金曜日, 1月 2, 2026
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初公開含む収蔵品12点展示 土浦市民ギャラリーで浦田正夫日本画展

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展示風景

【池田充雄】土浦駅前の土浦市民ギャラリー(同市大和町)で9月6日まで、日本画の重鎮で土浦ゆかりの「浦田正夫日本画展」が開かれている。市の収蔵品から12点を選んで展示しており、うち3点はギャラリー初公開。いずれも大判の作品で見応えがある。

浦田正夫(1910~1997)は、日本芸術院会員や日展事務局長などを務めた。戦後の一時期、土浦周辺に疎開し地域の美術復興に力を尽くした。市では現在、日本画27点のほか自作陶器やスケッチ類など豊富な作品を所蔵しており、隔年で収蔵品展を開催している。

今展では、土浦疎開中の1950年に描かれた「蓮池」から、1985年発表の「蓮沼」まで12点の作品を、夏から秋・冬・春を経て再び夏へと四季が巡るかのように構成している。35年の隔たりがある新旧2枚の蓮の絵を見比べ、その間の画風の変遷を見比べることができる。

展示作品の一つ、浦田正夫「蓮池」(1950年、171×182cm)

「初期はシンプルな色遣いだが、年を経るごとに中間色が増え、構図も複雑になってくる。心象世界としての風景を描いているので、じっくり見てほしい。ぜひギャラリーに足を運び、1点1点時間をかけてご覧いただきたい」と、同館の米田修主任。

今展から本格再開

今年のコロナ禍では同館も一時期休館していたが、今展から本格的な再開となり美術ファンを喜ばせている。

9月1日からは旅をテーマとした洋画の収蔵品セレクション展も予定している。同26日からは中断されていた諏訪原寛幸戦国群像イラストレーション展を再開する。

◆浦田正夫日本画展は入場無料。開館時間は午前10:00~午後6:00、月曜休館(祝日除く)。問い合わせは同ギャラリー(電話029-846-2950)

◆関連記事《霞月楼コレクション》2 浦田正夫 土浦疎開を機に新たな作風開花はこちら

《宍塚の大池》68 地元小学校や市民がオニバス保全活動 

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葉を突き抜けて咲くオニバスの花(上段左)、葉の裏(同右)、葉を支える葉脈(下段左)、オニバスの閉鎖花(同中央)、 水草保存コンテナ(同右)


【コラム・及川ひろみ】オニバスは春発芽し、夏には直径2メートルもの大きな葉を水面に広げるスイレン科の一年草の水草です。葉・茎など花弁と根を除き、全体に鋭く長いトゲがあることから、オニバスと呼ばれるようになったようです。環境省レッドリスト絶滅危惧II類(VU)の絶滅の危機にある貴重な植物です。

宍塚大池は太平洋側のオニバス北限生育地で1982年、約500株が確認されました。1990年、会が行った調査では36株、その後さらに少なくなり、2000年ごろから宍塚大池ではオニバスが見られなくなりました。

オニバス減少の要因について、環境省「日本の絶滅のおそれのある野生生物」(レッドデーターブック、2002年改訂版)は、湖沼の開発、水質の汚濁土地造成を主原因に挙げています。

オニバスを育てるために会では、大池堤防の下流にオニバスの生育地として「オニバス池」を掘りました。が、そこでアメリカザリガニがオニバスを食べ尽くす現場を目撃しました。残念ながらオニバスをオニバス池で育てることを断念しています。

種を採取し1990年から栽培

オニバスは水面で咲く花とは別に、水中で自家受粉するたくさんの「閉鎖花」を付け、種を付けます。

会では1990年、宍塚大池で採取した閉鎖花の果実から約100個の種を取り、それを基に、1990年から減少が続くオニバスを種から育てる活動を始めました。

地元宍塚小学校(当時)の親御さんから、学校でも育てたいとの申し出を受け、1994年オニバスの若い苗を差し上げました。宍塚小学校では郷土の宝であるオニバスを保全するために池を掘り、成長を記録し、オニバスが絶滅危惧種になった原因を探りました。

その後何代もの先生によってこの活動が引き継がれ、この活動などによって環境省から「環境功労者賞表彰」を授与されました。宍塚小学校が閉校となった今では、土浦小学校がこの活動を引き継いでいます。

1997年、会はオニバスの里親を広く募り、市民によるオニバス保全が現在も続いています。

会は現在、180センチ×120センチ、深さ80センチの中型コンテナ数個による栽培を行っています。

オニバスだけでなく宍塚大池由来のジュンサイ、クロモ、ミクリなど希少種の水草を、20数個のコンテナを使い保全しています。

宍塚大池ではアメリカザリガニを取り除く活動を2006年から続けています。水草が育つ条件が整えばこれらの水草を大池に移植したいと考えています。大池の池底には未だオニバスの種が眠っていることも考えられますが、まずは大池の環境改善が急務です。(認定NPO法人宍塚の自然と歴史の会)

利活用方針出せず、改選後に持ち越し 旧総合運動公園用地 つくば市議会

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27日開かれた市議会調査特別委員会=つくば市役所

【鈴木宏子】住民投票で白紙撤回となったつくば市の旧総合運動公園用地(同市大穂、高エネ研南側約46ヘクタール)を民間に一括売却するという市の方針を調査検討する市議会調査特別委員会(小久保貴史委員長)が、9月議会開会日の27日開かれた。利活用方針について任期中に結論を出すことができず、改選後に持ち越しとなった。

市議は今年秋に改選となることから、9月議会が任期中の最後の定例会となり、利活用方針の提案が待たれていた。

同日開かれた調査特別委では、小久保委員長から中間報告の提案があった。内容として「新型コロナ感染拡大の影響で議会活動の自粛を余儀なくされ、論点整理後の議論の場を持つことができなかった」とし「改選後も引き続き調査検討を重ねていく」とする案が示され、全会一致で了承された。9月議会最終日の9月18日、本会議で報告される。

一方、委員からは「(前回の市長選で)市長が(元所有者のUR都市機構に)返還するという大きな公約を出して、売却に変わり、(利子も含め)28億円マイナスを出しても売るということになった。今は利活用に流れが変わってきているが、特別委を設置したときは3月までに結論を出そうということになっていた。ずるずるして、4年間何も結論が出ないまま。新しい議員で検討するというが、こういうことをやっていると市民の期待に沿えない」「改選後(の議員)に縛りをかけるのは極めて異例」などの意見が出た。

小久保委員長は取材に対し「委員会として一つの方向にまとめるまでには時間が足りなかった」と説明し、「(市の方針に対し)反対、賛成と両方の立場があった。論点整理をして、それぞれの考え方の共有まではできたが、事業を(提案)する場合の財政面の検討や実現性を含めて、(議会の意見を)まとめるには時間が足りなかった。ただし議員それぞれの考え方は見える化されたと思う」と話した。

