火曜日, 3月 3, 2026
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住民税変更通知書の摘要欄に誤記載 つくば市 電子送信の64社110人分

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つくば市役所

つくば市は26日、市が会社などに14日電子送信した従業員らの住民税変更通知書(市民税・県民税・森林環境税特別徴収税額の決定・変更通知書)について、64事業者の給与所得者ら110人の摘要欄に、誤った税額控除を記載してしまったと発表した。個人情報の流出はなく、徴収税額自体に誤りはないという。

市市民税課によると、今年度分の住民税決定通知書を5月14日に各事業者に送付した後、変更があった分について6月14日、67事業者に115人分の変更通知書を電子送信した。そのうち64事業者110人分の摘要欄に、「寄付金税額控除 〇〇円」「住宅借入金特別控除 〇〇円」など、別人の税額控除の項目と金額を記載してしまったという。

誤記載の原因は、市から変更通知書の作成を請け負った委託業者が、誤ったプログラムで処理をしたため。さらに市職員の確認が不十分だったとしている。

同課は、同日、誤記載があった事業者に電話で謝罪した上で、正しい住民税変更通知書を再度、電子送信した。

再発防止策として同課は、委託業者に対しプログラム内容の確認を強化するよう指示するほか、市職員による納品時のチェック体制を強化するとしている。

生産者紹介サイト立ち上げ つくばに移住し農業をプロデュース

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よろぎ野の吉田巧代表=つくば市万博公園西

野菜の卸を通じて農業をプロデュースする「よろぎ野.菜よろぎの」(つくば市万博公園西、吉田巧代表)は26日までに、農家自らが情報発信できるオンラインプラットフォーム「いばれる農産人のうさんじん生産者紹介サイト」を開設した。農業におけるモノ・ヒト・チイキをブランド化するプロジェクトの第1弾に位置付け、まずは掲載希望農家の募集を開始した。

つくば市に2011年3月に起業した同社は現在、茨城をはじめ全国各地の農家約100軒と契約し、生産野菜を飲食店や食品スーパーなど約30企業に納入する卸販売を行っている。取引先開拓を続ける中で、これ以上の販売促進には特に生産者のブランド化が不可欠と考えた。

「いばれる農産人 生産者紹介サイト」の掲載イメージ

生産者は気候変動の中で作物の安定的な収量確保に毎年のように苦戦しており、流通側はフードロスの抑止や運転手確保の2024年問題に苦慮している。この両者をダイレクトにつなぐのが同社の立ち位置。今回立ち上げたサイトは消費者向けではないが、スーパーや飲食店が、掲載されている生産者に直接コンタクトを取ることができるのが特徴。流通面についても必要に応じて、同社による橋渡しが可能としている。

同社では近年、ドローンによる栽培管理の効率化やIoT化に業容を拡大している。生産者はこれらに積極的に取り組んでいるものの、企業向けの販売促進には手が回らない。約100件の農家のうち自前のホームページを持っているのは5指に満たない。X(旧ツイッター)などのSNS素材では、販促材料として企業へのプレゼンに使えなかった。

オンラインプラットフォームでは、  同社が運営管理者となって写真撮影や記事作成のバックアップ、サイトの告知などを行う。吉田代表によれば生産者の「顔が見える」形で農産物が迅速に流通する仕組みという。

サイトでは生産者、生産地、生産物の3つのカテゴリー別に欲しい情報にアクセスできる。始まったばかりで掲載生産者は県内の2軒、農産物はトマト、トウモロコシ、コメの3種にとどまるが「茨城にとどまることなくネットワークを広げていきたい」と吉田代表。神奈川県出身、OA機器の営業職から脱サラして、茨城に2008年に移住。「産地も販売先もあるが加工部門がないのが茨城の不満」という46歳だ。(相澤冬樹)

■よろぎ野ホームページはこちら


きみは影《短いおはなし》28

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イラストは筆者

【ノベル・伊東葎花】

学校の帰り道、友達が僕の足元を指さした。

「タケシくん、影がないよ」

見ると、こんなに陽が照っているのに、僕の影だけがなかった。

「こわい! タケシくん、妖怪なの?」

「タケシくん、妖怪だ、逃げろ、逃げろ」

僕は泣きながら家に帰った。
洗濯物を取り込んでいたお母さんが「どうしたの?」と言った。

「お母さん、僕の影がないんだ。僕、人間じゃないんだ」

お母さんは笑いながら、僕のあたまを優しくなでた。

「バカねえ。タケシは人間だよ」

「だって影が…」

「あのね、タケシ。影はね、ときどきいなくなるんだよ。ときどきどこかに遊びに行くんだ」

「そうなの?」

「そうよ。ほら、もう戻ってきたよ。足元を見てごらん」

下を見ると、僕の影はちゃんとあった。
お母さんの影と並んで、長く伸びていた。

それから僕は、歩く人の影を見るようになった。
お母さんが言う通りだ。ときどき、影のない人がいる。
影も遊びに行くんだ。影もたまには遊びたいんだ。
僕たちと同じだ。

夏休みになった。
僕は部屋で、ダラダラと宿題をやっていた。

『出かけないのかい?』

足もとから、声がした。

「だれ?」

『きみの影だよ。今日はちょっと遊びに行こうと思っているんだけど、きみが外へ出てくれないとボクも遊びに行けないんだ』

影の声だ。影が僕に話しかけている。ワクワクした。

「どこに遊びに行くの?」

『いろんな所さ』

「何をして遊ぶの?」

『木に登ったり、ジャングルジムの天辺に登ったりするんだ。何しろいつも地べたを這っているからね。高いところで遊ぶんだ』

「ふうん。楽しそうだね」

『代わるかい? ボクが宿題をやってあげるから、きみが遊びに行ってきなよ』

「いいの? でも、そんなことできるの?」

『うん、できるよ。簡単だよ。きみはちょっと遊んで、すぐに戻ってくればいいのさ』

「わかった」

外に出ると、影は僕の姿になった。そして僕は、まっ黒な影になった。
さあ遊びに行こうと思ったけれど、僕は動けなかった。
僕は、僕になった影の足元で、地べたを這っていた。
ニセモノの僕の動きに合わせて、ずるずると引きずられる影になった。
「話がちがうよ」と叫んでも、ニセモノの僕は知らんぷりで歩いている。
戻りたいと願っても、どうすることもできない。

「タケシ」

お母さんが、外に出て来た。

「一緒に買い物に行こうか」

「うん。行く行く」

僕になった影が、お母さんと並んで歩き出した。

僕は必死で訴えた。

『お母さん、そいつは影だよ。僕はこっちだよ』

お母さんではなく、お母さんの影が答えた。

『タケシ、あんたもだまされたんだね』

お母さんは地べたを這いながら、諦めたように言った。

『大丈夫。そのうち慣れるから』

影になったまま、夏休みが終わった。
学校の帰り道、僕になった影が、友達の足元を指さした。

「ゆかりちゃん、影がないよ」

ああ、ゆかりちゃん、きみももうすぐ影になるんだね。
大丈夫。そのうち慣れるよ。
(作家)

議会から懸念相次ぐ 8月につくば市全域で実証実験 オンデマンド移動期日前投票

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25日のつくば市議会総務文教委員会の様子=つくば市役所

最終判断は9月2日 市選管で

ワゴン車に投票箱を積んで自宅前まで出向くオンデマンド型移動期日前投票について、つくば市は10月の市長選・市議選での導入を目指し、8月に市全域で実証実験となる模擬投票を実施する方針を25日開かれた市議会総務文教委員会(木村修寿委員長)で明らかにした。オンデマンド移動期日前投票に対してはこれまで市選挙管理委員会が2度も「時期尚早」だとする見解を出している(5月30日付6月3日付)。25日の委員会では「(市は)どうやっても突き進むのか」など懸念の声が相次いだ。10月の選挙で実施するか否かの最終判断は、9月2日開催の市選挙管理委員会で出される。

五十嵐立青市長は2021年5月、内閣府の国家戦略特区ワーキンググループに「3年後(2024年)の市長、市議会議員選挙で、必ずネット投票を導入したい」とアピールし、市は22年4月、インターネット投票を看板事業に、国からスーパーシティ型国家戦略特区の認定を受けた(22年8月3日付)。一方、投票の秘密を守る環境の確保や、買収や強要の懸念などネット投票に対する課題が解決されず、今年10月の選挙では導入することができない。これに対し五十嵐市長は、ネット投票導入につながるステップだと位置づけ、オンデマンド移動期日前投票を10月の選挙で実施したい意向だ。今年1月には市北部の筑波と臼井地区で実証実験を実施した(1月26日付)。

