水曜日, 8月 10, 2022
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3位指名で広島が鈴木(霞ケ浦)、巨人が菊田(常総学院) プロ野球ドラフト

【伊達康】プロ野球の新人選手選択会議(ドラフト)が17日都内ホテルで開かれ、3巡目で霞ケ浦高の鈴木寛人投手が広島東洋カープから、常総学院高の菊田拡和外野手が読売ジャイアンツから、それぞれ指名された。 茨城制した本格右腕 鈴木寛人投手は身長186センチで最速148キロを誇る右の本格派。ベース上で勝負できるキレのあるスライダーを武器に今夏の茨城を制した。筑西田宮ボーイズ出身。 指名直後の記者会見に応じた鈴木投手は「小さい頃から夢だったプロの世界に入れてホッとしている。2学年上でずっと憧れだった遠藤(淳志)さんを目標として一歩ずつ成長し一軍で投げられるよう頑張りたい」と力強く抱負を語った。 髙橋祐二監督は「広島には先輩の遠藤がいて心強いし縁を感じる。鈴木はコツコツと努力できる選手なので焦らず体を強くして、2年後、3年後に一軍で力強いボールを投げるようになってくれればいいと思う」と愛弟子に期待を寄せた。 超高校級のアーチスト 土浦市出身の菊田拡和外野手は超高校級の飛距離を持ち高校入学直後から名門・常総学院の中軸を担った。バットに当たりさえすればボールが異常なスピードでスタンドインするまさにホームランアーティストだ。高校通算本塁打は58本を記録。高校時代に苦しんだ低めの変化球と守備を克服できればジャイアンツの中軸も夢ではない。取手ファイトクラブ出身。 そのほかに、仙台大の大関友久投手=土浦市出身、土浦湖北卒=がソフトバンクから育成枠2巡目で指名された。大関投手は186センチ95キロの大型左腕。土浦湖北時代に1年秋から主戦投手として登板し高校時代の最高成績は県4強。高校3年時にもプロ志望届を提出したが指名されなかった。高校では130キロに満たなかったボールは大学で下半身強化に取り組んだことで才能が開花し、現在の最速は148キロを誇る。筑西田宮ボーイズ出身。 ➡プロ野球ドラフト会議の過去記事はこちら

【霞ケ浦 4年ぶりの夏舞台】㊦ 頼むぞ!夏の初戦の壁を越えろ

こつこつ打線が花開く 【伊達康】初戦の土浦三は好投手・濱崎鉄平に3点に抑えられたがミスなく守り勝つことができた。その後、藤代・中山航と石岡一・岩本大地の県内で5本の指に入る好投手との壮絶な死闘を2試合勝ち抜いた霞ケ浦は、試合を重ねるたびに強くなった。 特に今年は弱点と言われていた打線が上り調子になったことが大きかった。チームとしてホームランは1本もなかったが、髙橋祐二監督が「こつこつ打線」と名付ける単打でつなぐ打線が花開いた。1番の天野海斗は6試合全てでヒットを記録し打線を牽引、.360もの高打率を残した。4番に起用された山本雄大も打率.368と役目を果たした。 特に藤代戦のサヨナラ打が印象に残る。大会前の監督インタビューで髙橋監督が期待する選手として挙げた5番の仕黒大樹は、21打数9安打と監督の期待に大いに応える活躍をみせた。守備でも準決勝・水城戦で相手の追い上げムードを断つ逆シングルグラブトス併殺のビッグプレーがチームに勇気を与えた。 さらに1年生ながら2番に起用された飯塚恒介が21打数10安打と大当たりし、攻撃の起点として大いに機能した。巧みなバットコントロールで甲子園を沸かせてくれるに違いない。 4回戦のヤマ場 Dシードが生んだ偶然の産物 投手の起用方法では左腕の山本雄大(2年)が初戦の土浦三をはじめ、石岡一や水城などのシード校に対し中盤まで試合を作り粘り強く戦う原動力となった。県内ナンバー1の好投手・鈴木寛人をストッパーとして起用できたことで終盤に競り負けるリスクをうまく回避できた。 また、大会前に髙橋監督が勝ち上がりのポイントに挙げていた藤代戦では、髙橋監督の思惑どおりに休養十分の両エースのガチンコの投げ合いとなった。4回戦という早い段階で強敵・藤代とのヤマ場を迎え鈴木寛人が完投できたことはDシードが生んだ偶然の産物だ。これがもし準々決勝や準決勝で藤代と当たる組み合わせとなっていたならば、決勝戦での鈴木寛人の消耗具合は異なったであろう。 夏初戦の壁を越えてくれ 6日から開幕する夏の甲子園。霞ケ浦は大会2日目の第1試合に大阪代表の履正社と対戦する。相手はプロ注目の強打者・井上広大を擁して春夏連続出場を果たした超強豪校であり正直言って分が悪い。ただし霞ケ浦のエース鈴木寛人も大会屈指のプロ注目右腕として各種の媒体から取り上げられる。よく「野球はピッチャーの出来で試合の9割が決まる」と言われる。総合力は相手が勝っていようとも、霞ケ浦の「こつこつ打線」でなんとか1点をもぎ取り、大エース鈴木寛人がピンチを背負いながらも最後までしのぎきる。そんな試合展開に持ち込んで勝利をたぐり寄せて欲しい。 去年も書いたが「常総学院じゃないと夏の甲子園で勝てない」―ちまたではこんな言葉をよく耳にする。茨城の常総学院以外の夏の代表校は、2005年の藤代が柳川(福岡)に勝利して以来、14年間も勝利していない。常総学院以外の代表校には長く初戦の壁が立ちはだかっているのだ。長く立ちはだかった決勝戦の2度の壁を越えた霞ケ浦が、今度は夏の初戦の壁を越えてくれるに違いない。頼むぞ霞ケ浦! ➡大会前の霞ケ浦・髙橋祐二監督のインタビューはこちら

【霞ケ浦 4年ぶりの夏舞台】㊤ プロ注目右腕の鈴木寛人が期待以上の活躍

【伊達康】第101回全国高校野球選手権茨城大会は7月25日、霞ケ浦が4年ぶり2度目の栄冠を手にして幕を閉じた。6日から始まる甲子園に向けて霞ケ浦の戦いぶりを振り返る。 立ちはだかる好投手たち 優勝した霞ケ浦は、初戦となった2回戦で最速145キロ右腕・濱崎鉄平を擁する土浦三を2番手格の山本雄大(2年)と岩瀬元希の継投により3対1で振り切ると、4回戦は昨秋の県大会準々決勝で敗れた相手であり秋準優勝、春優勝のAシード藤代と早くも激突した。 大会前の髙橋祐二監督の予想通りに、この試合が一番の山場となった。ここまで互いに温存してきた霞ケ浦・鈴木寛人と藤代・中山航の両エースの壮絶な投げ合いは9回を終えても両者譲らず延長戦に突入。10回二死二塁から4番・山本雄大が運命の一打を放って劇的なサヨナラ勝ちを収めた。 2試合続けて延長サヨナラ勝ち 準々決勝は最速148キロ右腕でプロ注目の岩本大地を擁する石岡一と対戦。前の試合で10イニングを投げ切り疲労が残る鈴木寛人を温存し、山本雄大が5回まで2対1と試合を作り1点リードしたまま鈴木寛人につなぐ必勝リレーが成功したが、石岡一がすぐに反撃した。鈴木寛人の140キロを超える高めのストレートを石岡一の5番・武田翼が左中間に弾き返してスリーベースでチャンスを作ると、6番・岩本大地が2ストライクと追い込まれながらも落ち着いてスクイズバントを決めて同点に追いついた。この時、必勝リレーが崩れた霞ケ浦ナインには明らかに動揺が走ったが、場を沈めたのが代わってマスクをかぶった鈴木春樹だった。 鈴木春樹が「低め」を徹底的に要求して凡打の山を築くと次第に鈴木寛人は落ち着きを取り戻し、10回まで石岡一打線をパーフェクトに抑えた。同点となってからも再三のチャンスを迎えたが岩本大地の粘りの投球に全く勝ち越し点を奪えない。 しかし延長10回、石岡一の守備のほころびから勝負が決まる。鈴木春樹が四球と盗塁と暴投で二死三塁とすると、スライダーをキャッチャーが弾いたのを見て瞬時に本塁に突入。非常に際どいタイミングであったが、タッチをかいくぐって生還した鈴木春樹の攻守にわたる活躍で霞ケ浦は2試合連続で劇的なサヨナラ勝ちを収めた。 常総学院敗退 霞ケ浦に追い風 昨年8月の県南選抜大会決勝(新人戦)では常総学院に大敗を喫した。常総学院の分厚い壁を越えなければ甲子園にはたどり着けないと常に意識し、万全な対策を練ってきた霞ケ浦にとって意外な出来事が起こった。この試合と同時刻に行われていた別会場の準々決勝において、優勝候補筆頭とされた常総学院が常磐大高に1点差で敗れたのだ。ここから一気に霞ケ浦に追い風が吹いた。 準決勝 反撃を断った仕黒のビッグプレー 準決勝はBシードの水城と対戦することとなった。水城は4回戦で昨夏の覇者・土浦日大に完封勝ちを収め、準々決勝ではAシードの鹿島学園をコールドで粉砕した。1年生右腕の樫村佳歩がここまで4試合全てで先発を任され、小柄ながら最速136キロの小気味のよい投球で相手打線を圧倒して勝ち上がってきた。 この試合でも水城は樫村が先発であったが、霞ケ浦打線は初回一気に4点を挙げ、水城の勝ちパターンを早々に攻略。6点をリードして6回からエース鈴木寛人につないだ。しかし水城打線が粘りを見せ中軸の4連打で2点を返された。今大会初めて2失点を喫した鈴木寛人であったが、セカンド仕黒大樹のビッグプレーで落ち着きを取り戻してその後は4点のリードを守り切り決勝へと駒を進めた。 決勝 100点満点の投球 決勝の相手は常磐大高となった。準々決勝で優勝候補の筆頭・常総学院を相手に4番の所宜和(2年)が5打点の大暴れで9回に逆転。猛打を武器に勝ち上がってきた相手だ。だが、常磐大高は投手陣の疲弊が激しく準決勝までの勢いが残っていなかった。 霞ケ浦は初回から着実に得点を重ね3回で4点差をつけ試合の主導権を握ると、4回には2番手左腕の児島愛斗(2年)を捉え7点を挙げるビッグイニングとした。投げては鈴木寛人が「100点満点でした」という通り7回途中まで1本もヒットを許さない気迫の投球で1安打完封。14対0の大差をつけて4年ぶり2度目の優勝を果たしたのである。(続く) ➡大会前の霞ケ浦・髙橋祐二監督のインタビューはこちら