市は陸上競技場の検討開始

旧総合運動公園用地をめぐっては昨年3月、五十嵐立青市長が一括売却方針を示し(19年3月20日付)、4月に事業提案を公募した(同4月26日付)。結果、1社から、40億円で用地を購入し、倉庫や大型商業施設、老健施設などとして利用するという提案があった(同8月19日付)。

その後、9月に住民説明会が開かれたが、一括売却に異議を唱える意見が相次ぎ(9月7日付)、市議会に調査特別委員会が設置された(9月27日付)。

特別委では多数の委員から、一部公共利用すべきだとする意見が出された。具体的には陸上競技場、屋内プール、アリーナ、避難所、防災拠点、道の駅、市営墓地、研究所などの提案が出た(同11月7日付)。この間、計4回の委員会と3回の勉強会を開いたが、意見をまとめることができなかった。

一方、市執行部は、調査特別委が設置されたのを受けて、議会の結論を踏まえる方向に転換し、昨年9月以降、売却に向けた手続きをストップさせた。しかし議会の結論が見えない中で、市は7月に陸上競技場整備基本構想策定検討会議を設置し、旧総合運動公園用地も含めて場所や規模の検討を開始している(7月31日付)。

不登校も特別支援学級もない学校を語る つくばの市民団体などがオンライン授業

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イベントを告知するチラシ

【川端舞】不登校も特別支援学級もない、障害のある子もない子も同じ教室で一緒に学ぶインクルーシブ教育を目指している小学校がある。大阪市立大空小学校だ。つくば市で障害のある人もない人も通えるバリアフリーヨガや、知的障害のある青年たちのバスケットボールチームを運営している民間会社「PSYCHE(プシュケ)」(福原美紀代表)が9月5日、大空小学校の元校長を招いてオンライン授業を開催する。

大空小学校は、同校の1年間を追ったドキュメント映画「みんなの学校」が2013年度に文化庁芸術祭大賞を受賞し注目を集める。映画は7年たった今でも全国各地で上映されている。

9月5日のオンライン授業では、映画撮影当時、大空小学校の校長だった木村泰子さんが「木村先生のみんなの授業」と題し、インクルーシブ教育を語る。

主催は「PSYCHE」のほか、障害者団体「つくば自立生活センターほにゃら」、多様な人たちが関われる空間を目指した朝市をつくば市内で開催している「まめいち」。

当初は今年3月に「みんなの学校」映画上映会、4月には木村さんをつくばに呼んで「みんなの授業」を開催する予定だったが、新型コロナウイルスの影響で中止になっていた。

大声を出すのには理由がある

PSYCHEを運営し、自身も知的障害のある20歳の長男を持つ福原美紀さん(48)は、去年東京で木村さんの講演会に参加した。重度障害のある子が保護者と参加していて、その子が講演中に大きな声を出してしまい、保護者は周りを気にして退席しようとしていた。それを見た木村さんは親子に対し、「帰らなくていいよ」と語りかけた。そして木村さんはこんな話をしたという。

「大空小学校では、新任の教員が教室で大声を出す子を静かにさせようとすると、周りの子どもたちが教員に『この子は理由があって大声を出しているんだ』と声をかける。授業中に出歩く子がいて、黒板が見えなかったら、周りの子どもたちが自分の机を移動させ、黒板が見える位置に行けばいい」。

この話を聞いて、福原さんは気持ちが楽になったという。障害児を育てていると、迷惑をかけないようにと常に気にしてしまう。大空小学校のような環境があれば、障害児の子育てが楽になると思った。

福原さんは、つくばの教育関係者や福祉関係者、障害に関わる様々な人に木村さんの話を聞いてほしいと、「みんなの授業」を企画した。

当日、午前中は現職教員や教員志望の学生、福祉施設の職員などを対象とした授業を、午後は障害に関わらず、生きづらさを抱えた人など、どんな人でも参加できる授業を開催する。午前の部は満席になったが、午後の部はまだチケットを販売している。

◆チケットは2000円。購入方法はhttp://ptix.at/OZD2qs

つくば市の保育士が新型コロナ 公立保育所休園

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つくば市役所

つくば市は26日、公立保育所の保育士が新型コロナウイルスに感染していることが分かったとして、この保育士が勤務する公立保育所を26日から9月5日まで休園にすると発表した。保育所名は公表しないという。

県の発表によると、保育士は市内に住む30代男性で、23日、37~38度台の発熱などがあった。25日にPCR検査を実施し、同日、陽性が判明した。現在、症状は軽症という。

市幼児保育課によると、男性保育士は21日金曜まで通常勤務し、週明けの24日から休んでいた。21日時点で発熱などは無かったという。

今後は、同保育所の職員など男性保育士の濃厚接触者計約60人のPCR検査を27日に実施する。

濃厚接触者である同保育所職員は、男性の発熱から14日間、自宅待機し経過観察しなければならないことから、同保育所は26日から9月5日までの11日間、休園となる。

市内の公立保育所で新型コロナウイルス感染者が発生し休園になるのは初めて。

同市は「これまで感染予防対策としてマスク着用や手洗いの徹底、施設内の清掃・消毒作業、職員と児童の健康観察を行ってきたが、なお一層、感染予防に努めてまいります」としている。

五十嵐立青市長は「市としても県やつくば保健所と連携して対策を講じます。児童、保護者の皆様にはご心配とご不便をお掛けしますが、ご理解の程よろしくお願いします」とするコメントを発表した。

つくば市役所を爆破予告 問題なければ通常業務

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つくば市役所

つくば市は26日、同市役所を27日午後4時33分に爆破するという予告があったと発表した。警察から同市に情報提供があった。

つくば警察署によると、市内の国立大学の学生に届いたメールに、市役所を爆破するという内容が含まれていた。

メールを受信した学生が24日、警察に届け出た。メールの送信者は不明という。

一方、同市危機管理課によると26日までに、市役所や市職員などに爆破予告メールは届いていない。

予告を受けつくば市は、26日と27日に警察と協力しながら市役所を点検し不審物の捜索を実施する。

特に問題がない場合は、27日も通常通り市役所を開庁し、安全対策を徹底した上で業務を行うとしている。

自治体などに対する爆破予告は最近、全国で相次いでおり、県内では常総市や鹿嶋市にも爆破予告メールがあった。両市では一時、市役所を閉庁している。

つくば警察署は威力業務妨害の疑いでメールの発信者を調べている。

東京への台風接近1.5倍に増加 気象研 過去40年のデータ分析

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図1 東京への台風の接近数の変化。40年で1.2個の増加=気象研究所資料