7月1日から2000人超に案内を発送

市政策イノベーション部によると、8月の実証実験に向けて7月1日から、自力で歩くことが難しい市全域の要介護度3や4などの対象者2000人から2500人にダイレクトメールで、管理番号を記載した案内を送る。7月4日から18日に電話または市ホームページの電子申請により事前申請を受け付け、併せて市職員が申請者宅に行き、ワゴン車が自宅敷地内に入れるか、自宅からワゴン車までの介助の有無や動線、ニーズなどを確認する。

さらに7月22日~8月2日まで模擬投票の予約を受け付け、8月6~9日までの4日間、ワゴン車2台が北部と南部に分かれてそれぞれ申請者宅を巡回し模擬投票を実施する予定だ。ワゴン車はリフト付きで、申請者は車椅子のまま乗り込み、車内で投票する。

ワゴン車が自宅に駐車できない場合などは、近くの駐車スペースにワゴン車を駐車し、介護タクシーが自宅から送迎などする。申請者は100人程度を想定している。市全域での検証結果や対策を8月中にまとめ。市選管の判断を仰ぐ。

これに対し25日の委員会では委員から「選挙は、失敗は許されない。かなりタイトな日程で、9月2日の1回の選管で協議して判断できるか疑問というか大変」という意見や、「実証実験は周知期間がほとんど無いが、本番は全国に報道されると思うので申込者はもっと増えると思う。実証できても実装できるとは限らない。コストをどこまでかけるか考えた時、このやり方は無理がある。タクシー券を配るので、自力でタクシーに乗れない人は介護福祉タクシーに手伝ってもらって期日前投票所に行くのはどうか。通常の選挙でもミス無くやるのは難しいことは実証されている。選管本来の業務にほころびが出ないか」など、ほぼ全員の委員から懸念が出された。

1月の実証実験は9000万円

さらに実証実験の予算について、今年1月26日に市北部の筑波地区と臼井地区で実施されたオンデマンド型移動期日前投票の実証実験では、予約システムと運行ルートの最適化システムの構築や、影響評価などに計約9000万円の国の事業費をかけていたことが明らかとなった。

8月の実証実験の予算について市は、10月の選挙と一体のものとして、当初予算で計上されている市長選・市議選の予算の中で実施するとし、8月の実証実験に関する予算を別途計上し市議会に諮るべきだとする委員との間で議論になる場面もあった。8月の実証実験にいくらかかるかは委員会で明らかにされなかった。市は当初予算として市長・市議選オンデマンド型移動期日前投票事業に約1300万円を計上している。(鈴木宏子)

苦手克服へ子どもたちがチャレンジ 放課後体育館でNPOが運動教室

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とびばこの練習をサポートする代表の井上さん(左)=谷田部南小学校

放課後の体育館を使った運動教室で、子どもたちがとび箱やマット運動などの練習を行っている。教室を運営しているのはNPO法人ネクストワン(Next one. つくば市松代、井上真理子代表)だ。発足して12年、子どもたちが苦手を克服し自分で目標を設定しチャレンジする心を育てたいと、つくば市の学校体育施設開放事業を活用して小学校の体育館で活動を続けている。

6月下旬、谷田部南小学校に5歳から小学6年生までの子ども約20人が集まり、それぞれが目標とするとび箱や鉄棒など、学校の授業で習う種目を40分間練習した。教室は1回70分で全8回のプログラム。この日はプログラムの最終日で、練習した後にこれまでの成果を披露する発表会が行われる。諦めず、同じ技を何度も繰り返す子どもたちの様子を家族も見守った。「出来てるよ」「その調子」と声掛けをしながら、子どもたちを見守りサポートするのは、代表の井上さんと筑波大学の学生たちだ。

連続逆上がりを繰り返し練習する小田部翠葉さん

応援し合って成果を披露

練習の後はいよいよ発表会。一人一人が目標にしている技を全員の前で披露した。「仲間を応援しましょう」という井上さんの声掛けで、子どもたちから「頑張れー!頑張れー!」と声が上がる。小学4年の小田部翠葉さんは連続逆上がりを見事に成功させて笑顔。仲間たちから拍手喝さいが起こった。「プログラムに参加して楽しかった。今日は緊張感ゼロでやれた」。小学2年の芝山優衣さんも逆上がりに成功し、これで器械運動の技12種に合格したという。修了証書を手に「サッカーが好き。ワールドカップに出るのが目標」と夢を話した。

筑波大の学生が見守る

子どもたちをサポートしたスタッフの森洸輔さんは体育専門学群の4年生。「子どもたちは本当に素直。声の掛け方次第で子どもたちの力を引き出せるのが楽しく、勉強になる」と話す。教育分野で仕事をすることも夢の一つという。国際総合学類2年の加藤梓栞(しおり)さんは、小児看護を勉強する先輩がスタッフとして活動しており、その紹介で参加した。「子どもが好きで、運動やコミュニケーションも好き。発展途上国の教育制度の問題にも興味を持っている」と話す。

発表会後、互いに称え合う表彰式の様子

外遊びやアウトドアキャンプも

代表の井上さんも筑波大大学院で体育科学を修了した指導者だ。運動が苦手な子どもも楽しみながら練習できることを目指し、教室を運営している。市の学校体育施設開放事業を利用した「うんどう・たいいく教室」のほか、様々なスポーツ種目のプロ選手などに直接指導を受けられる「スポーツ探検隊」、外遊びで体を動かす「あそびクラブ」、アウトドアキャンプを体験する「ちゃれんじキャンプ」など、子どもたちの心身を養う教室を企画し、ホームページ制作からチラシ作りまで、全て自分で行う。今年度は4月から延べ270人が市内外から教室に参加している。

やった人にしか分からない学びがある

井上さんは大学で小中高の教員免許を取得し、大学院で体育科学の修士課程を修了した。卒業後、生涯スポーツを振興するNPO法人アクティブつくば(同市春日)で活動した。アクティブつくばの事業の一部を引き継いで、2012年にネクストワンを立ち上げ活動を続けている。

学生時代、学校と部活が大好きだったという井上さん。「勝てないソフトボールの部活動が楽しかった」と笑う。高校では理系に進み、一時は大好きな学校を建てる建築士になることを目指した。受験勉強をしながらスポーツと関わらない1年を送る中、自分にとって体を動かすことがとても大切だと気付き、スポーツを学びたいと進路を変更した。「あいさつや人との関わり方、目上の人への対応などスポーツや部活を通して大事なことを学んだ。その種目をやった人にしか分からない学びがある。学校やどこかで誰かにほめられるとうれしい。ネクストワンの活動で何かを得た人が、次に何かを発信できる人になってほしい」と話す。(田中めぐみ)

◆「スポーツ探検隊」では7月に県障害者パラカヌー協会代表の朝日省一さんを講師としたパラカヌー、サッカーやサーフィンの体験を企画している。詳細は同会ホームページへ。

入梅のころ カブトムシの話《続・平熱日記》160

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絵は筆者

【コラム・斉藤裕之】テレビのアナウンサーの言い回しが気になることが間々ある。あまり言うと年寄り扱いされるので言わないことにしているが…。それから、天気予報というか予報士のコメントや報道。一昔前に比べて精度も上がって詳しい情報はありがたいのだけれども、洗濯物がどうのこうの、日焼け止めを、折りたたみ傘にしろとか、ちょっと過剰な気もする。

さて、そろそろ梅雨。その前に毎年恒例のアルバイト。知り合いの打ちっぱなしゴルフ場の土手のり面草刈りに出掛ける。

枯れ草の下に幼虫がごろごろ

こういう作業の常だが、草を刈るよりも刈った草を熊手で集めて捨てるのが大変。しかし、世界最強のブロワー(ドイツ製のマシンはゴーストバスターズよろしくエンジンを背負って手に持ったノズルから風を発射するのだが、体重70キロの私でもその風力で体が持っていかれそうになる)がお目見えしたおかげで、その作業がすこぶる楽になった。

とはいえ、斜面を昇ったり降りたりするだけでも翌日の筋肉痛は免れない。体がギシギシきしむ朝を幾度か迎える。

作業の終わりが見えたころ、オーナーから小さなビニール袋を渡された。中にはクワガタムシが一匹。そういえば、林に囲まれたゴルフ場の夜の街灯にはカブトムシが飛んでくるというので、虫好きの孫のために捕獲をお願いしておいたのを思い出した。

