日曜日, 7月 3, 2022
ホーム スポーツ 【高校野球代替大会】日大 小菅監督に聞く㊤ 練習する姿、泣けてきた

【高校野球代替大会】日大 小菅監督に聞く㊤ 練習する姿、泣けてきた

【伊達康】茨城県の高校野球代替大会が11日開幕した。出場を間近に控えた有力校の監督インタビュー第2編は、2017年と18年の夏に茨城を連覇した土浦日大の小菅勲監督に話を聞いた。

春季大会中止に落胆

—春季大会の中止を聞かされた時はどのようなお気持ちだったでしょうか。

小菅 本校は東京、千葉、神奈川など緊急事態宣言が先に出たところの出身者がいますもので、寮で選手を預かるという判断をしました。

勉強はオンライン授業で、練習は集まって自主練習で行いました。フィジカル的なことはつらいことなのでみんなでやろうということで、1日2時間程度は練習できていたんですね。ですから春はまだやれるという気持ちでいたしチーム状態も非常に良かったんですよ。

3年生を中心に練習への取り組みもよく、心技体ともにすごく良い状態で調子が上がってきていたんですね。それで3月下旬に春季大会がないという判断が発表されたときは本当に落ち込みました。

—3月中に全体練習はできていたのでしょうか。

小菅 全体練習ではなく個人練習や学年練習ですね。チームとして組織立って練習はできていませんが練習を欠かすことはありませんでした。随分良い状態でしたから私も選手も春季大会をやりたかったし、本当に春の関東大会に行きたかったという思いです。

春先の土浦日大桜グラウンド。この時にはまだ紅白戦が行えた

—3月上旬に取材にお邪魔した時にエースの中川竜哉投手の体つきが見違えるように分厚くなっていてびっくりしました。

小菅 昨秋から努力を重ねました。2学年上でエースだった富田卓を見習って自分も体を大きくしたいという思いで食トレと筋トレを継続しました。彼はパワーピッチャーではありません。持ち味であるボールのキレも増し、非常に良い状態で冬を越せたと思います。

エースの中川竜哉投手。冬トレの成果で最速142キロに到達した

オンライン授業と自主練

—4月16日に全国が緊急事態宣言の対象地になりました。その後はどのように過ごしましたか。

小菅 このまま寮で生活するのか、それとも自宅に戻って過ごすのか、選手本人と保護者に判断してもらいました。保護者の方で戻ってほしいとか、この際怪我を完治させるために自宅近くの病院に通いながら生活したいという選手がいて8人程度が自宅に戻りました。

残りの選手は寮で平日は午後3時30分頃まではオンライン授業を受け、終わったら自主練をして過ごす。緊急事態宣言が解除されるまではこのように過ごしていました。

オンライン授業を受けた後に気持ちを切り替えて「さあやるぞ」という気持ちに持っていくのはなかなか難しかったみたいですね。選手同士でモチベーションを維持するように話し合っていたようです。

—オンライン授業はいつから始まったのですか。

小菅 本校は緊急事態宣言が出た後、1週間以内にオンライン授業が始まりました。課題なども提出しないといけなくて、生徒たちもなかなか大変だったようです。

代替大会やっぱり「複雑」

—5月20日に夏の甲子園と地方大会の中止が決まりました。この日、監督はどのような言葉を選手にかけましたか。

小菅 5月20日よりも前に甲子園中止というリーク記事みたいなのが出ましたよね。あのタイミングでまず生徒にはフォローの声をかけて、5月20日には「これで仕方ないということではない。やりたかった大会だし、出たかった甲子園だし、1週間でも2週間でも落ち込んで悔やんでも良いから、悔みきれたらもう一度集まって次に向かって出発しよう」という話をしました。

—その後、茨城県の代替大会開催が決まりました。

小菅 やっぱり複雑ですよね。「やったぞ」というふうにはならないですよね。甲子園につながらない大会なんですから。選手のモチベーションは今でもアップしている訳ではありません。「とりあえず頑張れ」とか「最後に3年生らしくやれ」というのは押し付けになってしまいますよね。

私から無理やり言葉を弄(ろう)することは避けています。甲子園があっての高校野球なので、だから頑張れるというのがありますし、甲子園出場という志を同じくするからこそ指導者と選手という関係が築けているわけで、今まで味わったことのない不思議な数カ月を過ごしています。

これはどのチームもそうだと思いますよ。そこでやっぱり一番武器になるのが言葉だし、一番邪魔になるのも言葉だと思っています。不思議な空気感を感じながら今に至っています。

