月曜日, 2月 6, 2023
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メノウ加工した古墳時代の工房跡 土浦で「玉作り」展始まる

【伊藤悦子】古墳時代の勾玉(まがたま)や管玉(くだたま)などの製作過程を示す土浦市指定文化財「烏山遺跡・八幡脇遺跡出土玉作資料」を展示する「常陸の玉作り」展が19日、上高津貝塚ふるさと歴史の広場(同市上高津)で始まった。保存修復を終えた重要文化財「武者塚古墳出土品」の同時公開と合わせ、12月8日まで開かれる。 同市烏山とおおつ野の両遺跡からは、古墳時代前期に玉類を作っていた工房が見つかっている。中でもメノウを加工する勾玉工房跡は日本最古のもの。遺跡からは勾玉や管玉の完成品が見つかっておらず、関東近郊に供給されていたのではないかと考えられている。 「常陸の玉作り」展では、同市はじめ埼玉県や千葉県の遺跡で発掘された玉の未製品や破片、玉を磨く道具である砥石(といし)、石に穴を開ける鉄針のほか、完成品の供給先と考えられる埼玉県や千葉県、つくば市の古墳から発掘された勾玉や管玉が展示されている。展示物は勾玉や管玉の原石、未製品、完成品、鉄針、土器など91種にのぼる。 重文「武者塚古墳出土品」も公開 土浦市上坂田にある武者塚古墳は7世紀の造営。1983年に行われた発掘調査で、銀製の帯状金具をはじめ豪華な副葬品や、古代人特有の髪型である「美豆良(みずら)」に結われた頭髪が発見された。2014年に国の重要文化財に指定されている。今回は美豆良の出土品はじめ、大刀など全部で8種類を展示する。 今回の見どころについて、学芸員の一木絵理さんは「土浦や関東地方の古墳時代前期における玉作りの工程が一目でわかるところ。謎解きのように見ていただける」と話す。「武者塚古墳出土品については、毎年見たいという問い合わせをいただいていた。修復作業と保存台の作成が終了し、ようやく展示できることになった。この機会にぜひ見てほしい」という。 展示を見学していたつくば市在住の荒井啓汰さん(24)は「土浦で玉作りが行われていたことに驚いた。どのくらい専門家がいたのか気になる。玉作りの工程がわかって勉強になる。武者塚古墳の美豆良は本当に貴重。意味のある展示だと思う」と話した。 ◆会期は12月8日(日)まで。入館料一般105円。小・中・高校生50円(土曜日は無料)。無料開館日は11月3日(日)、11月9日(土)、11月13日(水) ◆記念講演会 11月23日(土・祝)午後1時30分~3時30分 同歴史の広場体験学習室 「東日本の玉作り-古墳時代前期を中心に-」講師:山田琴子さん(埼玉県立さきたま史跡の博物館主任学芸員) 「霞ケ浦の玉作遺跡と前期古墳」講師:塩谷修さん(川村学園女子大学教授) ◆ギャラリートーク・植物観察会 11月3日(日・祝)・12月1日(日)午後2時~3時 会場:同館特別展示室、広場 ◆秋の上高津貝塚どきどき体験2019 11月9日(土)午前9時~午後4時30分 食べられる土器?土器片形クッキー「ドッキ―」無料配布(先着100人)など。 いずれも事前申し込み不要・参加費無料。入館料が必要となる。