「ありがとう。そういや、この間山口に帰ったときに、道の駅で孫のためにカブトムシの幼虫を買ったよ…」なんて話をしたら、「幼虫でよければ刈った草の捨て場にわんさかいるよ…」というので、スコップを軽トラに積んでオーナーと出動。ふかふかの枯草を軽くほんのひと堀すると、大きな幼虫がゴロゴロ現れた。

「こりゃ通販で売れるな! 草刈りのバイトしてる場合じゃない!」。もちろんその気はないが、冗談抜きで売るほどいるのだ。とはいえ、必要以上に持ち帰ってもしょうがない。ビニール袋に少し入れて持ち帰ることにした。

孫の誕生日には幼虫を贈ろう

しかし、なんで男の子は虫が好きなのだろう。大学ではカブトムシをモチーフに石を刻む友人がいたが、あの艶(つや)やかな外骨格には何か男心をくすぐるものがあるらしい。かく言う私も、小学校の夏休みは毎朝虫取りに裏の山を数キロ歩いてからラジオ体操というのがルーティーンだった。

さて草刈りの副産物というわけではないが、裏手の林で倒れた木を薪(まき)用にもらって行くことにしている。

しかし、この林でもメディアでも取り上げられるようになったナラ枯れが見られるようになった。目の高さ辺りに小さな穴の開いたナラ。見上げると葉はなく立ち枯れている。このままだとナラはやがて姿を消し、やがてカブトムシもいなくなる日がくるのか。枯れたナラを一本切り倒して薪にして持ち帰った。

迎える孫の誕生日。年の数だけ幼虫を贈ることにした。テレビでは「我慢しないでエアコンを…」と言っている。電気代また上がるらしいが。(画家)

「人はアルカリ性体質の動物」《邑から日本を見る》162

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腸内細菌などを学ぶ常陸農協の健康サロン

【コラム・先﨑千尋】牛久市にお住まいの長谷山俊郎さんから表題の本をいただいた。彼は私と同い年。農水省の研究機関で農村組織や地域活力などの研究を行ってきた。そのころからの知り合いだ。

長谷山さんは2003年に「日本地域活力研究所」を設立し、地域の活性化支援を行い、食と健康の解明に力を注ぎ、執筆や講演活動を続けている。本書は、健康や食に関する著書の6冊目で、「アルカリ性体質にすれば病気を生まない」など5部から成っている。なるほどそうだと思いながら通読した。

人間は誰でも達者で長生きしたいと願っている。私たちの平均寿命は戦後に随分延びたが、どこの病院も混んでいる。高齢者が集まると病気やけがの話になることが多い。薬漬けだと言う人もいる。医療費も年々増加し、健康保険料と合わせて私たちの家計を圧迫している。

長谷山さんは、この本で「食べ物でアルカリ性体質にすると、ほとんど病気にならない。がんもコロナもインフルエンザにもかからない。虫歯にもならない」ことを具体的に書いている。以下、この本から、大事だ、基本だと私が思ったことを抜き書きしてみよう。

がんやコロナは酸性環境を好む

現生人類は百数十万年前からほとんど生の植物を食べていた。植物はアルカリ性食材なので、それによって体を維持する機能が形成された。アルカリ性体質がいいというのは現在も変わらない。酸性の肉などを消化、分解、吸収する機能が備わっていない。

がんやコロナウイルスは、酸性環境を好み、アルカリ性の環境下では生きていけない。現代人は、肉や卵、魚、加工食品、チーズ、コーヒー、甘い菓子などを好んで食べるので、体質が酸性に傾き、がんなどにかかりやすくなる。

国立がん研究センターの調査によると、食事の酸性度が高いほど死亡リスクが上がる傾向にある。死亡リスクを高めないためには、肉、牛乳、加工食品などを減らし、野菜、果物、豆類、海藻類、キノコ、発酵食品を多めにとる。

虫歯、歯周病の予防と治療も、同じように、私たちの身体をアルカリ性体質にすることだ。長谷山さんは、坐骨神経痛、神経炎、リウマチ、痛風の原因は「肉食」だと言う。

腸内細菌を健全に保つことが大事

長谷山さんの腸内細菌の話も面白い。最近、テレビや新聞記事で腸内細菌のことが報道され、ああこのことかと思って見ている。腸内細菌とは、ヒトや動物の腸の内部に生息している細菌のことだ。種類は諸説あるが500~3万、概数は100~1000兆個。

食べ物は口で細かく刻まれ、食道、胃、十二指腸を経て小腸に運ばれる。その過程でアミノ酸やブドウ糖、脂肪酸などの栄養素に分解され、体内に吸収される。吸収されなかった食物繊維などは大腸に運ばれ、腸内細菌がこれを食べ、ミネラルと水分が身体に吸収され、残りが便として排出される。食物繊維が多ければ腸内細菌が元気になり、私たちの健康維持に寄与してくれるというのだ。

腸内細菌は、肥満や便秘の改善、発がん物質の抑制、脳機能の維持などの働きをしてくれている。腸内細菌を健全にしておくには、殺菌消毒は少なめに、抗生物質は多用せず、加工食品は控えめに。そのような私たちの日頃の注意によって、医者に行かないで健康でいられる暮らしができる。

そのヒントを、本書(B5判240ページ、素人=そじん=社発行、1400円+税)はたくさん用意している。(元瓜連町長)

筑波山麓に地ビール 「つくばブルワリー」オープン

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作り立ての地ビールを提供するつくばブルワリーの延時社長。奥は醸造所

筑波山麓のつくば市筑波、旧筑波鉄道筑波線(1986年に廃線)筑波駅隣りに23日、地ビールを製造、販売する「つくばブルワリー」(経営はペブルス社)がオープンした。醸造所は5月から稼働し、すでに同社飲食店の二の宮店や市内の酒店などで販売している。醸造所からビールを直売するスペースを設け、作り立てをその場で味わうことができる。

筑波山の地下水を使って醸造する。醸造所の能力はこれまでの5倍強だという。缶ビールも製造する。全国展開し、大手スーパーなどを通じて幅広く売り込むという。

23日オープンしたつくばブルワリー

新施設は敷地面積約1360平方メートル、建物の延べ床面積約195平方メートル。クラウドファンディングを利用し、賛同者から寄せられた約530万円を事業資金の一部に活用した。

同社の延時崇幸のぶときたかゆき社長(42)は山口県生まれ、水戸市で育った。2010年 につくば市に転居し映像制作会社を立ち上げた。17年つくば市が「つくばワイン・フルーツ酒特区」の指定を受け、当時、市内でワイン醸造を手伝う中、「ビールを醸造するブルワリーがない」と20年9月に起業した。

今回、筑波山の地下水を利用し、筑波山の入り口で醸造したいと、二の宮店内にあった醸造所部分を移転し筑波山麓に新設した。今後は北条米、小田米、福来みかん、ブドウなど筑波山地域の特産品を使ったビールにも挑戦していく予定だ。

販売中の缶ビール3種

旧筑波駅は現在、筑波山口と呼ばれ、つくば駅からコミュニティバス「つくば北部シャトル」、山麓を周回する「つくばね号」、桜川市から「ヤマザクラ号」などのバスが行き来する。自転車道「つくば霞ケ浦りんりんロード」の休憩所にもなっていて、地域の交通拠点の一つになっている。筑波鉄道が走っていた1970年代ごろは、筑波山中腹の神社や山頂に向かう観光客を迎える飲食店や土産物店が並び、にぎわっていた。

延時さんは「ブルワリーでは作り立てのクラフトビールが味わえる。これからいろいろなところで飲めるようになるので、楽しみにしてほしい。もっとたくさんの人に知ってもらえればうれしい。何より筑波山麓の活性化が一番」と話す。筑波山麓には造り酒屋のほかワイナリーが2件があり、今後、連携していくことも検討していくという。(榎田智司)

◆つくばブロワリーの場所は、つくば市筑波2980-1。開店は土日曜の正午~午後6時。問い合わせは    電話029-879-9882へ。

変わりゆく公務員宿舎映す2つの作品展 つくば美術館

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つくば在住の美術作家、河津晃平さん

解体が進むつくば市内の公務員宿舎に焦点を当てた映像と写真などによる二つの作品展が同市吾妻、県つくば美術館で、同時開催されている。市内在住の美術作家、河津晃平さん(27)と、つくば出身の作家、松﨑綱士さんによるもの。変化する研究学園都市の姿を異なる視点で捉えた作品が並ぶ。