—3年生の士気は上がってきているのでしょうか。

小菅 確かに甲子園中止、地方大会中止と聞かされた頃よりは上がってきてはいますが、いつもの年のようにはいきません。このコロナ禍にあって野球を諦めた子もいますし、手伝いに回って受験勉強を一生懸命やっている子もいます。本当に一体感のない、モザイクがかかったような感じになっていますね。

例年ならモチベーションが下がった子がいたら「頑張ろうぜ。しっかりやろうぜ」とモチベーションを引き上げることができたんですが、今年はモチベーションの低い子には低いなりの言い分があるしそれが理解できる。強要することはできません。

—例年のように厳しく指導をしていない、できないということでしょうか。

小菅 例年も厳しくないとは思いますが(笑)。ここ数年は生徒の自主性を尊重した指導が大事なのではないかと思っていますし、今年はそれをより痛感していますね。またこれが興味深い臨床例というか、研究対象となって我々の腕も磨かれたと思います。コロナ禍が再来するのは望まないことですが、再来した場合は今回のことが生かせるのかなと思います。

3年生も精神的に大人になりましたね。彼らは「甲子園がない。君たちに夏はない」と叩きつけられたわけです。自分が高校生だったら間違いなくグレていたと思いますよ(笑)。けど、彼らはやっぱり野球が好きだっていう気持ちだけで甲子園がなくてもやっている。彼らが練習をやっているのを見るだけで感動して涙が出てくる時期もありました。本当に泣けてきましたよ。

常に空気を読みながらの毎日です(笑)。現代の高校野球は。部員たちの機微を察しながら、時代の風を感じながら、ですね。そうしていかないと、生徒たちからの信頼は得られません。

(続く)

誹謗中傷するコメントはNEWSつくば編集局が削除します。
0 Comments
フィードバック
すべてのコメントを見る

陽性確認者数(公表日ベース)の推移

つくば市

土浦市

スポンサー

注目の記事

最近のコメント

最新記事

臭いやアルコール対策示すも反発の声相次ぐ つくば洞峰公園事業で県の説明会

つくば市二の宮にある茨城県営の都市公園、洞峰公園(約20ヘクタール)で進められるリニューアル計画で、県は2日、同市竹園のつくば国際会議場で説明会を開いた。県と事業者による初の説明会。つくば市から懸念の声が出ていたグランピング施設とバーベキュー(BBQ)施設の臭いやアルコール対策について、県と事業者から対策が示されたが、参加した市民からは「洞峰公園を変える必要はない」など反発の声が相次いだ。つくば市民を中心に約150人が詰めかけ、県の説明に対し、会場からは厳しい反応が相次いだ。 臭いやアルコール対策について、パークPFI事業者「洞峰わくわく創造グループ」代表の長大が計画の一部見直し案を示した。①BBQ施設を、当初計画していた冒険広場から、グランピング施設整備する野球場中央に移す②炭焼きBBQは取り止め、煙が出ないガスグリルに変更する③深夜は管理人がおらず無人になる計画だったが、グランピングエリアの管理棟に24時間、管理人を常駐させる④夜9時以降はサイレントタイムとし騒いでいる人がいたら管理人が対応する⑤グランピング施設の周囲に目隠しとなる木製の柵を設け、景観に配慮する⑥南側駐車場の拡張(127台分)は、駐車台数を減らすことも含め、樹木をなるべく伐採しないよう計画を再検討するーなど。 一方、県は、公園全体が変わってしまうわけではないこと、パークPFI事業によって県が支出している指定管理料を年間6000万円削減でき、年平均8000万円かかる体育館やプールの大規模修繕を計画的に行える見通しが立ことなどを強調した。 収支計画の開示要求に答えず これに対し参加した市民からは、グランピング施設を収益事業の柱と位置付ける計画について、収支計画の開示を要求する意見が複数出された。長大が「民間事業者として、ノウハウも含めて収支計画は出すことができない」と答えると、会場から「これでは市民は計画の妥当性を判断できないではないか」など非難の声が投げかけられた。今回の目的の一つである、老朽化する体育館やプールの改修計画についても、収支計画を公開するよう求める声が出た。これに対し、県が公開時期を明確にできなかったことから、怒声が飛び交った。 絶滅危惧種など希少動植物が生息していることが市民から指摘された問題について県は、市民の意見を踏まえつつ、今後の対応を検討したいと答えるにとどまった。

