に、フランス政府が日本製の自動検査機を使って多数の検査が効率的にできたと感謝されたとの報道もあった。中国や韓国でも、検査を大量に実施している報道がされている。多くの情報があるのに、効率的な検査を実施できないのは、誰かが拒んでいるのか。

大量に、効果的に検査を実施し、感染者と非感染者の区分ができれば、外出制限や飲食店の営業を制限しなくても済むようになる。病院や老人ホームでの家族面接もできるようになる。台湾のように、ほぼ日常生活が復元できるようにすることも可能ではないか? 検査で陽性だった人へのワクチン投与は、後回しにできる。

大きな期待がかかっているワクチン投与についてだが、マイナンバーの利用を検討しているという。ワクチンの供給、移送、冷凍保存などのインフラ整備をしたうえで、投与の実施は市町村に任せるのがよい。多分、住民基本台帳を基に、淡々と投与できるであろう。

取得者が20%弱のマイナンバーカードを組み入れたり、投与事業のシステム設計を外部業者に委託したりしない方がよい。二兎を追うものは一兎を得ず。緊急の時こそ、堅実な方策を採ることが一番早いことは、多くの歴史が教えるところだ。

いずれにしても、ワクチンの投与が国民全体に行き渡るのは、次の秋の感染拡大に間に合うかどうかであろう。先ず、現在の感染の事態を、確実に抑え込むことだ。経済活動の復旧には、それが早道である。(地図好きの土浦人)

➡NEWSつくばが取材活動を継続するためには皆様のご支援が必要です。NEWSつくばの賛助会員になって活動を支援してください。詳しくはこちら

2 コメント

2 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る
スポンサー
一誠商事
tlc
sekisho




spot_img

最近のコメント

最新記事

和訳 ときどき「みすゞ飴」《続・平熱日記》187

【コラム・斉藤裕之】伸びた庭木の枝でも切ろうかと思うが、まだまだ蚊がいたり天気が悪かったりして。絵を描くのも日がな一日というわけでもないので、さて、何をしようかと…。そこで目に付いたのが分厚い本。表紙カバーは光沢のある青に小さな魚の群れが描かれている。 実は英語で書かれている小説で、かれこれ20年以上前に東京の洋書屋さんで買い求めたもの。「FISH of the SETO INLAND SEA」つまり「瀬戸内海の魚」。このタイトルに引かれて買った。何の話か全く分からず、作者は日本の女性? 何度も読み始めては挫折して、結局放ったらかし。 でも、なんか気になって目につくところには置いてあった。ちなみに、私の英語の能力は高卒程度かつ年齢と共に退化中。 それから、これもノートとしてはかなり厚手のわら半紙製の、多分この先も使う当てのないものを引き出しの中に見つけて、和訳したものを書き始めた。日本の話ではあるし、それも舞台は故郷の瀬戸内海。頭の中に映像が浮かびやすい。それほど難しい言い回しもない。 とにかく、ボールペンでひたすら和訳文を書いていく。そこで今どき大変重宝するのがネット検索。パソコンを開いてわからない単語はもちろん、今一つうまく訳せない時には文章を打ち込むと、なるほどね。おまけにネイティブの発音まで聞ける。 しかし、目的はこの物語を読み切りたいということだから、単語や熟語を覚える気はさらさらないし、英語のお勉強をするという向上心もない。その上、人に見せるためではないので、悪筆走り書きで私自身も読み返すことができないほど。しかし、面白いことにこの方法で和訳をしていくと、ストーリーはもちろん、リアルな映像として頭に残っていく。 そばぼうろ、かりんとう、ふがし さて、楽しみながらの和訳も、いかんせん目が遠くてそう長くはやっていられない。そんな時目に留まったのが「みすゞ飴(あめ)」。いわゆるゼリー菓子。長野の上田にお店があるのは知っていたが、先日、千曲のギャラリーに行った折に初めて買ってみた。 食べるというより、セロファン製の包み紙の色合いが良くて、私の身の回りにはない色合いだから、絵を描こうと思って買ってきた。それを一つ二つ、まずは描いてみた。それから口に入れてみた。「?!」 思っていたよりもいい感じのかみ応え、しかもそれほど甘くない。思っていたゼリーとはちょっと違った。そして、私はみすゞ飴にはまってしまった(茨城のスーパーでも売っているのを発見)。 「みすゞ」とは、「信濃」にかかる枕詞だそうで篠竹のことだそうだ。言葉の響きもいいし、「ゞ」という踊り字もかわいらしい。今度生まれてくる孫は女の子だそうだから、「みすゞ」ちゃんという名前はどうだろう。上田は向こうのお母さんの故郷でもあるし…。 新聞の記事によると、世間ではグミがはやりというが、私はみすゞ飴をひとつ口に入れて和訳再開。この小説の時代設定にも、寒天と水飴でできたみすゞ飴が似つかわしい。さて、果たしてこの本を読み切ることはできるのか…。というか、最近、そばぼうろとかかりんとう、ふがしなんか買ってしまうのは、年齢のせい? 来年につづく。(画家)