《留学生インタビュー》5 ベトナムへの軽自動車輸出に夢馳せる

ブ・ドゥック・チュオンさんは筑波学院大学(つくば市吾妻)のベトナム人留学生。教室から地域に出てNPOや企業などと社会貢献活動をするオフ・キャンパス・プログラム(OCP)活動にも参加して、日本の子どもたちと交流をした。人と話すことが好きだというブさんは、大学のオープンキャンパスやインターンシップにも参加。将来の夢は貿易の仕事に携わり、ベトナムの人たちのために軽自動車を輸出することだと話す。 経営情報学部 ビジネスデザイン学科3年 ブ・ドゥック・チュオンさん ―筑波学院大学で学ぶきっかけは 以前は兵庫県尼崎市の専門学校で3年間、日本語を勉強していました。もともと関東に住んでいるおじさんと姉が「こちらに住んだら」と言ってくれたので引っ越ししてきました。日本語学校の先生が「日本語を学ぶなら筑波学院大学がよい」と紹介してくれたのがきっかけです。  ―筑波学院大学で学んでいていかがですか グローバルコミュニケーションとビジネスマネジメントを学んでいます。グローバルコミュニケーションでの授業は英語で、外国人留学生たちと一緒に日本でどんな問題があったか、問題をどうやって乗り越えるかを学んでいます。そして日本語の授業では日本語力をアップできるよう勉強しています。 先生たちはとても熱心に教えてくれます。筑波学院大学がとても自分に合っています。つくば周辺はとても静かで、勉強するのにもいい場所です。 ―普段はどんなことをしていますか アルバイトと勉強です。この2つがちょっと忙しくて、好きなことなどがあまりできない状態です。コンビニエンスストアで働いていて忙しいですが、皆さんとてもやさしく親切です。熱心に仕事を教えてくれます。 ―つくば市国際交流協会のOCP活動ではどのようなことをしたのですか 2018年の9月に小学生たちと外国の料理を作りました。僕が作ったのは、エビや野菜を巻いた生春巻きです。ソースも魚から作りました。生春巻きはソースが一番大事なんですよ。ちなみにソースの味はベトナムでも地域によって異なって、南部は甘め、中部は辛め、北部は甘辛なんです。 みんなにとても楽しくおいしかったと言ってもらえましたが、アレルギーで食べられなかったお子さんがいたのがちょっと残念でした。 2018年の12月にはつくばセンター広場で開催されたイベントにも韓国人留学生と一緒に参加しました。韓国の留学生は韓国料理を、僕はミャンマー料理を作りました。 ―筑波学院大学のオープンキャンパスのスタッフやインターンシップにも参加もされたそうですね。 僕は人とコミュニケーションを取ること、話をすることが好きなんです。オープンキャンパスでは筑波学院大学の魅力や、勉強する内容、大学でできることを受験生に説明しました。参加者は日本人が多かったのですが「大学でどんなことを勉強していますか?」など結構質問されました。 9月には留学生向けオープンキャンパスにも参加しました。留学生が20人くらいきました。自分が勉強してきたことを伝えるので難しさはなく、楽しかったです。 2018年にはインターンシップで1週間、先生の紹介で岐阜県(高山市)の「風屋」というホテルに行き、そこで社員の仕事を教えてもらいました。温泉がとてもよかったです。それに景色もよく、料理もすごくおいしかったです。 ―将来の夢はなんですか。 日本で貿易の仕事がしたいです。もともと車が好きということと、最近ベトナムでは車を買いたい人が増えているためです。ベトナムはオートバイに乗る人が多いのですが、車の方が安全です。しかし車は大変値段が高いので、ベトナムの人たちのために軽自動車を輸出したいと考えています。 ―この記事を読んでいる方へメッセージはありますか? 日本の皆さん、ぜひベトナムに遊びに行っておいしいベトナム料理、そして伝統を楽しんでください。外国人の皆さん、一緒に交流をしてイベントをやりましょう。 (聞き手・伊藤悦子) ➡筑波学院大学の過去記事はこちら

僕たちのヤマカツ先生 筑波大学で「追悼 山口勝弘」展始まる

【伊藤悦子】昨年5月、90歳で亡くなった筑波大学名誉教授、山口勝弘さん(1928-2018)をしのぶ『追悼 山口勝弘:僕たちのヤマカツ先生』展が2日、筑波大学会館アートスペース(つくば市天王台)で始まった。 11月2日まで。2005年から07年に描いた「顔曼荼羅シリーズ」7点のほか、年表や画像資料、授業の音源、ポートレート、卒業生から寄せられた山口さんへのオマージュ作品などが展示されている。 戦後まもなく芸術活動を始めた山口さんは、光や映像、音響など最新のテクノロジーを作品に取り入れたメディアアートの先駆者として知られている。同大学に新設された総合造形領域で、1977年から15年間、後進の指導に当たった。在職中は芸術研究科長、芸術系学長、芸術専門学群長を歴任。アーティストであり、教育者でもあった山口さんは、「ヤマカツ先生」の愛称で慕われていた。教え子にはゲームプロデューサーの石原恒和さん(ポケモン社長)など著名人も多い。 今回の展覧会では、教育者としての山口さんにスポットを当てているのが特徴。事務局の林剛人丸(ごうじんまる)さんは、「ヤマカツ先生はメディアアートの始祖鳥のような方。学生たちには芸術と社会、芸術とテクノロジーなど、先生ご自身が経験されたことを教えていた」と話す。 「ヤマカツ先生」への思いをつづった卒業生や退官教員、関係者からの寄稿文も読むことができる。受付を担当していた同大学大学院2年の男子学生は「山口先生が筑波大学の芸術専門学群の流れを作られたことを実感した。たくさんの人に観てもらいたい」と話している。 【追悼 山口勝弘:僕たちのヤマカツ先生】 日程:11月2日(土)まで(毎週日曜日、10月22日、26日は休み)午前9時~午後5時 会場:筑波大学大学会館アートスペース ◆関連プログラム ▽山口勝弘ビデオ彫刻作品のアーカイブ事業成果発表会 10月2日から11日(日曜を除く)午前9時~午後5時、同大学総合交流会館多目的ホールで開催。文化庁メディア芸術アーカイブ推進事業採択の成果として1988年に制作された『アーチ』を再整備したもの。 ▽シンポジウム「僕たちのヤマカツ先生とは、」 10月5日午後0時30分から同大学芸術エリア6A208教室で開催。山口勝弘ビデオ彫刻作品のアーカイブ研究グループが、教育者である山口の目指したものや、影響力について語り合う。パネリストはクリストフ・シャルル、井口壽乃、森山朋絵ほか、モデレーターは森脇博之(敬称略)。 いずれも入場は無料。問い合わせは「僕たちのヤマカツ先生展」事務局・林さん(TEL029-853-2861)

