日曜日, 1月 23, 2022
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キログラム原器が重要文化財に 産総研の地下金庫で保管 つくば

つくば市の産業技術総合研究所(産総研、石村和彦理事長)の地下室金庫に保管されているキログラム原器が重要文化財に指定される。文化庁の文化審議会文化財分科会(島谷弘幸会長)が15日、文科大臣に産総研所有のキログラム原器と関連の原器類を、重要文化財「メートル条約並度量衡(どりょうこう)法関係原器」に追加指定することを答申した。 1kgの重さ130年間伝える 質量の単位「キログラム(kg)」は、メートル法にもとづく最も基本的な単位の一つ。この定義のために、メートル条約の理事機関であるパリの国際度量衡委員会は、1キログラムの具体的な質量を定める「国際キログラム原器」を1880年代に製作した。白金90%、イリジウム10%の合金でできている。日本にはNo. 6と番号付けされた原器が割り当てられ、1890(明治23)年に到着している。 以来、明治、大正、昭和、平成、令和の5つの時代にわたり約130年間、質量の基準としての役割を担い、日本の近代化および産業発展に貢献した。戦時下の1944(昭和19)年には、空襲から逃れるため、東京・銀座の中央度量衡検定所から石岡市の中央気象台柿岡地磁気観測所(現在の気象庁地磁気観測所)に疎開させるなど、原器は先人たちの英知とたゆまぬ努力によって受け継がれてきた。 それでも物体の形では質量の変動が避けられないため、キログラムの定義は2019年、普遍的な物理定数「プランク定数」にもとづく定義に改定された。産総研の研究チームも参加する、国際プロジェクトによる改定作業だった。これにより国際キログラム原器としての役割を終えたが、お役ご免ではない。引き続き、非常に優秀な分銅(ふんどう)として、我が国の質量標準の維持・管理に役割を果たすことになった。

千年前、千葉県沿岸で巨大地震 歴史記録にない津波跡を発見 産総研

産業技術総合研究所(AIST、つくば市東)は3日、千葉県九十九里浜沿岸で歴史上知られていない津波の痕跡を発見し、それが房総半島沖で発生した巨大地震によるものであると発表した。活断層・火山研究部門の澤井祐紀上級主任研究員、行谷佑一主任研究員らが、カナダ・ サイモンフレザー大学ら複数の研究機関との共同研究で明らかにした。 かつて陸地と海の境にあり現在は陸化した「海岸低地」と呼ばれる地形の地下堆積物は、過去数千年間の環境変動を記録し、数百~数千年に一度という低頻度の巨大津波の履歴を調べるのに適している。 一方、地震計や精密な地形計測など近年の機器観測は小さな断層のずれまで測定できるが、それらの機器ができる以前の断層のずれ(地震)は観測することができない。さらに歴史記録は人がいた場所しか記録されず、今回のような1000年前は泥炭地だったところは記録に残っていなかった。 産総研はこれまでに、過去に発生した津波の痕跡を調べる地質調査を日本各地で行ってきた。今回、海岸低地だった千葉県九十九里浜地域での掘削調査により、過去の津波の痕跡である津波堆積物を2層発見し、古い方の津波堆積物(砂層B)は約1000年前に堆積した、歴史上知られていない津波の痕跡であることが分かった。 太平洋プレートが沈み込むタイプは記録なし

2050年 脱炭素社会実現へ 吉野彰センター長が記念講演 産総研

産業技術総合研究所(産総研)つくばセンター西事業所(つくば市小野川)に整備されたゼロエミッション国際共同研究拠点の竣工記念シンポジウムが22日、オンライン開催された。研究センター長の吉野彰さんが記念講演し、2050年カーボンニュートラル実現=メモ=に向けた研究の方向性を示す中、ネガディブエミッション技術の導入について力説した。 吉野さんはリチウムイオン二次電池の発明者の一人で、19年のノーベル化学賞を受賞した。産総研が20年に設立したゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)の研究センター長に就任した。 ゼロエミッション国際共同研究拠点が整備されたつくば西事業所の建物群(同) 総勢240人で国際共同研究拠点 つくばの研究拠点は、西事業所本館と別棟群の一部を改修し、3月末までに約1万2000平方メートル規模で整備した。つくば地区でカーボンニュートラルに関わる研究者とスタッフを集約する形で、1日現在総勢240人10チームの体制を整えた。

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花粉症に新型コロナが紛れ込むリスク《土着通信部》50

【コラム・相澤冬樹】杉木立を歩く。花粉症の気が多少はあるみたいだが、そうそうひどい症状に悩まされたことはなく、森の中にも平気に入っていける。今ごろの時期になると、飛散のタイミングをうかがっているのだろう、スギの雄花がたっぷりと花粉をまとって、枝葉が重たげだ。 立ち止まって見上げていると、鼻の奥に引っかかるものがある。出そうで出ない、くしゃみ。不意に疑問が浮かんだ。 新型コロナの感染拡大が初めて伝えられたのは2年前、ちょうど今頃の時期だった。あの時、風邪の諸症状のなかで、熱や咳や倦怠感にコロナを疑っても、くしゃみと鼻水だけならまず大丈夫、と聞いて安心したように思う。感染症怖さに、軽度の花粉症ぐらいでは医者に行きたくない気分が支配的だった。 2年経って、今度はオミクロン株である。一般に重症化のリスクは低いといい、無症状の感染者が多いとの報告もある。それこそ風邪の諸症状どころか花粉症と見分けがつかないとしたら、逆に厄介だ。今度ばかりは、くしゃみも気にかけた方がいいのだろうか。 そうそう、くしゃみが出そうになるとマスクを外すことがある。くしゃみの飛沫のかかったマスクは使い続ける気にならないから、つい外したくなるのだが、飛沫をおびただしいほど周囲にばら撒く行為で感染対策上、好ましいことではない。 花粉症患者の中に、新型コロナが紛れ込む可能性とリスクが高まっている。常識的にはマスクをきちんと装着し、うがい・手洗いの励行、不安を覚えたらかかりつけ医師に相談をということだろう。