【相澤冬樹】東京など太平洋側の地域に接近する台風の増加が過去40年の観測データから明らかになった、と気象研究所(つくば市長峰)が25日報告した。接近する台風は強度がより強くなっていること、移動速度が遅くなっていることもわかったという。

25日付の発表論文について、同研究所応用気象研究部、山口宗彦主任研究官がオンライン記者会見で説明した。

太平洋側で軒並み増加

台風は、平均で1年間に約26個発生し、そのうち約11個が日本に接近(台風の中心が全国の観測地点から300キロ以内に入った場合)する。接近数が「体感的に増えている」と思われても、これまで地域別・都市別などでは定量化されたことがなかったため、1980年から2019年の過去40年分の観測データや気象解析データを詳細に調査した。80年は静止気象衛星ひまわりの運用が開始された年で、観測データの品質が均質で信頼できる期間について調べた。

その結果、東京で、期間の前半20年に比べて後半20年の接近数が約1.5倍となった(図1)のをはじめ、名古屋、高知など太平洋側の地域で軒並み増加傾向をみせた。 前半20年は南方の洋上にあった台風が後半20年間に押し上げられた格好だ。

図2 太平洋高気圧の西方、北方への張り出しが強くなって台風が太平洋岸に接近する

その要因としては、太平洋高気圧の西方、北方への張り出しが強くなっていることが考えられる(図2)。ただ、山口研究官によれば「今回調査から後半の増加傾向がこの先も続くかは判定できない」という。

また、中心気圧が980ヘクトパスカル未満の強い強度の台風に注目しても接近頻度が増えていること、台風の移動速度が遅くなっていることも明らかとなった。要因として、接近時の海面水温の上昇、上層と下層の風の差の縮小、大気中の水蒸気量の増加が、どれも台風の発達により都合の良い条件になっていること、さらに偏西風が日本上空で弱まっており、これにより台風を移動させる風が弱くなっていることが考えられるという。

地球温暖化との関連については、今後の解析によるとした。「太平洋十年規模振動」と呼ばれる気候の内部変動がこれらの変化と関連している可能性があることに注目、地球温暖化の影響と合わせてさらに解析を行う予定でいる。

《県南の食生活》16 お盆の今と昔

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【コラム・古家晴美】今夏は新型コロナウィルスの影響で夏祭りが軒並み中止となり、何か忘れものをしてきたような気分だ。しかし、お盆行事は各家庭で例年通り行われたのではないだろうか。お盆はあの世から戻ってくる先祖の霊をもてなし、五穀豊穣(ごこくほうじょう)、子孫繁栄を祈る。

阿見町大室のあるお宅では、仏壇の前に盆棚(ぼんだな)を作り、仏壇から位牌などを出してホトケサマを祀(まつ)る。以前は、霞ケ浦湖岸で刈ったマコモを干して敷いた上に蓮(ハス)の大葉を載せ、そこに様々な供物を並べた。キュウリやナスで作った馬や牛、自宅で収穫したナス、キュウリ、カボチャ、サツマイモなどの野菜や三度三度の食事だ。

朝食には小豆あんを載せた餅、昼食にはうどん、夕食には白飯と精進揚げなどを用意した。また、7月21日にワカサギが解禁になるので、てんぷらにしてお供えすることもある。

お盆でお供えする餅(もち)は、昭和40年前後まで自宅で搗(つ)いていた。しかし、カゴヤサン(背負い籠に地元の農産物を詰めて常磐線に乗って東京で販売する人)に頼むと、東京で仕入れて来てくれると知ってからは、その人に注文するようになった。

夏場に餅を搗くと、表面がすぐに硬くなってしまい美味しくない。その上、お盆用に少量しか搗かず、あまり手間をかけたくないので、買って済ませるようになったとのこと。地元にスーパーができると、うどんも自宅で打たずに購入した乾麺を使用するようになった。

最近では、自宅で作らなくなった野菜や果物、真空パックの切り餅はスーパーで、マコモはホームセンターで購入してお供えしている。

「近ごろでは金がモテナイ」

シンボン(新盆)の家に見舞いに行くと、以前はビールやお茶、天ぷら、煮物が用意されており、ごちそうになった。ちょうどハスが出始めた時期なので、「新バス(盆バス)だから初物を食べていってくれよ」と勧められた。5ミリくらいの厚さに切り、醤油と酒、砂糖だけで煮たものである。

しかし、最近の新盆は、飲酒運転の取り締まりが厳しくなったことから、ご馳走を出さずに、香典返しのように葬儀社が用意した品物で返礼されることが増えている。ビールや醤油、鰹節、海苔などがセットになっている豪華なものもある。

コロナの影響で世の中の動きが一時停止してしまったが、お盆行事はこのように形を変えながらも、現在でも毎年行われている。餅つき、うどん打ち、シンボン見舞客の接待などの多くが外部化し、確かに余分な気遣いや手間はなくなり気楽になった。

しかし、葬儀ばかりでなく、お盆まで業者にお世話になるご時世。「近ごろでは(なんにでもお金がかかり)金がモテナイ(貯められない)」という土地の表現を教えていただいた。お金を貯めるのは一苦労だ。(筑波学院大学教授)

中央公園に噴水復活 地元中学生が提案 つくば

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中央公園の池に約10年ぶりに復活した噴水。手前は市立吾妻中パソコン科学部の中学生ら

【鈴木宏子】つくば駅に隣接する同市吾妻、中央公園の池に25日、噴水が約10年ぶりによみがえった。高さを変えながら最大12メートル噴き上がり、夜は赤や青、紫にライトアップされる。

池の水質調査に取り組んできた地元の市立吾妻中パソコン科学部の中学生が2018年、地域の夏祭りで、噴水をつくったり、水を入れ替えれば池の水がきれいになるなどと提案したのがきっかけ。中学生たちは当時、地域住民などにアンケート調査を実施し、「昔は噴水が出ていて水がきれいだった」という回答があったことが提案につながったという。

中学生の提案を受け、噴水による中心市街地の活性化と池の水質浄化を目的に、市は噴水の再整備に取り組んだ。

まず中央公園の西側に深さ110メートルの井戸を掘って、毎分200リットルの地下水をくみ上げ、池に引き込んだ。さらに噴水で水を噴き上げることにより、毎分約830リットルの池の水を撹拌(かくはん)する。

池の水にはこれまでも地下水が引き込まれていたが、設備が老朽化していたため、あまり入っておらず、ほとんどが雨水だった。新たな地下水の引き込みにより、池の水は16日間で入れ替わるという。今回の地下水引き込みや噴水の設置により、工事前は12センチだった透明度が、現在は38センチと3倍きれいになった。