《学生インタビュー》20 「得意を生かす」ことの大切さ学んだOCP活動

筑波学院大学(つくば市吾妻)は、学生が地域に出て社会貢献活動に取り組む「オフ・キャンパス・プログラム(OCP)」活動を行っている。経営情報学部ビジネスデザイン学科3年の田口俊介さんは、2018年にカスミ(本社・つくば市)食育ツアーなどに参加し、OCP活動を行った。この活動を通じて田口さんは「得意を生かす」ことの大切さに気付いたと話す。 筑波学院大学 経営情報学部 ビジネスデザイン学科3年 田口俊介さん ―カスミは、茨城県を中心に関東地方に188店舗(2019年3月現在)を展開してるスーパーです。OCP活動にカスミを選んだ理由は? 大学にはいろいろな企業が来てくれたのですが、カスミのパンフレットを読んで一番興味を持ちました。カスミは、近所にも店舗があるので身近ですよね。 ―カスミではどのようなOCP活動をしたのですか? 「食育ツアー」のリンゴ狩りと稲刈りツアーのほかに、「ヘルスサポート」や「私の企画応援します!」の運営も手伝いました。 ツアーでは主に荷物運びなど、縁の下の力持ち的な感じです。「ヘルスサポート」は、カスミのCSR活動(環境・社会貢献活動)の一つです。月1回程度、一部の店舗で開催しています。お客さんの体重や血圧などを測定し、管理栄養士や栄養士がお客さんに合った食事のアドバイスや食材の紹介をします。こちらのお手伝いを4回ほど行いました、 「私の企画応援します!」も、カスミさんのCSR活動(環境・社会貢献活動)のひとつです。年に一度市民の方の手作りイベント企画を募って、選ばれた方たちはカスミつくばセンターを使ってイベントを開催することができます。僕は「小さな地球~国際文化博覧会~」の手伝いをしました。荷物運びを2日前から行ったほか、当日は受付も行いました。 リンゴ狩りツアーの一コマ=大子町 ―OCP活動をやってみて驚いたこと、気づいたことはありましたか? リンゴ狩りツアーは大子町まで行きました。裏方なのにお客さんに「楽しく参加しています」と声をかけてもらいました。お子さんが楽しんでいるのがうれしかったです。リンゴ農家さんでいろいろなリンゴを食べ比べしたのですが、品種によって甘さや酸っぱさなど味がそれぞれ違うことに驚きました。 常陸太田市での稲刈りツアーは雨のため実際の稲刈りができなかったのですが、戻ってからお酒に使うお米と食用のお米を食べ比べる企画がありました。食べてみたらまったく味が違うんです。お米にも味や甘味の違いがあることを知りました。 あとツアーに参加した方々は、カスミの店舗でツアー案内のチラシを手に取って申し込んだ方が多いことに驚きました。今は何でもネットと思っていたのですが、お店のチラシは買い物のとき目につきやすいんですね。チラシもお客さんへのお知らせとして大きなきっかけになることがわかりました。アピールするには方法も大事だということを実感しました。 ―「私の企画応援します!」はどうでした。 カスミつくばセンターに集まって、前々日から集まって会場づくりなどをしましたが結構重労働でした。当日は受付を手伝いました。 イベントではダンスや能、フラメンコの披露もありました。体験コーナーではヨガやお茶もあったんですよ。無料で誰でも観ることができるので、本当にたくさんの人が来ました。海外の方も結構多かったです。なかには耳の不自由な方もいらっしゃいました。 耳の不自由な方もステージをすぐ楽しめる、リアルタイムでスクリーンに文字が出るようなシステムがあればいいなと思い提案しました。こういうことは、実際参加してみないとわからないなと思います。 ―OCP活動をして将来の夢は何か変わりましたか? CSR活動についてはあらかじめ調べたのですが、他の企業は募金や地域の掃除などが多いです。もちろんこれらはとてもいい活動です。しかしカスミさんのCSR活動は食育やヘルスケアサポート、地元の人とのふれあいなどで他の企業とちょっと違うんです。「スーパーという会社の得意を生かして社会貢献をしている」と思いました。 カスミさんのCSR活動を通じて「自分自身もこれから得意を生かしていこう」ということをあらためて決意しました。僕自身はイラストや絵を描くことが得意です。これからもしっかり学んで得意を伸ばし、将来に生かしていきたいと思っています。 (聞き手・伊藤悦子) ➡筑波学院大学の過去記事はこちら

