月曜日, 10月 12, 2026
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農業で国際ビジネスマッチング JICA筑波

国際協力機構筑波センター(JICA筑波、つくば市高野台)で21日、アフリカやアジアからの研修生に向けて、民間企業が自社製品や事業を紹介するビジネスマッチング企画「農業共創ハブ」が開かれた。研修生は主に母国の政府機関から派遣され、同センターで活動したり各地の大学で学んだりしている。帰国後の両者の関係発展を期待し、途上国が抱える農業分野の社会課題の解決に繋げる試みだ。企画は2020年から始まり、今回で6回目。

この日集まったのは、農業分野で国際的に活動する県内外の12社。日本電気(NEC)は、同社による農業生産に関するデータを1カ所に集約するプラットフォーム「クロップスコープ」を紹介し、衛星画像や各種センサーのデータを基に農地の環境を可視化するサービスを説明した。集まった研修生からは自国で同技術が生かせるか質問が飛び交った。

つくば市梅園に本社を置く、人工衛星からのデータを活用した情報サービスを提供するビジョンテック(山本義春社長)は、同社による農業情報サービス「アグリルック」を国内での導入例をもとに紹介した。人工衛星技術を用いた営農支援システムで、衛星から届くデータをもとに、ほ場ごとの生育状況を把握し、適切な肥育や収穫の管理、病害虫や気象災害対策に役立たせることを目指している。同社海外製品担当の八木浩さんは「気候変動が起きる中で、慣行で作物を管理するのが難しいことがある。衛星情報を基に、ほ場ごとに生育を管理することで、適切なタイミングで追肥や収穫をすることができる。安定して高品質な農作物の生産につなげたい」とし、今回の企画について「アフリカなど実際に自分では行けない国の方と直接やりとりできる機会でとても貴重」だと話した。

精米機や石抜き機などの農業機械を開発・製造するカンリウ工業(長野県塩尻市)の藤森秀一社長は「現地では、販売するコメに、除去されない小石などが混ざっていることが多いと聞く。きちんと異物を取り除き、精米することで品質が上がり良い値段がつけられる。収入の向上と生活改善につながるはず」とし、「企画に参加するのは4回目。ここでの出会いが縁で、現地の方とオンラインでやりとりするなど関係が進んでいる。10年前から海外への展開に力を入れている。各国の政府職員とつながる貴重な機会。長い付き合いになれば」と話した。

ボツワナからの研修生ソロフェロさん(右)とナミビアからの研修生シシリアさん

各社のブースを回ったボツワナ農業担当省庁の農業普及員を務めるJICA研修生のソロフェロさんは、最も印象に残ったのは中古農機具の輸出を手掛けるマーケットエンタープライズ(東京都中央区、小林泰士社長)だとし、「機会化が進んでいないボツワナで新品は高い。中古は魅力的。メンテナンスもしっかりしているので安心感があった。小規模な農地が多いので小型のハンドトラクターがあると生産力が上がると感じた」と話した。ナミビアで農業普及員を務める研修生のシシリアさんは「企業から直接話を聞ける機会は初めて。農家の役に立つ情報ばかりだった。帰国後、情報を共有して国の役に立てたい」と語った。

中古の農機具の展示も行われた

農業県の特色を生かした取り組み

企画を担当したJICA筑波の西岡美紀さんは「農業県に拠点を置いていて、途上国からの研修員は年間700人ほどが来る。民間や大学にも研修以外でもJICA筑波を利用いただき、つくばをハブにして農業分野で途上国と民間企業がつながれたらと思い、立ち上がった企画。研修員にとっても企業から話を聞くことは非常に有益なこと。企業も研修員から意見を聞いて、製品開発に活かしてもらっている。企業同士、政府機関で働く研修生同士のネットワークづくりの場にもなっている。来年も開催する予定。多くの方に関心を持ってもらいたい」と語った。(柴田大輔)

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