【茨城 高校野球展望’19】8 球数制限は流れ断ち切る 霞ケ浦監督に聞く㊦

​-今話題になっていることを2つ、お聞きしたい。まず球数制限について考えをお聞かせ願いたい。 高校野球でもプロ野球でもピッチャー交代が一番大変な作業です。監督としてはエースで勝ったり負けたりすることほど楽なことはないですよね。エースが壊れようが何しようが、エースでいって勝てば当然、エースが打たれたから負けたというのでは監督は楽ですよね。楽なんですけど私はそれはやりません。最初から2枚、3枚投手を用意して戦います。その根底にはやっぱり肩は消耗品なので、将来性がある子に無理をさせたくないという思いが多分にあります。 とはいっても、松坂大輔のようなピッチャーに延長17回250球を投げた翌日にも投げさせることをおかしいとは思わないし、実際に松坂大輔が投げ過ぎたことでプロでは活躍できなかったかというとその逆で大活躍しました。肩を壊したことがありますが、あれは高校の時に球数を制限していたら故障しなかったのか、因果関係が説明できません。 私自身は、球数制限というルールがあってもなくても決まったことをやっていくだけです。練習から本番にかけて様々な要素やメニューを考えて自分で制限をして試合で使っているので、統一ルールとして球数は制限しなくてもいいと思います。 だからと言って、例えば今年、藤代との夏の試合で1対0の試合をやって、寛人がグズグズになりながらも6回終わって160球投げたとします。でもボールの力は落ちていない。1対0で勝っている。あと3イニング。9回まで行ったら200球にいってしまうことが明らかだという時でも、たぶんそのままゲームの流れの中で9回まで投げさせると思うんですね。流れがあるからしょうがないと思うんです。1対0で勝っていても代えたほうがいいという時もあるし、代えることが間違っている時だってあるわけで、そこを考えるから投手交代のタイミングが面白いし、大変な作業なのす。100球だから降板ですというのは試合の流れを断ち切るような気がして面白くなくなるので、別に今のままでもいいと思うんですよね。 ―最後に、センバツでも話題になりましたサイン盗みの問題をお聞きします。 うちは一切やっておりませんが、相手がやっていると見ると、こちら側はやらせないような防御策を持っていないといけませんよね。センバツでは優勝候補である星稜がサイン盗みでバタバタしてしまった。星稜の林監督とは面識があり、しっかりした野球をしている印象ですが、サイン盗みの防御・ケアに関しては対応できなかったことが不思議にすら思いました。まあサイン盗みは、スマホのながら運転やスピード違反みたいな交通違反なんかと同じですよね。罰則を厳しくしたってバレなければいいという人は必ずいるんですよ。自己防衛こそが大事だと思います。 ―本当に興味深いお話をありがとうございました。 (聞き手・伊達康) 春の大会ではエースの福浦太陽が明秀学園日立に対して6回から登板し、3安打3四死球を絡めて7回に一挙5失点の炎上をしたが、その遠因が何となく分かったような気がする。この夏はプロ注目の鈴木寛人の大躍進が楽しみだが、福浦太陽の復活劇と人間ドラマにも大いに期待したい。大会まであと数日という押し迫った時期にもかかわらず、インタビューを快諾していただき、貴重なお話をたくさんしてくれた髙橋祐二監督に心から感謝申し上げたい。 =終わり ➡【茨城 高校野球展望’19】はこちら

【茨城 高校野球展望’19】7 常総はタレントぞろい 霞ケ浦監督に聞く㊥

―髙橋監督が気になっている相手チームはありますか。 毎年各学校の監督さんのカラーが出ますよね。藤代の菊地一郎監督、石岡一の川井政平監督、常総の佐々木力監督と、監督のカラーが出ていて、そこの選手がどのくらいの能力であるかを足していけば、大体チーム力が分かります。監督それぞれの野球が急に変わることはないので、何をしてくるかは概ね察しがつきます。 ただ、土浦日大の小菅勲監督は何をしてくるか分からない。つかみどころがなくて負けたのは土浦日大だけなんです。何をしてくるか分からなくて常総も負けてしまうし、茨城を2年連続で勝ってしまうという本当に面白い状況なので、土浦日大にだけはちょっと負けたくないという思いはあります。 あと、藤代と石岡一はよく似たチームだと思いますが、藤代の方が精度が高くて選手層も厚い。藤代の方が強いようですが、そこを岩本大地投手(石岡一)の力で一気に超えてしまうかもしれない状況にあります。藤代とは中山航投手と寛人の投げ合いと野手同士の戦いの中で面白い試合になると思っています。 ―常総学院打線についてはどのように分析されていますか。 常総学院はいろいろな雑誌を見ても分かるように、創部以来3本の指に入る選手層、強さと言われていますしタレントがそろっています。とにかく打線はすごいですよ。先日の土浦市高校野球招待試合で常総学院は春季関東大会優勝の東海大相模とやりました(4対5で東海大相模の勝利)けど、試合後に東海大相模の門馬敬治監督から「常総ってこんなにメンバーそろってるんですね」と電話がありましたよ。日本一になっている門馬監督がわざわざ連絡してくるくらいですから、それだけ常総に脅威を感じたんでしょうね。でも、そのくらいタレントぞろいのチームであっても、秋の関東大会や春の県大会準決勝で負けているというのが興味深いですよね。 ―今大会とは別の話になりますが、霞ケ浦には毎年好選手がそろっています。選手のスカウティングについて、言える範囲でお願いします。 うちは他の私立高校よりもスカウティングに力を入れていないと思います。8月後半に1回あるオープンスクールの体験入部に来てくれた選手の中で、目立つ子には声をかけています。私立高校でありながら今の段階で1人も決まっていませんので、他の高校には遅れを取っていてスカウティング力は弱いですし、もっと力を入れないといけないと思っています。昔は特待を使って多少のところは目をつぶって多く集めた時期もありましたが、今は学力が伴って野球の技術が高くなければ特待の条件を出したくありません。後は、霞ケ浦でやりたいといって来てくれた子を叩き上げれば何とかなるだろうとこの20年やってきましたし、実際に何とかなってきたのかなと思います。根性がなくて決勝でいつも負ける戦いをしてしまっているのであまり偉そうなことは言えないですが、無理なスカウティングはしていないですね。 付属中の快挙、OBの活躍 ―霞ケ浦高校付属中硬式野球部がボーイズリーグの全国大会出場を決めました。 創部4年で県大会優勝、全国大会出場おめでとうございます! 素晴らしい快挙です。柴崎、竹内、木村各スタッフの指導の賜物だと思います。これを機に、部活動、学習面での起爆剤になり、付属中学校全体が益々飛躍することを願っています。 ―大学野球に進んだOBの試合はご覧になっているようですね。 大学野球を4年間一生懸命やるのであれば、1回くらいプレーは見てあげたいと思っています。大正大4年の大場駿太は最後のシーズンということで、ちゃんとした球場でやるときは見に行くよと約束していたので、一昨日は休みを取って、神宮球場で大正大と東農大の東都大学リーグ2部3部入替戦を見てきました。また、先日は全日本選手権の東洋大(3年・小川翔平、2年・木村翔大がスタメン出場)を見てきましたが、大学関係者に対する進路のお願いですとか、顔つなぎなどをやっておかないと後輩たちも入れないので、そういうものも含めての大学の試合会場に行っているわけです。OBが頑張っている姿を見るのもいいですけれども、それだけが目的ではありません。(続く) (聞き手・伊達康) ➡【茨城 高校野球展望’19】はこちら