工事は今年5月から8月半ばまで実施した。整備費は約3760万円。

吾妻中3年でパソコン科学部部長の中村鴻太さん(15)は「パソコン科学部として誇らしい。まさかこんなスケールの噴水ができるとは思わなかった。これからも水質調査を続けたい」と話した。

市公園・施設課の吉原利夫課長は「中心市街地の新たなシンボルができた。新型コロナもあるので(3密などに)気を付けながら、皆さんに見ていただき、楽しんでいただければ」としている。

◆噴水は午前9時から午後10時まで稼働し、日没から午後10時までライトアップされる。

《続・平熱日記》67 篭(かご)と笊(ざる)

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【コラム・斉藤裕之】夫婦に共通の趣味はないのだが、カミさんがわりと素直に付き合ってくれるのが、たまに出かける骨董市。特にお目当てのものがあるわけでもない。何かの収集家でもないが、古びた道具や家具は今のものとは違う魅力がある。

ゆっくりと小半時(こはんとき)を過ごして何も買わないこともあれば、お宝?を発見できることもあるのだが、結構な確率でカミさんが手にしているのは篭(かご)と笊(ざる)。「どう?」。安すぎる売り値を聞いて、これを作る手間を考えると「どうぞ!」と答えるしかない。

元々「テキスト」は「編む」という言葉から、また「テクスチャー」が材質感と訳されるように、一枚の美しい生地もひとめひとめから成り立つという全体の部分の関係。そうそう、「縦の糸は〇〇〇で横の糸が△△△」という唄の如く、篭や笊は哲学的かつ幾何学的な構造を伴っている。例えば、立派な全集や辞典なども「編む」という。

フィンランドの五輪代表が集中力を高めるために編み物を取り入れたとか、またミス・マープルが事件の解決の合間に編み物をする姿も思い出される。いずれにしろ、「コツコツ」と積み上げるという私の苦手な分野であることは確かだ。

それから、カミさんの趣味のひとつは植物である。いわゆる豪華絢爛(ごうかけんらん)なものではなく、どちらかというと山野草などのひっそりとしたものを好む。訪れた道の駅や直売所では、まずは外回りの鉢物を物色する。最近買ったのは、萱(かや)のようなひょろひょろとした草や垂れ下がる弦(つる)ものの草だ。それらは時々篭に盛られ、台所に置かれる。

私は好んで花を描く方ではないのだが、季節ごとに目にする野の草を描くことがある。ドクダミやアザミは毎年描いてみるのだが、なかなか上手くいかない。そんな時、たまにカミさんの生けた篭の花を拝借して描いてみるのだが、次の日には開いたり萎れたりしていて、途中で止めてしまうことがよくある。

先日は、最近あまり見かけなくなったと言って、カミさんがどこからかツユ草を持ってきた。この夏の花は描いたことがないが、長持ちしそうだから描いてみようと思う。

カミさんは「透け感のある女性」

さて、篭や笊はなど、編まれているものには当然「隙間」があって、これが例えば美術においては大事な要素なのである。今風に言うと、「透け感」?「抜け感」? 絵画にしても彫刻にしても、いい作品は絶妙な透け感を伴っていることが多い。つまりカミさんは「透け感」好きなのか。

確かに、彼女の好きな草木も、いや本人も「透け感」ありだ。「奥さんてどんな人?」と聞かれて、いつも返事に困っていたが、「透け感のある女性」と答えることにしようか。さすがにこれはちょっとすかしすぎか。

ようやく梅雨も明けたある休日。久しぶりに骨董市を訪ねた。カミさんの手にはまたもや小ぶりの篭が。そういえば、昨年、山口の実家を畳む際に、カミさんが最後に持ち出したのは母が集めた篭だった。どうやら篭や笊には女心をくすぐる何かがあるらしい。

蛇足だが、長女はザル、次女は下戸。私はお酒を止めてちょうど1年が経った。(画家)

桁違いの速さ ゲリラ豪雨をリアルタイムで予報 筑波大などが実証実験

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スマートフォンアプリ「3D雨雲ウォッチ」による表示例。わずか5分の間に1時間30mm以上の「豪雨」から同80mm以上の「猛雨」へと急発達する雨雲を予報している

【相澤冬樹】スーパーコンピューターによる「ゲリラ豪雨予測手法」を開発した理化学研究所、筑波大学などの研究グループが、これまでとは桁違いの速さでデータを更新し、わずか数分の間に急激に発達するゲリラ豪雨を予測できるシステムに高度化した。首都圏でのリアルタイム実証実験を25日から開始するのに合わせ、同日午後2時からスマートフォンアプリを公開する。

共同研究グループは、理研計算科学研究センターデータ同化研究チームの三好建正チームリーダーをはじめ、情報通信研究機構電磁波研究所、大阪大学大学院、エムティーアイ・ライフ事業部などからなり、筑波大学は計算科学研究センターから朴泰祐センター長が参加、同大学が東京大学情報基盤センターと千葉県柏市で運用するスーパーコンピューターOakforest-PACSを使って、30秒ごとの雨雲の詳細な観測データを処理するシステムを組んだ。

スーパーコンピューターを使ったシミュレーションに基づく現在の天気予報は、1キロより粗い解像度で、1時間ごとに新しい観測データを取り込んで更新されている。例えば、気象庁で運用されている局地モデルは、全国を対象に解像度2キロで1時間ごとに新しい観測データを取り込んでいる。しかし、ゲリラ豪雨は、わずか数分の間に積乱雲が発生し、急激に発達するため、現在の粗い解像度では、十分な予測が困難という。

研究グループは2013年に研究開発に着手。昨年運用を停止したスーパーコンピューター「京」とフェーズドアレイ気象レーダー(PAWR)を生かし、2016 年に「ゲリラ豪雨予測手法」を開発した。

今回、この手法を高度化し、さいたま市に設置されている最新鋭のマルチパラメータ・フェーズドアレイ気象レーダ(MPPAWR)による雨雲の詳細な観測データと、スーパーコンピューターを用いリアルタイムデータを30 秒ごと取り込んで更新し、30分後まで予測する超高速降水予報システムを開発した。「京」の時代では、本来30秒以内に完了しなければならない計算に、約10分かかっており、30秒ごとに送られてくるデータを時間内に処理できず、リアルタイムに動作させることはできなかった。

今回は、予測データを理研の天気予報研究のウェブページで30秒ごとに分割して連続的に表示する。リアルタイム予報の実証実験は25日から9月5日まで、首都圏において30 秒ごとに更新する30分後までの超高速降水予報を行う。