建物が持つ「気配」を表現

第1展示室で開かれているのが、河津さんによる「あなたの灰の中の骨へ 骨の中の灰へ」。役目を終えて解体を待つ公務員宿舎が持つ「気配」を、写真や動画、オブジェなど約30点を通して表現する。

福岡県出身の河津さんは2015年、筑波大進学を機につくばに来た。卒業後は東京芸大大学院に進学し、修了後はつくば市を拠点に作家として活動を続けている。

今回の展示作品のモチーフとなった公務員宿舎への関心は、筑波大在学中、教員に連れられ解体現場を見たのがきっかけになった。住む人がいなくなった無数の空き部屋から人が暮らした痕跡を取り除いた時に何が残るのか。その先で感じる気配を感じたかった。

大学時代は自転車で国内外を旅していた河津さん。作品制作のスタートは、学部時代に制作した1本の映像作品だった。7分28秒の作品には、大学内の教室や廊下、集合スペースなどから人が消えた無人空間が映し出される。主に、コロナ禍で学生がいなくなった大学内で撮影した。非日常の中で河津さんは、静寂に包まれたかに見える場所から聞こえてくる音に気がついた。自動販売機や空調、屋外で揺れる木々の音。それまで気づかずにいた空間にある多様な「気配」に美しさを感じた。その感動が、河津さんの、その後の制作活動の原点になった。

制作活動の原点となった映像作品「Room for」も上映されている

今回展示されている作品制作は、許可を得て、200軒あまりの公務員宿舎の空き部屋を訪ね、その中で約100軒の部屋で人の痕跡に向き合うように室内を清掃することから始まった。その様子は動画として記録し、解体される宿舎の映像とともにスクリーンで流される。また、掃除を経た室内の写真が大判プリントで壁面に展示される。

河津さんは「(作品の)モチーフである空間が解体を迎えるという現実にどう向き合えばよいか考えるようになった」という。そして「都市が新陳代謝しているのを前にして、この街に暮らす一人として、それをただ傍観するのではなく、どんな眼差しを向けられるのか。そこにどう参加しアプローチができるのかを作品を通じて一緒に考えていけたら」と話す。

解体される「故郷」を記録

第2展示室では、つくば市出身の作家、松﨑さんが記録した、解体される宿舎の写真と映像作品約50点が展示されている。6、7歳まで自身が暮らしていた「故郷」の記録でもある。「個人的に記録しておきたい」と考えたのがきっかけという撮影は、2018年から始まり、コロナ禍を経て23年末まで続いた。写真作品は、細部まで鮮明に記録することができるフィルムの中判カメラを使用した。

解体されて空き地となった公務員宿舎跡地を撮影した松崎さんの作品

「ロケットには宇宙人が住んでいるという噂があった」と話す。自宅があった宿舎からもよく見えたという、つくばエキスポセンターに現在も立つ高さ約50メートルの実物大のH2ロケット。90年代に過ごした街の記憶が、解体途中の建物の背景に写される。

来場者からは「何気なく横を通っているだけでも、公務員宿舎があるだけで良かった」「まだ住めた。もったいなかった」という声もあったという。松崎さんは「人が暮らすことがなくなっても、地域にはそこを拠り所にする人がいるのだと知った。意味がある場所だった」と感じたと話す。近所に暮らしていた人との思わぬ再会があったのも、つくばで展示をしたからこそだった。

写真には、自身のノスタルジックな感情はあえて入れずに客観性を大切にしたという。「何かメッセージがあって撮ったわけではないが、記録として見て、何かを感じてもらえたら」と松崎さんは呼び掛ける。(柴田大輔)

◆河津さんによる作品展「あなたの灰の中の骨へ 骨の中の灰へ骨」は、県つくば美術館第1展示室で6月30日(日)まで。松崎さんによる作品展「アーキテクチュラル・パリンプセスト」は、同第2展示室で23日(日)まで。それぞれ、開場は午前9時半から午後5時まで。最終日のみ午後3時まで。月曜休館。入場無料。

初めてのシンガポールで感じたこと 繁栄の下支え《文京町便り》29

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土浦藩校・郁文館の門=同市文京町

【コラム・原田博夫】5月末、シンガポールを初めて訪れた。ロータリークラブの国際会議(2024年、シンガポール)に参加するためである。

参加者総数は約1万4000人、日本との移動時間や時差の少なさの関係か、日本からの参加者が約2400人で最大、次いで(次期会長=2人目の女性=の出身国である)米国の約2300人、台湾の約2100人と続く。市内中心部のコンベンションセンターでの開催で、会場の収容力などには目を見張るものがあった。

シンガポール地域は1963年9月、マラヤ連邦、サバ、サラワクと合併してマレーシア連邦としてスタートするも、主として中国人とマレー人の間での人種間・政治的な軋轢(あつれき)が高まり、1965年8月、マレーシアから追放される形で独立し、シンガポール共和国となった。

シンガポールの特色は、こうした人種・宗教の多様性に加えて、植民地時代の遺産も巧みに文化的魅力に仕上げている点だろう。

英国人トーマス・ラッフルズが1819年に上陸し、ジョホール王国から許可を受けて建設された商館跡地には彼自身の像が立って、最大の観光スポットになっている。中華系入植者がマレー系女性と結婚した家庭をプラナカンと呼ぶそうだが、近くには、その富商を再現した博物館や、国立博物館が立地している。

後者の展示には、20世紀初頭にはアヘン中毒の住民がいた歴史だけでなく、日本占領(1942~45年)を決定づけた山下奉文将軍と敵将パーシバルの会談の写真・説明も掲示されていて、その前のベンチには英国人とおぼしき中高齢者数名がビデオ説明に聞き入っていた。

近代以降のシンガポールは、その時々のリーダーの知恵と決断力で、さまざまな難局を突破してきた。外務省の情報(2024年6月4日現在)によれば、面積720平方キロ(東京23区よりやや大きい)、人口564万人(うち、シンガポール人・永住者は407万人)、民族は中華系74%、マレー系14%、インド系9%。

言語は、国語はマレー語だが、公用語は英語、中国語、マレー語、タミール語である。宗教は、仏教、キリスト教、イスラム教、道教、ヒンズー教である。

人種・宗教・文化の多様性を維持

数日間の滞在では、その裏側まで見ることはできなかったが、日曜日の昼下がりに市内中心街を移動していると、公園の木陰の芝生に20代~40代の女性が、数十人単位で座り込んで、食事をしている様子を目にした。特に騒音を出すわけでもないが、実に楽しげで、中には踊りや歌声も混じっていた。

聞くところによると、彼女たちはカンボジアからの期間限定の労働移民で、多くはここで家政婦として就労しているとのこと。彼女たちにとって、日曜日は週1度の休息日なのだ。

また、道路際には、大きなコンクリートブロックが相当数並べられていて、それを作業車で、並べ替えている様子も見受けられた。これは8月の建国記念行事のための、市内中心部での会場設営の準備作業のようだった。その作業に従事しているのは、多くはパキスタン人男性労働者だそうだ。

要するにシンガポールは、人種、宗教、文化の多様性を維持しながらも、政治的独立性と経済的魅力を日々高めてきたわけである。グローバル化・高齢化・少子化に歯止めのかからない日本の今後にとって、参考になる点も多いように感じた。(専修大学名誉教授)

農業で国際ビジネスマッチング JICA筑波

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企業などから農業機器の説明を受ける研修生たち

国際協力機構筑波センター(JICA筑波、つくば市高野台)で21日、アフリカやアジアからの研修生に向けて、民間企業が自社製品や事業を紹介するビジネスマッチング企画「農業共創ハブ」が開かれた。研修生は主に母国の政府機関から派遣され、同センターで活動したり各地の大学で学んだりしている。帰国後の両者の関係発展を期待し、途上国が抱える農業分野の社会課題の解決に繋げる試みだ。企画は2020年から始まり、今回で6回目。

この日集まったのは、農業分野で国際的に活動する県内外の12社。日本電気(NEC)は、同社による農業生産に関するデータを1カ所に集約するプラットフォーム「クロップスコープ」を紹介し、衛星画像や各種センサーのデータを基に農地の環境を可視化するサービスを説明した。集まった研修生からは自国で同技術が生かせるか質問が飛び交った。