【茨城 高校野球展望’19】6 プロ注目の右腕「完成形に近い」 霞ケ浦監督に聞く㊤

【伊達康】毎年安定して好投手を輩出する霞ケ浦だが、今年は、鈴木寛人(3年)という最速148キロを誇るプロ注目の本格派右腕を擁しその戦い方が注目されている。綾部翔(横浜DeNA)や安高颯希(桜美林大4年)を擁して初優勝を果たした第97回大会以来4年ぶりの甲子園出場に向けて心血を注ぐ髙橋祐二監督に、夏の大会に向けた思いや決意を語ってもらった。 ―春季県大会では乱打戦の末に明秀学園日立に7対10で敗れ、夏の大会はDシードで臨むことになりました。秋の準々決勝で敗れたAシードの藤代ゾーンに入ったことについて、所感をお聞かせ下さい。 今回、春に初戦で負けてシードを獲れると思っていなかったので、いきなり強いところと当たる可能性もあると心の準備はしていました。藤代ゾーンに入ったことについては一度負けている相手なので是非勝ちたいと思っています。藤代と常総学院を倒さないと甲子園は手に届きません。もし藤代を倒したとしてもBシードの石岡一が待ち受けているので正直言ってきついですね。Bシードの中でも石岡一が一番同じゾーンになりたくない相手でした。 ―春の敗戦以降、夏に向けて特別に取り組んでいることがあれば教えてください。 例年、本校は投手力を中心とした守備が売りのチームを作っています。そこに少しでも攻撃力を付けて戦うのがうちの戦法です。実際、投手力や守備力は県内で常総学院や明秀学園日立よりも上だと評価された年が何度かありました。でも、今年のチームはとにかく守備力が弱く例年のレベルに到達していません。守備のイージーミスがよく見られるので、守り負けるもろさをはらんでいます。しかし、鈴木寛人というピッチャーは、先輩でプロ入りした綾部翔(横浜DeNA)や遠藤淳志(広島)を超えるようなピッチャーにまとまってきた感があるので、もしかしたら優勝できるかもしれないという手応えをつかんでいます。 ―守備の方では中心選手が抜けた穴が大きかったでしょうか。 中心選手は毎年入れ替わる中で、それでも毎年、二遊間に関しては県内でも1、2位と言われるチームを作ってきました。昨年は能力の非常に高いセカンドの小礒純也(日体大1年)とショートの森田智貴(桜美林大1年)がいましたが、今年は二遊間に限らず全てにおいて守備力が弱いですね。 ―打撃に関しては天野海斗選手が中心になるのかなと思いますが、ほかにこの選手に期待したいというのはありますか。 新チームになってずっと天野と黒田悠真を使い続けてきましたけれど、思ったようなリーダーシップが取れないというか、結果が出ていません。うちにはいわゆる4番バッターはいませんが、1年生を入れて打線を組んだことによって、どこからでも点を取れるような打線になりつつあると思います。期待する選手としては仕黒大樹です。茨城出身(土浦三中)の選手ですし頑張って欲しいと思っています。 ―1年生とはどの選手でしょうか。 飯塚恒介と宮崎莉汰は練習試合でもスタメンで使っています。特に宮崎は見かけによらず力があって勝負強いので中軸を打たせています。1年生に期待すること自体が悲しいことなのですが、打線の幅はできたように思います。 成長うかがわせるプロ注目右腕 ―ピッチャーについて。プロ注目右腕の鈴木寛人投手は春の大会まで背番号はエースナンバーではありませんでしたが、仕上がりはどうですか。 実績がないので自信を持って投げてはいませんが、プロのスカウトからは綾部・遠藤ら2人の先輩よりもボールの質が上だという評価をもらっています。春季大会は早々に負けたので4月下旬から6月第2週までは東海大相模、花咲徳栄、桐蔭学園、作新学院、春日部共栄、東海大甲府といった強豪校との練習試合をどんどん入れ、鈴木寛人にはどんなに打たれようが、点を取られようが9回を投げきるというノルマを課しました。その結果、花咲徳栄には滅多打ちにされ、東海大相模にはもっとボコボコに打たれ、「ああ、この子はピッチャーとしてまとまらないで終わってしまうかな」と思いながらも試練を乗り越えて一本立ちして欲しいという一心で起用し続けました。そうしたら、5月終盤にきて桐蔭学園を8回1安打完封、作新学院を完封、東海大甲府には失点1と着実に結果を出して来ています。この期間、ずっと完投させてきて、マウンド上の立ち姿に大きな変化というかオーラを感じるようになりました。 この状況が夏大(なつたい)になっても変わらなければ、たとえ相手が強力と言われる常総学院打線であったとしても、寛人ならやってくれるのではないかと楽しみです。それくらいの成長を感じています。ロースコアのゲーム展開になったとき、うちの守備にほころびが出る不安はつきまといますが、完成形に近い状態になったと言っていいほど寛人は良くなりましたね。1年秋の関東大会で2試合とも先発させて打たれて負け投手になり、次の春怪我をして、2年夏も棒に振って、秋も結果が出ないという状況の中でほとんど投げていません。ですが、4月から6月にかけて一生懸命やってきたことによって、これだけ成長できた訳です。寛人には昨日、「夏は寛人が中心でいくからな。これだけ成長できたのだから自信を持って存分にやってくれよ」と話したところです。 ―これまでエースナンバーを背負ってきた福浦太陽投手はどうですか。 福浦は背番号1にあぐらをかいた状況で、寛人に抜かれることに焦りも感じたと思いますが、やっておかないといけないストレッチをおろそかにして体が鉄のように硬くなってしまいました。柔軟性の数値が1カ月前に比べて驚くほどで悪くなってしまい、こんなに硬くなるかと。胸が張れない。えび反り、いわゆるブリッジができないくらい胸郭が詰まってしまっています。あまりにもひどい状態で今は最速125キロくらいしかで出ません。肩肘はどこも痛くない。でも肘に張りがある。当然ですよ、もともとそんな投げ方はしていましたが、胸を張れないから体を開いて腕を引っ張り上げるしかないので。エースとしての自覚が足りない。昨日は「もしも寛人の成長がなくて山本もいなかったらお前はエースとしてどんな責任をとるんだ」という話をして自覚を促しました。 ―それでは春の明秀学園日立戦で先発した左腕の山本雄大投手(2年)が2番手格になるのでしょうか。 福浦のことは突き放してはいますけれど、そうはいってもエースとして今まで君臨してきたわけですから、何とかはい上がって欲しいと期待しています。ただ、今は一切ボールを投げさせていません。ストレッチの数値が元に戻るまでは投げられないことにしているので、1日に3~4時間をストレッチに費やしています。どこまで戻るかは分かりませんが、戻らなければ、寛人と山本、それにもう一人3年生ピッチャーがいるので、この子とうまくつないでいければと考えています。もうトーナメントの組み合わせが分かりましたし、このカードは誰が投げるというのは全試合で想定しています。そうは言ってもやられるときはあっさりとやられますから。(続く) ➡【茨城 高校野球展望’19】はこちら

【茨城 高校野球展望’19】5 球数制限で新時代に 土浦日大監督に聞く㊦

―高校野球全体についてお話をうかがいます。今ホットな話題の球数制限問題=※注1=について、考えをお聞かせください。 私は、基本的に球数制限は賛成です。今後議論をした上で制限する方向にいくのではないでしょうか。球数制限が決まったら速やかに対応していこうと思っています。もしかしたら、高校野球が新しい時代になるんじゃないかと思います。例えば100球制限があるとして、最初にエースを出したらエースが引っ込んでからが勝負になるなど。駆け引き、采配も改めて考える必要がある。最初に背番号10でいって次に背番号1にするのかとか、その逆だとか、駆け引きが大きな要因になって、タイブレークと同じでまた面白くなると思いますね。 ―最後に、センバツで話題になったサイン盗み=※注2=についてお聞きします。私も去年夏の明秀学園日立戦を見ていまして、そういったクレームがありましたがどのようにお考えでしょうか。 去年の夏の大会は、明秀戦以降、相手チームが、我が軍のセカンドランナーに過敏に反応するようになりましたが、そんな(サイン盗みをする)余裕はないですし心外です。これについては、野球界に以前からあった疑惑ですし、盗まれない工夫も各チームしてきました。 サイン盗みについて、ペナルティーを与えるか、どのように禁止にしていくか、審判団の対応はどのようにするか等々、今は過渡期にあるようです。審判団もナーバスになっていて、少しの挙動でも試合を止めて注意する方もいます。全県をあげて「やってはならない」という流れにすべきです。今後は、各チームのマナーや品格が問われるでしょう。 ※注1 球数制限問題 以前から、高校野球ではピッチャーの投球数に制限を設けていないため、一人の絶対的エースを酷使し、投球過多の末に肩ヒジを故障する選手が多かった。故障の予防的措置として投球数に制限を設けるべきという意見がある一方で、反対意見も根強い。一律の制限は投手の枚数が少ないチームに不利なので慎重に議論すべき、全員がプロになるわけではないからと酷使を容認したり、野球がつまらなくなるといった見方がある。1990年夏の甲子園では大野倫(沖縄水産)が地区予選から痛み止めを服用しながら投げ続け、甲子園では773球を投じて疲労骨折し二度と投球できなくなった。しかし、昨夏の甲子園では吉田輝星(金足農)が一人で881球を投げ準優勝を果たしたが、肩ヒジに問題は生じていない。 ※注2 サイン盗み問題 昔は制限がなかったが、現在はセカンドランナーが捕手のサインを見てバッターにコースや球種を伝達してはならないことになっている。今年のセンバツでは習志野vs星稜の試合中、習志野のセカンドランナーの動きが不自然で「球種やコースをバッターに伝達しているのではないか」と星稜ベンチからクレームがあった。結果は習志野が勝ったが、星稜の林監督は憤りを抑えきれず、試合後に控室に乗り込んで「フェアじゃない」と習志野の小林監督に直接猛抗議する異例の出来事が起きた。その後、星稜の林監督は学校から一連の言動を問題視され6月4日まで指導禁止とする懲戒処分を受け、サイン盗み問題はセンバツ後も話題になった。 昨年夏の準々決勝・土浦日大vs明秀学園日立において3対0で土浦日大リードの4回表無死二塁から土浦日大のセカンドランナー富田卓の動きが怪しいと明秀学園日立ベンチから球審にクレームがあった。その後も二塁にランナーが進むたびに明秀ベンチからクレームがあり中断した。この出来事を聞いたのか、準決勝(霞ケ浦)・決勝(常総学院)でも相手チームがセカンドランナーにナーバスになっていることが見て取れた。 3連覇をかけた土浦日大・小菅勲監督には、夏の大会直前のお忙しいなか時間を割いていただき、お話をうかがうことができた。夏に向けた意気込み以外にも、今話題の球数制限やサイン伝達についても率直にお話を聞けたことに感謝したい。 (聞き手・伊達康)

