金曜日, 1月 27, 2023
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原告住民21人が控訴 常総水害訴訟

2015年9月の鬼怒川水害で、住民が甚大な浸水被害に遭ったのは国交省の河川管理に落ち度があったためだとして常総市などの住民が国を相手取って損害賠償を求めた裁判で、原告住民21人が4日、一審の水戸地裁判決を不服として、控訴した。 7月22日に水戸地裁で出された一審判決(7月22日付)は、常総市若宮戸地区の鬼怒川河川敷で、砂丘林による自然堤防が掘削され太陽光発電パネルが設置された場所から水があふれ出たことに対し、国が砂丘林を河川区域に指定することを怠ったのは、国の河川管理の落ち度だと認定し、住民側の主張を認め、同地区住民10人の家屋や家財などの被害に対し約3900万円の損害賠償を認めた。 一方、堤防が決壊した下流の同市上三坂地区については、堤防の高さが他地区に比べて低かったことは認めたものの、他地区に優先して堤防を改修しなかったことは、国の改修計画が格別不合理だとはいえないなどとして、国の落ち度を認めず、住民22人の損害賠償を認めなかった。 4日は、原告住民32人のうち21人が、約2億3300万円の損害賠償を求めて控訴した。 原告団共同代表の片倉一美さん(69)は控訴状提出後、水戸市内で記者会見し「(一審は)一部勝訴だったが、国を擁護する裁判所の体質は全く変わってない。水害は現実として堤防の低いところから水が浸水して決壊する。(上三坂地区で国の落ち度を認めない理由とされた堤防の計算方法の)スライドダウンは架空の経済的評価であり、まだまだ意見を言いたい」と控訴理由を話した。さらに「原告からは、水に色が付いている訳ではないので、若宮戸からの水による被害と、上三坂の決壊による被害がそれぞれどの程度だったか分からないという声がある」とし、「市民として国民として常識的に考えておかしいでしょう、ということを訴えていきたい。水害訴訟は日本全国で起きており、国の非常識を皆で訴えることで司法の考え方が変わっていけばと思っている」と語った。 国も同日、控訴した。控訴審は東京高裁で行われる。(鈴木宏子)

7月22日水戸地裁で判決へ 常総水害訴訟が結審

2015年9月の鬼怒川水害で、住民が甚大な浸水被害を受けたのは国交省の河川管理に瑕疵(かし)があったためだなどとして、住宅や家財、車などの浸水被害を受けた常総市の住民ら32人が18年7月、国を相手取って約3億5800万円の損害賠償を求めて国家賠償訴訟を起こした裁判の口頭弁論が25日、水戸地裁(阿部雅彦裁判長)で開かれ、住民側、国側いずれも最終準備書面を陳述して結審した。判決は7月22日言い渡される。 25日の裁判では原告団長の片倉一美さんが、被害の状況や住民側の主張をまとめた画像を法廷で映しながら、これまでの裁判を振り返り「国の言い分はあまりにも非常識で、論点をごまかす姑息(こそく)な言い換え」だなどと述べ、「国民の生命と財産を守るという使命が微塵も感じられない」などと国の河川行政を真っ向から批判した。 裁判終結後、水戸市内で開かれた報告集会で住民側弁護団の只野靖弁護士は「日本各地で洪水や水害が発生している。自然災害としてやむを得ないものもあるが、鬼怒川の上三坂(堤防決壊)と若宮戸(溢水)に関しては、人災だと確信をもって言える。裁判前は、国は『仕方なかった、もう少しやりようがあったが予算が付かなかった、地主の理解が得られなかった』など、いろいろな制約があったと主張すると思っていた。ふたを開けてみたら中身は空っぽ。(築堤や護岸改修の順番をどう決めるかなど)予算の範囲内で次にどこをやるかをあまり考えないでやっていこうというのが国の河川行政の中身で、計画らしいことが出てこなかった。これでは住民の生命と財産は守れない。この裁判を通してこうした在り方が見直されればいい」と話した。 原告団長の片倉さんは「理不尽な思いから、私たちと同じような被害を最小限にできないかと裁判をスタートした。鬼怒川だけでなく、全国の水害被害者が束になってかかれば裁判官の見方も変わるはず。今回の裁判はそういう一歩となれば」と語った。 裁判は、行政の責任の範囲を限定した1984年の大東水害訴訟最高裁判決の判断基準を元に、河川改修工事の順番が合理的だったかどうかなどが争われた。堤防が決壊した上三坂地区について住民側が、堤防が一番低く最も危険な場所で最優先で工事をする必要があったと主張したのに対し、国側は、堤防の高さだけでなく質も含めた評価を行う必要があるなどとし、堤防の幅を加味したスライドダウン評価という計算上の堤防の高さを元に、上三坂地区の管理に瑕疵はなかったと主張した。さらに砂丘林による自然堤防が掘削されソーラーパネルが設置された場所から水があふれ出た若宮戸地区については、住民側が、国が河川区域に指定していれば掘削を防げた、指定しなかったのは河川法の政令違反だと主張したのに対し、国側は、河川区域の指定は河川改修計画の合理性とは無関係で河川管理に瑕疵があったとは言えないなどと主張した。(鈴木宏子)