6年ぶりに常陸大宮で農村歌舞伎《邑から日本を見る》189

【コラム・先﨑千尋】少し古い話題だが、常陸大宮市で10月25日に行われた「西塩子(にししおご)の回り舞台」を紹介する。 西塩子地区は常陸大宮市にある山間部の小さな里山集落で、戸数は50戸ほど。戸数は減り、高齢化も進む。ここで、江戸時代から地域の娯楽として農閑期の田んぼなどで農村歌舞伎が演じられ、住民らに親しまれてきた。しかし1945年を最後に行われなくなり、道具類は地域の倉などに納められていた。 1991年、当時の大宮町歴史民俗資料館の石井聖子さんらが調査に入り、同地区の組立式舞台が江戸時代後期の文政年間のものと判明した。現存する日本最古の組立式農村歌舞伎舞台で、回り舞台もある本格的な舞台だ。現在は県の有形民俗文化財に指定されている。 舞台は公演後には解体されてしまう。94年に回り舞台保存会が結成された。97年に隣県の歌舞伎伝承者らに指導を仰ぎながら、半世紀ぶりに公演を復活させ、原則3年おきに公演が行われてきた。これまで、定期公演の他に「ふるさと歌舞伎フェスティバル」など多くの催しに出演し、「サントリー地域文化賞」などを受賞している。 前回の公演は2019年。その後、新型コロナウイルスの拡大が活動を直撃した。さらに保存会メンバーの高齢化による担い手不足や資金集めなど課題が重くのしかかり、延期が続いた。 伝統の灯は消えなかった しかし、地域文化の伝統の灯は消えなかった。「ふるさとの伝統文化をなんとか残さなくては」と、有志の市民や茨城大学の学生らでつくるNPO法人が支援の輪を広げ、6年ぶりの公演再開が決まった。昨年10月には再開を支援するためのシンポジウムも開かれた。クラウドファンディングも実施された。 真竹や木材約500本で組み立てられる舞台は、間口、奥行き20メートル、高さ7メートルで、壮麗なアーチ型が大きな特徴。地元の竹林から竹を切り出し、屋根は「いぼ結び」という独特の結び方を駆使して作られる。今回は、高齢化や人手不足により、建設業者やとび職人の手を借りて約1カ月かけて作られた。学生たちも竹の伐り出しや桟敷席の設営などの手伝いをした。 そうして迎えた公演当日。あいにくの小雨模様だったが、客席は満員。午前10時半から子ども歌舞伎を地元の大宮北小の3~4年生が、常磐津「子宝三番叟」と「白波五人男」の稲瀬川勢揃いの場面を演じた。午後は、友好関係にある栃木県那須烏山市の山あげ保存会芸能部会が歌舞伎舞踊「蛇姫様」を演じ、続いて、市内の常磐津伝承教室で小学生が学んだ常磐津「将門」を披露した。 トリを務めたのは、西塩子地区の若手住民と大宮北小の児童らでつくる地芝居一座「西若座」で、「太功記十段目 尼ヶ崎閑居の場」を演じた。観客から拍手や喝さいが沸き起こり、「おひねり」も飛びかった。 保存会の大貫孝夫会長は「高齢化が進み、復活へなかなかやる気が起きてこなかったが、多くの方々に後押しされ、歩み出せた。地域の宝を残すために今後も続けていきたい」と話している。この取り組みはNHKテレビの「小さな旅」でも、11月30日に「常陸大宮市〝西塩子の回り舞台〞復活に向け奮闘する人々の物語」として全国放映された。(元瓜連町長)