実証実験で得る予報データは、気象業務法に基づく予報業務許可のもと、理研の天気予報研究のウェブページ(https://weather.riken.jp/)と、エムティーアイのスマートフォンアプリ「3D 雨雲ウォッチ」(https://pawr.liferanger.jp/)で25 日午後2時から公開される。ただし、「この予報は試験的に行うもの」とのお断りがついており、「実用に供する気象予報に十分な精度や安定した配信環境が保証されたものではなく、利用者の安全や利益に関わる意思決定のための利用には適したものではない」としている。

《茨城鉄道物語》5 TX開業15周年 「南伸」「北伸」を論ず

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つくばエクスプレス

【コラム・塚本一也】今日8月24日、つくばエクスプレス(TX)は開業15周年を迎えた。当初から私は「(つくば駅が終点の)TXは未完成である」と主張してきた。もともとTXは「常磐線のバイパス」として計画された路線であるから、TXと常磐線相互の振り替え輸送が可能になるように、つくば以北のどこかで常磐線に接続しなければならないと考えているからである。

私はこれまで様々な場面で、TX延伸の持論を展開してきた。しかし、政治・行政あるいは鉄道会社の関係者は、私の主張に内心では賛意を示すものの、いざ行動しようとすると尻込みをしてしまうようである。

TX延伸に関しては、東京湾臨海方面を目指す「南部延伸論」と、茨城空港まで伸ばす「北部延伸論」がある。南部延伸に関して注目しなければいけないのは、どの路線と相互乗り入れを計画するかである。鉄道の相互乗り入れは、縁談に例えることができる。TXの東京駅へ乗り入れを熱望する人は多いが、それは「あの家と縁組したいが、相手がだれかは分からない」と言っているようなもので、ナンセンスである。

将来に夢と希望が描けるようなパートナーと出会えることが、当人だけでなく周りへも幸福をもたらすのではないだろうか。それには、どの路線と相互乗り入れをするかということを考えることが必要である。

国家プロジェクトの大義をつくれ

北部延伸論については、関係者が必要性を認識しつつも、一様に口が重い理由は、財源確保が困難であるという点である。高度成長期に計画された整備新幹線と異なり、低成長時代に突入した今、しかもこれまで鉄道に対して関心の薄かった茨城県が、単独で延伸計画をまとめるのは荷が重いというのが関係者の本音であろう。

大規模プロジェクトを進めるにあたって、財源は、いつの時代でも越えなければならない壁である。しかし、先人たちはその壁を乗り越えて、茨城を発展させてきた。私に言わせれば、「お金がない」のではなく、「やる気がない」のである。試合をする前から、負けを認めているようなものである。

TXの北部延伸を実現させるには、その中心であるつくば市がプロジェクトを引っ張ることが必要条件である。そして、鉄道の運営と下部構造(鉄道施設)の財産保有を別にする、いわゆる「上下分離」の事業スキームを構築しなければならない。

さらに、茨城県が孤立しないようにするために、国家プロジェクトとしての大義をつくることである。首都災害のリスク回避のために一極集中を分散させる―ことなどは、錦の御旗になるであろう。つくば市には多くの研究機関が進出しているし、茨城空港を持っていることも大きなアドバンテージになる。

このように、TX延伸実現のための材料やレシピはある程度そろっているが、問題は一流の料理人が欠けていることである。かつて帝都復興を成し遂げた後藤新平や、筑波研究学園都市を決定した河野一郎のような、先見性と強い信念を持ったプロジェクトリーダーの登場が望まれる。(一級建築士)

《霞月楼コレクション》6 門井掬水 日本の情緒や風雅を体現する美人画

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霞月楼

芝居の一場面を描いたような屏風

【池田充雄】霞月楼にある門井掬水(かどい・きくすい)の屏風(びょうぶ)は謎の多い作品だ。右扇では若侍が花吹雪の中を歩み、左扇には女性が宴を楽しんでいるが、図柄は続いていない。また、本来は1隻に1つだけの落款が、左右2カ所に入っている。これらの点から、別々の屏風から人物だけを継ぎ合わせ、仕立て直したかと推察される。当初の形では、花見の場の出会いの景を描いていたのかもしれない。

題・制作年不詳 二曲一隻屏風 185×200cm 霞月楼所蔵

名実とも揺るがぬ清方の一番弟子

門井掬水は1886(明治19)年、鹿島郡札村(現鉾田市札)に生まれた。本名英。戸籍上の父は門井源左衛門だが実際は祖父にあたる。生家は「銭屋」の屋号で両替商や河岸問屋を営み、源左衛門は1889(明治22)年の町村制施行の際に白鳥村の初代村長も務めた。

門井掬水(大洋村史より転載)

幼くして実父母と共に上京し、1897(明治30)年頃、湯島天神前の切通坂に住む鏑木清方に入門。当時掬水は11歳で湯島小学校に在学中、清方は19歳だがすでに挿絵画家として父の経営する「やまと新聞」ほか数紙で活躍していた。後に「築地明石町」などの美人画で名を馳せる清方の、最初の弟子が掬水であった。

1900(明治33)年の連合絵画共進会に「燈下読書」で初入選し、1911(明治44)年の第11回巽画会展に「むろの花」で一等褒状。ほかに清方が挿絵画家仲間と結成した烏合会展や、清方の塾展である郷土会展などにも精力的に作品を発表した。

掬水は1906年(明治39)から数年間、日本橋浜町に転居した清方の玄関番を務めるが、この頃から清方の下には川瀬巴水、伊東深水、山川秀峰ら多くの門弟が集まるようになった。1915(大正4)年には「それぞれ巣立ちしたのちまでもふる里を忘れまい」との思いから郷土会が結成され、掬水が中心となって会の運営にも力を尽くした。

美人画のほかに新傾向の作品群も

帝展では1921(大正10)年の第3回展に「芽生」で初入選、以後第7回展の「黒胡蝶」、第9回展の「傀儡子」、第10回展の「七夕」と、いずれも師譲りの清麗な美人画で入選を重ねた。茨展では1923(大正12)年の第1回から出品し、第3回から無鑑査となった。

「黒胡蝶」1926年頃 絹本彩色 同名の帝展出品作とは姉妹作にあたる 坂東郷土館ミューズ(坂東市立資料館)所蔵

掬水の本道は伝統的な美人画だが、それ以外に、各地の情景や風俗などに材を得た作品も発表していた。特に異彩を放つのが伊豆諸島のシリーズだ。1937(昭和12)年に郷土会一行は大島へ写生旅行に出掛けた。1928(昭和3)年に野口雨情作詞の「波浮の港」が流行するなど、当時は大島ブームが到来していた。

旅行から戻った掬水は、同年の茨展で「島の娘」、郷土会の島巡遊絵画展で「椿の島」を発表。さらに勢いは続き、1940(昭和15)年の紀元二千六百年奉祝美術展に「夕浜」で、その翌年の第4回新文展に「神津島の女」で入選。島特有のあんこ姿の女性像には南方のユートピア的な雰囲気も漂う。