「福島原発事故を忘れないでほしい」 土浦市民ギャラリーで写真展始まる

【伊藤悦子】フォトジャーナリスト豊田直巳(とよだ・なおみ)さん(63)の写真展「叫びと囁(ささや)き フクシマ~尊厳の記録と記憶」が11日から、土浦市民ギャラリー(同市大和町、アルカス土浦1階)で始まった。 豊田さんは、2011年3月11日の東日本大震災の翌日から福島県に入り、8年経った現在も福島の写真を撮り続ける。福島の子供たちの保養キャンプを実施している市民グループ「福島応援プロジェクト茨城」が主催した。 豊田さんは、8年前の3月13日朝、福島第1原発から4キロの双葉町に入った。「住民たちは何が起こったのかわからず、戦場に置いていかれてしまった人たちのようだった」と振り返る。 今もなお、ふるさと福島に戻ることができず、全国各地にばらばらに暮らす避難者がいる一方で、「人々の記憶から福島原発事故が消えつつあり、特に福島原発事故のことがわからない子どもが増えていることを危惧している」と語る。 写真展では、双葉町、大熊町、浪江町など、福島第1原発事故により避難を余儀なくされた人々の写真計50点を展示している。震災から8年経っても毎年、甲状腺検査が欠かせない少女、飯館村で10年ぶりに行われた祭りで笑顔で神輿を担ぐ人々とその向こうに並ぶ汚染土が入ったフレコンバッグ、放射能に汚染されたふるさとの農地を手放し避難先で土地を耕し種をまく老夫婦など。 「写真に放射能そのものは写らないが、写真から放射能を感じて欲しい。目には見えない被害があるということを知って欲しい」と豊田さんは話す。 会場を訪れた常陸太田市に住む80歳の男性は「たくさんの住民に写真を見てほしいと思った。福島の事故を忘れないでほしい」と語った。 ◆写真展は14日(土)まで。入場無料。開館時間は午前10時から午後6時(最終日午後4時まで)。14日午後2~4時は、豊田さんのギャラリートークライブがある。問い合わせは長田さん(090-7845-6599)

映像や立体作品で迫る 1日まで筑波学院大地域デザインセンター展

【伊藤悦子】筑波学院大学地域デザインセンター展「メディア・デザイン(MEDIA DESIGN)」が27日、つくば市吾妻のつくば美術館で始まった。9月1日まで。今年で4回目となる展覧会には、同大学の教員4人と、つくば周辺で活躍するゲストアーティストら6人の映像作品や立体作品24点が出展された。また17日に開催された子どもワークショップで作った鳥笛「バードコール」も、映像と写真で観ることができる。 大学教官4人+ゲスト6人 同センターはデザインを通じて地域と連携する活動拠点として大学が設けた。同大学の高嶋啓教授は自らもガラスアートを出展、「アーティストとしての活動を学生たちに触れて欲しいという気持ちで展覧会を開いている。また筑波学院大学を地域に根差した大学として、市民の方々にも知ってもらいたい」と話している。 同大学の堀聖司助教は、スクリーンでもVR(バーチャル・リアリティ)でも楽しむこともできる映像を手掛けた。「仕事の合間に制作時間を作り、2~3カ月かけて制作した。ストーリー性はないが、頭や心もからっぽにして、車窓から景色を眺めるような気持ちで観ていただければ」と語る。 展覧会では同大学の学生が、搬入や受付などを手伝い関わっている。「飾り付けなどを前日から手伝った。美術品の展示には気を遣ったが、実物は迫力がある。照明を当てる角度を細かく調節して、影の出来具合もチェックした。影も含めてひとつの作品であるということを知った」と4年生の滝沢里奈さん。 受付をしていた4年生の大和田圭吾さんは「昨日の搬入から手伝っている。普段見ることのできない先生方のアート作品に触れられて勉強になった。卒業制作にちょっと行き詰っていたが、とてもいい刺激になった」と話した。 たまたま通りかかり、入ってみたという同市の嶋田史さんは「現代アートはおもしろい。製作途中の映像が流れていたり、音が鳴っていたりするのも良い」と作品一つひとつに見入っていた。 ◆入場無料。開館時間は午前9時30分から午後5時まで。(最終日9月1日は午後3時終了) 8月30日(金)、31日(土)は午後1時から中田真由美さんと夏秋文彦さんの演奏パフォーマンスが予定されている。