【茨城 高校野球展望’19】4 相手チーム対策は 土浦日大監督に聞く㊥

―よそのチームのことはあまり考えてないと思いますが、あえて意識するチームをあげるとしたら? 自分たちの野球をするのが第一だと思っています。ただ、常総学院の佐々木力監督は取手二高の同級生ですし、明秀学園日立や霞ケ浦は、甲子園に出るためには必ず立ちはだかる相手です。そういった相手チームの投手はこうで、打線はこうでという対策は、1年間、選手たちと考えを共有しながら取り組んできました。 ―相手チーム対策については丸林直樹コーチの果たす役割が大きい? 大会では、アナリストを担当してもらっています。非常に選手も助かっていると思います。練習でも丸さん(丸林コーチ)がリードして、私も選手も「考えもしない」ような練習メニューの引き出しを持っています。 ―一昨年、昨年と2連覇したことで、志望者が増えたり入部する選手の技術レベルが上がったりなどはありましたか? 本校は「文武不岐(ぶんぶふき)」を伝統としており勉強にも力を入れていて、野球だけやる子は来ていません。勉強も野球も一生懸命頑張るということで入部してくれています。本校はグラウンドのすぐ脇に寮がありまして、この環境は自分が伸びそうだといって来てくれる子が多いです。野球が大好きな生徒、一生懸命に練習に取り組んでくれる生徒は基本的に受け入れています。1学年で30人ほどの部員がいるのですが、ほとんどが寮生活をしたい、高校野球を全うしたいと希望して来ています。志望者が増えたかというと、増えたのかもしれないですが、特別技術レベルが上の子が来ているわけではないです。しかし、一つだけ言えるのは、みんな「やる気」があります。監督と選手の考えがマッチして同じベクトルを向いて練習できています。 ―頭髪は自由とのことですが… 頭髪は全くもって自由です。結構みんな長いですね。エースの荒井なんかも髪の毛が伸びるのが早くて、ボサボサといっていいほどです。丸坊主にしたい子はしていますが、全体の1割弱です。これは自分で選んだ丸坊主なので。私は頭髪を自由にして良い効果があったと思いますし、なんで今までこんなつまらないことにこだわっていたのかなと。高校野球が始まって100年ですから。次の時代に向かって何か新しいことはできないかと考えたとき、頭髪は別に自由で良いのではないかと思い、自由にしました。 ―頭髪が自由だからという理由で土浦日大を選んだ選手はいますか? それはさすがにないと思います。自由な気風は大事にしたいですが、野球環境で選んでもらっていると思います。 ―週に何度かは寮で過ごされますか? 金土日とか木金土とか、2~3日は寮に泊まります。選手の様子が分かったり、グラウンドから寮に帰って、気になった選手がいれば呼んで面談できますし、良い環境だと思います。 同門、常総学院・佐々木監督との距離感 ―個人的に非常に興味があるのですが、常総学院の佐々木力監督とは今どういった距離感ですか? まず木内(幸男)監督という偉大な指導者の薫陶を受けたこと、お互い選手として全国制覇した経験を次世代に伝える、義務というか使命を果たさなければならないと思っています。佐々木監督と面と向かってこの話をしたわけではありませんが、彼も同じように思っていると信じています。 距離感? 以前、私が県立高校に勤務していたときにはよく話したり食事したりしていたのですが、今の立場(土浦日大監督)になってから、野球の話は深くはしなくなりました。やはり同門下ですから、野球談義やチーム作りについては研究し合いたいと思っています。これは佐々木監督にかかわらず、他の指導者の方たちともそうしたいと思っています。しかし、手の内、腹の内は見せられないというのがお互いにあると思います。同じ釜の飯を食べた佐々木監督とは、お互いリタイアした後にでも「あのときこうだったよなあ」という話はしたいなと思っています。 ―春は常総学院の菊田拡和選手に2本の特大ホームランを浴びました。菊田選手を小菅監督はどう評価していますか? これまで25年くらい指導者をしてきましたけど、あれだけ飛距離がある子は初めてです。高校の時に見ていた清原和博選手(PL学園)の打球のような放物線に近いかもしれません。天性の素材を持ち合わせています。守備や走塁にも、まだまだ伸びしろがあるようです。是非プロ野球にいってホームラン王を獲れるような選手になってほしいと思います。(続く) =聞き手・伊達康 ➡【茨城 高校野球展望’19】はこちら

【茨城 高校野球展望’19】3 3連覇をかけた夏 土浦日大監督に聞く㊤

【伊達康】茨城では一昨年に小菅勲監督が就任からわずか1年3カ月で土浦日大を優勝に導き、昨年もドラマチックに連覇を遂げた。3連覇をかけた今大会をどのような心境で迎えるのか。小菅監督に意気込みを聞いた。 夏に照準を合わせてきた ―今年のチームの特徴を教えてください。 今年の3年生はみんな真面目です。練習に取り組む姿勢が良い。下級生の頃からチームワークが抜群でした。クレバーで、「野球勘」を持っている子が多い。打つか、守るかだったら守りのチームです。守りからリズムを作っていくゲームプランをしています。メンバーも上級生になってからレギュラーになった子が多く、去年から出ているのがキャプテンの石渡耀とショートの鶴見恵大くらい。私はチーム作りを急ぐ方ではなく、夏に照準を合わせていますので、上級生になってから試合に出るようになった選手は、夏直前になって良くなってきています。 ―エースは左サイドの荒井勇人ですか。 そうですね。荒井は3年生ですし昨夏も経験しています。まずはエースが奮闘するのが高校野球です。荒井には頑張ってもらいたい。 ―主に継投で試合を作っていきますか。 継投ありきというわけではありません。ですが、なるべく夏の大会は1人のピッチャーに負担をかけないようにという方針はあります。どうしても一発勝負なので流れが決まらないうちとか、単なるイニング数とか投球数だけでは代えられない部分があります。常にその場で、状況を見ながらの判断ということになります。 ―2年生の右腕の中川竜哉は春休みの鹿児島遠征で好投したそうですね。 3カ月前と今では大違いかもしれません。ここに来て、どのチームの打線も春先のバッターではなく、夏大(なつたい)を迎えるバッターへと成長してきています。中川も、そうした打線と対決を繰り返し、課題を見つけ、もがきながら成長しています。まだ2年生なので、焦らず着実に伸びていってほしいと思います。 ―荒井勇人投手以外に3年生のピッチャーは出てきていますか。 右オーバースローの山崎祐翔が最近急成長してきました。ここのところ、持ち前の実力を発揮できるようになってきました。6月上旬の土浦市内大会でも好投しています。夏前の3年生は「心の“整調”」を果たせば活躍できる要素を誰もが持っています。 甲子園を見続けてきた現3年生 ―3連覇がかかる今年、ますます注目されています。是非意気込みをお聞かせ下さい。 この1年、私からも3年生からも「3連覇」というフレーズは使われたことはありません。しかしこの2年間、現3年生は甲子園出場を見続けています。スタンドやベンチの中で「さあ、いよいよ自分たちの出番が来た!」といった様子がうかがえます。プレーヤーとして、この3年間で初めての甲子園を狙う、といった感じです。 夏の大会はいつでも、「その年」「そのメンバー」で戦う「最初で最後の夏」なのです。その一期一会の場に臨む若者たちのパワーたるや恐るべきものがあります。自分たちを信じて、自分たちの培ってきた野球をどんな瞬間にも発揮し続けてほしい。結果にとらわれずに、大好きな高校野球を楽しんでほしい、そう願います。 ―去年は富田卓投手(現・日大)がびっくりするくらい一冬越して伸びました。秋に大敗した相手である明秀学園日立戦ではものすごい気合と気迫でした。今年は一冬越えてガラッと変わったようなピッチャーは見受けられないと感じましたが、夏に向けての秘策とか、取り組みはありますか。 特別変わった練習はやりません。練習は日々の積み重ねこそが大事だと思っています。ですので、基礎基本の練習が全体の8割から9割を占めています。それを積み重ねたうえで、最後にどこの地点に到達するかということだと思います。たくさん食べさせたからとか走らせたからといって伸びるわけではない。富田もまさにそうで、日々地道に取り組んだ成果が最後の夏に花開いたということです。富田は友だち思いで、いつでもチームのことを考えていました。上級生になってからは人間的にも成長して、心身共にたくましくなりまして。「今年は自分が甲子園に連れていくんだ」という気迫も大いに感じました。(続く) ➡【茨城 高校野球展望’19】はこちら