「夕浜」1940年 絹本彩色額装 185×226cm 紀元2600年奉祝美術展 茨城県近代美術館所蔵

続いて第5回新文展では「和具の海女」、第6回新文展では「船越の盂蘭盆」で入選を果たすが、これらは題からして三重県伊勢志摩地方の民俗文化を描いたものと思われる。

目黒雅叙園に今も残る掬水作品

1931(昭和6)年に目黒行人坂に創業した目黒雅叙園(現ホテル雅叙園東京)は、当時の一流画家らによる天井画、壁画、襖絵などが全室を埋め尽くし、その絢爛豪華たるさまは「昭和の竜宮城」と称された。また、昭和初期の帝展や文展などに出品された日本画作品を数多く買い集め、これらも館内の随所を飾った。

雅叙園の建設は1943(昭和18)年までの長期に及んだ。掬水も清方の指名により、1937年ごろ盛んに同園の依頼を受けて制作にあたっている。ほかに、展覧会に出品した中から買い上げられた作品も多かった。

当時の建物は後に老朽化が進み、1991(平成3)年の目黒川の拡張に伴う全面改装の際、ほとんどが取り壊された。旧館を彩った天井画や壁画などは、新館に移築復元した以外は額装保存され、収集品と共に目黒雅叙園美術館へ移された。だが2002(平成14)年の経営破綻で美術館は閉鎖され、作品群は散逸し、今では所在が不明になったものも多い。

旧館のうち1935(昭和10)年に建設された3号館だけは、「百段階段」の名で2009(平成21)年に東京都の有形文化財に指定され、「清方の間」「十畝の間」など7部屋が当時の姿のまま残された。また、ホテル雅叙園東京内の料亭・渡風亭には「掬水」の名を冠した一室があり、天井に彼の手による扇面型の美人画を見ることができる。

出展から退き一筆を楽しむ日々

掬水は1945(昭和20)年、空襲により牛込払方町の自宅を焼失し、静岡県の御殿場へ疎開した。1952(昭和27)年に葛飾区亀有五丁目に移ると、1976(昭和51)年に89歳で亡くなるまで、ここを終生の住まいとした。

戦後の活動は、1953(昭和28)の第9回日展に「朝涼」で入選、1957(昭和32)年に永田春水や浦田正夫らと茨城日展会を結成するが、その後は出品から遠ざかり、県展や県芸術祭の委嘱に応じる程度になった。当時の様子を清方は「昔の画人がそうであったように一筆を楽しむかに見える」と評している。

一方で私的な依頼には快く応じており、特に深川木場の木材問屋「長谷萬」の創業者・長谷川萬治とは懇意になり、しばしば制作依頼を受けたという。また亀有五丁目に近い長門町(現足立区中川)の旧家の人々は、掬水を囲む会を催し、その縁で彼の作品を多く残した。生家のあった鉾田市札でも、複数の個人宅に作品が伝わっている。

掬水の描く人物は表情が乏しくポーズも類型的と言われ、同門の深水が美人画を人物画へ高めようとしたのとは対照的だ。だが掬水は人物の個性や内面を描くよりも、古きよき日本の情緒や風雅を体現させる方を重視したのではないか。それは芸術家的な表現への欲求よりも、職人的な美への奉仕者たることを選んだであろう本人の姿とも重なる。

2016(平成28)年、江戸東京博物館の「大妖怪展」に掬水の「牡丹燈籠」が展示された。幽霊寺として知られる金性寺(福島県南相馬市)所蔵の一幅だが、美しすぎる幽霊画として観覧者の評判を呼んだ。

●取材協力・参考資料 茨城県近代美術館▽坂東郷土館ミューズ(坂東市立資料館)▽雑誌「萌春」275号(1978年4月、日本美術新報社発行)▽雑誌「常陽藝文」348号(2012年5月、常陽藝文センター発行)▽「茨城新聞」2012年6月18日付・6月21日付・6月25日付▽「足立史談」568号(2015年6月、足立区教育委員会発行)▽ホテル雅叙園東京ウェブサイト

シリーズ協賛 土浦ロータリークラブ 土浦中央ロータリークラブ

《食う寝る宇宙》68 コロナの穴から風が吹く

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【コラム・玉置晋】今、地球の人々を困らせているコロナウィルスを顕微鏡でみると、球形の周りに枝のようなものが放射状に拡がっているように見えます。もともと、コロナという名前の由来は太陽の外側の大気層からきています。

僕らが肉眼で見ている太陽は6000℃の光球です。その外側に10万℃の彩層と呼ばれる領域があり、その外側が100万℃のコロナです。特殊な観測機器を使わない限り、コロナを見ることはできません。唯一見ることができる機会が、月が太陽をちょうど覆い隠す「皆既日食」です。月の影の周りの淡い放射状の光の筋として見ることができます。この姿に似ているので「コロナウィルス」という名前が付いたといわれています。

100万℃の太陽コロナは、その高温ゆえにX線や極端紫外線といった波長の短い光を放っています。これらの光は大気で減衰するため、大気の底にいる僕らのところには届きません。でも、宇宙にある人工衛星で観測することができます。これらの光で太陽を見ると、時折、コロナにまるで穴が開いたように暗い部分が見えることがあります。この穴は「コロナホール」と呼ばれており、彩層から10万℃の高速風が吹いて来ることが知られています。

宇宙天気情報発信の難しさ

2020年8月上旬に「コロナホール」が観測されました。この時、地球の周りには秒速700キロを越える暴風が吹いていました。問題はその温度で、100万℃以上! これは彩層ではなく、コロナの温度です。通常、100万℃のコロナが地球周辺まで飛ばされる現象として、コロナ質量放出「CME(Coronal Mass Ejection)」と呼ばれるものがあります。おそらくCMEが絡んでいると思うのですが、肝心のCMEが見つからないため、確証を得られませんでした。

このことをTwitterでつぶやいたら、海外の見ず知らずの方から「君の言っていることはミスリードしているよ。悪しからず」とご指摘いただいてしまいました。今回のように判断が難しい現象に出合うことは多々あります。

宇宙天気の情報は、今後、社会の様々な領域で重要度を増していくことでしょう。この情報により、影響を受ける人々はどんどん増えていきます。ゆえに、責任ある立場で情報発信をする際は、地上の天気と同様に慎重を要します。一方で、慎重を期するあまり情報展開が遅れて、減災のチャンスを逃してしまうことは避けたいものです。(宇宙天気防災研究者)