つくば市梅園に本社を置く、人工衛星からのデータを活用した情報サービスを提供するビジョンテック(山本義春社長)は、同社による農業情報サービス「アグリルック」を国内での導入例をもとに紹介した。人工衛星技術を用いた営農支援システムで、衛星から届くデータをもとに、ほ場ごとの生育状況を把握し、適切な肥育や収穫の管理、病害虫や気象災害対策に役立たせることを目指している。同社海外製品担当の八木浩さんは「気候変動が起きる中で、慣行で作物を管理するのが難しいことがある。衛星情報を基に、ほ場ごとに生育を管理することで、適切なタイミングで追肥や収穫をすることができる。安定して高品質な農作物の生産につなげたい」とし、今回の企画について「アフリカなど実際に自分では行けない国の方と直接やりとりできる機会でとても貴重」だと話した。

精米機や石抜き機などの農業機械を開発・製造するカンリウ工業(長野県塩尻市)の藤森秀一社長は「現地では、販売するコメに、除去されない小石などが混ざっていることが多いと聞く。きちんと異物を取り除き、精米することで品質が上がり良い値段がつけられる。収入の向上と生活改善につながるはず」とし、「企画に参加するのは4回目。ここでの出会いが縁で、現地の方とオンラインでやりとりするなど関係が進んでいる。10年前から海外への展開に力を入れている。各国の政府職員とつながる貴重な機会。長い付き合いになれば」と話した。

ボツワナからの研修生ソロフェロさん(右)とナミビアからの研修生シシリアさん

各社のブースを回ったボツワナ農業担当省庁の農業普及員を務めるJICA研修生のソロフェロさんは、最も印象に残ったのは中古農機具の輸出を手掛けるマーケットエンタープライズ(東京都中央区、小林泰士社長)だとし、「機会化が進んでいないボツワナで新品は高い。中古は魅力的。メンテナンスもしっかりしているので安心感があった。小規模な農地が多いので小型のハンドトラクターがあると生産力が上がると感じた」と話した。ナミビアで農業普及員を務める研修生のシシリアさんは「企業から直接話を聞ける機会は初めて。農家の役に立つ情報ばかりだった。帰国後、情報を共有して国の役に立てたい」と語った。

中古の農機具の展示も行われた

農業県の特色を生かした取り組み

企画を担当したJICA筑波の西岡美紀さんは「農業県に拠点を置いていて、途上国からの研修員は年間700人ほどが来る。民間や大学にも研修以外でもJICA筑波を利用いただき、つくばをハブにして農業分野で途上国と民間企業がつながれたらと思い、立ち上がった企画。研修員にとっても企業から話を聞くことは非常に有益なこと。企業も研修員から意見を聞いて、製品開発に活かしてもらっている。企業同士、政府機関で働く研修生同士のネットワークづくりの場にもなっている。来年も開催する予定。多くの方に関心を持ってもらいたい」と語った。(柴田大輔)

古民家ゲストハウス「江口屋」《日本一の湖のほとりにある街の話》24

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イラストは筆者

【コラム・若田部哲】もうじき夏の行楽シーズン、霞ケ浦周辺観光をお考えの方も多いかと思います。今回はそんな方にピッタリ、2020年オープンの古民家ゲストハウス「江口屋」さんのご紹介です。施設を運営する「株式会社かすみがうら未来づくりカンパニー」代表の今野さんに、その魅力と今後についてお話を伺いました。

2016年、今野さんたちは江口屋道向かいの歩崎公園内に「かすみマルシェ」と「かすみキッチン」を整備。この土地ならではの様々な食や物産、水辺や自転車のアクティビティ、そして果樹やレンコンなどの収穫体験プログラムなどを通し、地域の魅力を発信していました。そのコンセプトを引き継ぎつつ強化するため、宿泊体験を組み込んだのが江口屋だそうです。

明治後期に建てられた建物に一歩足を踏み入れると、土間と重厚な柱・梁(はり)が印象的な空間が広がっています。既存の年を経た部材と、新しい素材をバランスよく組み合わせた施設内は、リノベーションのお手本のような仕上がり。

ソフト面も充実しており、まき割り体験や、裏庭でのBBQ、囲炉裏(いろり)端で楽しむ地場の素材を生かした夕食、備え付けの自転車での湖畔のサイクリングと、様々な楽しみ方が可能です。また「最高の朝に出会える宿」のキャッチコピーが示す通り、霞ケ浦からのぼる朝日は最高!

1棟貸しの「水郷園」もオープン

そして、2023年より加わった新たな楽しみが、同じ敷地内にオープンした「江口屋醸造所」のクラフトビール。かつて造り酒屋だった江口屋の歴史を継承する商品とするべく、2020年から準備を始めたのだそうです。

看板商品のペールエール「澤乃不二」には、かつての江口屋で販売していた商品ラベルを復刻して使用。ビタリングホップとしてアイダホ7を用いた爽やかな味わいと、この土地のストーリーが楽しめる、味も見た目も素敵な逸品です。そのほかにも、かすみがうら市産のユズやブルーベリーを素材として用いたフルーツビールなど、地域を楽しめるラインナップを展開しています。

今後も、地域に観光で何ができるかということを念頭に、人を呼び込み、地域が潤う仕組みづくりを続けていきたい、と語る今野さん。なんとこの夏には、江口屋から続く高台の上に、かつての別荘をリノベーションした、完全1棟貸しの新たな宿「水郷園」がオープンとのこと。ちらと中を拝見しましたが、霞ケ浦にこんな素敵な眺望があったのかと驚く仕上がりで、こちらも実に期待大!

その土地ならではの景色や雰囲気をブランディングし、地域に潤いを生み出す今野さんの挑戦は、まだまだ続きそうです。(土浦市職員)

<注> 本コラムは「周長」日本一の湖、霞ケ浦と筑波山周辺の様々な魅力を伝えるものです。

これまで紹介した場所はこちら

光と影の間を見つめる 沖縄出身の与那覇大智さん、つくばで個展

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沖縄出身の画家・与那覇大智さん

沖縄県出身で、つくば在住の画家・与那覇大智さん(56)の個展が21日からつくば市二の宮公園前のギャラリーネオ/センシュウで始まった。新作を含む25点が展示されている。本土復帰前の沖縄に生まれ、本土と沖縄の間で揺らいだ自身に向き合い作品を作り続けた。描き出すのは淡い階調で表す光と影。「両者は不可分。二分されるものではない」と語る。

表現できない美しさ

歴史ある建物から見えた、中庭の金網に差す木漏れ日。38歳を迎える2005年、作家としての今後に悩んで渡った米国で見た光景に心を奪われたー。

1993年に筑波大学大学院を修了した与那覇さんは、つくばを拠点に作家活動の幅を広げていた。しかし、単調化する日々に先の見えない不安に襲われる。環境を変えようと、文化庁の制度を利用し1年間、米国の古都フィラデルフィア市に渡った。同市のペンシルバニア大学で、研究対象としていた戦後の抽象表現主義について学ぶことになった。だが渡米早々に訪ねた美術館で見た作品に違和感を感じた。期待していたものを感じられず、研究対象に興味を失っていく。そんな時に目にしたのが、下宿先の中庭にある金網を照らす木漏れ日だった。「いつかこの光を描きたい」という思いが込み上げた。

しかし次の瞬間、与那覇さんは自分の心に釘を刺す。「自分が『金網』を描くと、発するメッセージが米軍基地と結びつく」。沖縄出身であることが、純粋な美しさを表現することを難しくした。その後、この日出合った光と金網を作品として発表するのに10年を要した。試行錯誤する中で与那覇さんは自身のルーツと向き合い、納得できる作品を作るための技術を磨いた。

本土復帰と「金網」の思い出

与那覇さんが沖縄県コザ市(現沖縄市)に生まれたのは、沖縄が米軍統治下にあった1967年7月3日、本土復帰の5年前だった。同市では1970年12月に、米軍支配に対する沖縄住民の不満が爆発する「コザ騒動」が起きている。

暴力と結びつくイメージの一方で、「金網」に寄せる子ども時代の思い出がある。当時、自宅近くに金網が囲む米軍のゴルフ場があった。与那覇さんは、金網の破れ目からゴルフ場に忍び込み、友人と野球をするのが日常だった。米軍関係者に見つかると追いかけられることもあったが、一緒に遊んでくれる人もいた。「大人になると『金網』が持つ意味は変わっていったが、個人の記憶の中では懐かしい郷愁とも繋がっている」と当時を思い出す。