《学生インタビュー》19 歴史博物館ガイドで、地元の人と触れ合い

筑波学院大学(つくば市吾妻)の「オフ・キャンパス・プログラム(OCP)」は、学生が地域に出て社会貢献活動に取り組む活動だ。経営情報学部ビジネスデザイン学科3年の大竹愛理さんは、昨年8月と11月にかすみがうら市歴史博物館(同市坂)で、学芸員の仕事をサポートする活動を体験した。城郭をかたどった外観が印象的な同館は、霞ケ浦や筑波山を見渡せるロケーションと、帆引き船など民俗資料の展示やイベントで地元の人や観光客に人気だ。 筑波学院大学 経営情報学部ビジネスデザイン学科3年 大竹愛理さん ―OCP活動でかすみがうら市歴史博物館を選んだ理由は? もともと歴史が好きなことと、土浦出身ということもあって、かすみがうら市歴史博物館に一番興味を持ったためです。 ―具体的にはどのような仕事をしたのですか? 昨年8月と11月にガイドの活動をしました。8月は、小学生向けのイベントで縄文土器づくりや勾玉(まがたま)作り体験のサポートをしました。付き添いのお母さんが、ものすごく凝った土器を作っているのを見て感心することもありました。 自分でも作ってみましたが、土器を作る粘土が固く、土の感触が強いことが印象的でした。水で手をぬらしながら作るのですが、少しでもひびが入ったり、薄かったりすると焼いたとき割れてしまうんです。だから現在残っている土器も、割れているのが多いのかなと思いました。 ―11月は文化財一斉公開で、下稲吉にある「木村家住宅」のガイドのお手伝いをしたそうですね。 木村家住宅は県指定文化財で、もともとは「皆川屋」という屋号の旅籠(はたご)だったところです。下稲吉は江戸時代の宿場町で、水戸街道に唯一残る旅籠の建物が木村家住宅なんです。 ガイドの前に下調べはしていたのですが、人に説明することは本当に難しいと思いました。勉強したことよりももっと踏み込んだことを聞かれて、答えられなかったこともありました。 木村家住宅は、2階の老朽化が進んでいることと、現在も実際に住居にされているため、一般には公開できません。でも見学したいとおっしゃる方もいらっしゃいます。見学できない理由を説明し、納得してもらうのも難しかったです。 ガイドは、地域学芸員のボランティアの方と一緒にやらせていただいたのですが、皆さん何年もされているベテランばかりです。本当に比べものにならないと思いました。 ―かすみがうら歴史博物館でOCP活動をして印象的だったことは? 地域の方との連携が多かったことです。地元の方の世代を超えた、歴史への愛も感じました。学芸員の方もイベントに参加される方も、みなさん地元の知り合い同士が多かったのですが、イベントに参加しているうちに、その中に入り込むことができました。地域の人との関われたことが、とてもよかったです。 博物館の仕事は、指示が大まかなので最初は困惑しました。しかし自分から進んで考え、積極的に行動することができました。またこの仕事では、いろいろなことに対して「いいところを探す」という体験ができました。 ―将来の夢は? 大学でグラフィックデザインを学んでいるので、企業の広報課に就職したいと考えています。でもこの体験をしたことで、学芸員の資格をとりたいと思うようになりました。 (聞き手・伊藤悦子) ➡筑波学院大学の過去記事はこちら