結審を前に原告団が報告会 鬼怒川水害裁判

2015年9月に発生した鬼怒川水害で、浸水被害を受けた常総市の住民らが、鬼怒川を管理する国交省を相手取って裁判を起こした国家賠償訴訟が25日、水戸地裁で結審する。結審を前に、原告団(片倉一美団長)と支援団体「鬼怒川水害裁判を支える会」が11日、常総市の生涯学習センターで、報告会「鬼怒川水害裁判の報告&全国水害被災地と交流するつどい」を開いた。 裁判は18年8月、住宅や家財などに被害を受けた住民約30人が提訴した。判決は結審から3カ月ほど先に出されるという。 報告会で片倉団長(68)は「水害裁判では現在、改修計画に基づいて改修中の河川は、計画が不合理でなければ、未改修部分で水害が発生する危険が顕著であっても、特別な理由がなければ国に損害を賠償する責任はないという1984年の大東水害訴訟最高裁判例が踏襲され、国はこれにあぐらをかいている」と指摘した。 その上で片倉団長は、鬼怒川水害裁判の争点を説明し、堤防が決壊した上三坂地区について、住民側は、鬼怒川下流域で堤防が一番低く最も危険な場所であり最優先で堤防を改修する必要があった、国は改修を後回しにしており単なる改修遅れでは済まないなどと主張してきたのに対し、国側は、実際の堤防の高さとは別に、費用対効果の分析をする「スライドダウン評価」という計算上の堤防の高さを持ち出して、上三坂は最も危険な場所とは考えていないと主張しているとし、「国は論点をすり替えている」と糾弾した。 太陽光パネルを設置するため自然堤防だった砂丘が掘削され、最初に水があふれ出た若宮戸地区については、住民側が、国が河川区域に指定していれば掘削されることはなかった、河川区域に指定しなかったのは河川法の政令違反だと主張したのに対し、国側は、河川区域の指定は改修計画の合理性とは無関係、指定しなかったことをもって河川管理の不具合とは言えないと主張していると報告し、「若宮戸の砂丘を河川区域に指定しないのは政令違反だという話をしているのに、国は若宮戸には何も触れず、的外れな改修計画と河川区域全般の合理性の話に論点をすり替えている」とし、「あまりにも国民を愚弄している。全国の水害被害者が声を挙げ、ダムとスーパー堤防に予算を費やす河川行政から、国民の生命と財産を守る河川行政に変えさせたい」などと話した。 報告会には会場とオンラインで計約100人が参加し、岡山県真備、長野県千曲川、熊本県球磨川、茨城県久慈川の水害被災者らが各地の状況をオンラインで報告した。(鈴木宏子)

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近代化の主役、鉄道を楽しむ乗りテツ 《遊民通信》57

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大河人気やまず、常時販売へ 「常陸の不死鳥」小田氏居城の御城印