挫折経験を強みに活躍するチームリーダー 土浦市 池田あゆみさん【ウーマン】3

土浦市田村町在住、池田あゆみさん(42)は、明治安田生命保険(本社・東京)つくば支社土浦南営業部に勤務して8年目の支部マネジャー。チームリーダーとしての仕事に「楽しくてやりがいがある」と笑顔で話す。余裕を感じさせる姿勢は、食いぶちを稼ぐための水商売を振り出しに、幾多の失敗や困難で得た経験によって培われた。 16歳で家出して水商売に 陸上自衛隊の自衛官だった父親の霞ケ浦駐屯地への異動で、小学6年のときに阿見町中央に引っ越してきた。4人きょうだいの末っ子。しつけが厳しく過干渉な母親から逃げたくて、中学3年になるとプチ家出を繰り返すようになった。 「夕方家に帰りたくなくて公園にいることが多かった。お腹が空いて、公園に隣接したコンビニが食べ残しの弁当を裏手の物置に入れるのを見ていたので、こっそり持ち出して食べました。(人の食べ残しに)抵抗はなかった。冬は学校のジャージだけで寒くて辛かった。行く当てはなくて翌朝には家に帰りました」 高校生になっても家は息が詰まり、週末は友だちと土浦の中心街に出かけるのが常だった。当時は駅前通りに大型店の小網屋や西友、丸井があって賑わい、路上でワゴン車に積んだ倒産品などを売る30代の男性、ノリさんと顔なじみになった。 何度もノリさんに「自分で稼いで食べていきたい」と訴え、夏休みが終わる頃、家出してノリさんの住む東京・小岩の高級クラブで働き始めた。クラブを経営していたママはノリさんの知人で、ママが衣装を貸してくれた。年齢は4歳サバを読んで20歳で通した。

「キーパーソン」 《続・気軽にSOS》112

【コラム・浅井和幸】「キーパーソン」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。病院への入院や介護施設に入所するときの手続きや連絡先などの協力をする人を指すことがあります。家族などが担うことが多いですが、身寄りがない方の場合は弁護士や施設の職員などが担うこともあるようです。 それ以外に、地域福祉でも支援時に課題解決のカギを握っている人という意味で使われることがあります。例えば、コミュニケーションの取れないひきこもりの方への支援としてのキーパーソンとして、接する機会が多い家族や友人、すでに支援をしているワーカーなどが挙げられるでしょう。 「悪いのは自分ではない、社会の方だ」という信念から、支援者とは会いたくない、何をされるのか分からずに怖いと感じている方は多いものです。支援を受けるなんて迷惑をおかけして申し訳ないと考えて、かたくなに支援を拒む方もいます。 良い悪いではなく人は支え合い、その多様性の中で生きていくものです。生活上で何か支障があれば、頼れるところを頼ることは大切なことです。 しかし、頼ることに慣れていない人が、そうそう簡単に支援者を利用することを選択できないことは当たり前のことです。心身にある程度の余裕がなければ、新しいことを始めることがさらなるストレスになり、避けたくなるのは不思議なことではありません。 そのようなときに、新しいことを取り入れることができる、周りの少しでも余裕のある方に関わってもらうことは、事態を変化させることにポジティブな影響を与えます。いろいろな関わり方のできる人が周りにいることは、複数の選択肢を得ることになります。

あまり話さない息子と、あまり話さない私《ことばのおはなし》47

【コラム・山口絹記】あなたは、生まれてはじめて自分が発したことばを覚えているだろうか。 まぁ、覚えていないだろう。でも、親であれば自分のこどもが初めて発した意味のある(と思われる)ことばは覚えているのではないだろうか。我が家の上の娘も、最初は「まんまんま」とか「わんわん」とか、おそらく統計的にもよくあることばから話し始めていた。 しかし、下の1歳になる息子があまり話さない。 今年から保育園に通い始めたのだが、ついに保育園の先生に「あまり話さない」ということで心配されてしまっていた。普通はそろそろ「ママ」とか「わんわん」とかいうんですけど、ということらしい。かわいそうに、2人目のこどもということで、だいぶ適当に育てられている彼。母子手帳に書かれているような発育具合のチェックも適当になっていて気が付かなかった。 とはいえ、特に心配していなかったのには一応理由があった。保育園の先生にはなんとなく言えなかったのだが、すでにいろいろボキャブラリーがあったのだ。 一つは「でてって?(出ていけの意)」。何か気に食わないことが起きたり、私の帰宅時に飛び出すひとこと。これは姉のマネである。