ライター紹介

編集部・ライター NEWSつくばのライターは以下の通りです。 鈴木宏子 元常陽新聞記者 3年半で2回、勤めていた常陽新聞の休刊を経験しました。理不尽としか言いようがない体験でした。不運にもめげす、元同僚たちと新しい地域メディアを立ち上げました。常陽新聞は大切な地域資源の一つなのに、経営上の判断だけでなくなってしまうのは悔しい、他のやり方はなかったのかを探りたかったからです。 折しも米国では、IT技術の進展や格差拡大を背景に地方紙が次々と廃刊に見舞われる中、元記者らが調査報道機関を立ち上げるなど新しい時代を切り開いていました。日本国内でも各地で新しいウェブメディアが次々と誕生しています。 スタートとして私たちは、わずかな資金ででき、たくさんの人に読んでもらえるウェブメディアを立ち上げました。ボランティアで取材し、地域で何が起きているのかを拾い上げ、発信していきます。高齢化、人口減少、格差拡大など地域はさまざまな問題にあふれています。地域の課題について皆で議論し解決方法を考える場となり、人と人が結びつき力を合わせて新しい何かを生み出す場となって、地域メディアに何ができるか、可能性を探りたいと思います。 将来は市民記者を育成し、たくさんの市民が自ら発信する場となることを願っています。日刊紙の発行は無理でも、月1回や週1回、地区ごとに地域の課題と向き合う新聞を発行したり、政治家や市民が顔を合わせて議論し新しい政策を生み出す政治カフェをつくったり、70年の歴史がある常陽新聞のアーカイブをつくろうという構想もあります。焦らず一歩一歩積み上げていきます。 NEWSつくばの創設にあたって、元同僚たちとは、休刊直後の今年4月から毎週1回、勉強会や準備を重ねてきました。筑波学院大学の支援ほか、多くの元読者の方々の励ましがありました。支援を約束してくださった実業家の方もおりました。感謝に堪えません。 【すずき・ひろこ】1963年生まれ。水戸市出身。常陽新聞記者としてごみ焼却場のダイオキシン問題、東海村JCO臨界事故の周辺住民の中性子被ばく問題、つくば市の回らない風車問題などを取材。2013年8月と17年3月の常陽新聞休刊を経験した。 ➡鈴木宏子記者の過去記事はこちら 橋立多美 元常陽新聞記者  美しく凛とした言葉を紡いだ詩人・茨木のり子(1926-2006)が好きだ。中でも「自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ」と綴った『自分の感受性くらい』に背中をどやされた気がした。 縁あって元常陽新聞を経てNEWSつくばに在籍しているが、メディアの片隅にいる者として地域住民が共感してくれる社会の壁を提示できるか、に思い悩む。壁を明らかにするのは自分の感性のみで教科書もノウハウもない。ただ『自分の感受性くらい』が元気づけてくれる。 また地域住民の生活を潤し、「心の杖」となる記事を発信していきたいと思う。 ➡橋立多美記者の過去記事はこちら 田中めぐみ あてどない散歩が心地よく野菜の直売所めぐりも楽しい、そんな茨城が大好きです。好きなことは料理、ヨガ、古典を読むこと、デジタルイラストを描くこと。スキューバダイビングのライセンスを持っていて時々潜りに行きます。地方行政、教育、医療、労働問題などに興味があります。 ➡田中めぐみ記者の過去記事は こちら 戸田さつき 元常陽新聞記者 茨城県土浦市生まれ。東洋大学経営学部卒業。民間研究所、製薬会社などで品質試験に従事。常陽新聞記者、広告代理店広告サイト管理を経て犬用具製造販売で起業。プライベートではペット地域サイト「てくてくつくば」を運営(今は活動停止中)。39歳、夫と犬2匹と暮らす。2017年第3回全国創業スクール選手権ベスト8。第1回とりでビジネスプランコンテスト最優秀賞。 ➡戸田さつき記者の過去記事はこちら 崎山勝功 元常陽新聞記者 18歳の頃に流通経済大学進学のため単身で茨城県龍ケ崎市に来て以来、20年以上に渡って同市在住。30歳で常陽新聞記者職に就いて以来、「市民の声、市民の目線」を大切に県南地域を中心に記事を書いてきた。 常陽新聞新社時代は連載企画「おれたち働きたいんだ ルポ・年越し派遣村」や布川事件再審をはじめ、選挙や市政などを担当。 常陽新聞(株)では「ご当地メシ決定戦2014」に出場した龍ケ崎コロッケの全国優勝や、土浦市の心臓病男児への心臓移植募金活動を取材したほか、警察、裁判所、スポーツなど幅広く担当。 【さきやま・かつのり】1976年岩手県宮古市生まれ。岩手県立宮古高校、流通経済大学卒業後、広告代理店社員、無料情報誌編集部員などを経て、2007年常陽新聞新社(当時)に契約社員として入社。08年報道部記者として正社員登用。13年常陽新聞株式会社の創立に参加し、17年3月まで編集制作局記者として活躍。現在は「週刊金曜日」「よみうりMOVEダイジェスト」などに寄稿。 ➡崎山勝功記者の過去記事はこちら 伊達康 中学軟式野球部出身で学生野球は大学まで経験。社会人軟式野球を引退後はプレーする側から見る側へ転身し、精力的に球場へ足を運んでいる。好きなカテゴリーは高校野球と中学野球。雑誌「野球太郎」や高校野球ドットコムなどに寄稿している。 ➡伊達康記者の過去記事はこちら 伊藤悦子 神戸市生まれ、東京育ち。麻布大学獣医学部環境畜産学科(現:動物応用科学科)卒。縁あって都内から茨城県土浦市に茶トラ猫と共に引っ越してきました。たくさんの人に出会い、そして「読んでよかった」と心に残る記事を書いていきたいと思っています。 音楽が大好きで土浦・つくば・守谷周辺と都内でバンド活動をしています。担当はキーボード。普段はペットのことを中心に執筆するライターです。俳人「水田悦子」としても活動中。食べることと飲むことと散歩が趣味。 ➡伊藤悦子記者の過去記事はこちら 鈴木萬里子 元常陽新聞記者 常陽新聞では主に文化面を担当していました。各ギャラリーでの展覧会や音楽会は私にとって趣味の範ちゅうである上に、重圧はあるものの取材する特典まで与えられた至福の時間でもありました。新聞が休刊した後に訪れたそれらの催事は、取材から解放されこそすれ物足りなさも感じていました。今回NEWSつくばの発足に加わり、私の興味ある分野を再び取材できる!と今は少々興奮気味でいます。 私は子どもの頃からの活字オタクで目の病気をするまで年間300冊は本を読んでいましたし、今でも活字を読まないと落ち着きません。なのに息子は活字を読んだのは受験の時だけ、二児の父親となった今でも本は読まず新聞購読もしていません。情報は全てネットから得ているようです。これが息子を含め今の若い人の平均的な姿なのだと思います。情報発信の媒体は紙からネットに変わるのも時代のすう勢なのだと感じています。ページをめくる楽しさは手軽に読める電子媒体に替わったけれど、情報を発信する側の熱意は変わりません。これからも熱く、でも冷静に取材し発信していきたいと思います。 ➡鈴木萬里子記者の過去記事はこちら 米内隆 元常陽新聞編集委員 元朝日新聞記者 全国紙、地方紙、地域紙で通算35年間、記者や編集者をしてきました。紙の世界しか知りませんが、媒体は違っても、記者としてニュースを掘り起こし、記事にして発信する作業自体は変わらないと思います。初めからうまくいくとは毛頭、考えていません。大事なのは、ニュースを発信したいと思う人たちがいて、実際に発信する環境を整え、発信していくこと。拙速であっても、まず始めていきたい、という他の記者たちと意を同じくしました。 岩手県盛岡市出身。これまで、岩手県北上市→青森県八戸市→福島県福島市→岩手県東磐井郡大東町→宮城県仙台市→岩手県一関市→茨城県水戸市→静岡県浜松市→秋田県能代市→東京都府中市→千葉県浦安市→富山県富山市→茨城県水戸市(2回目)→千葉県浦安市(2回目)→北海道札幌市→東京都江東区→茨城県つくば市で暮らしてきました。茨城県には深い愛着があります。八戸市では十勝沖地震(震度5)、仙台市では宮城県沖地震(同)を体験しました。 子どものころからの憧れだったバスを運転したい、という思いから最上級の大型自動車第二種運転免許を取得すべく、土浦自動車学校をこのほど卒業しました。 いつか運転の仕事をしたいとひそかに夢見る57歳です。(よない・たかし) ➡米内隆記者の過去記事はこちら 梅山鉄平 あちこちで新聞記者を続けて10年以上。かつて新人だった僕を温かく迎えてくれたのが茨城県。不思議な縁で再び携わることができ、うれしいです。普段は都内で仕事をしているので、取材は土日が中心。都民の目線から、魅力を再発見してもらえるような記事を書きたいなあと模索中。ふらっとアポなしで出没することが多いですが、温かく対応いただけるとうれしいです。読者の皆様の反応も踏まえながら、一緒に面白い地域メディアを作れたらなあと思っています。 大阪出身でユーモアを交えた会話が大好き。得意ジャンルは酒、旅行、温泉、自転車、野球、教育など。好奇心旺盛で世の中のあらゆる事象に興味があり、あれこれ考えるのが好きです。 山口和紀 筑波大学人間学群障害科学類4年。新潟生まれ、新潟育ち、筑波大入学からつくば市。介助者のアルバイトをしています。趣味はギターと洋裁(ボトムスにしか興味ないです)、読書(人類学、障害学、運動史分野が好きです)。 ➡山口和紀記者の過去記事はこちら <!-- 谷島英里子 スタッフライター 常陽新聞記者を経て、NEWSつくばスタッフライターとして活動中。インターネット放送Vチャンネルいばらき「NEWSつくばチャンネル」キャスター、ラヂオつくば「つくばYou've got 84.2(発信chu)!」NEWSつくばのコーナーを担当しています。土浦市にある神立商工振興会に所属し、常任理事として神立の活性化に務めています。 フリーでは、不動産会社の広報のほか、フリーペーパーや企業パンフレットでの人物紹介記事。また、飲食商品説明の文章作成などを行っています。好きなことは音楽、詞を書くこと、ハローキティグッズ集め。20代、茨城県出身。 ➡谷島英里子記者の過去記事はこちら -->