【茨城 高校野球展望’19】2 土浦三、強豪私学と渡り合う力秘める

【伊達康】次につくば・土浦エリアのノーシード校を見ていこう。土浦工は秋に部員不足のため4校連合として出場し、春は地区予選で霞ケ浦に大敗。初戦は毎年しっかりと守れるチームを作ってくる難敵・麻生と対戦する。 土浦三は春の県大会初戦で下館工に4対6で惜敗も、エースで4番の濱崎鉄平(3年)が最速142キロを誇りツボにはまれば強豪私学とも渡り合う力を秘めている。初戦は牛久と、勝てば霞ケ浦と対戦する。 湖北に豪腕投手出現 土浦湖北は春の県大会初戦で多賀に敗退も、6月2日に行われた土浦市招待試合にて春の関東王者・東海大相模を相手に大坪誠之助(2年)が最速142キロをマーク。試合は0対10と大敗を喫したが、豪腕投手の出現に注目が集まっている。 土浦一は古宮学樹(3年)が140キロ近い力強いストレートを武器とする。佐野翔(3年)は分厚い体から柵越えが打てる強打者で、春の地区予選でも土浦日大エース荒井からレフトスタンドに放り込んだ。初戦は太田一と対戦する。 そのほかに土浦二は那珂湊と、つくば工科はつくば国際と、筑波は東海と1回戦で対戦する。いずれも勝機は十分にある。(続く) ➡トーナメント表 ➡【茨城 高校野球展望'19】はこちら

【茨城 高校野球展望’19】1 常総が優勝候補筆頭

【伊達康】7月6日に開幕する第101回全国高校野球選手権茨城大会の組み合わせ抽選会が21日に行われ対戦カードが決まった。参加93チーム(出場100校で4つの合同チームがある)のうち、春の県大会で4強に残った藤代、水戸商、常総学院、鹿島学園がAシードを獲得した。 140キロ超え3投手をひた隠し 3年ぶりの夏制覇を見据えた常総学院は、春の県大会で昨夏も中心となって登板したエース級右腕の塙雄裕(3年)や岡田幹太(3年)、菊地竜雅(2年)をあえてひた隠しに、ライバル校に球筋を明らかにしなかった。 この140キロ超え3投手を引っさげつつ、打線は高校通算54本塁打でプロ注目の強打者・菊田拡和(3年)や、長打にバントに補殺と何でもこなせる中妻翔(3年)など世代屈指の打者がそろっている常総学院が優勝候補の筆頭だ。 春優勝の藤代は投手力充実 秋準優勝、春優勝の藤代は最速142キロの中山航(3年)とスライダーの切れ味抜群の一條遥翔(3年)の右腕2枚看板を筆頭に投手力が充実している。 春に常総学院にサヨナラ勝ちで準優勝となった水戸商はエースで4番の小林嵩(3年)が投打をけん引しチーム力で追いすがる。 プロ注目投手擁す霞ケ浦 春県大会の初戦で明秀学園日立に乱打戦の末に敗れた霞ケ浦はDシードとなったが、プロ注目右腕・鈴木寛人(3年)や福浦太陽(3年)を擁し実力十分。夏は無難に勝ち上がるだろう。 Bシード・石岡一はセンバツに21世紀枠で出場し盛岡大附をあと一歩のところまで苦しめた。しかし春は初戦でエース右腕・岩本大地(3年)が大乱調で水戸商に惨敗。夏も岩本の調子次第だ。 Cシード・明秀学園日立は春の県大会3回戦で、優勝した藤代に2対3と惜敗した。北野凱士(3年)や高橋隆慶(3年)などが強打を誇り例年通り打線は強力だが投手力が例年に比べ劣る状況だ。そんな中、春に目覚ましい活躍をした右腕・佐藤紅琉(1年)が駒不足を解消する可能性を秘めている。 春4強の鹿島学園はびっくりするようなピッチャーはいないが、堅実につないで好機を作る。 土浦日大左腕は左打者翻弄 3連覇がかかっているCシード・土浦日大は変則左腕の荒井勇人(3年)が左打者を翻弄(ほんろう)するが、右の強打者にいかに対峙するかが見どころだ。キャプテンの石渡耀(3年)は華のある大型二塁手。 秋4強のBシード・水城はエースで4番の櫻井隼人(3年)が大黒柱だが、ここに春公式戦デビューを果たした1年生右腕の樫村佳歩が加わり投手層の厚みが増した。 Bシード・常磐大高は6月16日に行われた大分県高野連強化遠征にて春センバツ4強となった明豊を山田悠斗(3年)が完投して3対2で撃破。今夏の仕上がりはひと味違いそうだ。 Cシード・水戸癸陵は小橋一輝(3年)と定塚涼(3年)のダブルエースに安定感がある。 Cシード・つくば秀英は右腕の吉田青矢(3年)とBシード・竜ケ崎一の右腕・幸山耀平(3年)も好投手で打者の裏をかく能力が非常に高い。 秋春と結果を残せずノーシードとなった日立一は不気味な存在だ。(続く)

取手がつくば中央にコールド勝利 中学野球シニア春季東関東大会3回戦

【伊達康】全国選抜大会を目指す中学野球のリトルシニア東関東支部春季大会3回戦が3日、取手市野々井の取手リトルシニアグラウンドで行われた。昨年の同秋季大会で優勝し第1シードの取手リトルシニア(本拠地・取手市)が、9―0の5回コールドでつくば中央リトルシニア(つくば市)に快勝した。 取手は1回裏に1番・秋葉皓介のセンターオーバーと犠牲フライで先制すると、3回裏には4番・富岡大阿の2点タイムリーヒットなど集中打で一挙に4点を奪った。さらに4回裏にはスクイズと7番・海老沼来飛の左中間タイムリースリーベースで3点を追加して試合を決めた。投げては左腕の塚越伊織、右腕の糠谷翔大、成井颯の三投手の継投で相手打線を封じた。 つくば中央は3回表に先頭の塚本陸斗が左中間ツーベースを放ってチャンスをつくったが、後続が連続三振に倒れて反撃できなかった。 取手の石崎学監督は「大会初先発の塚越伊織がほぼ完璧の内容だったことと、大会初出場の斉賀壱成が落ち着いてプレーできたことが今日の収穫」と選手をたたえながらも「ワンヒットでホームを狙うべき場面で2度とも消極的になったり、変化球を狙い打つケースでストレートを待つ打者がいたのは早急に修正したい」と課題を挙げた。 さらに「秋春連覇にはこだわっていない。チームの仕上がり状態は例年とは程遠い。けがで戦列を離れている選手がおり2月は天候の影響でオープン戦が消化できず実戦経験が不足している。春の期間は投手と野手の両方で一人でも多くの選手の出場機会を増やすことを意識している。特に打撃を強化していきたい」と選手の起用方針を語った。 勝利した取手は16日に行われる4回戦に、敗れたつくば中央は21日から行われる敗者復活戦にそれぞれ臨む。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 計 つくば中央 0 0 0 0 0 0 取手 1 1 4 3 × 9 ➡伊達康記者の過去記事はこちら

【あと一勝の壁】8 社会人野球で必ず壁破る

【伊達康】新日鐵住金鹿島のセレクションを受けた際は「晴海君」にお世話になったという。社会人野球のセレクションは数社受けたが、合否の結果が出る前に河原井監督に薦めてもらった北海道ガスに決めた。 昨年4月から北海道野球連盟に加入し部員16人でスタートしたばかりの若いチームだ。12月17日には札幌で内定式を終えた。野球の戦力としてはもちろん正規の総合職として採用され、社業にも期待をかけられている。上野のほかに大学で主力級の活躍をした6人の選手が入社するそうだ。東都リーグから3人、東京六大学と千葉、神奈川、関西から1人ずつ。中には大学ジャパンに選ばれた選手もいる。このメンバーを加えて来春からの都市対抗野球予選に挑む。 卒論は「ゲルマン民族」について2万字以上をやっとの思いで書き上げた。時間のある現在は取手リトルシニアのグラウンドでトレーニングを続けながら、シニアの後輩の指導にも当たっている。 「高校でも大学でもあと1勝というところで負けてしまった。2月には北海道に引っ越す。次に関東の地を踏むのは都市対抗野球に出場するときだという覚悟で臨む。結果を残してあと1勝の壁は必ず社会人野球で破ってみせます」 上野は恐らく高校時代に日本一悔し涙を流したのではないだろうか。悲劇のヒーローのままでは終わってほしくない。この先の社会人野球で1勝の厚い壁を破ってほしいと願わずにいられない。北の大地からの吉報を心待ちにしている。 =終わり