AIが通院や受診を支援 高齢者ら参加しつくばで実証実験

つくば市内で、AI(人工知能)などの先端技術を使って、高齢者や障害者の通院や受診を支援する「つくば医療MaaS(マース)」という実証実験が17日から実施されている。 スマートフォンの専用アプリで自宅に乗り合いタクシーを呼び出し、同じ方面に向かう人同士が乗り合わせて最短ルートで病院に向かったり、タクシーの車内で顔認証により病院の受け付けを済ませたり、病院の玄関から自動運転の車いすに乗って受診する診療科まで連れて行ってもらうなどだ。 国交省の事業に採択され、茨城県、つくば市、筑波大、民間企業など74者が参加する「つくばスマートシティ協議会」(会長・大井川和彦知事、五十嵐立青つくば市長)が取り組んでいる。 高齢化率が高い小田と宝陽台の2地区を中心に、筑波大付属病院や筑波学園病院など市内6病院を結ぶ経路上にある98地区から参加者を募って、2月14日まで約1カ月間実施している。 対象地区の住民なら、専用アプリを自分のスマートフォンにダウンロードして登録すれば、だれでも実証実験に参加することができる。実証実験に参加しているタクシーは2台。期間中に98地区から6病院までを行き来するタクシーの乗車料は無料。22日時点で約180人が登録し、44人が実際に送迎などを利用したという。 AIによる乗り合いタクシーの通院ルート最適化が公共交通政策に反映できるかや、顔認証による受け付けで患者の待ち時間や病院の事務がどのくらい軽減するか、自動運転車いすが患者や付き添い者の負担をどのくらい軽減できるかを検証などする。ほかに病院内の防犯カメラの映像を使って、個人情報を除いた上で院内の人の流れの解析などをしている。

まん延防止重点措置の適用を国に要請 知事

新型コロナウイルスの新規感染者が急増しているとして、大井川和彦知事は21日、国にまん延防止等重点措置の適用を申請したと発表した。 対象地域は1週間当たりの新規感染者数が人口1万人当たり1.5人以上の市町村で、21日時点で44市町村のうち、つくば、土浦市を含む41市町村が対象となる。対象地域は状況を見ながら柔軟に変えていく。 オミクロン株が主流の今回は、医療崩壊の危険までまだ余裕があるが、新規陽性者の急増の度合いが第5波の3倍の速さで拡大し、社会経済活動が危機にさらされる恐れがあるとして、従来より早めの申請をしたとしている。 学校の対策を強化 特に20代以下の感染がひじょうに増え過半数を占めているとして、学校の対策を強化する。重点措置が適用となった場合、対象市町村の学校は、部活動の練習試合は県内の学校同士2チーム以内、県内大会は原則、延期または中止、関東大会や全国大会などは全参加者の陰性を確認した上で実施するよう要請する。合宿など宿泊を伴う活動は自粛、修学旅行は、旅行先が重点措置の対象地域であった場合は延期または中止を要請する。 適用されれば、飲食店に対しても再び営業時間の短縮を要請する。ただし今回は①酒類を提供せず午後8時以降、営業自粛とするか、または②酒類を提供し午後9時以降、営業自粛とするか、どちらかを選んでもらう。協力金はどちらを選ぶかによって異なり、①酒類を提供せず午後8時以降の営業自粛の場合は中小企業は1店舗1日当たり売上高に応じて3~10万円②酒類を提供し午後9時以降の営業自粛の場合は2万5000円~7万5000円となる。大企業の飲食店も算定方法は別だが協力金の支給対象となる。

「しゅぅ〜ぅ〜シャッ」 《写真だいすき》4

【コラム・オダギ秀】「今日はチャチャ」かな。「しゅぅ〜ぅシャ」かな。仕事に行く前には、こんな会話がされていた。これ、なに? 昔、カメラは暗箱なんて言い方をしていたが、そんな時代のこと。 昔、カメラのレンズの前には、ソルントンシャッターというようなシャッターを取り付けた。外付けだ。 ネジが付いていて、巻くとシャッター幕という黒い布がレンズに入る光を遮った。それにはゴムの管と球が付いていて、ゴム球を握ると黒い布は光を通し、ゴム球の握りを離すと、また黒い布が、レンズに入る光を遮る仕掛けになっていた。 つまり、カメラのレンズから入る光を入れたり閉じたりした。それがシャッターだったのだ。 年配の方なら覚えがあるだろう。学校で記念写真を撮るときなど、写真屋さんは「はあい、撮りますよう」とか言って、手に何かを持って握っていたことを。あの持っていたのが、シャッターを開け閉めするゴム球だ。 今のカメラは、そのシャッターを、電子機構などによって、カメラに光を入れる時間を数百分の一秒とか数千分の一秒とかにコントロールしている。カメラやフィルムの感度も、比較にならぬほど高くなった。