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つくば市の2大懸案 県が提示した解決策《吾妻カガミ》150

【コラム・坂本栄】つくば市の2つの問題に茨城県が解決案を示しています。市内の公立高不足問題では「県立高に頼らずに市立高をつくったら」と。県営洞峰公園問題では「県の改修案に反対なら公園を無償で譲る。市の考え方で維持管理したら」と。いずれも本コラムが提案したアイデアです。施策立案の参考になったのでしょうか? 市立高をつくるなら県も手伝う 公立高不足問題では、118「つくば学園都市は公立高過疎地」(2021年10月18日掲載)で、「…『市設・県営』はどうでしょう。ハード(校舎)は市が造り、ソフト(授業)は県が動かすという折衷案です。おカネの面では県立or市立よりも両者の負担が軽く、教育効果は県立と同じになります」と提案しました。 6町村が合併して生まれ、中央をTXが通る研究学園都市には、新興市特有の凸凹がいくつか生じています。県立高配置はその一つです。場所が周辺地域に偏り、TX沿線には、高レベルの県立高はあるものの、平均的な学生が通える県立高がありません。そこで、親たちは沿線地域に新しい県立高がほしいと県に求め、市も県に働きかけています。 ところが、県は少子化・人口減という全体の傾向を踏まえ、高校新設には消極的です。つくば市=人口増加市の学生は、▽周辺の人口減少市の高校に通ってもらう(広域圏での過不足調整)▽既存高の学級増で対応する(現施設内でのやりくり)―この2つが県の基本対処方針の柱です。 県に見えている景色(歴史ある旧市の人口減)とつくば市に現出している景色(新興市の人口増)が違う。これが県と市の対立の原因です。しかし、「県立高をつくるのは県の仕事」という市の主張に、上の2本柱だけでは説得力がないと思ったのか、県は「こちらも手伝うから市立高をつくったら」と言い出しました。本コラム案と考え方は同じです。