【あと一勝の壁】7 神宮への憧れ 入学前に2部落ち

【伊達康】卒業後の進路は悩んでいた。「野球以外のスポーツに関してはからきしダメで平凡な運動能力」だという。監督の母校である体育大を薦められたが、自分に適性のない体育教師になる将来像は思い描けなかった。 そんなとき青山学院大の関係者が見に来た練習試合で結果を残して「ぜひうちに」と声を掛けてくれた。当時、東都大学野球連盟1部に所属し輝かしい実績を残してきた名門である。神宮球場で投げることに憧れがあった上野は迷わず青山学院大進学を決断した。 高校野球引退後は大学野球に向けて練習に励んでいたが残念な知らせが待っていた。高校3年秋に神宮球場に観戦に行った試合で1部の最下位が確定。さらに入れ替え戦で2敗して上野の入学前に2部落ちが決まった。2部は各大学のグラウンドでリーグ戦を行うため、神宮球場で試合は行われない。 「入れ替え戦の結果を聞いて言葉がなかった。常に1部で優勝争いにからんでいた青学が僕の入学直前に2部に落ちるなんて。憧れの神宮球場で投げる自分をイメージしてモチベーションを上げていたのでショックが大きかった。さすが戦国東都とか言っている余裕はなかった」。 ベンチに入れない下級生時代 転機を迎えた4年春 青山学院大に進学し大学野球がスタートした。高校野球では名をはせた上野だが、全国から野球エリートがこぞって集う名門チームにあっては高校までのようにすぐにベンチ入りというわけにいかなかった。「思っていたとおりに厳しい世界でした。ものすごいボールを投げる人がいくらでもいて、その中で結果を出さないとベンチにすら入れない」。 下級生の頃は出場機会に恵まれず、試合に出場している同級生をうらやんだ。「自分は球威で押して三振を取るタイプではないが、一時期は速い球を投げたら試合で使ってもらえるかもしれないと思って、そういうタイプを何人か参考にして球速を追求したことがあった。でもやはり自分は緩急でボールに奥行きを出してバッターのタイミングをずらす投球術が最大の武器なので、スタイルは変えなかった」 迷いながらも自分の信念を貫いた上野は3年春のリーグ戦で初めてベンチに入ると、駒澤大1回戦でリーグ戦初登板を飾った。6対2でリードした9回に登場し結果は見事三者凡退に抑えた。この好投を機にチャンスが与えられ、翌日の2回戦は3回からロングリリーフを任された。5失点で敗れはしたが延長10回までの8イニングを投げ抜いた。「10回表に2点勝ち越されて結果的に負けてしまったが、練習試合でも短いイニングしか登板機会がなくて、自分でもまさかあそこまで長いイニングを投げられるとは思っていなかったので貴重な経験になった」。 4年になると転機が訪れた。監督に復帰した河原井正雄氏が上野の緩急を武器とするピッチングスタイルを評価してくれた。4年春には5試合に登板。さらに秋には13試合のうち7試合でセットアッパーとして起用され着実に結果を残した。チームは幸先よく2つの勝ち点をとったが、リーグ戦終盤に連続で3回戦を落として3位に終わり、在学中の1部昇格はかなわなかった。 =続く

【あと一勝の壁】6 配球パターンを丸裸 4度目のチャンス

【伊達康】いよいよ甲子園へのラストチャンスとなる夏の大会を迎えた。春の決勝で敗れた霞ケ浦は第2シードとなったが、このゾーンには打力の高い有力校が並んだ。 初戦の下妻二は上野と綾部翔(横浜DeNAベイスターズ。取手シニア出身)の継投により6回コールドで下した。3回戦のつくば国際大は好投手・福田海人の前に打線が沈黙し5回まで1対1。6回から上野が登板したが連打で逆転を許す苦しい展開となった。直後に一死満塁から1年生・根本薫(オリックス・バファローズ。取手シニア出身)のライトフェンス直撃スリーベースで逆転したが、最終回はホームスチールで1点差まで迫られる大苦戦を強いられ上野を温存できる展開とはいかなかった。 フルイニングの接戦続き 4回戦の水戸商には上野が8回まで7安打1失点。最終回は安高に継投したが、強打を誇る水戸商打線の前に早い回からの継投策は打てなかった。準々決勝は明秀学園日立と鹿島学園を1点差で退けて粘り強く勝ち抜いてきた石岡一だったが4対0と上野が完封した。 準決勝の取手松陽はノーシードながら勝ち上がった勢いのあるチームだった。上位に強打者が居並び一瞬の隙も見せられない。ここでも頼みの上野が完投で3対1の接戦をものにした。準決勝を終えて打撃陣が5試合で打率.289と調子が上がらず初戦以外はコールドゲームに持ち込めなかった。フルイニングの接戦続きで上野の投球イニングは34回2/3にのぼっていた。1年秋から5季連続で決勝の相手だった常総学院は準決勝で敗れ2強の牙城は崩れた。いよいよ甲子園まであと1勝。相手は藤代。甲子園への4度目の、そして最後のチャンスだった。 「決勝を迎えてアドレナリンが出ていたからか疲れは感じず、いつもどおりの調子だと思っていた。でもブルペンに入るとボールが思うようにいかなくて。マウンドでも身体がコントロールできなかった」。球威も制球も本来の出来とは程遠く、1回表に藤代打線につかまった。ヒットと四球で一死一、二塁から、4番・根本文弥にライト前タイムリーを浴びて1点を失った。続く5番・小林慧太には初球のチェンジアップを狙い撃たれ2点目を失った。さらに押し出しで3点目を献上した後、死球で満塁から竹内悠に2点タイムリーを浴びて一挙に5点を失った。 「秋の県大会では準々決勝で藤代に完封でコールド勝ちした。後日、藤代に進んだ取手シニアの同期から聞いたのですが、藤代の菊地一郎監督は秋以降、夏までほぼ毎日ミーティングで『茨城は上野を打てないと優勝できない』と言い続けて、打倒・上野を執念深く植え付けていたそう。夏の期間中も霞ケ浦の映像を見て研究していたと」 「すると大会中に霞ケ浦の配球パターンが分かってしまったんですって。2年夏までは濱部さん(駿稀。駒澤大中退―滋賀ユナイテッドBC)が配球のサインを出していたんですが、最上学年になってからは捕手が固定されなくてベンチが出していた。2点目のタイムリーを打った小林君には『初球チェンジアップが来るから絶対に振れ』とベンチが指示していたらしく、初球のチェンジアップを見事にレフト線に弾き返されてしまった。配球パターンを丸裸にされて、コントロールが利かないのとどこに投げても打たれるのとであれよあれよという間に5点取られていた」。 その後も3点を奪われ上野は5回途中で無念の降板となった。霞ケ浦は7回に2点を返したが及ばず、藤代が12対3で霞ケ浦を下して3年ぶり3度目の優勝を飾った。 甲子園への4度目のチャンスにもあと1勝の厚い壁が立ちはだかり、遂に憧れの舞台にたどり着くことなく高校野球を引退することとなった。 =続く

