火曜日, 10月 6, 2026
ホームスポーツ【高校野球代替大会】日大 小菅監督に聞く㊤ 練習する姿、泣けてきた

【高校野球代替大会】日大 小菅監督に聞く㊤ 練習する姿、泣けてきた

【伊達康】茨城県の高校野球代替大会が11日開幕した。出場を間近に控えた有力校の監督インタビュー第2編は、2017年と18年の夏に茨城を連覇した土浦日大の小菅勲監督に話を聞いた。

春季大会中止に落胆

—春季大会の中止を聞かされた時はどのようなお気持ちだったでしょうか。

小菅 本校は東京、千葉、神奈川など緊急事態宣言が先に出たところの出身者がいますもので、寮で選手を預かるという判断をしました。

勉強はオンライン授業で、練習は集まって自主練習で行いました。フィジカル的なことはつらいことなのでみんなでやろうということで、1日2時間程度は練習できていたんですね。ですから春はまだやれるという気持ちでいたしチーム状態も非常に良かったんですよ。

3年生を中心に練習への取り組みもよく、心技体ともにすごく良い状態で調子が上がってきていたんですね。それで3月下旬に春季大会がないという判断が発表されたときは本当に落ち込みました。

—3月中に全体練習はできていたのでしょうか。

小菅 全体練習ではなく個人練習や学年練習ですね。チームとして組織立って練習はできていませんが練習を欠かすことはありませんでした。随分良い状態でしたから私も選手も春季大会をやりたかったし、本当に春の関東大会に行きたかったという思いです。

春先の土浦日大桜グラウンド。この時にはまだ紅白戦が行えた

—3月上旬に取材にお邪魔した時にエースの中川竜哉投手の体つきが見違えるように分厚くなっていてびっくりしました。

小菅 昨秋から努力を重ねました。2学年上でエースだった富田卓を見習って自分も体を大きくしたいという思いで食トレと筋トレを継続しました。彼はパワーピッチャーではありません。持ち味であるボールのキレも増し、非常に良い状態で冬を越せたと思います。

エースの中川竜哉投手。冬トレの成果で最速142キロに到達した

オンライン授業と自主練

—4月16日に全国が緊急事態宣言の対象地になりました。その後はどのように過ごしましたか。

小菅 このまま寮で生活するのか、それとも自宅に戻って過ごすのか、選手本人と保護者に判断してもらいました。保護者の方で戻ってほしいとか、この際怪我を完治させるために自宅近くの病院に通いながら生活したいという選手がいて8人程度が自宅に戻りました。

残りの選手は寮で平日は午後3時30分頃まではオンライン授業を受け、終わったら自主練をして過ごす。緊急事態宣言が解除されるまではこのように過ごしていました。

オンライン授業を受けた後に気持ちを切り替えて「さあやるぞ」という気持ちに持っていくのはなかなか難しかったみたいですね。選手同士でモチベーションを維持するように話し合っていたようです。

—オンライン授業はいつから始まったのですか。

小菅 本校は緊急事態宣言が出た後、1週間以内にオンライン授業が始まりました。課題なども提出しないといけなくて、生徒たちもなかなか大変だったようです。

代替大会やっぱり「複雑」

—5月20日に夏の甲子園と地方大会の中止が決まりました。この日、監督はどのような言葉を選手にかけましたか。

小菅 5月20日よりも前に甲子園中止というリーク記事みたいなのが出ましたよね。あのタイミングでまず生徒にはフォローの声をかけて、5月20日には「これで仕方ないということではない。やりたかった大会だし、出たかった甲子園だし、1週間でも2週間でも落ち込んで悔やんでも良いから、悔みきれたらもう一度集まって次に向かって出発しよう」という話をしました。

—その後、茨城県の代替大会開催が決まりました。

小菅 やっぱり複雑ですよね。「やったぞ」というふうにはならないですよね。甲子園につながらない大会なんですから。選手のモチベーションは今でもアップしている訳ではありません。「とりあえず頑張れ」とか「最後に3年生らしくやれ」というのは押し付けになってしまいますよね。

私から無理やり言葉を弄(ろう)することは避けています。甲子園があっての高校野球なので、だから頑張れるというのがありますし、甲子園出場という志を同じくするからこそ指導者と選手という関係が築けているわけで、今まで味わったことのない不思議な数カ月を過ごしています。

これはどのチームもそうだと思いますよ。そこでやっぱり一番武器になるのが言葉だし、一番邪魔になるのも言葉だと思っています。不思議な空気感を感じながら今に至っています。

—3年生の士気は上がってきているのでしょうか。

小菅 確かに甲子園中止、地方大会中止と聞かされた頃よりは上がってきてはいますが、いつもの年のようにはいきません。このコロナ禍にあって野球を諦めた子もいますし、手伝いに回って受験勉強を一生懸命やっている子もいます。本当に一体感のない、モザイクがかかったような感じになっていますね。

例年ならモチベーションが下がった子がいたら「頑張ろうぜ。しっかりやろうぜ」とモチベーションを引き上げることができたんですが、今年はモチベーションの低い子には低いなりの言い分があるしそれが理解できる。強要することはできません。

—例年のように厳しく指導をしていない、できないということでしょうか。

小菅 例年も厳しくないとは思いますが(笑)。ここ数年は生徒の自主性を尊重した指導が大事なのではないかと思っていますし、今年はそれをより痛感していますね。またこれが興味深い臨床例というか、研究対象となって我々の腕も磨かれたと思います。コロナ禍が再来するのは望まないことですが、再来した場合は今回のことが生かせるのかなと思います。

3年生も精神的に大人になりましたね。彼らは「甲子園がない。君たちに夏はない」と叩きつけられたわけです。自分が高校生だったら間違いなくグレていたと思いますよ(笑)。けど、彼らはやっぱり野球が好きだっていう気持ちだけで甲子園がなくてもやっている。彼らが練習をやっているのを見るだけで感動して涙が出てくる時期もありました。本当に泣けてきましたよ。

常に空気を読みながらの毎日です(笑)。現代の高校野球は。部員たちの機微を察しながら、時代の風を感じながら、ですね。そうしていかないと、生徒たちからの信頼は得られません。

(続く)

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