つくばサンガイア 東京Vにストレート勝ち

バレーボールVリーグ男子のつくばユナイテッドSunGAIA(略称サンガイア、本拠地つくば市)は6日、つくば市流星台の桜総合体育館で東京ヴェルディ(本拠地東京都稲城市)と対戦し、セットカウント3-0で勝利した。これでサンガイアは5勝2敗で東地区3位。7日も午後2時から同会場で東京Vと再戦する。 2025-26 Vリーグ男子(東地区)レギュラーシーズン(12月6日、桜総合体育館)サンガイア 3-0 東京V25-1625-2225-16 サンガイアは持ち前の高いブロックや強いサーブ、バランスの良い配球などで序盤から順調に加点。「自分たちの良いところを出せ、安心して見ていられた」と加藤俊介監督。唯一、第2セット終盤には相手の猛追を許したが、これはチームの若さが課題として出たという。「勢いに乗ったときは手がつけられないほど躍動するが、逆に小さなきっかけから流れを失うこともある。今日は連続失点でも崩れず我慢できたことが収穫」と加藤監督。タイムアウトを使い「相手を意識するのではなく自分たちの攻撃をしっかりやろう」と声を掛けたそうだ。 特に第3セットでは、村松匠や武藤茂らによるパイプ(ミドルブロッカーをおとりにしたバックアタック)が猛威を振るった。この日の決定率では65.2%を挙げ、いままで積極的に取り組んでいたこの技が、チームの武器になり始めていることが見てとれた。「チームとして意図的にバックを使おうとしており、今日は相手ブロックがミドルを厚くケアしていたので、特にパイプが効果的だった。上位チームと当たるときはもっと真ん中の攻撃を通せるよう、さらに攻撃力や効果力を上げていきたい」とセッターの浅野翼。前節の長野戦ではゲームプランの崩れを修正できず、自身も途中でベンチに下がるという悔しい思いをしただけに、今日はその思いを晴らそうと強気のトスワークが光った。 インフルエンザで不調があった梅本鈴太郎は、この試合では立ち上がりを支えた後、第1セット半ばで榮温輝に席を譲った。榮は今季初出場で「チームのシステムにしっかり入ろうと緊張したが、点を決めたらみんなが喜んでくれて楽しくできた」との感想。相手の動きを読んだ思い切りのよいブロックを得意とし、コースを突く変化の大きなサーブも持ち味の一つだ。「梅本、松林哲平、榮とタイプの異なる3人のミドルブロッカーがいるので、その日のコンディションや相手によって使い分け、攻撃の幅を広げることができる」と加藤監督。 翌日の再戦については武藤主将が「今日はコンビネーションの精度などに課題があったが、それをさらに詰め、自分たちの求めるバレーに積極的にチャレンジし、明日もストレートで勝ちたい」と意欲を見せた。(池田充雄)

進化するクリスマスツリーと変わらないもの《ことばのおはなし》88

【コラム・山口絹記】こどもが11月のうちにクリスマスツリーを飾らねばならないと言い出した。日曜の夕方から設置が始まったのだが、私は夕方から寝落ちしていたため、起きたらイルミネーション含め飾り付けが完了していた。 クリスマスツリーと言っても、ツリーが描かれた大きな壁紙である。つくばに引っ越してきた10年前の冬は、140センチほどのよくあるツリーを飾っていたのだが、抜け毛?抜け葉?いや落葉か?に毎年悩まされて、仕方なく捨てたのだ。 4半世紀以上前の実家に飾ってあったツリーも同じような症状に悩まされていたので、このあたりは進歩がないのだろうと思ったのだが、ネットで検索すると「葉が落ちないクリスマスツリー」なるものがいろいろ販売されている。どうやら人類共通の悩みであったらしい。 とは言え、こどもに加えて観葉植物や昆虫(カブトムシの幼虫)が増えて手狭な部屋にツリーを置くのはなかなかにしんどいものがあるので、今年も我が家はツリーの壁紙だ。飾り付けるオーナメントは(落葉のある)ツリー時代からの使いまわしなのだが、コイツはコイツでキラキラのラメが落ちる。 こどもはオーナメントをいじりたがるので、年末は家の中のそこかしこがどことなくキラキラするのだが、これはもう諦めねばなるまい。 そろそろ丸鶏の予約の時期 そう言えば、私が小さい頃、クリスマスツリーのてっぺんに飾る星が欲しいと父にねだって作ってもらったことがあった。毎年、その星の飾りをクリスマスツリーのてっぺんに差し込むのが楽しみだったのだ。 年賀状も卒業してしまったし、来年はお節も注文してしまおうか、などと話しているのだが、結局、それらは喜ぶ人が減ってきたからなのだろうと思う。楽しみにしている人がいるものまで削減していく必要はない。 クリスマスケーキの注文は済んだし、そろそろ丸鶏の予約の時期だ。こういうのはベタでいいのだ。(言語研究者)