本土復帰後は、急速に変わる故郷に子どもながらに翻弄された。1975年に開催された沖縄国際海洋博覧会(沖縄万博)に向けた開発が進んでいったのだ。「道路や建物が立派になり、下水道が引かれ、ボットン便所がなくなった」。暮らしの変化はそれだけではなかった。教育や日々の暮らしを通じて日本に「同化」していく復帰前後に生まれた世代と、復帰に複雑な思いを抱く親や祖父母世代との違いも生じていった。

新作の円形、楕円形の作品が並ぶ

「寄る辺なさ」を受け入れる

「展示でよく言われたのは『この青は沖縄の空、海ですか?』ということ。全く釈然としなかった」と与那覇さんは話す。モノクロに近い色合いの作品を展示すると、「君は沖縄なのに地味だね」と言われた。自身が背負う「沖縄」がどこまでもついてきた。

沖縄出身でありながら「日本に同化した人間」であることに複雑な思いを抱いてきた。「こっち(本土)にいると沖縄の人。沖縄に行くと、半分」だと感じてきた。自分に向き合う中で思い至ったのが、「『日本』と『沖縄』の二つはマーブル状で溶け合わずに自分の中に存在している。その感覚はより強くなり、アーティストとしての個性だと認識するようになった」ということだ。

米国で心を奪われた「金網」は、自分なりの方法で描き出し作品に昇華させた。陶芸や日本画にも用いられる技術を参考にし、アクリル画の下塗りに使う液体で格子状の金網をパネル全体に描き、網目を盛り上げた。

「盛り上げれば、何度その上に色を重ねても金網は残る。金網を気にせずにどんどん色を重ねられる。金網というものに対して、自分のパッションを込めなくていい。金網との距離を取れたことが自分には大きかった」と話す。それは、沖縄と日本の両方にアイデンティティを持つ与那覇さんなりの、沖縄との向き合い方でもあった。

「僕は沖縄と日本の間にいる。『寄る辺なさ』ともいえるこの状態をありのままで受け入れることで、問題を考え続けたい。沖縄の問題はなにも解決していないのだから」と話す。

6月23日、沖縄は戦後79年目の慰霊の日を迎えるが「沖縄では基地問題など直面する構造的な差別の傷がまるきり消えることがない。沖縄戦で受けたトラウマから今も不調を訴える人がいる。日本政府の冷酷な対応に、沖縄で起きていることの切実さは消えない」。

つくば市内の田んぼの風景がモチーフの作品も展示されている

自分を見つめる

同じく画家だった与那覇さんの父は、影の中にある色を探して表現していたという。「父の絵は僕がやろうとしていることと重なる。僕は光と影の間にあるものに引かれている。光を完全な希望とは捉えていない。光の中にある影を、影の中に見る光を描き出したい。光と影を丁寧に見つめることが自分を見つめる作業でもある。結果としてそれが世界とリンクすることがあるかもしれないと思っている」。

今回の展示は、つくばで開く20年ぶりの個展となる。これまでの大型作品とは異なる、直径20センチほどの楕円と円形の木製パネルに微細な点で多彩な光のグラデーションを描きこんだ作品が中心となる。初めてのチャレンジについて「四角ではできないことが、小さい画面で表現できると感じた」と話す。

与那覇さんは「沖縄からつくばに来て最初に感じたのは、亜熱帯の沖縄とは違う、中間色が多い色彩の豊かさ。つくばで四季の変化の大きさにも気がついた。沖縄ではわからなかった色にもたくさん出会った」と言うと、「とにかく色を見てほしい。自分なりにしっくりくる色がどこかにあると思う。細い筆で色を置くという、これまでやれなかったことをやってきた。その時々の光や気持ちによっても見え方が変わる。ゆったりと時間をかけて見てもらえたら」と呼び掛ける。(柴田大輔)

◆与那覇大智個展「手のひらと宇宙」は、6月21日㈮から 7月7日㈰、つくば市千現1-23-4 101、ギャラリーネオ/センシュウで開催。開館時間は正午から午後7時まで。月曜から木曜は休館。6月22日㈯午後5時からアーティストトークを開催。展示、トークイベント共に入場無料。問い合わせはメール(sen.jotarotomoda@gmail.com)で。

予約不要・参加無料 土曜観察会の魅力《宍塚の里山》114

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大池の堤防に立てた看板

【コラム・片山秀策】宍塚の自然と歴史の会では、毎週土曜日の午前中、農業用ため池の宍塚大池と池を取り囲む里山の自然と歴史を丸ごと観察する土曜観察会(通称シェラカップの会)を実施しています。この観察会の歴史は古く、1989年に会が発足以来35年間、予約不要、参加費無しの自由参加の活動として続いてきています。

年間の回数はほぼ52回で、正月、嵐や大雪などの荒天以外は、夏の暑さ、冬の寒さ、雨の中でも実施しています。距離約3.5キロを3時間かけて、コース上の色々なものを観察しながら歩いています。見るものがたくさんあるときには、時間を忘れてしまうことも多く、予定時間を大幅に超えることもあります。

観察コースは、会が作成した「宍塚里山散策マップ」に掲載されており、地図の番号順に進むと一周できます。集合場所は、観察会用駐車場で、会のWebサイトや「里山散策マップ」に掲載されています。マップは池の堤防のボックスに置いてありますし、会のWebサイトにも掲載されており、ダウンロードして印刷できます。

自然の移り変わりを体感

観察対象は、動植物全般になりますが、特に野鳥、昆虫、植物を重点的に見ています。宍塚の里山は、池、湿地、アシ原、雑木林、スギ・ヒノキの林、水田、畑などの多様な環境で構成されているので、生息している生物の種類も多く、茨城県の絶滅危惧種や準絶滅危惧種にも多く記録されています。

通年実施することで、自然の四季の移り変わりを体感することができ、長期間続けることで大きな気候の変化もわかります。また、太陽光発電所の建設による林の伐採などによる自然破壊など、里山を取り巻く社会環境の変化も知ることもできています。

観察会の記録は、会報「五斗蒔だより」に毎月掲載され、会のWebサイトでもブログ形式で沢山の写真と共に公開されています。思いがけない自然との出会いもありますので、是非一度、土曜観察会に参加してみてはどうでしょうか。(宍塚の自然と歴史の会 会員)

<参考サイト>

▽集合の場所はこちら

▽散策マップはこちら

▽土曜観察会はこちら

背景に新聞離れ 選挙公報、各戸配布検討を つくば市議会委員会が請願採択

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選挙公報の配布などについて議論が行われたつくば市議会総務文教委員会の様子=20日、つくば市役所

つくば市長選・市議選が10月に行われるのを前に、立候補者全員の経歴や政見を記載した「選挙公報」の各戸配布と紙面拡大を検討し予算措置を審議することを求める請願がつくば市議会6月定例会議に出され、20日開かれた市議会総務文教委員会(木村修寿委員長)で採択された。最終日の28日開かれる本会議で改めて審議される。市内に住む元大学教授の酒井泉さんが3日、請願した。

公職選挙法で選挙公報は、有権者の各世帯に投票日の2日前までに配布しなければならないと定められ、各戸配布が困難な特別の事情があるときは、新聞折り込みや市役所に備え置くなどができると定められている。選挙公報を新聞折り込みで配布している自治体が多い中、新聞購読世帯が年々減少し、どのように各戸配布するかが全国で悩みの種になっている。

同市は4年前の市長選・市議選で約5万9000世帯に新聞折り込みで配布した。4年前の世帯数は約10万8000世帯で、約55%に配布されたとみられる。費用は印刷費用が市長選・市議選各9万部で約270万円、配布費用は約5万9000世帯で約78万円の計約350万円だった。一方、今年4月1日時点の同市の世帯数は4年前より約2万世帯増えて約12万世帯、酒井さんが市内の各新聞販売店に聞き取りをしたところ、現在の新聞購読世帯は5万世帯を割り込んでいるとみられ、今年の市長選・市議選は4割程度の世帯にしか選挙公報が各戸配布されないとみられる。

20日の委員会で酒井さんは、複数の印刷会社やポスティング会社、郵便局などに独自に調査をして、ポスティング、郵便、区会配布などを組み合わせた複数の配布方法を提案した。印刷と配布費用については、紙面を大幅に拡大した場合、中心市街地やTX沿線など住宅集積地区をポスティング業者に委託し、旧町村部を区会にお願いすれば1220万円程度、区会に依頼せずポスティング会社と郵便局などに委託した場合、最大で2570万円かかるなどの試算を示した。