何度負けても再起する。その生き様が「常陸の不死鳥」とも称される戦国武将、小田氏政とその居城小田城をあしらった御城印の常時販売が28日から、小田城歴史ひろば案内所(つくば市小田)で始まる。小田氏の始祖、八田知家がNHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のなかで取り上げられた昨年、同所で期間限定で販売されていた。県内外から訪れる「大河ファン」の声も販売再開を後押しした。 近年、神社や寺院による「御朱印」がブームとなる中で、土浦城などでも販売される「御城印」が人気を博している。小田城跡への来場者から多数寄せたれた「御朱印販売」の要望の声からつくば市は、昨年10月15日から11月20日にかけて日曜、祝日などに御城印を試験的に販売した。その後も各地から問い合わせが相次いだ。 小田の魅力知る機会に 案内所入り口には、来館時に撮影された俳優・市原隼人さんの写真が置かれている 御城印が販売されるのは、1987年まで土浦と岩瀬をむすんだ旧筑波鉄道小田駅跡にできた「小田城歴史ひろば案内所」。サイクリングコース「つくば霞ケ浦りんりんロード」の休憩所にもなっている。田園風景の中に残されたかつてのプラットフォームに、筑波山に向かう観光客や土地の産物、花崗(かこう)岩などを運び賑わった往時の面影が浮かぶ。

つくばシルクロード 《映画探偵団》60

【コラム・冠木新市】映画史に燦然(さんぜん)と輝く『マッドマックス』シリーズ。来年には、第5作『マッドマックス ザ・ウエイストランド』が公開される。 第1作『マッドマックス』(1979)はオ一ストラリア映画として低予算で製作され、世界中で大ヒットした。その当時、私はポスターのイラストがチ一プだったため、警官と暴走族が争う、ただのカ一アクション映画かと思い見なかった。 ところが、第2作『マッドマックス2』(1981)を見て仰天する。核戦争後の石油不足の近未来が舞台で、元警官マックスと暴走族ヒューマンガス一味とのガソリンをめぐる戦いが斬新に描かれていたからだ。近未来なのに古代神話を思わせる不思議な作りで、なぜか懐かしい思いにとらわれた。この感じはどこかで体験したことがある。それが映画PR用の新聞記事で謎が解けた。 映画プロデューサー・ケネディ、脚本家・ヘイズ、悪役を演じたウェルズが子ども時代に夢中になった日本のテレビ番組があった。タイトルは『SAMURAI』。1960年代に、日本の少年たちに忍者ブー厶を起こしたテレビ時代劇『隠密剣士』である。公儀隠密・秋草新太郎と忍者との戦い。『マッドマックス』には忍者の要素が入っていたわけだ( 監督ジョ一ジ・ミラーは無声映画バスター・キートン作品をイメージ) 。 第3作『マッドマックス サンダードーム』(1985)では、マックスが、女ボスの支配する物々交換バ一タータウンと伝説の救世主を待ちこがれる少年少女たちの世界に巻き込まれる。映画はどんどん昔の文化へと戻っていく。

大雪注意報明けて快晴 筑波山に雪景色

この冬一番の非常に強い寒気の影響で、24日夜、茨城県全域に大雪注意報が発令された。水戸市で7センチの積雪を観測する(水戸地方気象台)などし、つくば市でも夕方から夜にかけて雪が降ったが、一夜明けて25日は朝から快晴となり、この冬はじめて白い筑波山が姿を現した。 筑波山の初冠雪は昨年12月6日(同日付)だったが、当日は雲がかかっていて、ほとんど見えなかった。大雪注意報は24日深夜には解除され、25日午前10時現在、県内には強風注意報が出されている。 関東地方に雪を降らすのは、南岸低気圧に寒気が入り込んだ時で、その影響から日中でも気温が上がらない。気象庁によるつくば市(舘野)の25日の最低気温はマイナス4.2度(午前5時)。午前10時になっても気温は氷点下だった。 26日の朝はさらに厳しい冷え込みとなる見込みで、日本気象協会の予報では、つくば市、土浦市とも最低気温マイナス6度となっている。