【あと一勝の壁】5 3度目のチャンス 力投報われず

【伊達康】失意の敗戦から数日後、監督から「上野に甲子園に連れて行ってもらうぞ」と冗談とも本気ともつかない檄(げき)を受けて、最上学年となった上野はキャプテンに指名された。やがてその言葉を体現し、2年秋に甲子園への3度目のチャンスを迎えることになった。 上野は地区予選から県大会決勝までの全6試合で先発し、県大会2回戦から決勝までは4試合全てを完投した。決勝は宿敵・常総学院と延長15回で決着が付かずに完投。大会を通じての投球回数は驚異の55イニングに及び投球数は900球を超えた。翌日の再試合は安高颯希(桜美林大3年)が1失点に抑える快投を演じて霞ケ浦が春以来の優勝を遂げた。 秋季関東大会は開催県には3校、開催県以外の6県には2校の出場枠があり全部で15校が出場する。通常は2回勝たなければセンバツ当確ラインの準決勝に進めないが、開催県の1位校だけは1回戦を免除され準々決勝から出場する特典(スーパーシード)が与えられる。つまり、開催県の1位校は1回勝てばセンバツ当確という訳だ。この年の秋季関東大会は茨城開催だったため、茨城1位の霞ケ浦がスーパーシードを獲得した。 1回戦を終え準々決勝の相手は桐生第一に決まった。先発はこの試合も上野だ。霞ケ浦は2回裏に先制を許したが、4回表に相手のエラーで同点に追い付いた。その後、1対1の膠着状態のまま9回裏に突入。二死二塁から打ちとった当たりが痛恨のサヨナラ打となった。霞ケ浦打線は散発5安打と沈黙。上野の力投が報われず甲子園への3度目のチャンスもあと1勝の壁に阻まれた。「最後は際どいところに打たれた自分が悪い。県大会決勝の後は1週間ボールを握らずにノースローで調整した。痛みはなかったが、県大会の疲労は抜け切ってなかった」 投手陣の底上げへ 上野に頼らない春 一冬を越えて3年春の県大会。霞ケ浦の投手起用方針は秋から一転した。「春先の練習試合で調子が上がらず東海大相模にめった打ちを食らったというのもあるが、大会前に監督からは『関東大会がかかった準決勝だけ完投で行くぞ』と言われていた」。1人でも多く夏の大会で投げられるめどが立つように、上野以外の投手の経験値を上げる方針で大会に臨んだ。霞ケ浦はその思惑どおりに安高颯希を中心に、秋は出番のなかった岩田直也や浅賀蒼太の継投で勝ち上がり、準決勝の土浦湖北戦は上野が2失点完投で春季関東大会行きを決めた。さらに常総学院との決勝では1年生の飯村将太(桜美林大2年)と根本将汰(桜美林大2年)にも登板機会を与えた。決勝では敗れたものの、上野一人に頼ることなく勝ち上がる中で投手陣に経験を積ませることに成功した。 横浜を撃破 夏に向け自信 神奈川開催の春季関東大会では淺間大基(日本ハム)と髙濱祐仁(同)を擁する神奈川1位の横浜と対戦した。場所は神奈川高校野球の聖地「横浜スタジアム」だ。完全なるアウェーの中、県大会の疲労が全くない上野は横浜打線を相手に5安打2失点に抑える粘投を見せた。打線は6回まで1安打に抑えられていたが11個の四球と相手投手の制球難に乗じて長短打を絡め、7回表に一挙7点を挙げ7回コールド勝ちを収めた。横浜のコールド負けは1970年春以来44年ぶりのことであった。1年秋の東海大相模に続いて横浜を下す大金星。投打ががっちりかみ合っての勝利は夏に向けて自信となった。 =続く

【あと一勝の壁】4 サヨナラホームラン 阻まれた2度目のチャンス

【伊達康】2年夏には2度目の甲子園へのチャンスを迎えた。初戦の鉾田一に1点差で辛勝したが、その後は順当に勝ち上がり、3季連続で霞ケ浦と常総学院という決勝のカードとなった。霞ケ浦の先発は2年生の上野だ。対する常総学院の先発はエース右腕の飯田晴海となり、茎崎ファイターズのOB同士で投げ合うこととなった。 「これまでも常総と対戦していたが僕が投げている時は別のピッチャーが投げていたので直接対決はなかった。小学生時代に雲の上の存在だと思っていた晴海君と夏の決勝の舞台で投げ合えるとは、自分はなんて幸せなんだろうと。でも甲子園に行くために負けてたまるかと初回から飛ばしていった」。 上野はその言葉どおり4回二死まで3安打無失点と圧巻の投球で強打の常総学院打線を翻弄(ほんろう)し、2番手の市毛孝宗(星槎道都大―きらやか銀行)にマウンドを託した。霞ケ浦は初回に菅原直輝のタイムリーで先制し8回表にも田村祐一のタイムリーでリードを2点と広げた。 しかし、8回裏に常総学院が連続タイムリーで同点とし試合は振り出しに戻る。霞ケ浦は3番手に片野凌斗を投入した。同点の9回裏、常総学院は先頭から2者連続で凡退したが、3番の進藤逸(國學院大4年)がレフト前ヒットで出塁し4番の内田靖人(楽天イーグルス)につないだ。ファウルを打たれてカウント2ボール1ストライクから一度タイムを取って攻め方を確認する霞ケ浦バッテリー。しかし次に投じた外角高めの甘いボールを内田は見逃さず、打球は右中間スタンド上段に吸い込まれた。劇的なサヨナラ2ランホームランで幕切れとなり、甲子園への2度目のチャンスはあと1勝のところでついえた。 「1年夏の頃から2年生主体のチームで、この学年と1年半ずっと一緒に野球をやってきた。寮でも仲が良くていっぱいかわいがってもらって。大好きな先輩たちと甲子園に行くぞとこの試合にかける思いが強かった。負けてしまって申し訳ないという気持ちが強い分、2年の夏の敗戦が僕の高校野球生活の中で一番悔しかった」 =続く

【あと一勝の壁】3 高校1年夏 鮮烈デビュー

【伊達康】高校は県外の強豪校に行きたい気持ちもあったが、親の薦めもあって地元に残り父親の母校でもある私立霞ケ浦高校に進学した。中学までは常に叱られながら野球に取り組んできた上野だが高校では環境が一変した。監督は上野の全てを受け入れてくれたのだ。 「1年からすぐに試合で使っていただいたので気を遣ってもらっていたのかなという部分はありますね。好きにやらせてもらった。だからといって練習を手抜きした訳ではありません」。否定されることも叱られることもない分、自主性と自立心が要求された。 迎えた1年夏、2回戦の境戦で2番手として公式戦デビューを果たすと、3回戦の第7シード土浦湖北戦では先発を任され9回まで1失点。後を受けた片野凌斗(東京経済大―筑波銀行)が無失点でしのぎ延長15回の激闘を制した。3年生がベンチに4人しか入っていない2年生中心のチームはノーシードながら準々決勝まで勝ち進んだ。 インパクト残した1度目のチャンス 2強時代へ 甲子園への1度目のチャンスは1年秋に訪れた。霞ケ浦は県大会決勝で常総学院に0対7で敗れ茨城2位となり関東大会に進出。初戦は神奈川1位で大会優勝候補の東海大相模となった。誰もが東海大相模には勝てないだろうと予想していたカードであったが、なんと上野が完投して5対3で大金星を挙げた。あと一つ勝てば甲子園に手が届く。しかし続く準々決勝で宇都宮商に4対5と逆転負けを喫した。センバツ甲子園出場はかなわなかったが、東海大相模を倒したインパクトは大きく、1年サウスポー上野拓真の知名度は一気に上がった。 2年春には県決勝で常総学院に3対2で競り勝って念願だった夏の第1シードを獲得した。この頃から高校野球ファンの間で霞ケ浦と常総学院を称して「2強」と呼ばれるようになった。それだけ2校の力が抜きん出ていた。 =続く

【あと一勝の壁】2 心も体も成長 叱られ続けた中学時代

【伊達康】中学では学校の軟式野球部ではなく硬式クラブチームを選択。茎崎ファイターズでバッテリーを組んだ石川竜聖(竜ケ崎一)と一緒にまだ創設されたばかりの取手リトルシニアに3期生として入団した。ただ、自宅から練習場までは車で抜け道を通っても30分以上かかった。「駅まで遠くて自力で通うことができないので、毎日の送迎では親に大変な苦労をかけた。石川の親と交代で送迎してもらってお互いの負担を減らして。そうでもしなかったらとても続けられなかった」 取手リトルシニアに入ってからも叱られながら野球に取り組む日々だった。「小学生の時も毎日叱られたが、シニアではその比にならないくらい叱られた。もう何をやっても叱られる感じ。言われ続けてようやく気付いてできるようになることってありますよね」 「よく『叱られて伸びるタイプはタフなだけ。褒められればもっと伸びていた』という人がいますが、僕の場合は叱られなければ伸びなかった。叱られて自分ができないことが身に染みて分かる。だから悔しくてさらに自ら練習するから伸びるのではないか。もし褒められていたとしたら調子に乗って自分から練習していない。言い続ける指導者も大変だったと思いますよ。本当に毎日罵声ですもん(笑)。でもそのおかげで人間的にも野球に取り組む姿勢も成長できた。シニアで僕の人間としての礎を作ってもらった」 同期は30人。仲間と切磋琢磨(せっさたくま)しながら、指導者に励まされながらの取り組みは大いに結実した。のちに高校3年夏の決勝で甲子園をかけて対決することになる根本文弥(藤代―東洋大4年)が4番打者。その後高校まで同じ釜の飯を食べた菅原直輝(霞ケ浦―白鴎大4年)がショート。今や東京6大学のスター選手で今年のドラフト候補でもある柳町達(慶應義塾高―慶應義塾大3年)が1学年下ながらもレギュラーと、そうそうたるメンバーを擁して3年の全国選抜大会で初優勝を果たした。もちろんエースは上野である。「その年のジャイアンツカップ(中学硬式クラブナンバーワンを決める大会)にも出場できたんですよ。取手リトルシニアの11年の歴史において、ジャイアンツカップに出場できたのは唯一、僕らの代だけなのでちょっとした自慢です」と表情を緩ませる。 =続く