これに対し委員からは「新聞購読世帯が40%と低く(請願の)趣旨は分かる。多くの人に選挙公報がいって、多くの人に見ていただきたいが、区会にお願いすることは難しいのではないか」「趣旨は賛同するが実現可能かどうか、選管は大変な状況にあり、新たなプレッシャーをかけるのではないか」「請願は『検討』と言っており、検討は有意義」などの意見が出た。

採決では最初、趣旨採択の提案があったが賛成少数で否決となり、その後、請願そのものについて全会一致で採択となった。

市選管は「新聞購読世帯は毎年減っており、選挙管理委員会の委員からも(選挙公報の配布について)意見が出ている。予算をどれくらい掛ければいいのか、何%まで配ればOKかなどの指標はないので、選管でも議論をしたい」とした。(鈴木宏子)

私と社会をつなぐもの《電動車いすから見た景色》55

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イラストは筆者

【コラム・川端舞】ずっと現金で買い物をしていた私が、最近、スマートフォンのQRコード決済を利用するようになった。理由は、先日友人と遊びに行ったときに、友人がQRコード決済をしているのを見て、「なんだか、かっこいい」と思ったから。我ながら単純だと思う。

周囲の人から影響を受けて、何かに興味を持ち始めることが私は多い。例えば、女性だと思っていた高校の同級生が今は男性として生活していることを知ると、LGBTQをはじめとする性的少数者について調べるようになった。

また、行きつけの店で顔なじみになった人が、環境や動物保護を目的に、動物性の食品を避けていることを知ると、自分もビーガン料理に挑戦してみた。実際にやってみると栄養バランスをとるのが難しく、まだ試行錯誤している最中なのだが、自分でいろいろ考える過程がまた面白い。

ただ、周囲の影響で、自分から行動を変えてみようと思うことと、他者から無理矢理、行動を変えるように強いられることは違う。私の大切にしたいものを無視して、私を変えようとする人の言葉を私は聞きたくない。反対に、どんなに自分に強い思いがあっても、相手を無理に変えることはしないように気をつけたい。もちろん、他の人を傷つける言動は慎むべきだが…。そのさじ加減が難しい。

普通学校で育ったから

様々な背景を持った人たちとの関わりが、私と社会をつないでくれる。いろんな人と関わるのが楽しいと私が思えるようになったのは、ずっと普通学校で育った子ども時代の影響が大きいように思う。

社会には、自分のような障害児以外にも多様な人がいることを、子どものころから肌感覚で分かっていたから、今も多様な人と関わることを居心地良く感じるのだろう。特に最近は、出会った人たちとおしゃべりしながら、それぞれの考え方を伝え合うのが楽しい。そして、そんな自分を前より少し好きになった。

もちろん人と関われば、傷つけあうこともある。それでも、子ども時代、たくさんの同級生たちとの出会いから、人と関わり続けようとする力と、わかり合えたときのうれしさを、私は学んだのだと思う。(障害当事者)

88チームの対戦カード決まる 高校野球茨城大会

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常総学院の若林佑真主将

7月6日開幕

第106回全国高校野球茨城大会の組み合わせ抽選会が19日水戸市内で行われ、5つの連合チームを含む95校88チームの対戦カードが決まった。7月6日に開幕、開会式はノーブルホーム水戸で行われ、古河二高の池田魁主将が選手宣誓する。開幕第一試合は土浦二対下妻二の対戦となる。

大会はノーブルホーム水戸、ひたちなか市民球場、J:COM土浦、笠間市民球場の4会場で行われる。日立市民球場は改修工事のため使用しない。日程が順調に進めば27日に決勝が行われる。

熱中症対策として今大会も昨年と同様、3回、5回、7回終了後に給水タイム、クーリングタイムを実施する。

抽選会を見守る各高校の主将ら

午前10時から始まった抽選会は、昨秋と今春の成績により常総学院など16校がシード校となる。

今大会優勝候補の常総学院は、昨秋と今春、茨城大会を制覇し、秋の関東大会ではベスト4、春の関東大会では選抜王者の健大高崎を破って準優勝に輝いた。若林佑真主将は「3年間の集大成で甲子園を目標にやってきた。夏はしばらく勝っていないので、挑戦者の気持ちで守備から攻撃に繋げ、粘りのチームなので一戦必勝で戦う」と意気込んだ。

土浦日大の中本佳吾主将

昨年優勝の土浦日大は、昨夏の甲子園で4勝しベスト4に入った。中本佳吾主将は「甲子園で勝つことを目標にやってきた。春は得点が少なく投手を援護できず悔しい思いをした。全員野球で戦う」と力を込めた。

一方、つくば工科・サイエンスは来春につくば工科が閉校になるため連合チームで参加するのは今年が最後となる。坂田悠真主将は「つくば工科最後の大会なので、今までの先輩たちの思いを込めていい結果が出せるように精一杯頑張る」と話した。

つくば工科・サイエンスの坂田悠真主将

土浦工業は3年生が2人でレギュラーの半分が1年生。山口泰人主将は「やれることはやってきた。繋ぎの野球で初戦突破を狙う」と語った。

開幕第一試合の土浦二高は昨年、創部以来2度目の3回戦進出をし、今年は初の3回戦突破を狙う。鈴木晴人主将は「開幕カードに決まり驚いたが、やることは変わらない。自分たちの最大の力を発揮して全力で挑み、全員野球でチームのために全員が動き、考える野球をする」と抱負を語った。(高橋浩一)

開会式直後の第1試合で対戦する土浦二高の鈴木晴人主将(左)と、下妻二高の吉田真生主将

◆入場料は800円。中学生以下は無料、高校生は学生証を提示すれば無料。開会式と準決勝は水城高校野球部のグランドからシャトルバスが運行される。

「緑の地」故郷つくば《映画探偵団》77

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イラストは筆者

【コラム・冠木新市】つくば市の市章は、科学と自然を意味する青色と緑色の二つの「つ」の字を組み合わせ一つにしたもので、明るいイメージが広がり私は気に入っている。

映画の世界にも、2作品が組み合わさって相乗効果を上げているものがある。『仁義なき戦い 代理戦争』と『仁義なき戦い 頂上作戦』(映画探偵団22)や『ゴッドファザー』と『ゴッドファザーPARTⅡ』がそれである。1本でも面白いが、もう1本加わると内容が一層深まり面白さが倍増する。

2本の『マッドマックス』

ジョ一ジ・ミラー監督の『マッドマックス フュリオサ』(2024)を映画館で見た。自宅に戻ってすぐ、前作『マッドマックス 怒りのデス・ロ一ド』(2015)のDVDを見た。何度も見返してきた作品だが、これまでよりも理解が深まり一層面白く感じられた。

『フュリオサ』は『怒りのデス・ロ一ド』の前日譚(ぜんじつたん)の設定で、同じく核戦争後の世界を描いている。2作品はフュリオサを主人公にして話はつながっているのだが、2本は全く違うアプローチで作られていて、別物語と言ってもいい。

『フュリオサ』は、15年間の物語を5章仕立て2時間28分で、フュリオサが独裁者ディメンタスに母親を殺され、その敵をとる追跡の旅路を描いている。『怒りのデス・ロ一ド』は、3日2晩の物語を2時間で、フュリオサが亡き母と約束した故郷「緑の地」に戻るため、独裁者イモ一タン・ジヨ一から逃亡する旅を描いている。

フュリオサが関わる2人の独裁者の性格が異なる。ディメンタスは、亡き子どものクマの人形を肌身離さず身に付け絶望感にとらわれているが、陽気で屈折した複雑な性格の持ち主である。各派閥のバイカ一集団を組織しているが、管理能力はあまり高くなく、目先の戦略にはたけていても展望力はない。

一方で、イモ一タン・ジョ一は放射能に汚染されていない水を確保し「砦」を管理、救世主を名乗り部下に階級制を導入し支配している。

フュリオサは核戦争後の2人の独裁者の下で「緑の地」の秘密を胸に収め生きていく。フュリオサは「緑の地」という希望を持っているが、ディメンタスは絶望感しかない。同じく肉親を亡くした2人は、似た者同士だが全く生き方は異なっている。

『怒りのデス・ロ一ド』を見たとき、フュリオサが信じる「緑の地」などあるわけ無いと思えたが、『フュリオサ』を見ると、亡き母との約束を果たそうとの思いが強かったのだと分かってくる。「緑の地」とは「母親」そのものだった。

『フュリオサ』は、娘が母との約束を果たそうとする物語であり、ただの敵討ちではなかった。またフュリオサは、ラストで絶望感にあふれたディメンタスを殺さず、別の希望の形で生かす方法をとる。