合言葉は「限界突破」 茨城アストロプラネッツ2023新体制

プロ野球独立リーグ・ルートインBCリーグの茨城アストロプラネッツは5日、笠間市福田の球団事務所体育館で、2023シーズンの新体制発表イベントを行った。伊藤悠一新監督や新入団選手らが抱負などを語った。 「個性を高めてチーム力つける」 アストロプラネッツの今季スローガンは「限界突破」。伊藤監督は「個人個人が爆発的レベルアップを目指す。全員が次のステージを目指して個性を高めていけば、結果としてチームも強くなっていく」と話し、「他のチームとは目標設定が真逆。個人の育成が第一で、そのプロセスの中でチームを勝利に導く。これが決して矛盾ではないことを、地方から社会へ示していきたい」と解説した。 球団方針説明では、今季就任の河西智之副社長が登壇。独立リーグの「革命児」として、①グランドチャンピオンシップ優勝②NPBドラフト最多指名数③最多入場者数ーの3つの日本一を目標に掲げた。さらに、海外との連携強化としてタイプロジェクトの推進や台湾プロ野球との交流戦などを構想。2024年度からチーム数が拡大する見通しの日本プロ野球(NPB)2軍リーグ戦にも、参入を目指す意向を明かした。 目標は「甲斐キャノン」超え 日渡騰輝選手

国も地方も政治劣化が止まらない 《地方創生を考える》27

【コラム・中尾隆友】日銀の異次元緩和が始まってもうすぐ10年になる。異次元緩和の最大の問題は、いくら政府が借金を増やしても日銀が国債を引き受けてくれるので、放漫財政が常態化してしまうということだ。 政府債務は恐ろしく膨らんだ 実際に、一般会計の総額は10年連続で過去最高を更新し、近年は補正予算の規模が数十兆円に膨らむ事態となっている。 その結果、過去10年間で政府債務は恐ろしく膨張した。税収で返す必要がある普通国債の発行残高は、2023年度末に1068兆円になる見通しだ。政府債務はGDPの2.5倍超にまで拡大し、持続的な金利上昇に脆弱(ぜいじゃく)な財政になってしまったといえるだろう。 日本の成長率は大幅に低下した

筑波大学開学50周年イヤー 室伏広治さん開幕告げる

筑波大学(つくば市天王台、永田恭介学長)の開学50周年イヤーが4日、金メダリストの講演で幕を開けた。記念事業シンポジウム「芸術×体育で未来を拓く」が同日、つくば国際会議場(同市竹園)で開催され、これを皮きりに10月1日の記念式典まで各種イベントが展開される。 講演する室伏さん=同 シンポジウムで講演したのは、2004年アテネオリンピックのハンマー投げで金メダルの室伏広治さん(48)。日本記録保持者で日本選手権20連覇を遂げ、16年に引退、2年前からスポーツ庁長官に就任した。4日は「スポーツで未来を創る」のテーマで基調講演を行った。 室伏長官指揮下の同庁が昨年まとめた第3期スポーツ基本計画(2022-26年度)では、少子高齢化や地域間格差の広がりの中で、学校教育を中心にしたスポーツ振興からの脱却を意図した。性別や年齢、障害、経済事情などの違いによって、取り組みに差が生じない社会を実現し、機運を醸成するとしている。「健康増進の意味からも自治体や企業へ横展開していく地域の取り組みが重要になり、つくばでぜひ率先してほしい」とアピールした。 父親(重信さん)にはハンマー投げに進むこと、練習に励むことを一度も強制されたことがないと言い、それが充実した競技生活につながった。アスリートには幅広いスポーツ体験を積むこと、指導者には勝利至上主義からの転換を求めるなどした。 筑波大学は、国内初の官立高等教育機関として1872(明治5)年、創立された師範学校を礎としており、今年、創基151年となり開学50周年と合わせて記念事業を展開する。1872年は学制公布の年であることに触れた室伏さんは「当時、夏目漱石は日本の哲学は周囲にあるもの全て動かすべからず、心の修養を積んだ挙げ句の消極の極みに達する哲理と書いている。動的な西洋のスポーツ観とは違った見方があった」と紹介、未来を創るヒントがこの辺にありそうだと説いた。