つくばでPCR集中検査 天久保1丁目の飲食店200店対象 県

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茨城県庁

つくば市天久保1丁目の飲食店「Club Rouge(クラブルージュ)」で新型コロナウイルス感染者のクラスターが発生したとして、大井川和彦知事は21日、天久保1丁目の飲食店約200店を対象に、PCR集中検査を実施すると発表した。

同店は夜の街関連の飲食店で、21日までに従業員4人と利用者2人の計6人が陽性と確認された。

夜の街の特徴として、従業員や利用者が複数の店に出入りすること、利用客の特定が困難であることなどから、本人が感染を自覚しないうちに市中に広げる可能性が高いとして集中検査を実施する。PCR集中検査は水戸市に次いで第2弾となる。

検査は21日から受け付けを開始、22日から30日までつくば市内で実施する。対象は天久保1丁目にあるすべての飲食店の関係者と、今月1日から16日の間に、同地区の飲食店を利用した利用客。強制ではなく希望者となる。
大井川知事は「検査費用は無料で、プライバシーも守るので安心して検査を受けていただきたい」「風評を防ぐためにも早めに徹底した検査を実施して終息させた方が街にとってプラスになる」と話し、検査を呼び掛けている。

検査方法は、コールセンター(電話029-301-5250)に電話し予約をとる。指定された日時に指定場所で検体を採取する。コールセンターは受付時間は午後1時から5時。

《邑から日本を見る》70 『八郷からの便り』を読む

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【コラム・先﨑千尋】石岡市八郷に住む有機農業の仲間橋本明子さんから表題の本が届いた。これまで書きためたものをまとめたという。サブタイトルは「農といのちに注ぐひたむきな愛の記録」。本を開く前に、「ああ、橋本さんも自分史を書く歳になったのだなあ」と思ってしまった。

昨年には、山形県高畠町の星寛治さんがそのものずばりの『自分史』(清水光文堂書房)を出した。今年に入って、知人では、筑摩書房の名編集者で山代巴の本を出すために径書房を作った原田奈翁雄さんが『生涯編集者』(高文研)を、早稲田環境塾の原剛さんが『日本の「原風景」を読む』(藤原書店)を、『文化連情報』という農協病院向けの雑誌を編集していた高杉進さんが『踏跡残し』(自費出版)を出している。自分史と謳ってはいないけれど、それぞれが自分の歩んできた道をふり返っている本だ。それぞれに味わい深く読んだ。

本書の著者橋本さんは、大阪外大を出て大阪労音に勤務し、結婚して東京に移住。消費者運動を進めながら、八郷に共同の消費者自給農場「たまごの会」を作り、1988年に連れ合いの信一さんと共にとうとう八郷に移住し、「日本一小さい畑を耕す」ようになる。その畑で採れた野菜類を知り合いの首都圏の消費者に届けてきた。橋本さんと私との出会いは、多分高畠町有機農研での集まりだったと思う。高畠で有機農業に取り組み、早くに亡くなった片平イチ子さんを描いた『イチ子の遺言』(ユック舎)を2005年に、仲間の山崎久民さん、海老沢とも子さんとまとめている。

「個性豊かな人たち」「小さな農学校の試み」

前置きが長くなった。本書は同じ八郷移住組の合田寅彦さんが編集、出版(ゆう出版)した。本書の構成は、「コメの現場に足を運ぶ」、「八郷の暮らしから見えてきたもの」、「個性豊かな人たち」、「小さな農学校の試み」、「八郷での出会い」など8つのタイトルから成っている。これまで発表してきたことと講演記録に、生まれ育った若狭での生活などを書き足している。

日本の水田を守るために生産者と消費者をつなぐ提携米運動、生産者と一緒に闘った減反差し止め訴訟、消費者が生産現場に足を踏み入れるたまごの会、自立をめざす農学校「スワラジ学園などに関わり、全国を駆け回る。とにかく行動的な橋本さんのエネルギーはどこから生まれ出るのだろうか。

それはやはり、彼女を取り巻く仲間、同志なのだと思う。先にあげた片平さん夫妻、高松修さん、愛媛の無茶々園、全国のコメ生産農家等々。八郷でも杉線香を作っている駒村さん一家、ブドウ栽培の桜井太郎平さん、しめ飾り作りを教えてくれた高倉弘文さんらの活動が活写されている。

著者の橋本さんとはそんなに深い付き合いをしてきた訳ではないので、その生い立ちや若かりし頃のことは知らなかった。本書で、若狭の寺の生活(親が僧侶だった)や大阪労音の活動など、未知の世界を知ることができた。「はじめに」に「一隅を照らす」という仏教の言葉が出てくる。それにふさわしい本、そう考えながら読んだ。(元瓜連町長)

新学校給食センター完成 土浦市旧新治庁舎跡地

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完成記念式典でテープカットをする安藤真理子市長(中央)ら=土浦市藤沢、同市立学校給食センター

【鈴木宏子】土浦市立学校給食センターが同市藤沢、旧新治庁舎跡地に完成し、21日、完成記念式典が催された。老朽化していた2カ所の学校給食センターを廃止し、9月1日から新センター1カ所で計1万2000食の給食をすべての市立小中学校と幼稚園に提供する。

新センターは、食物アレルギー対応調理室を備え、来年1月から乳製品と卵を除去したアレルギー食を新たに提供する。さらに食育拠点として2階に子供たちが見学できるスペースと研修室を配置しているのが特徴。

2階研修室から見た1階「煮炊き調理室」。計18の釜がある。一つの回転釜で1000食分の煮物、炒め物、ゆで物の調理ができる

調理場は、食材を搬入したり洗ったりするスペースと、調理するスペースを明確に区切り、調理スペースは衣類の殺菌や手指の消毒をし、エアシャワーを浴びないと入れない非汚染区域とするなどして衛生管理を徹底する。

調理能力1日1万2000食は、つくば市のつくばほがらか給食センター谷田部や、古河市の市立学校給食センターと並ぶ県内最大級の施設となる。

完成記念式典には地元県議や市議ら約50人が出席し、新治学園義務教育学校吹奏楽部員が演奏を披露した。安藤真理子市長は「学校給食センターを積極的に活用し、次世代を担う子供たちの心と体を支える拠点施設として適切な管理運営に努めたい」などとあいさつした。

同センターは敷地面積約6800平方メートル、建築面積約4000平方メートル、鉄骨造り2階建て、総事業費は旧新治庁舎解体費用や厨房機器購入費用も含めて約34億6500万円。今回、子供たちが使う食器もすべて新しくなる。

整備に向けては、2006年2月に旧新治村が土浦市に編入合併した後、12年から同基本構想策定委員会が設置され検討が始まった。16年に建設用地を旧新治庁舎跡地とすることを決定、18年に旧庁舎を解体し、建設工事が始まった。