つくば市:科学と自然

購入したパンフレットを読んでいたら、なんと『怒りのデス・ロ一ド』に暗い沼地が出てくるのだが、実は、そこが「緑の地」であると書いてあった。その沼地で一本の木を倒すシ一ンが描かれる。これが『フュリオサ』のラストの意味につながる。いやはやなんとも恐れ入った。

筑波山の麓に人工都市としてつくられた筑波研究学園都市つくば市は、一般的には科学都市で知られている。30年前つくばに移転して来たとき、緑にあふれた場所で気に入った。きっとこの地には科学よりも自然の緑を愛するフュリオサが育ってきているに違いないと感じている。サイコドン ハ トコヤンサノセ。(脚本家)

町の「光」を観る⑶《デザインを考える》9

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左はS町鶴光開発の7つの要素、右は切り株コンサートと日本国太鼓の提案(イラストは筆者)

【コラム・三橋俊雄】 コラム7(4月16日掲載)と8(5月21日掲載)では、S町における観光開発に向けた「光」の発見と、町民が主人公になれる地域づくりについてお伝えしました。こうしたプロセスを経て、町民が目指したい「観光」とは、来訪者と町民の触れ合いを通して、生きることの喜びを共に享受できるものであり、「町民の生きがいづくり」につながるものと確信しました。

観光開発の5つの理念

そこで、S町観光開発計画の基本理念として、以下の5つの柱が設定されました。①48の集落全体が輝ける観光地づくり、②集落の日常生活を分かち合える観光地づくり、③どの集落も一人一人が主役になれる観光地づくり、④暮らしを支えてきた自然と美しく付き合える観光地づくり、⑤郷土が培った知恵や伝統が息づく観光地づくり―です。

また、住民と来訪者たちとの熱い触れあいを目指していくために、図左に示した7つの観光要素、①楽しく集える町、②食を楽しめる町、③ものづくりのできる町、④暮らしを体験して自分を磨ける町、⑤学べる町、⑥買う楽しみのある町、⑦遊ぶことのできる町―が設定され、それぞれの具体的事例と、それを推進するために必要な様々なアイデアが提示されました。

例えば、「焼畑観光」については、短期計画として「焼畑見学とカブの種蒔(ま)き体験」「切り株コンサートと日本国太鼓(図右)」「秋のカブ摘み体験ツアー」など。中・長期計画としては、「焼畑シンポジウムの開催」「焼畑オーナー制度の導入」など。

まちづくりへの住民の意識

観光開発基本計画を策定した後、S町では「魅力ある集落づくり事業」が開始されました。まず、1カ月をかけて全集落を巡る「集落座談会」が開催され、事業の説明と意見交換がなされました。その後、各集落では「光」の発見・確認作業と、その「光」の磨き方についての検討が重ねられました。

筆者もいくつかの集落検討会に出席し、ある集落では、「日本国」という名の山へ向かう登山道があり、その脇に建つ朽ちた御堂(蔵王堂)の話がありました。その木造のお堂の改築には費用が掛かりすぎ、町からの補助金だけでは無理があるので、結局アルミサッシの扉を考えているとの話でした。

私は、「日本国山」は地元の誇りであり、登山道にそのような御堂が建てば、皆さんの誇りに傷がつくのではないかとの発言をし、最終的には、集落の方々が経費の不足分を出し合って立派な木造の御堂が完成しました。

翌年開かれた「フォーラム」では、ある集落の若者から「はじめ、集落づくりは行政がやるものだと思っていたが、この取り組みに参加して、住民自身がやるものだと気づいた」との発言がありました。「内発的地域づくり」とは、行政側の努力と住民側のそうした意識の醸成があってこそ、進められていくものだということを学びました。(ソーシャルデザイナー)

全国からトップ選手が参加 日本発祥 視覚障害者テニス大会

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2012年に洞峰公園体育館で開催された第12関東ブライドテニス茨城オープン大会の様子

22、23日 つくば 洞峰公園体育館

日本発祥の視覚障害者テニス「ブラインドテニス」の国内大会「第22回関東ブライドテニス茨城オープン大会」(主催 日本ブラインドテニス連盟関東地域協会)が22、23日の2日間、つくば市の洞峰公園体育館で開催される。ブラインドテニスは1980年代に視覚障害者の競技として日本で誕生し、世界30カ国以上で楽しまれている。今大会には全国から日本のトップ選手らが集まる。

3次元のスポーツ

宙を飛ぶボールの音を頼りにラリーを打ち合い、ボールの落ち際へラケットを持つ手をいっぱいに伸ばして打ち返す。まるでボールを目で追っているかのような激しいプレーに観客はぐいぐい引き込まれる。主催団体で事務局長を務める佐々木孝浩さん(43)はブラインドテニスの魅力を「見えていない中で、空中に浮いたボールを打ち合う『3次元』のスポーツ」だと話す。佐々木さん自身、視覚障害の当事者として競技に打ち込んできた。

ラリーをする佐々木さん

視覚障害者の球技はフロアバレーボールやサウンドテーブルテニスなど、床やテーブルといった平面を転がるボールを打ち合う2次元競技が多い。3次元競技のブラインドテニスは、バウンドしたり、回転したりする際にボールから聞こえる音を頼りに空中を行き交うボールを打ち合う。音が出る特殊なボールを使う。スポンジボールの中に入る金属球同士が、ボールの動きによって中でぶつかり音が出る仕組みだ。変化する音を頼りに選手はボールの位置を把握する。

「空中の音、バウンドした時の音で距離、位置、高さを推測する。回転も音で分かる。スライスをかけられると空中で音が消えることもある。打った時の音でいかにそこ(打点)に入れるか。平面に比べて難易度が高い一方で、他の競技では体験できない感覚を味わえる」と、佐々木さんは競技の醍醐味を話す。

試合は、視力や視野に応じて全盲の「B1」から弱視の「B3」まで3クラスに分かれて行われる。バドミントンと同サイズのコートには、テープで引かれたラインの下にタコ糸をはわせ、盛り上がる糸の感触を頼りに、選手は自分の位置を確認する。

競技は屋内で行われる

80年代に誕生、世界へ

主催団体によると、ブラインドテニスの始まりは1980年代。埼玉、東京、神奈川の障害者スポーツ関係者と視覚障害の当事者が中心になり、視覚障害者もプレーできるテニスの開発が進められた。1990年、国立身体障害者リハビリテーションセンター(埼玉県所沢市)で最初の全国大会が開催されたのが、競技としての始まりだ。2007年からは海外にも紹介され、現在までに5大陸30カ国以上に普及した。近年は国際協会が発足し、ヨーロッパを中心に毎年国際大会が開かれている。参加する日本選手は上位に食い込み、発祥国として世界をリードしている。

茨城大会の始まりは01年。当事者のメンバー有志と日本女子テニス連盟茨城支部の協力で始まった。当初はひたちなか市内の体育館を使用していたものの、11年の東日本大震災で会場が被災したのをきっかけに、同年からつくば市の洞峰公園体育館に移り、18年に牛久市で開催した以外は、洞峰公園での開催を続けている。20年、21年はコロナ禍で中止となった。

普及のきっかけに

現在、国内の競技人口は約300人。国内の代表組織である日本ブラインドテニス連盟では、全国各地で体験会を開いたり、国外へ赴いたりするなど競技の普及に努めている。同競技の地域組織で、今大会を主催する同連盟関東地域協会の杉本唯史副会長(46)は「大会を開く意義は、プレーヤーが競い合い、活躍の場を提供すること。同時に、プレーを色々な方に見ていただき、視覚障害の当事者に興味を持ってもらうこともある。『空中のボールを打つ』という迫力あるプレーを、当事者以外にも見てもらい、競技の魅力を伝えたい」と大会開催に込める思いを語る。同協会の新井彰会長(41)は「今大会には北海道から鹿児島まで、全国からトッププレーヤーが参加する。1試合目から高いレベルの選手同士のラリーが見られるはず。一人一人の独自のプレースタイルを築く選手たちの姿を見てもらいたい」と来場を呼び掛ける。(柴田大輔)

◆第22回関東ブラインドテニス茨城オープン大会は、6月22日(土)が午前11時から午後6時、23日(日)が午前8時半から午後4時まで、つくば市二の宮2-20 洞峰公園体育館で開催。入場無料。来場は事前申し込み必要。問い合わせは関東地域協会事務局(メール jimukyoku@kanto-bta.jpn.org)へ。