【あと一勝の壁】1 日本一の悔し涙 胸中に迫る

【伊達康】4年前、茨城の高校野球で話題を席巻した小さな大エースがいた。身長166㌢と小柄ながら、私立霞ケ浦高校で1年夏から主戦投手として活躍し、1年秋から3年夏まで6季連続で県大会決勝に進出。秋と春の関東大会では全国区の強豪・東海大相模と横浜に完投勝利を収め、2年春と2年秋の2度、県大会優勝と、投手として一時代を築いた上野拓真(22)さんだ。 投手としての実力が圧倒的に抜きん出る一方で、彼のもう一つのドラマにも注目が集まった。秋の関東大会準々決勝と夏の茨城大会決勝で合計4度甲子園に王手をかけたが全て敗退。大一番で先発を4度経験しながらもあと1勝の厚い壁が立ちはだかって甲子園への切符をつかむことなく高校野球を引退した。 その後は神宮球場での登板を夢見て東都大学野球リーグの青山学院大に進学。3年春には念願のリーグ戦デビューを果たし4年秋には7試合に登板した。大学野球を経て今春からは社会人野球「北海道ガス」に所属し都市対抗野球出場を目指すという。新たな高みを目指す上野さんの胸中に迫った。 全国大会で3位 小学生時代 野球を始めたのは小学2年。通っていたつくば市立茎崎第一小を本拠地とする茎崎ファイターズに入団した。全国大会常連の名門チームであるだけに練習が厳しく、「野球の技術も精神的にも未熟だった」という上野は、毎日叱られながらもめげることなく練習に取り組み3年からピッチャーを任された。1学年上には、のちに高校2年夏の決勝で先発として投げ合うことになる飯田晴海(常総学院―東洋大―新日鉄住金鹿島)がおり、「当時からすごくて憧れの存在」だったという。4年からは全日本学童軟式野球大会(マクドナルド・トーナメント)に3年連続で出場し逸材ぞろいの茎崎ファイターズは県内で無敵を誇った。さらに6年の時はエースとして同大会の全4試合で完投し3位になった。 =続く

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つくば市から3人目のロータリー茨城代表、大野さん【キーパーソン】

茨城県にはロータリークラブ(RC)が55ある。つくば学園RCの大野治夫さんが、これらクラブを代表するガバナーに就任した。任期は7月から来年6月までの1年間。つくば市東光台で不動産管理業を営む大野さんはRC歴18年。業務区と住宅区から成る開発地域・東光台(合併前の豊里町と谷田部町の一部)の土地持ちでもある。ガバナーとしてやりたいこと、つくばの最新土地事情について聞いた。 つくば学園RC会員、目標100人超え RCは地域の名士が参加する奉仕組織だが、週1回の例会を通じ、会員たちが親睦を図り、いろいろな情報を交換する場でもある。つくば学園RCの会員は現在89人。土浦市では最多の土浦南RC(85人)を上回り、つくば・土浦地区では一番の会員数になった。大野さんによると、来年6月までに100人超えを目指す。 つくば学園RCがガバナーを送り出すのは、約20年前の吉岡昭文さん(筑波山神社前の旅館「江戸屋」現会長)、約10年前の野堀喜作さん(東光台の不動産管理会社「ツクバ企画」現会長)に次いで、3人目になる。 10月末、つくば市内で茨城大会開催

シンプル イズ ベスト? 《続・平熱日記》115

【コラム・斉藤裕之】わけあってこの猛暑の中、アトリエの大掃除をすることになった。学生時代からの習作や、いつか出番があるだろうと思って集めたガラクタなどを思い切って処分することにした。市の焼却場に軽トラで何度か往復して、捨てるに忍びないものは知り合いの骨董(こっとう)店にトラックで持っていってもらった。 ちょうどこの7月でこの家に住み始めて20年になる。20年間、家族の足の裏でこすられた1階の杉の床は、夏目と呼ばれる年輪の柔らかいところが削られて冬目の硬いところだけが残って、凸凹になっていて妙に足触りが心地よい。夏涼しく冬暖かいとても住みよい家だと思うのだが、それには少しコツがあって、戸の開け閉めやエアコンの入れ方、ストーブのことなど、大げさに言えば家の中の環境への理解と手間が必要なのである。 2人の娘も家を出てこの家には帰って来るまい。だから将来は人に貸すなり売るなりしなければと思うのだが、少し変わった家なので、この際「斉藤邸取説」でも、を書き残しておこうか。 さて20年分のホコリを払って、広々としたアトリエの床に布団を敷いて寝てみることにした。見上げると、20年前に故郷山口で弟が刻んだ梁(はり)や柱がたくましく見える。昔ながらの複雑な継手も、20年の間にやっとしっかりと組み合わさって落ち着いたように見える。特に2階の柱を支えくれている地松(じまつ)の梁は、自然な曲線が力強くカッコいい。 それから、2階の床になっている踏み天井。こちらは200枚だか300枚だか忘れてしまったが、ホームセンターで買ってきたツーバイ材全てに、「やといざね」といういわば連結するための溝を電動工具で彫ったことを今でも思い出す。酷使した右手は、朝起きると硬直して箸も握れなかったっけ。 「いい景色だなあ。木の色がきれいだなあ。このぐらいの広さの住まいがちょうどいいのかもなあ」。20年目にして改めて見入ってしまった。

言葉の壁を越え患者と医師の信頼関係築く つくばの医療通訳士 松永悠さん【ひと】

つくば市で暮らす外国人は、2022年度の統計で137カ国9457人。医療機関を受診する外国人患者も増えているが、病名や器官の名称などの専門用語が飛び交う診察で、患者が内容を理解するのは難しい。タブレット端末による通訳サービスを導入する病院もあるが、個別の質問や細かいニュアンスの伝達に対応するのは依然として困難だという。市内の病院を中心に、中国語の医療通訳士として働いている松永悠さん(48)は、30代後半から医療通訳の世界に飛び込み、やりがいを見出している。 一人の女性患者との出会い 松永さんは1974年生まれ、中国北京市の出身。松永さんが医療通訳のボランティアを始めた38歳の時、最初に担当したのは、同じ30代の末期がんの女性患者だった。中国の地方出身者で、お見合いで国際結婚して日本の農家に嫁いだが、がんを原因に離婚を切り出され、日本語も分からず頼る人がいない状況だった。 女性の境遇に衝撃を受け、「同じ女性、自分の力で助けられるのなら」と感情移入してしまったそう。女性も辛い闘病の中、「お姉さん、お姉さん」と松永さんを慕った。この女性との出会いから苦しんでいる在日中国人がいることを知り、興味で始めた医療通訳の仕事に使命感を持つようになった。 医療通訳士は国家資格ではない。医療通訳として働くには、民間が主催する養成講座を受講し、選考試験に合格後、ボランティアや医療通訳の派遣会社に登録して依頼を待つ。養成講座では通訳の技術のほか、守秘義務などの倫理規定、医療専門用語などを学ぶ。医師の説明に通訳者が勝手に補足することはしてはならず、治療法について患者が本当に理解しているかの確認をその都度行っていく。患者は文化や宗教、思想、持っている在留資格などの社会的背景が個々で異なり、その理解と医療機関への仲介の役割も医療通訳士に求められる。重い病気を抱える人への告知の場に立ち会うこともあり、精神的な重圧も大きいという。

「真実が知りたい!」 赤木雅子さんが水戸で訴え 《邑から日本を見る》117

【コラム・先﨑千尋】森友学園問題に関する公文書改ざんを強いられ、それを苦に自死した元財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんの妻、雅子さんらの講演会が7月30日、水戸駅前の駿優教育会館で開かれた。この講演会は、旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃、現日本原子力研究開発機構)の元職員6人が同機構に損害賠償を求めている訴訟で、原告を支援する団体が主催したもの。 雅子さんは、夫が自死した真相解明を求めて、国と、改ざんを指示したとされる元財務省理財局長の佐川宣寿氏を訴えてきた。この日は、雅子さんの裁判などを支援してきているジャーナリストで元NHK記者の相澤冬樹さんと対話する形で、別室からのオンラインで登壇した。私はそれを会場で聞いた。 雅子さんが起こした2つの裁判のうち、国は、昨年12月に雅子さんの賠償請求を全面的に認める「認諾」の手続を取り、改ざんが行われた経過などは不明のまま、いわば「肩透かし」の手法で国に対する請求を終結させた。残る佐川氏への訴訟は、氏への尋問は行わずに7月27日に大阪地裁で結審し、11月25日に判決が下される。 雅子さんはこの日、佐川氏に2度手紙を書いたが返事はなく、法廷にも姿を見せなかったことを非難し、「私は、夫がなぜ改ざんさせられたのかを知りたいから裁判を起こした。法廷で佐川さんにそのことを証言してもらいたかった。しかし佐川さんは姿を見せなかった。あまりにも悔しい。夫は日頃、公務員は権力を握っている人のためにではなく、国民のために仕事をするのだと言っていた。佐川さんは誇りを持って仕事をしてきたのか。佐川さんが本当のことをしゃべらない限り、私は幸せになれない」と怒りをあらわにした。 国、無慈悲、無機質な組織 この雅子さんの話を聞いて、相澤さんは「佐川さんはこの事件に関わったので、もうエラくなれない。ホントのことを話した方が、気持ちが楽になれるはずだ。ホントのことを話せない佐川さんはかわいそう。哀れだ」と語った。