新センター完成に合わせて、下高津の第1学校給食センターと中神立の第2センターの2カ所は7月末で廃止された。

コロナ禍の生産者を応援 ドライブスルーで余剰野菜販売 あみアウトレット

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新鮮野菜お楽しみボックスのイメージ(あみプレミアムアウトレット提供)

新型コロナウイルスの影響で飲食店の売り上げが落ち込み、外食産業向け野菜の余剰が発生している中、生産者を支援し、新鮮でおいしい野菜を食卓に届けたいと、あみプレミアム・アウトレット(阿見町よしわら、三菱地所・サイモン運営)は22日から9月22日までの土日祝日、ドライブスルーで「新鮮野菜お楽しみボックス」を販売するイベントを開催する。

外食産業向けの流通余剰野菜を家庭用にアレンジしたパッケージの販売で、同店と業務用青果物卸売会社「デリカフーズホールディングス」(東京都足立区)が実施する。野菜の廃棄を防ぐための支援活動で培ったデリカフーズのノウハウと、車来場型のアウトレットの特徴を生かす。

ボックスには、大根、プチトマト、キャベツなどの家庭用野菜に加え、通常スーパーなどには並ばない業務用野菜と旬の目利きフルーツなど15品目程度が入っている。価格は3000円(消費税込み)。

購入方法は、見本品を展示している同店フードコートギャラリー前の特設販売所で野菜ボックス引換券を購入する。駐車場内の指定箇所で引換券を提示すると、スタッフが車に直接、野菜ボックスを積み込んでくれ、重い荷物を持つことなく買い物ができる。

◆野菜ボックスの販売は8月22日(土)から9月22日(火・祝)の土日祝日の12日間。受け付け時間は午前9時30分~午後4時(受け取りは午前10時~午後5時)。

◆あみプレミアム・アウトレットの営業時間は午前10時から午後8時。レストランは午前11時から午後9時。問い合わせは電話029-829-5770

《電動車いすから見た景色》9 障害児が障害児を見下す矛盾

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イラストは筆者

【コラム・川端舞】障害のある子どもとない子どもが同じ教室で学べる学校は、全ての子どもが安心して過ごせる環境だと、前回のコラムで書いたが、それは私自身の経験からも言える。

私は子どものころ、重度の障害がありながら通常学校の通常学級に通っていたが、教員や親の態度から、無意識に「私は障害があるから、勉強だけはできないと、学校から追い出されるのだ」と信じ込んでいた。学校の特別支援学級には知的障害のある同級生もいたが、当時の私は「自分は勉強ができるから、特別支援学級の生徒たちとは違うのだ」と特別支援学級にいる同級生を見下していたように思う。

今思えば、彼らとろくに話したこともないのに、障害という理由だけで自分とは違う存在だとみなしていて、とても失礼な話だ。

一方、当時の私は、自分にも障害があるのに、他の障害者を見下している矛盾に嫌悪感も持っていた。自分も学校の授業についていけなくなったら、見下される側になるのだという恐怖感もあった。成績の良し悪しだけが、人間の価値を決める物差しだと思っていたのだ。

自分の考え方が間違っていると気づいたのは、大学を卒業後、自立生活センターに関わり始めたことで、様々な障害者と出会ってからだ。できないことは周囲に手伝ってもらいながら、自分らしい生活を送っている障害者が社会にはたくさんいることを知った。知的障害のある人たちと関わったり、彼らを支援している人たちの話を聞いたりする中で、自分1人では難しくても、支援者とコミュニケーションを取りながら、生活のいろいろなことを一緒に決めていく生き方があることを学んだ。

そのような環境の中で、学校の勉強だけがすべてではなく、苦手なことは周囲に手伝ってもらえば、どんな障害があっても社会で生きていけると考えるようになった。同時に、それまで漠然とあった「勉強ができなかったら見下される」という不安感から解放された。

特別支援学級にいた同級生

子ども時代、私の学校の特別支援学級にいた同級生は、通常学級の生徒とは別の教室で多くの時間を過ごしていて、直接関わり合うことはほとんどなかった。もし彼らが私たちと同じ教室で多くの時間を過ごせる環境があり、苦手な授業の時だけ別の教室で学んでいたら、私自身、「できないことがあっても工夫すれば、同じ教室にいられるのだ」と思えただろう。そう思えることが、「自分も、成績の良し悪しに関係なく、教室にいていいのだ」という安心感につながったはずだ。

同じ教室に障害のある子どもとない子どもが一緒にいられる環境こそが、全ての子どもが無条件に「ここにいていいのだ」と安心できる場所なのだ。(つくば自立生活センターほにゃらメンバー)

セブンイレブンから善意 土浦市社協に食料品など贈る

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寄贈品を前に並ぶ安藤真理子・土浦市長(中央)ら関係者たち=土浦市役所(撮影/車谷郁実)

【崎山勝功】土浦市社会福祉協議会(社協)は20日、大手コンビニチェーンのセブンイレブン・ジャパン(本社・東京)から、同市内の店舗移転に伴い発生した在庫商品の寄贈を受けた。

寄贈されたのは、缶詰やカップラーメンなどの加工食品、文房具や洗剤などの日用品など、段ボール箱で約100個。市役所で行われた寄贈品贈呈式で、社協会長の安藤真理子・土浦市長は「新型コロナウイルスで生活に困窮している家庭もたくさんいる」と感謝、同市内で開設している子ども食堂や、ひとり親家庭向けの学習支援事業「つちまる学習塾」の活動に触れ、「ひとり親の苦労されているお母さんたちに、一つでも多く分けていきたい」と語った。

同席した県社会福祉協議会の沼尻憲・常務理事兼事務局長は「(寄贈品を)必要としている方々や団体、施設などに十分有効活用いただけるものと思う」と述べた。

寄贈品入りの段ボール箱をトラックから下ろして運び込むセブンイレブンの社員たち=土浦市中都町の市老人福祉センターつわぶき

寄贈品は同日午後、市老人福祉センターつわぶき(同市中都町)に搬入された。市社協の木村富秋事務局長は「コロナの影響を受けた生活困窮者や学習支援事業の利用者に対して活用させていただきたい」と話した。

同社は今年3月、県社協、県との間で「社会福祉貢献活動に係る寄贈品に関する協定」を締結。同協定では、店舗改装時に発生する在庫の加工食品や雑貨などの一部商品を県社協に寄贈し、県社協を通じて福祉活動団体や支援を必要とする世帯などに配分する。

同社によると、今回分を含めて同協定による寄贈は県内7例目で、土浦市では初めて。協定に基づく今回の寄贈とは別に、5月中旬にもコロナ禍で生活に困窮した世帯などの支援として、市社協にサンマ水煮などの缶詰約1500個を寄贈している。